名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


読書、映画、その他。


予告された死は喜劇か悲劇か問題――『100日間生きたワニ』について

 映画を観たのだから映画の話をしろ。映画の話をします。

 
 誰が自分自身にこんな誓いに立てるでしょう。「わたしは死を見るにも、喜劇を見ると同じ目で見るだろう……」

 ――セネカ「幸福な人生について」

 死。所詮然し死といふ奴は、語るべきものではないらしい。野々宮は、思つた。まつたくの話が、死といふ言葉は、実感をもつて語られても不思議に空虚なものであるし、まして戯れに語られては、ただただ興ざめた思ひのみ深かめるらしい。

 ――坂口安吾「吹雪物語」


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原作と映画の違いについて

 でもまんがの話からはじめます。当然でしょう。100ワニとは現象であり、インターネットなしにありえなかった現象なのです。

『100日間生きたワニ』の原作である『100日後に死ぬワニ』は当初ギャグまんがとしてはじまり、進行していくにつれドラマに転じました。境目はどこかと問われれば、私は「集中線を使わなくなった時期から」と答えるでしょう。
 初期の100ワニはほぼ毎話のように「ワニのドアップ+集中線」で〆られていました。




 こうした演出は四コマ目のすぐ下に記されているワニの死までカウントダウンと連携してします。
 要するに「こいつは(自覚していないが)○○日後に死にます」というギャグです。観客に周知されている出来事を登場人物だけが知らない、というのはシチュエーションはよくあるギャグの手法です。その「出来事」に「死」を当てはめ、かつインターネットでリアルタイムのコンテンツとして展開したことにきくちゆうきの慧眼があります。 
 すっかり世間に染まったとはいえ、不謹慎さに対する許容度が比較的に高い twitter という場で、死をネタにして笑う。そして、笑ったあとで、ふと我が身にも当てはまることにも気づく。わたしたちはワニ同様、明日にも死ぬかもしれないのに日々を蕩尽して漫然と生きている。ワニのように平気で数ヶ月後の予定なんぞ立てている。良質なコメディとは常にペーソスを孕んでいるものです。だからこそ、笑えるのだともいえます。
 原作における集中線は5日目(ネズミが入院するエピソード)を境に後退していきます。そこから何がはじまるかというと、ワニとバイト先のセンパイの恋模様や友人たちを軸にした日常もの。判断の早さからいって、おそらく既定路線だったのでしょう。100日という時間の流れを描く形式が自然に作劇をドラマ的な方向へ向けたともいえます。あるいは不謹慎ショートコント100連発で保たせるのはさすがに厳しかったとも。

 死は笑える。原作最初期におけるその思想はしかし、映画には受け継がれませんでした。
 当たり前です。映画館で流す作品です。公共の場で、健全な老若男女の目に触れるものです。頭にアルミホイルを巻きつけているユーザーが八割を占めるといわれる twitter なんぞとはわけが違います。
 映画では「死はかなしいもの」としてまっとうに描かれます。
 そうしたアティテュードは開始一分で観客に示されます。
 原作では100日目にあたるエピソード、すなわちワニの死の場面を冒頭に持ってくるのです。
 原作のコメディ性を成り立たせていた要素のひとつに、「ワニがどのように死ぬかはわからない」点があります。死に様がぼやかされているので、彼が死ぬと予告されてもあまりリアリティがなく、だからこそワニの言動を笑うことができた。
 しかし、映画ではいきなりワニが死ぬ。具体的に、こうやって死にますよ、と示される。しかも死の直前に、恋人や友人たちとの思い出の写真をおさめたアルバムなんぞを取り出して眺めたりする。一個の人格が、慕っていくれる仲間のいる人間が(ワニだけど)、死んだんですよ、と突きつけてくる。

 重い。
 シリアスにメランコリックな映画です。100ワニは。他人の死を笑うな。

 原作に路線変更後もちょくちょくあった、ワニがひとりで何もせずに過ごす回をカットしたのも、そのへんが関係してくるのでしょう。このような重い映画で限られた日々を、60分という尺を無駄遣いすることは許されない。 
 映画と原作のトーンの違いが決定的に出ているのは、ワニが横断歩道で車に轢かれそうになったヒヨコを助けるエピソードです。



 原作初期に典型的な構成で、オチのコマは集中線+ワニのアップになっています。ワニの行末や後のトーンを知らない当時の読者からすれば「いや、死ぬのはおまえだろ!」とツッコむ話であり、明らかにそうした反応を誘うようにできている。
 これが映画ではどうなるか。ワニはかなりのオーバーアクション(滑り込んで抱きかかえる)でヒヨコを救助し、めちゃめちゃ心配そうにヒヨコに注意します。冗談事ではないんだぞ、というふうに。そして、そのあいだずっとカメラは引いた視点から動きません。アップも集中線もないのです。そう、死は冗談事ではないのです。

 ひとりの生きた人間(ワニ)としてのワニを印象づけていくこと。それが本作のドグマです。たとえば、原作ではワニの両親は電話越しの声のみの存在で、姿は描かれませんでしたが、映画では後ろ姿だけとはいえ存在を実感できる人物として描く、ワニの実家での両親の生活風景まで映し出されます。
 ワニはだれかの息子であり、だれかの友人であり、だれかの恋人だった。そんなひとの死をあなたは笑えるのですか?

ワニの死後について

 
 映画オリジナルの展開となるワニ死後のストーリーはけっこう技巧的です。
 友人たちの喪失感を生前のエピソードの反復となる場面を描くことで際立たせ*1*2、観客の哀感を盛り上げていく。
 そして、そこに唐突にカエルというオリジナルキャラを投入してくる。
 カエルは根本的に異質な存在として現れます。
 まずひとりだけ喋りのノリが違う。
 映画では原作独特のセリフの間が忠実に再現されています。はっきりいえば映画向きの間とはいえないのですが、それがカエルの登場で活きてくる。カエルはものすごい早口でテンション高めです。そんな彼が故ワニの友人たちの生活圏にことごとく乱入して、ワニの死によってさらに空白が大きくなった空間を音で埋めていく。まさに空気を壊す存在そのものです。
 位置的にはワニのいたポジションにいるのに、空気感だけ全然違う。カエルはネズミたちに対しフレンドリーにグイグイくるのですが、ネズミたちはつい彼を遠ざけてしまいます。まるで「おまえはワニじゃない」とでもいうように。
 さんざん拒絶されたあげく、カエルはこうぼやきます。
「なんか、オレ、ノリ違いますかね?」

 このセリフで、制作側がかなり意図的にカエルを「空気を壊すキャラ」としてデザインしたことが示唆されます。というか、明示に近い。
 
 しかし、ノリが違うからこそ可能なこともある。
 原作由来のキャラは劇中でほぼ泣きません。デッドパンのコメディであること、それが原作のトーンだからです。
 ところがカエルは号泣します。映画オリジナルのキャラだから泣けるのです。そして、泣くという行為がネズミのある感情を誘発します。
 この点において、映画は原作を破壊しているといえます。
 ですが、原作を破壊したからこそネズミたちに(原作のトーンのままだったらありなかったであろう)「喪」を与えられることもできたのです。
 残されたキャラクターの感情の救済。少なくともそれは映画版にしかなしえなかった偉業です。
 それをおもしろいと感じるかどうかは個人によるとしか、いえませんが。

観ないほうがよい人

 本作を絶対に観ない方がいい人もいます。
 仲良しグループの友人を亡くした経験がある人です。
 本作は、主役だったキャラクターが途中で退場し、脇だったキャラがその喪失や戸惑いと向き合ってやがて折り合いをつけ前進していく、という構成をとっています。似たような構造の作品は近年だと『WAVES』がありましたね。
 100ワニでは死んだワニの欠けた場所を埋める存在として、カエルが出てきます。カエルの存在は物語機構的には上記の通り、たいへんテクニカルで興味深い。
 しかし、現実に移し替えるとちょっと問題が出てきます。
 本作ではカエルにワニの行動を再演させたり、彼の後ろ姿を重ねたり、つまりワニのポジションを埋める存在として描いている。すくなくとも、ネズミはそのようにカエルを見ているフシがある。
 ちょっとそれが……許容しがたい。
 死んだ人間は生き返らないし、生きている人間は死んだ誰かの代わりではない。喪失とはそういうものではない。人間はパズルのピースではないのです。
 しかし、どうも作中ではカエルはワニの代替以上の役割を帯びさせられていない。キャラクターそのものはけしてワニにはなりえないパーソナリティを背負わされているにもかかわらず。
 もしかしたら、入口はワニの代わりだとしても、友人関係を継続していけばカエルはカエルとしての人格をグループ内で与えられるのかもしれない。まあ、自然にそうなっていくでしょう。
 でも、映画ではそこまでは描いてくれはしない。
 なので、最近友人を亡くした人は観ないほうがいいです。最後ちょっといやな気分になります。
 だいたいそんなところです。


