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名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


読書、映画、その他。


2016年に観た新作映画ベスト25とその他

映画まとめ

ベストといいますか、この一年書いた感想のまとめといいますか。
今年は去年ほど映画を観ない気がします。

映画トップ10

1.『クリーピー 偽りの隣人』(黒沢清監督)

 ホラーやサスペンスに共通して重要な要素に「不吉さの予感」がある。人がただ歩いているシーン、談笑しているシーン、食事しているシーン、そういうなんの変哲もない日常が次の一瞬にはもう粉々に砕け散っているかもしれない、そういう破壊的な恐怖がホラーをホラーに、サスペンスをサスペンスにならしめている。人間の一挙手一投足あるいは感情ですらも、すべて暴力的な所作になりうる空間があるとすれば――あるのか? ある。『クリーピー』は、それを作り出した。

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2.『ズートピア』(バイロン・ハワード&リッチ・ムーア監督)

 仮想敵を立てるのは卑怯だと承知してはいるけれど、言わせてほしい、世間には『ズートピア』みたいなウェルメイドな作品を指して「完璧すぎてつまらない」という人がいる。いい子ちゃんすぎるというのだ。われわれは異常なものを観に映画館に来ているのであって、健常なものなんか映画館に溢れているじゃないかと。
 大きな間違いだ。「完璧すぎる」というのは、そもそもが異常な事態だ。人や物事には、ふつう、なにかしら欠落がある。去年の映画でいえば、『スティーヴ・ジョブス』(ダニー・ボイル監督)を観た人ならわかるかもしれない。完璧さを徹底して追求する人、追求できてしまう人は何かがおかしい。
 我々が『ズートピア』に惹かれてやまないのは、この映画が無限に汲み尽きない狂気の鉱脈だからだ。それはディズニーというブランドそのもののコンセプトでもある。完璧な狂気。

ズートピア カテゴリーの記事一覧 - 名馬であれば馬のうち

3.『ハッピーアワー』(濱口竜介監督)

 五時間半ある。二度の休憩を挟んで、六時間。個人的には三時間以上の尺を持つ映画を映画と呼びたくはないのだけれど、まあ実際に映画として公開されている代物だし、映画的なモーメントに満ちているし、なによりものすごくものすごくものすごく面白いのだから、個人的な定義などいくらでも曲げてよくないか?
 なぜおもしろいのか。コミュニケーションとディスコミュニケーションをテーマにしたサスペンスだからだ。この組み合わせは、超々長尺の作品を撮るにあたっての最適解といえる。コミュニケーションが切れたり繋がったりするのは下世話な僕たちの本性を捉えるし、そこにハラハラドキドキのサスペンス性が加わればもう時間なんてものはなくなったに等しい。画面にかぶりついたまま光陰が矢のごとく過ぎていき、気がつけば陽はとうに暮れている。*1

4.『ドント・ブリーズ』(フェデ・アルバレス監督)

 とてもとてもとてもおもしろい、の一言に尽きる。

5.『バタード・バスタード・ベースボール』(ウェイ兄弟)

 Netflix 限定。
 カーク・ダグラスのお父さんがかつて所有していたマイナー野球チームの伝説を負ったドキュメンタリー。ベースボールがアメリカの神話であることがよくわかるし、そういう意味ではフィリップ・ロスの『素晴らしきアメリカ野球』やケン・カルファスの『喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ』、あるいは映画*2『フィールド・オブ・ドリームズ』にも比肩する。

 まあ詳しくは以下。

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 それにしても、このころはキチガイみたいな文章量書いてましたね。キチガイだったんでしょうか。

6.『人生はローリング・ストーン』(ジェームズ・ポンソルト監督)

 めんどくさいワナビとめんどくさい作家のロード・ムービー。
 インディーズの監督には人間のめんどくささを描く人も多いけれども、自分にはジェームズ・ポンソルトのそれがしっくりきます。

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7.『ファインディング・ドリー』(アンドリュー・スタントン監督)

 アイデンティティの喪失による孤独を描写した作品としてはあらゆるフィクションのなかでも最高峰。
 
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8.『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)

 人が人を殴る。とりあえず殴る。なにがなんでも殴る。そういうものが最高なのはしょうがないんです。映像は暴力を映すのに適したメディアなんですから。
 

9.『映画 聲の形』(山田尚子監督)

 山田尚子という闇を、人類が超克できる日は来るのだろうか。
 
聲の形 カテゴリーの記事一覧 - 名馬であれば馬のうち
 

10.『ミストレス・アメリカ』(ノア・バームバック監督)

 なんだかよくわからないけどパワフルでクズな義姉(予定)についていって、それをネタに小説を書こうと目論むクズの話。去年は劇場公開された『ヤング・アダルト・ニューヨーク』もあったけど、バームバックの最高傑作はこっちだと思う。そうですね、アメリカの神話みたいな話ですよ。ゴッドではなく、ゴッデスの。
九月に観た新作映画短観 - 名馬であれば馬のうち

+10

11.『レヴェナント 蘇りし者』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)

 クマに襲われたディカプリオがだんだんクマになっていくところがよかった。

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12.『ザ・ギフト』(ジョエル・エドガートン監督)

 クズ野郎映画の傑作。「実際にいそう」なクリーピーさでは『クリーピー』に優るし、物語を悪用するのは物語によって復讐されるという説話の構造も巧い。

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13.『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(スティーヴン・フリアー監督)

 こういうダメ人間同士が支え合って世界を構築する話を観ると自動的に泣く。

14.『ハドソン川の奇跡』(クリント・イーストウッド監督)

 語り口のテクニカルさでは群を抜いている。法廷ドラマに「人間要素」を持ち込んで、しかもそれがロジカルに成功する点でも斬新。*3
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15.『ブルックリン』(ジョン・クローリー監督)

 ミア・ワシコウスカ映画を観るのは義務であるが、シアーシャ・ローナン映画を観るのは権利である、とルソーも言っている。*4
 一人暮らししてる人はだいたい感動するんじゃねえかなあ。あと、服飾が抜群にキュート。

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16.『淵に立つ』(深田晃司監督)

 クリーピーな隣人映画その三。道具立ては『聲の形』に近い。でも、冒頭のメトロノームに象徴されるように、テンポの映画ですね。一家四人の食卓で、浅野忠信の早メシ芸をフルレングスで見せるその心意気。

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17.『この世界の片隅に』(片渕須直監督)

 玉音放送を聞いた皆が「あー戦争終わった終わった」モードに入るなか、すずさんだけが「一億総玉砕するんじゃなかったのかよ! だったら、最後までやれよ! みんな死ぬまでやれよ!」とキレるシーン良かったですよね。こういうキレかた好きです。

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18.『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』(リチャード・リンクレイター監督)

 永遠ではない永遠を永遠にするために映画はあるのだ、と気づいた最初の人類なんじゃないかな? リンクレイター。

19.『スロウ・ウエスト』(ジョン・マクリーン監督)

 新人としては今年最大の収穫。ウェス・アンダーソンっぽく西部劇をやる、とそれだけ聞いたら Youtube でよくみかけるパロディ映画以上のクオリティにはならないな、と思うんだけど、ちゃんとどう語れば映画になるのかを監督が熟知しているのでおもしろい。
 ウェス・アンダーソンフォロワー映画といえば、昨年は『僕とアールと彼女のさよなら』がありましたね。こちらもなかなか観せてくれる。

20.『神聖なる一族 24人の娘』(アレクセイ・フェドルチェンコ監督)

 寒い土地で性にまつわる益体のない寓話を24篇垂れ流すだけで極上の時間を過ごせるという新発見。

+5

『DOPE ドープ!』
『さざなみ』
『ロブスター』
サウルの息子
『日本で一番悪い奴ら』

各部門賞

(自分の中で)ブレイクスルー俳優

ジェシー・プレモンス - 『ブラック・スキャンダル』、『ファーゴ』S2、『疑惑のチャンピオン』、『ブリッジ・オブ・スパイ』 
 ドーナル・グリーソン - 『エクスマキナ』、『ブルックリン』、『ソング・オブ・ザ・シー』、『ブラックミラー』S2、『レヴェナント』
 シャメイク・ムーア - 『DOPE』、『ゲット・ダウン』
 テッサ・トンプソン - 『ディアー・ホワイト・ピープル』、『ボージャック・ホースマン』
 ジェニファー・ジェイソン・リー - 『ヘイトフル・エイト』、『アニマリサ』
 ベン・キャロラン - 『シング・ストリート』
 トム・スウィート - 『シークレット・オブ・モンスター』

 あくまでの僕のなかでブレイクした俳優なので……『ナイト・オブ』観てりゃあリズ・アーメッド(『ローグワン』)も入ってたかも。ベン・ウィショー(『ロンドンスパイ』、『パディントン』、『ロブスター』、『白鯨との闘い』、『リリーのすべて』)も迷ったけど、やはり去年の『ホロウ・クラウン』S1だよな、ということで。

歌曲部門

☆シング・ストリート「Drive it like you stole it」(『シング・ストリート』)

Sing Street - Drive It Like You Stole It (Official Video)

 RADWIMPS 「前前前世」(『君の名は。』)
 クリストファー・ウォーケン「I wanna be like you」*5(『ジャングル・ブック』)
Sia「unforgettable」*6(『ファインディング・ドリー』)
 仁科カヅキ、大和アレクサンダー「EZ DO DANCE -K.O.P. REMIX-」*7(『劇場版 KING OF PRISM』)
 中田ヤスタカ「NANIMONO (Feat. 米津玄師)」(『何者』)
 コモン, ビラル & ロバート・グラスパー「Letter to the Free」(『13th ――合衆国憲法修正第十三条――』)
 リンジー・スターリング(ft. アンドリュー・マクマホン)「Something Wild」(『ピートと秘密の友だち』)
 コトリンゴ「たんぽぽ」(『この世界の片隅に』)
 

作曲部門

☆Disasterpeace 『イットフォローズ』
 小野川浩幸『淵に立つ』
 エイドリアン・ブリュー「ひなどりの冒険」
 ブルーノ・クーレイス&キーラ『ソング・オブ・ザ・シー』
 カーター・パーウェル『キャロル』
 牛尾憲輔『聲の形』
 坂本秀一『溺れるナイフ

クマ映画オブザイヤー(Kumamiko d'Or)部門

☆『レヴェナント』
 『ジャングル・ブック
 『パディントン
 『ディズニーネイチャー/クマの親子の物語』
 『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』(DVD発売)

長編アニメーション部門

☆『ズートピア
2『聲の形』
3『この世界の片隅に
4『ファインディング・ドリー
5『劇場版 探偵オペラミルキィホームズ

アニメ映画ついてはだいたいこちらで書きました。
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あと『ひな鳥の冒険』を讃えるために短篇アニメ部門もやろうとしたけどノミネーションするほど数足らなかった。
ケヴィン・ダートのこれとかいいですよ。

Netflix でしか観られないでしょう部門

☆『バタード・バスタード・ベースボール』
2『タンジェリン』
3『最後の追跡』
 『13th ――憲法修正第十三条――』
 『サイレンス』
 『ディヴァイン』
 『ディアー・ホワイト・ピープル』
 『カンフー・パンダ3』
 『マイ・リトル・ポニー:エクエストリア・ガールズ - フレンドシップ・ゲーム』
 『粒子への熱い想い』

Netflix is 神。
『タンジェリン』はiPhoneで撮影した低予算映画。トランスジェンダーの売春婦が刑務所から出所してきて元カレを探す話。アツい友情話です。
『最後の追跡』は Netflix オリジナル映画で、アメリカでは各紙の年度ベストテンにランクインしてますよね。「奪ったものもまた奪われゆくのだ」という無常さが佳い。
『13th』は『グローリー(Selma)』の監督がとった黒人差別についてのドキュメンタリー。あらゆる意味で、観るべき映画です。『ディアー・ホワイト・ピープル』とセットでね。
 特に推したいのは『サイレンス』。スプラッタホラー版『聲の形』ですね。ぜんぜん違うぞ。監督のマイク・フラナガンは間違いなく今後のアメリカホラー界を代表する人物になる(というか、もうなっている)ので、『オキュラス』と伏せてよろしくお願いします。

ソフトスルー部門*8

☆『人生はローリング・ストーン』
2『ミストレス・アメリカ』
3『スロウ・ウエスト』
 『ワイルド・ギャンブル』
 『遥か群衆を離れて』
 『愛しのグランマ』
 『ミニー・ゲッツの秘密』
 『アノマリサ』
 『ナイト・ビフォア』
 『僕とアールと彼女のさよなら』

『ワイルド・ギャンブル』はクズ野郎俳優ベン・メンデルソーンのクズ野郎っぷり(ダメ人間方面)が遺憾なく発揮されたクズ野郎映画。お相手はデッドプールさんことライアン・レイノルズだから二度クズ美味しい。
『遥か群衆を離れて』はトマス・ヴィンターベア待望の新作。名作文学を映画化した恋愛文芸映画なんですが、ほとばしる変態性が止まらない。特に男がフェンシングの剣をヒロイン(キャリー・マリガン)に素振りするシーン。メタファーにしてもはしたなすぎです!『愛しのグランマ』、佳作とはこういう映画を指すのでしょう。

シアターライブ部門

☆『人と超人』
2『戦火の馬』
3『ロミオとジュリエット
 『ジ・エンターテイナー』
 『ハムレット
 『冬物語

映画館通いを怠けているとすぐに上映が終わるナショナル・シアター・ライヴ。今年はケネス・ブラナーがはじめたKBTLもはじまりましたね。
今年はなんといっても『人と超人』。不朽なるバーナード・ショーの人間観察に万歳。

このクズ野郎俳優がすごい!

