名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


読書、映画、その他。


誰が歴史と物語を描くのかーー『スターリンの葬送狂騒曲』

(The Death of Stalin、英・仏、ベルギー、アルマンド・イアヌッチ監督)



ロシアで上映禁止のブラックコメディー『スターリンの葬送狂騒曲』予告編公開 - シネマトゥデイ



 北野武の『アウトレイジ』シリーズにおける独特の緊張感、たとえばヤクザたちがあまりにもくだらない理屈であっけなく殺されていくさまを強調することで、一見穏やかな日常的な場面(ラーメンを食べている、歯医者で治療を受けている、自営の修理屋で車をメンテナンスしている)がおぞましいまでの死や暴力とシームレスに地続きであるのだと観客に意識させて常時集中を強いる、あの空気。
 何かのタイミングを間違えたら死ぬ。だがその「何か」がなんなのか、「タイミング」がいつなのかがわからない。気づいたら撃たれて死んでいる。ところが自分殺した理不尽にも腑に落ちるところを感じる。今までその理不尽に順応して、肌感覚でわかっているような気もあったから。


 独裁者スターリン死後の後継争いを描いた『スターリンの葬送狂騒曲』の基調は明確にコメディです。ときに戸惑いすら押しつけてくるある種のブラック・コメディなどとは違い、笑いどころを作って観客をわかりやすく笑わせてくれます。たとえそれが(おそらくロクでもない場所に行くのであろう)トラックの荷台にスターリンの別荘で働いていた使用人たちを強権的に乗せて送り出した兵士が、直後に横からNKVD*1の職員に頭を撃ち抜かれる、といった残酷なジョークであったとしてもです。
 さらにいえば、劇中で処刑されるような人物のほとんどは名もなき兵士や市民だけで、終盤のある場面を除き、メインキャラクターたる委員会の面々が直接的な暴力にさらされることはありません。彼らは一貫して、スターリンの死に右往左往するコメディアンとしてふるまいます。
 ところが弛緩した喜劇の裏には冒頭で述べたような”暴”のにおいが潜んでいる。委員会メンバーたちの吐く言葉、取る行動ひとつひとつが最終的に政敵を葬り、自らが権力の座を奪取するためのものであると私たちは知っています。
 ただキャラクターたちは自分たちの目的は知っているかもしれないけれど、自分たちの言動の効果までは把握しきれない。独裁者の死によって生じた一時的な権力的真空が、どの人物に権力を与えているのか不明瞭にしているのです。たとえばスターリンの遺児であるスヴェトラーナ。ライバル同士であるフルシチョフとベリヤはそれぞれの手管で彼女を味方につけ、後継者争いを優位に進めようとしますが、彼女にも思惑があってなかなかうまくいかない。ソ連北朝鮮のような王朝でないのですから、レーニンのこどもたちがそうであったように、スターリンの娘だからといって後継争いを左右する力を持つとはかぎりません。しかし、まったく影響しないともかぎらない。
 あるいはちょっとしたジョークで相手の機嫌を損ねたりするだけで、委員会内でのパワーバランスが傾くかもしれない。なにが自らの墓穴を掘ることにつながるかもわからない。油断のならない混沌とした曖昧さが、喜劇性とやがて爆発するであろう暴力の予感を高めてくれます。


 では、その混沌の正体とは何か。
 終盤、あるキャラクターが政敵を蹴落とし処刑した直後、スヴェトラーナにこのような「勝利宣言」を吐きます。


「これが"物語"を間違えた人間の末路です(This is how people get killed, when their stories don't fit.)」


 人にはそれぞれ描こうとしている物語があります。
 その Story 同士が闘争し、fit できなかった物語から滅ぼされていき、残ったものだけが公式な history となるーー人間同士の争いに関するシニカルで普遍的なテーマが本作には能く描かれています。


スターリンの葬送狂騒曲 (ShoPro Books)

スターリンの葬送狂騒曲 (ShoPro Books)

*1:旧ソの秘密警察機構。KGBの前進

2018年上半期の漫画ベスト10選〜単発長編、短編集編〜

proxia.hateblo.jp


 の続き。
 単発の長編や短編集、連作短編集などといった一巻完結のブツを扱います。
 例によって Kindle 化されている本限定です。

 感想が絶望的に書けなくなっていて、そういうときのわたしは決まってキング牧師の最後の演説を引用します。良い子のみんなはどこがそれなのか注意して考えてみよう。

 

十選

吐兎モノロブ『少女境界線』(ヤングキングコミックス)

少女境界線 (ヤングキングコミックス)

少女境界線 (ヤングキングコミックス)

 主に異能ガール・ミーツ・ガール短編集。特に言語的センスが強靭。セリフをドライブさせるために計算された構成もすばらしい。今年の新人ではかなりお気に入りです。
 収録作はわりとどれもいい。一番好きなのは「アイアンリーシュ」でしょうか。ストレスから夜な夜な怪物を「吐き出して」しまう女子高生の前に、跳ねっ返りの転校生が現れる。少女の秘密を目撃してしまった転校生は彼女を呼び出し、吐き出した怪物をバットで殴らせろと要求。二人の「ストレス解消」がはじまるーーという話で、書いていて気づきましたが、セックスですねこれはもはや。
 前後編ではあるものの、トータル40か50ページくらいでプロットもシンプルですが、はじまりからほぼ嘔吐少女側で進められてきた視点をクライマックスからラストまでの10ページぐらいで転校生側へ切り替えるのが絶妙。
 「アイアンリーシュ」以外の短編にも共通する美点ですが、とにかくオチのつけかたが気の利いていて、解放感に満ちています(ダークな話なときでさえも)。長編になるとこの才がどう作用してくるのか、愉しみなところです。


ルネッサンス吉田『あんたさぁ、』(ビッグコミックススペシャル)

あんたさぁ、 (ビッグコミックススペシャル)

あんたさぁ、 (ビッグコミックススペシャル)

 双極性障害の漫画家である葉子は漫画業に行き詰まり売春まがいの行為で小銭を稼ぎつつ、務め人の弟・幹生と一軒家に同居しています。今にも爆発しそうな希死念慮とせめぎあいながら、葉子は漫画家に復帰しようと奮闘します。そんな姉をどこか一線を引いた様子で見守る幹生。そこにはどうやら姉弟の過去がからんでいるようで……、みたいな。
 「自分ではない完全な他者を書こうとしましたが結局自分と自分になってしまいました」とはルネッサンス吉田先生のあとがきですが、先生はたしかに同じ人間の話ばかり書きます。なのにいつも新鮮でおもしろい。なんでおもしろいかっていえば主人公のセリフと思考が極限まで鋭利に研ぎ澄まされているからで、一コマごとにわたしたちはさまざまな精神的ポイントを削られます。その痛みが、重さがクセになる。読者と作者の共犯的な相互自傷が最高まで達し、作品としての強度も最強になったのが本作です。現実は殴ると痛いんですよ。
 そして何より……そう、姉ですね。
 至高の姉漫画は存在するのか。
 もしそんなものがあるとすれば、シナイ山の頂上で石版に雷によって刻まれたものでしかありえない、とあなたはいうかもしれない。しかし、現実にあるのです。ここに。日本の書店に実在するのです。Amazonで売っているのです。紙で、電子で。
 もちろん、私だってみなさんと同じように長生きしたい。長生きするのは良いことです。しかし、今はもうそんなことはどうでもいい。私は姉漫画の意志を遂行したい。私は姉漫画の神から山の頂上へ登ることを許されました。そして私は目の当たりにしたのです。約束の地をこの目で見たのです。私はあなたがたと共にそこへたどり着くことはできないかもしれません。ですが、私たちは必ずそこへ行けるのだとあなたがたへ伝えたい。今宵の私は幸福です。もはや不安など何もない。もう何者も恐れない。姉漫画の栄光をこの眼で見たのですから。



アッチあい『このかけがえのない地獄』(電撃コミックスNEXT)


このかけがえのない地獄 (電撃コミックスNEXT)

このかけがえのない地獄 (電撃コミックスNEXT)


 ガーリーにあふれた短編集。
 表題作である第一話は魔法少女版自称ヒーロー/ヴィジランテものをやって見事にオリジナリティを獲得した奇跡の一作。やさしい『キックアス』とでも形容すれば少しは合っているのでしょうか。
 第二話「死んでいる君」は投身自殺した女子高生の幽霊がなぜか全く関係ない男のアパートに現れて……というハートフルロマンス。
 第三話「4番目のヒロイン」は少年漫画雑誌で連載されているラブコメマンガの世界に別ジャンルのマンガのキャラが紛れ込んでしまい、そいつがモノ扱いされているラブコメのヒロインたちをめざめさせていくフェミニズム短編……と思ったらラストにすごいオチを持ってくる。
 第四話「黙れニート」は全反労働主義者必読の、おそらく地上唯一であろうニート万歳マンガ。
 第五話「僕は彼女の彼女」、ピュアな男子高校生が憧れの女子に告白したら、彼女の密かに焦がれている別の女子に似せた異性装をすることに条件にオーケーしてくれる男の娘もの……が百合になっていく。

 外から押し付けられる窮屈なイメージや価値観を拒み、オリジナルな幸せを発見する。一口にまとめれば、そんな短編集です。イチオシは第三話でしょうか。
 「4番目のヒロイン」の世界ではキャラたちが「自分たちは漫画雑誌で連載されているハーレムラブコメの登場人物」と認識しています。ハーレムラブコメ世界では定期的にラッキースケベなシーンをこなしていかないと存在が薄れていき、モブに降格する、という設定。
 そこへ本来は戦争漫画に出演するはずだった女の子が四番目のヒロインとして紛れ込んできてしまいます。この新ヒロインは初っ端からメインヒロインの座争奪戦から降り、ヒロイン候補の一人に「恋人でもない男におっぱい揉ませて悔しくないの?」と挑発します。
 みんなハーレムラブコメの世界で頑張っているのだから馬鹿にするな、と一度は戦争漫画女に対して反発するヒロイン候補。しかし、翌日「主人公」に会ってみるとなんだか気持ち悪く感じられ、ラッキースケベを拒絶するというラブコメ漫画にあるまじき行為に走ってまうのですが……。
 ともすれば教条的になりすぎてしまいそうなアンチラブコメ話を、既存の枠組みを一度転覆した上でもう一度「ラブコメ」に作り直すという超荒業。荒業なわりと最終的なバランスはきっちりとれている。全体的に膂力がストロングと言うか、いい意味での力業が印象的な作家さんです。

 

崇山祟『恐怖の口が目女』(リードカフェコミックス)


恐怖の口が目女 (LEED Café comics)

恐怖の口が目女 (LEED Café comics)


 ホラー(コメディ?)長編。
 あきらかにギャグ寄りの作風で、あー、こういうノリね……と読んでいたら、あれよあれよという間にとんでもない方向へ……ほんとうにとんでもない方向へ……。
 みてくれに反してかなりウェルメイドで読みやすい。ページ単位で同じ構図を効果的に繰り返す手法を用いるところなんか見ると、アート志向でもあるのでしょうか。ホラーとギャグとサイケとロマンとインディーマインドが高レベルでまとまった良作です。意外に他人にも勧めやすい。


panpanya『二匹目の金魚』(楽園コミックス)


二匹目の金魚

二匹目の金魚


 マジックかリアリズムかのスペクトラムでいうなら、panpanya先生の初期作はマジックの風景にリアリズムが散在しているかんじだったと思うんですが、近作はリアリズムに穴をうがってマジックをのぞき見ている感覚があります。
 本短編集ではそこからさらに発展して、いや、改めて怪しい非日常的な世界を創り上げなくたって、今われわれのいるこの日常にいくらでもファンタジーの種はあるんだ、と訴えてきます。
 日常に潜んで黄金色に輝く死角を狩る作家を、わたしたちはエッセイストと呼び習わします。本作で言うなら「今年を振り返って」や「知恵」、「小物入れの世界」といったところがどこに出してもするりと通る、いい意味でエッセイっぽい作品です。
 それでいて、わたしたちが夢見たころの panpanya 先生がそのままの姿でそこにいる安心もうしなわれてはいません。なぜでしょうね。おそらく、先生が日常の死角を収穫するだけではなくて、日常と日常のすきまにある暗黒空間を非日常的な想像力で埋めて現実として均していく、そんな営みをおこなっているからではないでしょうか。
 以上は二月に書いた文章をまんまコピペしたものです。


前田千明『OLD WEST] (アクションコミックス)


