名馬であれば馬のうち

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『フロントランナー』:目をそらし続ける私たちと、ジェイソン・ライトマンが救おうとした女性について



ジェイソン・ライトマン
私は複雑な人物が好きです。その欠陥がどう表れてくるかにも興味があります。


https://www.reviewstl.com/interview-director-jason-reitman-front-runner-1121/



ヒュー・ジャックマン主演!映画『フロントランナー』予告


 人は誰しも多かれ少なかれ、現実から目をそむけて生きています。
 なぜ目をそらすかといえば理想の自分と実際の自分のあいだに齟齬が発生しているからで、そのゆがみが行くとこまで行ってしまうとジェイソン・ライトマン監督の『ヤング≒アダルト』や『タリーと私の秘密の時間』といった過去作*1みたいなエクストリームな悲劇へと発展します。
 最終的にツケが自分に返ってくるだけならまだマシなほうでしょう。ですが、現実が人間の形をしている場合、そこから目を逸らすことは他者の尊厳を踏みにじる行為につながりかねません。
『フロントランナー』は人間の顔を持った現実を直視せず、踏みにじっていた男の話です。
 

 

あらすじ:

 時は1988年、アメリカ合衆国大統領選前夜。元上院議員のゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)はみなぎる若さと甘いマスクで老若男女の支持を掴み、民主党の大統領候補予備選を目下独走中。このまま行けば共和党の有力候補ジョージ・ブッシュを打ち破り、レーガンから続く共和党の天下にストップをかけられるはずだった。
 ところが匿名のタレコミを聞きつけた新聞社がハートの不倫疑惑を報じると事態は暗転する。マスコミは疑惑の真偽を問いただそうと、ハート一家の邸宅や選挙事務所に押し寄せ、連日連夜取り囲んで取材攻勢をかける。一方、遊説中のハートはマスコミ対応を進言するスタッフをはねつけ、「くだらないスキャンダルよりも政策発信に集中すべきだ」と頑固に言い募る……。



 本作はもちろんゲイリー・ハートについての映画です。ジャーナリズムと政治家の倫理について提議する作品でもあるでしょう。
 しかし一方で、「わたしたち」によって葬り去られた一人の人間を救い出すための物語でもあります。その人の名はドナ・ライス。ハートの不倫疑惑の相手役とされた女性です。
 監督のジェイソン・ライトマンは制作当初、「ゲイリー・ハートについての映画を作っている」と他人に話すと、こんな反応が返ってきたそうです。「ああ、あのボート、〈モンキー・ビジネス号〉だっけ? あのブロンド女のほうはなんて名前だったっけ?」
 1988年から(映画が公開された)2018年までの30年間、ゲイリー・ハートの一件はずっと「大統領選という『本番』の前に起こった炎上ネタ」としてアメリカ人に記憶されていたのです。
「彼らの認識は非常に冷ややかでした」とライトマン監督は分析します。「ドナ・ライスをまるでモノのように扱い、事件のすべてがジョークであるかのようにふるまっていたのです」
 ネタとみなされた人間はモノとしてあつかわれます。他愛のない気の利いたジョークに引用され、コミュニケーションの道具として消費されていく。それはテレビ時代の昔もネット時代の今も変わらないわれわれの残酷な本性です。
 彼女はスキャンダルを乗り越えて一度は勤め先だった製薬会社に復帰しようとしますが、騒動の後遺症によるストレスとプレッシャーで退職を余儀なくされ、その後七年のあいだ公の場から姿を消します。*2
「不公平にも彼女の人生はある一瞬で定義されてしまいました。彼女を生身の人間ではなく、ボートに乗っていた「あの女」としか見なさなかった私たち全員によってそう定義されたのです」*3

 そういうわけでライトマン監督にとっては「野心と賢さを備えながらも自らの手から人生をもぎとられてしまった一個の女性として、彼女を礼節と共感をもって描くことはとても大事だったのです」*4


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 騒動が勃発すると、ハートと彼を支えるスタッフたちは徹底してドナ(サラ・パクストン)を隔離します。ハートはドナに電話をかけようとすらしません。ただ、マスコミの目から逃れてスタッフとともに政策に関する原稿をこまごまと手直しするという現実逃避にきゅうきゅうとします。
 男性陣ではJ・K・シモンズ演じる選挙参謀だけが事態のヤバさへ真っ向から取り組み、ドナを「直視」します。ただし、人間としてではなく、あくまで対処すべき問題として。その視線の圧倒的な冷たさときたら、『セッション』で怒鳴り散らかしているときより数万倍もおそろしい。*5唯一、ハート陣営の紅一点である女性スタッフ(モリー・イフラム)とドナは打ち解けて親密な視線をやりとりを交わしますが、しかし、彼女の視線が途切れた瞬間にドナは無数の視線と声に捉えられてしまいます。


 参謀は現実逃避を続けるハートにマスコミと向き合うように説得にかかります。しかしハートは聞きません。
「私は20年ものあいだ政治に身をおいてきた。君もそうだろ。世間(The public)はこんなくだらないことなんて気にしないよ。興味なんてないさ」
 参謀は反論します。「1972年ならそうだったでしょうね。82年でさえ問題にならなかったかもしれない。でも、今は違うんです。理由はわかりません。でも、そうなんです。はやく我々の側の『ストーリー』を組み立てないとーー」
「”ストーリー”なんかないんだよ!」