ベン・メンデルソーン - 『ワイルド・ギャンブル』、『ローグ・ワン』、『スロウ・ウエスト』
 『ザ・ギフト』のあいつ(ネタバレにつき)
 マイケル・シャノン - 『ドリームホーム 99%を操る男たち』
 ベン・フォスター - 『疑惑のチャンピオン』
 ホアキン・フェニックス - 『教授のおかしな妄想殺人』
 アダム・ドライバー - 『ヤング・アダルト・ニューヨーク』
 アレクサンダー・スカルスガルド - 『ミニー・ゲッツの秘密』
 佐藤健 - 『何者』
 シャーリーズ・セロン - 『ダーク・プレイス』
 本木雅弘 - 『永い言い訳


 昨年に続き、ベン・メンデルソーンが連続受賞。『ワイルド・ギャンブル』の情けないギャンブル依存症の男と、『ローグ・ワン』の哀しい中間管理職役が光りました。

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 『ドリーム・ホーム』のマイケル・シャノンや『疑惑のチャンピオン』のベン・フォスターはクズはクズでもアメリカン・ドリームの狂気の化身って感じである種の崇高さがありました。その点でいえば、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』のカイロ・レンことアダム・ドライバーも現代のアメリカが生んだ新手のクズみたいな感じでしたけど、まだこっちは良心ない系のサブカルクズ野郎として卑俗な普遍性があったかな。
 ホアキンは、まあいつものウディ・アレン映画のクズ。六十や七十になってニーチェドストエフスキーをひきずっているのもどうなんだと思わないでもないですが、こういう芸風なのでしょうがない。
 『ミニー・ゲッツ』のアレクサンダー・スカルスガルドは付き合っているシングルマザーの娘(まだ中学生かそのくらい)と関係を持つという、まあこれだけでクズとわかるクズですが、グダグダと責任のがれをしたがる様もなかなかポイント高い。
 『何者』の佐藤健、この人のクズさはユニバーサルさではダントツなので、誰も逃れられないでしょう。反面、本木雅弘は元祖日本のめんどくさいクズ男子といった趣。
 『ダーク・プレイス』のセロンさんは原作よりクズさが薄まっていた気がしますが、やはり一家惨殺事件に同情したひとたちの寄せてくれた募金でニート暮らしをするインパクトは一級品。

クズ野郎映画アンサンブル賞トップ10

☆『日本で一番悪い奴ら』
 『アンフレンデッド』
 『ミストレス・アメリカ』
 『クリーピー 偽りの隣人』
 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』
 『ヤング・アダルト・ニューヨーク』
 『人生はローリング・ストーン』
 『人と超人』
 『淵に立つ』
 『何者』

 基本的にここに挙げた映画に出てくるキャラは漏れなくクズです。でもまあ一口にクズといっても色んなタイプがあって、『日悪』のクズたちは犯罪者だけど犯罪者である点さえなければ気のいいアンちゃんばかりなのでほのぼのします。犯罪者なんですけどね。
 『アンフレンデッド』の人らはホラー映画に出てくる典型的なクズティーンなんですけれど、そのクズっぷりの演出が半端じゃない。胸くそ悪いクズどもが無残な目にあってスカッとしたいアンチクズ野郎映画ファンにもオススメです。
 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』の人たちはクズっていうか、大学内では割りとエリートなんですけれど、まあ愛嬌のあるクズで、むしろバカと言ったほうがいいのかな。『日悪』と似ていないこともない。

姉映画賞

☆『ライト/オフ』(姉弟)
 『ブルックリン』(姉妹)
 『ミストレス・アメリカ』(義姉妹)
 『ブレア・ウィッチ』(姉弟)
 『ドント・ブリーズ』(姉妹)
 『この世界の片隅に』(姉妹・小姑)
 『スーサイド・スクワッド』(姉弟)

 姉映画はやはりホラー映画が強いわけですが、直球の姉弟愛を見せてくれた『ライト/オフ』に栄冠を。
ホラー姉映画といえば、姉はだいたい味方サイドに位置することが多いわけですけど、『ブレア・ウィッチ』は敵対サイド(厳密には違う気もするけど)に立っていて興味深い。
 『ドント・ブリーズ』のどこが姉映画だ、という意見は多いかもしれません。しかし、考えてみてください。物語後半で大金を手に入れた主人公(姉)が異常なまでに金に執着するあまり、脱出の選択を間違えてしまう。傍から見ると、単に金に汚い女の自業自得です。が、ここに姉映画という視座を導入することによってシーンの意味合いが変わる。そもそもなんで主人公に金が必要かというと、最悪な家庭環境から妹を救い出すためなわけです。つまり、彼女にとって老人の金とは妹の命や未来とイコールなのです。そういう目で観てみると、醜悪な狂態が崇高な愚行に見えてきませんか。見えませんか。ならいいです。
 『スーサイド・スクワッド』はラッキー姉映画(姉映画と期待してなかったのに姉映画だった姉映画のこと)でしたね。弟が倒されると一気にヘナヘナとしおらしくなる魔女姉さん、百点。

ドラマ

☆『シリコンバレー』シーズン1〜3
 『ファーゴ』シーズン2
 『ストレンジャー・シングス』シーズン1
 『ゲットダウン』シーズン1(半分)
 『ハウス・オブ・カード』シーズン4
 『Empire 成功の代償』シーズン2〜シーズン3途中
 『レディーダイナマイト』シーズン1
 『ロンドン・スパイ』
 『Veep』シーズン1
 『ホロウ・クラウン 嘆きの王冠』シーズン2

アニメ

☆『リック・アンド・モーティ』シーズン1〜2
 
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 『ボージャック・ホースマン』シーズン3
 『アドベンチャータイム』シーズン5
 『シンプソンズ』シーズン27
 『フリップフラッパーズ』第一期
 『ぼくらベアベアーズ』シーズン1
 『くまみこ』第一期
 『宇宙パトロールルル子』第一期
 『ユーリ!! ON ICE』第一期
 『FはFamilyのF』シーズン1

*1:ここでいうサスペンスとは、つまりウソや隠し事がバレるかバレないか、というハラハラドキドキのことだ。人は誰しも致命的な秘密を抱えながら、そしらぬ顔で他人と会話に興じている。致命的な秘密、といっても何も人を殺したとか実は狼男だとか、そんな大層なものでなくていい。
たとえば、さっき勢いでナンパした主婦と偶然飲み会で一緒になって、その場の流れで自分が相手の不倫で離婚する羽目になったバツイチだと告白する羽目になるだとか。夫である編集者との不貞が疑われている女性作家が、その妻の前で不倫と関係あるようなないような短篇を朗読するだとか。  観客は登場人物たちの抱えたささやかで致命的な秘密を神の視点から把握し、その秘密が露呈する一歩手前のハラハラを楽しむことができる。『ハッピーアワー』が卓抜しているのは、観客が知れるのはその秘密のガワの部分だけで、核心部のところは巧妙に隠されている点だ。
さっきのたとえでいえば、ナンパした主婦とバツイチの男は飲み会のあいだじゅうアイコンタクトっぽい視線を交わすが、そこのあたりの二人の本心はわからない。朗読劇にしても、本当にその編集と作家が一線を越えてしまっているのかについては、妻と観客には伏せられている。
各自の「行為」までは覗き見できても、「心」までは覗けない。この作劇のバランスが、テーマとも合致して、本作を豊穣な群像ドラマに仕立てている。

*2:原作は小説だけど

*3:たいていまあ挑発で相手の失言を誘って大勝利、みたいなガッカリ展開が多いじゃないですかそういうの

*4:言ってない

*5:元曲は1967年版から

*6:元曲はナット・キング・コール

*7:元はTM

*8:限定公開・特集上映含

2016年に見た新作長編アニメ映画ベスト24+α

映画まとめ

シーズンですね。今年はやたらアニメ映画を観た気がしました。なんででしょうね。まあいいか。
ベスト24と言っても、今年観た新作アニメ映画が全部で24本というだけです。

ズートピア』と『聲の形』と『ファインディング・ドリー』は三回くらい観たと思います。あとは全部一回ずつでの印象です。
ではまいりましょう。

 長編のベストの前に短篇のベストの紹介を。

神『ひな鳥の冒険』(アラン・バリラーロ監督、ピクサー

 『ファインディング・ドリー』の併映短篇。シギのひな鳥が自力で餌を取れるようになるまでを描く。

 とにかく、神、としかいいようがない。浜辺の砂の一粒一粒、小鳥の眼に揺れる光のひとつひとつ、画面に映るすべてに奇跡が宿っている。あらゆる瞬間が現実以上に生きている。無機物から生命が発生したというのも、この短篇を観たなら信じられる。

ベスト5

☆『ズートピア』(リッチ・ムーア&バイロン・ハワード監督、ディズニー)

 擬人化された動物たちの街で発生した連続失踪事件を、理想主義的なウサギの警官が厭世的な詐欺師のキツネをバディに捜査するクライム・サスペンス。


 言いたいことはだいたいブログ記事のほうで言ったんで、いまさら特につけくわえることもありません。3DCG、アニメーション、ストーリーテリング、映画、おおよそ技術と名のつくものの粋であり、ディズニーアニメ史に残る傑作です。

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2『聲の形』(山田尚子監督、京都アニメーション

 元いじめっ子兼元いじめられっ子の高校生が、昔いじめていた聾の少女に再会してさあどうすんの、っていう青春ドラマ。大今良時の漫画原作。

 これもだいたい言いたいことはブログのほうで言ったような気がする(けど感想的な部分はあんま出してない気もする)。


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 なんだかんだで一番好きなのは、動作のディティールなのかもしれません。
 小学生時代の植野が遊具を伝わせる指。
 将也を追い出した結絃がパイプ椅子に腰掛けながらぼんやりと雑誌のページをいじる指。
 画面が豊かである事実そのものが、作品のテーマにかかわってきます。

3『この世界の片隅に』(片渕須直監督)

 戦時中に広島から呉に嫁いできた若い女性が、だんだんとどん詰まりになっていく日本をかろやかにでも必死に生き抜いていくさまを描く戦時下日常ドラマ。こうの史代の漫画原作。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

 戦争の暴力、と聞くと、まあ『プライベート・ライアン』の冒頭みたいに弾丸がガンガンとんできて冗談みたいに兵士が死んでいく戦場を人は連想しがちなものですが、近代戦が総力戦である以上、後方にも暴力は波及してくるわけですよね。それも『アドルフに告ぐ』の峠草平みたいな、いかにも波乱万丈の人生を送っている人間でなくったって、さしあたって思想を表明せず日々洗濯して買い物して掃除して裁縫してメシ作って愛を営んでいる主婦だって、ちゃんと区別なく戦争から殺しにこられます。
 わかりやすいのは空襲ですよね。空が蹂躙される。焼夷弾が降ってくる。みんなの家が燃える。家が燃える、というのは映画では大変なことです。家族、ふるさと、アイデンティティの帰属先、それがいっぺんに失くなってしまうのですから。
 でも、空襲や爆弾ばかりが脅威であるとはかぎらない。怪我や病気、物資の不足、官憲による統制、出征した家族の戦死、それらは主人公のすずに襲い掛かってくる暴力ですが、彼女以外だって、たとえば娼館で働く女性は色街から一生出られない。昭和二十年ですよ。すげえ時代だな、と思います。
 現代と比べるとそりゃあすさまじいというか凄惨な状況なわけですけれど、それでも人間はそこそこに生きている。二重に、すげえ時代だな、と思います。話がちょっと変わりますけど、わたしはミステリ作家や文豪が戦時中につけてた日記やエッセイを読むのが好きで、といってもごくたまに読むくらいですけど、そんなたまの機会に毎回、みんなそこそこに生きていたことに驚かされます。みんな普通に泣いたり笑ったりくだんないことやってたり悪態をついたり怒ったり食べたり死んだりしていて、まあでもよくそういうことを戦争中にできるな、と思う。戦争中に小説とか読んでる場合じゃねえだろう。そう思うんだけど、でも読む人は空襲受けようがなんだろうが読む。どころか、戦地に行っても読んでる。なんか岡本かの子とかスタンダールとか読んでる。読んで、つまんねえよな、とか日記に書く。人が死んでるんですよ。人がわりとイレギュラーな形で死んでるのに、小説を読んでつまんないとか感じて書く。感じられて、書ける。生きてます。大変なことです。
 全然話ズレちゃいましたけど、だから、簡単に死ねる時代に生きてるってすごいんだなあ、という映画です。

4『ファインディング・ドリー』(アンドリュー・スタントン監督、ピクサー

 『ファインディング・ニモ』の続編。健忘症のナンヨウハギ、ドリーが両親の存在を思い出し、再会すべく旅に出る。

 基本的に世間に出しちゃいけないレベルでダメな人に対してやさしい映画に弱いんですけど、これもそういう類で、映画館で泣きました。今年の映画で、他に泣いたのは『マダム・フローレンス!』くらいですね。
 ドリーは『ファインディング・ニモ』のころから病的なまでに忘れっぽいキャラとして描かれてきました。その忘れっぽさはすさまじく、何かを話している最中に数秒前に話していたことを忘れて混乱してしまうほどです。まず、一人(魚だけど)でまともな社会生活を営める人(魚だけど)ではありません。


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 でも、そういうあなたでも、あなたとして、ちゃんと生きていいんだよ、と『ファインディング・ドリー』では言ってくれる。
 理想主義的だけど、絵空事ではないレベルでの地に足のついた(もちろん魚ですから抽象的な感じではるんですけど)処方を用意してくれていて、物語もそのために作りこまれている。『ズートピア』同様、『ドリー』がひとやまいくらの教条的な訓話に堕していないのは、テーマを伝えるために物語面で妥協をしていないからだと思う。ただ『ドリー』の場合は、ちょっとテーマにひっぱられすぎているのは否めないかなあ、とも。
 監督が大御所のスタントンだとピクサーご自慢のブレイン・トラストが十全に機能しないんですかね。