Old West (アクションコミックス)

Old West (アクションコミックス)


 やはり漫画家はガンアクションに歓びを見出す人種であるのでしょうか。『PEACE MAKER』(皆川亮二のほう)を始め「西部劇」をモチーフにしたマンガは現在にいたるまで途切れることなくほそぼそと作られつづけていて、それこそピスメのような「西部劇っぽいファンタジー」を含めればちょっとした市場です。*1
 ところが本短編集はリアルな昔のアメリカを舞台に置きながらも、あまり派手なガンアクションはやりません。それでいてたまらなく「西部劇」なんですね。
 たとえば、表題作「OLD WEST」では西部開拓時代の終わった1900年という年代設定。年老いて引退した元カウボーイの老人が隣人である農家の少年と交流を深めます。老人は若い頃から「夢や希望」を求めて西部や南部を渡り歩いた過去を少年に語る。成績優秀で進学を希望しているけれども家庭の事情でそれが困難な少年は、ロマン溢れる老人の昔話、そして「生きているうちに飼馬に乗って西海岸の海を見たい」という夢に自分の(叶わないであろう)夢を重ね、目を輝かせます。この老人は本物の「西部人」で、終わってしまった夢の時代をまだ体現しているんだ、と。
 ところがそれから間もなく老人の飼馬が死んでしまう。馬を失った老人はそれを潮に東部に住む娘の家に引っ越す準備を始めます。その姿を見た少年は「西海岸まで行きたいというのはウソだったのか?」と老人を問い詰め、農家の息子である自分はいくら勉強しても将来的にはすべて無駄で、自分はかつての老人のようにどこかへ行くことはできない、と吐露します。
 物語はそこからもう一段階飛躍していくわけですが、そこまではバラさないとして、かくのごとく前田千明先生は「夢」や「幻想」の終焉を、ときにはポジティブに、ときにはダークに描きます。そして、そこには常に「終わってしまった輝かしい可能性の時代」に対する(基本的には若い)登場人物たちのノスタルジーや憧れがついてまわるのです。
 その間に合わなかった過去への強烈なノスタルジーこそ、西部劇映画そのものでもあります。そもそも西部劇映画は始まった時点*2で「古き良き西部開拓時代」はとっくに記憶の彼方であって、だからこそファンタジーを投映できる場たりえたのでした。
 まさしく遅れてきてしまった人々による物語を描くことで、前田千明先生は「ガンアクションのほとんどない西部劇」を濃密に達成したのです。
 
 

板垣巴留BEAST COMPLEX』(少年チャンピオン・コミックス)



『BEASTERS』の板垣先生の初短編集。獣人ものです。主に草食獣と肉食獣の友情だったり恋愛だったりの関係を描きます。板垣先生が巧いのは「食う者と食われる者」というともすれば陳腐に響きかねない抽象的な構図から思わぬリアリティを突きつけてくるところで、たとえば第三話の「ラクダとオオカミ」における指の使い方なんかはこの上なくシャレています。
 動物モチーフの取扱についてはそれこそ『ズートピア』から顕在化してきているように思われますが、収録作のほとんどが『ズートピア』以前に描かれた本短編集ではわりとギリギリのバランスで、それでも渡りきってるのがセンスだなあ、と思うのです。


須藤佑実『みやこ美人夜話』(フィールコミックス)



 京美人がテーマのすこしふしぎな連作短編集。森見登美彦で育ったわたしたちの京都幻想をまた別の角度から満たしてくれる。出色は大学教授の娘が父親の教え子の「京女」と出会う第四夜。溝口健二の『お遊さま』をモチーフにとりつつ、ファンタジーの投影先としての京都を批評的に描ききっています。
 幻想はしょせん幻想なので最強ではないけれど、しかし幻想として了解したうえで現実を生きる糧ともなる、そういう話が多い気がします。つまりは恋の話でしょうか。須藤先生の品のあるタッチが作品全体の説得力に貢献しています。


谷口菜津子『彼女は宇宙一』(ビームコミックス)


彼女は宇宙一 (ビームコミックス)

彼女は宇宙一 (ビームコミックス)


 今年のサブカル漫画枠な短編集。ポップな絵柄で主として恋でドライヴして暴走まで行ってしまう人びとをSFチックに描きます。しかし個人的なお気に入りは恋バナでもSFでもない最終話の「ランチの憂鬱」でしょうか。クラスの人気者の取り巻きだった女の子が人気者の機嫌を損ねてイジメ地獄へ突入、という点では『君に愛されて痛かった』みたいな導入ですね。フツーのイジメ和解の話では「いじめてる側にもかわいそうな事情はあって〜」的なところから入るんでしょうけれど、「ランチの憂鬱」ではむしろ「いじめられている側のかわいそうな事情があって〜」からのシンパシーモードに入るのがちょっと変わっています。陰鬱な環境を持ち前のポップさの魔法でぜんぶチャラにしてしまうところがええですよね。
 ところで最近女の子のエモが高まって巨大ヒーローになったり怪獣になったりする漫画多くないですか。


三島芳治『ヴァレンタイン会議 三島芳治選集』(つゆくさ)



 『レストー夫人』でその名をとどろかせた鬼才、三島芳治がコミティアで出していた同人誌を電子化した短編集。
 三島先生の最大の魅力は言語やコミュニケーションに対するセンシティブさといいますか、フラジャイルさにあるのかもしれません。
「いとこリローデッド」では成長して疎遠になった従姉妹に対して男の子が学校で集めたことばをワードサラダのようにして投げるも従姉妹は振り向いてくれない、ではどうしたら振り向いてもらえるか、という話。人間は大人になると自分のだけのことばの世界に引きこもってしまい、他人のことばが聞こえない、あるいは他人に自分のことばを届けられない状況に陥りがちです。そうした齟齬を乗り越えてコミュニケーションが通じる瞬間をわたしたちは奇跡と呼び、魔法と呼びます。三島先生は文字通りに劇中で魔法をよく用いますね。なぜならコミュニケーションは魔法でしか実現しないと知っているから。

 ちなみに Kindle の Unlimited に入ってます。小原愼司先生の同人誌といっしょに iPad にでもつっこんで読みまくりましょう。


エッセイまんが部門

窓ハルカ『かすみ草とツマ』(ヤングジャンプコミックス)

かすみ草とツマ (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

かすみ草とツマ (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

・ひどい。


ペス山ポピー『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』(バンチコミックス)


実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)

実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)


・個別の変態性をどう普遍に寄せられるかという挑戦でもあり、成功しています。


みやざき明日香『強迫性障害です!』


強迫性障害です!

強迫性障害です!

・わかりみ。

*1:特に90年代は多かった気がする

*2:1903年の『大列車強盗

2018年上半期の生き残るべき新連載マンガ十選

 一月ごとにまとめるはずが三月あたりからめんどくさくなったのでこの有様です。どの有様かな。

 というわけで、六月末日までに出た新刊漫画(新連載作)で個人的におもしろかったな、早く続きが読みたいな、と思ったものを選びました。いつのまにか既に終わってたらすいません。

 以前こういうリスト記事で72作とか挙げたら「多すぎる」と怒られたので、反省をふまえ、今回は十作+αにします。αには任意の数字が入ります。とりあえず覚えてる分だけなので、面白い作品で忘れたものがあったらごめんなさい。いや、あるんですよ。面白くても忘れるもの。

 例のごとくKindle版出ているやつ限定です。言っている意味がわかりますか、T島社? メガストア
 短編集とか単発長編とかは別の記事でやります。
 では、いってみよう。

2018年上半期の十選

まつだこうた『骸積みのボルテ』(バーズコミックス)

骸積みのボルテ  (1) (バーズコミックス)

骸積みのボルテ (1) (バーズコミックス)

 従属先であった帝国の奸計によって滅ぼされた部族の生き残り、ボルテ・コア。平凡な少女にすぎなかった彼女は戦後、なぜかほとんど不死に近い自己再生能力を具えるようになり、帝国兵士を襲うテロリスト「骸積み」として恐れられていた。ボルテは親兄弟の仇で現在は行方不明となっている帝国皇帝の娘イリアを探して帝国領内を彷徨う。

おかか』、『超人間要塞 ヒロシ戦記』のまつだこうた先生の最新作。複数の時制が入り乱れる語りをとおして「骸積み」誕生を描く実験的な開幕からも新しいファンタジーを紡ぎ出そうする先生の意欲が伺えます。
 戦場で同胞を皆殺しにされた女戦士が人間離れした戦闘能力を発現して夜狼のような復讐マシーンと化す漫画といえば、伊藤悠先生の『シュトヘル』を思い出さずにはいられないわけですが、伊藤先生のシュッとシャープで緊張感のある線に比べ、まつだ先生の産み出す柔らかくラブリーな輪郭のキャラクターたちは獣人の住む世界感と相まって、どこかほのぼのとした印象を受けます。そうした柔和なキャラデザインを活かして骸積み化する前のボルテの日常パートだったり、ボルテを追う帝国の「骸積み」討伐部隊の面々を描く一方で、戦闘シーンではバイオレンスが一挙に爆発する。このメリハリが導入部の複雑な語りと非常にマッチしていて、読者にワクワクを与えてくれるのです。
 一巻のラストページのヒキも見事。こんどこそ、の期待がふくらみます。


佐和田米『アクロトリップ』(りぼんマスコットコミックス)

アクロトリップ 1 (りぼんマスコットコミックス)

アクロトリップ 1 (りぼんマスコットコミックス)

 魔法少女ベリーブロッサムが守る街に住む中学生、伊達地図子。ベリーブロッサムの大ファンである彼女はある日、街を脅かす悪の組織の総帥クロマから「うちの参謀にならないか」と勧誘を受ける。ベリーブロッサムによって倒されることを快感にしていたクロマだったのだが、あまりにもダメダメなため、このままだと戦闘で負けるだけでは済まされず組織ごと滅ぼされるのではないか、と危惧を抱いたのだ。悪の組織が潰されてしまえばベリーブロッサムの活躍も見られなくなってしまう……ベリーブロッサムを輝かせ続けるため、地図子はベリーブロッサムの「影」になる決断をする。

 『りぼん』から現れた刺客。広義の魔法少女もの、といいたいところですが、ほとんどアイドルものに近い。アイドルものというか、アイドルファンもの、『推しが武道館に行ったら死ぬ』のノリに近いかな。いや、あそこまで狂ってはいませんが。
 かわいくてがんばりやの魔法少女(アイドル)、地味な営業活動で彼女を支えるマスコット(マネージャー)、魔法少女の活躍に感涙し一介のファンでありながら売り出し戦略まで妄想し、好きが昂じてなんだかよくわからない仕事を始めてしまった主人公(ファン)、という構図に「ヴィランあってのヒーロー/ヒーローあってのヴィラン」という『LEGOバットマン』的なスーパーヒーローもののテーマを組み込んだ悪魔合体漫画です。
 とにかくギャグがキレています。魔法少女も悪の総帥も主人公もそれぞれにポンコツで愛嬌があり、読んだらみんなだいすきになることうけあい。


山田果苗『東京城址女子高生』(ハルタコミックス)

東京城址女子高生 1 (ハルタコミックス)

東京城址女子高生 1 (ハルタコミックス)

 都内の高校に通うあゆりは彼氏との痴話喧嘩のもつれで、たまたま通りがかった同級生に怪我をおわせてしまった。おわびを申し出るあゆりに対し、その同級生、美音は「東京城址散策部」に入部するよう要求する。城址とは昔あった城の跡のこと。気乗りしないあゆりだったが、美音になかば脅迫される形で世田谷城跡へ連れて行かれることに。

 地味な題材を女子高生のキャッキャうふふで味付けして売ろうとするマンガ飽きた……と思っていた時期がわたしにもありました。
 ややそそっかしくて荒っぽい江戸っ子な主人公と、一見善良だが悪意なく悪意をぶつけてくるサイコパス城址マニア女子の掛け合いのテンポが絶妙に心地よいです。女子二人のコンビが剥き出しでやりあってる感は同じ『ハルタ』連載の『星明かりグラフィクス』に通じるものがあります(キャラ自体のタイプは全然違いますが)。
 話づくりも巧い。一話ごとにあゆりが日常でぶつかる悩み未満のひっかかりをわざとらしすぎない程度に城址にまつわるエピソードとからめてクレバーに落としていて、これぞ短編の名手といった趣。
 それにしてもここのところのハルタの新連載はどれも強いですね。


知るかバカうどん『君に愛されて痛かった』(バンチコミックス)