100日後に死ぬワニ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

*1:映画館でセンパイの隣に見知らぬカップルが座り、かつてワニが起こしたアクシデントを再現するとことか、花束か? とおもった

*2:当ブログで単に「花束」と言った場合はほとんどすべて『花束みたいな恋をした』のことを指します

2021年上半期でよかった新刊マンガ10選+α

 アジで勢いつけて真夜中に一気に書き上げないとブログやれなくなった。

 でもこれもいつか癖になんだ
 怖いけど読んじゃう彼岸島
 お化けみたいにいつも思い出すのさ

      ——VaVa「Ziploc


 今日もどこかで新連載がはじまる。ジャンプで。ジャンプ+で。マガジンで。ヤンマガで。イブニングで。モーニングで。アフタヌーンで。good! アフタヌーンで。サンデーで。裏サンデーで。チャンピオンで。ビッグコミックで。スピリッツで。ゴラクで。BELOVEで。なかよしで。ちゃおで。りぼんで。KISSで。feel で。くらげバンチで。LINEマンガで。コミコで。めちゃコミで。アックスで。楽園で。ハルタで。ニコニコ静画で。トーチで。マトグロッソで。KDPで。pixiv で。コミケで。コミティアで。twitter で。ここで。世界で。
 これからはじまるすべての作品が「おれを読め!」と産声で迫ってくる。
 でも、すべてを読破するなんて現実には不可能だ。それにマンガなんて読んでいるとろくなことはない。年に2000冊マンガを読んでいる倫理学者もいるそうだけれど*1、あなたは倫理学者になりたくはないでしょう? 人生は短く、マンガは多い。
 一方で集合知もたよりにならない。次に来るといわれたマンガはだいたいもう来ているし、このマンガがすごいなんて言われんでも知っている。どこで知った? インターネットで。
 そう、あなたの実人生はインターネットの絞り汁でできている。インターネットで読めといわれたものをすべて読み、言えといわれた感想をすべて言う。サバサバ女、ベーグル、1000万金と星5秘書。供給が需要を創出する。そこにあなた自身の欲望が介在する余地など微塵もない。あなたに欲望と呼べるものがあったとして、だけれど。
 だからこそ、あなたはリスト記事を書くべきなのです。それは単なるライフログでもメモでもアフィリエイトの言い訳でもない。インターネットという彼岸島で自分が人間であり正気であることをたしかめるための、たったひとつの手段なのです。
 

レギュレーション

・2021年1月〜6月に発売された漫画単行本で、期間内に第一巻が発売された連載もの、単発もの、短編集を対象する。
・順番に特に意味はない。
・7月6日深夜時点の気分で選んだものなので十選とそれ以外で特に差があったりなかったりする。

十選

切畑水葉『阪急タイムマシン』(BRIDGE COMICS)(単巻完結)

 阪急電車というとまんま有川浩の『阪急電車』が連想されるのですが、そちらは内容をまったくおもいだせない。でもなんか人情っぽかった感触はおぼえている。これもそんな話なのだろうと、手にとってみると、おもったとおりにあたたかくやさしい絵柄で、しかし意外にハードな物語をつきつけてきます。
 主人公・野仲いずみは毎日通勤のために阪急電車に乗っています。てもちぶさたな乗車中の愉しみは、大好きな編み物作家FIKAの作品集を眺めること。おっとりしていて引っ込み思案、職場の同僚たちともなんとなくソリのあわない彼女にとって、編み物は楽しかった子ども時代を思い出させてくれる避難所であり、FIKAはあこがれの象徴でした。
 そして、いつものように電車でFIKAの作品集をながめていると、ちょうど視線の先にFIKAのセーターを来た女性が。いずみは意を決して女性に話しかけます。「FIKAさん、ええですよね!」
 と、実はセーターの女性は幼馴染の編み物仲間で、小学生のころ別れたっきりだったサトウさんでした。
 FIKAの作品がきっかけで昔の親友と再会できたことに運命を感じ、気分が高揚するいずみ。しかし、いっぽうのサトウさんは浮かない顔です。「阪急乗んでええとこやったら、会わずに済んだのに……」

 人生における輝かしい時期は人によって異なります。若い頃が最高で、あとは降るだけどとぼやく人もいるでしょうし、逆に若い頃は暗黒期で今のほうが断然良い、という人もいるでしょう。そしてある人は特定の出来事を強く記憶していて、おなじイベントを共有した別の人はほとんど忘れかけていることもある。
 そういう「子ども時代に対する思い入れ」がまったく異なるふたりがふたたび出会ってしまったことから記憶という名の「タイムマシン」が動き出す、そういう話です。
 人は苦い記憶に蓋をしがちですが、自分にとっては思い出したくはなかったネガティブな出来事でも、あえて向き合うことでひとつ過去にケリをつけ、前に進む契機になる。ハッピーでもバッドでもないけれど、ポジティブな物語はある。そういうバランスのお話をかける作家は稀でしょう。
 絵。絵がいいですね。等身を伸ばしたこうの史代といった趣で、ハードな話を辛すぎない程度にくるんでくれる天与のやさしさがある。
 秀作ファンタジー短編集である『春の一重』(2018年)のころから実力の高さは折り紙つき*2でしたが、『阪急タイムマシン』で現実的な話も達者であることを証明して、今後もどういう作品を見せてくれるのか、いい意味で予想できない作家です。
 

伊奈子『泥濘の食卓』(バンチコミックス)(連載)

前回の記事でちょっとだけ触れたのですが、「リスおねえちゃん」のナカハラエイジが2019年にちばてつや賞で準優秀賞を獲ったときの大賞のひとですね。天才に打ち勝っただけはあり、ルーキーのころから大物感を漂わせる逸材でありました。
 そんな伊奈子先生の初単行本がこちら。『泥濘の食卓』。こいつが、まあ、とんでもねえ。
 セッティングはドロドロ不倫恋愛モノです。
 スーパーで働く25才の独身女性、捻木深愛(すげえ名前だ)は、店長の那須川(中年男性)と不倫関係にあります。
 那須川は精神を病んだ妻に疲れ切っていて、深愛はそんな店長を支えてあげたいと本気で願っている。ところが、那須川はある日、深愛に対して別れを切り出します。妻の病状が悪化しており、ここで踏ん張らないと家庭が崩壊する、などという。前は妻と別れて深愛といっしょになりたいといっていたくせに。
 那須川の幸せを第一に願う深愛は別れ話を受け入れますが、ここからがすごい。
「奥さんの鬱がよくなりさえすれば、私達は元の関係に戻れるはずだ」と考えた深愛は家庭崩壊しつつある那須川の家族を「自分が救わねば」と思い立ち、行動に打って出ます。
 自分は特に具合が悪いわけでもないのに精神科に通って医者から得た知見を参考に、大量のカウンセリング勧誘チラシを偽造。その連絡先をすべて自分のケータイにつなげることで、那須川の妻と直接接触し、自ら彼女をカウンセリングしようと試みるのです。
 狂っています。でも、狂ったひとの話はおもしろい。狂いっぷりに強靭さがあるまんがは信頼に値します。伊奈子を信頼しましょう。
 ちなみに本作には深愛那須川、那須川の妻以外にももうひとり那須川の息子が登場して物語に深く関わってきます。この深愛那須川一家の関係がなんだか見たことないグロテスクさで、いったい自分はこれからどこに連れて行かれるのかというワクワクを喚び起こされますね。
 深愛は25歳という設定ですが、かなり顔立ちが幼く描かれていて、その危うい感じが彼女の前のめりな不安定さとマッチしていて実にすばらしい。
 ただしいか間違っているかでいえば、完全に間違ってしまった恋愛なのですが、でも間違っている人間をエンターテイメントとして楽しめるのがマンガのよいところなのではないでしょうか。よし、まとまった。
  
 

幾花にいろ『あんじゅう』(楽園コミックス)(連載)

 幾花にいろの欲望は、巧妙に秘されているのでも、そもそも存在しないのでもありません。あまりに巨大すぎてわれわれには知覚できないのです。
 だらしないけど凝り性の後輩と、しっかりものでソツのない先輩がルームシェアする生活を描いた日常もの。百合ですか。百合といっていいとおもいます。
 個人的に、細部や機微について語ることは苦手なのですが、それでも本作からでるこの香りが濃厚であることはわかります。硬質な髪の質感、その髪のあいだから覗く耳朶、必ず描かれる鎖骨、しなやかな指のうごき、豊かな表情を帯びる眼、死ぬほど顔のいい女。
 ふたりのあらゆる細部が同居生活を通して接近し、接触し、唯一無二の化学反応を起こすのです。その一瞬一瞬が作品世界を信じるに足るものにしてくれます。ここではすべてウソだが、すべてリアルだ。
 もういっこ、楽園コミックスからは『イマジナリー』が出てますね。こちらもこちらでオススメ。

ナガノ『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』(モーニングコミックス)(連載)

twitter で日々ちいかわの更新を見守って怯えていたいままでのわたしたちでさえ、たわむれにすぎなかった。
・バラバラに読まれ、瞬間瞬間で消費されていたものがきちんと順序づけられて整理され、ひとつらなりの物語になる。そうして、初めてわたしたちはちいかわの真の恐怖を知るだろう。
 聖書が政治的な力そして物語としての磁力を持つようになったのは、バラバラだった説話や詩の断片が一冊の本として束られた瞬間だった。
・不安とは「ここは家(home)ではない」という感覚であり、恐怖とは家だとおもっていた場所が別の様相を呈する時に生じる感情である。ちいかわはホラーである。
・ちいさくてかわいい生き物になりたいという欲望は言語以前の存在、つまりは赤ん坊への回帰の欲望であった。ことばのない初期のちいかわは苦しみのない楽園であり、そこでは食べる喜び、遊ぶ快楽だけが咲いていた。
・言語はキメラが持ち込んでくる。このまんがで初めて言語らしい言語を発するかれは見事に絶望しきっている。「あはっあはっ こんなになっちゃった……」「なっちゃったからにはもう……ネ……」

