名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


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時系列逆順物語のミステリ性

 孔田さんがブログでミステリっぽいMVを紹介されておられて、そういえばさいきんってか結構前にミステリっぽいMVみたなあ、っつって。
 それがこれ。


 
 

時系列逆順物語とは何か。と、ぼくの考えるミステリーの基本構造

 Maroon 5 の「Maps」のMV(監督はぼくらのピーター・バーグ)は桜庭一樹『私の男』みたいな構成になっています。
 まず悲劇的な結末部をはじめに提示して、そんでもってシークエンス単位で時系列を遡っていくスタイル。


 で、その桜庭一樹は大谷だったか同志社だったかの講演会のときに「『私の男』の構成は、韓国映画の『ペパーミント・キャンディ』からの影響」と言ってた。ソースが知りたい人は大谷か同志社のミス研会誌過去五年分のバックナンバーを買えばいい。『ペパーミント・キャンディ』も酷いお話で、男が同窓会で自殺する悲劇的なシーンから始まり、幸福な過去へと遡っていく構成です。
 回想などに頼らず時系列いじくって悲劇→幸せだったあのころの落差で読者を嫌な、もしくは悲しい気持ちにさせる作品として他にもいくつか作例*1が存在するわけだけれど、意外に5→4→3→2→1のストレートなオーダーで真正直に読ませる物語はあんまない。っていうか少なくとも僕が知るかぎりではまったくないわけですが、往々にして世界は広いし文学は深い。ここでは副詞として「少なくとも」をつけ、量的にも「あんまない」程度にとどめざるをえない。何か他に作例があったら教えてください。
 あんまない理由は単純で、作劇として成り立たせるのが性質上難しいうえに、物語のバリエーションを出せないからなんですよね、たぶん。
 特にハッピーエンドにはまず使えない。さっきも言ったように逆順手法のキモは「幸福だったあの頃」と現状との落差でもって悲劇をアイロニカルに強調するところにあるのであって、「幸せなわたしたち」スタートからグラデーショナルにディストーション進行してって「実は最初に不幸だった俺ら」をラストを持ってこられても、まあフツーにだんだんテンションダダ下がっていくだけで全然面白くないし正直何がやりたいのかわからん。
 だから『メメント』は探偵小説仕掛けだった。ジョナサン・ノーランは話がわかるやつだ。別にガイ・ピアース幸せになってないけど。
 
 

 じゃあ、そんなじゃじゃ馬になぜ人は乗りたがるのか。
 それはこの手法を使うとミステリーでない作品もミステリーになるからです。さらに言ってしまえば、探偵が不在でも読者自身を高精度・高確率で探偵役に出来る手法だからです。ここには桜庭一樹も言ってないので大谷か同志社のミス研会誌過去五年分のバックナンバー買っても徒となる労です。
 そもそもミステリーは語りの時系列や因果応報の意図的な組み替えを運命づけられているジャンルです。つまり、時系列に従えば序盤から中盤にかけて描かれるべき殺害シーンをラストの解決編へ(探偵の語りによる事件の再構成、という形で)ズラしてしまう。そして、そうしたズラしは出来事面(殺害時の状況やトリック)での時系列のみならず、動機の推理/吐露といった形で更に過去の因果へと遡及します。
 図にするとこんな感じ。

 2(小説開始時点)→4(事件発覚)→3(推理による殺害時の状況のプレイバック)→1(動機のプレイバック)→5(エピローグ)


 なんだこのめちゃくちゃな時系列は。
 えてして我々読者は卑劣なストーリーテリングを行って恥じない小説家に対してしばしば怒りを禁じ得ないしそんなものを読んでるから日本人はダメになってギリシャが滅ぶ。
 こうしたミステリー構造がストーリーテリング上でどういう機能を持つのかといいますと、最初に魅力的な謎を提示することで何かと散漫な読者の興味と集中を持続させる効用がある、と一般的には説明されています。さような「一般」などご存知ないとおっしゃられる向きもあらしゃいましょうが、世界最初の探偵物語と一般に称される『オイディプス王』もおおむねこんな感じの構造ですのでギリシャ悲劇三千年の歴史に賭けて信用しろ。*2


「Maps」の構成。

 で、時系列逆順系物語。「Maps」を例にとりましょう。


 1. 深夜。 Maroon 5 のボーカル、アダム・ラヴィーンが病院内を猛進し、手術室へと押し入ります。消毒もせんとオペ中の手術室に入るなんて低能の極みですが、そこはアダム・ラヴィーンなので世界二千億のアダムファンは許します。で、手術台には意識不明の女性が横たわっている。
  どうやらラヴィーンと女性は何かしら深い関係にあるように(だいたいの視聴者はその関係を「恋人」と容易に言い当てることでしょう)思われる。


 2. ものすごい勢いで走行するラヴィーンの車。
  シーン切替前の演出のおかげで回想であることになんとなく察しがつき、このシークエンスの最後のほうで救急病院の看板が映されることで、時系列的に1の直前であるのが視聴者にもわかる。


 3. なにやらものすごい勢いで歩いている女性。浮浪者みたいなおっちゃんにナンパされるがやはりものすごい勢いで拒絶。と、突然つっこんできた車に轢かれて地面に叩きつけられる。
  視聴者は、この女性と1で手術台に乗せられていた人物を結びつけ、意識不明に陥った直接の原因を知る。と、同時に「なぜ、彼女は夜道を泣きながら一人で歩いていたんだろう?」という新たな謎が沸く(=興味が持続する)。