君に愛されて痛かった (BUNCH COMICS)

君に愛されて痛かった (BUNCH COMICS)

 恋慕していた男子に刺されて死んでしまった女子高生の回想から始まる衝撃のオープニング。女子高生かなえはクラスでは人気者グループの下っ端として必死に居場所を作る一方で、夜になると援助交際に走って「必要とされる」欲求を満たしていた。が、ある日、合コンで知り合った野球部のイケメン寛に援交現場を見咎められたことをきっかけ、もともと歪んでいた日常が音をたてて軋んでいく。

 映画にしろマンガにしろ、いじめという問題を多視点で描く作品が増えたように思いますけれど、これは本来「みんなかわいそう」に還元されるそうしたテクニックを「みんなクソで世界はゴミだ」にズラす禁断の呪法に変えていて、おっとろしいなとおもいます。なにかと怠惰におちがちなエグい系残酷話でありながらも、テンプレに対する繊細な反抗が迸っていて、今後が実に愉しみ。特に「わたしには友達(みんな)が居るんだ」という感動セリフの定型文をあそこまで悪意たっぷりに読み替られるに至っては感動すらおぼえました。


山本中学『戯けてルネサンス』(ヤングキングコミックス)

戯けてルネサンス 1 (ヤングキングコミックス)

戯けてルネサンス 1 (ヤングキングコミックス)


 『繋がる個体』の山本中学先生新作。極端な引っ込み思案と一風変わった名字のせいで陰惨な中学時代を送っていた西名生蓮。彼は学生生活を「リセット」しようと昨年まで女子校だった高校に入学し、男子が二人しかいないクラスに振り分けられる……も入学初日から緊張で嘔吐してしまう。果たして彼は女子だらけのクラスで自分の居場所を築けるのか。

『君に愛されて痛かった』が「世界は残酷です」という学園ものなら、本作は「世界は思ったよりもやさしい」というお話。
 常に後ろ向きな自意識モノローグを垂れ流しているコミュ障男子が変わりたいと願い、その一歩を踏み出そうする。その行為自体は美しくあっても現実問題、世間というのはそうした勇気ある一歩に対していつも理解があるわけではありません。
 が、本作ではとにかくそういう小さな勇気をとにかく肯定してくれます。つながろうとさえ願うのなら、コミュニケーションをはかる気持ちさえあるのなら、他人はちゃんと応答してくれるのだよ、という至極まっとうな応援をしてくれるいい漫画です。そのやさしさが嘘くさかったり、上っ面をなぞるだけにならないキャラクターの深度も魅力です。


福島聡『バララッシュ』(ハルタコミックス)

バララッシュ 1巻 (ハルタコミックス)

バララッシュ 1巻 (ハルタコミックス)

 2017年。アニメ監督・山口奏と作画監督宇部了の幼馴染コンビは初めてのオリジナル長編劇場アニメを成功させた。物語はそこから三十年を遡り、1987年、十七歳だった二人の出会いに移る。アニメオタクであることを隠してリア充グループに属していた山口は、天才的なイラストレーションの才能を持った宇部を見出し、二人でアニメ業界に進むことを決意する。彼らは志望する東京のアニメスタジオに見学に行くのだが、動画志望の宇部が即戦力として遇される一方で、演出志望の宇部はスタジオの監督から「お前は凡才だ」と言われ……。


 ビーム系の狂児、ロマン溢れるひねくれマンガばかり描いてきた(印象)福島聡先生の最新作はなんとストレートに爽やかな青春もの。
 昭和アニメ史を描く実録的な側面から言えば、アニメ版『アオイホノオ』とでも呼ぶべきでしょうか。アオイホノオもアニメですが。そこに日本橋ヨヲコ成分を足した感じ。
 演出志望のアニオタとアニメーター志望の天才のコンビで、視点を前者に置いてるところが重要です。アニメーターは高校生でも絵をかけばある程度実力を示せるけれども、演出のほうはそうもいかない。後に監督として大成すると初手で示されているとはいえ、17才時点の山口は単にアニメをたくさん観てるだけのオタクにすぎません。その格差を自覚しつつ嫉妬する気持ちと、夢を共にする唯一の仲間である宇部に対する友情との間で揺れ動くワナビ男子の繊細な心があたたかなまなざしでもって描かれていて、実にうつつい。
 

大窪晶与『ヴラド・ドラクラ』(ハルタコミックス)

ヴラド・ドラクラ 1 (ハルタコミックス)

ヴラド・ドラクラ 1 (ハルタコミックス)

 十五世紀の中欧、ワラキア公国(現ルーマニア)。周囲を大国に挟まれたこの小国に、新たな君主として若きヴラド三世が戴冠する。大国の思惑と有力貴族たちの専横に板挟みにされ難しい舵取りを迫られるヴラド三世であったが、政治的な妥協を重ねる陰で密かにある陰謀をめぐらせていた……。

 ”串刺し公”ヴラド三世はフィクションの題材にされる事が多い人物ですが、やはりクロースアップされるのは「元祖ドラキュラ」としての面であり、そこにきてスーパーナチュラルな能力を持たない一人の人間としての「ヴラド三世」を描こうとする試みはかなりめずらしい。
 話としては陰謀と談合を中心とした政治劇。ワラキア独特の統治システムや中世ヨーロッパの文化などのディティールがきっちり書き込んだうえでの展開なので、読んでいてかなり説得力があり、飽きません。一筋縄ではいかない大貴族との権謀術数のやりあいは、全体的に静かなタッチに反して、とてもエキサイティング。ハルタは伝統的に歴史ものに強いですね。


道満晴明メランコリア』(ヤングジャンプコミックス)

 ショートショートの名手、道満晴明先生による短編集。彗星メランコリアの接近により人類滅亡が秒読みとなった世界で織りなされる主に恋模様。

 生き残るべきもなにも、上下巻なので次で終わるんですが。
 あいかわらず『メランコリア』だったり『マグノリア』だったり映画・サブカルネタをしのばせつつ、各話ごとにきっちり小咄としてオチをつけ、世界を作り上げていくつまりはいつもの(『ニッケル・オデオン』以降の)道満晴明先生です。いつもの、な割りにマンネリ感が薄いのはドライさとリリカルさを共存させつつ気の利いた少し不思議エピソードをコンスタントに作り上げられる人材が現代日本にあまり存在しないからで、石黒正数先生が現状長編に専念している以上、しばらくは道満先生の天下が続くことでしょう。いいのか、ヒコロウ?


原作・久住昌之、漫画・武田すん『これ喰ってシメ!』(ニチブンコミックス)



「週刊漫画サボウル」の編集部でデスクとして辣腕をふるうアラフォー編集者神保マチ子(独身)が、若手編集者岡野ひじきとともに今日も元気に原稿を取り立てつつ、うまいメシを食う。

 グルメ漫画ってそんな好きじゃないんですよね。嫌いでもないんですけど。読むとお腹空くじゃないですか。それでも年に一本は心にヒットする作品が出てくるのでつい漁ってしまいます。今年はそう、『これ喰ってシメ!』。
 久住先生原作ものらしく、題材となる食べ物そのものに珍奇なところはありません。
 しかし、読ませる力が圧倒的に高い。まず絵がいい。構成がいい。会話のテンポがいい。「今の私達に必要なのはそう……炭と水の化物と書いて……タンスイカブツ!」や「鮨……!? あの魚へんに旨いと書く?」といった久住先生一流のしょーもないギャグが効きまくっている。
 悩みが解消されたり欝が治ったりするようなマンガではないですが、読み終わるといい感じの気分になります。


賀来ゆうじ『地獄楽』(ジャンプコミックス

地獄楽 1 (ジャンプコミックス)

地獄楽 1 (ジャンプコミックス)

 時代劇異能バトルロワイヤルものとでもいえばいいのか。絶海の孤島に送られた死刑囚たちが首切り役人(山田浅右衛門一門)とペアを組んで、ヤバい死刑囚やヤバい原生生物などを撃退しつつ、将軍様のために不老不死的なやつをゲットしようとする話。
 二巻までに数組の死刑囚×執行人ペアが出てくるわけですが、どのペアもバディものとしてのケミストリーが高い。基本的には「敵」同士なので緊張感がある一方で、ペアごとに独特の関係が築かれていてキャラ自体の個性よりは関係性の個性で見せる、こういうのもあるんだな、という感慨。


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全然十選と入れ替えてもいい、既に十二分に面白い枠


田村由美ミステリと言う勿れ 1 (フラワーコミックスアルファ)、ふしぎな事件に巻き込まれたふしぎな大学生が事件関係者の生活の悩みを解決しつつ事件の謎も解いていくセラピーミステリ。主人公がスカしててムカつくという一点を除けば読みどころ満点。


デッドマウント・デスプレイ(1) (ヤングガンガンコミックス)、あの成田良悟異世界転生ものを!? ただし、転生元は異世界で、転生先は個性豊かな殺し屋とギャングの蠢くSHINJUKU!みたいな。


高野雀世界は寒い 1 (フィールコミックスFCswing)、ファーストフード店の店内で本物の拳銃を拾った女子高生六人組。扱いに困った挙げ句、「一人一発、撃ちたいやつを撃とう」ということでまとまる。ターゲット選びに苦慮する六人の前に、銃の元の所有者らしき人物が現れて……。一話ごとに六人それぞれに視点が切り替わる群像劇。題材といい空気感といいモノローグの入れ方といい生きていたのか岡崎京子チルドレン、という感じ。それまで抑え込んできた鬱屈が、銃という非日常によって開かれて物語がドライブしていきます。2018年にもなってこんなにまっすぐに平成初期の臭いをまとった鬱屈青春グラフィティを出せるとは、侮りがたし、FEEL。
 

仲川麻子飼育少女 (1) (モーニングコミックス)、高校の実験室で科学教師と女子高生がヒドラやナマコやイソギンチャクといった地味ないきものたちを飼育するギャグ漫画。題材の生態自体がギャグっぽいよね。


吉本浩二ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~(1) (アクションコミックス)、日本初の青年漫画誌(自称)『アクション』誕生を描く。『吉川先生のルポマンガにはある種のくさみがつきまとっていて、それは情に厚い好男子である吉川先生がインタビュアーとして前に出てくるせいであったのですけれど、本作は完全に実録ものに徹しており「作者」の姿は見えません。おかげでテンポのいいこと極まりない。


どるから (1) (バンブーコミックス)、脱税で逮捕されたK1の石井館長が出所直後にトラックに引かれて死亡(現実には生きています)、なぜか自殺した女子高生の身体にのりうつり、女子高生の経営する斜陽の空手道場を再建するという話。出落ち感があるわりに物語的な骨格がしっかりしていて、石井館長直伝の格闘技トーク・経営術トークがそれなりの説得力を持って展開されます。館長トークの出方がちょっと『プロレススーパースター列伝』っぽいですが。強敵と出会った館長が「解説者時代は色んなしがらみのおかげで自由に空手できなかったけど、死んで(現実には生きてます)初めてハジケられた。死んでよかった(現実には生きてます)!」とイキイキと闘う姿には涙が出ます。実際には生きてますが。


渡会けいじピヨ子と魔界町の姫さま(1) (角川コミックス・エース)魔界(町)の高校に通う人間の女の子と庶民的な魔王のお姫様(町なのだが)の学園ギャグ。なんでも額面通りに受け止めるアホの子とポンコツお嬢様の組み合わせはストレートに面白い。


志村貴子ビューティフル・エブリデイ 1 (フィールコミックス)、多作な割に平均点がここまで高い作家がいただろうか。あいかわらず主要人物は性格が悪い。しかし私たちは志村貴子先生の描く性格が悪い女を見たくてここまで生きてきたのではないでしょうか。


瀧波ユカリモトカレマニア(1) (KC KISS)、元カレを好きすぎるあまりイマジナリーフレンド化してしまったOLが実際の元カレと再会してしまってさあどうなる、という話。『勝手にふるえてろ』を瀧波ユカリ先生が書いたら感があります。


石川香織ロッキンユー!!! 1 (ジャンプコミックス)、高校でロックバンドやる漫画。「初期衝動」という言葉がそのまま結晶化したような第一巻であり、間違いなく青春マンガで今一番アツい作品。


とよ田みのる金剛寺さんは面倒臭い(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)、恋とは奇跡に支えられたものだという精神に貫かれた恋愛コメディ。