・喋るものは哀しみを知る化け物である。キメラも、「なんだってんだよ」に詰められて「イヤ」と拒絶を発するちいかわも、ハチワレも。言語が物語をもらたし、物語は悲劇をもたらす。

・ハチワレの初登場回でスフィンクスに言及しているのは象徴的である。『オイディプス王』は最古の悲劇であり、言葉に呪われた人々の物語であるからだ。
・聖書においては光以前から言語があった。かれらの世界が艱難に満ちているのはそのせいだ。そこには外敵がおり、労働があり、貨幣が流通している。すべての悪が、善の顔をして。
・そう、『ちいかわ』とは失楽園なのである。
・ちいかわの世界では家すら安住の場所ではない。そこでは常に外敵の侵入する可能性があり、われわれはさすまたを常備して覚悟を決めておかねばならない。
・もはやだれも安全ではない。
・ナガノ先生は怪物ではない。わたしたちの怪物的な側面を映し出す鏡だ。

熊倉献『ブランクスペース』(ヒーローズコミックス)(連載)

 1月はその年を占う良質なサブカルマンガ(死語)が発売される季節、という通念を『春と盆暗』(2017)で決定づけた熊倉献先生による全サブカルクソ野郎待望の単行本第二作*3
 失恋したばかりの高校生ショーコはひょんなきっかけから、クラスメイトの陰キャである片桐さんが「想像したものを具現化する能力」を持っていることを知ります。そうして、それまで触れ合うことのなかったふたりが交流を持つようになるのですが、ショーコの知らないところで片桐さんは陰湿ないじめを受けており、世界に対する怨念をひそかに育んでおりました。
 やがて片桐さんは銃器や刃物といった武器の「想像」を始めます。片桐さんがだんだんヤバい方へ向かいはじめていることに危惧を抱くショーコ。彼女は片桐さんを説得し、「武器ではなく片桐さんの彼氏をつくろう」、つまり、人間を「想像」しようと提案します。
 
 視ることを第一義に置くメディアであるマンガにおいて、「視えないこと」を視えるようにする大胆さとその作劇を成り立たせる筆力はそれだけで表彰もの。
 SF的な想像力をテコに陰に陽に青春を転がしていく熊倉先生のセンスが本作に極まった、そういえる一作になるのではないでしょうか。そういいたくなるだけの魅力が現時点では詰まっています。シンプルでポップな絵で静かに刻みつつも、節目節目でズドンとくる大ゴマを繰り出してくる。その手管はわれわれを飽きさせず、ストーリー自体もいい具合に予測不能で超気になる。
 カルヴィーノボルヘスといったサクソ(サブカルクソ野郎の略)ごころをくすぐるめくばせもニクい。
 近頃、なにげに良作を送り出しつづけている『ヒーローズ』系列からの新たな期待作です。

町田とし子『交換漫画日記』(マガジンポケットコミックス)(連載・2巻完結)

 なんかここまで「女がふたり出てくるまんが」ばかり紹介している気がしますが、安心してください、これもそれです。
 
 高校のクラスメイトで大親友のアイコとユーカにはふたりだけの趣味がありました。それは交換形式でマンガを共作すること。夢はもちろんプロ漫画家デビューです。クラスの日陰者として、恋愛などとも縁遠いまま二人の世界を突き進んでいくものと思われていましたが、リア充グループに属する大沢と交流を持ったことがきっかけで、運命が、そして交換漫画の内容が変転していくことに……。
 
 このマンガ、なにがいいかって、アイコの描く絵が『彼岸島』(松本光史)なんですよ。『彼岸島』の絵でファンタジー少女漫画やるのってよくないですか? よいですよね。例の丸太っぽいシーンもある。
 そういうフックはさておき、中身は友情と恋愛のはざまで揺れる甘酸っぱい青春もの。ひとつひとつのアクションやエモーションの動かし方が丁寧で、それでいて2巻という短さのわりに余裕さえある。キャラごとの表情が非常に豊かなおかげで、ワンシーンあたりで伝わってくる情報が多いのかな。
 創作によってつながる結束のもろさと強固さが同時に味わえる良作です。
 あと作中作の『武者子さんは戯れる』(こっちは明確に原哲夫リスペクト)、ふつーに読んでみたい。
 

双見酔『ダンジョンの中の人』(webアクションコミックス)(連載)

 なんかここまで「女がふたり出てくるまんが」ばかり紹介している気がしますが、安心してください、これもそれです。(2)
 その日発売されるマンガ一覧を毎日チェックしていると、この世にはもはやBLと百合となろう系異世界ファンタジーとハーレクインコミックしか存在しないのでは? みたいな気持ちになる日もあります。ぶっちゃけた話、RPGベースの異世界ものって量に対して個人的なアタリを引ける確率があまりに低すぎて、たまに好きな漫画家さんがそっち方面のコミカライズに取られたりするとアア〜ッと、明訓高校の方の山岡さんを見たときみたいなモードになるのですが、まあしかし、いいものはある。いいものは常にある。
 一般にはアニメ化された『魔法少女なんてもういいですから。』で知られる双見酔の最新作。
 腕利きのシーフ、クレイは数年前にダンジョンの深部へ消えた父を追い、自らも単身ダンジョンに潜る日々を送っていました。しかし最深部近くでモンスターと交戦中に崩れた壁から「ダンジョンの中身」を見てしまったことをきっかけに、ダンジョンの管理人である女性と邂逅。腕を見込まれ、ダンジョンの運営側として雇われることになる、というお話です。ベースはウィザードリィ系でしょうか。

 本来”敵”であるダンジョンの運営側に視点を置く、というのは特に新鮮なアイデアでもなくて、古くはゲームなら『ダンジョンキーパー』シリーズ(エレクトロニック・アーツ)、『AZITO』シリーズ(アステックツーワン)、『刻命館』シリーズ(旧テクモ)、『悪代官』シリーズ(グローバル・A・エンターテイメント)と枚挙にいとまがなく*4、調べたかぎり小説投稿サイトでも「ダンジョン運営もの」が一ジャンルを築いているとか。文脈はちょっと違いますが、まんがだと水あさと先生の『異世界デスゲームに転送されてつらい』がありましたね。ダンジョンやデスゲーム等の運営を一種の会社とみなすのなら、むしろ冒険者よりは社会人の感覚に近く(多くは働きながら書いているだろう著者にとっては特に)親しみやすい立場とみなせるかもしれません。
『ダンジョンの中の人』は運営といっても一巻時点では管理人の補佐みたいな役回りで、モンスターの姿を借りて”現場”に降り立って冒険者パーティと相対したりもします。ここでいいな、とおもったのが、モンスター視点を物事を見る事で、冒険者側だったときには気づかなかったことに気づくところ。ゲームなんかでもやっててCPUである敵がこっちの動きを読んで先回りしたような行動をとったりすると、「ズルじゃん!」となじりたくなることがありますが、その「ズルさの感覚」をわれわれのいる現実世界の論理ではなくちゃんと物語世界のなかで処理している。
 根本のアイデアやデザインは借りるけれど、自分の足で立つぞ、という作者の矜持が垣間見えます。
 いつの世でも、良質なファンタジーの条件は変わりません。世界が緻密に豊かに編まれていること。先達のアイデアをうまく取り入れつつも、クリシェに頼りきらずに物語世界を作者のものにしていく。
 ファンタジーの強さとは「自己」の強さであり、内的世界から引き出されるものである、とル・グィンはかつて述べました。ウィザードリィドラクエベースの現代ファンタジーは物語類型を含めたあらゆるアセットが外部に用意されていて、自分を怠けさせようとおもったらいくらでも怠けさせることができる。そこに妥協せずに物語世界の合理と経済を探求できる作家だけが――ふたたびル・グィンのことばを借りるならば――「神話」に届くことができるのでしょう。
 

安田佳澄『フールナイト』(ビックコミックス)(連載)

 SFってあらすじ説明すんの、めんどうだな。サボっていいですか。ダメ?
 気候変動で植物が育たなくなり、人間を植物にしてなんとかする技術ができました。その技術で植物になってくれた人には家族に高額の年金が支給されます。よかったね。植物になったあとも、その人の意識はあるんだか、ないんだか。それにしても、みどりいろのぷるぷるちゃんのじんせいって、いったいなんなの?と、おもったのは、ぼくだけでしょうか?
 最後サボテンくんになっちゃいましたが、まあ、そういう社会なので当然貧しいものは家族を養うために植物化の道を選び、富めるものはそれを搾取する、みたいな構造になるわけです。
 愉快な設定でしょう。こういう世界をおもいついた時点で勝ちみたいなところはあります。資本主義の底辺でうごめくヴィヴィッドなんだか絶望しきってるんだかな野良犬みたいな人間がフィーチャーされるところは、ポスト『チェンソーマン』感もあります。
 展開されるストーリー自体はややオーソドックスに落ちすぎているきらいはあるものの、その分構成はきっちりしていてマンガとしては堅い。
 新人ということもあって、2巻以降でハネる予感を漂わせています。青田を買うなら、今でしょう。