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5『劇場版 探偵オペラミルキィホームズ 〜逆襲のミルキィホームズ〜』(森脇真琴監督、J.C.STAFF

 TVアニメ『探偵オペラ・ミルキィホームズ』の劇場版。あらすじはよく憶えてないけど、またトイズがなくなって気がする。

 思えば、といって思いさえすればなんでも放言してかまわないのではないのだろうけれど、『探偵オペラミルキィホームズ』はシリーズを通じてずっっっっっっと、探偵小説における「探偵」の存在についてラジカルな問いを投げかけてきたアニメだった。問いとは、究極的に、「探偵とは『推理する能力』がなくても、なお探偵でいられるのか?」ということだ。
 この麻耶雄嵩ばりの探偵論物語に、劇場版では回答が出る。
 先んじて言ってしまえば、探偵とは、能力ではない。資格でもない。まして職業などでは絶対にない。
 態度なのだ。
 自分が探偵である、という心意気さえあれば、世界は自然にあなたを探偵にしてくれる。
 私がなにを言ってるのかわからない向きは、是非『劇場版 探偵オペラミルキィホームズ』をご覧になってほしい。それでもわからないなら、それでいい。ミルキイホームズが真犯人を指摘するときに頬を伝うであろうその涙が本物でさえあるのなら、他に何も要らない。*1
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以下それ以外。

基本的には楽しめた順で並べています。降るにつれて雑になっていくのはそのせいです。まあ、作品同士でそんなに差はないですが。観ればだいたい面白いです。

君の名は。』(新海誠監督、コミックス・ウェーブ・フィルム

 あらすじは全国民が知ってるだろうし省略します。

 ぼくの周囲ではロジックで物事を見る人が多いせいか評判悪かったんですが、まあでもエモいからいいじゃん、感情でつながってるからつながってるじゃん、RADWIMPSでアガるからいいじゃん、でいいじゃん、じゃないですか。
 ところで、
 なんでみんなRADWIMPSを憎むのでしょう?
 なんでみんな中高生のころにRADWIMPSを聴いていた記憶を嘘にしたがるのでしょう?
 変質したのは野田洋次郎ではなく、あなたなのでは?
 心が身体を追い越してきたのでは?
 銀河何個分かの果てに出逢えたその手を壊さずにどう握ったらいい?

 あと観たらみんな必ずゆきちゃん先生の話をしますね。ぼくは、ゆきちゃん先生の鬱はまだ治ってない派です。

『ソング・オブ・ザ・シー』(トム・ムーア監督、カートゥーンサルーン

 あざらしの妖精ケルピーのお母さんと人間のおとうさんとのあいだに生まれた兄妹の話。家族の話。

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (オリジナル・サウンドトラック)

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (オリジナル・サウンドトラック)

『ブレンダンとケルズの秘密』のトム・ムーアの映画を観ない、とは選択というよりむしろ敗北主義的な自殺に近くて、公開されたからには観に行かねばならないわけです。観るわけです。当然のごとくすばらしいわけです。
 『ケルズの書』のカリグラフィーを下敷きにした『ケルズの秘密』のスタイリッシュさはさすがにちょっと薄れていたものの、そのぶんアニメーションの快楽が前面に押し出されていた印象(魔女の頭が膨張するシーンとかちょっと宮﨑駿っぽかった)。
 でもまあ、なによりキャラクターのかわいさですよね。ヒロインのシアーシャは跳ねた前髪を直す仕草がいちいちかわいいし、主人公ベンの親友であるイヌ(オールド・イングリッシュ・シープドッグ)もでかくてかわいいし、アザラシたちも最高にキュート。人がアザラシに、アザラシが人にメタモルフォーゼする瞬間はたぶん手塚治虫に観せたら失禁しながら号泣してスケッチとるレベルですよ。
 お話も、きょうだい、父子、母子、祖母と孫、少年と犬といった複合的な家族の関係をあますところなく優しくたおやかに掬い取った物語で、ご家族誰もが愉しめること間違い無し。

KING OF PRISM by PrettyRhythm

 あらすじ:これがプリズムショーかあ〜〜〜〜〜〜。

 感想:これがプリズムショーかあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

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 話としては至極どうでもいい(どうでもよくないんだと主張する勢力も存在しますが、彼らを招き入れてはなりません。悪魔のささやきであり、聞いたが最期で死にます)んですが、映画館で得られる体験としては突出してユニークであり、圧倒的。自分がなにをされているのか、なにを見せられているのか、なにを感じさせられているのか理解できないまま、自失と涜神の六十分が過ぎていく。
 観終わった直後はこの看過しえない体験をノーマライズしようと、自分を説得にかかることでしょう。
 あれは話としてはなんてことないんだ。ああいう仕掛けのアニメはキンプリがはじめてなわけじゃない。ただ、みんなが狂っている狂っているといっているからそう思い込んでしまっただけ。
 やがて人はキャラや設定の話に逃げます。
 あのキャラは変だよね、設定どうなってるんだよ、あのシーンはおかしかったよね。バカだったよね、そうバカな映画だった。ははは。


 全部うそです。逃避です。


 現実を直視なさい。
 キンプリはアニメではない。
 キンプリは映画ではない。
 キンプリは聖書ではない。
 キンプリはあなたが精通したときに左手に握りしめていた安いエロ雑誌ではない。
 キンプリはワンショット六十分の映像ドラッグです。
 脳へダイレクトアタックする人造ウィルスです。それは伝染し、拡散され、やがて地上を覆い尽くします。逃げ場はありません。体験は有限ですが、滅びは永遠です。
 あとに残るのは、廃墟となった京都イオンシネマの七番スクリーンだけなのです。
 観るもののいなくなった大画面に、七夕の夜のプリズムショーが無限にリピートされます。
 一日二十四回、精確に繰り返されます。その光景は、二十四コマで二十四回繰り返される映画一秒あたりの死に一致します。「ということは、映画というメディアはキンプリを上映するために生まれたのか?」

 その問いかけに答える人間は、もう地上のどこにも存在しません。
 あとに残るのは、廃墟となった京都イオンシネマの七番スクリーンだけなのです。
 観るもののいなくなった大画面に、七夕の夜のプリズムショーが、一日に二十四回、一秒に二十四コマ……。



『アノマリサ』(チャーリー・カウフマン&デューク・ジョンソン監督)

 ビジネス書で一山当てた男が講演先のホテルで「運命の女」に出会う。他の人間たちが全員同じ顔見え、同じ声に聞こえていた男の眼には、その女性、リサだけは違う顔、違う声を持っているように見えた……。『脳内ニューヨーク』のチャーリー・カウフマン監督作。

 人形をコマ撮りする、いわゆるストップ・モーションと呼ばれる手法で作られた作品。『ウォレスとグルミット』とか『コララインとボタンの魔女』を想像していただけるとわかりやすいでしょうか。
 人形アニメ部分を担当したデューク・ジョンソンはデューク・ジョンソンで、アメリカTVコメディ界の仕掛け人ダン・ハーモンとの絡みでなかなか興味の尽きない人ではあるのですが、『アノマリサ』はやはりチャーリー・カウフマンの映画と言ったほうがいい。
 おもいだしてください。『マルコヴィッチの穴』のチャーリー・カウフマンです。『エターナル・サンシャイン』のチャーリー・カウフマンです。『存在の耐えられない軽さ』のフィリップ・カウフマンではありません。チャーリー・”『脳内ニューヨーク』”・カウフマンです。
 チャーリーは基本、実写の人ですので、ストップ・モーションという手法をただのんべんだらりと消費しません。人形を用いることで「世界が偽物に見える主人公の視点」に一定の没入感を与えます。
 どういうことかといえば、登場人物たちの頭に不自然な線が走ってるわけですよ。後頭部をぐるりとまわって両の目尻をつなぐように。最初観ているうちは、未熟な技術のせいでパーツとパーツの継ぎ目があらわになってしまっているんだな、と思いますが、あんな高度に繊細なアニメーションを達成できるスタッフが、こんな初歩的なポカをやらかすはずがない。もちろん、仕掛けが眠っているわけです。
 この不自然な継ぎ目以外にも『アノマリサ』はテクニカルな仕掛けに満ちています。
 主人公(デイヴィッド・シューリス)とヒロイン(ジェニファー・ジェイソン・リー)以外の人物の声は、すべてトム・ヌーナンが担当し、それらのキャラは男女の区別なく顔の造作もみんな同一です。
 他にも夢とも現実ともつかない幻想的なシーンに放り出される、世界や建物が変容する、(人形アニメなのに)人形がフィーチャーされる、やたらアダルトなシーンが出てくる……つきなみな言い方をすればカフカ的な現実に、チャーリー・カウフマンファン的にはいつものチャーリー・カウフマン的な現実に、観客は主人公を通してどんどん侵食されていきます。そういう現実崩壊感覚が、そもそもが不自然さだらけであるストップモーションの手触りによくマッチしている。

 最終的には、愛の話です。ハードでにがい、愛の話です。
 色んな意味で、大人向けのアニメですね。

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『ペット』(クリス・ルノー&ヤーロー・チーニー監督、イルミネーション・エンターテイメント)

 ジャック・ラッセル・テリアのマックス🐶は飼い主の女性がだーい好き❤。しかし、ある日、デュークという名のデカくてイヤミな雑種犬👿が現れ、幸せだった日常は思わぬ方向に転がり始める……。

 『怪盗グルー』フランチャイズの大成功により、売上的にはディズニー/ピクサーに互する有力スタジオに成り上がったイルミネーションですが、内容はといえばピクサーの模倣から逃れきれていませんでした。
 そんなイルミネーションに対する私の見る目が変わったのは、『ミニオンズ』からでしょうか。*2ピクサーお家芸である「深くてイイ話」を諦め、ほとんど露悪スレスレのスラップスティックギャグ路線へ舵を切ったのです。その結果『ミニオンズ』は映画史上でも稀に見るイギリス国辱映画として批評的に敗北しますが、ともかくこれ以降のイルミネーションが吹っ切れたことはたしかです。
 全然的はずれなことを言いますが、ピクサードラえもんだとすれば、イルミネーションはクレヨンしんちゃんでしょうか。

 で、『ペット』ね。『ペット』ですよ。かわいいよね。かわいい動物がいっぱい出てきてカーワイー*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩‧₊みたいな……すいません、ウソつきました。そんなにかわいくないです。ひょうたんみたいな顔の主人公、ブサイクの極みのような雑種、ほとんど円形のめつきわるいネコ、劇中で可愛いキャラとされているウサギでさえなんというか……何? ノリをまいてないおにぎりってなんて呼ぶんだっけ? おむすび?
 どいつもこいつも握りつぶしたくなるような憎ッたらしいツラしてんスよ。
 そいつらがマアひどい目にあったり、ひどい目にあわせたりする。そういうギャグがいちいち極まっている。もちろん擬人化されているんですが、そのへんの動物アニメよりも、ああ、こいつら畜生なんだなあ感が強い。
 ただギャグがちょっと面白いってだけなら『コウノトリ大作戦!』とそんなに変わらない好きさ(あれ? けっこう好きだぞ?)なんですが、この映画を一段上に押し上げたのはなんといってもポメラニアンを演じる沢城みゆき
 このポメラニアンがね、頭おかしいんですよ。主人公のこと大好きで大好きでしょうがない夢見る乙女です。が、テレビで毎日観ているテレノヴェラ(スパニッシュ系の昼メロ)に影響されて、愛する主人公が窮地に陥ったと知るや情熱的に物事を解決しにかかる。愛ゆえに強い。愛ゆえに最強。暴力で愛を通そうとすらします。
 挙動もいちいち完璧で、チョコマカ動いて躁気味に喋る。自分の内部の論理で納得して素早く行動する。そこへきてCV.沢城みゆきとくれば、全人類の普遍的な記憶として蘇るのが、『マイ・リトル・ポニー』の主人公トワイライト・スパークル。シーズン2の第3話『トワイライトがピンチ!(Lesson Zero)』ですよ。キチトワイですよ。切羽詰まって煮詰まった感のあるときの沢城みゆき演技を正味一時間くらいのあいだ堪能できる。それだけで『ペット』は吹き替えで観る価値がある。

 とまあさんざん他人に伝わらない形で褒めましたが、大筋のストーリーは『トイ・ストーリー』のパクリです。その点だけとれば劣化コピーといってもいいと思います。ですが、『白雪姫』以降のディズニー/ピクサー二重帝国のウェルメイドな「良きアニメ」的な作劇に対して、ワーナーアニメのルーニー・テューンズに代表される「わるいアニメ」の道統がイルミネーションにはたしかに受け継がれている。
 現在のアメリカアニメ映画界の最前線を張っている作品のひとつであることは間違いありません。イルミネーションの次の作品は『シング/SING』。見逃すなかれ。

『モンスター・ホテル2』(ゲンディ・タルタコフスキー監督、ソニー・ピクチャーズ)

 人間と結婚して一児のママとなったドラキュラ娘、メイヴィス。彼女はクレイジーなモンスターが集うモンスター・ホテルで子育てをつづけるべきか、夫の故郷である人間界で「まともな」子どもを育てるべきか悩み出す。

 前作のヒロイン、それもどう観たってティーンエイジャーみたいな見た目だったヒロイン(ドラキュラなんで数百才オーダーだけど)が開始一分で人妻となり、五分で妊娠し、十五分で五歳児の母親になる衝撃。こんな子供向けアニメ映画は初めてやで。
 そして、新ジャンル、腹ボテこうもり。

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 まあ内容は前作にひきつづきシングルファーザーである父と娘の和解といいますか。前作と違うのはお互い子を持つ親になったことですね。子持ちの親子同士の相克を描くアニメ映画はめずらしい。ソニーなりに苦心して独自の路線を見出そうとしているのがうかがえます。ギャグもストーリーもそこそこにバランスがよろしくて、なによりキャラデザがあいかわらずキュート。愛嬌だけでいったら今年トップクラスかもしれません。

 この作品の持つもう一つのアングルは、テレビアニメ界の逆襲、でしょうか。監督は、『デクスターズ・ラボ』や『サムライ・ジャック』といったカートゥーン・ネットワークで育った人間にとっては涙の出るほど懐かしいタイトルを生み出した英雄、ゲンディ・タルタコフスキー。第一作から継続しての起用です。大物とはいえ、テレビアニメとアニメ映画で(すくなくとも監督クラスの)人材の住み分けがハッキリしているアメリカアニメ界では、めずらしい抜擢でした。
 たとえそれがアダム・サンドラー映画であったとしても、タルタコフスキーが長編を撮る、というのは米国アニメ界における事件なわけで、とりあえず観る義務が生じます。*3
 現在でもアメリカTVアニメ界の主流は2D*4なわけですが、そういうところの第一線級を走り続けてきたひとが3Dを舞台にするとどういう風にアニメーションをアニメートしていくのか。そういう興味で観てるとやはり『ドリー』や『ペット』と何かひとつひとつの所作やショットが違う気がする。気がするだけかもしれないというか、むしろ作家性に還元されるべき差異なのかもしれませんが、なんだか新鮮に観える。
 とくにクライマックスのバトルシーン。テンポや構図が『パワーパフガールズ』っぽくて、眼福。

『同級生』(中村章子監督、A-1 Pictures

 男子高校生二人が恋愛関係になるんだけど、ふたりのあいだにエロカッコイイ教師がからんできてたいへ〜ん💦みたいな感じだった気がするけど、あってる?