 4. 核(解決編)となるシークエンス。女性と一緒にパーティへやってきたラヴィーン。そこでセクシーな女性たちに眼を奪われ、その一人と酔った勢いでキスを交わす。だが、まさにその場面を彼女に目撃されてしまうのだった。怒り心頭の彼女はそのままパーティ会場を出る。ラヴィーンは動揺するも、友人たちから「気にすんな」となだめられて会場にとどまる。
  ここで3の謎が解ける。


 5. 朝ないし昼間。ソファにねそべるラヴィーンの前で女性が似非ファッションショーを繰り広げる。ラブラブなふたり。
  視聴者はこれまでの流れから、4のパーティに着ていく服をふたりで選んでいるのだと推測できる。


 6. これまでの映像が時系列順にきちんと整理されてわかりやすく示される。ミステリ的にはいっちゃん蛇足なシーン。『イニラブ』メソッドと呼ぼう。


 7. 1のラストに時間軸が戻り、女性が死ぬ。


時系列逆順物語の効用

 かようにしてですね、考えなしにただストーリー逆さに振ってみました、ってだけじゃなくて、1の謎を2で解き、2の謎を3で解き、3の謎(と同時に2と1の大謎)を4で解く、という非常にタイトな因果構造にしあがってるわけです。このへん、『私の男』も似たようなことやってます。
 大ネタに行き着くまでに謎と解決を小出しにしてつないでいくのは、典型的なミステリーの作法でもあります。けれど、2の謎を4で解いたり5で解いたりしてもフロスト的にはオールオッケーだったりもするスタンダード・ミステリに比べて、時系列逆順物語は律儀に1→2→3……と通していかないと興味の持続面で厳しい気がする。
 ただでさえ読者にとってめんどくさい構成なんだから、これ以上めんどくさ要素増やすのは避けたいとおもうのが人情であって、人情さえ持ちあわせていたならEUプラトンに対してドアを開き続けたはずだ。
 

 さて、「ミステリーしなくてもミステリーできる」という時系列逆順構造を説明しなきゃならん。
 なんで「Maps」の各場面ごとの機能をみてみましょう。数字が物語内世界の因果順で、カッコ内が読者が体感する時系列です。

 5(MV開始時点。悲劇的なシーン)→4(これからどういう手法で物語が語られていくか視聴者に把握させるためのバッファ)→3(死亡時の状況のプレイバック)→2(死亡事故の原因のプレイバック)→1(「幸せだったおれら」でアイロニー喚起)→(イニラブメソッド。勘の悪い世界二千億の視聴者にもどういう話だったか理解しやすくなる)→6(エピローグ)

 で、再度、ミステリーの典型構造をみてみましょう。数字が物語内世界の因果順で、カッコ内が読者が体感する時系列です。カッコ内のほうに注目してください。

 2(小説開始時点)→4(事件発覚)→3(推理による殺害時の状況のプレイバック)→1(動機のプレイバック)→5(エピローグ)


 なんということでしょう。びっくりするほどそっくりではありませんか。「Maps」の構造を前提に組み上げたチャートなんでそりゃ似てるのは当たり前ですが、ここまで類似しているのは偶然と思えません、まるで「Maps」の構造を前提に組み上げたようなチャートです。
 以上で示されているように、時系列逆順物語はミステリーが物語内部で探偵によって再構成される所謂「推理」というめんどくさい手続きを踏まずして、ミステリー的な語り感覚を構築できる無二の手法なのであります。
 ところが物語内部での推理が必要とされないからといって、物語の再構成行為自体が必要とされなくなったわけではない。そういうわけで探偵の代わりに読み手が再構成を行います。
 ミステリーは1から10を復元した上で完成した「画」を時系列順に並べなければならない。ひるがえって、時系列逆順の場合は「画」が出揃った状態なのでそれまで提示されてきた順序を逆さにするだけでいい。楽。
 この一手間が案外馬鹿にできなくて、どんなに小さな労力でもあっても、読者事態に「頭脳労働をした!!」という意識さえ生まれればそこに参加の快楽が生じるのだと、名探偵としての読者の意識がめばえるのだとななめちゃん(id:saito_naname)さんが言ってた気がする。その一手間の参加感覚をうまく取り入れたのが『ダンガンロンパ』の推理シーン*3なのだともななめちゃん言ってた。
 

 つまるところ、物語レベルでは悲劇的アイロニー、メタレベルではお手軽な名探偵感覚を味わえることで二度美味しくなるのが時系列逆順物語の利点なわけです。


 で、欠点となるといくらでも思いついて、それらはだいたい「物語パターンの制約」に集約されます。
 もっとちゃんと考えたり頑張って作例を探したり思い出したりすれば、制約を外すキーが見つかったりもするんでしょうが、とりあえずこのブログは試す場であるにすぎないのでそういうんは疲れる。
 

*1:シアンフランスの『ブルーバレンタイン』とかスタンリー・ドーネンの『いつも二人で』とか。あと構成の分量バランスが異なるものの、「良かった過去」を最後に持ってくることで物語全体の悲劇性を高めている例としてはパク・フンジョン『新しき世界』なんかも思い出せるけれどそこまでいったらなんでもアリだよな

*2:ところで直に語りのレベルでも時間軸いじくってどうこうしようとするミステリはそれなりにあって、目立つ例としては叙述トリックのアレとか叙述トリックのアレ。

*3:事件の流れが漫画みたくコマ割りされて示されて、そのうち虫の食って欠落したコマにプレイヤーは用意された選択肢(これもコマ)を当てはめていく