名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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2025年上半期の良かった新作インディーゲーム10選



 いそがねばならぬのは、滅びの支度なのだ。
  ――中井英夫「百科事典とコンピュートピア」


地獄ですね。
言い間違えました。夏ですね。
ある統計によれば、今年の1月から6月までにsteamでリリースされたゲームの数は9000本以上におよぶそうです。この調子でいくと年末には2万本弱に達するでしょう。だいたい、昨年と同水準です。
そのなかでみんなの心に刻まれる作品となるとせいぜい4,5本程度。ビデオゲームというのは産業的にはともかくミクロ的にはなんと不経済なエンタメであることか。
かくいうわたしも今年はなんだかぼんやりするのに忙しく、あまり大作・話題作をプレイしていない。『Kingdome Comes II』、『Split Fiction』、『真・三國無双 ORIGINS』、『アサシン・クリード:シャドウズ』、『Clair Obscur: Expedition 33』、『NIGHTREIGN』、『マリオカートワールド』……あと、『DEATH STRANDING 2』? PS5持ってないねんな。なんか、ないならないで生きていけるし……。
そうだ、みんなゲームをやめろ。こんなの人生と資源の浪費でしかない。もっと意味をやれ。悟りを開け。地球と衆生を救うのだ。そんな壮大な覚悟でわたしは先週の週末にバスに乗り込んで田舎の山へと向かい、寺でありがたい阿弥陀仏を拝んだあと、雨上がりで湿気た山道で山蛭に噛まれて大量出血し、いまは全身筋肉痛でなにもかもがダルい。やはり部屋から出るべきではなかった。この世の悲劇はすべて人間がそこでじっとしていられない、という事実に起因するのだとパスカルだかモンテーニュだかもいうてはった。
となれば逆にゲームこそが救いです。ゲームはいいことづくめです。山に登らなくてもいい。神仏に祈らなくてもいい。ヒルにも噛まれない。ともすれば、あなたの精神を健康に保ってくれる。
ところで、Steamのサマーセールの起源は捨魔施会(しゃませえ)にあるといわれています。
捨魔施会とは、仏教における法会のひとつで、三毒のうちのひとつである貪(「とん」と読む。際限ない各種の執着、この場合は物欲のこと)を悔い、それを魔や異怪の仕業に見立てて祓う儀式です。どのように祓うかといえば、浄財、すなわち寄付であり、あえて不要な品を大量に買い込むことで罪業を贖うわけですね。Valve創業者のゲイブ・ニューウェルは捨魔施会にヒントを得て、恵まれない開発者たちに恵みを与えつつ、罪深いゲーマーたちの魂を救うという一石二鳥のアイデアとしてSteamでのサマーセールを考案したのだそうです。深甚な徳行であるといえましょう。
そうだ、みんなゲームをやれ。これこそ意味であり、人生だ。
そういうわけで、上半期によかった新作ゲームを10本ほど簡単にけだるく紹介していきましょう。
順不同。これら10本(+1)以外はまた別の機会に。

The Roottrees are Dead

store.steampowered.com

1990年代を舞台にネットでヤフり(検索)ながら遺産相続問題に揺れるある富豪一族の家系図を完成させていき、その過程で一族に隠された秘密に触れていくネットストーキング系ミステリゲーム。系統としては、 『Return of the Obra Dinn』や『The Case of the Golden Idol』あたり。このあたりの系統は個人的に今いちばんホットなジャンルであるとおもっているので、年内にまとめて語っておきたいですね。*1
やることは簡単。富豪一族の一員とおぼしき人物に関係しそうなキーワードをひたすら検索サイトの検索欄に入力していき、見つかったページでまた使えそうなキーワードをコピペして再検索……を繰り返すだけ。そうやって、当該人物の名前、職業、富豪一族の家系図上におけるポジションなどを見定めていきます。
『The Roottrees are Dead』を特徴づけているのは、作中に出てくるテキストのバリエーションです。だいたいまあ50年代から90年代くらいまでの「テキスト」、すなわち、書籍、雑誌、新聞記事、そしてウェブサイトから片言隻句を寄せ集め、未知の人間たちの輪郭を塑造していく。だいたい百年ぶんで、四、五世代くらいの子孫たちが出てきては、それぞれの人生を生き、おもわぬところで交錯したり、しなかったりしていく。それらがすべて文字の上で起こる。
イーヴィルでなかったころのGoogleがかつてわたしたちに教えてくれたインターネットの原初の快楽が、ここにはあります。すなわち、情報を探して繋げる愉しみ。ワールドワイドなウェブを渡り歩くことで、自分の中にも情報の蜘蛛の巣ができあがっていく喜び。
インターネットが好きな人にオススメです。

