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↑出した時点で「もう今年は短編集とかのほうのランキングはいいかな〜」みたいなムードだったんですが、村長から「マンガを怠けるな」とお叱りを受けたのでなんとかない気力を奮って作りました。
【レギュレーション】
・1.2023年内に発売された日本語(翻訳含)作品の、短編集・単発長編(上下巻など第一巻発売時点で完結巻が明示されている作品。連作含む)。
・2.2023年内に最終巻が発売された日本語(翻訳含)作品で、五巻以内で完結したもの。
・基本的に電子版の出ている本のみ。
・同人誌・自費出版は含まない。
【短編集/単発長編】
1.ほそやゆきの『夏・ユートピアノ』
若き調律師と弱視のピアニストの交錯を描いた連作である表題作と、宝塚歌劇団受験をめぐるふたりの女性の交流を描いたアフタヌーン四季大賞受賞作「あさがくる」の二作を収録した短編集。ほそやゆきのとは、ストーリー面では挫折と蹉跌を描き、セリフを含めた技巧面では(丹念に取材された)細部を描き、舞台としては北海道を描く作家であるといちおう今のところ定義できはする。
しかし、はたしてそれだけでしょうか?
カメラワークとコマ間の動作によってつけられた緩急、身体部位のクローズアップ、やわらかいタッチ、すずやかで乾いた陰影、冬の白、アフタヌーンとしかいいようのない縦長コマ、何か未満(「夏・ユートピアノ」の場合は友人、「あさがくる」の場合は師弟)の関係、人間と人間のあわいつながり。
しかし、はたしてそれだけでしょうか?
ピアノを題材にした作品としては異例なことに、ピアノを弾くシーンを漫符などで表現しないんですよね。劇中何度か描かれるピアノ演奏のシーンではすべてリアクション(拍手や演奏者自身の涙)でその出来や意味合いを読者へと伝えます。そして、その極みがラストのラストで来る。音楽まんがは「いかに音を伝えられないメディアで音を表現するか」の歴史だとおもうのですが、そこにこうしたアンサーもあったのかと感心させられます。おなじくピアノ×雪国×女二人を描いた『最果てのセレナード』(ひの宙子)と比較してみるのもおもしろいかもしれません。鍵盤の見立てで構図を作る部分とか似てますし。
いやしかし、はたしてそれだけなのでしょうか?
それらをすべてひっくるめたても、ほそやゆきの作品の総和に等しくない気がします。そこにまんがの秘術が隠されている気がする。わたしは存在自体が神秘のようなまんがが好きです。まんがを奇跡だと信じているからでしょう。そして、その奇跡を証明する奇跡がここには顕れている。
comic-days.com
(2018年の新人賞奨励賞読切。ところどころ歪だがこの時点でだいたいは完成されている)
2.heisoku『春あかね高校定時制夜間部』
名門・春茜高校の定時制夜間部に集まる面々を描いた夜の青春群像劇。十六歳から四十歳まで、元ホスト、元精神病院入院患者、複数人でのコミュニケーションが極端にニガテなひと、一見ひとあたりはいいが約束ごととなる途端に仮病を使ってドタキャンしまくる人等々、さまざまな事情や個性を抱えた生徒たちが出てきて、いずれも生きるのが大変そうなのですが、ふしぎとどこか明るさがある。それは、それまで生きづらさを自分のなかで抱えるしかなかったひとびとが、学校空間という他者だらけの空間でゆるやかに共にあることで小さな救いを見出しつづけるからです。そんなスウィートすぎない、ちいさな救済が本作を特別な作品にしています。
高校とは基本的に「これから人生が始まるひと」の場ですが、事実上人生が終わってしまったひとの人生を始めさせる場として学校空間を作り出したのは『ご飯は私を裏切らない』の heisoku 先生の面目躍如たるところ。
3.シャオナオナオ『守娘』
台湾時代怪奇ミステリ。絵と画がとにかくよい。このまんががすごくていいよ、という話は前にしたのでそちらを。
4.大武政夫『異世界発 東京行き』
大武政夫は異常なギミックをテコに状況をどんどん転がしてエスカレーションさせていき、最終的にあまりにもバカバカしい絵面へ行き着くギャグや、連作でこつこつ積み上げたキャラの性格やポジションから生じた位置エネルギーで暴力的な勢いをぶつける小噺を得意とする作家です。したがって、その本性は連作短編にあります。個人的には、そこまで一話完結短編の名手といった印象はありませんでした。ところが本短編集の「俺たちの非日常はこれからだ!」を雑誌で読んだときはたまげました。単発の短編でめちゃめちゃおもしろれえ!
