読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


読書、映画、その他。


No country for Any man――『ビースト・オブ・ノー・ネイション』

原題: Beats of No Nation
監督: キャリー・ジョージ・フクナガ
製作年・国: 2015・米

f:id:Monomane:20151222041222j:plain
 NETFLIX 製作映画第一弾。

 そのまま映画でも使われた原作小説のタイトルの元ネタは、アフロ・ビートのパイオニア、フェラ・クティが一九八九年に発表したアルバム『Beast of No Nation』

Fela Kuti - Beasts of No Nation



 舞台は西アフリカのどこか*1。内戦の続く国の非武装中立地帯に住む少年アグー(エイブラハム・アタ)は温かい家族に囲まれ、比較的おだやかに暮らしていた。が、そんなある日、首都でクーデターが勃発し、暫定政権が樹立。情勢が変わって彼の住む街へも政府軍が進駐してくる。母と妹はヒッチハイクで首都へと避難し、アグーは兄や父らとともに街に残ることに。「先祖代々の土地である街を守るぞ」息巻く地元住民だったが、銃で武装した軍隊になすすべもなく虐殺されていく。父、兄、祖父も政府軍に捕まり、反乱軍と勘違いされ処刑の憂き目に。アグーだけは父と兄の助けで命からがらジャングルの闇の奥へと逃げこむが、そこでも反乱軍ゲリラに捕まってしまう。
 「指揮官」と呼ばれる部隊長(イドリス・エルバ)の前にひきずりだされたアグーは、家族を政府軍に奪われたことを告白。「指揮官」は「今日から俺が一人前の兵士に育ててやる。親父の仇をとるんだ」とアグーをゲリラへ入隊させる。少年兵となったグーの地獄巡りがはじまる。


 と筋だけ説明すると、『ジョニー・マッド・ドッグ』じゃん、と思われるかもしれない。どっちもエキストラや脇役*2に内戦経験者・元少年兵*3を起用してリアル感を出そうとするあざとさも似ている。けれど両者のストーリーを比較してみるとむしろ違いが際立ってくる。
 『ジョニー・マッドドッグ』は理不尽な世間に振り回される一少年の目線とドキュメンタリックなリアルさ*4に徹していたが、『ビースト・オブ・ノーネイション』はマフィア映画的な「ファミリーの盛衰」の話としての側面を持つ。
 「指揮官」はちょっとしたカリスマで、行き場のない人間を集めて「俺たちは家族だ」と言いつつも容赦なく使い捨てては悪どく成り上がっていき、最後には自分の慾望に呑まれて何もかも失ってしまう。ちょっと『スカーフェイス』っぽい。また、『ジョニー』では主人公ジョニーの拠り所として少女との淡い恋愛関係が描かれていたが、それを本作では戦友である少年兵との絆に置きかえている。ホモソーシャルに振れているというか、全編を通じて女性は売春窟や戦闘の中でレイプされる存在でしかない。

 ちゃんとした軍隊を描いたドラマよりも、本当にそこ以外行き場のないぶん、「家族」感が強い。だけど、けっして幸せな家族じゃない。「指揮官」は「俺たちは家族だ」という言葉を連発するけれども、それは彼の野望を達成するためのアジにすぎない。ブラック企業の経営者みたいなものだ。「俺は親だから子どもであるお前をを守る。だから、子どもであるお前も親を守るのが義務だろ?」なんて平気で言う。そのうさんくささをアグーは敏感に嗅ぎとる。
 だからこそ、というべきなのか、アグーは母の面影を求めて戦場を彷徨い、「指揮官」の「家族」にどこかノれないからこそ神様に祈る。だが神は祈りを聞き入れてはくれない。アグーは太陽を呪う。「あなたを掴み、この手で光をすべて絞りだしてやりたい。そうすれば、ずっと夜になるから」。
 ヴォイス・オーヴァーで語られるアグーの内面はかなり詩的だ。親が教師で熱心なキリスト教徒だったためかわからないが、彼のこの独白のおかげで真に迫ったドキュメンタリックなタッチとはまた違ったレイヤーで、どこか観念的で幻想的な雰囲気を醸し出される。


 それはもちろん、キャリー・フクナガの作家性によるものなんだろう。ある種の魔術感・幻想性みたいなものは撮影にも色濃く出ている。丈の高い植物に囲まながら手探りで進むシーンや闇に赤々と輝く火のイメージが何度も繰り返され、「ここは迷宮なんだよ」と示唆してくる。また『ジェーン・エア』では多用されていたフレア*5も今回抑え気味だな、と思ったら終盤、ここぞとばかりに使いまくる。
 一番印象深い画はなんといっても、ドラッグをキメたアグーの目に映る戦場が、一面ピンク色に染まるシーン。ここはモッセ・リチャードという報道写真家のアイディアのいただきらしい*6.。

f:id:Monomane:20151222041856j:plain
f:id:Monomane:20151222042055p:plain
(上がリチャードの作品、下が本編)

 キャリー・フクナガはもしかしたらジョー・ライトと似たような性質のフィルムメーカーなのかもしれない。作品そのものをアリス・リデルに見立てて、ファンタジー外のジャンル*7からファンタジーの世界へとまよいこませ、やわらかいドラッギー感へといざなう。そういう描き方をする。ライトは『PAN』で完全にファンタジーに振れちゃったけど。この手のタイプの人にド直球ファンタジー撮らせたら多分ダメになっちゃうんで、なんとか本作みたいなリアルっぽい路線で行ってほしい。次は『IT』のリメイクか、或いはSFなんだっけ?

*1:ロケ地はガーナ

*2:トライポッドと呼ばれる兵士

*3:両者ともリベリア内戦

*4:味付けはそうとうエグいものの

*5:パンチドランク・ラブ』とテレンス・マリックが好きなんだそうで、なるほどなー感

*6:で、無断使用だったんで訴えられたとか

*7:ライトの場合は主に文学