 原作のストーリーほとんど忘れた状態で鑑賞して、今となっては映画のストーリーもほとんど忘れてしまっていますね。ちゃんと明日美子的な透明なエロスが再現されていて良かったなあ、という感触だけが残っています。
 これを書くために予告編を観ていてちょっと思い出しかけましたが、二人の距離感の表現がすばらしいですよね。間合いのとり方、肉体的な接触の詰め方、ショットの切り方、なんかね、いいなあと。

ガールズ&パンツァー劇場版』(2015)(水島努監督、アクタス

 学校のお取り潰しを回避すべく、高校生戦車乗りたちが大学生戦車乗りたちと戦う。

 今年になって観ました。バカスカ撃ち合う戦車を観てて、楽しくならないわけがない。たまらなく巨大な自走砲の砲身をリアルな存在として信じられたなら、それで十分なんじゃないでしょうか。
 関係ないですが、一週間くらい前にアンチョビは頭悪いから大学進学できなさそうでかわいそうだなあ、という話を他人にしたらその人から、まあ意外と勉強はできそうだし、第一戦車推薦があるだろうから進学するくらいは大丈夫だろう的なことで説得されました。よかったなあ、アンチョビ。

『アーロと少年』(ピーター・ソーン監督、ピクサー

 建築や耕作といった文明生活を営む恐竜たちの世界で、自分のミスで父を失った少年恐竜が、野蛮な「動物」である人間の子供と出会うロード・ムーヴィ。

 巷では「ついにピクサーが駄作を作った」と騒がれていたようですが、本当にこの作品を観て言っているようならその目ン玉の方がクソでできているのでしょう。たしかにピクサー作品としては、ストーリーの力強さに欠けるのは否めませんが、そのぶん表現にポイントを振っています。テクスチャのリアルさと官能は『ファインディング・ドリー』までを含めたピクサー史上最高クラスでしょう。
 古き良き西部劇へのリスペクトにあふれた雄大な自然美です。
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コウノトリ大作戦!』(ニコラス・ストーラー&ダグ・スウィートランド監督、ワーナー・ブロス・アニメーション)

 かつて世界中に赤ちゃんを配達していたコウノトリたち。現在では赤ちゃんの配送をやめ、普通の宅配会社として営業している。しかしある男の子のねがいによって産まれてしまった赤ちゃんが、大騒動をひきおこす。

 配給会社としてはともかく、制作会社としては『レゴ・ムービー』によって一躍アメリカ・アニメ映画戦国時代に版図を築き上げたWAGですが、この『コウノトリ大作戦!』で『レゴ』の成功がフロックでなかったことを見事証明しました。
 この作品も『ペット』的なスラップスティックギャグ寄りのカラーなわけですが、やはり「第二のピクサー」への野心が捨てきれないのか、とってつけたような人情ドラマも展開されます。とってつけたような、といってもそこは2016年のとってつけですから、そこそこバランスがとれていて、物語的にも強度がある。だからフツーに観られるし、フツーに感動できる。
 ですが、この作品はなんといってもギャグでしょう。オオカミたちの集団メタモルフォーゼ芸や、ペンギンたちとのサイレント格闘シーンは出色の切れ味で、瞬間最大風速的には本年度最高のギャグアニメ映画といってもよいかもしれません。

 WAGはこの調子でどんどんオリジナル企画を出していけばいいと思います。が、次の四年で制作予定だという『レゴ・ムービー』の続編を含めた五本、どれもレゴだったりスクゥードゥービーだったりと既存のIPの使い回しになるっぽい。五本のうち唯一オリジナル企画はイエティを題材にした『smallfoot』のみ。
 ヴァラエティ誌の報道を読むと、原案は『怪盗グルーの月泥棒』でストーリーを担当したセルジオ・パブロス、脚本は『フィリップ、君を愛している!』や『フォーカス』といった実写方面で活躍するジョン・レクーアとグレン・フィカーラのコンビ、監督はディズニー出身で『クルードさんちのはじめての冒険』(ドリームワークス)で作監を務めたライアン・オルリン。ずいぶん寄せ集め感の強い面子ですが、むしろ新進の気概をこそ買うべきでしょうか。

『レッド・タートル ある島の物語』(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督、プリマ・リネア・プロダクションズ)

 無人島に一人取り残された男が、たまたま見かけた赤い亀をひっくりかえして殺したら、なんか美人の嫁ができてかわいい子供にも恵まれました、というお話。ほんとうにそういう話。

 今年のアカデミー賞長編アニメーション部門ノミネート最有力作品です。全編がサイレント。アート映画ですね。抜けるような南洋の空と清澄な海、たおやかな木々、そして亀たちといった自然の空気感がスクリーンを通して強烈ににおってくる。そうした自然は美麗であると同時に脅威でもあって、ある瞬間に猛然と襲い掛かってきたり、かとおもえば気まぐれに恵みを与えてくれたりもします。一種のサバイバル物語といえばそうなんですが、多数の漂流もの映画とおなじく、人生が濃密に凝縮された寓話でもあります。
 他のサバイバルものと一線を画しているのは、後半からの展開でしょう。孤独に生きのびるだけだと思われていた主人公に、たまさかのプレゼントが贈られます。そこからは、もう、本当に人生ですね。
 鈴木敏夫がプロデューサーとして、高畑勲がアーティスティック・プロデューサーとして関わっている、といえば(それが日本向けプロモーションの一環とはいえ)ある程度の傾向は事前に予想できるのではないでしょうか。

カンフー・パンダ3』(ジェニファー・ユウ監督、ドリームワークス)

 ウーグウェイ導師のライバルであったカイが「魂の国」(死後の世界的な場所)から蘇った。力を渇望する彼は中国全土のマスターたちの能力を奪い、ウーグウェイに対する復讐のためにポーたちを襲う。一方、ポーのもとに自分の父親を名乗るパンダが現れて……。

 『2』で主人公ポーのアイデンティティ問題を解決したのでもうそういうのはやんないのかなー、と思ってたけど、よく考えたら過去の問題が全部明らかになっていたわけではありませんでしたね。
 今回は親子テーマ。どっちかというと親寄りの描写が多いですね。ポーの前に実の父親が現れるんですが、育ての親であるラーメン屋の鳥がポーを取られるんじゃないかとやきもきしたり、逆に生みの親のほうが距離のとり方に失敗したり。子どもであるポー自身については板挟み的な状況にあまり思い悩んだりはしません。
 生みの父親と育ての親が直接対話するシーンは白眉ですね。
 親も一個の人間だから間違ったりもするんだよ、と濱口竜介の『ハッピーアワー』と似たようなセリフも出てきますが、『ハッピーアワー』が人間を突き放すためのセリフであったのに対して、『3』はむしろ親である人々に対するいたわりというか、おもいやりから出ています。
 ここまで親向けに振って大丈夫かな、と心配してしまうほどのバランス。

 子どもたちにはおなじみカンフー描写でサービスします。
 今回はスケールといいカメラワークといい、ちょっとドラゴンボールっぽくすらありますね。これはこれでいい。

『マイ・リトル・ポニー:エクエストリア・ガールズ - フレンドシップ・ゲーム』(アイシ・ルーデル監督、DHX&ハズブロ

 人気テレビシリーズ映画版第三弾。今度は運動会でフレンドシップ・イズ・マジック。

 おまえらには一生わからないだろうし、こっちもわかってもらおうとは思わない。
 あと Netflix は神。

『父を探して』(アレ・アブレウ監督)

 昨年度のアカデミー賞ノミネート作品。ブラジルの作品ですね。抽象的でカラフルなタッチのアートアニメ。

父を探して

父を探して

 きちんと観ればとてもすばらしい作品だと思います。きちんと観られれば。
 不幸なことに、私は上映時間の半分くらい寝てしまっていたので。

『預言者』(ロジャー・アレーズ監督、ヴェンタナローザ他)

 レバノン人作家ジブランの大ベストセラーのアニメ映画化。父親を失って唖になってしまった少女、アルミトラと政治犯として軟禁状態にある詩人ムスタファとの交流、そしてムスタファの含蓄ある幻想詩世界を描く。

預言者 [DVD]

預言者 [DVD]

 いちおう長編アニメではあるのですが、詩人ムスタファが折々で詩を紡ぐと、アラーズとは別の監督によるファンタジックなシークエンスがはじまり、美しい言葉に乗せて蠱惑的な映像詩が展開されます。
 どのパートもすばらしいのですが、やはりベストは『ソング・オブ・ザ・シー』のトム・ムーア担当パート。愛についての詩に沿って、グラフィカルに完成された短篇が流れます。
 監督のロジャー・アレーズは、90年代にディズニー第二次黄金期を支えたレジェンド。『ライオンキング』を共同監督したロブ・ミンコフも最近ドリームワークスで『天才ピーボ博士』という良質の作品を残しましたね。

きんいろモザイク Pretty Days!』(天衝監督、Studio五組

 あらすじ:綾ちゃんがしのに愛されようとがんばる!

きんいろモザイク (1) (まんがタイムKRコミックス)

きんいろモザイク (1) (まんがタイムKRコミックス)

 宗教映画の傑作。
 なぜ俺は神から愛されないのかと悩むカルト宗教の信者の寓話。さも悩みを解消するために端緒になりそうな感じで思い出される過去のエピソードが、結局悩みの原因が発生するより前の出来事なため、思い出したところで何も慰めにもならないという脚本上の欠陥を抱えるものの、物語的にも観客的にも問題とされないためオッケーみたいな。
 神の愛は一方的で気まぐれだが、信者は気持ちの持ちようでポジティブに生きられる。そういうお話。まあ現代のヨブ記みたいなもんです。ヨブは途中でキレるけど。
 今年はこれと『フリップフラッパーズ』で鬼才、綾奈ゆにこ先生を知りました。いまさらでしょうが。

名探偵コナン 純黒の悪夢』(静野孔文監督、TMS)

 もちろんコナンが事件を解決しようとがんばる。

 人間記憶装置に対するなんだその雑な条件付けは、だとか、いくらなんでも黒の組織潜入に捜査官いすぎだろ、ほとんど潜入捜査官じゃん、だとか、ウォッカとジンがドイツで黒の組織に潜入したスパイを処理したあと「日本に飛ぶぞ」と言うシーンで、こいつら、この服装のまま飛行機乗るんだろうなあ、と想像したりだとか。
 あと、そうですね潜入捜査官の一人がカナダのタワーで観光ガイドみたいなことやってたんだけど、黒の組織にしろカナダの諜報機関にしろ、そんなところで仕事させて何を期待していたのか……。あと裏切り者とはいえガイドツアーの真っ最中に殺すなんてめんどくさいことしなくても……。
 だとか。
 随所にしこまれたおかしみを味わうだけで時間があっという間にすぎていく、優良なコメディであります。

 次作は『福家警部補』シリーズの大倉崇裕先生が脚本を担当されるそうで、まじめに期待してます。

『アングリーバード』(クリス・ケイティス&ファーガル・レイリー監督、ロヴィオ・アニメーション&ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス

 怒りっぽい鳥が島を侵略してきたブタどもに対して怒りを爆発させる。

 移民問題の露骨な寓話(原作であるスマホゲームからまんま持ってきた)なのはともかくとして、全体的にダルい。とはいえ、クライマックスであるアングリーバーズ発射シーンは『この世界の片隅に』ほどではないにしろ破壊のスペクタクルに満ちていた。

バットマンキリング・ジョーク

 名作アメコミの映画化。あいかわらずひどいことをするジョーカーを、バットマンがしばこうとがんばる。

 原作の性差別的な部分を糊塗しようとして前より性差別的になってしまう悲劇。そこをのぞけば、そこそこ原作に忠実な映画化。

番外編:実写+アニメ系映画

パディントン』(ポール・キング監督):クマがいいですね。
ジャングル・ブック』(ジョン・ファヴロー監督):クマがいいですね。
『ピートと秘密の友達』(デイヴィッド・ロウリー監督):クマもいいけど、ワンコみたいなドラゴンもね。