大石浩二トマトイプーのリコピン 1 (ジャンプコミックス)、こういうノリで時事ネタをいじる少年漫画がいつのまにかなくなってしまっていましたね。


宮崎夏次系アダムとイブの楽園追放されたけど…(1) (モーニング KC)、夏次系先生わりと普通にギャグ漫画かけるじゃん、と思う一方でやはり短編のほうがシマッてるんですよね。


フォビドゥン澁川スナックバス江 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)、これまでのフォビドゥン先生に比べて気持ち悪さが二割ほど減っており、お子様にも安心しておすすめできます。自分に子どもがいたら読ませたくはないですが。



将来性がありそうなタイトル枠


三浦みうチルドレン 1巻 (デジタル版ガンガンコミックスUP!)、十四歳の園長を戴く山奥の幼稚園。そこは園児たちが人間を「処理」する殺人幼稚園だった……。キャッチーで悪趣味な残酷グロ設定が目に付きますが、出落ちにとどまらず、ちゃんとドラマを描こうとする気概も発揮されています。設定の慣性以上に伸びる予感がするというか、伸びる義務がある。


チノク白石君の動級生(1) (Gファンタジーコミックス)、動物に変身できる子どもたちのクラスに入った男子高校生の話。こういう学校だったら生きたないなあ、という人間のストレートな欲望が詰まっています


大沖たのしいたのししま(1) (週刊少年マガジンコミックス)、おもしろい方の大沖先生。


柳生卓哉メメシス 1 (1) (少年サンデーコミックス)、ウルトラ強い勇者のパーティーから役立たずとしてはじき出された戦士と魔法使いが勇者を見返すためにめっちゃ強くなるファンタジーギャグ。主人公二人の気持ち悪い友情がよい。


天地創造デザイン部(1) (モーニング KC)天地創造時に神様は動物のデザインをデザイナーに発注していた。動物をデザインするという思考実験。一見むちゃぶりに思える注文が実在の生物へ繋がるという意外性。動物の面白うんちくを退屈させないようにどう紹介するかという動物ものの懸念を上手に処理しています。


椙下聖海マグメル深海水族館 1 (BUNCH COMICS)、水族館で働くことになった男の子との成長譚。絵がいい、トピックがいい、テンポがいい。専門ウンチクもので全体のリズムが崩れずにすっきり読めるのは驚異的なことです。だからこそ主人公の悩みと成長に嘘がない。


山本亜季賢者の学び舎 防衛医科大学校物語 1 (ビッグコミックス)防衛医大に入学した医者(医官)志望の男の子の成長物語。題材のものめずらしさも手伝って、群像青春もののうまさが際立ちます。体育会系と文科系が入り交ざったなんともいえない独特の文化や上下関係がすてき。今んとこ先輩の理不尽なシゴキがただのシゴキにしか見えないんですが、これをどう良かった話につなげていくんですかね。実際今もやってるんだろうから否定もできないだろうし……。


武富智ロマンスの騎士(1) (裏少年サンデーコミックス)、近世のヨーロッパ騎士が現代の少年の身体に転生してフェンシングをやる……というあらすじを聞いて「逆『ビロードの悪魔』かよ」と興味を惹かれましたが、読んでみると真っ当にアツい青春スポーツもの。フェンシングのスタイリッシュな絵面と武富智先生の躍動感あふれる画作りが幸福にマッチしています。


美代マチ子ぶっきんぐ!!(1) (裏少年サンデーコミックス)、書店員ものってわるい意味でブッキッシュな作品が多い印象があるんですけれど、これはちゃんと「書店員の話」をしてくれるので好印象です。とはいっても変に業務についての細部を羅列するわけでもなくて、ちゃんと作劇のパースを取りつつ書店員の世界観で話を進行させていくかんじ。


瀬下猛ハーン ‐草と鉄と羊‐(1) (モーニングコミックス)義経チンギス・ハン説。ややスロースターター気味ですが、政治描写も骨太で、これから本格的な合戦に突入すると一挙に爆発しそうな予感。


原作・マツキタツヤ、漫画・宇佐崎しろアクタージュ act-age 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)、俳優バトル漫画。自分のなかでは『累』とか『響』とかと同じ枠なんですけれど、どういう枠なのかと聞かれると困ります。掲載順で打ち切りが危ぶまれたりもしましたが、重版かかったそうだし生き延びそう?


宮永麻也ニコラのおゆるり魔界紀行 1 (ハルタコミックス)、獣人や魔法の存在する魔界に迷い込んだ少女とその道連れというか保護者的な立場の悪魔のロードストーリー。一話一話マァー丁寧です。


ひらけいシンマイ新田イズム 1 (ジャンプコミックス)、このところ増えている教師もの。能力は高いが空気読めない系の教師が生徒や同僚の悩みを解決していく学園ギャグマンガ。この手のものとしてはわりに正攻法で攻めてくるが、主人公にドライさがいい話に傾きすぎないバランスで品がある。


カクイシシュンスケ柔のミケランジェロ 1 (ヤングアニマルコミックス)、全体の雰囲気としてはオーソドックスなスポ根ですが、過剰に「見る」ことで理屈っぼく強くなっていく主人公がいい感じ。


本田優貴ただ離婚してないだけ 1 (ヤングアニマルコミックス)、関係の冷えた夫婦ものなのかな……などと思っていたら、夫の元不倫相手を夫婦で殺してしまったところで一巻が終わり、次が気になります。


ふみふみこ愛と呪い 1 (BUNCH COMICS)、今度こそどうにかなってほしい。


原作・七月鏡一、作画・杉山鉄兵探偵ゼノと7つの殺人密室 1 (1) (少年サンデーコミックス)、名探偵ゼノが有名建築家に挑戦状を叩きつけられ七つの殺人密室を解いていくという往年のメフィスト臭溢れる館ミステリ。トリック自体は館の仕掛け(物理)に全振りしているので一般的な意味でのミステリ的な驚きを求める向きにはアレかもしれませんが、ここまで館のロマンを信じた作品はマンガじゃ最近でも珍しい。


原作・縞田理理、漫画・みよしふるまち台所のドラゴン 1 (ジーンピクシブシリーズ)、東欧に留学した女の子がドラゴンを拾って飼う話。ドラゴンが適度に知能のない「動物」って感じでリアリティがあります。けだものであることの愛嬌ってあるよね、といいますか。


八木教広蒼穹のアリアドネ(1) (少年サンデーコミックス)、戦闘ロボ少年と天空のお姫様のボーイミーツガール冒険もの。やはり年上なところが八木先生の業。


人生負組ぼくらのペットフレンズ (電撃コミックスEX)、よく怒られなかったな、このタイトル。


Cuvieエルジェーベト(1) (シリウスKC)、筋トレマニアのお姫様による陰謀劇。史実。筋トレも史実。


三都慎司ダレカノセカイ(1) (アフタヌーンKC)、想像した物体を実体化できる「クリエイター」と呼ばれる能力者として覚醒した少年がクリエイター同士のバトルロワイヤルに巻き込まれていく。少年漫画誌的なおおぶりなコマ割りに緻密な作画とセリフの絞られた作劇が展開していく。青年漫画誌バトル漫画の王道の感。もうすこしディティールがはっきりしてくれば。


原作・村田真哉、作画・柳井伸彦ヒメノスピア 1(ヒーローズコミックス)【期間限定 無料お試し版】、女王蜂のパワーで周囲の女性を働き蜂化(ハーレム化)していく女子高生のサスペンス。今やすっかりひとつのジャンルとなった「動物能力もの」の元祖村田先生ですが、バトルもの以外もいけるやんけ。


漫☆画太郎星の王子さま 1 (ジャンプコミックス)、最悪なことにちゃんと『星の王子さま』をやっている。


秦三子ハコヅメ~交番女子の逆襲~(1) (モーニング KC)、クサくなりすぎない人情話の作り方が上手。


福田秀ドロ刑 1 (ヤングジャンプコミックス)、主に窃盗事件を扱う警視庁捜査三課、通称ドロ刑を舞台に若手刑事と謎多きナイスミドルの泥棒が凸凹タッグを組むバディ系ミステリ。刑事は泥棒を通じて「犯人の心理」をシミュレートすることを学び、現場に残された痕跡から犯人のキャラクタを探る。敵か味方が定かでないまま刑事を振り回す泥棒の造形が魅力的。


陽東太郎遺書、公開。(1) (ガンガンコミックスJOKER)、急死したクラスナンバーワンの人気者、その彼女はクラスメイト一人ひとりにあてて遺書をのこしていた。彼女の死の真相めぐり、遺書を公開し合う学級会が始まる……。日本版『13の理由』。一巻からそれなりに面白かったんですけれど二巻から急にドライブかかってきて、オッ、と思っていたら三巻で終わるようで。一見何の変哲もない「お別れ文」からクラスみんなで違和感を探り出していくシステムはなかなかアイディアだったと思います。

2018年上半期の新曲プレイリスト40曲

2018年上半期リリースでよく聴いてたやつ。映画主題歌に関しては日本公開時点で2018年であればOKという基準。カヴァーも。
基本的にはキャッチャーなポップが好きです。


鳴り止まない/集団行動

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Pet Cemetary / Tierra Whack

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SAD! / XXXTentacion

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Woop Woop / Kid Ink

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Make it Up As (feat. K. Flay) / Mike Shinoda

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Mystery of Love / Sufjan Stevens

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Lost in Paris (feat. GoldLink) / Tom Misch

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Ultimatum (feat. Fatoumata Diawara) / Disclosure

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ミラクルシュガーランド (feat. 桃箱) / Yunomi

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Must've Been (feat. Dram) / Chromeo

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Hateful Summer / Luby Sparks

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Youth (feat. Khalid) / Shawn Mendes

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Saturday Sun / Vance joy

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Never Enough / Loren Allred

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Sway / Tove Styrke

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(F**k a) Silver Lining / Panic! at the Disco

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Ornaments / Caitlyn Scarlett

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I Need Your Lovin' / Nao

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ICHIDAIJI /ポルカドットスティングレイ

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wind, glass, bluebird / 牛尾憲輔

wind,glass,bluebird

wind,glass,bluebird

  • kensuke ushio
  • アニメ



カラーズぱわーにおまかせろ!/カラーズ☆スラッシュ

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How Simple / Hop along

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High Five / Sigrid

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It Ain't Fair (feat. Bilal) / The Roots

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Dust / Gizelle Smith

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Curious / Hayley Kiyoko

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Alright / CYN

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ハルシュラ/ Schroeder-Headz

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pray / 牛尾憲輔田渕ひさ子

pray

pray


I Never Dream / Against All Logic

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Corner / iri

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Wait (feat. A Boogie wit da Hoodie) / Maroon 5

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Drive / Molly Hammar

Drive

Drive

  • Molly Hammar
  • ポップ
  • ¥250


Birds On The Tarmac (Footnote III) / Leon Vynehall

leonvynehall.bandcamp.com


Your Song / World Maps

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2018年上半期の新作映画の思い出とベスト20作

 対象作品数はだいたい90ちょっと。
 頭がぼんやりするのでコメントは短く。

上半期ベスト2

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2『リズと青い鳥』(山田尚子監督、日)


『リズと青い鳥』本予告 60秒ver.