岩田ユキ『ピーチクアワビ』(アクションコミックス)(連載)

 ワイの『映画大好きポンポさん』は、コレや。
 時は2005年。23歳にして国際映画祭*5で栄冠に輝いた映画監督の望月キナコだったが、その次回作でコケてしまい、評価が完膚なきまでに失墜。
 さまざまなしがらみによって自分の思う通りに撮れなかった不満と同世代の監督に抜かれたことの焦りその他から暴発して警察のお世話になってしまう。釈放の身元引受人になってくれたのは知らない人物。
 お礼のためにその人を尋ねると、そこはAV制作会社「ピーチクアワビ」でした。彼女はその社長から「映画を撮ってみないか」と誘われます。一度は躊躇するキナコだったものの、どん底から立ち直るためにあえてAV撮影の現場に飛び込みます。

 オトナどもとの折衝やネゴシエーションに折りたたまれてクリエイターの自由と自信を失っていたキナコが、AV現場の経験を通じて自分の「感覚」への信頼を取り戻す。その過程が軽やかかつ爽やかに描かれます。ポルノ現場ものの側面を持つが画風のポップさもあって生々しさが薄く、読み味も快適。
 ちなみに本作は2007年に岩田ユキ(当時の名義は「はと実鶴」)が原案協力し、渡辺ペコが執筆を担当した『キナコタイフーン』のリブート。岩田ユキは2000年代から長年インディー映画界で活躍し、ぴあフィルムフェスティバル受賞やメジャーどころの映画を監督(山田孝之主演の『指輪のころ』)した華々しい経歴を持ちながら2018年ごろから漫画家としても活動している異色の作家です。
 『キナコタイフーン』当時から映画人としての実体験や感情が反映されていたと察されますが、さらに十余年のキャリアで酸いも甘いも経験した作者がどこまで深く潜れるのか、期待したいところです。

北村薫・原作、タナカミホ・画『空飛ぶ馬』(トーチコミックス)(単巻完結)

 だって、高野文子なわけですよ。原作の表紙は。
 あなたは高野文子が表紙書いてる小説のコミカライズやれっていわれてやれますか。神ですよ。高野文子といったら、ほぼまんがの神です。第二の高野文子といったら『秋津』の秋津が全力で囲い込むレベルです。
 高野文子や神や『秋津』を知らない人でも三国志ならご存知でしょうから仕方なく三国志でたとえますが、曹操からちょっと呂布と一騎打ちして勝ってきて、と頼まれるようなもんですよ。そんな関羽雲長が令和の日本にいるか? いないだろ?

 いた。

 タナカミホ。五六年前に『いないボクは蛍町にいる』で才気をほとばしらせまくったっきり、(すくなくともわたしの観測範囲では)どこかへ行ってしまっていた作家がすさまじい成長を遂げて帰ってきた。

 いわゆる「日常の謎」と呼ばれるミステリのサブジャンルの嚆矢にしてマスターピースとされる北村薫の〈円紫さんと私〉シリーズ。女子大生の〈私〉を狂言回しとして、落語家の円紫さんを探偵役に、彼女らの日常で生じた、小さいながらも底の深い謎の数々を解決していきます。
 本作はその〈円紫さん〉シリーズ第一作である『空飛ぶ馬』のコミカライズです。
 
 ミステリのコミカライズって、けっこう難儀そうじゃないですか。思いません?
 だって、ミステリってほとんど会話と説明から成っているわけです。人が殺される瞬間はあっても謎に伏されるからアクションは描けないし、探偵が聞き込みしたり推理を披露したりするシーンはひたすらセリフが並ぶだけで画面に動きは少ないし。推理時の犯行再現シーンで差別化するって手もありますけど、あれだって「終わったこと」の再現なわけで、物語の盛り上げ手段としては幅がかなり限られてくる。
 じゃあ金田一少年式におどろどろしい装飾的な死体で映゛えようとおもったり、コナン式に謎の組織との暗闘を盛り込もうとおもったところで、『空飛ぶ馬』には死体も闇の組織もでてきません。
 犯人といえば、喫茶店で砂糖壺をせっせといじっているような普通の市井のひとばかり。
 難易度Aのミステリコミカライズという分野でも更に難易度特Aの原作チョイスなわけです。
 にもかかわらず。
 できてしまっている。
 なぜだ。
 わからん。わからねば!(by 漏瑚)

 原作と比較できればいいんですけれど、引っ越しの時に「もういい! ターボ、ミステリやめる!」とミステリを大量に処分した関係で手元に『空飛ぶ馬』がない(ウマだけに)。つーか、北村薫ってほぼ電子化されてないんだね。
 しょうがないので勘でやりやす。
「赤頭巾」とかはわかりやすいんですよね。まんが的に再構成されてるんだろうなあ、というのが。絵本の再現というユニークなレイヤーが混じっている分、メリハリつけて読みやすいのだろうし、絵本的なタッチと物語内の現実が混ざるシーンはわかりやすく技巧的。それはわかる。それはまあ、わかるんだけど。
 にしたって、「砂糖合戦」は。
 それこそ、ほとんど*6卓上での会話なわけですよ。大して派手なことが起こるわけでもない。それなのにめちゃめちゃエキサイティングでおもしろい。円紫さんのキメゴマ、タイトルコールが出るときの犯人のあの表情、その反復、動と静の操作、ラストの切れ味、見せ方、なにもかもが最高。
 どこからどう見ても〈円紫さん〉シリーズだよ、これは。
 オチのうまさや話のおもしろさはもちろん原作に由来するところではありますけれど、それをこんな高精度かつ高純度で再現できるとは。長生きはしてみるものです。最初からこのコミカライズありきだった気さえしてくる。90年代の雰囲気をたしかに醸しだしつつも、この時代のためにリファインされたような清新さ。さっきもいったけれど、表情、表情がいいのかな。人間のささやかでねっとりとした悪意をすくい取ったような犯人たちの造形を、キャラの繊細な表情を止めて切り取ることで再現している。そして、主人公は徹底してその表情を観察する側に置かれている。カメラなんですね。映画だ。映画だからか。

 けっきょくなんだかよくわかりませんでしたね。
 いかがでしたか。
 ひとつだけいえるのは、「砂糖合戦」はミステリ小説コミカライズの歴史に残る一編となるのではないか、ということです。むしろ、北村薫初読者にはここから勧めたっていいのかもしれない。プルトラ。
 
 

他よかったもので今思い出せるもの。

谷口菜津子『教室の片隅で青春がはじまる』(ビームコミックス)(単巻完結)
・いまさら谷口菜津子の天稟についてわたしが述べられるようなことはないと思います。はずれものの少女がモコモコした宇宙人の転校生と結託し、青春時代に逆転ホームランをかっ飛ばそうぜと奮闘する。ドロドロしているけれど前向きで爽快。
・メディアの描き方がいいんですよね。いかがでしたかブログとかいかにもありそう。

吉田真百合『ライカの星』(ハルタコミックス)(短編集)
・イヌSF。みんなライカ犬すきですね。わたしも好きです。人類をきちんと滅ぼしてほしかった。

ネルノダイスキ『いえめぐり』(ビームコミックス)(短編集)
・不足しがちな panpanya 成分をお求めのかたはこちら。ポスト panpanya の枠に収まりきらない良い意味での俗っぽさがある。

ひうち棚『急がなくてもよいことを 』(ビームコミックス)(短編集)

・ビームに求められているテイストにかっちりハマる。

ばったん『まばたき』(トーチコミックス)『いてもたってもいられないの』(FEEL COMICS)(短編集)
・博士(志村貴子学)の織戸久貴大先生によればポスト志村貴子の座を確固たるものにしつつあるらしい*7作家の百合短編集と女の性欲テーマ短編集。トーチから出た『姉の友人』はややトリッキーでポリフォニックな構成だったものの、今度はわりかし正攻法。
・膂力のある作家は真正面から殴りにいってもつよい。

ももせしゅうへい『向井くんはすごい!』(ビームコミックス)(上下完結)
セクシャルマイノリティに関するストーリーをこのバランスで出せてしっかりメジャー感あるのが、令和〜ってかんじ。
・なにげに群像劇を回すのもうまい。最後はやや締まってない印象もある。

高江洲弥『先生、今月どうですか』(ハルタコミックス)(連載)
・『煙と蜜』と同様、ハルタの罪深さは年齢差ポルノがポルノ以上のものに昇華されてしまっていることにある。反省しろ。
・本を周囲にオススメするエピソードがいい。しょせん、レコメンドとは多分に属人的な行為であり、”純粋”に”おもしろい本を紹介”するなんて不可能なだという示唆を与えてくれます。

鎌谷悠希『ヒラエスは旅路の果て』(モーニングコミックス)(連載)
・うめえなあ、とおもったら『しまなみたそがれ』の鎌谷先生だと遅れて気づいた。
・設定は特異なんだけど、ガワそのものは生と死をみつめなおしていくロードムービーなので、そこに拘泥しすぎると平凡になりすぎてしまうおそれがあり、予断をゆるさない。すくなくとも一巻はよい。

早池峰キゼン『テンバイヤー金木くん』(MeDu COMICS)(連載)
・ツンツン系小学生転売ヤー金木くんと金木くんに並び屋として雇われたお人好しのアンちゃんのコメディ・ドラマ。転売というヘイトをあつめそうなヤクいネタかましつつも、ていねいな作劇とキャラビルドで読ませてくれる。かなりよいです。

