月刊 J-novel (ジェイ・ノベル) 2011年 12月号 [雑誌]
- 作者: 実業之日本社
- 出版社/メーカー: 実業之日本社
- 発売日: 2011/11/15
- メディア: 雑誌
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坂口安吾、太宰治、織田作之助といえば無頼派に憧れるサブカル女子(by 佐藤和歌子)が泣いて喜ぶ三傑です。
そんな三人が終戦直後にどこぞの雑誌で鼎談をやった、というエピソードは有名で、「へべれけでとにかくおもしろひどかったらしい」と噂には聴くものの、実物を拝む機会がなかなかありませんでした。
ところが、実業之日本社から出ている小説誌『J-NOVEL』の12月号にこの鼎談(進行役は評論家の平野謙)が再録されるというじゃありませんか。この鼎談は二種類ありまして、ひとつは『改造』のもの、もうひとつは実業之日本社の『文學季刊』に載ったもの、で、もちろん『J-NOVEL』は後者のログを再録したわけですね。
というわけで早速購入。あの三人が酔っ払いながら対談するのだから面白くないわけがない、いや、読む前から既に面白い。もちろん読んでる最中も底抜けに面白くて。読み終わってからも思い出しては面白い。都合三度以上も楽しめるので是非全国民に購入してもらいたいところです。
なにが凄いかって、古今東西の大家から同世代作家までを縦横に論じて爽快なまでにブッたぎりまくっている。酔っぱらいのくせに、妙に切れ味が鋭い。読んでて「無茶だろう」と苦笑するのと「なるほど」と感心するところでちょうどバランスが取れていて、侮りがたいです。それに三人の息がやけにピッタリあっていてその相乗効果で更に弁舌がのりまくっている。収録日が初顔合わせだったとはとても思えないくらい、シンクロ具合やばい。なんでこいつらこんなに仲いいの。
ここでいくら言葉を並べても説明に足りる気がしないので、disりポイントだけ抜き出して下に並べました。本質の部分や、論旨や、実際の文脈や、褒めてたりする分や、鼎談がどう落ちるのかについては実際に収録誌をお読みください。ちなみに本編は旧かなづかいですが、そのほうが味が出てて面白みも倍増してます。
志賀直哉:
織田作「志賀直哉はオーソドックスだと思ってはいないけど、そういうものにまつり上げられてしまったんだ。(中略)第二の志賀直哉が出てきても仕方ないのだよ」
太宰「あれは坂口さん、正大関じゃなくて張り出しですよ」
坂口「そうだ、張り出しというより前頭だね。あれを褒めた小林の意見が非常に強いのだよ」
小林秀雄:
坂口「あれは世間的な勘が非常に強い。世間が何か気がつくという一歩手前に気がつく。そういう勘の良さに論理を託したところがある。だからいま昔の作家論を読んでごらんなさい。実に愚劣なんだ、今から見ると……小林の作家論の一足先のカンで行く役割というものは全部終わっている役割だね」
太宰「僕は昨夜小林の悪口をさんざん言っちゃって、今日は言う気がしないな」
佐藤春夫:
坂口「僕はあまり好きじゃない、佐藤春夫は」
織田「僕は考えてみたこともないね。佐藤春夫は何ぞやということについて五分間も考えたことはない」
太宰「五分間考えるというのはたいしたことだよ。大抵一分間くらい……」*1
正宗白鳥:
太宰「白鳥僕は徹頭徹尾嫌いですね。なんだいあれは。……ジャーナリストですよ。あれはただ缶詰を並べているだけで……牛缶の味ですよ」
坂口「しかし讀物の面白さはもっている。僕そう思うね。一種の漫談家ですよ」
太宰「文章はうまいかな」
坂口「木戸銭を取るだけの値打ちはあるのだね。僕はそう思うのだ」
里見淳:
平野「じゃ、里見淳はどう?」
坂口「これはないね。木戸銭を取る価値はないよ」
宇野浩二:
坂口「宇野浩二? これも木戸銭は取れないね。老大家で木戸銭を取れるというのは正宗白鳥、谷崎潤一郎も木戸銭取れるだろう」
太宰「まあ里見淳だの、宇野浩二だのというのは、あまり言いたくないものね。「文学の鬼」*2は凄いね」