 仮にハートの政治的資質に欠陥があるのだとしたら、貞操感覚などではなく、時代の気分と向き合えなかったその鈍感さだったのかもしれません。
 そして人間としてはーーすくなくとも映画のなかではーー自分自身の妻と向き合えなかったことが致命的でした。
 不倫騒動が噴出する前からハートには妻との不仲疑惑がつきまとい、劇中の序盤では記者から家庭や結婚観に対する質問をされて頑なに回答を拒否するシーンが描かれます。ハートの遊説に同道しないのはティーンエイジャーの娘が家にいるから、という言い訳はあるにしても、二人の関係はどこかぎこちない。
 騒動によりハート家の敷地はマスコミに包囲され、母娘は外出もままなりません。ハートは電話越しに妻に謝罪をしはしますが、家には選挙スタッフを一人送り込むだけで特になにもせず、妻と対面することもありません。
 マスコミの待ち受ける嵐のなかに送り出したドナのことなど、もちろん二の次どころか三の次です。妻の視線、ドナの視線、世間の視線からハートは逃げ続けます。


 が、ようやく腹をくくって出席した会議でスクープの元凶である新聞社をうまくやりこめたことでハート陣営は一時持ち直します。時代的に新聞社がスキャンダルネタの扱いに不慣れだったこともあり、裏取りに穴があったのです。
 瀕死状態から息を吹き返したハート陣営は乾坤一擲の釈明会見に打って出ます。これさえ乗り切ればまた予備選のフロントランナーに返り咲けるはずです。ハートは会見前の控室でスタッフとともに想定問答を叩き込みます。
 どの角度からボールが来ても完璧に返せるーースタッフたちがそう確信したとき、思わぬ方向から思わぬボールが飛んできます。
「ドナはどうするんですか? 彼女のプライバシーを守るために誰か派遣すべきでは?」
 陣営で唯一ドナとまともにコミュニケーションをとっていた女性スタッフでした。
 彼女の提案は他のスタッフによって「アホか?」と即座に却下されます。
 続いて、記者質問対策のスタッフが最もハートにとって嫌な質問をぶつけてきます。
「『あなたは以前にも他の女性と不倫したことがありますか?」
 ハートは顔を紅潮させ「あんまりバカにするなよ! そんな質問には答えない! 誰にも関係ないことだ!」とスタッフに対してマジ切れします。
 この勢いで拒絶すれば記者からの圧力もはねのけられるだろうとスタッフは勝利を確信しますが、しかし、ドナと妻という二人の女性を徹底的に「ないもの」として振る舞うハートに天罰のような、あるいは奇跡のような一瞬が(文字通り)訪れます。
 それが何であるかは本篇をごらんになってのお楽しみですが、一言でいうなら、「人の形をした現実」です。
 その「現実」と向き合い*6、そしてそのあとで記者会見である経験(選択)をすることで彼は確実に変化していきます。

 記者会見後の彼の変化を示すシーンを二つ挙げておきましょう。
 ひとつはさきほどの女性スタッフに「マイアミはどうなってる?」と訊ねるところ。
 もうひとつはハートが予備選立候補の取りやめについて会見を行う自身の姿をテレビ越しに眺めるところ。政治家として自分のイメージを他人に見せる側だった人間が、惨めな自分の敗北と向き合い、現実を受けいれる。こうした成長が描かれるからこそ、ラストに簡潔に提示される「その後」についても納得されるのです。
 自分が現実から目をそらすことで歪んでしまった世界、そのひずみを引き受ける人々の存在に気づき、向き合うこと。それはけしてゴールではありませんが、すくなくとも、第一歩ではあります。


余談

 映画はキレイに落ちたとはいえ、やはり現実のツケはなかなか精算できないものです。映画で語られなかったドナ・ライスの「その後」はどうだったのでしょうか?
 ドナは先述のとおり勤めていた会社を退職したのち、七年ほど隠遁生活を送ります。そして1994年に移住先のワシントンDCでビジネスマンのジャック・ヒューズ(Jack Hughes……さかさまにすると Hugh Jack な man ですね)と結婚し、ドナ・ライス・ヒューズとなります。
 それと前後して彼女は社会運動家としての活動を開始。保守系NPO団体 Enough Is Enough のスポークパーソン兼コミュニケーターとして活躍し、児童オンライン保護法(COPA)を始めとした未成年者を対象としたインターネットにおける有害情報へのアクセス規制関連法案に成立に貢献します。現在ではドナは EiE のCEOの座についています。
 この団体の直近の活動として話題となったのは、「ナショナル・ポルノ・フリー・Wi-Fi・キャンペーン」でしょう。日本と同じくアメリカのマクドナルドやスターバックスでは無料のWi-Fiスポットが設置されているのですが、当初はろくにフィルタリングもしておらず、子どもだろうが有害サイトにアクセスしほうだいでした。また、その匿名性を利用して児童ポルノの温床になっているという指摘もありました。
 EiE はキャンペーンを通じて世論や企業に訴えかけ、マクドナルドに全国規模の、スターバックスに世界規模のフィルタリングポリシーを導入させることに成功しました*7


 このように立派な社会的成果をあげている一方、共和党系議員の妻が立ち上げた団体という出自からか、民主党にとってはちょくちょく頭痛の種を生みだしてもいます。
 たとえば、EiE の設立当初から関わって活動していたクリスティーン・オドネルという人は2010年前後にかけ、いわゆる「ティーパーティー系」の新人として三度上院選に挑戦し、いずれも落選したものの、その個性的なキャラクターから話題を呼びました。08年の上院選本戦では88年にゲイリー・ハートと民主党大統領候補の座を争ったジョー・バイデンとマッチアップしたというのですから、歴史のめぐり合わせとは奇妙なものです。*8
 そして、めぐりあわせといえばティーパーティーの撒いた種が芽吹いた2016年の大統領選挙。
 ドナ・ライス・ヒューズは熱心なトランプ支持派として FOX NEWS をはじめとしたニュースサイトに彼を支持するオピニオン記事を掲載します。*9
 子どものころから成年期にいたるまで複数回性的虐待を受け、その経験から子どもたちを有害な表現から守るために戦ってきたドナにとってレイプ疑惑の渦中にいるトランプを支持するのは内面的には苦渋の選択だったようですが、彼女は「彼の謝罪を受け入れ」、「クリスチャンとして」中絶規制や軍備の縮小といったトランプの政策を支持しました。
 トランプが当選した夜を『タリーと私の秘密の時間』のセットで迎え、「『スター・ウォーズ』が帝国の勝利という間違った展開になってしまったように感じた。悲しかった」と述懐した*10イトマンは、その次に撮影予定だった『フロントランナー』で彼が救おうとしていた女性の現在の立ち位置についてどう感じていたのか。