 山田尚子はハッピーエンドや幸福の定義を更新した。

proxia.hateblo.jp
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3『パディントン2』(ポール・キング監督、英)


映画『パディントン2』予告篇


 続編というのはかくあるべきです。クマ映画オブジイヤー

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5『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(ヨルゴス・ランティモス監督、英・アイルランド


映画『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』予告編


 ヒッチコックの映画自体はそんな好きでも嫌いでもないんですが、ヒッチコキアンな映画は好きなものが多いです。

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6『ビューティフル・デイ』(リン・ラムジー監督、米)「


You Were Never Really Here Movie Clip - Alphabet (2018) | Movieclips Coming Soon


 ホアキン・フェニックスが児童売春してるやつをボコボコにしにいったら大変な目にあう映画。『タクシー・ドライバー』や『レオン』に対する批評的な側面もあり(まあ『タクシー・ドライバー』も元々ヒーロー映画ではないんですけど)、そこがラストの絵面のすさまじさに直結しています。


7『犬猿』(吉田恵輔監督、日)


映画『犬猿』予告編

 兄弟姉妹が互いに甘えあい憎しみ合う映画。クライマックスでくどくなりすぎるきらいはあるんですが、とにかく細かなイヤ描写が最高にうまい。


8『ぼくの名前はズッキーニ』(クロード・バラス監督、仏)


「ぼくの名前はズッキーニ」予告編


 孤児院もの。「なぜアニメなのか」「なぜストップモーションなのか」について常に自問しているのが伺えます。孤児院舞台でいえば『きっと、いい日が待っている』という北欧映画もよかったです。しかし、今年は『万引き家族』といい『ワンダー 君は太陽』といい『フロリダ・プロジェクト』といい、子ども映画が元気ですね。


9『ペンタゴン・ペーパーズ』(スティーヴン・スピルバーグ監督、米)


メリル・ストリープ、トム・ハンクス主演!『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』予告編


 なぜこんな地味な話(政治的には大事だけど)をウルトラエキサイティングに撮れるのか。カメラがみょんみょん動く。


10『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ監督、米)


映画『君の名前で僕を呼んで』日本語字幕付き海外版オリジナル予告編

 リズムの点で肌に合わないところがちょっとあったけれど、この圧倒的な夏感には抗いがたい。

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11『恋は雨上がりのように』(永井聡監督、日)

 ラストの「フロントメモリー」への入り方が最高。『帝一の國』の永井聡監督を信じてよかった。広告業界出身という出自の意地汚さの割には、演出におもいがけない品性があるのが彼の美点です。


12『30年後の同窓会』(リチャード・リンクレイター監督、米)

 三人のおじいちゃんたちのロードムーヴィ。キャラの愉しさがほぼダイレクトに観客にも伝わってくる稀有な作品。リンクレイターはどんどん洗練されていく。


13『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(マイケル・ショウォルター監督、米)

 ジャド・アパトーってあんまり好きじゃないんだけどこれはいいなあ、と思っていたら別の監督でした。大筋では難病ものといえるんだけど、安易にお涙頂戴に流れないでいつつも暖かい話にもっていく巧さがあります。実話なんですが。個人的には『シリコン・バレー』のクメイル・ナンジアニが出世していてよかった。『セントラル・インテリジェンス』では超脇役だったんですけどね。


14『嘘八百』(武正晴監督、日)

 
 『30年後の同窓会』が今年最高のアメリカブロマンス映画なら、こっちは今年最高の日本ブロマンス映画だと思います。コンゲームものとしてはまあナニなんですけど。


15『ピーターラビット』(ウィル・グラック監督、米)

 喋る動物映画における「喋れること」というギミックを説話レベルで利用した点でエポックだったと思います。

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16『パティ・ケイク$』(ジェレミー・ジャスパー監督、米)

 クソ田舎のデブい女の子がラップでサクセスしようと友人のオタク、林に住む中二病、おばあちゃんなどを集めたグループを作ってがんばる映画。「サンプリング」という要素を物語にいちいちエモく取り入れており、ヒップホップ映画としては一番好きかもしれない。


17『ミスミソウ』(内藤瑛亮監督、日)

 
 百合。


18『犬ヶ島』(ウェス・アンダーソン監督、米)

 ウェス・アンダーソンストップモーション、犬。十分おもしろいんだけれども、好きな要素の満漢全席なのだからもっと良くなっててもいいだろ、という思いがどうしてもぬぐいきれない。

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19『ボストン ストロング』(デヴィッド・ゴードン・グリーン監督、米)

 たまたま元恋人が参加するボストン・マラソンに赴いたところ、テロに巻き込まれて両脚を失い、気がついたら「ヒーロー」として事件に屈さないボストン市民の象徴に祭り上げられてしまったダメ男の奮闘記。ほんとうに特別なところが何一つない一小市民が、その自己認識と世間からの視線のズレとどう折り合っていくか、という視点から誠実に作られています。こういう役をやらせたらジェイク・ギレンホールは超一級。


20『ブリグズビー・ベア』(デイヴ・マッカリー監督、米)

 奇抜な設定もさることながらプロデューサーのミラー&ロードファン、そして『サタデー・ナイト・ライブ』ファンとしては見逃せなかった。ここまでオタクの人生を肯定してくれる映画だとは思いませんでしたね。肯定されたいオタクは観ましょう。



観たドキュメンタリー映画ぜんぶ

☆『私はあなたのニグロではない』(ラウル・ペック監督、米)


I Am Not Your Negro Movie CLIP - Future of America (2017) - Documentary


 とにかくアレック・ボールドウィンの文章とサミュエル・L・ジャクソンの語りがいい意味で重い。ここ数年、黒人映画は絶えず良作話題作を連発してきたわけですけれど、このところはどんどんパーソナルかつアクチュアルになっているように思います。キャスリン・ビグローが撮った『デトロイト』にすらその傾向が反映されているのではないか。



 『レイチェル:黒人と名乗った女性』(ローラ・ブラウンソン監督、米)

  歪んだ家庭で育てられた結果、歪んだ個性を身につけてしまった人間の悲劇。



 オデッサ作戦』(ティラー・ラッセル監督、米)
  ソ連崩壊直後のロシアで潜水艦を買い付けてコロンビアの麻薬カルテルに売ろうとした男の実話。とにかくうさんくさい人間しか出てこない。むちゃくちゃ時代のむちゃくちゃなエピソードばかりです。



 『テイク・ユア・ピル:スマートドラッグの真実』(アリソン・クレイマン監督、米)

  アメリカの大学や一般社会になぜスマートドラッグが蔓延してしまったのかを考えるドキュメンタリー。「価値のある人間にならなければならない」という強迫観念は近代以降すべての国家に通じるんだろうけど、ことアメリカにおいてはアメリカン・ドリームの裏返しなんだな、という意味で『ステロイド合衆国』(クリストファー・ベル監督)を思い出します。



 猫が教えてくれたこと』(ジェイダ・トルン監督、トルコ)

  イスタンブールに住むネコと彼らにまつわる人間たちを追ったドキュメンタリー。ネコを介して都市の在り方なんかも透けてくるわけですが、そんなことは放っておいてだいたいの人はネコをめでるとよい。



 『悪魔祓い、聖なる儀式』(フェデリカ・ディ・ジャコモ監督、イタリア)
  地元で悪魔祓い案件を粛々と処理しているカトリック神父さんのドキュメンタリー。悪魔憑きというものは精神病や生活に追い詰められたすえの癇癪など、近代以前の医学ではケアできなかったものだったんだなあ、とわかりますが、おそろしいのはそうしたトラブルが依然として悪魔憑きとして愁訴されつづけ、どころか案件としては増加しつつあるというのが現代の不思議。



 『サファリ』(ウルリッヒザイドル監督、オーストリア

  人間の放つ言葉の寒々しさにおいてはトップクラスで、これを観ると言葉などというものは空虚であるどころか害悪ですらないかと思えてきます。



 『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』(ホセ・ルイス・ロペス=リナレス監督、スペイン&仏)

  みんな大好き『快楽の園』についてのドキュメンタリー。



観たアニメ映画ぜんぶ

☆『リズと青い鳥
 『山村浩二 右目と左目で見る夢』(山村浩二監督、日)
 『犬ヶ島
 『僕の名前はズッキーニ』
 『リメンバー・ミー』(リー・アンクリッチ監督、米)
 『名探偵コナン ゼロの執行者』(立川譲監督、日)
 『ニンジャバットマン』(水崎淳平監督、日)
 『さよならの朝に約束の花をかざろう』(岡田麿里監督、日)
 『ボックストロール』( グラハム・アナブル&アンソニー・スタキ監督、米)
 『ボス・ベイビー』(トム・マクグラス監督、米)


 アニメ映画観てねーなー、と数えてみたら意外と観ていた。『右目と左目で見る夢』を観て初めてノーマン・マクラレンがおもしろいと感じたかもしれません。『リメンバー・ミー』はさすがピクサーの最新作という感じで、外しませんね。『ゼロの執行者』は前半退屈だったんですけれども後半に『ワイルドスピード』化してきて愉しくなりました。ところで公安警察がほとんど白色テロ機関として描かれてますが、大丈夫か? 『ニンジャバットマン』、総じておもしろく観ましたが、中島かずきの熱気のインフレーション芸は映画の尺にはあわないんじゃないかなあ。『さよ朝』については一本あるテーマについて記事を書こうとしました。いつか出すかもしれません。『ボックストロール』、ライカ作品で唯一日本にきてなかったのがソフトスルーとはいえ観られるようになってめでたい。『ボスベイビー』、ハンナ・バーベラ風のルックスを3Dでやる心意気は買いたかった。


姉映画五選

☆『ワンダー 君は太陽』(姉弟)(スティーヴン・チョボスキー監督、米)
 『ファントム・スレッド』(姉弟
 『犬猿』(姉妹)
 『スリー・ビルボード』(姉弟
 『ビリー・リンと永遠の一日』(姉弟)(アン・リー監督、米)

 『ワンダー』と『ファントム・スレッド』の二強ですね。これまでは。『聖なる鹿殺し』も入れていい気もする。


犬映画

☆『犬ヶ島
 『ワンダー 君は太陽
 『リメンバー・ミー
 『エターナル』(イ・ジェヨン監督、韓)
 『キングスマン:ゴールデン・サークル』(マシュー・ヴォーン監督、米)

 『エターナル』と『ワンダー』はエグい系の使い方。下半期に『犬ヶ島』を超える犬映画が果たして現れるのでしょうか?


オリジナル劇中歌・主題歌部門

☆「Mystery of Love」(サフィアン・スティーヴンス、『君の名前で僕を呼んで』)

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 「Never Enough」(ローレン・アラード、『グレイテスト・ショーマン』)

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 「It ain’t Fair」(ザ・ルーツ、『デトロイト』)

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 「山の音」(尾野真千子末井昭、『素敵なダイナマイト・スキャンダル』)

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 「Tuff Love」(『パティ・ケイク$』)

まぼろしの糸による意図のまぼろし:『ファントム・スレッド』について

Phantom Threadポール・トーマス・アンダーソン監督、2017年、米)
(本記事はあらすじをほぼすべて割っています)

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 神へと捧げられた七つの編み込みのある、金髪と赤毛の重い髪の房が彼女の左手に握られているが、その髪にはそれまで一度もかみそりが当てられたことがなく、そこには今まで誰も抗えなかった英雄の男性的な力が潜んでいた。
 両刃を開いたままの鋏がデリラの右手で光っている。

――パスカルキニャール「デリラ」


「ファントム・スレッド」90秒予告編



 はじまりは、暖炉からの熾火にほのかに照らされる女性の顔。その表情は穏やかでありつつも自信に満ちている。アルマという名のその女性は、画面外で耳をそばだてているのであろう「観客」に向かってこう語る。

「レイノルズは私の夢を叶えてくれた。そして、私も彼が欲しがっていたものを与えてあげたの」

「欲しがっていたもの?」

「私のすべて(Every piece of me.)」


 断片化された人間のあらゆる部分をついばむのが『リズと青い鳥』の愛だとすれば、『ファントム・スレッド』はすべてを与えることこそ愛だと宣言する。すべてとは何か。生だ。


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 観客の前に初めて姿をあらわすとき、主役の一流デザイナー、レイノルズ・ウッドコックは文字通り顔をさらしている。

 シェービングクリームをたっぷりつけてひげを剃る姿はあからさまな男性性のアピールであると同時に、レイノルズという人間が身だしなみに気を使う「ファッションの人」であること、そして寝起きの時間をひげ剃り、髪のセット、靴磨きなどの自分自身のことにしか使わない自己中心的な人物であることも示す。姉のシリルは、弟が身なりをととのえているあいだ、姉弟の城である「ハウス・オブ・ウッドコック」をオープンするための手続き(窓を開けたり、お針子や客を出迎えたり)の一切を仕切っている。

 姉が空間を仕切り、弟が服を作る。いちおう愛人のような形で専属のモデルが同居しているけれども、彼女は名もなきお針子たち同様に服を支配するレイノルズの年季奴隷にすぎない。そうやって彼らの家(ハウス)は調和している。

 専属モデルは定期的に入れ替わる。まるでモードに合わなくなった古い服が無造作に脱ぎ捨てられるようして。
 ディナーに訪れた行きつけのレストランで姉は弟を諭す。「ジョアンナのことはどうしましょうか。私はかわいい娘だけれど、ちかごろちょっと肥ってきたし、あなたとよりを戻せるのを座って待っているだけだわ」
 そうして、ジョアンナと呼ばれる専属モデルはハウスから追い出されることが決定される。レイノルズにはどうでもいいことのようで、うわのそらだ。ジョアンナは一切に言及せず、唐突に母との思い出を語りだす。

