名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


読書、映画、その他。


2021年上半期でよかった新刊マンガ10選+α

 アジで勢いつけて真夜中に一気に書き上げないとブログやれなくなった。

 でもこれもいつか癖になんだ
 怖いけど読んじゃう彼岸島
 お化けみたいにいつも思い出すのさ

      ——VaVa「Ziploc


 今日もどこかで新連載がはじまる。ジャンプで。ジャンプ+で。マガジンで。ヤンマガで。イブニングで。モーニングで。アフタヌーンで。good! アフタヌーンで。サンデーで。裏サンデーで。チャンピオンで。ビッグコミックで。スピリッツで。ゴラクで。BELOVEで。なかよしで。ちゃおで。りぼんで。KISSで。feel で。くらげバンチで。LINEマンガで。コミコで。めちゃコミで。アックスで。楽園で。ハルタで。ニコニコ静画で。トーチで。マトグロッソで。KDPで。pixiv で。コミケで。コミティアで。twitter で。ここで。世界で。
 これからはじまるすべての作品が「おれを読め!」と産声で迫ってくる。
 でも、すべてを読破するなんて現実には不可能だ。それにマンガなんて読んでいるとろくなことはない。年に2000冊マンガを読んでいる倫理学者もいるそうだけれど*1、あなたは倫理学者になりたくはないでしょう? 人生は短く、マンガは多い。
 一方で集合知もたよりにならない。次に来るといわれたマンガはだいたいもう来ているし、このマンガがすごいなんて言われんでも知っている。どこで知った? インターネットで。
 そう、あなたの実人生はインターネットの絞り汁でできている。インターネットで読めといわれたものをすべて読み、言えといわれた感想をすべて言う。サバサバ女、ベーグル、1000万金と星5秘書。供給が需要を創出する。そこにあなた自身の欲望が介在する余地など微塵もない。あなたに欲望と呼べるものがあったとして、だけれど。
 だからこそ、あなたはリスト記事を書くべきなのです。それは単なるライフログでもメモでもアフィリエイトの言い訳でもない。インターネットという彼岸島で自分が人間であり正気であることをたしかめるための、たったひとつの手段なのです。
 

レギュレーション

・2021年1月〜6月に発売された漫画単行本で、期間内に第一巻が発売された連載もの、単発もの、短編集を対象する。
・順番に特に意味はない。
・7月6日深夜時点の気分で選んだものなので十選とそれ以外で特に差があったりなかったりする。

十選

切畑水葉『阪急タイムマシン』(BRIDGE COMICS)(単巻完結)

 阪急電車というとまんま有川浩の『阪急電車』が連想されるのですが、そちらは内容をまったくおもいだせない。でもなんか人情っぽかった感触はおぼえている。これもそんな話なのだろうと、手にとってみると、おもったとおりにあたたかくやさしい絵柄で、しかし意外にハードな物語をつきつけてきます。
 主人公・野仲いずみは毎日通勤のために阪急電車に乗っています。てもちぶさたな乗車中の愉しみは、大好きな編み物作家FIKAの作品集を眺めること。おっとりしていて引っ込み思案、職場の同僚たちともなんとなくソリのあわない彼女にとって、編み物は楽しかった子ども時代を思い出させてくれる避難所であり、FIKAはあこがれの象徴でした。
 そして、いつものように電車でFIKAの作品集をながめていると、ちょうど視線の先にFIKAのセーターを来た女性が。いずみは意を決して女性に話しかけます。「FIKAさん、ええですよね!」
 と、実はセーターの女性は幼馴染の編み物仲間で、小学生のころ別れたっきりだったサトウさんでした。
 FIKAの作品がきっかけで昔の親友と再会できたことに運命を感じ、気分が高揚するいずみ。しかし、いっぽうのサトウさんは浮かない顔です。「阪急乗んでええとこやったら、会わずに済んだのに……」