 民主党候補によって人生を破壊され、そこから立ち直った人間が民主党にとって最大の悪夢であったトランプ大統領の誕生に寄与するーー三十年にも渡る彼女の半生の細部を無視して「ネタ」性だけを見れば、これもまあ、ひとつの”ストーリー”といえるのではないでしょうか。


2018年の新作映画ベスト30+α

風邪引いててつらいので簡単にいきます。

proxia.hateblo.jp

2015年に観た新作映画ベスト20とその他 - 名馬であれば馬のうち
2016年に観た新作映画ベスト25とその他 - 名馬であれば馬のうち
2017年の映画ベスト20選と+αと犬とドラマとアニメと - 名馬であれば馬のうち


ベストな10作

1.『ファントム・スレッド』(ポール・トーマス・アンダーソン監督、米)

・世間には絶対理解されないであろうキチガイ同士がバトルする映画(『セッション』とか)が好きです。わたしたちが観たかった『貞子 vs. 伽椰子』がここにあった。


2.『リズと青い鳥』(山田尚子監督、日)

・わたしたちはわたしたちを殺してくれる時間、拷問してくれる空気を求めて映画を観に行ってるところがあり、その点でリズ鳥はまちがいなくグアンタナモでテロリストを尋問するときに最適なツールといえるでしょう。


3.『パディントン2』(ポール・キング監督、英)

・完璧。


4.『ビューティフル・デイ』(リンゼイ・ラムジー監督、米)

・なんか不安定にフラフラしてるホアキンが出てくる映画は大体いいんだよ。


5.『スリービルボード』(マーティン・マクドナー監督、米)

・あのラストでなかったら「そこそこ面白かったな」程度だったかもしれない。


6.『寝ても覚めても』(濱口竜介監督、日)

・攻守がそっくり入れ代わる(入れ替わってない)タイプのホラー映画

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7.『若おかみは小学生!』(高坂希太郎監督、日)

・すさまじく気合の入ったトラック横転シーンを観た瞬間に神を確信した。

若おかみは小学生! 花の湯温泉ストーリー(1) (講談社青い鳥文庫)

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8.『聖なる鹿殺し』(ヨルゴス・ランティモス監督、英)

・悪役がわけがわかるようでわけのわからないたとえ話をするサイコホラーは名作


9.『心と体と』(イルディコー・エニェディ監督、ハンガリー

・コミュ障ポルノ

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10.『ボルグ/マッケンロー』(ヤヌス・メッツ監督、スウェーデンデンマークフィンランド

・こういうね……正反対の性格だと思われていたライバル同士が実は根っこで一緒だったいう展開にね……脆弱性がね……


ネクストな10作

11.『ペンタゴン・ペーパーズ』(スティーブン・スピルバーグ監督、米)

・よく考えたらそこまでおもしろくないプロットやおもしろくなりそうにない場面をサービス精神満点でめちゃくちゃスリリングに撮れるってヤバくないですか? ヤバいです。

12.『タリーと私の秘密の時間』(ジェイソン・ライトマン監督、米)

・『止められるか、俺たちを』と並んで半径一クリック以内に見せたい映画ナンバーワン

13.『僕の名前はズッキーニ』(クロード・バラス監督、仏)

・孤児院ものはいいよね。去年では『きっと、いい日が待っている』もよかった。2018年はストップモーションが『ズッキーニ』、『犬ヶ島』、『ライカ』(ソフトスルー)、『ボックストロール』(ソフトスルー)と多かったですね。

14.『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(パブロ・ラライン監督、チリ)

・詩人然としていない詩人の話を詩のように撮る。去年度最高峰の探偵映画。

15.『30年後の同窓会』(リチャード・リンクレイター監督、米)

・このところリンクレイターはなに撮っても最高。芸達者のおっさん三人を転がしているだけでこんなにもおもしろくなってしまう。

16.『ピーターラビット』(ウィル・グラック監督、米&英&オーストラリア)

・トランプ時代の最重要ポリティカル映画

17. 『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ監督、米)

・圧倒的夏感。

18..『パティ・ケイク$』(ジェレミー・ジャスパー監督、米)

・出てくるキャラがみんなチャーミング。コンサートのシーンは泣きますよね。

19.『スターリンの葬送狂騒曲』(アーマンド・イヌアッチ監督、英&仏)

・ヤクザ映画みたいなノリのタイミングと口先三寸でタマ取り話がつまらないわけがない。

20.『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』(ジェレミー・ソルニエ監督、米)

・わたしたちがジェレミー・ソルニエのサイコパス殺人鬼映画を讃えなくて誰が讃えるっていうんですか。


メンションしたい10作

21.『犬猿』(吉田大八監督、日)

・悪意のある笑いがペーソスに転化する瞬間はいつも美しい。

22.『ボストン・ストロング』(デイヴィッド・ゴードン・グリーン監督、米)