*1:私は泣きませんでしたが

*2:その前の『怪盗グルーのミニオン危機一髪』から好きといえば好きだったのですが

*3:前作に参加していたレベッカ・シュガー(『スティーヴン・ユニヴァース』)は残念ながら今回未参加

*4:もちろん作業はほとんどこんぴーたーでやってるわけですが

11月に観た新作映画

映画

👍『疾風ロンド』(吉田照幸監督)
👍『エブリバディ・ウォンツ・サム!』(リチャード・リンクレイター監督)
👍『シークレット・オブ・モンスター』(ブラディ・コーベット監督)
👍『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(デビッド・イエーツ監督)
👍『この世界の片隅に』(片渕須直監督)
👎『きんいろモザイク Pretty Days』(天衛監督)
👎『ガール・オン・ザ・トレイン』(テイト・テイラー監督)
👍『溺れるナイフ』(山戸結希監督)
👍『ダゲレオタイプの女』(黒沢清監督)
👎『ぼくのおじさん』(山下敦弘監督)
👍『コウノトリ大作戦!』(ニコラス・ストーラー監督)
👍『手紙は憶えている』(アトム・エゴヤン監督)

11月は『この世界の片隅に』、『エブリバディ・ウォンツ・サム!』、『ダゲレオタイプの女』でスリートップ
次点が『溺れるナイフ』と『手紙は憶えている』ですかね。
『このせか』は人間が物理的にも精神的にも押しつぶされていくのがいいです。
『エブリバディ〜』は人間が物理的にも精神的にもハッピーなのがいいです。
『ダゲレオタイプの女』は人間が階段から落ちる映画です。人間をブツとして、被写物として固定したがるオブセッションは映画監督としての自己批評そのものなのかもしれない。『溺れるナイフ』の緩急というにはあまりにてらいすぎているカット割りの変調が嫌いじゃないし、音楽の使い方にいたっては大好きです。『手紙は憶えている』はもっていき方ですね。オチは予告編見ればまず予想ついて、本篇半分くらいみればほぼ確定するんですが。
『シークレット〜』は期待はずれだと聞かされ観に行くと予想よりも悪くない。トム・スウィートは見目麗しさだけじゃなくて何かたたずまいで持っていきますね。『疾風ロンド』は聞かなくても期待〇で、実際瑕疵も多い(とくに「温度が十度以上になると生物兵器の入ったビンが割れる」という設定はほとんど無視。あと演出の全部)んですが、人情群像劇とコメディとサスペンスをうまい按配でからませる脚本の手筋はインテリジェント。ギャグをそのまま伏線として使える次元までくれば『21ジャンプストリート』の背中が見えるかもしれない。
コウノトリ』ね。全体的にどうとかではないんですが、細かいギャグが好きですね。狼の群体とペンギンとの静かなる決闘

11月はシアターライブ系が好調でしたね。ケネス・ブラナー・シアターライブの『ロミオとジュリエット』もNTLの『戦火の馬』も。

第八十九回(2016年度)アカデミー賞長編アニメーション賞候補のショートリスト

海外アニメ 映画

 が、11日に発表になりました。

www.oscars.org

『アングリーバード The Angry Birds Movie』
『April and the Extraordinary World』
Bilal
ファインディング・ドリー Finding Dory』
『Ice Age: Collision Course』
『Kingsglaive Final Fantasy XV
『Kubo and the Two Strings』
『カンフーパンダ3 Kung Fu Panda 3』
『リトル・プリンス 星の王子さま The Little Prince』
『Long Way North』
百日紅 Miss Hokusai』
『モアナと伝説の海 Moana』
西遊記 ヒーロー・イズ・バック Monkey King: Hero Is Back』
『Mune』
『Mustafa & the Magician』
『My Life as a Zucchini』
『Phantom Boy』
『レッド・タートル The Red Turtle』
『ソーセージ・パーティ Sausage Party』
『ペット The Secret Life of Pets』
『シング/SING Sing』
『Snowtime!』
コウノトリ大作戦! Storks』
『Trolls』
『25 April』
君の名は。Your Name.』
ズートピア Zootopia』


 だいたい前の記事で言及していた面子が順当に残った印象。
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 日本勢からは『百日紅』と『君の名は。』のほかに『Kingsglaive Final Fantasy XV』が入っていますが、これは圧倒的に評判悪いし、知名度的にも劣るのでまあ賑やかしでしょう。


 ショートリストのなかで初めてみる顔なのは『25 April』、『Mustafa & The Magician』、『Bilal』と『Snowtime!』。

 なかでもBilalは異色。製作国はUAEで、ドバイにスタジオを構える Barajoun Entertainment が放つアニメ映画の第一作です。
 内容はイスラム教の聖人であるビラール・ビン=ラバーフの伝記映画。
 1000年ほど前のアラブのとある国を舞台に、田舎から攫われて街で奴隷として育った黒人少年がムスリムに改宗して己の運命を知るアドベンチャー大作、らしい。
 注目すべきはその本気度。予算3000万ドルで、アラブの話なのに劇中で話されるのは全編英語。その映像クオリティも米国の大手スタジオと比べてもあまり遜色ありません。
 キャラデザのルックも新鮮ですね。デフォルメされたキャラクターが世界的に主流な時代にあって、『Bilal』はかなりリアル寄り。しかし技術力の高さと隠し味のようにほんのりと施されたデフォルメのおかげで、観客にもかなり受け入れやすいビジュアルになっています。おそるべし、石油マネー。

www.youtube.com


 『Snowtime!』はカナダの子供向けアニメ。いちおう原題こそ英語ですが、カナダといってもフランス語圏のケベックのアニメなので、『La guerre des tuques』というタイトルもつけられています。
 内容は子どもたちが集まってキャッキャウフフと雪合戦するだけのお話っぽいです。
 まあこれも本選には絡まないかな。

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 あとヒロインがかわいい。

www.youtube.com



 『25 April』ニュージーランド製で、ショートリストに挙がったなかでは唯一のアニメ・ドキュメンタリー作品。第一次世界大戦ニュージーランドが初めて海外に遠征した(そして大敗した)「ガリポリの戦い」に参加した若者たちの群像劇です。
 ガリポリの戦いでは2800人のニュージーランドの若者が失われたそうで、100年経った今でも国家的なトラウマだそうですが、その悲劇性がアメリカ人にどの程度伝わるかは疑問です。
 とはいえ、戦争ドキュメンタリーアニメといえはアリ・フォルマンの『戦場でワルツを』の輝かしい前例があるだけに、仕上がりによってはあるいは……。

www.youtube.com



 『Mustafa & The Magician』についてはまったくといっていいほど情報がありません。
 ググるといちおうそれっぽい公式サイトがヒットするのですが……。

Mustafa & The Magician

 予告のビジュアルから公式サイトからとにかく何もかもショボい。
 イラクを舞台にした話であるようなので、製作もイラクなのかな?

『君の名は。』はアカデミー賞を穫れるか? :今年の有力海外アニメ映画の状況

映画 海外アニメ 調べ物

 結論からいうと、たぶん無理。


『君の名は。』オスカー候補に名乗り!第89回アカデミー賞長編アニメ部門の審査対象作品に - シネマトゥデイ


 この一報を目にしたとき、「正気か?」と関係者の判断を疑った。
「『君の名は。』がオスカー穫れる実力なんてあるわけないじゃん」と言いたいわけではない。
 個人の感想はあるだろうれど、『君の名は。』が今年の日本アニメ界を代表する作品であることは間違いないし、数少ない海外批評家レビューや一般観客の評価でも大絶賛されている。
 世界のミヤザキの後継者筆頭として、例年ならば、受賞は時期尚早にしてもノミネートくらいされていたかもしれない。例年ならば。たとえば、『ベイマックス』が受賞したような年であれば。

 今年は、ヤバい。
 面子がすごい。

 去年が神心会空手の全国大会だとすれば、今年は最大トーナメントに最強死刑囚編と大擂台賽編をあわせたくらいヤバい。


 そういうわけで今年の海外アニメ全選手入場ッ!

アメリカ国内スタジオ組

 もともと激戦は予想されていた。

 なにせアナ雪(2013年度受賞)と『ベイマックス』(2014年度受賞)で二年連続のオスカー獲得を果たし、完全復活を遂げたディズニーが満を持してズートピア(Zootopia)』『モアナと伝説の海(Moana)』という二大大作をぶちこんでくるスケジュール。

『ズートピア』予告編

『モアナと伝説の海』予告編


 絶対王者ピクサーも負けじとオスカー受賞作*1ファインディング・ニモ』の続編、ファインディング・ドリー(Finding Dory)』へ二度の受賞経験*2を持つベテラン、アンドリュー・スタントン監督を投入。

「ファインディング・ドリー MovieNEX」予告編


 この二大スタジオだけでノミネーション枠五枠のうち三枠は埋まるだろう。
 年度開始時点ではそう予想されていた。そして、実際に『ズートピア』と『ドリー』は記録的なメガヒットを飛ばし、両作とも全世界興収で十億ドルを突破した。十億ドルである。円ではない。ドルで、十億。米国内だけの興収を観ても、現時点で『ドリー』が約四億八千五百万ドルで堂々の第一位。『ズートピア』も『バットマン vs スーパーマン』を上回って約三億四千百万ドルで第六位にランクインしている。
 当然ながら、両者ともに批評家の評価も高い。特に『ズートピア』は全米の映画批評家の実に九十八%が支持*3しており、公開当初は「今年はこれで決まり!」の声も高かった。
 『モアナ』はまだ日米ともに未公開であるが、スタッフからキャストまで『ズートピア』以上の豪華メンツを集め、前評判は相当に高い。今年の上半期に公開したために印象の薄れてしまいがちな『ズートピア』の先行をひっくりかえして、一気に受賞本命となる可能性も大いにありうる。


 ところが、ディズニー/ピクサーのライヴァルたちも今年はなぜか気合が入りまくっている。

 米国内のスタジオとしてはディズニーに肩をならべるノミネート常連であるドリームワークス。
 ドリワはディズニーのハワイアンミュージカル『モアナ』に対抗すべく、歌手のジャスティン・ティンバーレイクアナ・ケンドリックといったミュージカル映画で既に確固たる評判を確立した鉄板俳優を主演声優に据え、名曲カバーとオリジナル楽曲の二正面ミュージカル『Trolls』を制作。
 アメリカではつい先週公開され、マーベルの話題作『ドクター・ストレンジ』に続き二位にランクインした。批評家の反応も上々だ。特にサントラは高評価を受けている。主題歌はアカデミー歌曲賞へのノミネートが有力視されている模様。

TROLLS | Official Trailer #1


 また、ドリワは一月に『カンフーパンダ』シリーズの最新作『カンフーパンダ3(Kung Fu Panda 3)』を公開し、世界興収五億ドル(国内一・四億)を達成。広範に支持を獲得しており、「シリーズ最高傑作」の呼び声も高い。今となってはすっかりかすんでしまった感があるけれどもまあがんばれ。

映画「カンフー・パンダ3」予告1


 米国内スタジオでは過去作すべてでノミネーションを経験しているストップモーションアニメ界の雄、ライカ(『コラライン』や『パラノーマン』など)を忘れてはいけない。
 悲願の初オスカーを狙うライカはジャポネスク趣味に振った渾身の大作『Kubo and Two Strings』を発表。これが元々評価の高かったライカでもずばぬけた会心作として批評家筋で絶賛を受け、オスカー戦線の大本命に躍り出た。ジャポネスクがオスカー戦線で強いのは『千と千尋の神隠し』と『ベイマックス』で証明済み。

KUBO AND THE TWO STRINGS - Official Trailer [HD] - In Theaters August 2016


 新作をリリースするごとに総スカンを食らってきたガッカリの殿堂ソニーも今年は何かが違う。
 そう、現在日本でも公開中の『ソーセージ・パーティ(Sausage Party)』があるからだ。
 アメリカコメディ界で猛威を奮うセス・ローゲン&アキヴァ・ゴールズマンのコンビ(『ディス・イズ・ジ・エンド』等)が初のアニメに挑戦した本作は、そのお下劣ネタの嵐で下ネタ大好きなアメリカ人から賞賛を浴びまくった。

映画 『ソーセージ・パーティー』 予告

 これも日本で現在公開中だが、コウノトリ大作戦!(Storks)』も忘れちゃいけない。
 ピクサーお家芸である疑似家族・子育て系ロードムービーにしょーもないスラップスティックギャグをまぶした正統派家族向けアニメである。こちらもセス・ローゲンらと同じ「アメリカ・コメディ界のゴッドファーザー」(by 長谷川町蔵ジャド・アパトー一派出身のニコラス・ストーラー監督。

映画『コウノトリ大作戦!』本予告【HD】2016年11月3日公開

 ちなみに同じトリネタだと『アングリーバード(Angry Birds)』もあったけど……まあこれは無理か。


 『怪盗グルー』のフランチャンズでヒットメーカーとしてのしあがり、次世代のピクサーの呼び声も高いユニバーサル傘下イルミネーション・スタジオからはキュートな二作品がエントリー。
 このうちペットたちの知らざる日常と冒険を追った『ペット(The Secret Life of Pets)』は国内三・六億ドル(世界八・七億ドル)を稼ぎ、国内興収ランキングでは目下のところ『ジャングル・ブック』を二百万ドルの僅差で抑えて年間三位にランクイン。ディズニー勢の一位二位三位独占を阻んでいる。
 米国屈指のドル箱スタジオであるにもかかわらず、賞レースではあまり恵まれてこなかったイルミネーションだが、『ペット』は作品としての評価も高いだけに期待が持てる。

映画『ペット』吹替版予告編

 しかし、イルミネーションの本命はなんといってもミュージカル映画『SING/シング(SING)』だろう。『銀河ヒッチハイクガイド』や『リトル・ランボーズ』といった実写映画でカルト的人気を博すガース・ジェニングスを監督・脚本に迎え、主演にマシュー・マコノヒー、助演にリース・ウィザースプーンセス・マクファーレンスカーレット・ヨハンソンジョン・C・ライリー、タロン・エジャートン、レスリー・ジョーンズといった超豪華声優陣で同じく有力ミュージカルである『モアナ』や『Trolls』を迎え撃つ。一説には、エドガー・ライトウェス・アンダーソンカメオ出演するとか。本気だ。
 先行レビューでの評判も上々だが、一方でトロント国際映画祭ではあまりウケがよくなかったなどの不安材料もある。

映画『SING/シング』日本語吹替え版 特報


 昨年、『I LOVE スヌーピー(Peanuts the movie)』でゴールデングローブ賞ノミネートを果たした21世紀フォックス傘下ブルー・スカイ・スタジオだが、アメリカの主要スタジオでは唯一元気がない。『アイス・エイジ』シリーズ五作目となる『Ice Age: Collision Course』は批評的にも興行的にも大失敗してしまった。これでシリーズは打ち止めか?