 人生における輝かしい時期は人によって異なります。若い頃が最高で、あとは降るだけどとぼやく人もいるでしょうし、逆に若い頃は暗黒期で今のほうが断然良い、という人もいるでしょう。そしてある人は特定の出来事を強く記憶していて、おなじイベントを共有した別の人はほとんど忘れかけていることもある。
 そういう「子ども時代に対する思い入れ」がまったく異なるふたりがふたたび出会ってしまったことから記憶という名の「タイムマシン」が動き出す、そういう話です。
 人は苦い記憶に蓋をしがちですが、自分にとっては思い出したくはなかったネガティブな出来事でも、あえて向き合うことでひとつ過去にケリをつけ、前に進む契機になる。ハッピーでもバッドでもないけれど、ポジティブな物語はある。そういうバランスのお話をかける作家は稀でしょう。
 絵。絵がいいですね。等身を伸ばしたこうの史代といった趣で、ハードな話を辛すぎない程度にくるんでくれる天与のやさしさがある。
 秀作ファンタジー短編集である『春の一重』(2018年)のころから実力の高さは折り紙つき*2でしたが、『阪急タイムマシン』で現実的な話も達者であることを証明して、今後もどういう作品を見せてくれるのか、いい意味で予想できない作家です。
 

伊奈子『泥濘の食卓』(バンチコミックス)(連載)

前回の記事でちょっとだけ触れたのですが、「リスおねえちゃん」のナカハラエイジが2019年にちばてつや賞で準優秀賞を獲ったときの大賞のひとですね。天才に打ち勝っただけはあり、ルーキーのころから大物感を漂わせる逸材でありました。
 そんな伊奈子先生の初単行本がこちら。『泥濘の食卓』。こいつが、まあ、とんでもねえ。
 セッティングはドロドロ不倫恋愛モノです。
 スーパーで働く25才の独身女性、捻木深愛(すげえ名前だ)は、店長の那須川(中年男性)と不倫関係にあります。
 那須川は精神を病んだ妻に疲れ切っていて、深愛はそんな店長を支えてあげたいと本気で願っている。ところが、那須川はある日、深愛に対して別れを切り出します。妻の病状が悪化しており、ここで踏ん張らないと家庭が崩壊する、などという。前は妻と別れて深愛といっしょになりたいといっていたくせに。
 那須川の幸せを第一に願う深愛は別れ話を受け入れますが、ここからがすごい。
「奥さんの鬱がよくなりさえすれば、私達は元の関係に戻れるはずだ」と考えた深愛は家庭崩壊しつつある那須川の家族を「自分が救わねば」と思い立ち、行動に打って出ます。
 自分は特に具合が悪いわけでもないのに精神科に通って医者から得た知見を参考に、大量のカウンセリング勧誘チラシを偽造。その連絡先をすべて自分のケータイにつなげることで、那須川の妻と直接接触し、自ら彼女をカウンセリングしようと試みるのです。
 狂っています。でも、狂ったひとの話はおもしろい。狂いっぷりに強靭さがあるまんがは信頼に値します。伊奈子を信頼しましょう。
 ちなみに本作には深愛那須川、那須川の妻以外にももうひとり那須川の息子が登場して物語に深く関わってきます。この深愛那須川一家の関係がなんだか見たことないグロテスクさで、いったい自分はこれからどこに連れて行かれるのかというワクワクを喚び起こされますね。
 深愛は25歳という設定ですが、かなり顔立ちが幼く描かれていて、その危うい感じが彼女の前のめりな不安定さとマッチしていて実にすばらしい。
 ただしいか間違っているかでいえば、完全に間違ってしまった恋愛なのですが、でも間違っている人間をエンターテイメントとして楽しめるのがマンガのよいところなのではないでしょうか。よし、まとまった。
  
 

幾花にいろ『あんじゅう』(楽園コミックス)(連載)

 幾花にいろの欲望は、巧妙に秘されているのでも、そもそも存在しないのでもありません。あまりに巨大すぎてわれわれには知覚できないのです。
 だらしないけど凝り性の後輩と、しっかりものでソツのない先輩がルームシェアする生活を描いた日常もの。百合ですか。百合といっていいとおもいます。
 個人的に、細部や機微について語ることは苦手なのですが、それでも本作からでるこの香りが濃厚であることはわかります。硬質な髪の質感、その髪のあいだから覗く耳朶、必ず描かれる鎖骨、しなやかな指のうごき、豊かな表情を帯びる眼、死ぬほど顔のいい女。
 ふたりのあらゆる細部が同居生活を通して接近し、接触し、唯一無二の化学反応を起こすのです。その一瞬一瞬が作品世界を信じるに足るものにしてくれます。ここではすべてウソだが、すべてリアルだ。
 もういっこ、楽園コミックスからは『イマジナリー』が出てますね。こちらもこちらでオススメ。