・英雄なんてガラじゃないのにむりやり英雄にさせられてしまった平凡な男の等身大の物語。意外となかった気がするところにジェイク・ギレンホール

23.『判決、ふたつの希望』(ジアド・ドゥエイリ監督、レバノン

・絶対に和解不能なラインまで追い詰められた二人がギリギリのところでギリギリのコミュニケーションを取る。『偽りなき者』のクリスマスのシーンに通じる美がある。

24.『へレディタリー 継承』(アリ・アスター監督、米)

・あざとすぎるきらいはありますけど、やっぱりすごい。

25.『ウィンド・リバー』(テイラー・シェリダン監督、米)

・暴力。

26.『犬ヶ島』(ウェス・アンダーソン監督、米)

・イヌ。

27.『恋は雨上がりのように』(永井聡監督、日)

・『帝一の國』がフロックでなかったことを証明した奇跡の映画監督永井聡の活躍に御期待ください。

28.『ブリグズビー・ベア』(デイヴ・マッケイ監督、米)

・オタク全肯定ポルノみたいな話だけど、オタクなので。

29.『トラジディ・ガールズ』(タイラー・マッキンタイア監督、米)

・なにもかも燃やして終わる話は100点。

30.『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督、日)

・わたしはこうした素朴な達成を否定する人々を絶滅するためにここにいます。



 あとは『ビッグ・シック』とか『ミスミソウ』とか『ゲティ家の身代金』とか『ワンダー 君は太陽』とか『嘘八百』とか『キングスマン:ゴールデンサークル』などが心に残った。『アンダー・ザ・シルバーレイク』は一本の作品としてはあんまり良いとはおもわなかったけど、時代的には最重要の一本です。


ドキュメンタリー10選

1.『消えた16mmフィルム』(ネトフリ)
 90年代のシンガポールで自主映画を撮ろうとした少女たちについての不思議なドキュメンタリー。一言で言い表すのは難しいけれど、哀しい変人の記録ならびに映画制作青春ものとして最高にいい。最高です。


2.『マーキュリー13 宇宙開発を支えた女性たち』(ネトフリ)
 宇宙開発の陰で女性飛行士として訓練を受けていたものの、男性社会の理不尽な圧力に潰されてしまったパイロットたちの話。出てくるおばあちゃんたちがみんな痛快で蓮っ葉な飛行機乗りばかりでとにかくかっこよく、気持ちがいい。かっこいいババアを見たい人におすすめ。最高です。


3.『私はあなたのニグロではない
 アメリカで最も尊敬される黒人作家のひとり、アレック・ボールドウィンが遺したメモや手紙をサミュエル・L・ジャクソン読み上げていくドキュメンタリー。イカしたパンチラインがいっぱい出てきてよい。最高です。


4.『ゲッベルスと私』
 ゲッベルスの秘書だった人が「たしかにおかげでいい目を見させてもらったけど? わたしだけが悪いわけじゃないし? 時代の流れにはおまえらだってどうせ逆らえないでしょうが」と一人語りしていく。悲惨なババアを見たい人にオススメ。ゲッベルスに忖度して職員たちがローマまで愛犬を緊急輸送したら戦争中なのに何やっとんねんと逆に叱られたエピソードが好き。


5.『オーソン・ウェルズの遺したもの』(ネトフリ)
 ネトフリで同時公開されたウェルズの遺作『風の向こうに』についてのドキュメンタリー。いいブロマンス。


6.『レイチェル: 黒人と名乗った女性』(ネトフリ)
 白人家庭に生まれたのに、なぜか黒人として黒人地位向上協会の幹部にまでのし上がって黒人権利運動のジャンヌ・ダルクとなって女性の転落とその後、そして彼女がなぜそんな行為に走ったのかを過去の人生からたどっていく。こういう救いがたいホラに走った救われない人の救いようのない人生を見せて観客を「どないせーちゅーねん」みたいな気持ちにさせるドキュメンタリー好き。どうしようもなくなりたいときに見ましょう。


7.『オデッサ作戦』(ネトフリ)
 むちゃくちゃなアホがむちゃくちゃなことやってむちゃくちゃ荒稼ぎした記録。ソ連崩壊直後のロシアがいかに混沌としていたのかがよくわかる。


8.『サファリ』
 アフリカでのスポートハンティングについてのドキュメンタリー。人間のおぞましさを描き出した点でこの映画に勝るものはなかった。さすがはウルリッヒザイドル


9.『テイク・ユア・ピル: スマートドラッグの真実』(ネトフリ)
 アメリカで社会問題となっている強壮剤としてのアデロール(アンフェタミン)濫用問題を描いたドキュメンタリー。「勝てない人間に価値はない=常に価値を証明しつづけなきゃいけない」というアメリカン・ドリームと表裏一体のアメリカの病が顕れるところはなんだっておもしろい。


10.『黙ってピアノを弾いてくれ
 こんなに個性的な狂人が世界のショービズ界にはいたんだな、とおもうとまだまだ自分はなにも知らないのだとおもいしらされます。


観たアニメ映画全部

リズと青い鳥
 神。

若おかみは小学生!
 おかみ。

ぼくの名前はズッキーニ
 かわいそうなガキはいい出汁がでるんですよ。

『ライカ
 犬で泣かす。

犬ヶ島
 犬で泣く。

山村浩二 右目と左目で見る夢』
 「頭山」の山村浩二の短編集。いい感じの映像ドラッグ。

『シュガーラッシュ:オンライン』
 なんだかんだ言ってもちゃんと「2」やってる。

リメンバー・ミー
 完成度は高いし面白い。ただ最近のピクサーの中ではいい意味でも悪い意味でもそこまで残らない。

『マイリトルポニー プリンセスの大冒険』
 現生人類が到達した一つの達成。疑いなく何かを成し遂げている。何かを。

ペンギン・ハイウェイ
 この作品はこれでいいんだけど、このまま続けられるとこの監督をあんま好きになれそうにない。

名探偵コナン ゼロの執行人』
 全体的にバカっぽいんだけど、突き抜けたバカなので好き。

さよならの朝に約束の花をかざろう
 全体的に気持ち悪いんだけど、突き抜けた気持ち悪さなので好きなほうではある。

ゴッホ 最後の手紙』
 ゴッホのタッチを再現した労苦は評価したい。ただ話はダルい。

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』
 体調の問題で上映時間の九割は寝てたけど起きてた一割はきれいだった。