「最近、ママのことばかり思い出すんだ……よく夢に見る……彼女の匂いがして……私たちの近くにいるんだと強く感じる」

 母。匂い。どちらも重要なキーワードだ。だが、とりあえずシリルは弟に田舎のカントリーハウスでの休暇を勧め、弟は単身車で出かける。そこでヒロインと出会う。


 レイノルズが朝食をとりにきたベッド&ブレックファストに、アルマはウェイトレスとして勤めていた。彼女はテーブルにぶつかっては騒がしい音を鳴らし、注文を取るためにテーブルからテーブルへとせわしなく動く。後にその騒々しさと too much movent を責めるにもかかわらず、このときのレイノルズは彼女のたたずまいに惹かれる。ジョアンナとの最後の朝食で「朝は胃にもたれるものは食べたくない」と刺々しく言い放ったくせに、平日の朝食とイングリッシュブレックファストの違いはあるにしても、アルマにはベーコンやソーセージ、クリームやバターの乗ったスコーンといったこってりした料理を注文する。


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 レイノルズはその場でアルマをディナーに誘う。アルマはレイノルズに一枚の紙切れを手渡す。そこにはこう書かれてある。「はらべこぼうや(Hungry boy)へ。私の名前はアルマよ」。*1彼女が「はらべこぼうやに食事を与える存在」として登場したことを覚えておきたい。すくなくとも舞台となった五十年代、ぼうやに料理を作ってあげるのは母親の役目であったことも。
 
 夜、初デートのディナーでレイノルズは赤いドレスに身を包んだアルマに「君は君のお母さんに似ているか」と尋ね*2、母親の写真を持っているなら常に肌身離さず持ち歩け、と奇妙な助言を行う。意味深なことばだけれども、アルマから「あなたのお母様は今どちらに?」と聞き返されて彼はもっと奇妙なことを言い出す。

「彼女はここに――いま着ているコートの芯地*3にいる」

 芯地にはコインやささやかなメッセージ*4といった「秘密」を編み込むことができ、レイノルズの場合は母親の遺髪をコートに織り込んでいるという。
 母親を常に身につけているのだという。「彼女が私に商売を教えてくれた。だから、いつも離さないようにしているんだよ」

 この母親こそレイノルズにとっての「ファントム・スレッド」、まぼろしの糸だ。もともとは徹夜続きで働くお針子が疲労のあまりに糸の幻覚を見てしまうことを指しての慣用表現*5で、プロダクション作業でも割合後半になってつけられたこのタイトルは多様な解釈をさそう。*6ここでは母親(の亡霊、すなわちファントム)ということにしておこう。
 

 序盤におけるレイノルズのセリフは、かなりの部分、母親にまつわる事柄でしめられている。ワインスタイン騒動を経たわたしたちにとって*7、レイノルズの独善的で女性蔑視的な態度は嫌悪感をもよおさせる。しかし彼の「男性的」な唯我独尊、あるいは支配欲はアメリカ映画でよく描かれる家父長的なパターナリズムとは若干異なる。子供っぽさの裏返しというよりも、ストレートに子供っぽい。母親に庇護されたわがままな子どもの気難しさに似ている。*8
 レイノルズと亡き母親との関係について、ポール・トーマス・アンダーソン監督は『タイムアウト』誌でのインタビューでこんな風に言及している。


――本作におけるレイノルズを「病んだ男性性(toxic masculinity*9)」と形容する向きもありますが*10


PTA:「病んだ男性性」とは現代的な言いまわしだね。そう呼んでもいいとは思う。しかし、むしろ「子供のまま身体だけ大きくなってしまった大人」*11と言ったほうがよりふさわしいかな。母親に溺愛されて育った息子が、大人になっても子どもっぽいふるまいを続けていたらどうなるか? という話だ。


https://www.timeout.com/london/film/does-daniel-use-emojis-no-hes-got-a-flip-phone-paul-thomas-anderson-on-phantom-thread

 アルマをカントリーハウスに連れ込んだレイノルズはアルマに母親*12の写真を見せる。ウエディングドレスを着た肖像だ。十六歳だったレイノルズは再婚する母親のために自らの手で白無垢のドレスを誂えたという。アルマは尋ねる。「そのドレスは今どこに?」「さあ……どこだろうね。灰になってしまったのかも。散り散り(pieces)になってしまったのかも」


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 話題はレイノルズの結婚観へと移る。
「言い切ってもいいが、私は一生結婚しないよ。断固として独身を貫く。結婚は私を惑わすだろう。心を乱されるのはきらいだ」
 アルマはレイノルズの強がりを見抜く。「あなたは強がっているだけね」
 レイノルズは意地を張る。「強がってはいないさ。ほんとうに強いんだ……他人の期待や憶測など頭痛のタネにしかならない」

 ポール・トーマス・アンダーソンの言う「この映画の最も重要なポイント」――「自分中心で愛には興味のない男が、究極的に愛で満たされ、誰かを必要とし、頼ることを知る」*13に至るまでの予兆が示される。アルマはレイノルズに欠けている「何か」を知っている。ジョアンナのようなレイノルズの愛を「待っているだけ」だったこれまでの専属モデルたちとは一線を画している。


 だが、最初はレイノルズに支配権がある。レイノルズはアルマを仕事部屋に連れ込んで肌着一枚に剥く。シリルが遅れてやってきて、初対面のアルマに近づいて匂いを嗅ぐ。「サンダルウッド、ローズウォーター、シェリー……それにレモンジュース?」「ディナーに魚料理を食べたので……」

 彼女はにおいをまとっている。


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 姉弟はアルマの採寸を始める。
 一個の人間における身体の支配権が剥奪されていく、実にエキサイティングなシーンだ。
 ポーズを指定し、身体をバラバラの pieces に切り分け、その長さを数字に変換する。モノとなってしまったアルマの身体はもはやアルマのものではない。それを再構築する権限はデザイナーであるレイノルズにのみ与えられてしまった。
「ちゃんと普通に立って」レイノルズはアルマに命じる。
「普通に立ってますけど……」「さっきみたいに」「さっきみたいって言われても」「まっすぐ立って」「まっすぐ?」「そう、そういうふうに」「はあ、なら初めからそう言ってください」

 レイノルズは姿勢を掌握するだけは飽き足らない。

「君は胸がないね」
「ええ、知ってます」
 自分の胸囲の不足について謝るアルマにレイノルズは、 
「いやいや、君は完璧だよ。私の仕事は君の胸をふくらませることだ――私が望んだ場合には」

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 身体の動作のみならず、身体そのものの改造権まで握ってしまう。機械的に告げられた数字をノートに書き記していくシリル*14の不気味さもあいまって、ほとんど暴力的な光景だ。とはいえ、採寸のあいだ中アルマが見せている不遜な物言いや表情は、彼女が単に唯々諾々と姉弟の「ハウス」に飲み込まれていかないことを予告してもいる。


 アルマの身体を奪ったレイノルズは、「ハウス」(シリルの支配領域だ)の一室を与えることで空間をも制限し、そして時間をも奪う。
「おやすみなさい。明日は早めに仕事を始めるよ」
「何時ごろに?」
「私が起こしてあげる」

 そうして、彼女たびたび夜も明けきらない早朝に叩きおこされるはめになる。
 
 身体、空間、時間を取られてしまったアルマはしかし不思議と気高く在る。
 あまつさえ、レイノルズの服に「わたしはあんまり好きじゃない。布地が主張しすぎる」とケチをつけたりもする。レイノルズは「これは正しいから正しいんだ」とアルマの意見を聞き入れない。「たぶん、きみの趣味(taste)もいつかは変わるさ」
 アルマも口ごたえする。「たぶん、変わらないかも」
 レイノルズはふきげんそうに「たぶん、君は趣味が悪いんだね」
 アルマは反駁する。「たぶん、わたしにはわたしの趣味があるのかも」

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 味覚(taste)が最終的に変わるのはどちらかを知っていれば、実に興味深い会話だ。彼女の好み(taste)を奪うことだけはレイノルズにもできない。


 次にアルマの taste が色濃く出るのは、朝食のシーンだ。ジョアンナがいたときの冒頭のように、窓を背にして正面にレイノルズ、左手にシリル、右手にアルマが座る。三角の構図の三角関係。
 レイノルズがなにより静穏を求めるこのテーブルで、アルマはざりざりと妙に大きな音を立ててトーストにバターを塗る。手元に集中したいレイノルズの耳に障る。「おねがいだから、そんなに動かないでくれるか(Please, don’t move so much)」
 そんなに動いてない、と反論するアルマをさえぎって「It's too much movement. It's entirely too much
movement at breakfast.」と繰り返す。*15元はと言えばアルマが move too much だったからこそ、レイノルズは彼女を発見できたというのにこのときはその動きの多さが気に入らない。
 シリルは着付けのときに弟を擁護したときのように、「朝食は別々に取るべきかもしれないわね。彼はルーティンを乱されるのがきらいなの」とアルマに手厳しくあたる。


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 狂騒じみた新作お披露目ショーを終え、レイノルズはアルマとカントリーハウスでの休暇に向かおうと車に乗りこむ。しかし、精根尽き果ててしまった彼は運転ができない。じりじりとズームでアルマの顔ににじり寄っていくカメラが何かを予感を孕みつつ、アルマは「運転、代わらせて」と申し出る。
 ボイスオーバーでアルマはショーを終えた直後のレイノルズの状態をこう表する。「まるで……まるで子どもみたいなの。甘やかされてダメになった赤ちゃんみたい。こういうときの彼はとてもやさしくて、素直なの。数日そんな状態が続いて、また彼は元気を取り戻す」


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 元気な彼とは、不遜な彼であるということだ。復調したレイノルズは初めてアルマを採寸した部屋で仕事を再開する。アルマは彼にお茶を持っていくが、不機嫌に拒絶される。*16
カントリーハウスでアルマはキノコ採りにでかけ、お手伝さんと調理する。
「ヒダがついたキノコには毒がありますよ」とお手伝さんは言う。それと、キノコを料理するときにバターを入れすぎないことも。「ミスター・ウッドコックはバターを入れすぎるのが大きらいですからね」

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 レイノルズの taste を熟知したアルマは、もう動きすぎない。微かな音すら立てずに朝食のトーストにバターを塗る姿に、シリルは目を瞠る。

 レイノルズは富豪であるバーバラの服を仕立てる。ドミニカのあやしげな美男子と再婚する彼女の結婚式に招待を受けるが、あまり気乗りがしない。
 服を仕立てたのち、バーバラは再婚を告知する記者会見に出る。記者から、夫はバーバラの財産目当てで結婚したのではないか、という質問が飛ぶが夫は否定する。「では、バーバラさん、あなたは新しい夫の人生に何をもたらしたのですか?」
 彼女は答える。「誠実さよ」
 自分がレイノルズのドレスにふさわしくないことを知っている彼女は、自分がウソをついていることも知っている。しかし、それでもレイノルズのドレスを着てパーティに出ることをやめられない。

 レイノルズはアルマとともにバーバラのパーティに出席する。晴れの席で狂態を見せるバーバラを見かねたアルマは憤然として「彼女は『ハウス・オブ・ウッドコック』のドレスにふさわしくない」と、酔いつぶれて眠るバーバラからドレスを剥ぎ取りに向かう。
 バーバラから剥いだ緑色のドレスをかついで、ふたりは夜の街をはしゃぎながら駆ける。
「ありがとう、愛してる」とレイノルズはアルマに言う。

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 完璧にレイノルズと通じ合ったかに思われたアルマに、またもや危機が訪れる。ベルギーの王女が結婚式のためにウエディングドレスを仕立てにやってきたのだ。レイノルズの母のときのような白無垢のドレスを。レイノルズと親しげに振る舞う王女に、アルマは何とはなしに心を乱される。彼女の知らない彼はいったいどれだけいるのだろう。

 王女が帰った後、アルマはシリルのオフィスを訪れ、「レイノルズのためにサプライズパーティーがしたい」と申し出る。
 レイノルズの性格を知り抜いた姉は強硬に反対する。だが、アルマも強硬に決行を宣言する。ここまで生活を共にしてきて、アルマも彼の taste を知らないはずはない。レイノルズがサプライズを嫌うと知った上で、「自分のやりかたで彼を愛したい」と言う。「わたしは自分のやりかたで彼を知る必要があるんです」