なるめ『ILY.』(FUZコミックス)(連載)
・全編ピクセルアートという狂気。大丈夫? ひと、死んでない?
・話もひとむかしまえの恋愛ホラーノベルゲーム? 風で、ガラケーが出てきたりとそれなりにドットであることを活かしている。活かしきっている、というかんじはまだしないか。

おぎぬまX『謎尾解美の爆裂推理!!』(ジャンプコミックス)(連載)
・元芸人!30年ぶりの赤塚賞入選!小説家としてもデビュー!みたいな話題性に高さにしゃらくせ〜〜と上げていたハードルを十二分に越えてきた。
・ライバル探偵たちが独特の推理法でギャグをかましてくるんですが、それが単発のギャグに終わらずにちゃんと事件の解決にもからんできてうまい。
・JDCってキン肉マンだったんだな、という気づきを得られた。

二階堂幸『雨と君と』(ヤングマガジンコミックス)(連載)
・かわいい。

Patu『虎鶫 とらつぐみ ―TSUGUMI PROJECT―』(ヤングマガジンコミックス)(連載)
・虎鶫がよい。

鈴木ジュリエッタ『名探偵耕子は憂鬱』(花とゆめコミックス)(連載)
・ミステリとラブコメは両立しない。わたしもそう思っていました。このまんがを読むまでは……。

三浦風『スポットライト』(アフタヌーンコミックス)(連載)
・『メダリスト』のつるまいかだ、『友達として大好き』のゆうち巳くみとならぶ、2020年アフタヌーン大型新人三人衆のひとり……だったのだけれど、『友達として大好き』が惜しくも終わってしまった。アフタヌーンの未来はどっちだ。
・基本的に人間嫌いなのがいいですね。それは人間が好きってことなので。

永田カビ『迷走戦士・永田カビ』(webアクションコミックス)(コミックエッセイ)
・死なないで描いてほしいけれど、描きつづけると死にそうというジレンマがある。

しおやてるこ『変と乱』(ヤングキングコミックス)(単巻完結)
・あまりにむきだしの暗黒暴力百合。
・顔のつなぎはぎこちないのだが、そのぎこちなさがサイコっぽさを際立たせていてたいへんによい。

柴田ヨクサル・原作、沢真・画『ヒッツ』(ヒーローズコミックス)(連載)
・『ブルーストライカー』のタッグふたたび。今度は特にどこともクロスオーバーしてないっぽいけれど、いつものヨクサルワールド。

平庫ワカ『天雷様と人間のへそ 平庫ワカ初期作品集』(BRIDGE COMICS)(短編集)
・基本的に習作集みたいなかんじなので読んで格別おもしろい作品は少ない。ただ表題作は設定の奇想や絵の力強さが群を抜いていて、天稟の萌芽をうかがえる。

西餅『僕はまだ野球を知らない・second』(自費出版)(連載)
・いったん商業で打ち切られても自費出版へ移ってまで継続させようとするレベルで作者が入れ込んでる作品がおもしろくないわけないんですよね。

篠原健太『ウィッチウォッチ』(ジャンプコミックス)(連載)
・ロジックでギャグを組み立てるのがうまい。

仲間りょう『高校生家族』(ジャンプコミックス)(連載)
シットコムがひたすら巧み。

武井宏之・原作、 ジェット草村・構成、鵺澤京・画『SHAMAN KING &a garden』(KCデラックス)(連載)
花組スピンオフ。お嬢様とメイドの百合。

『アンタイトル・ブルー』(BE・LOVEコミックス)(連載)
・タイトルといい題材といい『ブルーピリオド』の二番煎じかとおもいきや、ストレートなサスペンスとして読ませる。

真鍋昌平『九条の大罪』(ビッグコミックス)(連載)
・暴力とは本来楽しいものでもなんでもなくて、怖いものだと読者に教えてくれる倫理的な漫画家は真鍋昌平だけ。

おまけ:五巻以内で終わったマンガ暫定報告五選

山田果苗『東京城址女子高生』4巻完結
ドリヤス工場異世界もう帰りたい』3巻完結
雨玉さき『JSのトリセツ』2巻完結
マクレーン『怒りのロードショー』3巻完結
ゆーき『魔々ならぬ』3巻完結

・ほかにはニャオ将軍、なずなさんなど。
・『スインギンドラゴンタイガーブギ』と『友達として大好き』は七月以降。

*1:学問系の新書で『サタノファニ』ってタイトルだしてもいいんだ……と感心した。

*2:『春の一重』のなかにもたしか編み物の話があって、おそらく作者の慣れ親しんだモチーフなのでしょう

*3:単行本になってない作品はある

*4:やったことあるの『悪代官』だけだナ……

*5:ベロ(ル)リンで新人賞を獲ったという設定。『往生際の意味を知れ!』の主人公もたしかカンヌだったっけ?

*6:とまではいかなくとも半分以上は

*7:とはいえ群像劇志向みたいなものは薄い

コミックDAYSで読める2021年上半期追加分の新人賞作品20選



ひいきは小学館 スピリッツ読ませてBABY
MONSTERの最終巻 謎解きまかせてBABY*1


 ――相対性理論小学館



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【もくじ】


【校歌斉唱】

 はてなブックマークを信じるな。
 おもしろいマンガは自分で読んで決めろ。
 ぜんぶ読んで決めろ。
 ジャンプラに載ってるまんがに対して「アフタヌーンぽいね(笑)」としか言わねえやつの評価なんか信じなくていいよ。
 たまにはおれもそれいっちゃうけれど。たまにだけとおもう。けっこうよくいってるんじゃないかな。まあちょっとは覚悟しておけ。
 嗚呼、われらコミックDAYSにある新人賞作・読み切りまんがぜんぶ読め高校。
 ラララ ララララ ラララ ララララ

【背景】

講談社の出しているまんがアプリ・ウェブサイト「コミックDAYS」では講談社系列の雑誌から出されている新人賞系読み切り作品がほぼすべて読める。
comic-days.com

・期間は受賞したタイミングからズレ(2018年に出た賞の作品が2021年の日付で追加されていたり)があったりで不明瞭だが、だいたい2018年ごろの作品から収録されている。
・つまり、あくまで「2021年内の半年間にコミックDAYSに登録された作品」であって、「2021年に受賞した作品」ではかならずしもないのにご留意ください。
・本記事で扱うのはコミックDAYSで2021年1月〜6月付けで登録されているもの。
・DAYSのやりかたはよくわかんなくて、本記事公開以後にも対象期間内の公開作品が増えるかもしれない*2
・2021.01〜06以前/以降のものについては後日やるかもしれんし、やらんかもしれん。
・現時点での対象作品数は97。
・個人的に好みは、あんまし端正でなくとも、なんかガリッとした力強い作品。
・そのときどきの気分で選んでいるので、ここで書いてないものについてもおもしろい作品はいくらもあります。っていうか、新人賞ってある程度高いハードル抜けてるんだからだいたい一定以上おもしろいんですよ。みんなも全部読んできみだけのフェイバリットを決めましょう。
・筆者だけだとなにかとぽんにゃりしがちなので、いくつかの作品については、まんがにくわしいことで知られる村長をゲストにお呼びしてするどいコメントをいだたきました。多様性の導入。Q.村長ってなんの村長なんですか。A.おれたちの村のだよ。

【これが村長だ】

<「いまいちばんおもしろい週刊少年漫画誌は『サンデー』


・村長はまんがとホラーと怪奇小説と競馬にくわしく、任意のまんがを読ませると秀抜なコメントをくれます。

【私的二十選】

「リスおねえちゃん」ナカハラエイジ(アフタヌーン四季賞2020年夏・四季賞

comic-days.com
・いじめられっこの主人公の少年の前に三年前に死んだ姉がリスの姿で現れる。おせっかいで心配性なリスおねえちゃんはなんとか主人公を助けようとするが……というお話。
・いじめもの+姉が別のなにかに変異するというよくあるパターンの組み合わせながらも、線の繊細な力強さとキャラ造形で圧倒的に勝っている。
・なんかこういうザリッとした個性が好きなんやよね。大好き。
・リスかわいいし。
・そうなんですよね、ふつうは死んだ姉が幽霊になって戻ってくる、とかだと思うんですが。そこであえてリスをチョイスするクソ度胸。教室内で帰ってきたドラえもんやるにはたしかにこのサイズ感がよいのかも。
・姉=しっぽ=ライナスの安心毛布的な逃避先を手放すことで成長を遂げるというモチーフ。ところどころやや強引さかもだけれど全体的にはうまくはまっている。
・「鼻を噛む」というアクションが姉弟で重なっているのもエモい。
・いじめっこのほうもよく見れば、ちょくちょくビビり入りながらいじめやってるのもいいですね。ちゃんと主人公程度のへたれでも勝てることが示唆されている。
・筆箱からリスが出てくるシーンが妙に性的。
・第七十五回(2019年)ちばてつや*3準優秀新人賞作品「ぼくらがまちでくらすには」もマガジンのウェブから読める。少女とその誘拐犯の話。この底のないさびしさに惹かれてしまうのか。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:smallなるほどね

「いろはちゃんはキモい」奥灘幾多(第78回ちばてつや賞一般部門奨励賞受賞作品)