『ボックス・トロール
 やっと来たライカの未公開作。期待ほどじゃなかったけれど、よく考えたらライカっていつもこんくらいだよなとはおもう。

『生きのびるために』
 やっときたスタジオサルーンの話題作。社会性があってよろしおすなあ、としか言えない。

ボス・ベイビー
 全然悪くはない。アイディアが六番煎じくらいなだけど。ハンナ・バーベラ風の3D背景には可能性を感じる。

『ニンジャ・バットマン
 いい加減勘違いジャポネスクではしゃぐのダサいからやめたほうがいい。

『小さな英雄 カニと卵と透明人間』
 ジブリの短篇アンソロ。特に感想はない。

ネクスト・ロボ』
 なにもかもがどうでもいい。

未来のミライ
 アニメーションのレベルが高いからといってショタをどうにでもしていいわけではない。

イヌ映画オブジイヤー十選

『ライカ
犬ヶ島
イット・カムズ・アット・ナイト
リメンバー・ミー
キングスマン:ゴールデン・サークル
希望のかなた
未来のミライ
『黒い箱のアリス』
『ホールド・ザ・ダーク』
ザ・プレデター

 

姉映画10選

『ワンダー 君は太陽
ファントム・スレッド
バーバラと心の巨人
『メアリーの総て』
『来る』
犬猿
クワイエット・プレイス
若おかみは小学生!
『RAW 少女のめざめ』(今年の正月に観た)
サーミの血』

第91回アカデミー賞の受賞予想全部門

 予想の季節です。
 ほんとうは各ギルドの授賞が出揃ってからやったほうが当たりやすいんでしょうけど、
 そこまで固まってしまうとつまらないので。


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作品賞

 『ブラックパンサー
 『ブラック・クランズマン』
 『ボヘミアン・ラプソディ
 『女王陛下のお気に入り
★『グリーンブック』
 『ROMA』
 『アリー スター誕生』
 『バイス

・部門賞に目立ったサプライズもないなかで、メインディッシュたる作品賞が大波乱。『ファーストマン』や『ビールストリートの恋人たち』といった今年前半に本命視されていた「いかにもオスカー」な二本が落ち、『ブラックパンサー』と『ボヘミアン・ラプソディ』という大ヒットエンタメが入った。
・『バイス』はなんで賞レースでここまで名前出るのってくらい批評家受けも観客受けも微妙なんですよね。クリスチャン・ベールの変身芸とアナプルナのプロモーション力に助けられすぎてる感がある。あと政治的な時事性。
・『アリー スター誕生』はつい最近まで大本命扱いだったのにゴールデングローブ賞でミソがついてから元気がない。プロデューサーの名前的にもそんな強い感じはないし、このままずるずる立て直せなさそう。
・『ROMA』。外国語映画が作品賞獲ったことってあったっけ? いくらキュアロンのオスカー力をもってしても、いくらトランプがメキシコ映画のプロモートに一役買っているといっても、限度ってもんがある。
・『グリーンブック』、前哨戦の最重要賞のひとつであるトロント国際映画祭の観客賞を獲ったし、ゴールデングローブもいったし、素直に本命。政治的な時事性も備えているし、アメリカ人好きする内容(行儀の良い黒人と粗暴な白人が相互理解を深める!)っぽいし、適度にユーモアがあるようだし、主演&助演男優賞脚本賞にもきっちりノミネートされてるし、死角があまりない。唯一の懸念材料は監督賞にノミネートされなかったことくらいか。あとは投票期間までのバックラッシュに耐えられるかどうか。
・『女王陛下のお気に入り』、ヨルゴス・ランティモスがオスカー像を掲げている姿を想像できない。あまりにエッジーな作品はオスカーで好まれない。
・『ボヘミアン・ラプソディ』、ゴールデングローブ賞ではドラマ部門でのノミネートだけでも疑問符だったのにまさか受賞までいくとは。ここまで来ると20世紀フォックスも応援に本腰を入れるでしょう。ただやはりオスカーって格ではない。アカデミーの上層部がいくらより観客に愛される作品を候補にしようとしたところで、投票するのは頭の固いおじいちゃんたちばかりなんですよ。
・『ブラッククランズマン』。『グリーンブック』のライバルになりえるとしたらこれ。しかしいくら黒人映画に好意的になったとはいえ、スパイク・リーの描くKKK潜入映画はあまりにポリティカルに深入りしすぎやしていないか。その深さをいまだ白人男性がマジョリティを占めるオスカーはそっと遠ざけてしまうのではないか。
・『ブラックパンサー』。視聴率対策っていうか、一般人への目配せでしょう。映画史的には重要作だろうけれど、オスカーでは客寄せパンダ以上にどうしてもならない。

監督賞

 スパイク・リー(『ブラック・クランズマン』)
 パヴェル・パヴリコフスキ(『COLD WAR あの歌、2つの心』)
 ヨルゴス・ランティモス(『女王陛下のお気に入り』)
アルフォンソ・キュアロン(『ROMA ローマ』)
 アダム・マッケイ(『バイス』)

