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2023年の新作映画ベスト20選+α、その夢の年

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「自分の夢がなんなのか知りたかったら、それをつきとめる方法は、映画をたくさん見ることだよ」


コニー・ウィリス大森望・訳『リメイク』(ハヤカワSF文庫)



映画を鑑賞するときの視座の一貫性を失ってしまったような気がする。
みなさん、お元気ですか。
わたしはトムの怒れる暴走列車です。

2023年ベスト10

1.『オオカミの家』(クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ監督、チリ)


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映画は夢でできている。年末に『ヘルレイザー』のリマスター版を観たときにもおもったのだけれど、なにかがある種の手続きに沿って生成されていく過程にはなにやら冒涜的なざわめきが宿る。自分が生成AIの絵について描出の完了したものよりはその過程で中断されたもののほうを、もっといえば、生成されていく過程そのものの動画のほうを好むのは、そうしたざわめきを興奮と錯覚しているからかもしれない。痒みだって痛みの錯覚なのだ。
『オオカミの家』はそうしたざめわき、網膜をとおして全身に大量のウジが這うような経験ができる数少ない映画だ。それは悪夢だ。昏い歴史にねざした昏いアニメーションだ。だが、すばらしい夢でもある。

2.『兎たちの暴走』(シェン・ユー監督、中国)


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ひさしぶりに帰ってきた母親がファム・ファタールとなって娘の人生を狂わせていく。
すべてのカットが夢のようで、あらゆる反復(特に火と開閉の行為)が陶酔的だ。だから……なにから思い出せばいいだろう?
再会のはずなのに、あたかも運命的に初めて出会ったかのような初々しさで娘にタバコの火をねだる(娘はまだ高校生だ)母、母と娘で異なる場所に置かれている寝椅子、『リズと青い鳥』ばりに誇示される学校空間の立体性、放送室で読み上げられる本心、間違えられていた誕生日、透明なiPhoneケース、しまわれた指輪、秘密のトランク、あらゆる視線のやりとり。ラストシーンが政治的検閲によって暴力的に中断される瞬間すら美しい。

3.『レッド・ロケット』(ショーン・ベイカー監督、アメリカ)


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バカなのに打算的で、利己的なのに愛されたがり。そういう最低な人間をチャーミングに描いてゆるされるのが映画の爽快さだと、そうした軽薄なレトリックを貼ってもよいのだけれど、その裏には作り手たちの繊細な仕事がある。イヌがいい。イヌの視線の効用をベイカーはわかっている。

4.『ベネデッタ』(ポール・ヴァーホーヴェン監督、フランス)


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幼い頃からキリストを幻視してきた少女ベネデッタは修道院に入って、やがて聖痕を受けた”イエスの花嫁”として修道院内で祭り上げられる。
このベネデッタに幻視されるキリストがいかにも気の抜けたイケメンで、信仰の対象としてどうなんだという感じなのだけれど、それが安っぽい撮り方で聖化され、ベネデッタ自身はほんとうに信じているのだと示される。人を感動させるイメージやイコンというのは、ヨハネの夢の昔から、キッチュで俗悪なものだ。昔読んだ矢部嵩の小説に主人公が「テレビみたいにきれい」と瞠目する場面があったのを思い出す。信仰はどこにでも宿る。宿らせる先はあなたが決められる。
聖者であることと背教者であることが同時に成立していたように、信じ貫くことと恣に自由であることは両立しうる。
そんなしなやかさがこの映画を痛快にしている。

5.『ミッション・インポッシブル:デッドレコニング PART ONE』(クリストファー・マッカリー監督、アメリカ)


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今年になって生まれて初めて、映画館で映画を観ている最中に事故で映中止になる事態に出くわした。それは音が途切れて映像のみ流れるという不具合だったのだけれど、他の観客たちと静かな困惑を共有しながら、急に細部や動きが強調されて鮮明になっていく映像を浴びながら、やはり映画は光と影なんだと感銘を受けた。残念ながらその事故った作品はわたしのベストに入る作品ではなかったのだけれど、『ミッション・インポッシブル:デッドレコニング PART ONE』を観たときに似たような感慨が蘇ったことを憶えている。まるでプロットの体をなしていないストーリー。アクションのために用意されたアクション。陰に隠されてもなければ狡く謀られてもいない陰謀。事前に何度も予告編で見せられて味のしなくなった断崖絶壁からの全力バイクフリーフォール。80年代から一ミリも進んでないAIの未来像。いやただだがしかし、そこには身体があって動きがあった。それが映画で、絶体絶命に見えるシーンも絶体絶命でないとわかっているはずなのに、危ない! トム・クルーズ! とハラハラする瞬間が何度もあり、あるいはそうした錯覚すらなくても、ただなにかこみあげてくる興奮があった。

