現在のかれらは、ことばを自由にあやつります。昔はかれらのことばがミッキーやドナルドに通じているかあやしいものでしたが、二〇一七年の3DCG短編シリーズ『チップとデールのおかしなはなし(Chip ’N Dale’s Nutty Tales)』では、「フレンズ」らと対等なコミュニケーションを行っている様子が観察できます。そうした面においては、かれらは人間側に属するといえるでしょう。
本作でのチップとデールは、外見的には『白雪姫(Snow White and the Seven Dwarfs)』(一九三七年)に出てきた無名のシマリスに近く*7、二匹のあいだに相違がほとんど見られません。名前もなしです。のちの作品でも見られるように、セリフには早送り再生された音声が用いられていましたが、このときは早すぎてごく簡単な単語以外はほとんど聞き取り不可能でした。
ディズニーが劇場用短編アニメーション制作から撤退した一九五〇年代中盤からはコミック、ディズニー制作のテレビ番組、そしてディズニーランドへと活躍の場を広げていき、一九八九年からは主演テレビシリーズ『チップとデールの大作戦 レスキュー・レンジャーズ(Chip ’n Dale: Rescue Rangers)』が放映開始。二〇一〇年代以降も『チップとデールのおかしなはなし』や『チップとデールのパークライフ(Chip ’n’ Dale: Park Life)』(二〇二一〜)などの主演シリーズが作られていき、二〇二二年には初の主演映画(もっとも『レスキュー・レンジャーズ』のメタ的なスピンオフという特殊な形でしたが)である『チップとデールの大作戦 レスキュー・レンジャーズ(Chip ’n Dale: Rescue Rangers)』が公開されました。
教師陣の導きに感化され、ディズニーのアニメーションはゴムホースからより「life-like(=現実的)」なアニメーションへと変化していきます。〈シリー・シンフォニーズ(Silly Symphony)〉シリーズのひとつで、最後の監督短編である『黄金の王様(The Golden Touch)』(一九三五年)を撮り終えたウォルトはグラハムにこんなメモを送りました。
以降の初期チップとデール対ドナルド短編では、食料のほうにフォーカスがあてられていきます。*24 第四作『リスの朝ごはん(Three for breakfast)』(一九四八年)では、チップとデールがドナルドのパンケーキを強奪し、第五作『リスの冬支度(Winter Storage)』(一九四九年)では、越冬のための十分なナッツを確保していないことに危機感をおぼえたふたりが、植樹用にドナルドが用意した大量のナッツを狙います。第六作『リスの食糧難(All in a Nutshell)』(一九四九年)では、経営していたナッツバター工場で起こった材料不足をしのぐため、ドナルドがチップとデールの溜め込んでいたナッツをねこそぎ盗みだします。クリスマス短編である第七作『リスのおもちゃ合戦(Toy Tinkers)』(一九四九年)では、クリスマス支度をするドナルドの家で大量のくるみを目撃したふたりが、おもちゃを通じて文字通りの「戦争」をドナルドにしかけていきます。
第八作『ドナルドはデイジーに首ったけ(Crazy Over Daisy)』(一九五〇年)以降は生存にかかわる命がけの面よりもチップとデールによるドナルドへのからかいのテイストが強くなりますが、それでも住居と食料の問題はついて回ります。チップとデールが住居である木にいるところやナッツを運んでいるところをドナルドに発見されるか、逆にかれらがドナルドを発見するところから展開されていく話がよく見出されます。
ここで焦点を当てたいのは短編ごとの、チップとデールの住んでいる木の場所です。その時々によってチップとデールは深い森のなか、都市のど真ん中に設けられた公園、郊外の家の煙突、とさまざまな場所に住んでいますが、おおむねは共通して人間と動物が交わる境界にあります。
(「Threes for Breakfast」より。このエピソードではドナルドダックの家の煙突に住んでいる)
「exterminate(=根絶やしにする)」という英単語の語源は、境界線(terminus)の向こうに追放する(ex-)ことです。exterminateは、その究極の境界線を「死」に引きました。スウェーデンの作家、スヴェン・リンドクヴィストがジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』の読解において、「すべての野蛮人を根絶やしにせよ(Exterminate all the brutes*35)」というフレーズに注目したことを思い出しましょう。
チップとデール出演第二十二作目にしてジャック・ハンナ最後のチップとデール監督作『リスの大逆襲(Up a Tree)』(一九五五年)は、居住をめぐる闘争が最も過激な形で描かれた短編です。ドナルドが森のなかで一番の大木(天を衝かんばかりの異常なサイズ)を切ろうとすると、案の定そこはチップとデールの棲みかでした。激しい攻防戦の末にドナルドはふたりを出し抜いて伐採に成功し、製材所へ丸太を運びこもうとします。しかし、チップとデールは抵抗を諦めず、やがては切られた丸太まで意思をもっているかのようにドナルドを追いかけ回します。数々の妨害工作の末、最後にはドナルドは住居となる家を完膚なきまでに破壊されてしまいます。そうして、落ち込んでいるドナルドにチップとデールは狂躁的なまでの嘲笑をなげつけ、物語は終わる。木の伐採をめぐる話が多いチップとデール出演短編ですが、木そのものの行方が中心となり、木そのものにドナルドが逆襲される話は珍しい。