Type Help

william-rous.itch.io

その『The Roottrees are Dead』の作者の新作が最近発表されました。それが『Type Help』のリメイクです。

『Type Help』もまたObra Dinn系のフォロワーであることを公言している作品です。
嵐の夜にカントリーハウスで起こる謎の連続死事件……というクラシカルな舞台立てに、とある現代的なギミックを仕込んだストーリーももちろん面白いのですが、なにより感動的なのはそのデザイン。
Obra Dinnの功績のひとつに「ミステリ(推理)ゲームをテキストから解放した」というのがあるわけですが、本作は逆に「Obra Dinn的な快楽をいかにテキストで可能にするか?」というともすると無価値かもしれない問いにあえて挑み、見事に意義深いゲームにした(おそらく作者にはそんな父親殺し的な意図はなく、単にほかに好きな推理ゲームであるHer Storyやunhearedを組み合わせたら自然にそうなったのでしょうが)*2
『Roottrees』や後に言及する『Blue Prince』にもいえることですが、ミステリゲームやパズルゲームで重要なのはプレイヤーに課すタスクの切り分けです。『Type Help』はその切り分け作業自体を推理の快楽に組み込んでしまった。たいしたものですよ。これでしかも無料。

ところでわたしが本作をプレイした四月時点では、当時のわたしの確認しうるかぎり遊んでるひとがほかに二、三人しかおらず*3、「このまま日本人はこの名作を知らずに死んでいくのか……」と日本という国家の文化的零落を想い、儚くなっておりました。が、その翌月にその「二、三人」のうちの一人であったフマノさんが本作の日本語版をてがけ、日本の文化的零落とはなんだったのかという感じになった。みなさん、「二、三人」のなかにわたしのような自分本位の怠け者ばかりでなく、志の高い人物が混じっていた幸運に感謝しましょう。すべての翻訳とその担当者たちに感謝しましょう。日本の翻訳文化の豊かさのせいで忘れがちですが、翻訳が供給されることはあたりまえの幸せでないのです。

Nubby's Number Factory

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ボールを発射するだけというシンプル操作のパチンコ*4ローグライト。なにより特徴的なのはそのルックで、在りし日の2000年代インターネットの「ホームページ」っぽさ、Windowsにデフォルトで付属していた諸種のゲームっぽさがマーベラス。ゲーム自体の良い意味での凝らなさもあいまって、ほんとうに2000年代に存在したかもしれないノスタルジックなリアリティにみちみちております。*5
ところで、『幸運の大家様』が確立し『Ballionaire』や『Balatro』で花開いたノルマクリア型脳死ギャンブルローグライト*6ですが、このサブジャンルのコアは単純さにあります。面白くしようと元となるゲームのルールに手を加えすぎるとじゃあふつうにSlay the Spireライク方面に行ったほうがよくない? という話になる。しかし、あまりに手を加えなさすぎるとおもしろくなくなる。去年からいくつか出ていた『青天井』などの一人麻雀のローグライトはこのあたりのジレンマに苦しんでいたようにおもわれます*7。『Nubby's』はその点への気配りが行き届いています。演出もいいですね。脳死ギャンブルの要点は、ギャンブルマシン的快楽だということを熟知していること。
気がついたら一日に一回は起動してプレイしてしまいますね。

