名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


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村に捧げるアリ・アスター全短編レビュー

"In fact, I've described the film as a horror movie about codependency. I guess I hope that people will feel unsettled.”

https://refinery29.com/en-us/2019/07/235908/midsommar-hereditary-connection-cult


前回までのあらすじ

 某村映画のスペシャリスト氏から「アリ・アスターの全短編オンライン上映会やろうぜ」と誘われ、何それ超楽しそうやるやる〜〜〜と軽々に応じたものの、爆睡して約束の時間に間に合わなかったため、反省の印としてアリ・アスター全短編レビューを己に課した。
 そのためにアリ・アスター全短編読本『”I HOPE THAT PEOPLE WILL FEEL UNSETTLED.”』(映画パンフは宇宙だ)を取り寄せたりなんかもした。なるべく内容がかぶらないようにがんばります。

pamphlet-uchuda.stores.jp
 

 それにしても”I hope that people will feel unsettled”(みんな不安になってくれればいいな)とはいいことばですね。エドワード・ゴーリーはかつて(うろおぼえですけれど)「私は毎日目覚めてベッドから起き上がるときに世界に対してとてつもない不安を催す。私の本を読んだみんなにも同じ気持ちを味わってほしい」と述べ、矢部嵩は(これまたうろおぼえなのですけれど)「読者に傷跡を残したい」といいました。
 わたしたちは不安にならなければならないとおもいませんか。今でも十分不安でしょうけれど、もっと不安になるべきだとおもいませんか。
 バルガス・リョサは「不完全な世界を補うために書いている」といいましたけれど、わたしたちの世界が不完全なのは不安が足らないせいなのではないですか。
 わたしたちは普段あらゆる手段を尽くして安心を買っていて、そのせいで常に不安に欠乏しているのです。
 でも嘆くことはない。少なくとも2020年の不完全な世界にはアリ・アスターがいる。全短編がネットで公開されている。金にも時間にも贖えないものが、そこにはある。

The Strange Thing About the Johnsons(2011)

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 息子が父親をレイプする(しかも黒人家庭)という衝撃的な内容で公開直後から話題を呼んだ問題作。アメリカン・フィルム・インスティチュートの大学院課程在籍中に撮ったもの。
 アリ・アスター本人的には「アメリカン・フィルム・インスティチュートじゃ学生はみんなハリウッド志向だったし、学校で見せられる作品もポリコレ映画ばっかで、じゃあそういう学校で作れる最悪な映画ってなんだろうな、って考えたときに思いついたのが『息子が父親をレイプする映画』だった」らしく、アリ・アスターが人をいやな気持にさせることしか考えてなかったことがよくわかる。
 現状確認できるアリ・アスター最古の作品であるけれど、作家としてのシグネイチャーはこのときから刻印されている。印象的な色使いやルック、時々出てくる箱庭感のある画、炎のモチーフ、叫ぶ母親(父と子の話になると思わせといてやっぱり母と子の話になっていく)など、いずれも長編デビュー後のテイストを伺わせる。
 でも、なによりアリ・アスターっぽいな、とおもったのはクライマックスで唐突に登場する白いバン。このバンがまたバカみたいに白い。安い。場面自体の茶番感と合わせてどう見てもギャグだろ、ギャグとして撮ってるだろ、という感じがする。
 冒頭の写真撮影シーンのビリー・マヨの表情などの顔芸も充実していてヨシ。

TDF Really Works(2011)

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 AV Club 誌曰く「アリ・アスターの短編フィルモグラフィから埋葬された一作」。もともと、Funny or Die というアダム・マッケイやウィル・ファレル(『おれたち〜』シリーズや『マネー・ショート』のコンビ)が作ったコメディ動画制作サイトに寄せられたものだったらしい。
 内容はちんこで屁をこけるようになる器具の宣伝(通販番組パロディ)。やりかたを間違えるとちんこが破裂します。
 まあ、くだんないしおもしろくもないんだけど、アリ・アスターの性器に対する興味はもはやオブセッションに近いのではないかとも思えてくる。
 ちなみに主演ふたりのうちの片方がアリ・アスター

Beau(2011)