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・百合。かつては憧れだった年上の幼馴染いろはちゃんがひきこもってキモいひとになってしまった。大学生のかなは、いろはちゃんが社会復帰できるように色々と手助けする。
・最大の特徴はコマの外の内枠がノート用紙みたいになっていて、そこにかなのナレーションが日記調で綴られていること。単にメタ演出というだけでなくラストの展開にも絡んでくるのがニクい。
・いろはちゃんはかなが助けてくれるけれど、かなのことは誰も助けてくれないという非対称な関係。かなはどんどん歪んでいくのだけれど、本質的にはいいヒトなのでいろはちゃんを突き放すことも不幸にすることもできない。そういう地獄ってあるんだな。
・いろはちゃんがちゃんとキモいのがよい。
・ラストの「これからもいろはちゃんとは関わっていくんだろうなと思いました」という一文もすごい。「関わっていくんだろうな」ですよ。
・作者はヒトトセシキの名義で2020春の四季賞で佳作。「童卒20分」twitterでもイラストや過去作を掲載している
2019年にも「好きな人がいた」でモーニングゼロ2019年1月期奨励賞。たった数年でメキメキまんががうまくなっていった様子が伺える。大学を出た*4ばかりらしく、今後の伸びも期待される。

「タコトカラス」松冨まこと(アフタヌーン四季賞2020夏・幸村誠特別賞)

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・行きずりのセックスと成り行きで頭がタコの女と同棲することになったキャバのボーイが、タコ女の前の男であるホタテ男との痴話喧嘩に巻き込まれるコメディ。
2020年代にこんな80s感あふれるキュートな(高橋葉介直系?)絵を新人賞で拝めるとはおもわなかった。そして、ノリもいい意味で古い。
・けっこう好き勝手展開しているようで細かい伏線の張り方やまとめかたはかなりコンストラクティブ。
・さんざん魚介類で愁嘆場を繰り広げたあとに「魚介類の話聞いてたら寿司食いたくなっちゃった」はしびれる。タコが「私も行く!」って言ってるのも。
・最初主人公の幻覚をにわすようなところから始めておいて、やっぱり他のヒトにとっても魚介でしたとスライドしていくのは巧みというかディジーというか。
・あおりも「タコだけに八方丸くおさまりました!」ではないんですが。八方丸くおさまりました! では。
・2021年の『アフタヌーン』4月号(とモアイ)に新作読み切り「ポチとボク」 掲載。こちらもアニマルでアブノーマルな性癖をテコにした恋愛コメディ。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:smallこれたしかに高橋葉介なんだけど……これは高橋葉介なんだけど……むずかしいのはやっぱシモに寄りすぎているせいですかね。(むずかしいっていうのは?)高橋葉介にならない理由は。」「期待する才能ではあるんだけど。このままでは性欲が強すぎる

「背に負はば月影の重き」久保田かど(アフタヌーン四季賞2018年夏・四季大賞)

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・大学お笑い研究会で一つ抜けた実力を誇る漫才コンビ「安倍・大貫」。圧倒的なカリスマ性とセンスを持つ安倍に対し、研究会の後輩でもある大貫は引け目を感じていた。所詮大学生レベルのお笑いではプロで食ってはいけない、と大貫は安倍に黙って就活をはじめる。青春ドラマ。
・四季大賞にはどれも”格”がある。これもそのひとつ。
・いわゆるワナビものは新人賞作品ではポピュラーな題材なのだが、「お笑い」しかも大学のお笑い研究会という舞台選びのものめずらしさ。その上で、自分のすぐ隣にいる破格の才能、プロとアマのあいだでちゅうぶらりんな自分、「社会」や「世間」「他人」に対する距離といったモラトリアム期の鬱屈を見事な質感で描いている。
・主人公の自分の人生への決着(ヒトひとりの人生でいえば「区切り」のほうがふさわしいんだろうけれど、この時点ではこのヒトにとっては「決着」なんですよね)のつけかたがビターで、しかしフレッシュ。そこに至るまでの見せ方もすばらしい。
・そういえば、自分にとってあまりに巨大な依存先を手放すことで思春期から成長していく、というのセッティングは「リスおねえちゃん」と似ている。個人的にそういう話が好きなのかもしれない。ピクサーの『インサイド・ヘッド』とか好きだし。
・これも「タコトカラス」同様に幸村誠プッシュ作。好みが似てるんだろうか。いままで幸村先生の好みなんて意識したことなかったけれど。
・第二作は『good! アフタヌーン』2020年3月号掲載の「二度目の行列」。こちらはプロの世界、元大学お笑いサークル出身の若手芸人の描く。やっぱりコンビ解散もので「背に負はわば〜」の安倍側の話。そういう点では対になってるのかな。相方と別れを話し合う場面が完全に恋愛のそれなのがウケる。
twitter で別名義が「久保田之都」となっているのだけれど、『ジャンプ』の新人発掘企画「ストキン炎」*5のプリンス部門(高校生限定部門)で2009年に準プリンスになったヒトと同一人物か?
・ゲンロンが主催しているひらめきマンガスクールで2019年度の大賞を獲っている。「蔓延性フラットライナーズ」*6こちらもはやりマルチ商法という題材とゾンビ映画というモチーフを軸に「夢を達成できなかった自分とそれを値踏みする周囲」という状況が描かれている。ここまでくると作家性の域。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:smallこれは受賞時に読んだかな。たしかにうまい

「ひみつ倶楽部」赤鹿衣里(アフタヌーン四季賞2018夏・佳作)

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・百合。舞台は女子校。陰湿ないじめを受けていたミカだったが、転校生の真理子に気に入られたことで一転クラスの人気者に。真理子はミカに「ふたりでクラスメイトたちの秘密を集めて共有しよう」と持ちかけ、その秘密を巧みに利用することで彼女たちの地位はますます盤石になっていくものと思われたが……。
・また四季賞でごわすか!
・しょーがねーだろ、サブカルクソオタクベイビーなんだから。
・まじめに答えると、対象期間の登録作品の九割が四季賞ちばてつや賞・モーニング月例賞で構成されているからほんとに不可抗力。
・特にミステリ部分の展開がかなり強引だったり、人物の出し入れがややモタっているところはあるものの、そんなことがどうでもよくなるくらいにパワフル。
・暗黒百合で大事なのはパワー。一にパワー、二にパワー。レゼ篇のラストでパワーが言ったセリフも「パパパパパパパパワー」。
・ではパワーはなにでできているのか。キャラの狂いぷり。画の迫力。顔相撲の角力
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:small『りぼん』とか『ちゃお』とかで連載したらおもしろいなって思いました

「熊送り」大森センター (アフタヌーン四季賞2020夏・四季大賞)

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・子どもに人間競馬をやらせる謎賭博が発展した街で、そのレースの競技者として生きる子どもたちの艱難辛苦と友情を描く。走れなくなったり、勝てない子どもは死にます。
・また四季賞でごわすか!(2) しかも2020年夏から三作目。
・文句なら幸村誠に言ってくれ。
・このままだと単なる四季賞作品紹介記事になってしまう。
・ところで「熊送り」はウマ娘です。
・人間競馬仕切っているヤクザのキャラがたいへんによい。顔はマスコット的でかわいいのに肩幅が広くてやたらゴツいという絶妙ないびつさ。悪意をもった悪役というよりはメフィストフェレス的と言うか、残酷な機械としての世を駆動させるパーツ的なポジションの酷薄さ、冷たさ。まどマギのきゅうべえみたいなものだと思えば、魔法少女ものであるともいえなくない。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:smallベスト、といったらこれじゃないですか?

「草木を駆ける素足」蔦森つむぎ(モーニング月例賞2021年1月期・佳作)

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・親戚の残した裏山に住んでいる姉にひさしぶりに会いにいったら山の神様と結婚してわけのわからない存在になっていた。
・また四季賞で……いや、モーニング月例賞だった。
・とにかくある場面の見開きがとてつもなくよい。人外描写として。
・姉まんがとしてはかなり典型的だが理想的でもある。
・姉という存在の不定さ、不可解さがそのまま「どんどんメタモルフォーゼしていく姉」という身体性に直結していて、そのビジュアルの不可思議が再帰的に姉という存在の不可解さについて内省させるという、まんが的な技巧。
・キャラデザもピッと、シュッとしてて、いいよね。
・作者には商売っ気皆無の twitter アカウントがあって、ツイート数も三個程度なのだが、そのファーストツイートがすばらしくよい。*7


「はじめてのおばけの飼い方・育て方」SUGINAMI(アフタヌーン四季賞2020春・佳作)

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・両親を亡くした少女が通販でお化けを買って育てようとする。
・かわいらしい表面にひたすらウィアードでビザールで居心地の悪い感覚がつらなっていく。オチはややむりやりつけてしまった印象。
・きみたちがジャンプラがアフタっぽい、ジャンプラがアフタっぽい、ってなんどもいうからへそをまげちゃったアフタがくらげバンチみたいになっちゃったじゃないか。反省しなさい。*8
作者のサイト管見するかぎりにおいては、「はじめてのおばけ〜」は作者的にはイレギュラーなテイストっぽい。かなり意識してこっち系の技法をラーニングしたのでしょうか。がんばりがすごい。
・2020年にも四季賞(夏)で「プラネタリウムの花嫁」が準入選。こちらははじおばに比べて画的にも話的にもストレート寄り。作者が制作背景・意図をブログで縷縷語っている点はめずらしい。このひとのブログは全体的におもしろいです。

