名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


読書、映画、その他。


小惑星の魔女は鬼道占師――The Cosmic Wheel Sisterhood について



おのれの能力を越えて上昇しようとするような輩に用心しよう。死を免れない人間に否定されたるものごとを探し求める者たちに。


――ジェフリー・ホイットニー『エムブレム選集』





store.steampowered.com


The Cosmic Wheel Sisterhood はタイトルを裏切らないゲームです。宇宙の話をやり、回転する輪の話をやり、シスターフッドの話をやる。そして、タイトル以上でもある。ゲームについての話もやるゲームなのですから。


独り身でも魔女


チュートリアル終わりに入るオープニングアニメ。演出にあきらかにセーラームーン魔法少女ものの影響が見て取れて興味深い。



主人公のフォルトゥーナは魔女です。
あるとき、得意とするタロット占いによって自身の属するコヴン(魔女団)の崩壊を予言したために、リーダーから魔力とタロットを奪われた上、辺境の小惑星へ1000年の島流しに処されてしまいます。200年ほど経ったころ、底なしの孤独に耐えきれなくなった彼女は魔女の掟を*1破り、封印されしベヒモス・エイブラマーを召喚する。
エイブラマーはフォルトゥーナにこんな提案を行います。新しいタロットを作るのだ、昔の出来合いのタロットではない、自分だけのタロットを……。

呼び出すなり幽閉年数でマウントをとってくるベヒモス



ゲームは基本的にアイソメトリック視点で表示されるフォルトゥーナの家で進行していきます。この二階建ての手狭な家で禁足を強いられているフォルトゥーナはエイブラマーと問答したり、タロットカードを制作したり、ときおりやってくる訪問者を迎えたりします。訪問者とはつまり他の魔女たちのことです。彼女たちは宇宙を自由に飛び回り、自らの道を探求しています。
本作における魔女とは、元は人間だったものたちが「昇醒(ascend)」というプロセスを経て不老長寿と自由を手に入れた姿です。それぞれ出身年代や出身惑星が異なるものの、魔女であるという一点においてなんとなく緩やかに通じ合っています。
この魔女たちの対話が愉しい。すべての魔女には信念と希求する目的(学究や芸術など)があり、厄介な個性があり、奇天烈な見た目があり、それらがゆえに主人公と対立することもありますが、それでもどの魔女とも(最大の敵であるはずのコヴンの長とすら)どこかでつながっている感覚がある。人と人との関わりを描くのがADVの醍醐味のひとつですが、深いところでこのような感覚をもたらしてくれるゲームはなかなかありません。
魔女たちとの交流を通じ、フォルトゥーナは宇宙の運命へと関わっていくことになっていきます。重要になってくるのはもちろん、彼女のタロット占いの能力です。彼女は他の魔女や自分自身の運命をタロットによって占い、それが物語の行く末に重大な影響を及ぼしていくのです。

質問に対してタロットがいくつかの選択肢を提示してくれる。どんな選択肢が生じるかはカードにより、どの選択肢を選ぶかはプレイヤーによる。


と、まあ、ゲーム本編まわりのことは某ゲーム販売プラットフォームのレビューでも書いたので、なんかもういいかなという感じがする。詳しいゲーム内容などが気になった方は、今はインターネットというものもありますし、各種ゲームサイトの紹介記事や youtube での序盤のプレイ動画などを見るとよろしいでしょう。この記事では魔女とタロットとゲームの話をします。


個人的なフェイバリット魔女のひとり、ウンヌさん。こう見えてかなりヤベーやつです。


魔女とタロット

魔女とタロット占いは、実はもともとさほど深い関係にありませんでした。
原型となる図像入りのカードは十五世紀くらいからあったらしいのですが、当時はゲームや賭け事の道具であって、占いには使われていなかった。そういうものに啓蒙時代*2以降、長い時間をかけて色んな人がよってたかって古代エジプトの神秘やらユダヤ教カバラやらオカルトやらでゴテゴテ装飾して意味づけしていった末、黄金の夜明け団という魔術結社出身の人らが20世紀初頭に現在のタロットの原型を作った*3
いっぽう、魔女というのがヨーロッパ的に政治的に盛り上がったのは15世紀から17世紀にかけてでした。魔女狩りですね。つまり、タロットが本格化を初める以前の存在だったわけです。もちろん、中近世の魔女も占いはやっていたわけですが*4、タロットを使っていたという話は聞きません。
19世紀末にはタロットも魔女も、オカルティズムの魔術結社なんかを通じて接近する機会もあったはずですが、決定的には交錯しませんでした。
これらふたつがようやく合流するのは、20世紀に入ってから、1960-70年代のカウンターカルチャーの時代です。