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  The Strange Things About The Johnson’s で父親役を演じたビリー・マヨが再登場。The Strange Things〜に輪をかけてかわいそうな目にあっていく。
 話としては、やたら心配性な男(どうやら不眠症であるよう)が紛失した鍵を盗難されたものと思い込んだことから侵入者の恐怖に怯え、どんどん強迫観念をエスカレートさせていくというもの。
 衝撃的なラストカット含めアリ・アスター全短編中でもいちばん謎めいていて、多様な解釈を呼ぶ一編となっている。いろいろおかしな点は多いのだ*1が、個人的には庭も観葉植物もないアパート住まいの主人公が高枝切りハサミを所持しているのが地味に気になった。
 神経症的なホラーを通して「母と子」のディスコミュニケーションが描かれ、それが世界の崩壊に直結していくのは『へレディタリー』っぽいといえるかもしれない。また「鍵」とモチーフをうまく回して、世界に対する不信感をよく醸し出している*2
 六分程度と短く、キャッチーな奇妙さに溢れていていかにも”アリ・アスターっぽい”ので、全短編中で一番親しみやすい作品かもしれない。
 アリ・アスターがちょっとだけ出てる。

Munchausen(2013)

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 全編サイレント。大学進学のために巣立ちする息子に対して母親が寂しさと独占欲? から食事に毒薬を混ぜ、息子を昏倒させてさせてしまい……という内容。タイトルの意味は今更説明する必要もないだろう。タイトルのクロスステッチ刺繍は『ミッドサマー』のオープニングを彷彿とさせる。
 Youtube でのアップ元の VICE によると”PIXAR-inspired”だそうで、本作の舞台裏(?)を描いた(??)”Untitled” でも「ピクサーに影響を受けた」と自分の口からいっているので、そういう前提でよいのかな。
 実際に冒頭の五十年代風のルックや息子の部屋の内装、「(成長による)旅立ちと別れ」といったセッティングなどは『トイ・ストーリー』を想起させずにはいられない。
 しかし、そこはアリ・アスター。バカ正直に「いい話」など作るわけもない。過剰な愛*3は呪いとなって子どもを蝕むだろう。全短編中では「母親と息子のトキシックな関係」というアリ・アスターにおける代表的モチーフがもっともよく現れている一作となっている。
 ショットは以前に比べてもより洗練されており、ただ観ているだけでも目に楽しい。

Basically(2013)

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 元はニューヨークの映画祭(第五十一回ニューヨーク・フィルム・フェスティバル)の「次世代の監督を発見する」というお題目の企画に応じて作ったもの*4で、アリ・アスターのライフワークである〈ポートレイト・シリーズ〉のひとつ。”C’set La Vie”とかもそう。完全にカメラを固定して、人物も極力動かさないことで絵画や写真のような印象の画作りを行い、さらに主演俳優を画面の向こうの観客に向かって語りかけさせるスタイルなどがシリーズに共通している。
 本作の中身としては金持ちのお嬢様で若手女優役のレイチェル・ブロスナンが母親や恋人や役者人生について延々とひとりがたりする、という趣向。とにかくとりとめのないエピソードを並べていくため、全短編中でも要素やテーマを抽出しづらいが、宗教や母親を否定しながらも親から与えられた豪邸での生活から独り立ちすることのできない若手女優の焦燥と憧憬が常に反映されているとも見られる。彼女が俳優業をやっているのも演じることで「甘やかされた金持ちのお嬢様」という自分をしばる枠から抜け出して別人になれる(演技と演技に対する世間の評価療法を通じて)からではないか。
 無理やり長編デビュー後のアリ・アスターの文脈につなげてしまえば、家族に呪縛された若者が別の自分に「脱皮」する、というところか。まあ『ミッドサマー』も『へレディタリー』も脱皮したところで別の地獄なんですが、はたして本作の主人公が俳優として成功を得たときはどうなるのだろう?

Untitled(2012)

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 『”I HOPE THAT PEOPLE WILL FEEL UNSETTLED.”』では「〈ポートレート・シリーズ〉の一作目」とされているが、同書付属のQRコードから飛べる公式チャンネルでは「The first installment of Ari Aster's Portrait Series.」と書かれており、消失してしまったアリ・アスターの公式サイト? では、The Turtle’s Head こそが(Basically, C’es La Vie に続く)三番目の〈ポートレート・シリーズ〉であると謳われていた、という情報もあって、なにがなんだかわからない。
 それはさておき内容だが、「Munchausen」の資金繰りに困ったアリ・アスターとプロデューサーのアレハンドロ・デ・レオンがキックスターターで支援を呼びかける動画を撮っていた別の映画制作者を拉致し、彼の映画の代わりに自分たちの映画に投資するようバッカーたちに呼びかけろと脅す、というもの。一発ギャグのようなもので評価しづらい。
もともとは「Munchausen」のクラウドファンディングキャンペーンに使われた動画で、同キャンペーンサイトには拉致された映画制作者に関する続報(といっていいのか)もある。
 そうした制作背景を鑑みるに、やはり〈ポートレート・シリーズ〉のうちではないように思われるだけれど。