ナガノ『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』(モーニングコミックス)(連載)

twitter で日々ちいかわの更新を見守って怯えていたいままでのわたしたちでさえ、たわむれにすぎなかった。
・バラバラに読まれ、瞬間瞬間で消費されていたものがきちんと順序づけられて整理され、ひとつらなりの物語になる。そうして、初めてわたしたちはちいかわの真の恐怖を知るだろう。
 聖書が政治的な力そして物語としての磁力を持つようになったのは、バラバラだった説話や詩の断片が一冊の本として束られた瞬間だった。
・不安とは「ここは家(home)ではない」という感覚であり、恐怖とは家だとおもっていた場所が別の様相を呈する時に生じる感情である。ちいかわはホラーである。
・ちいさくてかわいい生き物になりたいという欲望は言語以前の存在、つまりは赤ん坊への回帰の欲望であった。ことばのない初期のちいかわは苦しみのない楽園であり、そこでは食べる喜び、遊ぶ快楽だけが咲いていた。
・言語はキメラが持ち込んでくる。このまんがで初めて言語らしい言語を発するかれは見事に絶望しきっている。「あはっあはっ こんなになっちゃった……」「なっちゃったからにはもう……ネ……」

・喋るものは哀しみを知る化け物である。キメラも、「なんだってんだよ」に詰められて「イヤ」と拒絶を発するちいかわも、ハチワレも。言語が物語をもらたし、物語は悲劇をもたらす。

・ハチワレの初登場回でスフィンクスに言及しているのは象徴的である。『オイディプス王』は最古の悲劇であり、言葉に呪われた人々の物語であるからだ。
・聖書においては光以前から言語があった。かれらの世界が艱難に満ちているのはそのせいだ。そこには外敵がおり、労働があり、貨幣が流通している。すべての悪が、善の顔をして。
・そう、『ちいかわ』とは失楽園なのである。
・ちいかわの世界では家すら安住の場所ではない。そこでは常に外敵の侵入する可能性があり、われわれはさすまたを常備して覚悟を決めておかねばならない。
・もはやだれも安全ではない。
・ナガノ先生は怪物ではない。わたしたちの怪物的な側面を映し出す鏡だ。

熊倉献『ブランクスペース』(ヒーローズコミックス)(連載)

 1月はその年を占う良質なサブカルマンガ(死語)が発売される季節、という通念を『春と盆暗』(2017)で決定づけた熊倉献先生による全サブカルクソ野郎待望の単行本第二作*3
 失恋したばかりの高校生ショーコはひょんなきっかけから、クラスメイトの陰キャである片桐さんが「想像したものを具現化する能力」を持っていることを知ります。そうして、それまで触れ合うことのなかったふたりが交流を持つようになるのですが、ショーコの知らないところで片桐さんは陰湿ないじめを受けており、世界に対する怨念をひそかに育んでおりました。
 やがて片桐さんは銃器や刃物といった武器の「想像」を始めます。片桐さんがだんだんヤバい方へ向かいはじめていることに危惧を抱くショーコ。彼女は片桐さんを説得し、「武器ではなく片桐さんの彼氏をつくろう」、つまり、人間を「想像」しようと提案します。
 
 視ることを第一義に置くメディアであるマンガにおいて、「視えないこと」を視えるようにする大胆さとその作劇を成り立たせる筆力はそれだけで表彰もの。
 SF的な想像力をテコに陰に陽に青春を転がしていく熊倉先生のセンスが本作に極まった、そういえる一作になるのではないでしょうか。そういいたくなるだけの魅力が現時点では詰まっています。シンプルでポップな絵で静かに刻みつつも、節目節目でズドンとくる大ゴマを繰り出してくる。その手管はわれわれを飽きさせず、ストーリー自体もいい具合に予測不能で超気になる。
 カルヴィーノボルヘスといったサクソ(サブカルクソ野郎の略)ごころをくすぐるめくばせもニクい。
 近頃、なにげに良作を送り出しつづけている『ヒーローズ』系列からの新たな期待作です。