6.『イニシェリン島の精霊』(マーティン・マクドナー監督、英国)


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さびしい田舎の島に男がふたりいて、なぜか喧嘩をする。それだけなのが、べらぼうにおもしろい。なぜならこれも貫かれているから。

7.『マイ・エレメント』(ピーター・ソーン監督、アメリカ)


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良いとか悪いとかではなく、いや、スタジオとしてははっきりマイナスなのだろうけれど、ピクサー/ディズニーのスタイルはもはや古い類型の物語(ディズニー的な類型の物語、という意味では必ずしもない)の語り直しにしか向いていない。今のかれらは根本的に新しい型を作り出すようには教育されていないではないか、とさえおもってしまう。カルアーツはなにを教えているのだろう。で、そこらへんを開き直った『マイ・エレメント』は鮮やかなロマンティック・コメディだった。見てよ、あのポンヌフみたいな橋!

8.『ファースト・カウ』(ケリー・ライカート監督、アメリカ)


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このところ一年にひとりはかつて苦手だった監督が好きになる、というイベントが発生する。去年はそれが原田眞人の『ヘルドッグス』で起こった(新作の『BAD LANDS』も良かった)。今年はケリー・ライカートだ。ライヒャルトと呼ばれていた時代になんかジェシー・アイゼンバーグがダムを爆破? しようとする映画を観て、観てというか、画面が超絶暗くてなにもわからない、へたくそかな? としか思わなかった。さすがに『ウェンディ&ルーシー』はイヌがよいのでなんとかおもしろく観られたけれど、これがアメリカインディペンデント映画界の希望の星とはずいぶん暗い未来だな、と内心考えていたものだ。いやあ、でもね、映画館で観たら、よかったんですよ。ライカート。映画館向きの暗さだったんですね。
本作も、セットアップは西部劇なのに主人公たちが成り上がっていく手段が撃ち合いでも黄金でも列車強盗でもなく、揚げ菓子だというのがいい。しかもその菓子を売るシーンがまあ暗色めいて汚らしくて菓子自体もそんな映えないのに、めちゃくちゃうまそうに見えるのがすごい。牛? ああ、牛はいいよ。最高ですね。イヌもいいですね。過去を掘り出す存在としてのイヌ。最新作と『ショーイング・アップ』をふせて観れば、ズレていたふたりが最後に並ぶようになる系映画のひとだとわかる。山田尚子もやっと来年新作ですね。

9.『北極百貨店のコンシェルジュさん』(板津匡覧監督、日本)


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デパートを舞台にしたあらゆる物語は『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』に憧れる。その呪縛は原作のころから『北極百貨店のコンシェルジュさん』には現れていた。そして、映画にはその憧れがさらに濃く出ている。映画版の追加要素である、デパートについての歌から始まるオープニング、縦方向のアクション……なにより、どこまでも軽やかで朗らかな身振り。そして、タッチ。
西村ツチカは硬い作家である。その生真面目さが原作の良いところでもあり悪いところでもあった。映画版もまた映画版なりの良さと悪さがつきまとう。よく褒められる脚色も、90分の一連の体験としてはおさまりがよいはよいのだけれど、扱っているテーマからさらに離れてしまっている。
それでもこの作品がブレないのはアニメーションの最大の長所、すなわち現実の重力からの自由さがあらゆるレベルにおいて実現されているからだ。

10.『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(ダニエルズ監督、アメリカ)


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いやしくも多少なりとも映画を観ている人間であれば、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』などいうキッチュで美意識にも政治意識にも欠ける(にもかかわらずそのどちらも具えているかのようにふるまう)作品を全面的に称賛するなどあってはならない、という風潮がある、という妄想がわたしを支配していて、だからこの作品は今年のベスト5なら5位に、ベスト10なら10位に、ベスト15なら15位にかならずランクインする。正義は果たされなければならない。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は薄暗い映画館内での2時間の約束を遂げてくれた。わたしたちも義務を履行しなければいけない。
なので、この作品が2023年に日本で公開された事実を残しておかねばならない。

裏ベスト10

11.『Pearl/パール』(タイ・ウエスト監督)