 あと独立プロダクション系は情報少ないのでよくわからないんですが、1966年に起きたテキサスタワー銃乱射事件を描いたアニメドキュメンタリー『Tower』が今年公開された映画全体の中でもトップクラスの評価を受けてます。

www.youtube.com

 ただ、これはアニメ枠じゃなくて長編ドキュメンタリー部門行くかなあ。


ヨーロッパからの刺客

 長編アニメーション賞では「ヨーロッパ枠」とでも呼ぶべきか、毎年必ずヨーロッパ系アニメが毎年一作はノミネートされる。暗黙の了解みたいなものだけれど、大変に意義のある文化的なコンセンサスでまことにけっこうだと存じますが、こういう福祉のせいで『レゴ・ムービー』みたいな作品がノミネートを逃すこともあると思うと結構複雑。
 逆にゴールデングローブ賞みたいにアメリカ作品オンリーイベントみたいな顔ぶれになられてもそれはそれでアレなんですが。


 ヨーロッパの雄フランス勢は2010年代に入ってから『イリュージョニスト(L'Illusionniste)』(2010年)、『パリ猫ディノの夜(Une vie de chat)』(2011年)、『アーネストとセレスティーヌ(Ernest et Célestine)』(2013年)とノミネート作を三作品輩出している。
 あにはからんや、今年はそのフランス勢が史上稀に見る大豊年だ。

 まず有力視されているのが世界最大規模を誇る国際アニメーション映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭で2015年に最高賞に輝いた『April and the Extraordinary World(Avril et le Monde Truqué)』だ。スチームパンクな世界観の十九世紀パリを舞台に想像力豊かかつエレガントに描き出した活劇は、すでにアメリカでも多数の評論家から最高級の支持を獲得している。

April and the Extraordinary World Trailer 1 (2016) - Animated Movie HD


 その『April』を2016年のセザール賞(フランスのアカデミー賞に相当)の長編アニメーション賞で破ったのが日本でも昨年公開された『リトル・プリンス 星の王子さまLe Petit Prince)』だ。サン=テグジュペリの名作寓話を原作にした『カンフー・パンダ』のマーク・オズボーン畢生のプロジェクト。製作国こそフランスだが、俳優は英語圏の有名俳優がずらりとならんでおり、当然劇中で話される言語も英語。
 その評価の高さにもかかわらず、アメリカでは配給元が見つからなかったせいで公開が遅れてしまい、一時はお蔵入りさえ危ぶまれたが、我らが NETFLIX が男気を見せて配給を買って出た。
 そういう経緯もあってか、日本でもNETFLIXで観られるようになっている。

映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』日本語吹替版予告編【HD】2015年11月21日公開


 この二作に負けず劣らずの評判なのが2016年のアヌシーで最高賞をかっさらった人形アニメ『My Life as a Zucchini(Ma vie de courgette)』。すでに鑑賞した数少ない批評家のあいだでは『君の名は。』に劣らぬ大絶賛を浴びている。アヌシーの異なる年の覇者が同年度内にぶつかりあう椿事もまた二〇一六年度の魔性ゆえか。

My Life as a Courgette / Ma vie de Courgette (2016) - Trailer (English Subs)


 だが、フランス勢の真打ちはなんといっても日本でも(おもにスタジオ・ジブリ製作と圧倒的な不入りで)話題になった『レッド・タートル』だろう。厳密にはフランスと日本の共同制作だが、監督はフランス人。先のカンヌ国際映画祭ではある視点部門*4で特別賞を獲得。前評判の高さは折り紙付きだ。その息を呑む映像美と映画的表現でどれだけの観客を魅了できるか。

『レッドタートル ある島の物語』予告


 ヨーロッパ勢のダークホースともいえるのは、フランス・デンマーク共同制作の『Long Way North(Tout En Haut Du Monde)』。北極点を目指す途上で行方不明になった祖父を探すため、勇敢な孫娘が旅に出る本作は、東京アニメアワードフェスティバル2016のコンペ部門でグランプリを獲得した。
 アメリカでは九月にひっそりと限定公開され、その独特のタッチと魅力的なアニメーションで高評価を獲得。賞レースの有力なコンテンダーのひとつにかぞえられる次第となった。

Long Way North Official Trailer 1 (2016) - Rémi Chayé Movie


 上記フランス五人衆からすれば格はやや落ちるものの、2015年の東京アニメアワードフェスティバルでコンペ部門優秀賞*5を獲った『Mune: Guardian of the Moon(Mune, le gardien de la lune)』もあなどりがたい。

Mune: The Guardian of the Moon Trailer (2015) HD


 2011年のアカデミー賞ノミネート作『パリ猫ディノの夜』の監督コンビ、ジャン=ルー・フェリシオリとアラン・ガニョルが放つスーパーナチュラル冒険物語『Phantom Boy』もアメリカですでに公開されて高い支持を得た。*6

Phantom Boy (2015) - Trailer English


 以上、このなかから最低一作は最終ノミネーション入りするものとおもわれる。が、別のヨーロッパ作品(イギリスあたり)や去年みたく南米からという手もあるので油断はできない。最近は中国アニメ(『Monkey Magic』あたり?)もがんばってることだし。乱入者は地下バトルにつきものである。
 カナダでもエル・ファニングデイン・デハーン主演バレリーナ映画『Ballerina』や、ジェイムズ・マーズデン主演のオリジナルスーパーヒーロー映画『Henchmen』の公開が控えていて、いまのところ評判は一切聞こえてこないもののおもしろそう。

 そういえば、今年は『ウォレスとグルミット』のアードマンスタジオはなにも出さないのかね。

日本代表たち。

 去年まで三年連続で最終ノミネーション入りを果たしていたジブリは死んだ。

 では日本の映画アニメーションもまた死んだのか?

 そうではない。そう謳うのは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国』の巨匠・原恵一だ。彼は敬愛する杉浦日向子の原作漫画をもとに大江戸ロマネスク百日紅(Miss Hokusai)』を送り出し、海外のアニメファンたちを江戸の虜にした。現状、日本勢で最終ノミネーション入りが最有力視されているのは本作である。

Miss Hokusai Official US Release Trailer (2016) - Animated Movie


 この予想に待ったをかけたのが我らが『君の名は。(Your Name.)』である。

君の名は。』は最最最終候補五作に残ることができるか?

 冒頭のリンク記事にもあるように、アカデミー賞の対象になるためには期間内、具体的にいえば今年の一月始から十二月末までのあいだにロサンゼルスの劇場で一定期間興行しなければならない。上に挙げた作品、特にヨーロッパ系だとその条件を満たせないものも出てくるかもしれない。

 で、その条件を満たした作品のなかからまず十数作がショートリストとしてしぼられる。去年は十一月の今の時期あたりにショートリストが出ていたような気もするけれど、今年はまだ見ない。

 そして、最終的にその十数作のショートリストから更に五作品を絞込み、二月の本番を迎えるわけだ。

 わたしたちの最大の興味はこの最終五作品にどれが残るか、だ。
 はじめに「『君の名は。』は無理目かも」といったけれど、絶望的に芽がないわけでもない。
 アメリカで受ける日本映画はオリエンタルな要素が強い。長編アニメーション賞の日本勢唯一の受賞作が『千と千尋の神隠し』であることを思い出していただきたい。
 そこへもってきて、『君の名は。』はど田舎の学園風景、TOKYOのゴミゴミとした雑踏、なんだかファンタスティックな神話要素などといったものがとにかく美しく描かれている。僕はアメリカ人じゃないのでアメリカ人の好みをよく知りませんが、なんかアメリカのお菓子とか見てると毒々しいまでにキラキラしてるし、きっとキラキラしたアニメも好きなんじゃないかな。

 このキラキラオリエンタル推しがハマれば、カブトムシの鎧武者とかが出てくる『Kubo and Two Strings』などはいくらアートワークが上等だろうと所詮エセ日本。モノホンのクールジャパンの敵ではないはず。たぶん。
 しかし、モノホンのクールジャパンといえばミス・ホクサイこと『百日紅』も控えているわけで、こちらはチョンマゲ、サムライの時代を扱っているだけあってよりオリエンタル感では強い。ゲエ―ッ、なんということだ、敵は身内にいたのか。

 もっともアートとエンタメがぶつかれば、エンタメが勝つのが長編アニメーション賞の風土だ。見た目にもわかりやすい『君の名は。』は『百日紅』より支持を得やすいことは明らかである。おや、意外と芽があるかんじになってきたぞ。
 こんな感じのノリで、三年連続ノミネートされてきたジブリ枠の浮いたところへ日本代表として滑りこめば意外とノミネートまではいけるかもしれない。
 いやいける。
 きっといけるぞ!
 うおーっ。

わたしの最終ノミネーション予想。

 そういうわけで以下が僕の最終候補五作品の予想です。


 『Kubo and Two Strings』
 『ズートピア
 『ファインディング・ドリー
 『レッド・タートル』
 『APRIL AND THE EXTRAORDINARY WORLD』

    • 次点---

『モアナ』
百日紅
『ペット』
『リトル・プリンス』
『Longways north』
君の名は。
『My Life as a Zucchini』


 受賞をあらそうならエンタメが勝つのが長編アニメーション賞だけど、日本勢に求められているのはアートなのよね……まあでもあっちの人からすれば『君の名は。』は全然アートかもしれない。
 それはともかく、『ドリー』は入るか微妙なんですよね。続編だし。アメリカアニメーション史上最高の興収をあげたからには入れないわけにはいかないと思いますが……。


 受賞は『Kubo』になったらいいなと思います。
 いいかげんライカアニメの日本でのほっとかれ具合がやばいので、受賞でもしてくれないと日本で公開してくれないのでは? という思いがあります。

追記

 ショートリスト27作品が発表されました。本選5本がこのうちから選ばれます。
proxia.hateblo.jp



The Art of Kubo and the Two Strings (The Art of...)

The Art of Kubo and the Two Strings (The Art of...)

*1:2003年度

*2:『ニモ』と『WALL-E』

*3:RottenTomatoes.com調べ

*4:コンペ部門の二部みたいなもん

*5:最優秀賞は『ソング・オブ・シー』

*6:日本でも広島国際アニメーションフェスティバルで上映されたそう。観たかったなあ。

10月に観た新作映画の短い感想。

映画

一ヶ月分をまとめて書こうとすると結構内容忘れますね。



👎『ジェーン(Jane got a gun)』(ギャビン・オコナー監督)


「ジェーン」予告編

 なにかとマッチョな男ばかり画面にあふれがちな西部劇で、ひとつ女性を主題に据えて撮ってみようじゃないかとナタリー・ポートマンの肝いりで作られたらしい。ところが当初監督する予定だった監督が撮影数日前に突如降板してしまい、出演者のジョエル・エドガートンが急遽オコナーをひっぱってきて代打させることに。
 女性を主役に西部劇、といってもジョン・ウェインの魂をそのままポートマンに注入したようなノリではなくて、あくまで当時の女性のリアリティに沿って、どこまで書けるか挑んだもの。そういう意味で志は高い。志は高いけれども、作劇自体は不必要に回想シーンを多様する構成のせいで、なんというか全体に緩慢におちいっているきらいがあります。
 それでもドンパチシーンがしっかりしてりゃあいいかなと思っていると、二人 vs 十数人の包囲戦で、さあ、どうやって無双して逆境にはねかえしていくかとなったときに、庭に仕掛けた火薬やなんかを家のなかから撃って忍び寄るクソどもを炎上させてしまう。マップ兵器を使ってしまう。
 細腕の女性とエドガートンのタッグだとそんなもんですよ、と言いたかったんだろうけど、そこはポートマンなんだから、単騎で十人ぶち殺すくらいの気概が欲しい。っていうか、夫に重傷を負わせたクソやろうどもがやってくると知るや、おやかな妻の装いからシュッと雄々しいガンマンの装いへ変身する序盤のシーン見たら期待するでしょ。クソどもに勝つのもわりとスムースというか、あっさり風味だし。

 それでも、ジョエル・エドガートンがらみのシーンはよかったかな。クソどもの斥候を話術で交わしつつ撃つシーンの緊迫感、逆に広大な平原に潜む姿なき敵たちに撃ち抜かれるときの絶望。オコナーの悪い言い方を緩慢な、良い言い方をすると丹念でエモい演出は総体的にはマイナスだったと思うけれど、こういうところではある種の無常さを醸し出すのに貢献していた。*1
 キャラもいいしね。戦争に行って帰ってくると子どもを亡くし、奥さんを寝どられていた元夫。それが奥さんに懇請されて、奥さんと今の奥さんを助ける羽目になる。もちろん、簡単に呑み込める感情じゃない。最初は、重傷を負って寝込んでいる今の夫に地味な嫌がらせしたりしちゃう。こういう「小物感あるけど根は良い人」を演じさせるとエドガートンはハマる。
 そのエドガートンの特質をよく活かしたのが、『ザ・ギフト』だ。