気のおけない友人たちと浜辺でピザパーティをやっていた60年代



The Cosmic Wheel Sisterhood の主人公であるフォルトゥーナは1960年代に人間から魔女に「昇醒」したという設定です。人間時代はフォルクスワーゲンのヴァンで姉や友人と爆走し、半分ヒッピーみたいなノリで生きていたアメリカ人でした。そして、人間のときからタロット占いが得意だった。
この人物設定は「魔女とタロット」をやる上では、絶妙にクリティカルといえるでしょう。
まずタロット占いが大衆化されたのは60年代です。それまでは一部のディープなオカルト好きのものだったタロット占いでしたが、1960年にアメリカにおいて元女優のイーデン・グレイが煩わしい隠秘学の作法を薄めてわかりやすく実用と実践に徹した一般向けタロット占い本『Tarot Revealed』を出版し、タロット占いが一挙に大衆化します。フォルトゥーナもたぶんここからタロットにハマったのでしょう。
かたや魔女も60年代から70年代にかけてカウンターカルチャーの文脈で再解釈が行われます。1950年代に英国でジェラルド・ガードナーというオカルティストが『今日の魔女術』なるこちらもそれまでのややこしい隠秘学的な要素を排した実践的なウィッチクラフトの書を出版し、また自身のコヴンを組織することで現代的な文脈で魔女を復興します*5。その潮流が海を超えたアメリカで第二波フェミニズムと合流し、自らを魔女をとして再定義する女性たちのムーブメントへと発展していきます*6
これら二つの「大衆化」の流れにおいての共通のバックボーンとなったのがニューエイジ運動でした。モノ優先の資本主義社会に対するアンチテーゼとして精神世界を重視するニューエイジはそれ自体オカルティズムの文脈の混じったものです。いまここではないオルタナティブな象徴と繋がれるタロット占いはまさにうってつけのアイテムだったわけです。
ニューエイジ運動からエコ運動やスピリチュアリズムが拡大していったわけですが、この時期勃興したエコフェミニズムも家父長的な色彩の濃い現代文明へのカウンターとして女性と自然のつながりを象徴的に捉えることから始まった運動です。こうした文脈において魔女も自然と親しいエコな存在として再解釈されました。魔女狩りの時代において、魔女として告発されていたのはしばし、村落共同体からやや外れた場所で自分の庭や森林から植物を採取し、薬草やハーブとして他者の癒やしに用いていたアウトサイダーたちでした。

わりかし最近のゲームである The Excavation of Hob's Barrow というアドベンチャーゲームにも、上記のイメージ通りのコッテコテな「森に住む魔女めいたお婆さん」が出てきます。もちろん、あるクエストで薬草を調合するときに役立ってくれる。



現在でもフィクションで魔女的な人物がしばしガーデニングを趣味としているのもそうしたイメージです。『水星の魔女』でミオリネが自分だけの庭を持っていたりね。
The Cosmic Wheel Sister でもフォルトゥーナの親友としてジャスミンという魔女が登場します。彼女は自分の温室で植物を育てており、薬草からドラッグめいたものまでなんでもそろっています。

ジャスミン(左側の金髪)の温室。



タロットが占いの道具として取り込まれていった結果、占いを行うメジャーな主体である魔女とタロットも結び付けられて、その際にニューエイジ運動やネオペイガニズムが強力な触媒になって現在の「タロット占いを行う魔女」というなんとなくありそうなイメージに発展した、というところでしょうか。*7*8
共同体的なムーブメントとしての魔女は最近とみに盛り上がっている感もありますが*9、ともあれ、「魔女でタロット」をやるなら60年代のヒッピー以外ありえなかったわけです。

2000年から連載スタートしたジム・バレントの長寿アメリカン・コミック「Tarot: Witch of the Black Rose」。主人公の魔女タロットはその名の通り、タロットカードを介してスーパーな能力を発揮できるらしい。魔女・ミーツ・タロットなフィクションのひとつ。