アメリカンドリームが崩壊していくさまを描いた作品は例外なく良いものだ。これもまたキッチュな信仰をもってしまった人の話で、しかしベネデッタとは違ってパールは、前作を観ているひとなら最初からわかってるように、オーディションに合格することはない。彼女は映画が始まったときから怪物だった。だから、夢を持ったこと自体がはじめから間違いだった。それでも夢は見てしまう。凡人から怪物にまで平等に配布される夢見る権利、それがアメリカンドリームの残酷さだ。破られ折られ壊されつくしてもなお、夢を貫こうとした人間はどうなるのか。それがこの映画と前作の『X』では描かれる。

11.『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(ホアキンドス・サントス&ケンプ・パワーズジャスティン・K・トンプソン監督、アメリカ)

ひたすら目にやさしくない。『オオカミの家』とは別の形態の夢。

12.『イノセンツ』(エスキル・フォクト監督、ノルウェースウェーデンデンマークフィンランド

これとか『怪物』とか、あまりに子役の扱いがうますぎる映画ばかり摂取していると、たとえばある映画の序盤などを観せられたときに、「子役だなあ」と当たり前の事実に白けてしまうようになってしまう。よくないね。

13.『ボーンズ・アンド・オール』(ルカ・グァダニーノ監督、アメリカ)

両足の脛の部分が破れたジーンズ(超絶ダサい)から骸骨のように覗いたティモシー・シャラメの脚。

14.『ザ・キラー』(デイヴィッド・フィンチャー監督、アメリカ)

どこかポンコツマイケル・ファスベンダーがひたすらカッコつけているだけ、という週刊少年サンデーにでも連載されてそうなギャグまんが風味を楽しむシットコム映画。もちろん、ハーゲンダッツを食べたがるティルダ・スウィントンも抜群に良い。

15.『エリザベート1878』(マリー・クロイツァー監督、オーストリア

今年は特に邦画で水の話なのに水の扱いが非常に雑な作品が多くてイライラさせられたのだけれど、その点『エリザベート
1878』はなぜそこに水があるのか、なぜその人に水を重ねるのか、を惰性ではなく常に自問して考え抜いた上で水を用いていて良かった。

16.『フェイブルマンズ』(スティーブン・スピルバーグ監督、アメリカ)

映画論映画としては最上級なのだけれど、スピルバーグに期待される快楽がやや削がれている。

17.『EO』(イェジー・スコリモフスキ監督、ポーランド・イタリア)

動物映画枠。

18.『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(チャド・スタエルスキ監督、アメリカ)

象徴的なキャラクターを中心に据えたシリーズものというのは、再演されるたびに壊れていくカラクリ人形劇のようなもので、4を超えるとあとはどう壊れていくかの仕方の問題になってくる。ジョン・ウィックの壊れ方は理想的だ。

19.『BAD LANDS』(原田眞人監督、日本)

とにかく、冒頭のオレオレ詐欺の受け渡しをめぐる攻防につきる。

20.『ロー・タイド』(ケビン・マクマリン監督、アメリカ)

サイズ感と予算感に対して無理しない範囲ですべてを詰め込んで丁寧にしあげた青春クライムドラマの佳品。こういう端正さに出会うと、嬉しくなってしまう。ちなみにマクマリン監督は『メイド・イン・アビス』の脚色を担当しているらしい。悪くない人選では?


あとは『ロスト・フライト』、『SEARCH 2』、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』、『マッドゴッド』、『ヒトラーのための虐殺会議』、『アステロイド・シティ』、『ナチスが仕掛けたチェスゲーム』、『聖なる証』、『HUNT』、『PERFECT DAYS』、『HUNT』、『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』、『ファルコン・レイク』あたりもおもしろかったです。

アニメーションのトップ10

『オオカミの家』
『マイ・エレメント』
スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
長ぐつをはいたネコと9つの命』
『マッド・ゴッド』
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・スタジオ」
『窓際のトットちゃん』
ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』
『駒田蒸留所へようこそ』
『マルセル 靴をはいたちいさな貝』


イヌ映画オブジイヤー

★『ジョン・ウィック:コンセクエンス』
 『レッド・ロケット』
 『ザ・キラー』
 『エリザベート1878』
 『ノースマン 導かれし復讐者』
 『窓際のトットちゃん』
 『ファースト・カウ』
 『長ぐつをはいたネコと9つの命』
 『スラム・ドッグス』
 『イニシェリン島の精霊』
特別賞:『ガンサーの相続金』

ドラマ

『サクセッション』と『BARRY』の年