REMATCH

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5vs5*8のルール無用のサッカーゲーム。ゲームオーバーになるごとに歳を取るという斬新なシステムで話題になったカンフーアクション『Sifu』の開発チームの新作だけあって、喧嘩っぱやそうなアクション性が高い。「選手一人ごとの操作をプレイヤーが担当して対戦するオンラインサッカーゲーム」ってわりと昔からあって、いってみればサッカーゲームの夢みたいなところあったとおもうんですが、まあ11v11でまともに「チームスポーツとしてのサッカー」を再現するって不可能だよね、という温度感だったとおもうんですよね。
そこのあたりをどう成立させるかで脳みそを絞り、『Rematch』ではファウルなし! オフサイドなし! 5v5! ラインアウトなし! でもフィールドはフットサルより広いよ! チームプレイは大事だけど個人技も適度に許容するよ! という破壊的なノリになった。
その結果、Co-opFPSに近い感触のゲームになった。そうですね、『スプラトゥーン』のホコですね。収斂先がどうあれ、ジャンルを新しく定義しようという気概は好ましいものがあります。
ふだんオンライン対戦ゲームはあんまりやらないほうですが、rematchはすでに遊びすぎてコントローラーを壊してしまいました。

Faceminer

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ちかぢかちゃんとまとめておきたいな〜とおもっているジャンルがふたつありまして、ひとつはウォーキング・シミュレーター、もうひとつはクリッカー/インクリメンタルです。どちらも既存ゲームへの批評的意図が先行してできた珍しいジャンルであり、その出自故に裡に「『ゲーム性』とはなにか?」という問いを抱えてきた。
で、『クッキークリッカー』に代表されるクリッカー/インクリメンタルですが、最近はわりとはっきりいくつかの潮流に分かれてきていて、そのなかでも『Faceminer』はナラティブ重視の流れにある作品のひとつです。
ナラティブ重視である以上*9、「クリックという行為や数字の指数関数的増大」をうまく物語に組み込むことが要求される*10わけで、『Faceminer』はずばりAIと(わりとスケールの大きな)資本主義というテーマを扱うことでよい滋味を出している。「数字を増やしていく」こととは、この社会に究極的にどういうことであるのか。それを命じるものとはなにか。数時間のプレイにギュッとシャープに詰まっています。短編クリッカーはプレイ時間を絞る反面グラフィックやギミックをリッチにすることで満足度を補うわけですが、そこのあたりもちゃんと行き届いていてよいですね。


StarVaders

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シミュレーションRPGというジャンルをハードコアかつソリッドに突き詰めたのが『Into the Breach』であるとするならば、『StarVaders』はそれをよりカジュアルに、万人が楽しめるように仕立てたゲームです。民主化というやつですね。
『StarVaders』の慧眼は『Into the Breach』を介してSRPGからノックバックの快楽といいますか、敵味方の挙動を管理することの快楽を発見して抽出したところにあるでしょう。かぎられたグリッドでSRPGのコンバット感を出すには単純な攻撃や防御だけでなく、むりやりに敵を動かして能動的な回避を行うのがよい。ローグライト由来の敵側の行動事前予告もこのシステムによう合います。

Keep Driving

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ローグライトはリニアな一本の物語を語るには向かない手法かもしれませんが、逆に人生における偶然を切り取るのに向いているのではないか。そうおもわせてくれるのが『Keep Driving』です。
90年代のアメリカで名もなき少年(プレイヤー)が実家からオンボロ中古車を何千キロも駆ってサマーフェスの会場へ向かうという、そんなんゲーム化できるんだというセッティングだけでもクールなんですが、途中で出会うヒッチハイカーたちも個性豊かかつバックストーリーがよく練られている。助手席やバックシートに乗ったかれらはとりとめもなく色々な話を語ってくれます。拾った場所から目的地までの一期一会的な邂逅ですけれども、そんな見知らぬ人間たちとのなんでもないような会話に「人生」が沁み出しており、まさしくロードムーヴィの趣です。一プレイ、というか、一ステージがやや単調で長く感じるのが難点といえば難点ですが、一気呵成にクリアするのではなく途切れ途切れにダラダラと遊ぶのが作品のテイスト的にもマッチするのではないでしょうか。
ビジュアル、戦闘、音楽、イベント、キャラクター、ギミック、メカニック、あらゆる要素が「あの夏の思い出」という主題のためにデザインされていて、その方面での上質な体験に仕上がっています。