町田とし子『交換漫画日記』(マガジンポケットコミックス)(連載・2巻完結)

 なんかここまで「女がふたり出てくるまんが」ばかり紹介している気がしますが、安心してください、これもそれです。
 
 高校のクラスメイトで大親友のアイコとユーカにはふたりだけの趣味がありました。それは交換形式でマンガを共作すること。夢はもちろんプロ漫画家デビューです。クラスの日陰者として、恋愛などとも縁遠いまま二人の世界を突き進んでいくものと思われていましたが、リア充グループに属する大沢と交流を持ったことがきっかけで、運命が、そして交換漫画の内容が変転していくことに……。
 
 このマンガ、なにがいいかって、アイコの描く絵が『彼岸島』(松本光史)なんですよ。『彼岸島』の絵でファンタジー少女漫画やるのってよくないですか? よいですよね。例の丸太っぽいシーンもある。
 そういうフックはさておき、中身は友情と恋愛のはざまで揺れる甘酸っぱい青春もの。ひとつひとつのアクションやエモーションの動かし方が丁寧で、それでいて2巻という短さのわりに余裕さえある。キャラごとの表情が非常に豊かなおかげで、ワンシーンあたりで伝わってくる情報が多いのかな。
 創作によってつながる結束のもろさと強固さが同時に味わえる良作です。
 あと作中作の『武者子さんは戯れる』(こっちは明確に原哲夫リスペクト)、ふつーに読んでみたい。
 

双見酔『ダンジョンの中の人』(webアクションコミックス)(連載)

 なんかここまで「女がふたり出てくるまんが」ばかり紹介している気がしますが、安心してください、これもそれです。(2)
 その日発売されるマンガ一覧を毎日チェックしていると、この世にはもはやBLと百合となろう系異世界ファンタジーとハーレクインコミックしか存在しないのでは? みたいな気持ちになる日もあります。ぶっちゃけた話、RPGベースの異世界ものって量に対して個人的なアタリを引ける確率があまりに低すぎて、たまに好きな漫画家さんがそっち方面のコミカライズに取られたりするとアア〜ッと、明訓高校の方の山岡さんを見たときみたいなモードになるのですが、まあしかし、いいものはある。いいものは常にある。
 一般にはアニメ化された『魔法少女なんてもういいですから。』で知られる双見酔の最新作。
 腕利きのシーフ、クレイは数年前にダンジョンの深部へ消えた父を追い、自らも単身ダンジョンに潜る日々を送っていました。しかし最深部近くでモンスターと交戦中に崩れた壁から「ダンジョンの中身」を見てしまったことをきっかけに、ダンジョンの管理人である女性と邂逅。腕を見込まれ、ダンジョンの運営側として雇われることになる、というお話です。ベースはウィザードリィ系でしょうか。

 本来”敵”であるダンジョンの運営側に視点を置く、というのは特に新鮮なアイデアでもなくて、古くはゲームなら『ダンジョンキーパー』シリーズ(エレクトロニック・アーツ)、『AZITO』シリーズ(アステックツーワン)、『刻命館』シリーズ(旧テクモ)、『悪代官』シリーズ(グローバル・A・エンターテイメント)と枚挙にいとまがなく*4、調べたかぎり小説投稿サイトでも「ダンジョン運営もの」が一ジャンルを築いているとか。文脈はちょっと違いますが、まんがだと水あさと先生の『異世界デスゲームに転送されてつらい』がありましたね。ダンジョンやデスゲーム等の運営を一種の会社とみなすのなら、むしろ冒険者よりは社会人の感覚に近く(多くは働きながら書いているだろう著者にとっては特に)親しみやすい立場とみなせるかもしれません。
『ダンジョンの中の人』は運営といっても一巻時点では管理人の補佐みたいな役回りで、モンスターの姿を借りて”現場”に降り立って冒険者パーティと相対したりもします。ここでいいな、とおもったのが、モンスター視点を物事を見る事で、冒険者側だったときには気づかなかったことに気づくところ。ゲームなんかでもやっててCPUである敵がこっちの動きを読んで先回りしたような行動をとったりすると、「ズルじゃん!」となじりたくなることがありますが、その「ズルさの感覚」をわれわれのいる現実世界の論理ではなくちゃんと物語世界のなかで処理している。
 根本のアイデアやデザインは借りるけれど、自分の足で立つぞ、という作者の矜持が垣間見えます。
 いつの世でも、良質なファンタジーの条件は変わりません。世界が緻密に豊かに編まれていること。先達のアイデアをうまく取り入れつつも、クリシェに頼りきらずに物語世界を作者のものにしていく。
 ファンタジーの強さとは「自己」の強さであり、内的世界から引き出されるものである、とル・グィンはかつて述べました。ウィザードリィドラクエベースの現代ファンタジーは物語類型を含めたあらゆるアセットが外部に用意されていて、自分を怠けさせようとおもったらいくらでも怠けさせることができる。そこに妥協せずに物語世界の合理と経済を探求できる作家だけが――ふたたびル・グィンのことばを借りるならば――「神話」に届くことができるのでしょう。
 