・外国語映画の監督が二人も入る異常事態。
・そして、ピーター・ファレリーまさかの落選。「お下品ロマコメの人」のイメージが払拭できなかったか。
ブラッドリー・クーパーの落選はあきらかにゴールデングローブ賞の後遺症という気がする。ジェンキンス? チャゼルくん? そんなのもいたねえ。
・『ボヘミアン・ラプソディ』の作品賞ノミネートに象徴されるように、今年は「これ」という監督があんまりいない。
・というわけで、キュアロンに行きそう。外国語映画に作品賞を与えなかったとしても、アルフォンソ・キュアロンはあいかわらずハリウッド監督であり「身内」であるので、よくわかんないギリシャ人とかポーランド人とか変な映画撮る同国人よりはよほど安心感があるだろう。


主演男優賞

 クリスチャン・ベール(『バイス』)
 ブラッドリー・クーパー(『アリー スター誕生』)
 ウィレム・デフォー(『永遠の門 ゴッホの見た未来』)
ラミ・マレック(『ボヘミアン・ラプソディ』)
 ヴィゴ・モーテンセン(『グリーンブック』)

・実在人物完コピ対決。ラミ・マレックか、クリスチャン・ベールか。ゴールデングローブ賞をもぎ取ったマレックに行くだろう。『ザ・マスター』以来、天才ハッカーになったり惨劇に巻き込まれたり突然職場で素っ裸になって会社を飛び出していったりしていたファンとしては感慨深い。
イーサン・ホーク(『魂のゆくえ』)とジョン・デイヴィッド・ワシントン(『ブラッククランズマン』)が落ちて、ウィレム・デフォーが入った格好か。緒戦で有力視されていたライアン・ゴズリング(『ファースト・マン』)やルーカス・ヘッジズ(『Boy Erased』)はいつのまにかずるずると当落線上ですらなくなってしまった。
・作品と助演賞では黒人が強いのに、主演賞では八割型白人なのはまたぞろ論議を呼びそう。

主演女優賞

 ヤリーツァ・アパリシオ(『ROMA』)
グレン・クローズ(『天才作家の妻 40年目の真実』)
 オリヴィア・コールマン(『女王陛下のお気に入り』)
 レディー・ガガ(『アリー スター誕生』)
 メリッサ・マッカーシー(『Can You Ever Forgive Me?』)

・前哨戦的にはほぼほぼクローズかコールマンか。批評筋はややコールマン寄りだが、「七度目の正直」というドラマ性とゴールデングローブ賞受賞の実績を持つ大ベテラン・クローズをこそオスカー会員は推すだろう。
・主な落選組はエミリー・ブラント(『メリー・ポピンズ リターンズ』)、ヴィオラ・デイヴィス(『妻たちの落とし前』)、トニ・コレット(『へレディタリー』)あたりか。『Eighth Grade』のエルシー・フィッシャーは次世代を担う新星としてノミネートしててもよかったかもしれない。

助演男優賞

マハーシャラ・アリ(『グリーンブック』)
 アダム・ドライバー(『ブラック・クランズマン』)
 サム・エリオット(『アリー スター誕生』)
 リチャード・E・グラント(『Can You Ever Forgive Me?』)
 サム・ロックウェル(『バイス』)

・個人的にはサム・エリオット以外ありえないわけだけど、一歩引いた視点から冷静に考えるとやはりマハーシャラ・アリの『ムーンライト』以来の二度目の受賞が固い。対抗となるのはグラントか。
・大方事前の予想通りの顔ぶれだけれど、『ビューティフル・ボーイ』のティモシー・シャラメが入らなかったのは意外。


助演女優賞

 エイミー・アダムス(『バイス』)
 マリア・デ・タヴィラ(『ROMA』)
レジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)
 エマ・ストーン(『女王陛下のお気に入り』)
 レイチェル・ワイツ(『女王陛下のお気に入り』)

・大方の予想通り、と思ったら、前哨戦では一切名前の挙がらなかったマリーナ・デ・タヴィラがここにきて大サプライズ。逆にクレア・フォイは『ファースト・マン』勢全体の不振のあおりを喰らった印象。
・でもまあ、レジーナ・キングの受賞は揺るがないでしょう。ストーンとワイツは票が割れるだろうし。

撮影賞

 ルーカズ・ザル(『COLD WAR あの歌、2つの心』)
 ロビー・ライアン(『女王陛下のお気に入り』)
 ケイレブ・デシャネル(『Never Look Away』)
アルフォンソ・キュアロン(『ROMA』)
 マシュー・ライバティク(『アリー スター誕生』)

・なんでお前ここにいんのキュアロン。ルベツキはどうした。
・毎年常連組が独占しがちな撮影賞だけれど、今年はフレッシュな顔ぶれがならぶ。デシャネルを除けば今回含めて全員ノミネート歴二度以下。
・『ROMA』かなあ、って印象。撮影がキュアロン自身になってもキュアロン映画の変態撮影は生きている。

脚本賞

 デボラ・デイヴィス、トニー・マクナマラ(『女王陛下のお気に入り』)
 ポール・シュレイダー(『魂のゆくえ』)
★ピーター・ファレリー他二名(『グリーンブック』)
 アルフォンソ・キュアロン(『ROMA』)
 アダム・マッケイ(『バイス』)

・大御所級の名前が並ぶ。しかしここはゴールデングローブ賞を獲った『グリーンブック』一択。
脚本賞は例年若手をフックアップする場でもあるが、『eigtth grade』のボー・バーナムより『女王陛下のお気に入り』のデイヴィスがノミネートされたのは興味深い。
・それにつけてもポール・シュレイダー

脚色賞

 コーエン兄弟(『バスターのバラード』)
 スパイク・リー他三名(『ブラック・クランズマン』)
 ニコール・ホロフセナー、ジェフ・ホイットニー(『Can You Ever Forgive Me?』)
★バリー・ジェンキンス(『ビール・ストリートの恋人たち』)
 エリック・ロス他二名(『アリー スター誕生』)