内容は、ある日突然、透明化や念力などの特殊能力にめざめた少年たちが時間のループにはまってしまったクラスメイトを助けるために奔走するクロスジャンルコメディです。
フィクションの分野では、特に短編においては「一つの話につきワンダーな設定は一つだけに留めとけ」と言われがちです。読者にとって「非日常」的な要素はそれだけでポケットがいっぱきになるほどのストレスであり、あんまり詰め込みすぎると読む方はパンクするし、味もまざってなんだかよくわからなくなってしまいます。
そこ本作ではワンダーが四つも五つも出てきて、それらがまったくごちゃごちゃした印象を与えず、きれいにひとつの物語として整然と処理されている。それは出てくる特殊設定がそれぞれ長年使い古されてある種の常識と化したジャンルであるから読者の認知ストレスも軽減されている面もあるでしょうが、それをなめらかに整理できるのはあきらかに作者固有の手腕です。もうあんたが日本SF大将(©️とり・みき)やね。
言ってみれば『ヒナまつり』や本短編集の後半に載っている魔法少年もの連作「魔法少年マモル始まらない!」でやっているようなキャラエピソードの積み上げを、クリシェと化したジャンルへアウトソーシングすることで省き、連作じゃないのに連作のような爆発的なパワーを生み出したのですね。一見ズルに見えますが、大武先生にしか不可能な曲芸です。驚くべきコントロール力です。
とはいえ、「素で描いた」と作者自身の語る「90 59 88」のピーキーさも、つきつめるとどこまで行くのか見てみたい気持ちもありますが……。
5.ティリー・ウォルデン『are you listening?』
とにかくコマの枠線というものを縦横無尽にいじりたおします。主人公たちの気持ちが動揺すれば枠線も歪み、水が満ちれば液体状に融解し、ときには境界である線そのものが消滅してしまう。愚直ですらあるそんな素朴さな外連味が、アートフォームとしてのコミックの可能性を信じ貫いているようで、読んでてうれしくなる作品です。さらりと、テキサスはマジックリアリズム的な土地なんだ、と言い放つところも南部ゴシック的なアメリカ文学の系譜に自らを位置づける図々しさがあって、物語やタッチの繊細に反してなかなかたくましい。6.売野磯子『インターネット・ラヴ!』
インスタで見かけたら一般韓国人男性に岡惚れしてネトストしまくる一般日本人男性のラブストーリー。間違ってるとわかっていて間違ったことをやめられないひとの話はいいですね。ヤバい人の話ですが。このごろはシャープなイメージのあった売野磯子ですが、本作は線も話もレトロでソフトでほんわかしてて、こういうのもよいですね。ヤバいひとの話ですが。*1
7.崇山祟『Gペンマジック のぞみとかなえ』
ホラーは本物の異形が生まれるジャンルです。『恐怖口が目女』を描いた崇山祟は本物の異形にして、真正の才物だったわけですが、去年若くして亡くなってしまいました。本作はその遺作。ホラーではなく、スポコン少女漫画パロディ(ガラスの仮面とかエースを狙えとからへん)なマンガ部青春モノです。巻末の追悼対談で『ミステリーボニータ』の編集長が指摘しているように、「70年代の少女漫画の絵柄やノリをサンプリングしてギャグにするのってさんざんやり尽くされて」いて、さらにいえばマンガ部ものも昨年『これ描いて死ね』という大賞級の作品が誕生してしまった*2この2020年代において、「あえて」でさえこの領域に手を出すのは相応の覚悟を要します。そこに肝っ玉ひとつで乗り込み、見事、崇山崇にしか出せない作品を完成させてしまった。
シュールなノリと勢いだけのまんがのようにおもわれるかもしれませんがーー実際完全にノリだけでやっているだろ、みたいなところもときどき目につくのは事実ですがーーそれでもアクセントの利かせ方が際立っており読者を振り落としたり飽きさせたりはしません。不条理な乱暴さをふりまわしているように見えて、繊細な抑制も効いている。そこが崇山作品の美点でした。つくづく、惜しい作家です。
8.panpanya『商店街のあゆみ』