安田佳澄『フールナイト』(ビックコミックス)(連載)

 SFってあらすじ説明すんの、めんどうだな。サボっていいですか。ダメ?
 気候変動で植物が育たなくなり、人間を植物にしてなんとかする技術ができました。その技術で植物になってくれた人には家族に高額の年金が支給されます。よかったね。植物になったあとも、その人の意識はあるんだか、ないんだか。それにしても、みどりいろのぷるぷるちゃんのじんせいって、いったいなんなの?と、おもったのは、ぼくだけでしょうか?
 最後サボテンくんになっちゃいましたが、まあ、そういう社会なので当然貧しいものは家族を養うために植物化の道を選び、富めるものはそれを搾取する、みたいな構造になるわけです。
 愉快な設定でしょう。こういう世界をおもいついた時点で勝ちみたいなところはあります。資本主義の底辺でうごめくヴィヴィッドなんだか絶望しきってるんだかな野良犬みたいな人間がフィーチャーされるところは、ポスト『チェンソーマン』感もあります。
 展開されるストーリー自体はややオーソドックスに落ちすぎているきらいはあるものの、その分構成はきっちりしていてマンガとしては堅い。
 新人ということもあって、2巻以降でハネる予感を漂わせています。青田を買うなら、今でしょう。

岩田ユキ『ピーチクアワビ』(アクションコミックス)(連載)

 ワイの『映画大好きポンポさん』は、コレや。
 時は2005年。23歳にして国際映画祭*5で栄冠に輝いた映画監督の望月キナコだったが、その次回作でコケてしまい、評価が完膚なきまでに失墜。
 さまざまなしがらみによって自分の思う通りに撮れなかった不満と同世代の監督に抜かれたことの焦りその他から暴発して警察のお世話になってしまう。釈放の身元引受人になってくれたのは知らない人物。
 お礼のためにその人を尋ねると、そこはAV制作会社「ピーチクアワビ」でした。彼女はその社長から「映画を撮ってみないか」と誘われます。一度は躊躇するキナコだったものの、どん底から立ち直るためにあえてAV撮影の現場に飛び込みます。

 オトナどもとの折衝やネゴシエーションに折りたたまれてクリエイターの自由と自信を失っていたキナコが、AV現場の経験を通じて自分の「感覚」への信頼を取り戻す。その過程が軽やかかつ爽やかに描かれます。ポルノ現場ものの側面を持つが画風のポップさもあって生々しさが薄く、読み味も快適。
 ちなみに本作は2007年に岩田ユキ(当時の名義は「はと実鶴」)が原案協力し、渡辺ペコが執筆を担当した『キナコタイフーン』のリブート。岩田ユキは2000年代から長年インディー映画界で活躍し、ぴあフィルムフェスティバル受賞やメジャーどころの映画を監督(山田孝之主演の『指輪のころ』)した華々しい経歴を持ちながら2018年ごろから漫画家としても活動している異色の作家です。
 『キナコタイフーン』当時から映画人としての実体験や感情が反映されていたと察されますが、さらに十余年のキャリアで酸いも甘いも経験した作者がどこまで深く潜れるのか、期待したいところです。

北村薫・原作、タナカミホ・画『空飛ぶ馬』(トーチコミックス)(単巻完結)