 アルマはひとり「ハウス」に残ってレイノルズを待ち構える。レイノルズとの最初のデートを彷彿とさせる赤いドレスを身に着け、本来は彼のポジションであるはずの階段の上から彼を見下ろして出迎える。
 サプライズにレイノルズは戸惑うものの、しぶしぶ付き合って彼女の手作りのディナーを一緒に囲む。ワイングラスにそそいだ飲み物(炭酸水?)にはレモンの輪切りが浮かべてある。初デートのおもいでのにおい。アルマは出会いを再演しようとしている。
 前菜はアスパラガスのバターソース。レイノルズはこれみよがしに卓上の塩をふりかけて齧る。アルマは尋ねる。「おいしい?」。レイノルズはぶっきらぼうに「そうだな」と答える。
 アルマは「いえ、嘘だわ。あなたはちっともおいしいとは思っていない。いつもなら感想をつけくわえるはず」と言う。
 レイノルズも負けてはいない。「私がアスパラガスをオイルと塩で食べるってことは知ってただろ」
 味付け(taste)の主導権争いをめぐる衝突は取り返しのつかないところまでいく。
「何が望みだっていうんだ、アルマ」
「私はあなたとの時間が欲しいだけなの。私だけのあなたとの時間を。私とあなたの間には何かが……距離があるわ」
 レイノルズにはわからない。
「こんなくだらないことよりもっと他のことに私の時間を使いたいんだ。私の時間、私の時間だ!」
 アルマもキレる。「あなたの時間に私は何をやっているんでしょうね? いったいここで何を? ただ立って、馬鹿みたいに待つだけ」
「待つ、って何をだ?」
「あなたがここから私を追い出すのを待っている。だから、そう言って。出て行けと言ってれれば、バカみたいに立ち尽くさなくてすむ。なんでそんなに私に冷たいの。なんでそんなひどいことを私に言うの」
「ここは私の家か? 私の家だよな? まるで知らない外国に放り込まれた気分だ。敵の国境を越えた場所に」

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 こうした時間と空間と食を巡る激しい応酬の後、アルマはナプキンをレイノルズに投げつけて去っていく。


 翌朝、彼女は「ヒダのついた」キノコを潰して、レイノルズ専用の急須に混入させる。毒はじわじわと効いていき、完成したベルギーの王女のウエディングドレスを検分するころには立っていられなくなる。
 自室で昏倒していたレイノルズをアルマはベッドに横たえる。レイノルズやシリルに部屋から出るように言われても、彼女は断固として居座ろうとする。レイノルズが倒れているあいだ、一時的にアルマが空間を支配する。
 どうも病気の原因に勘付いているようすのシリルはアルマの反対を押し切って医師ハーディを呼ぶものの、レイノルズは診察を拒否して追い出してしまう。
 二階のベッドでねむるレイノルズの真下では、シリルやお針子たちがレイノルズが昏倒としたときに台無しにしてしまったウエディングドレスを大急ぎで直している。アルマはお針子のひとりに「何かわたしにできることは?」と尋ね、ドレスのすそをピンでとめておく作業をたのまれる。ハウスで「待っているだけ」だった彼女は本来レイノルズの領域である服に自分もかかわれてうれしそうだ。

 一方熱にうなされるレイノルズは部屋の片隅に母親の幻影を見る。
「ここにいるのかい? いつもここにいたのかい? 母さんがいなくてさみしいよ。いつも母さんのことばかり考えていた。ぼくの名前を呼ぶ母さんの声を夢に聴くんだ。目覚めると、涙が頬にこぼれている。さみしいよ。ただそれだけなんだ。なんて言ってるの、聞こえないよ……」

 開いた扉が母親の幻影を遮るようにして、アルマが現れる。このとき、レイノルズは彼女こそ母親の代わりにさみしさを埋めてくれる存在だと確信する。
 アルマはレイノルズに慈母のように語りかける。
「熱は下がったみたいね」
「愛してるよ、アルマ。君なしではもう生きられない。愛してる」

 全快した翌朝、修復されたウエディングドレスの横でアルマは眠り込んでいる。レイノルズは彼女の足に口づけをしてやさしく起こす。*17

「やりたいことがたくさんある。自分の歳月は無限だと考えていたけれど、そうじゃないと気づいた……。変化のない家は死の家だ。アルマ、私と結婚してくれるかい?」

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 こうして、「ハウス」は変化する。亡霊に支配されたレイノルズの支配するハウスはたしかに「死の家」だったのかもしれない。毎日毎日常に同じルーチーンを繰り返すレイノルズは静かに腐敗していっていた。この後、レイノルズは客離れを結婚のせいにするけれども、彼のデザイナーとしての創造力の衰えは実は結婚前から兆していた。彼は、王女に捧げるドレスを前にして彼はお針子たちの縫製を讃えながらも、「でもこれはダメだ……醜い……」とつぶやいて倒れたのではなかったか。
 病の床に伏せったことで、レイノルズは無限に続くと思っていた日々にも終わりが来ると悟った。死を意識した。肉体的な、あるいはデザイナーとしての精神的な死を回避するために彼にとっての永遠の象徴である母親の写し身であるアルマと結婚しようと決めたのだった。

 しかし、結婚するとやはりアルマは「ハウス」からはみ出すふるまいを見せる。
 新婚旅行先のアルプスで、アルマはレイノルズを置いて一人でスキーツアーに出かけ、一度は収まっていたバター塗りの悪癖も再発して、スープもズーズーとやかましく飲む。二人で訪れたパーティでは、アルマはドクター・ハーディとイチャついてレイノルズを不愉快にさせ、食後のバックギャモンでは逆にレイノルズに負かされたアルマが機嫌をそこねて会場を飛び出す。

 大晦日もレイノルズは家で過ごしたがるが、アルマは新年のパーティに出たいと言って一人で家を出る。残されたレイノルズは仕事が手につかなくなり、ドアの前でうろうろしながら彼女の帰りを待つ。親の帰りを待ち望む子どものように、今度は彼が「待つ側」になってしまう。
 もはや「ハウス」は彼にとっての安住の地ではない。アルマそのものがレイノルズの求める空間になってしまっている。母親の髪の毛は肌身離さずに持ち歩けるけれども、アルマはなぜかレイノルズの手元から離れていってしまう。安心するための結婚が、逆に彼を不安に陥れる。彼はアルマを追いかける。

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 数日後、シリルのオフィスを訪れたレイノルズはある常連客*18が「ファッショナブルでシックな服」を求めて、「ハウス」から離れたと聞かされ、キレる。
 情緒不安定な彼はシリルに「仕事にならないんだ。集中できない。自信をなくしてしまった。助けてくれ」と乞う。
「”彼女”はこの家にはふさわしく(fit)ない。私たちふたりで築き上げたこの「ハウス」を、今や彼女がしゃちゃかめっちゃかに乱してしまっている。彼女は私たちを仲違いさせようとしている。すべてを影で覆ってしまうんだ、シリル」
 自らの規律を重んじるレイノルズにとって労働者階級の移民*19でなにかにつけハウス・オブ・ウッドコックの型からはみ出してしまうアルマは、耐え難かった。そんな彼女に母親の面影を重ねて結婚してしまったことを「とんでもない間違いだった」と悔やむのだった。

 アルマはレイノルズの訴えを彼の背後で黙って聴いている。

「この家には静かな死の空気が漂っている。いやな臭い(smell)だ」

 シリルのオフィスを追い出されたアルマはふたたび毒キノコを摘みにいく。

 今度はレイノルズの眼の前で調理する。毒キノコをバラバラの pieces に切り刻んで、たっぷりのバターで炒める。溶き卵が茶色く濁るほどの量のバターだ。レイノルズの好まない量のバターだ。
 アルマの料理姿を覗き見るレイノルズは既に何かに気づいている。

 きのこ入りのオムレツが完成する。

「お水はいる?」

 アルマはこれみよがしにジョボジョボと音をたててコップに水をいれる。

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 オムレツを供されたレイノルズは最初に何をするか。皿を持ち上げて、たっぷりとにおいを嗅ぐ。
 そうしてアルマを見つめながら、あるいはアルマに睨めつけられながら、口に含んでゆっくりと咀嚼する。彼女の taste を愉しげに受け容れる。

 求婚のときに「変化がない家は死の家だ」と言ってアルマを迎え入れたレイノルズは、姉に対してはアルマこそ家に充満している死の臭いの発生源だと告発した。停滞が死なのか、変化が死なのか。どちらもだ。停滞と変化のあいだ、生と死のあいだを行き来することでレイノルズはやっと生きることができる。ファッションのモードが変化した瞬間に停滞を孕み、停滞が変化を呼ぶように。
 だから、アルマは小さなこどもに言い聞かせるように語りかける。

「あなたには倒れていてほしい。無力に。おだやかに。素直に。私にしか助けられないように。そしてまた力強く立ち上がってほしい。あなたは死なない。たとえ死を願おうと、あなたは死なない」

 レイノルズは笑みを浮かべる。「倒れる前に、キスをして」
 
 アルマは暖炉のそばで膝枕の態勢になってレイノルズの頭をやさしく撫でる。
「私はあなたのドレスを管理する。埃と亡霊と時からあなたのドレスを守ってあげる」
「そうだな、でも今のところは、僕たちはここにいる」
「そう、ここにいる」
「お腹がすいたよ」
 
 かつてレイノルズの所有物だったドレスは、アルマの管理下に置かれる。もうレイノルズは母親の亡霊を幻視することはないだろう。アルマが亡霊から守ってあげているから。二十年後には彼の肉体とともにオートクチュール業界もに朽ち果てるはずであるけれども、彼が死をおそれることはないだろう。アルマが時から守ってあげているから。彼が飢えて死ぬこともないだろう。アルマがいつでも食べさせてあげるから。
 もはや「ハウス」は姉弟の家ではない。母に「私が死んだら、弟の面倒を見るのよ」と言われて*20自分なりに母親の代理を演じてきたシリルには、夫婦の子ども*21のゆりかごを揺らす程度の役目しか与えられない。一方でかつては服を着せるマネキンの仕事くらいしかなかったアルマは活き活きと「ハウス」を駆け回って、彼女の taste でもって服を管理する。

 管理といえば、映画全体の語りを握っているのもまたアルマであることを思い出しておきたい。本作は物語本編における時間軸の外部に位置する語り手によって語られる、いわゆる「枠物語(frame story)」の形式をとる。「枠」を握っているのは最初から彼女だったのであり、いくらレイノルズが「彼女はここにフィットしない」と言い募ったところで見当違いだったのだ。


 出会ったときにはレイノルズの側が支配していたはずの空間・時間・身体が、いつのまにかアルマの手中に収まっている。ポール・トーマス・アンダーソン自身が述べているように、「これは自己中心的な男を解体するヒロインの物語」*22なのだろう。子どもっぽい男によっておもちゃのように pieces に分解された女が、男を解体仕返す。バラバラになったふたりは互いにしだれかかるようにして、織り糸を交錯させて、ふたりのドレスを仕立て上げる。


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 アルマはレイノルズに死を味合わせることで生を与えた。*23

 レイノルズと彼の芸術は永遠に死なない。アルマがそういうふうに語ることを望むかぎりは。

*1:『ザ・マスター』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』がそうであったように、ポール・トーマス・アンダーソン作品において主人公の名前はかなり直接的にテーマを物語る。アルマの役は、企画当初は「アグネス」という名前で進められていたらしい。(imdbトリビア欄より)処女性や夫婦の守護聖人である聖アグネスを意識したのだろうか。しかし、最終的にはアルマという名前になる。アルマという名は単独ではさしたる意味付けもないように思われるけれども、本作がヒッチコック・リスペクトに満ちた作品であることを踏まえればある関係性が導き出せる。アルマとは、アルマ・レヴィル――アルフレッド・ヒッチコックの妻であり脚本家だった女性の名だ。レイノルズの姓がヒッチコックと脚韻を踏む「ウッドコック」であることも考えると、この巨匠夫婦の関係性が『ファントム・スレッド』にも取り込まれていると見ても穿ち過ぎではないだろう。アルマとヒッチコックの関係は2012年に公開されたサーシャ・カヴァシ監督の伝記映画『ヒッチコック』にも描かれている。芸術家肌で自己中心的なヒッチコックの振舞いに、アルマがイライラさせられる、だいたいそんな内容だったはずで、いかにも『ファントム・スレッド』のアルマ-ウッドコックを想起させる。

*2:このとき交わされる「お母さんの目の色はきみみたいにブラウンだった?」「緑よ」というやりとりは、その後、緑色のドレスが劇中でどのような使われ方をするかに着目すれば興味深いものとなる

