エッセイだったりノンフィクションだったり資料だったり、そんなものばかり読んでいた気がする。菅啓次郎は若いころの文章の方が好みかもしれない、元々思想の面ではあまり惹かれないだけに。漫画は漫画っていうかゴーリーの絵本ばかり漁っていた。
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戦時中の十蘭先生は「とりあえず、メリケンdisっとけばあとは何やってもいいんだろ?」というヤケクソ気味な開き直りみたいなものが迸っていて実に素敵です。
その白眉がワールドワイドな敵討ちの顛末を描いた「亜墨利加討」。主人公は馬鹿囃子好きが高じて講武所を首になってダメ侍なんだけど、偏屈な父親から「じゃあ上野戦争参加してこい」と家を追い出される。上野で頼まれて囃子を鳴らして若き侍たちの士気を高めるものの、なぜだか戦争には参加させてもらえない。仕方ないから、会津へ転戦して端役をもらうけれど、途中で日本人同士が殺しあう内戦の虚しさみたいなものをおぼえて半端なまま郷里へ帰ってしまう。
ところが帰って大災難、いとこの娘から自分の父親が切腹して果てたと告げられる。なんでもアメリカの水兵に侮辱され、それを恥として腹を割いたらしい。その切腹までの成り行きというのがまたひねくれている。最初はへらへらとなんでもなしな体で帰宅した父親(いとこの娘にとっては伯父)だったが、いとこの娘は事情を問いただすや浩然と「一族の恥だから死ぬべき」と主張する。そんなものかな、で死んでしまうのが十蘭の武士たちで、父親は結局押し通される形で割腹。シリアスなんだか軽薄なんだか、ともかく情けない。
主人公は亡き父の無念を晴らすため、水兵への仇討ちを誓い、再び家を出る。途中で、同じくアメリカへの恨みを持つ同志たちを得つつ、船に乗り込んで向かった先はなんとサンフランシスコ。『紀ノ上一族』のはじまりの舞台ともなった大都市で、主人公は仇を求める。普通ならその探索だけで何百ページも費やしそうなものだけれど、十蘭先生は二三ページもしないうちにさっさと仇を発見させてしまう。
仇討ちのシーンというのがまた奇妙だ。もっとも盛り上がる場面のはずなのに、直接的な描写が避けられている。いかに討ったかは主人公の口から同志へ話されるのだけれど、水兵をほとんど一太刀で四人ぶったぎるというのは講談というか、冗談めいている。そんなこと言ったら、明治はじめの頃の男たちが袴姿で大小ぶらさげてサンフランシスコを闊歩しているというのもファンタジーなんだけれど。
で、主人公は目的を果たすとさっさと奥の間へ行って切腹してしまう。よく考えたら仇討ちを遂げた後に切腹してしまうのはおかしいのだけれど、そのへんの理屈を十蘭は説明してくれない。というか十蘭小説に出てくる武士はやたら切腹のハードルが低い。主君にむかついたから切腹。貧乏に嫌気がさして切腹。動機が軽すぎていっそ清々しい。この話の主人公の父親だって、言ってみれば「姪に死ねと言われたから切腹」したみたいなもんだ。この短絡的で怪奇な死生観が戦後に大傑作「ハムレット」として結実するのだから、ますますわからない。
最後の最後の見せ場なんだから、主人公に心情を吐露させるくらいの情は見せてあげてもいいんじゃないかと思うんだけど、十蘭先生は厳しい。ここでも直接描写は行われない。主人公を見送った同志たちがあいつはちゃんと切腹できたろうかと、やきもきし、そのうちの一人が奥へ首尾を確認しに行く。やがて戻ってきた彼は、あいつは立派に切腹したぞ、と朗らかに報告する。
なんだかよくわからないうちに感動の幕引き、ということになってしまい、読者は感動させられる。
この無縫で無茶苦茶でエネルギッシュな話を、あくまですまし顔でスマートに整えてしまう。諧謔は諧謔なんだけど、どこまでいっても真顔で講じている感じがなんとも洒落ている。だいたいそんな話ばかり。
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