 だって、高野文子なわけですよ。原作の表紙は。
 あなたは高野文子が表紙書いてる小説のコミカライズやれっていわれてやれますか。神ですよ。高野文子といったら、ほぼまんがの神です。第二の高野文子といったら『秋津』の秋津が全力で囲い込むレベルです。
 高野文子や神や『秋津』を知らない人でも三国志ならご存知でしょうから仕方なく三国志でたとえますが、曹操からちょっと呂布と一騎打ちして勝ってきて、と頼まれるようなもんですよ。そんな関羽雲長が令和の日本にいるか? いないだろ?

 いた。

 タナカミホ。五六年前に『いないボクは蛍町にいる』で才気をほとばしらせまくったっきり、(すくなくともわたしの観測範囲では)どこかへ行ってしまっていた作家がすさまじい成長を遂げて帰ってきた。

 いわゆる「日常の謎」と呼ばれるミステリのサブジャンルの嚆矢にしてマスターピースとされる北村薫の〈円紫さんと私〉シリーズ。女子大生の〈私〉を狂言回しとして、落語家の円紫さんを探偵役に、彼女らの日常で生じた、小さいながらも底の深い謎の数々を解決していきます。
 本作はその〈円紫さん〉シリーズ第一作である『空飛ぶ馬』のコミカライズです。
 
 ミステリのコミカライズって、けっこう難儀そうじゃないですか。思いません?
 だって、ミステリってほとんど会話と説明から成っているわけです。人が殺される瞬間はあっても謎に伏されるからアクションは描けないし、探偵が聞き込みしたり推理を披露したりするシーンはひたすらセリフが並ぶだけで画面に動きは少ないし。推理時の犯行再現シーンで差別化するって手もありますけど、あれだって「終わったこと」の再現なわけで、物語の盛り上げ手段としては幅がかなり限られてくる。
 じゃあ金田一少年式におどろどろしい装飾的な死体で映゛えようとおもったり、コナン式に謎の組織との暗闘を盛り込もうとおもったところで、『空飛ぶ馬』には死体も闇の組織もでてきません。
 犯人といえば、喫茶店で砂糖壺をせっせといじっているような普通の市井のひとばかり。
 難易度Aのミステリコミカライズという分野でも更に難易度特Aの原作チョイスなわけです。
 にもかかわらず。
 できてしまっている。
 なぜだ。
 わからん。わからねば!(by 漏瑚)

 原作と比較できればいいんですけれど、引っ越しの時に「もういい! ターボ、ミステリやめる!」とミステリを大量に処分した関係で手元に『空飛ぶ馬』がない(ウマだけに)。つーか、北村薫ってほぼ電子化されてないんだね。
 しょうがないので勘でやりやす。
「赤頭巾」とかはわかりやすいんですよね。まんが的に再構成されてるんだろうなあ、というのが。絵本の再現というユニークなレイヤーが混じっている分、メリハリつけて読みやすいのだろうし、絵本的なタッチと物語内の現実が混ざるシーンはわかりやすく技巧的。それはわかる。それはまあ、わかるんだけど。
 にしたって、「砂糖合戦」は。
 それこそ、ほとんど*6卓上での会話なわけですよ。大して派手なことが起こるわけでもない。それなのにめちゃめちゃエキサイティングでおもしろい。円紫さんのキメゴマ、タイトルコールが出るときの犯人のあの表情、その反復、動と静の操作、ラストの切れ味、見せ方、なにもかもが最高。
 どこからどう見ても〈円紫さん〉シリーズだよ、これは。
 オチのうまさや話のおもしろさはもちろん原作に由来するところではありますけれど、それをこんな高精度かつ高純度で再現できるとは。長生きはしてみるものです。最初からこのコミカライズありきだった気さえしてくる。90年代の雰囲気をたしかに醸しだしつつも、この時代のためにリファインされたような清新さ。さっきもいったけれど、表情、表情がいいのかな。人間のささやかでねっとりとした悪意をすくい取ったような犯人たちの造形を、キャラの繊細な表情を止めて切り取ることで再現している。そして、主人公は徹底してその表情を観察する側に置かれている。カメラなんですね。映画だ。映画だからか。