panpanya先生の短編集はひとつのベンチマークといいますか、ハードルといいますか、その年に出る短編集の総合的な質の指標になります。去年は『ユリイカ』でも特集が組まれたし、いまさら言うこともないでしょう。今回のお気に入りは「家の家」と「うるう町」。23年の奇想系短編集では河野別荘地『足が早いイワシと私』、小田扉『ぐるぐるゴロー』あたりも印象に残ったでしょうか。9.月森吉音『ナイトメア・オブ・ドッグス』
イヌ獣人のカニスがバイクで単身旅しながら、さまざまな悪夢にうなされる他のイヌたちと出会ってその世界の謎に迫っていくロードコミック。人間の都合で虐待されたりひどい目にあったりするイヌの立場に共感的だったまんがというと21年に出た吉田真百合の『ライカの星』もありましたが、こちらは問題意識が直接的でより苛烈。動物福祉系のまんがは22年開始のカレー沢薫『いきものがすきだから』を筆頭に最近といいますか結構前からエッセイやルポの分野でちょくちょく観ますが、アニマルライツ的な問題意識から描かれたフィクションはそうなかったかも。23年に完結した『地球から来たエイリアン』といい、まんがの世界でもポスト人間主義というか、モラルサークルの拡大を感じます。23年もイヌまんが(フィクション)は多かったですね。独裁政権の顛末をイヌ獣人に託して描いたロシア製コミック三部作『サバキスタン』、狂った女が転がりこんできた男をイヌとして飼い始める『生まれ変わるなら犬がいい』、そして先日紹介した『凍犬しらこ』。バリエーションも豊かです。
10.田沼朝『四十九日のお終いに 田沼朝作品集』
ちょうど切りの良い数字にするところでなにがいいかな、とおもって、路田行の『透明人間そとに出る』でもよかったんですが、路田作品は先日の記事で『すずめくんの声』を取り上げたのでいいかな、となり、じゃあ『いやはや熱海くん』について言及できなかった田沼朝で、ということになった。*3短編の上手い作家というのは何通りかのタイプがいて、このひとはスケッチがうまくて質感がよいタイプ。
【五巻以内で完結した作品】
・だいたい過去のブログ記事で触れている作品ばかりなので、あらためて紹介するのがめんどい。
【比較的ソフトランディング】
冬虫カイコ『みなそこにて』(全3巻)
母親の再婚に伴い、人食い人魚伝説の伝わる村に住む祖母のもとに妹とともに移住してきた中学生の一花。彼女はそこで千年という不思議な雰囲気の少女と知り合い、”変わって”いく……という連作群像劇。各話でそれぞれ視点人物となるキャラたちの心の隙間に千年という存在が入り込んでいき、三巻、ずうっと低温のホラーが続きます。
異質な存在の異質さの描き方がすばらしいんですよね。まんがメディアの立体性を巧みに利用しているんです。これについてはあとでもうちょっと考えておきたいなあ、とおもいます。
天野実樹『ことり文書』(全3巻)
鳳家の令嬢、小鳥は天真爛漫でアクティブなじゃじゃ馬中学生。箱入り娘にしようと枠に押し込めてもはみ出してしまう危なっかしい性分で、教育係兼執事の白石をいつもヤキモキさせます。ハートフルなまんがです。ビッグな心があなたの胸をいっぱいに満たしてくれます。
主人公の小鳥の裏表ない善良さも、白石の律儀さも、屋敷のひとびとや小鳥の友人たちといった周囲の人間たちもすべてがあったかい。
それでいて、その温かみに上滑り感やうすっぺらさを感じないのは、一見ほのぼのとした物語の深奥に切実な願いが宿っているからです。
未熟な幼鳥は巣の外に出たがるけれど、世界は残酷さで満ちている。しかし、籠のなかで愛でるばかりが鳥の幸せでもない。無垢で、美しく、こわれやすい魂をどうしたら自由に幸福に生き延びさせてあげられるのか。
そのためにはただ一方的に保護するだけではなくて、たがいに手を差し伸べあって理解しなうのが思いやることが大事なのだと、本作はさりげなく、豊かに伝えてくれます。
ハルタ直系でありつつも、ややレトロな誇張の混じったキャラの輪郭や表情もすばらしい。まさにハルタという生態系以外では生まれなかったであろう珍禽です。