(「Up a Tree」。すべて失い虚脱状態にあるドナルドと、それを慰めるふりして小馬鹿にするチプデ)
動物として登場したチップとデールですが、ハンナらによって個性が付与され、短編シリーズ作品が積み上がっていくと、徐々にではありますが写実的な意味での動物性は薄れていきます。二本脚で歩くことも珍しくなくなりますし(それでも完全には二足歩行への移行まではしませんが)、早送りの言葉も聞き取りやすくなって、そのときどきで樹木のなかの「家」も文明化されていく。
最も文明的で人間的なチップとデールを見られるのは、チップとデール主演作としては二作目で、出演第十七作目の『リスの音楽合戦(Two Chips and a Miss)』(一九五二年)でしょう。ヒロインとして現在も高い人気を誇るシマリスの歌姫、クラリス*39が出てくることで有名な一作です。
Reid Mitenbuler, “WILD MINDS: The ARTISTS and RIVALRIES that INSPIRED the GOLDEN AGE of ANIMATION”, Atlantic Monthly Press, 2020
Bob McLain, “From Donald Duck’s Daddy to Disney Legend”, Theme Park Press, 2017 小野耕世『ドナルド・ダックの世界像 ディズニーにみるアメリカの夢』、中公新書、一九八三
大野瑞絵(著)、三輪恭嗣(監修)『シマリス完全飼育 飼育管理の基本、生態・接し方・病気がよくわかる』 、誠文堂新光社、二〇二二
*8:ところで本稿は主にジャック・ハンナの証言を中心にしたハンナの伝記である『From Donald Duck’s Daddy to Disney Legend』(Theme Park Press、二〇一七年)を種本にしているわけですが、ビル・ジャスティスも自伝を物しています。『Justice for Disney』(Tomart、一九九二年)という本なのですが、調べてみるとどうも自費出版かなにかで限定された部数しか出されておらず、入手難。今回は参照できませんでした。
*9:Bob McLain “From Donald Duck’s Daddy to Disney Legend”, Theme Park Press, 2017, p. 6
*13:今でこそアメリカのお笑いといえばピン漫談であるスタンドアップが主流ですが、当時は(アニメーションが生まれた場所でもある)ヴォードヴィルの流れをくむペア漫才(デュオ)が人気でした。漫才のコンビ名はLaurel and Hardy、Abbott and Costello、Martin and Lewisといったようにふたりの名前をandでつなげたシンプルなものが多く、Chip ’n’ Daleもそうした文脈が意識されています。同じく一九四〇年代に登場した『トムとジェリー』などもそのノリです。
*32:A. F. Chamberlain, ‘American Indian Legends and Beliefs about the Squirrel and the Chipmunk’, “The Journal of American Folklore” 9 (32), American Folklore Society, Jan. - Mar., 1896, pp. 48-49
*37: ‘All the interesting animal anecdotes have human parallels. They are easily understood out of common human experience and observation’; Walt Disney, ‘The Lurking Camera’, “The Atlantic”, Aug., 1954
*44:‘...took the core premise of small animals as heroes in the world of humans and came up with a program titled Metro Mice, a take-off on the title of the detective television series, Miami Vice. The main characters would have been Kit Colby (a mouse wearing an Indiana Jones jacket and hat who was the adventurous leader of the team)’; Wade Sampson, ‘Remembering Rescue Rangers’, “MousePlanet”, Jul. 22, 2009, https://www.mouseplanet.com/8866/Remembering_Rescue_Rangers, Retrieved on Jul. 17, 2023
*45:ちなみに短編時代に同様のロケーションだったのは二篇、『ドナルドはデイジーに首ったけ(Crazy Over Daisy)』と『リスのテストパイロット(Test Pilot Donald)』(一九五一年)くらいでしょうか。