 けっきょくなんだかよくわかりませんでしたね。
 いかがでしたか。
 ひとつだけいえるのは、「砂糖合戦」はミステリ小説コミカライズの歴史に残る一編となるのではないか、ということです。むしろ、北村薫初読者にはここから勧めたっていいのかもしれない。プルトラ。
 
 

他よかったもので今思い出せるもの。

谷口菜津子『教室の片隅で青春がはじまる』(ビームコミックス)(単巻完結)
・いまさら谷口菜津子の天稟についてわたしが述べられるようなことはないと思います。はずれものの少女がモコモコした宇宙人の転校生と結託し、青春時代に逆転ホームランをかっ飛ばそうぜと奮闘する。ドロドロしているけれど前向きで爽快。
・メディアの描き方がいいんですよね。いかがでしたかブログとかいかにもありそう。

吉田真百合『ライカの星』(ハルタコミックス)(短編集)
・イヌSF。みんなライカ犬すきですね。わたしも好きです。人類をきちんと滅ぼしてほしかった。

ネルノダイスキ『いえめぐり』(ビームコミックス)(短編集)
・不足しがちな panpanya 成分をお求めのかたはこちら。ポスト panpanya の枠に収まりきらない良い意味での俗っぽさがある。

ひうち棚『急がなくてもよいことを 』(ビームコミックス)(短編集)

・ビームに求められているテイストにかっちりハマる。

ばったん『まばたき』(トーチコミックス)『いてもたってもいられないの』(FEEL COMICS)(短編集)
・博士(志村貴子学)の織戸久貴大先生によればポスト志村貴子の座を確固たるものにしつつあるらしい*7作家の百合短編集と女の性欲テーマ短編集。トーチから出た『姉の友人』はややトリッキーでポリフォニックな構成だったものの、今度はわりかし正攻法。
・膂力のある作家は真正面から殴りにいってもつよい。

ももせしゅうへい『向井くんはすごい!』(ビームコミックス)(上下完結)
セクシャルマイノリティに関するストーリーをこのバランスで出せてしっかりメジャー感あるのが、令和〜ってかんじ。
・なにげに群像劇を回すのもうまい。最後はやや締まってない印象もある。

高江洲弥『先生、今月どうですか』(ハルタコミックス)(連載)
・『煙と蜜』と同様、ハルタの罪深さは年齢差ポルノがポルノ以上のものに昇華されてしまっていることにある。反省しろ。
・本を周囲にオススメするエピソードがいい。しょせん、レコメンドとは多分に属人的な行為であり、”純粋”に”おもしろい本を紹介”するなんて不可能なだという示唆を与えてくれます。

鎌谷悠希『ヒラエスは旅路の果て』(モーニングコミックス)(連載)
・うめえなあ、とおもったら『しまなみたそがれ』の鎌谷先生だと遅れて気づいた。
・設定は特異なんだけど、ガワそのものは生と死をみつめなおしていくロードムービーなので、そこに拘泥しすぎると平凡になりすぎてしまうおそれがあり、予断をゆるさない。すくなくとも一巻はよい。

早池峰キゼン『テンバイヤー金木くん』(MeDu COMICS)(連載)
・ツンツン系小学生転売ヤー金木くんと金木くんに並び屋として雇われたお人好しのアンちゃんのコメディ・ドラマ。転売というヘイトをあつめそうなヤクいネタかましつつも、ていねいな作劇とキャラビルドで読ませてくれる。かなりよいです。

なるめ『ILY.』(FUZコミックス)(連載)
・全編ピクセルアートという狂気。大丈夫? ひと、死んでない?
・話もひとむかしまえの恋愛ホラーノベルゲーム? 風で、ガラケーが出てきたりとそれなりにドットであることを活かしている。活かしきっている、というかんじはまだしないか。

おぎぬまX『謎尾解美の爆裂推理!!』(ジャンプコミックス)(連載)
・元芸人!30年ぶりの赤塚賞入選!小説家としてもデビュー!みたいな話題性に高さにしゃらくせ〜〜と上げていたハードルを十二分に越えてきた。
・ライバル探偵たちが独特の推理法でギャグをかましてくるんですが、それが単発のギャグに終わらずにちゃんと事件の解決にもからんできてうまい。
・JDCってキン肉マンだったんだな、という気づきを得られた。