ところで、意地でも魔女とタロットを結合させてやろうとする開発側の野望は、主人公の名前からも読み取れます。
フォルトゥーナとはタロットでいえば、10番のアルカナ「運命の輪」に関係する名前です。「運命の輪」のカードには運命を司る輪が描かれるわけですが、これはローマ神話のある女神の回している輪のことです。その女神の名がフォルトゥーナ。英語で「運命」を意味する Fortune の語源ともなっています。

「運命の輪」のタロットは本作でも”最強”のカード。どのように最強であるのかは実際にプレイしてたしかめてください。



これだけでも本作の主人公にふさわしい名であるとわかりますが、実は Wheel というモチーフは魔女的にも関係があります。
魔女を表す Witch の語源には諸説あるのですが、そのうちのひとつに「曲げる、回転させる」といった意味が含まれるものがあります。*10
つまりは、運命の輪を回す存在でありつつも、その運命を少し違った形に変える力を持った存在、それが魔女フォルトゥーナなのですね*11。まさに、The Cosmic Wheel Sisterhood。


ジャスミン氏。優しげな風貌であり実際優しいひとではあるけれど、根っこのところで意志が強く、敵に回すと厄介。



背景が練られているのはフォルトゥーナだけではありません。
さきほど言及したジャスミン1800年ごろの産業革命期の英国からやってきたという設定です。1800年ごろといえば、フランス革命を経てオランプ・ド・グージュ*12やメアリー・ウルストンクラーフト*13といった活動家たちがフランスの人権宣言やアメリカの独立宣言に女性が含まれていないことについて闘っていた時代。そうした抑圧的な時代で過ごしていたためか、ジャスミンは男性&地球不信であり、「自分たちの時代には選挙権もなかった」とフォルトゥーナたちに言い募ります。
ジャスミンは今いる魔女のコミュニティに強い繋がりを感じて固執しており、そのために友人たちと政治的に対立することにもなっていきます。
1800年ごろの英国は女性たちだけでなく、魔女にとっても受難の時代でした。1736年に制定された(アンチ)ウィッチクラフト法は魔術や魔女を禁止する法律で、なんと1951年まで続いたのです*14
ジャスミンは「お茶とガーデニング*15が大好き」という部分だけでなく、こうした背景からもまさに「英国の魔女」であることが刻印されているのです。

フォルトゥーナの親友その二のダリア。だいたい見た目通りの魔女。


ゲームについてのゲームとしての The Cosmic Wheel Sisterhood

このように The Cosmic Wheel Sisterhood はキャラクターひとつとっても練りに練られていることがおわかりいただけるかと思います。しかし、本作がマジなのは魔女とタロットに対してだけではありません。ゲームに対してもそうなのです。

(*注意:ここからはゲーム本編についての軽度から中度のネタバレを含みます)

フォルトゥーナは最初、「読む人」としてプレイヤーの前に提示されます。彼女はタロットから他者や自身の運勢を「読む」し、監禁生活の数少ない娯楽は読書です。
しかし、(ネタバレになるので詳しくはいいづらいのですが)ゲームの中盤で彼女は実はただの受動的な読み手ではなく、より能動的な物語の創り手であることが明かされます。


ゲーム内にはインタラクティブ・ブックというゲームブックのような軽いミニゲームがある。


ただ読んでいるだけかと思っていたら実は自分も物語の創造に参加している、その感覚はまさしくインタラクティブ・フィクションたるゲームにおけるプレイヤー自身の体験でもあります。
多くのゲーム、たとえばノベルゲームやテキスト主体のアドベンチャーゲームにおいてはキャラや世界の未来を選び取っていく感覚が多かれ少なかれついてくるものでしょう。
The Cosmic Wheel Sisterhood がとりわけすばらしいのは、そうしたプレイヤーによる創造の感覚が未来だけでなく過去へも向けられている点です。
筆者が感動したシーンにフォルトゥーナの師匠でるユーエニアとの会話があるのですが、そこでは窮極的にはリアルな過去も未来も持たない、ともすれば空虚な存在であるゲームキャラクターとのやりとりが、血肉をもった温かい親密さを帯びて立ち上がっていくのです。