👏『ザ・ギフト(The Gift)』(ジョエル・エドガートン監督)

映画『ザ・ギフト』 予告篇 スマートフォン版

 今月のベスト。
 プロデューサーとエクゼクティブ・プロデューサーにジェイソン・ブラムとジェイムズ・ワンを迎えたおおよそ間違いのない布陣で、しかも監督はジョエル・エドガートン。長編初監督ですが、短編はいくつか既に撮っていたそう。
 あんまり筋をバラせない系のお話なんだけれども、いちおう説明しとくと、ロサンゼルスの郊外に引っ越してきた夫婦(ジェイソン・ベイトマンレベッカ・ホール)が夫の高校時代の同級生だという怪しい男ゴード(ジョエル・エドガートン)と再会する。高校で生徒会長までつとめた人気者のベイトマンは、陰キャラだったエドガートンのことをよくおぼえていないのか、ひさしぶりの対面にもどこかぎこちない。「あいつは、まあ、良い奴だよ」と妻に紹介するセリフもふわふわしている。
 それをきっかけに、エドガートンは夫妻に対してプレゼントを送ったり、何度も訪問して些事を手伝ったりとやたら親身に接してくる。妻のホールは「ちょっとコミュ障っぽいけど、親切で良い人じゃない」みたいなスタンスなんだけど、夫のベイトマンはそんな彼女に対して「あいつは俺が会社で出ているのを知ってて、昼間にやってくるじゃないか。きっとお前を寝どろうとしているだ」とやたら刺々しい。
「知ってるか? あいつは高校時代『ウィアード・ゴード(キモいゴード)』ってあだ名つけられてたんだぞ」
「ひどいあだ名ね」
「高校生ってのはそんなもんさ。俺だって『シンプル・シモン(アホのシモン)』だった」
 ベイトマンの無神経さがにじみ出ていてなかなか生々しい。
 ともかく、ベイトマンは過剰なまでにエドガートンとの付き合いを拒絶する一方で、ホールは夫がエドガートンを遠ざけようとすればするほど憐れみからか彼に付き合ってあげようとする。
 観客は「ベイトマンはたしかにヤなやつだけど、まあでもリアルでああいう間合いの詰め方するコミュ障にあったら警戒するよな」と漠然と考える。成功したビジネスマンであるベイトマンに比べて、エドガートンはみすぼらしい格好をした正体不明の男。どう考えても無職。傍から見たら、一方的にベイトマンにすりよろうとしているようで、そういう人のキモさってあるじゃない?

 そんなこんなである晩、夫妻はエドガートンに食事へ招待される。ベイトマンはとうぜん行きたがらないんだけど、ホールの押しでしぶしぶ出席することに。教えられた住所に車を飛ばすと、そこに建っていたのはベイトマンや観客が予想もしていなかった豪邸だった……。
 ここから物語がものすごい勢いでドライブしだす。

 ネタバレをさけつつ評するならば、「ウソをつくと閻魔様に舌を抜かれる」という道徳訓であり、「物語を利用するものを物語に仕返しされる」というビブリオフィリックな寓話でもある。お題目やひとつひとつの要素はシンプルだけど、その「ウソ」の描き方の深度がものすごい。ウソをつく方はどういう戦略にもとづいてウソをつくのか、ウソをつかれるほうはそれがウソだと気づいたときにどういう心情になるのか、それは人間関係にどのような影響をおよぼすのか、そのあたりのゲームを繊細にエドガートンは描いている。

 俺監督俺主演系の映画って、監督が自分の役者としてキャラクターを極端に勘違いしてるか、深く理解できているかのどちらかになるんだけれども、これは圧倒的に後者。
 善人と悪人、異常と正常のあいだを振り子のように行き来するゴードという人物。その得体の知れなさに、エドガートンという役者が完璧にフィットしているし、ひいては『ザ・ギフト』という複雑怪奇な物語に一貫した説得力を与えている。
 そして、なによりその存在感。冒頭の夫妻とブティックだか家具屋だかで邂逅するシーンで、楽しげにショッピングする夫妻の後方、大きなガラス窓の外でぼやけている人影。ほんとうにぼんやり映ってるだけなのに、ひと目で異様な雰囲気な発してるヤツがあそこにいるぞ!!! とわかるんですよね。あれはすごい。
 一歩間違えれば捻りすぎたしょーもないクソ映画になりそうな材料をよくここまで極上にしあげたものだ。ジョエル・エドガートンの才能はいくら賛美してもしたりない。(((まあ元々ぼくがジョエル・エドガートンびいきだという欲目もあるけれども))

 夫妻の夫役であるベイトマンも卓絶している。
 『モンスター上司』にしろ『アレステッド・ディヴェロップメント』にしろ、もとから気弱で受け身な巻き込まれ型なようでいて芯はクレイジーなキャラがうまいという印象はあったんだけど、本作ではそんな魅力を史上最高級に発揮している。ここもキャスティングの妙だとおもう。『ズートピア』に続いて、今年の主演男優賞ものだ。


👏永い言い訳』(西川美和監督)

映画『永い言い訳』本予告

 長い間本を書かずにテレビタレントと化していた小説家(本木雅弘)がスキー旅行へでかけた妻(深津絵里)の不在をいいことに、若い女(黒木華)と倫セックスにしけこんでいたら、突然岩手県警を名乗る男から電話がかかってきて「奥様がバスの事故に巻き込まれたようでして……」と言う。
 バスの事故? テレビのニュースでやってる滑落事故のことか? まさか? 妻は旅行に行くと言っていたけれど、たしか……たしか……どこへ行くと言っていたんだっけ?

 その通り、本木雅弘はクズ野郎だ。
 この映画は本木が美容師でもある深津絵里に髪を切ってもらうシーンからはじまるのだが、そこから観客に本木のクズ男っぷりが余すところなく提示される。
 鏡を見つめながら、耳で自分の出演しているバラエティクイズ番組の音声を聞いていた本木は深津に「観てないんだったら消せよ」と要求する。深津は本木が嫌がっていることをなかば了解しつつ、「え〜観てるもん」と冗談っぽく拒否する。ここまでなら仲のいい夫婦のじゃれあいだが、本木が「俺をバカにしてんだろ」とばかりにマジギレして無理やりテレビを消して、空気がなんとなく不穏になる。
 イライラしながら本木は、「幸雄くん」と自分の本名を人前で呼ぶのをやめるように深津に言う。本木の演じる男のフルネームは衣笠幸雄。元広島カープの「鉄人」衣笠祥雄と漢字違いの同姓同名だ。往年の名プレーヤーを想起させるこの名前が嫌で、小説家としては別にペンネームを持って、それで通すようにしていた。
 「そんなこと言われても、私にとって幸雄くんは昔から私にとって幸雄くんだし……」
 深津は本木と大学時代に知り合い、小説家デビュー以前から本木を支え続けた、世に言うところの糟糠の妻だ。そこも本木は気に入らないらしく、
「俺が食えなかったころに食わせてやってたのは誰だ? って言いたいわけか?」
 と妙につっかかる。
 自分の快不快で妻に対して物事をまかりとおそうとする様子は、亭主関白というよりはむしろ聞き分けのない子どものわがままっぽい。
 そういう印象を受けるのは、本木がブータレているあいだじゅうずっと深津に散髪してもらっているからだ。
 家で誰かに髪を切ってもらうのは、信頼と言うか甘えがないとできない。のちに判明することだけれども、本木は結婚以来ずっと深津に髪を切ってもらっていた。
 結局、本木は肥大化した自意識を深津のお母さん性に丸抱えしてもらっているだけのガキなのだ、彼が本当に関われる(と自分で思い込んでいる)のはと妻だけなのだ、この冒頭の五分そこそこだけで観客に飲み込ませる。

 で、その疑似お母さんを失った四十路の大きなこどもがどうやって社会(西川美和作品のナガレからいえば「世間」)と健全な関係を構築していくか。それを手探りで求めていく話だ。その過程で、妻とは自分にとってどういう存在であったのか、逆に自分とは妻にとってどういう存在であったのかがわかっていく。わかったところで死んでしまっているので、どうすればいいんだよってなるところはなんとも西川美和っぽいというか。

 まあ他にも同じ事故犠牲者遺族であり妻の友人の夫でもあった竹原ピストルの子どものお守りを代行することを通じて「そして父になる」っぽい感じなる筋もあるんだけど、そこでも本木のフェイク野郎感が露呈する瞬間が描かれていて佳い。もっとも、予想していたよりはずいぶん本木に対してやさしい仕上がりになっているけど。
 本木はヤなやつだし、テレビマンは無神経だけど、全体的に悪人がいない系のお話だ。みんながみんなが完璧にオトナや人間やっていけてるわけじゃないけど、でもパーフェクトでないことに絶望する必要はない。要はおもいやりなんだよ。想像力なんだよ。人と人の(適度でわきまえた)関わり合いなんだよ。そういう感じ。


 あと映像的には、テレビドキュメンタリーを撮影してる最中にカメラのまえでキレだした本木に対してタックルをかますマネージャー(池松壮亮)の水平な横運動、ある諍いからリビングを出ていった本木を追いかけるときに椅子を蹴ってガタンと立つ竹原ピストルの垂直方向の縦運動、そのふたつがやたら快楽的に、自分のフェティシズムの在り処がまたひとつわかった感じです。


👍『ディア・ホワイト・ピープル(Dear White People)』(ジャスティン・シミエン監督)


Dear White People (2/10) Movie CLIP - Dining Hall Dispute (2014) HD

Dear White People Official Trailer #1 (2014) - Comedy HD

 ネットフリックスで視聴。
 アメリカの名門大学の学生たちが調子こいてミンストレル・ショー(白人が顔を黒く塗った黒人の装いで行うショー)にちなんだ仮装パーティを開いてめっちゃ怒られた実話をもとにした黒人青春群像劇。
 エスタブリッシュメントを目指して「いい子ちゃん」ヅラするエリート学生、リアリティ・ショーに出演して名声を得ることを目論む Youtuber 女子、「ディア・ホワイト・ピープル」という学内ラジオ番組でえんえん白人をディスりまくるDJ(『クリード』でマイケル・B・ジョーダンの恋人役をつとめ、『マイティ・ソー』シリーズの新ヒロインにも内定しているテッサ・トンプソン)、記者志望のゲイ、といった個性豊かな面々が、学校のダイバーシティ推進方針にもとづいて白人学生も住むようになった元黒人学生寮を中心としてドラマを展開していく。
 かなり黒人差別問題にコンシャスな作品で、当然、ステロタイプに批判的だ。ただ、単純に「こういうステロタイプはよくないよね」と言うだけじゃなくて、「こういうステロタイプはよくないよね」と言明することによって生じるある種のアイデンティティポリティクスのあやうさや、逆にステロタイプジョークの種に使わないと白人社会でサバイブできない哀しさなんかも描かれていて、なかなか一筋縄ではいかない。ここのあたりのバランス感覚は映画としては無類だとおもう。
 白人側(名門大学だけあってガワだけはリベラル)の描写にも「もう十分"譲歩"したじゃないか、これ以上なにが望みなんだ」というポリコレ疲れが反映されていてとても現在的。挙句の果てに「おまえら黒人は本当は公民権運動前が懐かしいんだろ? 戦うべき相手がいるから」などと運動家の学生に言っちゃう。
 映画というメディアの特性か、『フルートベール駅で』やスパイク・リー作品みたいなバリバリ社会派でさえ、日本人から観てて黒人差別のリアリティは伝わりづらいところが多い。スラムを舞台にしたギリギリな状況の作品が多いからかもしれない。そんななかで、中流以上*2における現在的な黒人の肌感覚を憑依させてくれる映画はなかなか貴重だ。

 ちなみに、ネットフリックスはこの映画をドラマ化する予定らしい。監督は同じくシミエン。主演はタイラー・ペリー*3のテレビコメディなどに出演していたローガン・ブラウニングや、歌手のブランドン・ベルなど。こちらもたのしみ。


👍『13th 合衆国憲法修正第13条(the 13th)』(エヴァ・デューヴァネイ監督)

 ネットフリックスで視聴。
 サブタイトルの「合衆国憲法修正第十三条」とは奴隷制を禁止した修正条項のこと。もちろん、黒人奴隷を解放する意図にもとづいた条項で、エイブラハム・リンカーンが1865年に制定した。この憲法修正を議会にどう通すかの駆け引きを濃密に描いたのが、スピルバーグの『リンカーン』だった。
 解放されても差別は残り、残った火種がKKKだったりセグレゲーションだったりして、公民権運動につながっていく。そうした対立の歴史を乗り越えて、2008年、ついに初の黒人大統領が誕生し、合衆国民はいつまでも仲良く末永く暮らしましたとさ、めでたしめでたし……。

 もちろん、嘘だ。差別は残りつづけ、なんとなれば奴隷制が存続してさえいる。
 現代の奴隷制、それは刑務所だと本作は主張する。
 全世界の囚人の25%がアメリカ合衆国国内に収監されており、その大多数は黒人だ。これだけ聞くと「やっぱり黒人は貧しい人が多いから、それで犯罪に走りがちなんだろうなあ」と安易に考えがちだが、話はそう単純じゃない。
 アメリカの抱える超長期的かつ構造的な黒人抑圧の歴史が暴き出され、わたしたちが漠然と抱いていた「黒人差別って要するにこういうことだよね」というイメージが刷新されていく。
  
 アメリカでは早くも今年を代表するドキュメンタリー映画という評価を受けているようだけれど、かなりコントラバーシャルな作品だから『ハンティング・グラウンド』や『ゴーイング・クリア』同様アカデミー賞レースにはもしかしたら絡まないかも。