「福音」佐藤丈裕(アフタヌーン四季賞2020春・準入選)

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・突然世界中の人間の魂が抜けたようになって、どこかへと去っていった。それと入れ替わるように変な生き物たちが跋扈するようになった。そんな世界で唯一正気でサバイブするアリカとミカの話。
・新人賞の人気ジャンル、ポストアポカリプスもの。
・クリーチャーと異質な世界の描写がべらぼうによい。
・緻密に描き込まれていた世界が文字通り「空白」になっていく演出はもうちょっと効果的な運びようがあったんじゃないのとはおもうが、それでもよい。
これは専門在籍時の作品だろうか。少女ふたりの関係を軸にクリーチャー的な怪異で回していく作風は共通している。
 

「みんなニンゲン」春琉渡璃(モーニング月例賞2020年11月期奨励賞)

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・自分に自信がなくつい周囲に合わせてしまい、そのせいで恋人ができないことに悩む男が占い師から紹介された幽霊のコンパニオンサービスで女の幽霊と契約。彼女と同居して楽しく過ごしはじめるが。
・「私が幽霊だからでしょ」「触れないから体関係の生々しい面倒事は起こらないし警戒もされない。現実世界のコミュニティとは無縁だから人間関係も気まずくなることはないし、好きな時に呼び出せて1時間経てば勝手に消えてくれる幽霊だからでしょ?」「人間(ヒト)は怖いもんね」
・インターネットの話ですか。わたしはインターネットの話はだいすきです。
・他人に対する距離感や怖れを見事に具現できている。対人恐怖症でインターネット大好きなら読むとよし。

「神さま、愛を救って下さい」菊屋あさひ(2020年12月期ヤングマガジン月間賞・入選)

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・恋人がヤバそうな新興宗教にハマってしまった。心配になった主人公の男は教団にさぐりを入れるが、そこで教祖に祭り上げられている少女と出会ってしまったことから運命と愛が狂い始める。
・オメラスものというジャンルがあるとおもう。誰か(たいていは無力で無垢な存在)を犠牲にすることで最大多数の最大幸福がなりたっているような世界を扱ったお話。『天気の子』とかね。
・これもそのバリエーションのひとつなんですけれど、そこで義憤と愛を発揮して少女を救おうとする主人公が結構独善的に描かれるというのがおもしろくて、隣でもがき苦しんでいる身近な人より遠くのシンボリカルな少女を優先しようとするヒロイズムの歪みが出てくる。いじわるであると同時に切実なお話。
・絵も好き。
作者の pixiv で過去作をいっぱい読める。サンデーうぇぶりにも掲載歴があるとか。コミティアにも精力的に出品している模様。
・村長からの評価はやや渋かった記憶。

「ボーイズ・ピー」たなまん(第84回ちばてつや賞ヤング部門・佳作)

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・モテない男子二人組がモテるために奮闘するもののいざ片方がモテだすと簡単に友情が崩壊してしまい、罪悪感はおぼえたモテたほうは贖罪のために一計を案じる。
・日本版『スーパーバッド』。『スーパーバッド』ほどカラッとはしてないけれど。
・ただひたすらかなしくなる。
・友情と恋愛は本来対立する概念ではないんだけれど、極まったホモソ内では択一にされてしまう。その視野狭窄に気づけないのもまたいやにねっとりしたリアリティがあります。
・「twitter で有名人にクソリプしまくってフォロワーをふやす『クソリプの鬼』」などをギャグっぽく入れていることからも作者がそうした視点をちゃんと相対化して、ギリギリのバランスで綱渡りしているのが伺える。
・こういうギリギリの作品が”おもしろ”くなってしまうとこあるな〜〜〜。
・作者はヤンマガでも2020年8月期で期待賞。カメントツや窓ハルカを輩出?したトキワ荘プロジェクト出身でもある。

「昼花火」野火けーたろ(第84回ちばてつや賞ヤング部門・期待賞)

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・乳首がめっちゃ伸びました、って話。
・出落ちの一発ギャグをロジカルに転がせてちゃんとテンション保てるのは貴重。
・全編(6ページとか特に)でかぎりなくしょーもないことに技巧を凝らしているのがよい。
・いいコメディというのは馬鹿らしさのなかにどこかかなしみを孕んでいる、と誰か有名なひとがいってましたね。だれだったかな。だれもいってなかったらわたしがいったってことにしておいてください。
・こちらもトキワ荘プロジェクト出身者。

いいんちょ」伊毛野めそ子(モーニング月例賞2021年3月期・奨励賞)

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・やたらハリキリまくっているものの誰にも相手にされてないクラス委員長。彼女は登校途中で母校を爆破しようとしているアブナいオッサンを目撃する。クラスメイトに危険を訴えるがびっくりするくらい相手にされない……そして思った。「こんな学校、爆破されればいいのよ」。
・最初テロリストを防ごうとしていた人間が闇落ちしてテロリストになる。
・「あいつの良さを知っているのはおれだけ」的なところから発して、「あなたはちゃんと世界に影響し関係しているんだよ」という話に終着したのはさりげなく快い。
メントスコーラの絵面のしょーもなさもすき。
・空回りしてる委員長キャラっていいですよね。
・いい……。
・いま、あなたが思い浮かべたキャラをわたしも思い浮かべています。
・これが、メンタリズムです。
Daysneoをはじめとした各種SNSや投稿サイトに痕跡を観測される。承認のテーマにめちゃ興味があるっぽい。

「ゆけ!日果さん」井戸畑机(第84回ちばてつや賞ヤング部門・準優秀新人賞)

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・ルーチン化した日々のタスクをこなすことに多大なリソースをついやしている日果(ニチカ)さん。ところが「外の世界を見てこい」と勝手に母親が南極の郵便業務に日果さんを送り出し、未知の南極行が始まる。
・いまさら特にいえることって、ある?
・あらゆる面で高度に完成されている。ちばてつや賞の選評では「メッセージ性が見えにくい」というあやがつけられたものの、あんまりそういうのが前面にですぎるのも違う気がするし。*9雰囲気に反して、さらりと読むことを許さないコンデンスさみたいなのはあるもしれません。
・絵の独特のやわらかさみたいな感触(絵柄とかではない。あんまり自分にはまんがを語ることばがなくて、むつかしいな)は無二で、そこらへんの質感が全編通してのあったかさにつながっている。で、そのあったかさが発揮される舞台が南極というのもマッチするミスマッチ感があってよい。
・作者は「ゆりかごのアルバム」で2018年にもヤングマガジン月例賞佳作。このころから世界ができている。
このひとの挙げてるベストまんがから由来を探れるかも。そうなんだよな。『りとる・けいおす』なんですよね。

「やすお」吉田博嗣(ヤングマガジン月間賞・入選)

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・もうみんな読んでいるだろうからいまさらあらすじを説明する必要もないとおもうのだが、いちおういっておくと、やたら暴力的な女のもとに(ロボット相手とか関係なしにもともと暴の気にみちみちている)お手伝いロボット”的な存在”、「やすお」が姉から届く。女は「やすお」をしばきあげながら教育していくのだが、なんだかうまくいかず……。
・ネットでめちゃめちゃバズってインタビューまでされた
・これもいまさら言うことない気がする。これとかヨメばよろし
・それはまあさておきつ。
・寓話としての風刺性みたいなところばっかりクローズアップされがちけれど、まんが運びの手際みたいなものもけっこう好きというか、基本的には多動的なハイテンションギャグの文法で描かれてところがよいとおもいます。
・広義のオメラスもの。ただ、オメラスものは設定の適用される範囲を広げれば広げるほど説明づけに無理が出てくるもので、そういう点で小さなコミュニティに絞った「神さま、愛を救ってください」などに比べると破綻した印象を与えてしまう。読者の興味の比重は寓話部分にあるだろうし、別にいいんじゃないかなっておもいます。
・さっきもいったけれど、表情やアクションの豊かさでガンガン押していく読みごこちがとにかく楽しい。それがラストの転調における居心地のわるさにつながってくるのもうまい。テンポでストーリーテリングできるひとは希少なのではなかろうか。
・逆に画面のうるささが話の飲み込みを阻害するところはあるので、一長一短か。個人的には三長一短くらいだとおもう。
・ラストのコマで顔の上半分映さないことはひっじょ〜にいじわるだな〜〜〜〜って。
・人間のマテリアルさ加減を描くのがうまいっていうか、他の作品読んでるとそもそも人間をマテリアルとして捉えている感がある。
スラップスティックギャグで見たいが、根がスラップスティックなのは他のジャンルとブレンドするくらいでちょうどよくなる気がする。
・次回作は8月公開だそうです。

「相思相殺」鷹野聖月(アフタヌーン四季賞2018夏・佳作)