・各批評家賞やナショナル・ボード・オブ・レビューで受賞しているバリー・ジェンキンスに一日の長があるか。『ブラック・クランズマン』、『Can You Ever Forgive Me?』との三つ巴になるだろう。
・個人的には『スターリンの葬送狂騒曲』あたりも入ってほしかった。Netflix のアピールに押し出されてしまったか。

外国語映画賞

 『Capernaum』(レバノン
 『Cold War あの歌、2つの心』(ポーランド
 『Never Look Away』(ドイツ)
★『ROMA』(メキシコ)
 『万引き家族』(日本)

・オスカーの歴史上、同じ回の作品賞と外国語映画賞に同時ノミネートされて外国語映画賞を獲らなかった作品は存在しない。*1今回も『ROMA』がその伝統を踏襲しそうな勢い。
・日本のテレビ的には「カンヌを獲った『万引き家族』が本命!」みたいに盛り上げていくんだろうけど、『ROMA』の前には万に一つ程度の可能性しかないです。パルムドールってオスカーではあんま御利益ないし。
・つか『Cold War』が監督賞にもノミネートされちゃったから、二番手どころか三番手じゃん。

長編アニメーション映画賞

 『犬ヶ島
 『インクレディブル・ファミリー
 『未来のミライ
 『シュガー・ラッシュ:オンライン』
★『スパイダーマン:スパイダーバース』

・基本的に他の賞があんまり参考にならないので難しい。いつもならピクサーかディズニーに賭けておけば間違いないのだが……。
・ただ『シュガーラッシュ』も『インクレディブル』も続編。続編が受賞した例は『トイ・ストーリー3』しかない。どちらも批評家受けは結構いいものの、トイ3クラスの出来栄えだったかといえば疑問符がつく。
・そして『スパイダーバース』の勢いが無視できない。一方で、フィル・ロードは本命といわれながら候補にすら入れなかった『レゴ・ムービー』のときの悪夢がちらつく。
・とすると『犬ヶ島』か? 監督はアメリカ人には馴染みのある名前だし、作品の格的には十分だろう。しかし「アート枠」とみなされる作品は弱い。ストップモーションアニメの受賞は『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』だけだ。ウェス・アンダーソン個人に関していうなら、『ファンタスティック Mr.FOX』が『カールじいさんの空飛ぶ家』に敗北した歴史もある。
・間隙をついて『未来のミライ』? たしかに(日本の不評に反して)アメリカ人の受けは異常にいい。しかし投票方式が変わってますます内向きになる長編アニメーション部門で非アメリカ製映画が勝ち残るのは『千と千尋の神隠し』のときより困難になっている。
・候補作にはどれも一長一短がある。わたしに言えるのは「『リズと青い鳥』を候補に入れていないアニメ賞に価値などない」ということだけだ。

主題歌賞

 “All the Stars”(『ブラックパンサー』)
 “I’ll Fight”(『RBG』)
 “The Place Where Lost Things Go”(『メリー・ポピンズ リターンズ』)
★“Shallow”(『アリー スター誕生』)
 “When a Cowboy Trades His Spurs for Wings”(『バスターのバラード』)

・要するに『アリー』の二曲のうちどちらか、という話で、まあ「Shallow」だろうな、といった感じ。ポテンシャル的には「All the Stars」も十分ありうる。

短編実写映画賞

 『Detainment』
 『Mother』
★『Skin』
 『Fauve』
 『Marguerite』

・難しい。それぞれに受賞実績はあるのだが、どの賞を獲っていれば有利というものでもない分野なので……。
・受賞実績でいえば「FAUVE』。あるいは実績こそ少ないものの黒人問題を扱って会員たちにも馴染み深い『SKIN』あたりか。『ブラックパンサー』『ブラッククランズマン』『グリーンブック』の年であることを考えると、後者に一票。

短編アニメーション映画賞

 『Animal Behaviour』
 『Bao』
 『Late Afternoon』
 『One Small Step』
★『Weekends』

・やはり難しい。
・昨年はディズニーの功労者グレン・キーンがコービー・ブライアントの詩をアニメ化した『Dear Basketball』で受賞するという嬉しいサプライズがあった。
・このところピクサーが弱い部門であることを踏まえると『Bao』は望み薄か。受賞実績から『Weekends』を推そう。アヌシー受賞作はアヌシー受賞作でオスカーに嫌われる伝統があるが。

作曲賞

 ルドウィグ・ゴランソン(『ブラックパンサー』)
 テレンス・ブランチャード(『ブラック・クランズマン』)
★ニコラス・ブライテル(『ビール・ストリートの恋人たち』)
 アレクサンドル・デスプラ(『犬ヶ島』)
 マーク・シャイマン(『メリー・ポピンズ リターンズ』)

ゴールデングローブ賞を獲ったジャスティン・ハーヴィッツ(『ファースト・マン』)が落選する波乱。となると前哨戦でハーヴィッツと賞を二分してきたブライテルが独走か。対抗馬はもちろん、ここ十三年で十作品目のノミネーションとなるアレクサンドル・デスプラ

編集賞

 バリー・アレクサンダー・ブラウン(『ブラック・クランズマン』)
★ジョン・オットマン(『ボヘミアン・ラプソディ』)
 ヨルゴス・マヴロプサリディス(『女王陛下のお気に入り』)
 パトリック・J・ドン・ヴィトー(『グリーンブック』)
 ハンク・コーウィン(『バイス』)

