名馬であれば馬のうち

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2016年上半期の新作映画ベスト10+10

 2016年も半分過ぎましたね。
 というわけで、今年の上半期に観た新作映画のベスト10です。

表スジ

1.『クリーピー 偽りの隣人』(黒沢清監督、日本)
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 いわゆる「セリフの自然さ」を追求したと謳い事実ナチュラルに撮っている作品がスクリーンに映ってみるとどうもしっくりこない、「リアル」には受け取れない。そういう不思議な地場が映画には働いているもので、では映画のリアリティとはなんだろうみたいな話を考えます。
 一方でリアルさとは反対のところで、紋切り型の陳腐さみたいなものも映画のウソっぽさを際立たせがちです。しかし、善人顔の役者を悪役に配する場合にどこかで説明の時間を取る必要があって、紋切り型がないとフィクションというのはどうも流れが淀みます。
 大体の作品はそのあいだでバランスを取ろうとしたり、あるいは開きなおったりしているわけですが、この作品はそのどちらの道もとっていないように見える。紋切り型が紋切り型であるという事実そのものを利用し、何か別のことを言おうとしているようにも見える。
 それは何か。

 冒頭、サイコパスの連続殺人犯(馬場徹)が西島秀俊演じる刑事に向かってこう言う。
「刑事さん、僕には僕のモラルがあるんですよ」
 直後、取調室から脱走した殺人犯は女性を人質に取る。西島は人質にフォークをつきつける殺人犯に向かって、「おまえにもモラルがあるって言ったよな」と信頼に訴えてかけて説得にかかり、丸腰で近づく。
 殺人犯は「じゃあ、僕があんたに後ろを向けっていったら後ろを向けるんですか?」と問われて、西島はこともなげに「ああ、できるよ」と後ろを向き、途端に腰をフォークで刺される。殺人犯は西島の後輩の刑事(東出昌大)に撃たれ、死ぬ。

 その銃声でもって、「俺たちはこれからルールの話をするんだ」と宣言される。

 日本ではだいたいの人が日本語を、NHKによって統一された標準語を話していて、一見みんなつつがなくコミュニケーションをこなしている。
 ところが、まったく同じ文章や単語が発話者と受け手で百八十度異なる意味を持ってしまうケースも日常生活では多い。人間にはそれぞれ解釈のルールがあって、そのルールは各々で微妙にあるいは大幅に違う。

 『クリーピー』はそんな言葉のルールの支配権をめぐる抗争の話なのだと思います。
 劇中内の言葉には、あきらかに魔力が付加されている。ヒロインの竹内結子は夫である西島と悪役である香川照之のあいだで言葉のパワーゲームに板挟みにされて幽霊のようにさまよう。ある未解決事件の関係者である川口春奈西島秀俊が激しく問い詰めるとき、尋問前までは何の変哲もなかった*1空間が突如としてファンタジーめく。
 西島も香川も自分のオブセッションのために他人を支配しようとします。支配とは、他人に自分の思い通りの言葉を言わせることです。自分の言葉によって画定された世界を無批判に相手に受け入れさせることです。そういうのを無自覚に行えるからこそ、西島も香川も「怪物」と呼ばれるのです。
 冒頭で「後ろを向けるか」と問うてきた殺人犯に対して背中を無防備に晒したのは、彼が性善説を信奉するヒューマニストであるからではないのかもしれません。自分のルールがその場を支配している、という無邪気な傲慢さからです。そうした心性の持ち主だからこそ、もう一匹の怪物・香川の対手足りえるのです。
 山場のシーンで西島が香川に対して「おまえは悲しいやつだな!」というセリフをぶつけます。人間ではない、「怪物」である香川を評して「悲しいやつ」と上から目線で哀れむことでマウンティングしようとしているわけですが、これ自体使い古された、悲しいくらいに陳腐な紋切り型です。しかも、自分を常に最高だと思っている*2香川はまるで意味を捉えられない。
 香川は他人の内面にも自分の内面にも興味が無い。単にある種の人間のどこを押せば、どう動くかについて通暁しているだけです。
 そしてそれは犯罪心理学者たる西島にも通じる。ただ彼は学者として理論に詳しくても、香川のように実地でどう機能するかというエンジニアリングについてはまるで素人です。
 その差が彼等のバトルスタイルにそのまま反映されていきます。
 要するに、最高にアツい格闘映画ってわけです。



2.『ズートピア』(バイロン・ハワード&リッチ・ムーア監督、アメリカ)
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 何かを過剰に突き詰めた作品が好きです。
 作家というものは上手くなればなるほどそうしたものを巧妙に隠したがりますが、やはりディズニーはファミリー向けですね、ヤバさが非常にわかりやすい。
 わかりやすい映画が好きです。
 上の画像は一番好きなジュディのアングルです。