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・最果ての国の皇帝、その命運が侵略戦争によっていままさに断たれようとしていた。敵側の王は背中に箱を背負っており、そのなかに「傾国」という女性が入ってた。いったい、どういう経緯でかれらは出会い、最果ての国を、そして世界を滅ぼすにいたったのか?
・タイトルがアニメ『バジリスク甲賀忍法帖〜』の第一話。
・ナラティブから何からなにもかも強引で盛り盛りで放埒でめちゃくちゃなんだけれど、あらゆる欠点を覆すほどに愛さずにいられない魅力がある。こういうマンガはたまに出てくるものですね。
・この作家はこの後も四季賞に入選しまくり、2020年秋にはついに「他向け花」で大賞を射止めた。「他向け花」は「相思相殺」時点で原石だったものをアフタヌーン方面に極限まで鍛え抜かいた完成の美といった趣でヒストリーをかんじさせる。『ヒストリエ』はもうちょっとゆっくりでもいいんですよ、アフタヌーン。他には2019年春準入選の「イエスタデイレイトショウ」など。すでにして明日の『アフタヌーン』を担う人材であることは疑いがない。
 

「貸した漫画返してください!」西村たまじ(2021年4月期ヤングマガジン月間賞・奨励賞)

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陰キャの大学生のゲイが勇気をふりしぼって好きな男に告白しようとするも、出てきてセリフは「好きです」ではなく「貸した漫画返してください!」だった。甘酸っぱくて爽やかな恋物語
・「月が綺麗ですね」式の言語的な奥ゆかしさがよいですね。このアイデア一発だけでも相当噛める。
心理的な距離を縮めるきっかけになる一言がやや安易すぎるきらいはある。まあ、相手側もうすうす勘付いてたから出たセリフかもしれない。
・最後まで告白できないけどなんか勝った感出しているのもよい。ウジウジ陰キャにとっては目的地への到達ではなく、日々の前進こそ勝利なのである。
・これもTwitterでそこそこバズってた模様。気づかなかった。
daysneoのページをつら読むかぎりではギャグ漫画志向なのかな。たしかにその方面で読んでみたいです。

「インスタントミュージック」伊藤拓登(第78回ちばてつや賞一般部門)

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・AI作曲ソフトが普及した時代。主人公・神田はDJ兼トラックメイカーとしてそこそこ成功をおさめていた。しかし彼はどこかもやもやした気持ちを抱えているようで……。
・良くも悪くも話は非常にわかりやすい。でも、静謐な中心で主人公を取り巻く世界がにぎやかで豊かとでもいうのかな。なんかそういうのがいい。
石野卓球が出てきてしゃべってるだけで超おもしろいみたいな。*10
・作者はdaysneoでも作品を公開していて、「無駄な才能」なんかは「インスタントミュージック」とわりと興味が近い。「できること」と「やりたいこと」が食い違ったときに発生する位置エネルギーで物語を駆動させる、みたいな。
・過去作はぎこちなさすぎるという意味で画が固いんだけれど、「インスタントミュージック」の固さはテイストとして機能していていい気がする。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:small絵とかコマ割りはクセがないんだけど、切り取りかたがおもしろいんだよな、このひとに関しては。他の作品を読んでみないとまだ評価が定まらないかな

「幽霊とゆーれい」春日井さゆり(アフタヌーン四季賞2019冬・佳作)

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・夫が引きこもりに陥る一方で、妻である主人公は弁当屋で働いて生活を支えていた。しかし、ストーカーめいたキモい若者につきまとわれるに至って日々のストレスが決壊。職場と夫の世話を放棄に「幽霊」になる。
・21世紀も1/5を過ぎようとしているころに、80年代90年代のはかないトレンディ感を琥珀のように封じ込めた才能が出てくるあたりも四季賞のおっとろしいところなのでありますよ。
・冒頭の弁当を作るシーンのメカニカルな画作りと運びはまさに、といったかんじ。
・作者はinstagram でナイスでしゃれたイラストを公開しておられます。グループ展とかにも出品してるし、美大出身っぽい。似顔絵でも活躍しているらしい。もっとまんがが読んでみたいところ。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:smallこのひとはいいですよ。『ニューウェーブ』とか言って売り出しておけば売れそうな予感はあります。圧倒的に絵作りが独特だから替えが効かないっていうか。実験的なコマ割りをしているんだけど、それを感じさせない読みやすさもあるし。ただ、完成されちゃいすぎてる」「西村ツチカ先生とおなじようなポジションになってくれたら


【その他気になったもの】

「完璧な庭」小野未練
・さすがに「姉がとつぜん怪異な存在に変身するもの」系を三つもリストに入れるのもどうかなと思ってしまい、選に漏れてしまった。
・ラストがよい

「チタンのナイフ」竜丸
・青春ドロドロ三角関係。キックのシーンがたいへんすてき。
・こういう系の作家ってあとから変化していくものだし、作品自体もいろいろ試行錯誤してますって感じが出ていて、今後が楽しみ。

「いつか帰郷をくちずさんで」佐武原
・題材選びのニッチさと興味深さの絶妙なバランス、説得力のある細部。世界を作れる作家ってかんじ。
・めちゃくちゃバズった「宗教的プログラムの構造と解釈」 にもいえるんですが、尺に対してややトゥーマッチな印象。
・とはいえ、まあそこは「セリフが多いSFまんがは苦手」という個人的な好き嫌いのせいではある。
・アフタエリートの四季大賞クラス作家を躊躇なくひっぱってくるのが今のジャンプラの暴力性。

「聖女失格」ふわとろおふとん
・ギャグのテンポがよい作品は貴重。

「こころよるやま」景山五月
・パラノーマルおねショタ。おねショタ?
・主人公の抱える鬱屈の落とし所として厳しくて優しい、みたいなバランスは好印象。どっちかに振ってしまうのは雰囲気に合わないとおもうので。
・調べたら2019年度のゲンロンまんが学校の受講生で、本作は同講座の大賞*11の最終選考に残った作品。同年の大賞が上に挙げた久保田かど。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:smallいいですね。ショタのほうはどうかわからないけれど、おねのほうを描きたいというのは伝わってくる。それを描ききっているので、よいと思います」「根本的にショタの悩みを解決しきらないところもいいですね」「解決させて話を終えたくなる誘惑ってあるじゃないですか。そこを解決しきらないまま終えられるのは才能

「隣のじゃま子」狙井
・年の差×恋のライバル関係から発展していくガール(ズ)フッド。
・なにかもがちょうどよい。
・Kiss WAVE という『KISS』主催の新人賞から。いわれてみれば、コマの構成が『KISS』っぽい。

「種を踏む者」前野温泉
・文化相対主義という異星ものにありがちな視点をうまくショッキングに料理している。
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:small話としては好きだけど、デザインが既視感しかないので……(異文化SFの)おもしろさに欠ける。異文化接触ものだったら見たことも聞いたことない絵が見たい。その点で説得力が弱い。

「変貌」光紡麦
f:id:Monomane:20210628152807p:plain:small非常に好きな話ではある。感性も合うんだけど、ただ、この路線はもうみんなやってるからやらないほうがいいぞって思います」「いじめてくるおばさんがいいですね」「通しで読んだときに一番印象に残るのはメタ表現ではなく、おばさんの顔ですね。平手打ちのときとかなかなか描けないいい顔をしている。おばさんがでてくるコマぜんぶおもしろい
・村コメにつけくわえることがない。

「コズミック・リリイ」吉高直
・冷たい方程式百合SFというジャンルをぶったてやがった

「御蚕様育成記録」光秀日量
・ずばぬけてユニークなのだけれど、あらゆる面で情報の量がツメツメすぎる。
・カイコガがかわいい。

「stairway to heaven」澤一慶
・たしかな画作りとテンポコントロール

「神風お兄さんといっしょ」うづきあお
・連載の一話目みたいで舌足らずだが、元気がとにかくいい。

「小さな愛と素敵な日々を」甘木あずき
・『デザート』の新人賞からひとつ選ぶとなると、これでしょうか。ルックが完成されている。

「オオアタリ」オニムシ
・虫捕り百合。徐晃よ、ひとはなぜ虫で百合をやりたがるのであろうな。


【書いてわかったこと】
・めちゃめちゃ疲れるんで、今度やるとしたら挙げる数減らします。
・村長にまんがを読ませてコメントを引き出すのはおもしろいし勉強になるので今後もやりたい。


*1:『MONSTER』の最終巻ってそんな謎解き要素あったっけ?

*2:おおむね、雑誌の発売日に合わせている?

*3:同期の受賞者に『この愛を終わらせてくれないか』の筒井いつきや『KING BOTTOM』の樋野貴浩など。大賞は今月新潮社から初単行本『泥濘の食卓』が出た伊奈子

*4:京都芸術大学マンガ学科の公式サイトより。https://www.kyoto-art.ac.jp/production/?p=110600

*5:『忍者と極道』の近藤信輔や『恋するワンピース』の伊原大貴など、今となってはクセの強すぎる人気作家を輩出したことで知られる

*6:現在最終実作課題進行中の2020年度もひきつづき受講している模様

*7:開設が2020年10月なので、受賞が決まってから以前のツイートを消した可能性もある。そもそも別垢をもっている可能性が大いにあるのだが、ここではあまり深くほりさげない。

*8:作者のブログに寄るとある出版社から「この作品で商業は厳しい」と指摘されたそうで、まあ、マイナーっぽさという点でわからなくはない。

*9:絵の抑揚で語れみたいな話ならわからんくもない

*10:女性ミュージシャンのほうも元ネタいるんだろうか。音楽には詳しくないので

*11:SFのやつなどと同様、スクールの名前を冠する最終実作課題が出される。