・前哨戦でも受賞が割れていて予想がしづらい。監督降板のドタバタ劇を立て直した功労者であろう『ボヘミアン・ラプソディ』のジョン・オットマンに会員からの称賛票があつまるか。編集芸といえばマッケイ映画の『バイス』もあるだろうし、単純に作品の強さでいえば『グリーン・ブック』も捨てがたい。
・ここでも『ファースト・マン』が落ちている。かわいそう。

美術賞

★ハンナ・ビークラー、ジェイ・ハート(『ブラックパンサー』)
 ヒィオナ・クロンビー、アリス・フェルトン(『女王陛下のお気に入り』)
 ネイサン・クロウリー、キャシー・ルーカス(『ファースト・マン』)
 ジョン・マイラ、ゴードン・シム(『メリー・ポピンズ リターンズ』)
 ユージニオ・キャバレロバルバラエンリケス(『ROMA』)

・前哨戦の実績から見れば、『ブラックパンサー』と『女王陛下のお気に入り』の一騎打ち。SFやファンタジーもそこそこ強い分野だけに『ブラックパンサー』の勝利に期待がかかる。

衣装デザイン賞

 メアリー・ゾフレス(『バスターのバラード』)
★サンディ・パウエル(『女王陛下のお気に入り』)
 ルース・E・カーター(『ブラックパンサー』)
 アレクサンドラ・バイン(『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』)
 サンディ・パウエル(『メリー・ポピンズ リターンズ』)

・この四半世紀で(今回の二作品含めて)十六回のノミネーションと三度の受賞を誇る大御所サンディ・パウエル一強か。衣装デザインは全体的に時代劇が強い傾向があり、『恋に落ちたシェイクスピア』と『ヴィクトリア女王 世紀の愛』で華やかな衣装を手がけてきたパウエルならやすやすと『女王陛下のお気に入り』でオスカー像をかっさらってしまうだろう。
・ノミネーション自体に大したサプライズはないけれど、『ボヘミアン・ラプソディ』(ジュリアン・デイ)が落ちたのは意外といえば意外。

メイクアップ&ヘアスタイリング賞

 ゴラン・ランドストロム他一名(『Border』)
 ジェニー・シャーコア他二名(『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』)
★グレッグ・キャノム他二名(『バイス』)

・去年のゲイリー・オールドマン大変身が受賞にいたったことを考えると、『バイス』かな。ただクリスチャン・ベールの大変身はメイクの力というより本人の努力が大きい気もする……。

視覚効果賞

 ダン・デリーウー他三人(『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』)
 クリス・ローレンス他三人(『プーと大人になった僕』)
 ポール・ランバート他三人(『ファースト・マン』)
★ロジャー・ガイエット他三人(『レディ・プレイヤー1』)
 ロブ・ブレドウ他三人(『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』)

・伝統的にSFが強い。問題はどのSFが取るか、ということだけれど、『シャイニング』を完コピした『レディプレイヤー1』にインパクトの面で軍配があがるか。『スパイダーマン2』の受賞以来、スーパーヒーロー映画は惜敗続きなので集大成的な『アベンジャーズ:IW』にあげようとする空気もできるかもだが……。
・『ブラックパンサー』が落ちて『プーと大人になった僕』が入ったのはちょっしたサプライズだった。やはりSFでもスーパーヒーロー映画は敬遠されるのかもしれない。オスカー会員の微妙な乙女心。

録音賞

 スティーブ・ボーデッカー他三名(『ブラックパンサー』)
 ポール・マッセイ他二名(『ボヘミアン・ラプソディ』)
 スキップ・リーヴセイ他二名(『ROMA』)
 ジョン・タイラー他三名(『ファースト・マン』)
★トム・オザニック他四名(『アリー スター誕生』)

・こっちは音響編集賞と違って必ずしも音楽映画が弱いとは限らない。とはいえ、編集賞とかぶりがちなのも事実。
・音楽映画で比べるなら、『ボヘミアン・ラプソディ』は役者自身の肉声でないのが痛い。ここは『アリー』か。

音響編集賞

 ベンジャミン・A・バート、スティーブ・ボーデッカー(『ブラックパンサー』)
 ジョン・ワーハースト、ニーナ・ハートストーン(『ボヘミアン・ラプソディ』)
★アイ-リン・リー、ミルドレッド・イアトロウ(『ファースト・マン』)
 イーサン・ヴァン・デル・リン、エリック・アアダール(『クワイエット・プレイス』)
 セルジオ・ディアス、スキップ・リーヴセイ(『ROMA』)

・正直なんもわからん。受賞実績や作品そのものとの関わり具合で言えば『クワイエット・プレイス』組なのだが。
サウンド関係ではあるけれど音楽映画が録るとは限らず、ここ最近の受賞傾向(『ゼロ・グラビティ』、『アメリカン・スナイパー』、『マッドマックス:FR』、『メッセージ』、『ダンケルク』)を管見するに基本静かでたまにドンドン重低音が鳴る映画が好まれるかな、という印象。とすると(観てないけど)『ファースト・マン』?

長編ドキュメンタリー賞

 Free Solo
★RBG
 Kinder des kalifats
 Hale County This Morning, This Evening
 Minding the Gap
・あんまりよくわからんですが、アメリカのリベラルの良心を体現した最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグのドキュメンタリーが話題性あって抜けるんじゃないかとおもう。

短編ドキュメンタリー賞

 A NIGHT at the Garden
★Black Sheep
 LIFEBOAT
 End Game
 Period. End of Sentence.

・手がかり絶無に等しいですけど、時勢的にはなんとなく難民問題を扱った『LIFEBOAT』か、人種問題を扱った『Black Sheep』の二択な気がする。

*1:作品賞と外国語映画賞でそれぞれ違う回にノミネートされてどちらも受賞しなかった例はある。1971年の『移民者たち』だ。