名馬であれば馬のうち

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藤田祥代『女性推理小説家の伝統 ―A. K. Green から P. D. James まで―』

 金城学院大学大学院での博士論文。pdfはここから
 ネットで公開されているミステリ関連の論文はそれなりにあるけれど、博士論文まんまとはめずらしい。
 内容はアン・キャサリン・グリーン、アガサ・クリスティー、ドロシー・L・セイヤーズP・D・ジェイムズの女性探偵を中心に英国推理小説をざっくり論じたもので、特にPDジェイムズがフィーチャーされている。
 アカデミズムの人間ではないので、博士論文の良し悪しなんてよくわからないのだけれど、途中まで黄金期ミステリを語っていた執筆者が唐突にクリスティとセイヤーズをならべて、「推理小説家として優れているのはどちらかを論じたい」*1と言い出すくだりがおもしろい。
 執筆者は両者に共通する文学の引用癖に目をつけ、それらを比較検討し、かくのごとく結論づける。

 つまり、クリスティー作品では文学作品も推理小説を構成するトリックや展開の一つとして使用しており、無関係な脱線はない。そこがセイヤーズ作品とは異なる特徴である。推理小説とは、謎が提示されてから真相が明らかにされるまでを明確に読者に伝えなければならない。そのため、余計な脱線で読者の気をよそへ運ん ではいけないのである。つまり、会話が多い簡潔で明瞭な文章を書き, 殺人過程の方へ興味を持たせる知的好奇心に駆られることができるク リスティー作品は、推理小説として良質であると言える。そういうわけで、推理小説家として優れているのは、クリスティーであると言える。

p.136


 なんという勝利宣言。最強作家論争ってオトコノコの夢だよなあ、と思います。



 他にもPDジェイムズの探偵小説の歴史認識とか彼女が『エマ』をミステリ認定していたこととか、なかなかに興味深いのだけれど、いちばん気になったのは、ヘイクラフトが戦時下の英国ミステリの状況について述べていたところ。
 なんでも「1940 年、ナチスによるロンドン大空襲の中で人々の声に応えて、防空壕の入口に推理小説専門の「空襲文庫(Raid Libraries)」が設置された」らしい。
 空襲文庫ですよ、空襲文庫。
 兵隊文庫なんかよりよほど強そう。

*1:p. 114