NO-SKIN

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ホラーローグライトRPG
最近のインディーゲームは良くも悪くも洗練されており、洗練されていないものは粗が目立つというよりたんに出来の悪いことが多い。
「トンガっている」とされているものも、その形のトゲはどこかでもう見たよ、という気持ちです。
『NO-SKIN』とてもちろん無から生じた狂気ではなく(そもそも狂気の創造力とはありきたりで退屈なものです)、むしろ『ゆめにっき』から続く由緒ただしいインディーの狂いかた*11をしている。しかし、その美学をコモディティに堕さずにあのときの粗さを心地よく体験させてくれるという点ですばらしい。こうした不吉さとの偶然の出会いがあるところがSteamクロウルのよいところ。

Blue Prince

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Myst』系っていうか、まあ『The Witness』とかもそうなんですけど、3Dのパズルゲームにがてだな〜〜〜解けないな〜〜〜という意識があったんですけれども、それってたぶん諦められないせいだったんですよね。デザイン上はまあ別に諦めていいよってかんじではあるんですけど、でも、なんかこう、うまく区切りをつけられない。すべてがゆるやかにつながっており、すべてがわたしを苛む。
『Blue Prince』は『Myst』系の探索ミステリにローグライトを混ぜたものだとよく言われます*12。そのことについての意義を、ひとはさまざまに論じ、さまざまに理屈づけている。
わたしは『Blue Prince』のローグライト要素がもたらしてくれたものは「諦め」だとおもいます。時間的な制限や部屋のくじびきの運があることで、今日はここまでしかできない、という線を引いてくれる。「次」でどうにかしようという気になる。
この諦めの強制が『Blue Prince』を最後まで遊ばせてくれた。そんな気がします。そういう話をいつかするでしょう。

Ropuka's Idle Island

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クリッカー/インクリメンタルのもうひとつの潮流、デスクトップアクセ×チル系。代表例は『Rusty’s Retirement』とかですね。でも意外に忙しいあれと違ってこのゲームはほんとうに放置する以外にやることがありません。カエルくんが自動で草刈りを行っていって貯まるマネーを消費して、カエルくんの住居やらアクセサリやらを買っていく。それだけです。
草刈りの効率を上昇させる強化要素的なものはだいたいフレーバー程度で、基本的にはカエルくんがせっせと働いたり休んだりしているのを愛でるのみ。かわいい、というのはそれだけで人間を幸せにしますね。

デモ版がよかったで賞

MINDWAVE(DEMO)

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ストーリーつきのメイドインワリオミニゲーム集。とにかくアートとアニメと音楽がよい。この勢いで正式リリースされたら覇権になるとおもいます。



今読んでる。

*1:去年もそんなこというてなかったか?

*2:言及されてはないが、もしかして『クルード』も混じってる?

*3:ちなみに自分の発見した経緯は、『Roottrees』おもしれ〜、もっとこういうのをやりたいぞ、となる→パズル・ミステリーゲーム紹介サイト「thinky games」 https://thinkygames.com で似た様なのを探す→知ってるゲームばっかだな……いや、でもこのtype helpっての知らないぞ? フリーゲーム?→遊ぶ、といったかんじ

*4:正確にはプリンコ https://en.m.wikipedia.org/wiki/List_of_The_Price_Is_Right_pricing_games#Plinko

*5:ちなみにリリースノートなどを見る限りでは作者は大学生っぽい。つまり、2000年代のPC世界を直接に経験していないであろう世代なわけで、それなのにここまでそれっぽい世界観を作り上げるコトができているのは驚愕に値します。

*6:プリンコとオンラインカジノで人気の遊びらしい

*7:このなかでいちばんよくできていたのが『雀魂』の期間限定イベントである「青雲の志」だったとおもいます。

*8:ランクマッチ以外のフリー対戦では3v3や4v4もある

*9:まあクッキークリッカーもかなり物語性のあるクリッカーなのですが

*10:そのなかでも最高傑作が『Universal Paperclip』です

*11:『Strange Phone』をオマージュしてその血統を誇示さえします

*12:インタビューによると作者は別にローグライトだという意識はなかったそうですが