👍『サイレンス(Hush)』(マイク・フラナガン監督)

Hush Movie Clip 1 - Netflix descriptive video, sign language, and subtitles

 ネットフリックスで観た。
 人里離れたコテージで過ごす聾唖の女性がイカれた殺人鬼に狙われるサイコ・スリラー。
 と言ってしまえは一行でコンセプトの説明はすむけど、結構テンプレを外してきてなかなかにユニーク。
 まず殺人鬼が仮面をかぶって幽霊みたいに現れる。やたら膂力があったり、気づいたらテレポートしてくる系の超人的なサイコ怪物なのかな? と思っていたら、わりあい序盤で仮面を脱いでしまう。
 女性がガラス窓に「私はあなたの顔を見ていない。しゃべれないから通報もできない。見逃してくれ」と書いて懇願するんだけど、それを見た殺人鬼が仮面を外してこう宣言する。
「これで顔を見たな? よし、殺す」
 ここから籠城する女性と攻める殺人鬼のガチバトルがはじまる。

 素顔の殺人鬼は、眼光こそ常ならぬものを帯びているものの、どこかナヨッとしたアンちゃんだ。
 じっさい、体力や筋力もせいぜい平均程度しかないため、女性が必死になって抵抗すると案外手痛い一撃を食らってしまう。
 いちおうボウガンが上手という特殊技能もあるにはあるのだが、そのボウガンと争ううちに女性に奪われる。
 しかも、攻めあぐねていると女性の友人の恋人であるマッチョ男がやってきて、あからさまに殺人鬼を訝しんでくる。
 体格差は一目瞭然であり、正攻法では殺人鬼はマッチョに勝てない。さてどうするのか――。
 と、「殺人鬼がわりと貧弱」という設定を加えるだけで予想外の方向からドラマがつぎつぎと生まれてくる。
 しかし、この殺人鬼も殺人鬼やっているだけあって殺したいという気持ちは人一倍。その殺る気もとい、やる気でもって全力で殺しにくるから迫ってくると超怖いし、緊張感は出る。

 女性側のドラマ描写も丁寧。弱者がいかに絶望的な状況で道を切り開くかというテーマ性のある作劇も両立できている。


👍『ハイライズ(High-Rise)』(ベン・ウィートリー監督)


映画『ハイ・ライズ』特別映像

 いいかげん書くのつかれてきた……。
 トム・ヒドルストンがイヌを焼いて食っていたり、子どもが暴動を起こしたり、マンションの上階から落下してきた男が車のボンネットにつきささる瞬間をウルトラスローモーションで撮ったり、まあそれなりに愉しい。


👎ジェイソン・ボーン(JASON BOURNE)』(ポール・グリーングラス監督)
 今回のライバルはスナイパー! というわけでスナイプシーンが都合三回くらい出てくるんだけど、どれも中途半端というか、『ミッション・イン・ポッシブル:ローグ・ネイション』のカッコよさをすこしは見習って欲しい。
 ただ、ラストのカーチェイスは「そこまでやるか」とわらっちゃうくらい過剰なんで一見の価値あり。


👍『SCOOP!』(大根仁監督)

【映画】SCOOP! 予告集 “特報”

 大人になれない大人たちの青春がグズグズに崩れていくさまはいつ観てもいいものですね。


👍『グッバイ、サマー(Microbe et Gasoil)』(ミシェル・ゴンドリー監督)

ミシェル・ゴンドリー監督の青春ムービー!映画『グッバイ、サマー』予告編

 夏休み映画のあらたなオールタイム・ベスト。
 よく女の子に見間違えられる少年とやんちゃ系少年の二人組がなんと自分らでキャンピングカーをこしらえてフランス横断の旅に出る。
 ミシェル・ゴンドリー映画の夢遊病めいたガジェットがあの年代特有の可能性と全能感に見事にマッチしていて、このうえないグルーヴを生み出している。


👏『淵に立つ』(深田晃司監督)

『 淵に立つ 』HARMONIUM (2016) Clips

 メトロノームにあわせてパーツごとに描出されるタイトルにやられ、夫婦の平穏な不穏さにやられ、浅野忠信のたたずまいにやられる。
 一家三人+浅野忠信のが朝飯を食うところを長回しで撮っているシーンがべらぼうにいい。浅野忠信だけめっちゃ食べるのが早いんですね。この時点では半分伏せられている彼の来歴(でもまあだいたいのひとはなんとなく察している)からすると当然なんだけど、絵面として見せられるとものすごい異物感。なんだかんだで同期している三人のなかに、ひとりだけBPMの違うやつが投げ込まれる。そのフレッシュさ。


👍『粒子への熱い思い(Particle Fever)』
 ネットフリックス。
 CERNによるヒッグス粒子発見を追いかけたドキュメンタリー。
 対立する二つの物理学理論があって、ヒッグス粒子の発見状況如何によってはどっちかが否定されてしまうかもしれない、というところに物語的クライマックスが置かれる。
「もし、あの理論が否定されたら、俺が五十年やってきたことは無駄になるよなー」と嘆息する老教授が印象的。そういうことだよなあ、新発見って。先日謎のカルトが侵入して儀式を行っていたとして話題になったシヴァ神像が、なぜCERNにあるかもわかります。


👍高慢と偏見とゾンビ(Pride and Prejudice and Zombies)』(バー・スティアーズ監督)

 『ランボー怒りの改新』(読んでないけど)みたいなもので、マッシュアップというのはいかに原作Aと原作Bのあいだを違和感なくスムースに行き来できるかにかかっている。そういう意味で、あらゆる事象がフラットに記述される小説という手段は比較的向いていて、逆に映画はそういうのがちょっと難しいのかもしれない。
 観る前はそんな心配をしていたけれど、無用な心配でした。
 ちゃんとゾンビ世界の世界観で『高慢と偏見』をやれている。


👍『ラスト・ウィッチ・ハンター(The Last Witch Hunter)』(ブレック・アイズナー監督)

 現代ニューヨークで生きる魔女たちの生態、というアイディアだけでノーベル『ジョン・ウィック』賞ですね。


👎『アングリーバード(Angry Birds)』(ファーガル・ライリ&クレイ・ケイティス監督)
 昨今の時勢的に(メキシコ系)移民排斥ととられかねないネタのオンパレードは原作要素をそのまま受け継いだせいらしいですが、それはそれとして洋邦ともに稀に見るアニメ映画の大豊作年である今年にあえて劇場へいって観るようなものでもなかったか。
 とりあえず、鳥が投石機から発射されて街を破壊する絵面はおもしろかった。
 破壊・崩落の快楽という点でも『コウノトリ大作戦!』に劣る気がするけれどもともかく。


👍『ドープ!(DOPE)』(リック・ファミュイワ監督)
 

映画『DOPE/ドープ!!』第2弾予告編

 ヨーロッパが『シング・ストリート』なら、アメリカは『DOPE』だ、ということで今年の青春音楽映画の双璧。
 黒人社会で生きるお勉強できる系オタク(九十年代ヒップホップマニア)を今ドキっぽい撮り方で撮る、というのはむしろ正攻法のヒップホップ映画より日本の映画ファンに伝わりやすいかんじがする。
 リック・ファミュイワはエズラ・ミラー主演の映画版『フラッシュ』を撮る予定だったみたいだけど、つい先日降板したそう。次何撮るんだろ。


👍『われらが背きしもの(Our Kind of Traitor)』(スザンネ・ホワイト監督)

『われらが背きし者』予告

 『ナイト・マネジャー』のスザンネ・ビアといい、ル・カレ映画を女性監督に撮らせる流れでも来ているのかしらん?
 内容自体は仁義〜ってかんじで佳いです。
 あと、『スーサイドスクワッド』の後遺症か、ヘリコプターが飛ぶシーンを長めに撮られると不安がはんぱない。


👍『何者』(三浦大輔監督)


『何者』予告編

 こころがいたい。

*1:ノア・エメリッヒが娼館にとらわれたポートマンを救出するシーンもよかった。

*2:黒人の中流家庭というのはイメージされているよりも割合的に多い

*3:本作の劇中では映画館に活動家の学生たちが押し寄せて「タイラー・ペリーもの以外の黒人向け映画を流せ! あんなクソ映画みたかねーんだよ!」と怒鳴り込むシーンがある

光のほうへ――アンソニー・ドーア『すべての見えない光』/千字選評(4)

読書

アンソニー・ドーア『すべての見えない光』(藤井光・訳、新潮クレスト・ブックス、2016年)

 二千字になっちゃった。



 空気は生きたすべての生命、発せられたすべての文章の書庫にして記録であり、送信されたすべての言葉が、その内側でこだましつづけているのだとしたら。


p.511

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)


 個性的な佳品から誰もが絶賛する傑作まで取りそろえる新潮クレストであるけれども、毎年一冊は「これぞ」という圧倒的な一冊を出してくれる。二〇一六年のそれは『すべての見えない光』だ。


 一九四四年八月、第二次世界大戦末期。ノルマンディーを始めとした欧州上陸に成功した連合軍はドイツ占領下にあったフランスをつぎつぎと奪還し、西フランスでは海岸沿いの小さな町サン・マロを残すのみとなった。
 サン・マロを完全に包囲した連合軍は居残るドイツ軍を追い出すべく、爆撃を開始。激しい砲火にさらされる市街に、十六歳の盲目の少女マリー=ロールと十八歳のドイツ工兵ヴェルナーがいた。
 この二人の少年少女がいかにして一九四四年のサン・マロまでたどりついたか、その足跡を軸に十年に及ぶ鮮烈な物語が語られる。

 本国アメリカでの大ベストセラー、ピューリツァー賞オバマも読んだ! そんなセンセーショナルな売り文句に反して、本書はなかなかにトリッキーな構成をとっている。
 複数の視点人物をおいて基本二、三ページからなるごく短い断章をならべつつ(短編「メモリー・ウォール」でドーアがものにした手法だ)、奇数章で一九四四年八月のサン・マロ、偶数章で一九三四年からはじまる二人の過去話を交互に叙述していく。


 内容は、ありていにいってしまえば戦時下でのボーイ・ミーツ・ガールだ。
 ボーイであるヴェルナーは、ドイツのとある炭鉱町の孤児院育ち。拾いもののラジオから流れてきた謎のフランス語科学教育番組に魅了され、科学者を夢見るようになる。だが、ナチス政権下では、孤児たちはみな十五歳になると鉱山へ送られる運命にあった。そんな彼の人生は、町に赴任してきたナチス青年将校のラジオを修理したことがきっかけで変転する。エンジニアとしての才能を見込まれ、将校の推薦で国家政治教育学校*1という党員養成のためのエリート校へ入れられる。そこで鳥好きの内気な少年と友情を育んだり、数学の才能を発揮して特別な実験に駆り出されたり、凄惨ないじめを目撃したりする。だがいつまでも学園生活は続かない。日を追うごと戦況は悪化していき、彼もまた否応なく戦場へと駆り出されていく。
 一方、ガールたるマリー=ロールは病気で光を喪うが、貝の専門家である博物館の研究員に導かれてこちらも科学に魅了される日々を送る。が、ナチスのフランス侵攻で父子ふたりのつましい生活も一変、金持ちだが精神を病んだ大叔父エティエンヌの住むサン・マロへとおちのびる。
 科学に通じたエティエンヌは読書好きな彼女のためにダーウィンを読み聞かせるなどして距離を縮めていくものの、ある日彼女を絶望へと叩き落とす大事件が起こる。やがてサン・マロもドイツに占領されてしまい、マリー=ロールも対独レジスタンス活動に巻き込まれていく。
 この二人の他にもう一人、定期的に現れる視点人物がいる。死病を患った元宝石職人のドイツ軍下士官フォン・ルンペルだ。彼は「所持者に永遠の命を与えるが、その周囲の人々をすべて奪い去る」という伝説を持つ宝石〈炎の海〉を血眼で追い求める。そして、宝石を所蔵していた博物館の館主がマリー=ロールの父親へそれを託したと知るや、サン・マロへと向かう。
 三人とそれを取り巻く人々の運命が一九四四年八月に交錯し、大きなうねりへ変わる。


 本書をたのしむにあたっては多様な切り口がある。
 ギムナジウムもの、戦争文学、ボーイ・ミーツ・ガール、科学少年少女の成長物語、レジスタンス/スパイ、宝探しのサスペンス。
 そうしたサブジャンル的な枠組みの連続がアンソニー・ドーア的なモチーフ(科学、鳥、貝殻、記憶、古典冒険小説 and etc)と彼一流の叙情的な文体に彩られて読者へと供される。いわば、作家としての集大成的な作品だ。
 とはいえ、『メモリー・ウォール』や『シェル・コレクター』などといったドーアの既作を知っておく必要はない。むしろ、これをドーアの入門編にしたほうがいいぐらいだ。ドーアの作家的感性や特質がいかんなく発揮されつつも、丁寧な描写と訳者の努力のおかげで非常に読みやすく仕上がっている。
 ドーアの特質、といったが『メモリー・ウォール』(新潮クレスト・ブックス)の故・岩本正恵による訳者解説によれば、「科学と文学の融合が挙げられる」ことにあるという。ドーア本人曰く、「ぼくにとって、文学と科学はけっして遠く離れた別々のものではない。どちらも『われわれはなぜここに存在するのか』という問題を扱っているのだから」*2
 ドーアのテーマがもっともよく現れるモチーフは、おそらく「記憶」だろう。本作の終盤でも、記憶が極めて重要な役割を演じる。

 ドーアは技術に詩性を見出す。光も音も文字も記憶もすべて、技術によって伝わり、交わるからだ。神が宿っていない行は一行たりとも存在しない、まごうことなく今年の新潮クレストを代表する傑作。

(1981文字)