藤近小梅『隣のお姉さんが好き』(全4巻)
世に「気になるコと映画をいっしょに観る」系のシチュエーションラブコメはぎょうさんありますが、これは格が違う。映画を道具に恋を描くまんがではなく、映画のように恋を撮ったまんがです。同時に、人間同士が対等に関係することについて非常に誠実な物語でもあります。それがまた視線のメディアである映画という題材と綿密に絡んでくるのがクレバー。
黒崎冬子『平家物語夜異聞』(全3巻)
一昨年の『鎌倉殿』ブームでにわかに平家物語モノも盛り上がりを見せましたけれど、『無敵の未来大作戦』の黒崎冬子先生が料理するとやはり一味違うものが出てきます。ギャグとシリアスを自在に行き来するというか、あたかもそんな境界など存在しないかのように遊べる作家は希少です。ムネヘロ『ムシ・コミュニケーター』(全3巻)
虫の写真が聴こえる少女の日常連作短編。虫という存在をフィクションに使うにあたってここまで死生観まで寄り添った作品はなかなかありません。このクールさを失わないでいてほしい。【惜しかった】
有馬慎太郎『地球から来たエイリアン』(全3巻)
2220年、惑星開発局生物管理局に勤める朝野みどりは地球から160光年離れた日本領惑星「瑞穂」に赴任する。生物管理局は未来の移住に備えて原生生物を調査しておくのが仕事。異星の生物を愛するみどりは未知との出会いにワクワクしていたのだが、最初に命じられたのは”危険”な原生生物を絶滅させる業務だった……という第一話からはじまる異星生物お仕事SF。個性的な異星生物やアクもビジュアルも強い(そして時にたちの悪い)同僚たちにふりまわされながら、まっすぐな主人公が仕事へぶつかっていき、その過程で思いだけではどうにもならない思い知り、懊悩しつつも成長していく王道の作りです。人類の利己によって都合よくいじられたり滅ぼされたりする異星生物の姿は、まさに今ここで生きている動物たちとも重なり、われわれへクリティカルな問いを投げかけてきます。惜しむらくはその問いを深化できるだけの尺が本作に与えられなかったこと。そして、こずるくてブルータルなキャラを描くときのハツラツとした有馬先生をもっと見られなかったこと。
額縁あいこ『リトルホーン〜異世界勇者と村娘〜』(全2巻)
魔族の生き残りが潜んでいた村が残虐な転生勇者一行によって根切りにされてしまい、その生き残りである魔族姉妹の末妹と村娘が復讐を誓う暗黒異世界ファンタジー。万能チート勇者を悪者にするマンガは異世界転生に疎いわたしでさえそこまで斬新な趣向ではないだろうな、となんとなく察しはつきつつも、転生勇者一行のキャラ立ちがとにかく尖りまくっている。たとえば、最初に戦うことになるナイトは転生前は小学生の男の子だったんですが、年齢相応かつ彼固有の生まれつきの思い込みの激しさと残酷さによってすさまじく偏った性格になっていて、あんまり見たことないバランスの異常さを発揮しています。このイキの良さで2巻打ち切りとは思いもよらなかった。
甲斐冬雪『変身人間ちえ』(全2巻)
突然、怪物に変身するようになってしまったヒロインを中心にした学園ラブコメ。これもザリっとした古風なタッチに奇妙なバランス(そこがよい)のまんがで、長続きはしないだろうという予感あったのですが、さすがに2巻で終わるのは酷すぎる。ラブコメというか学園群像劇で「おれたちの戦いはこれからだ」を見せられるのは……。ヒロインを中心に造形から展開まで作者のヘキが詰め込まれたピーキーなまんがですが、是非読んで名前を覚えていただきたい作家です。
仲間只一『大東京鬼嫁伝』(全4巻)
キャラがいい。抜群にいい。ただ、それだけではジャンプという名のキリングフィールドでは生き残れない。でもキャラがね、ほんま、キャラがいいんですわ。来年はとりあえず『下北沢バックヤードストーリー』(西尾雄太・全3巻・24年1月完結)が入るかなあ。
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ランキングといえば今年これのベストSFアンケートにお呼ばれしたので投票してます。