The Turtle's Head(2014)

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 四六時中エロいことしか考えていない私立探偵の男が水産会社の不正を探って殺されたらしいジャーナリストの死についての調査を請け負うも、捜査の途中で自分のちんこがみるみる縮んでいっていることに気づき、事件そっちのけでその治療法を探す話。話か? これ?
 全体的にはコメディタッチ。
 TVドラマ版の『探偵マイク・ハマー』の主演だったときのステイシー・キーチを醜く老いさせたような主人公からもわかるとおり、キャラクター造形から画作りに至るまで古典的なハードボイルド探偵映画をパロディし、アメリカ人男性の理想としてのタフで、ダンディな私立探偵像を徹底的にコケにしている。
 縮小していくちんこが股間に吸い込まれ(=去勢されて)、アイデンティティが崩壊し、廃人になってしまうというオチは……あ、オチ言っちゃいましたけど……ひねりがないといえばひねりがない。
 しかし、ここで『C’est La Vie』(後述)で語られるフロイトの unheimlich の理論を借りれば、「home(ちんこ) だったものが unhome(ちんこじゃないものに) になってしまう」という、アメリカの*5白人男性が感じている居心地の悪さ、あるいは自分たちの時代が失われていくことへの恐怖を描いたタイムリーな寓話として見ることもできるのかも。

C’est La vie(2014)

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 “Basically”と同じく〈ポートレート・シリーズ〉のひとつ。
 薄汚いホームレスのおっさんが観客に向かって文明や現代人に対する悪態をつきまくりながら、以前はある会社のエグゼクティブだっただの、市長選に立候補したことがあるだの吹かしまくるが、どうみても狂人の戯言にしか見えない。彼はノンストップでおしゃべりを続けながら、ある一軒家に侵入し……といった内容。
 本作はラストカットのセリフに集約される。

フロイトは恐怖がいつ起こると言ったか。慣れ親しんだはずのものが自分の知らないものになったときだ。それを”不気味なもの”と呼んだ。*6この場所が正にそうだ。時代も国も何もかもが”不気味なもの”だ。」
(滝澤学訳, p69,『”I HOPE THAT PEOPLE WILL FEEL UNSTTLED”』)



 これを The Turtle’s Head のときと同じように、アメリカ白人男性の断末魔のスケッチと見なすこともできる。しかし、ホームレスがマシンガンのように放つスマホ批判などはまるで生産性のない一方で不思議と共感をさそうし、彼が「もし市長になったらやること」のリストは明らかにむちゃくちゃだけれど一抹の痛快さも持つ。
 いきとしいけるいけるもの全員が幸せとはいわないまでも、そこそこ便利に暮らしているはずのに、どこか閉塞している。そんな現代文明に対する根拠不明のいらだちが、home であるはずの世界を unhome にしていく。どこもかしこも居心地の悪い部屋で、誰も彼もがよそものだ。それでも「ここで小便をして、クソをして、ファックをして、最後は死ぬ」しかない。「ここにいる誰もが自分はこんな地獄に落ちると思っていなかった」*7だろうに。
 わたしたちの人生と本作におけるホームレスの生活は不安という一点で共鳴している。

*1:べランドの窓がなぜかいつも開いていたり、オポッサムを目撃してからやたらオポッサムに取り憑かれてクロスワードパズルに「Possum」と書きまくったりどっからどう見ても近所の住民や警察の対応が異常だったり、強盗が突き出したナイフをボーの身体が跳ね返したり

*2:ラストに出演する生き物の名前にも注目しよう

*3:家庭内における母親の不全感の発露でもある

*4:ちなみに同企画にはデイミアン・チャゼル、『アイ・キル・ジャイアンツ』のアンダース・ウォルター、『One week and a Day』のアサフ・ポロンスキー、『モータウンの魔法』のジョシュ・ウェイクリー、ベテランのマイケル・アルメレイダなどが参加していた。

*5:あるいは世界のマジョリティ男性と換言してもいいのかもしれませんが

*6:He says it’s when the home becomes unhome like, Unheimlich.

*7:滝澤学訳, p67,『”I HOPE THAT PEOPLE WILL FEEL UNSTTLED”』