坂口「ああいう馬鹿を言うのがいるからね。そういう表現は無茶だよ。志賀直哉は文学の神様だとか……。しかし、やはり文学などというものは木戸銭が取れるという風になることが先決条件だね」
プルースト:
坂口「馬琴の退屈さと、プルーストの退屈さと非常に違う」
太宰「プルーストも、貴族の生活にゆかりのあるものが、あれを読めばとても面白いのですよ。ところが、貧民があれを読んだって、てんで駄目なんだ。あれイギリスなんかに受けたというのでしょう。イギリスは貴族が多いからね。貴族の老女なんかあれを読んで……思い出があるから面白く読めるのでしょう」
坂口「アメリカで非常に受けているというのは、アメリカ貴族への憧れだ」
北條誠:
織田「志賀さん、横光さん、川端さんから文学というものを教えてやってるから、へんに北條誠みたいなようになるんだ」
坂口「北條誠というのは癩病の小説を書いた男だろう」
織田「むちゃくちゃだよ、(癩病小説書いたのは)北条民雄だよ」
内村鑑三:
坂口「僕は内村鑑三好きじゃない。ほんとうに女に惚れておらんものね」
太宰「でも女房を五たびくらいかえたじゃないですか。あれは豪の者ですよ。さすがに僕も五たびは……」*3
坂口「精神的なことばかり言っているが、肉体のことを言っておらない。ああいうインチキなことは嫌いさ」
同世代作家:
坂口「いま若い三十代か四十代か知らんか、俺と同年輩か或いは一寸以下か知らんが、面白い作家というのは一人もいないね」
平野「石川淳など面白いでせう」*4
坂口「石川君は僕は……やはりそういうことをいうとゼネレーションというものの違いがはっきり感じられるね」
やたら安吾に絡む太宰:
太宰「しかし、坂口さんの最近の作品には肉体性がちっとも出てこない」
坂口「出てくるよ、これから……」
太宰「案外ピューリタンなんじゃないか。男色の方なんじゃないか」
坂口「そうでもないよ」
坂口「僕は北原のスタイルは嫌いだ。なぜ嫌いか。あのスタイルは文章の言葉ではなく、現実の女を口説く言葉だから。われわれあも小説で女を口説くけど、われわれは永遠の女を口説いているから」
太宰「負け惜しみを言っているな」
坂口「僕が女を口説くときは小説なんかけしてだしに使わない」
太宰「あなたなんか小説をダシに使っても無駄ですよ」
太宰「弱いのだ。坂口さんは実に弱い人だね。最悪のことばかり予想して生活しているね」
寝取られ:
太宰「女房を寝取られるというのは深刻だよ。(未婚の)坂口さんには経験がないかもしれんが……」
坂口「女房を寝取られることだってそんなに深刻じゃないと思う」
太宰「そんなことはない。へんな肉体的な妙なものがありますよ」
平野「坂口さんは家庭というものを非常に恐怖していると思うが、どうだね」
坂口「恐怖なんかしていない」
頑張れ平野くん:
「太宰さんはすでに少々酔っ払っているから……」
「どうも酔っぱらい相手の進行係は辛いね」
「もう少し、面白い話題はないかなあ」
「どうも少しアレてきたね」
織田作が今いいことを言いました:
織田「スタンダールを読んで、芝居より小説のほうが面白いと思って小説を書きだした。ところが翻訳の文章じゃ小説は書けない。だからいろいろどんなやつがあるんだと思って……小林秀雄が志賀直哉や瀧井孝作などの美術工芸小説を褒めているでしょう。なんだ、これが小説かと思って、やりだして変なことになった。『赤と黒』というようなことから小説の面白さを発見しながら、面白くもない志賀直哉、瀧井孝作の小説を一生懸命読んで、その文体を真似なくちゃ小説を書けないということを、まだ若い身空で教え込まれた。
今の若い人たち、いろいろな小説、外国の小説を読むでしょう。だけど翻訳の文章は悪いでしょう。やはり名文は横光(利一)さん、川端(康成)さん、志賀さんとか言われて、結局その方から文章をとろうとするでしょう。やはり真似しなくちゃなかなか書けないものね。だから、やはり横光さん、川端さん、志賀さんなんかから勉強して、文学というものを学んだって、ちっとも新しい文学は出てこない。滅茶苦茶でもいいよ。サルトルを読んでから初めて小説が分かって……何も読まなくていいんだ。そこから入っていったらいいじゃないか」