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3.『バタード・バスタード・ベースボール』(チャップマン・ウェイ&マクレーン・ウェイ監督、アメリカ)
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 感動を絞りとる系の映画が嫌われがちなのは、エクスプロイテーションとして本気で搾り取ろうと考えられていないからだと思います。
 『バタード・バスタード・ベースボール』は神話を持たない国アメリカの神話であるベースボールでもってそこらへんを真摯に追求したドキュメンタリーであります。

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4.『レヴェナント 蘇りし者』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、アメリカ)

 名作マンガ『くまみこ』の映画化です。
 ヒトとクマの触れ合いが描かれていて、とても泣けますね。

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5.『人生はローリングストーン』(ジェームズ・ポンソルト監督、アメリカ)

 一夜にして時代の寵児になった人気純文作家(ジェイソン・シーゲル)と彼に内心嫉妬しつつも『ローリング・ストーン』誌の記者として密着取材する記者(ジェシー・アイゼンバーグ)、二人のクズ青年が織りなすステキなロードムービー

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6.『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督、日本)

 映画にあってのみ暴力はいいものですよね。
 ロジカルな暴力であればなお最高です。



7.『ボーダーライン』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、アメリカ)

 だって麻薬戦争ものですよ?

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8.『日本で一番悪い奴ら』(白石和彌監督、日本)
 日本で一番ピュアな青春映画。
 絵面としてはどう考えても間違っているけれど、雰囲気的には超感動、みたいな演出に弱い。



9.『ロブスター』(ヨルゴス・ランティモス監督、アイルランド・イギリス・ギリシャ・フランス・オランダ・アメリカ)
 結婚できない人間は動物に変えられる世界の話。
 このコンセプト一行で、ハイ優勝、てなりますよね。
 好きでもないサイコパスの女と付きあおうと頑張るシーンがとても良かったですね。
 『日悪』といい『ディスべ』といい『レヴェナント』といい、人間がその人なりに頑張ってる姿を見てると幸福になれます。

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10.『帰ってきたヒトラー』(デビッド・ベンド監督、ドイツ)
 『ボラット』みたいな半突撃ドキュメンタリー方式を取り入れた映画なんですが、主演のヒトラー役の人が真にすごいのは単に「ヒトラー」を演じているのではなくて、「『帰ってきたヒトラー』のヒトラー」を演じているところ。


裏スジ

1.『イット・フォローズ』(デイヴィッド・ロバート・ミッチェル監督、アメリカ)
 単体でもよろしいんですが、監督の前作である『アメリカン・スリープオーバー』と併せてみると二百万倍良くなりますね。



2.『マネー・ショート』(アダム・マッケイ監督、アメリカ)
 「論理的に考えれば確実に世界が崩壊するとわかるはずなのに、誰も理解していない。ポジショントーク的に『理解できないフリ』をしているのではなくて、本当に理解していない」という恐ろしい状況が歴史的な事実としてあった。
 そういう世界で方舟を作り始める男たちの話。

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3.『ワイルド・ギャンブル』(アンナ・ボーデン&ライアン・フレック監督、アメリカ)
 『人生はローリング』と並ぶクズ野郎ロードムービーオブザイヤー。ギャンブル狂いで家族を失った男を希代のクズ野郎俳優ベン・メンデルソーンが演じてるだけあって、クズ野郎度ではこちらの方が断然上。

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4.『さざなみ』(アンドリュー・ヘイ監督、イギリス)
 元カノを忘れられないおじいさんと元カノを忘れられないおじいさんにヤキモキするおばあさんの話。
 人生において既になされてしまった決定的な選択を、やりなおそうにももう遅すぎる歳になってから悔やみだす。詮ないな、と他人からすれば思うけれども、そういう詮ないことに悶々となってしまうのが老いというものなのかもしれません。

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5.『マジカル・ガール』(カルロス・ベルムト監督、スペイン)
 気軽に祈ったり願ったりすると大変なことになるから気をつけようね、というヤクザ映画。

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6.『キャロル』(トッド・ヘインズ監督、アメリカ)
 何もかもがグラマラス。

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7.『ヘイル・シーザー』(コーエン兄弟監督、アメリカ)
 ジョシュ・ブローリンが頑張ってると観ているこちらも笑顔になりますよね。

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8.『COP CAR』(ジョン・ワッツ監督、アメリカ)
 焦ったおっさんが下着姿で必死に走ってる姿をロングショットで撮るとなんだかいい具合になるという発見。



9.『ブリッジ・オブ・スパイ』(スティーヴン・スピルバーグ監督、アメリカ)
 アメリカ人が信じなくなったアメリカの神話についてのおはなしで、これを観てると『ズートピア』とかの理解が容易になります。



10.『タンジェリン』(ショーン・ベイカー、アメリカ)
 人探し映画はいいよね。

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*1:まあ、あるんですが

*2:パンフのインタビューで香川照之が言ってた