二階堂幸『雨と君と』(ヤングマガジンコミックス)(連載)
・かわいい。

Patu『虎鶫 とらつぐみ ―TSUGUMI PROJECT―』(ヤングマガジンコミックス)(連載)
・虎鶫がよい。

鈴木ジュリエッタ『名探偵耕子は憂鬱』(花とゆめコミックス)(連載)
・ミステリとラブコメは両立しない。わたしもそう思っていました。このまんがを読むまでは……。

三浦風『スポットライト』(アフタヌーンコミックス)(連載)
・『メダリスト』のつるまいかだ、『友達として大好き』のゆうち巳くみとならぶ、2020年アフタヌーン大型新人三人衆のひとり……だったのだけれど、『友達として大好き』が惜しくも終わってしまった。アフタヌーンの未来はどっちだ。
・基本的に人間嫌いなのがいいですね。それは人間が好きってことなので。

永田カビ『迷走戦士・永田カビ』(webアクションコミックス)(コミックエッセイ)
・死なないで描いてほしいけれど、描きつづけると死にそうというジレンマがある。

しおやてるこ『変と乱』(ヤングキングコミックス)(単巻完結)
・あまりにむきだしの暗黒暴力百合。
・顔のつなぎはぎこちないのだが、そのぎこちなさがサイコっぽさを際立たせていてたいへんによい。

柴田ヨクサル・原作、沢真・画『ヒッツ』(ヒーローズコミックス)(連載)
・『ブルーストライカー』のタッグふたたび。今度は特にどこともクロスオーバーしてないっぽいけれど、いつものヨクサルワールド。

平庫ワカ『天雷様と人間のへそ 平庫ワカ初期作品集』(BRIDGE COMICS)(短編集)
・基本的に習作集みたいなかんじなので読んで格別おもしろい作品は少ない。ただ表題作は設定の奇想や絵の力強さが群を抜いていて、天稟の萌芽をうかがえる。

西餅『僕はまだ野球を知らない・second』(自費出版)(連載)
・いったん商業で打ち切られても自費出版へ移ってまで継続させようとするレベルで作者が入れ込んでる作品がおもしろくないわけないんですよね。

篠原健太『ウィッチウォッチ』(ジャンプコミックス)(連載)
・ロジックでギャグを組み立てるのがうまい。

仲間りょう『高校生家族』(ジャンプコミックス)(連載)
シットコムがひたすら巧み。

武井宏之・原作、 ジェット草村・構成、鵺澤京・画『SHAMAN KING &a garden』(KCデラックス)(連載)
花組スピンオフ。お嬢様とメイドの百合。

『アンタイトル・ブルー』(BE・LOVEコミックス)(連載)
・タイトルといい題材といい『ブルーピリオド』の二番煎じかとおもいきや、ストレートなサスペンスとして読ませる。

真鍋昌平『九条の大罪』(ビッグコミックス)(連載)
・暴力とは本来楽しいものでもなんでもなくて、怖いものだと読者に教えてくれる倫理的な漫画家は真鍋昌平だけ。

おまけ:五巻以内で終わったマンガ暫定報告五選

山田果苗『東京城址女子高生』4巻完結
ドリヤス工場異世界もう帰りたい』3巻完結
雨玉さき『JSのトリセツ』2巻完結
マクレーン『怒りのロードショー』3巻完結
ゆーき『魔々ならぬ』3巻完結

・ほかにはニャオ将軍、なずなさんなど。
・『スインギンドラゴンタイガーブギ』と『友達として大好き』は七月以降。

*1:学問系の新書で『サタノファニ』ってタイトルだしてもいいんだ……と感心した。

*2:『春の一重』のなかにもたしか編み物の話があって、おそらく作者の慣れ親しんだモチーフなのでしょう

*3:単行本になってない作品はある

*4:やったことあるの『悪代官』だけだナ……

*5:ベロ(ル)リンで新人賞を獲ったという設定。『往生際の意味を知れ!』の主人公もたしかカンヌだったっけ?

*6:とまではいかなくとも半分以上は

*7:とはいえ群像劇志向みたいなものは薄い