鹿の姿をしている師匠



限られた選択肢ひとつで過去と未来と現在が生成消滅していく幸福な残酷さこそ、ゲームならではの快楽であると The Cosmic Wheel Sisterhood は気づかせてくれます。そして、そのような空間において、ゲームキャラクターたちと関係を取り結ぶというのがどういうことであるかも。





サントラ

参考文献

*1:「魔女は死刑にすべきである。殺人を犯したからではなく、悪魔と結託したがゆえ」 ジョージ・ギフォード『魔女と妖術に関する対話』

*2:フランス革命期のフランスでタロット的なカードを使った占いの目撃情報が出てくる

*3:ウェイト(監修者の名)版、ウェイト=スミス(アーティストの名前)版、ライダー(出版社の名前)版、あるいはライダー=ウェイト=スミス版と呼ばれるタロット

*4:キリスト教的には占いは異教の営みであり、悪魔の力を借りて行うものとされ、魔女狩りのさいにはたびたび処刑理由にあげられました

*5:こうしたかつてキリスト教によって葬られた異教やアニミズム復権しようとする運動はネオペイガニズム(新異教主義)ともいわれた

*6:68年には「W.I.T.C.H.」というフェミニスト団体がそのマニフェストのなかで「あなたは魔女だ」と謳い上げている。W.I.T.C.H. はその年に活動を終えるが、のちのフェミニズム神学や新魔女運動に大きな影響を与えた。磐樹炙弦 『ウィッチ・フェミニズム──現代魔女運動の系譜』 #01 序論「"私たちのフェミニズム"の耐えられない軽さ」 | DOZiNE

*7:ヨーロッパではタロット占いはロマの人々と結び付けられるイメージも強いですが、このへんはあんまり調べても出てこなかった。

*8:アメリカだと映画観てるとよく出てくる「占い師が電話をかけてくる相談者を占うテレビ番組」とかイメージに影響してそう

*9:日本で増殖する「現代魔女」たちの証言/オカルト探偵「女が怖い」|webムー 世界の謎と不思議のニュース&考察コラム

*10:「witch という語は賢さ(wise)、曲げること(to bend)、ねじること(to twist )、回すこと(to turn)、コントロールすること(to control)、変えること(to change)などに由来します。ウィッチクラフトとは、変革の術なのであり、テクノロジーの別の形なのです」Leliah Corby, "How to Form Your Own Coven," Green Egg, November 5, 1975

*11:ちなみにフォルトゥーナに関していえばゲーム開始時の行動からまさに「魔女」であることが示されています。渡良好一の『魔女幻想』によれば、16世紀後半のイングランドにおいては witch とは「悪魔や悪霊と契約したもの」を指しました。欽定英訳聖書におけるの「出エジプト記」の thou shalt not suffer a witch to live. (ウィッチを活かしておいてはならない)における「ウィッチ」もそうした用法です。ゲーム冒頭でベヒモスを呼び出すフォルトゥーナはまさにこの意味においても witch なのです

*12:フランスで革命期に憲法に女性の権利の擁護が盛り込まれていないことに不満を抱き、『女性の権利宣言』を著してギロチンにかけられた人物

*13:英国人。ルソーの女性蔑視を糾弾する『女性の権利の擁護』で男女平等を先駆的に訴えたものの、当時の言論界からは激しいバックラッシュを浴びた。『フランケンシュタイン』のメアリー・シェリーの母。

*14:魔女狩りが下火になりつつあった時代に魔女を禁止する法律をわざわざ新しく制定するというのは奇妙な気がしますが、魔術が下り坂だった時代だからこそ、超常的な存在や力を否定し、「詐欺師」として取り締まる意図があったのだそう。教会の権威への挑戦もあったのでしょう。そもそも「存在すら否定される」という形の差別だったわけです。そういったこともあってか、魔女狩りとは違って死刑にはならず、懲役は最長でも一年と軽めに定められていました。ちなみに1600年初頭にジェームズ一世治世下で定められた「悪魔呼び出し、魔女術、悪霊との取引を禁ずる法令」では悪魔を呼び出そうとしたものは「いかなる意図があったとしても、死刑」でした。

*15:ちなみに英国で王立園芸協会が発足したのもの1804年