*3:the canvas

*4:後に出てくる not cursed という言葉が関連づけられる

*5:パンフレットより

*6:「男と女の力関係はとても不安定なもの。愛し合っていても細い糸にしがみつくようだ」『毎日新聞』インタビュー https://mainichi.jp/articles/20180529/dde/012/200/008000c

*7:ポール・トーマス・アンダーソンの前々作『ザ・マスター』はワインスタイン・カンパニーがプロデュースしていた。ちなみに、『ファントム・スレッド』のクランクインはドナルド・トランプの大統領就任宣誓式の当日だったという。

*8:余談だが、やはり天才肌の芸術家であるダーレン・アロノフスキーに散々振り回されて破局したジェニファー・ローレンスは本作を「三分と観ていられなかった」という。http://www.indiewire.com/2018/02/jennifer-lawrence-shut-phantom-thread-off-paul-thomas-anderson-1201932932/

*9:心理学およびジェンダー研究の概念。欧米における男性の「こうあるべき」という規範によるプレッシャーから誘発されるミソジニーホモフォビア、過度な貪欲さ、暴力的な支配などといった社会の害毒になる行動を指す。また、男性的な規範にそぐわない自分自身を害する場合もある。英語版ウィキペディアの説明をざっくりまとめるとそんなところ。

*10:『ニューヨーカー』誌に掲載されてプチ炎上を喚んだコラム、「なぜ『ファントム・スレッド』は病んだ男性性のプロパガンダなのか?」を念頭に置いた質問。https://www.newyorker.com/culture/culture-desk/why-phantom-thread-is-propaganda-for-toxic-masculinity

*11:arrested development 本来は医学用語で精神や肉体の発育が停止してしまった状態を指すことばであるが、この場合はもう少しやわらかい意味合いを持つ。関係ないけれど、おもしろコメディ・ドラマ『アレステッド・ディベロップメント』はネットフリックスで好評配信中

*12:ポール・トーマス・アンダーソン自身の母親は怒りっぽくて、気難しい性分だったといい、『ブギーナイツ』での主人公の母親にキャラクターが反映されている。:Jason Sperb『Bloosoms and Blood』より

*13:映画秘宝インタビュー

*14:彼女とて採寸の最中に微妙な感情の揺れをみせるのだが

*15:レイノルズは短い間に特定のフレーズを繰り返す癖があり、そこも神経質なキャラクタ表現に一役買っている

*16:この場面での「(お茶を持って出ていっても)邪魔されたという事実はこの部屋に残るんだ」というレイノルズのセリフはPTAのお気に入りの一節らしい

*17:このときもアルマは「緑色」の毛布をかぶっていることにも留意しておきたい

*18:冒頭で着付けに訪れていたヘンリエッタという女性

*19:アルマを演じたヴィッキー・クリープスのインタビューによると「(クリープス自身と同じく)アルマはルクセンブルク出身で、第二次大戦後にドイツから流浪してきて、一時は小さな漁村で恋人と暮らしていたこともあった」というバックストーリーがあったのだが、本編ではカットされたという。https://thefilmstage.com/features/vicky-krieps-phantom-thread-paul-thomas-anderson-interview/  また、衣装のマーク・ブリッジスは「アルマは、漁師の娘だから、最初の頃は、服は家で手作りしたものが多かった。そして上着は、誰かが着たもののおさがりだろうし、手袋は、姉妹から譲り受けたもの。レイノルズと出会った頃のアルマの衣装は、彼女の出自がわかるような衣装にしているんだ。」と証言している。https://madamefigaro.jp/culture/series/interview/180528-phantom-thread.html

*20:監督インタビューより http://www.moviecollection.jp/interview_new/detail.html?id=813

*21:ゆりかごの赤ん坊の顔は映されないものの、制作会社が公式 youtube チャンネルに公開した削除シーン集でははっきりと映っている。https://www.youtube.com/watch?v=lPwfENwnMlI

*22:AERA 2018年 6月4日号』インタビュー

*23:あるいは死んだ後に生きるということは、レイノルズが幽霊になってしまったことを示しているのかもしれない。ポール・トーマス・アンダーソンはインタビューで「幽霊は本来喜ぶべき存在なんだ。死後の世界があるということを約束してくれる存在だからね」と語っている。https://www.youtube.com/watch?v=I9aVSMeL3Ws

ウェス・アンダーソンにおける野生動物たち:『ファンタスティック Mr.FOX』(『犬ヶ島』について・その2)

proxia.hateblo.jp

 前回書いた記事がその翌々日発売の『ユリイカ』のウェス・アンダーソン特集号に載っていた一部原稿とかぶり、しかも予告した野生の話も論者のみなさんが結構触れてられていたので、そりゃそうだよなあ、などと思いつつ、やる気は減衰し、日々は無駄に過ぎていき、やがて人間はダメになっていきます。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。


 ウェス・アンダーソンのふたつのストップモーションアニメ、すなわち『ファンタスティック Mr.Fox』と『犬ヶ島』をつなぐキーワード――野生。この単語の意味するところを、ウェス・アンダーソン監督の初ストップモーションアニメ、『ファンタスティック Mr. FOX』から読み解いていきましょう。それによっておのずと『犬ヶ島』もわかっていけるはずです。


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ファンタスティック Mr.FOX』のあらすじ

 まず『Mr.FOX』のあらすじから洗っていきましょう。


 家畜泥棒を生業としていた主人公のミスター・フォックスは、当時交際相手だったミセス・フォックスの懐妊を聞かされ、そのまま結婚。「家庭のためにもう危ないことはしない」と泥棒稼業から足を洗い、新聞のコラムニストとしていわばホワイトカラー的な正規の職に就きます。
 それから十二狐年後。優しい妻に多少偏屈ではあるけれど元気な息子の暖かい家庭を築いたミスター・フォックスでしたが、一方で単調で刺激のない貧しい生活に倦んでいます。ミセスは「貧しくても私達は幸せじゃない?」と慰めるものの、ミスターは「俺はもう七歳だ。俺の親父は七歳半で死んだ。もう穴ぐら暮らしはいやなんだ」

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 彼は新居探しの最中に、鶏農場に近接する大きな木を見つけます。「あの家にはリスクがある」という顧問弁護士の助言も聞かず、ミスターは家の購入を決断。新居に移るや、友人のオポッサム・カイリを巻き込み、妻には内緒で鶏泥棒をはじめます。


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 当初は上首尾だった家禽泥棒ですが、調子に乗って近隣の農場や牧場を荒らしまわるうち、農場主たちに目をつけられるように。そして農場主たちの親玉であるビーンの策略により、ある晩、逆襲を食らってミスターは尻尾を失ってしまいます。当然、妻にも泥棒の事実が露見します。「 十二狐年前に約束したわよね。もう二度と、鶏もガチョウもシチメンチョウもアヒルも……ヒナバトすら盗まないって。私はそれを信じたわ。なのに、なぜ? なぜわたしにウソをついたの?」「俺が野生動物(wild animal)だからだ」「でも夫でしょう、父親でしょう」



 さらにビーンたちの重機による追い討ちで、フォックス家の新居は破壊されてしまいます。一家は地中へと退避。見境ない破壊の手はフォックス家のみならず他の動物たちまでにも及び、やはり地中へと逃げ込んできた彼らからミスターは騒動の元凶として冷たい視線を浴びせられます。地上への出口をビーンらによって封鎖され、食料を得る手段もありません。全員、地中で飢えて全滅するしかないのでしょうか?


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 しかし、ここでミスターは起死回生の策を編み出します。またも、家禽泥棒です。今度は地中からルートを掘り、キツネ狩りに追われて無防備になっている農場を突いたのです。


 鶏やシチメンチョウを根こそぎ強奪し、大量の食料を手に入れたミスター・フォックス一行。ビーンのりんごサイダー倉庫から盗んできた勝利の美酒で乾杯……しようとしていたところに、りんごサイダーの洪水に見舞われます。ビーンがありったけのりんごサイダーをミスターたちの立てこもる穴に放水したのです。


 薄汚い下水道に追いやられ、ふたたび一敗地に塗れるミスター。そのうえ、息子のアッシュがビーンに奪われたミスターのしっぽを奪還しようこころみて失敗し、一緒に居たいとこの(ミスターの甥)クリストファソンをビーンの狐質にとられてしまいます。

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 ミスターはミセスを下水が滝のように流れている場所*1へと連れ出し、「きみにウソをつくべきじゃなかった」と謝罪します。


「きみにウソをつくべきじゃなかった。誓いを破って*2、鶏を盗むことなんかしなきゃよかった。農場主たちに手をだすべきじゃなかったんだ。連中の裏をかいていい気になっていた。
 楽しかった。でもやるべきじゃなかった。
 残された道は一つだけだ。俺の身をやつらに差し出す。殺され、はく製にされ、暖炉の上に吊るされるしか……」
「ダメよ」
「それで、他のみんなは助かるかもしれないんだ」
「ああ、どうして私たちをこんな目に巻き込んでしまったの?」
「わからない。でも、もしかしたら、みんなにこう呼ばれたいからかもしれない。”ファンタスティック・ミスター・フォックス(すばらしき父さんギツネ)”とね。それで、みんなが俺の魅力に完全にヤられてしまうまでは……自分自身に満足できないんだ。
 火中の栗を拾いに行ったり、狩りをしたり、捕食者を出し抜くのがキツネの伝統なんだ。俺が得意なことでもある。
 俺たちは結局のところ……」
「わかってるわ。私たちは野生動物なの」
「たぶん、昔は野生でしかなかったんだろう。約束するよ。もう一度最初からやりなおせるとしたら、君にはもう隠し事はしない。ふたりで一緒にやったときのほうが、いつも楽しかっただろう。愛してるよ、フェリシティー*3
「わたしも愛してる。それでも……あなたと結婚すべきじゃなかった……」

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 ミスターはライバルであるドブネズミとの死闘を制して自信を取り戻したのち、ペシミスティックな自己犠牲的作戦を取りやめ、クリストファソン救出作戦に切り替えます。そこで仲間たちに再起を賭けた演説を行うのです。
  
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「さて、この豪華な晩餐のテーブルにならんだ顔ぶれを見てみようじゃないか。ふたりのすばらしい弁護士。優秀な小児科医。天才的なシェフ。辣腕の不動産屋。卓抜した仕立て屋。賢い会計士。天賦の才を持ったミュージシャン。……いい感じのヒメハヤ漁師。そして、おそらくは当代一の風景画家。
 俺のコラムを読んだことのある人はほとんどいないだろう。存在を知っている人さえいないかもしれん。

 だが、今ここに集っているのはみな野生動物でもある。
 特質と唯才を持った野生動物たち。
 DNAに織り込まれた何かに由来するラテン語の学名を持った野生動物だ。みんなそれぞれの種に固有の長所と短所をふせもっているんだ。
 ともかく、この美しい個性を結集すれば、俺の甥を救出する一縷の望みを得られるかもしれない」

 
 そうして、ミスターはその場に集った動物たちひとりひとりを学名で呼んで奮い立たせ、クリストファソン救出チームを組織します。


 地上に打って出たミスター一行は、ビーンらを見事出し抜くことに成功。クリストファソン(と取られたしっぽの)奪回に成功し、バイクで帰路につきます。
 その途中、野生の狼と遭遇し、その美に涙する一シーンを挟みつつ、下水道へ勝利の帰還を果たした一行。その後は、地中を通じて閉店後のスーパーマーケットという新たな狩場を発見し、ハッピーエンドを迎えます。ミスターは新たに妊娠が発覚したミセスを筆頭とした家族に向かい、こう演説します。


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「キツネはリノリウムの床にちょっとしたアレルギーを持ってると言われている。けれど、実は肉球がひんやりあたって気持ちいい。
 俺のしっぽは月に二度ドライクリーニングへ出さないといけない。けれど、自由に着脱可能だ。
 俺たちの木の家はもう二度と戻ってこないかもしれない。けれど、いつかは新しい芽が生えてくる。
 スーパーにあるスナック菓子はガチョウ風味だ。ハトのモツは合成物。リンゴでさえ見た目ニセモノっぽい……でも、星の模様がちりばめられている。
 それでも、今夜は食べよう。みんなで食べ明かそう。この頼りない灯りの下でもかまわない。
 きみたちは疑いなく、俺の人生で一番すてきな野生動物たちだ。
 さあ、みんな、ジュースのパックを掲げて。
 俺たちの生存(survival)に乾杯」


キツネと野生

 ご覧の通り、『Mr. Fox』は、中年の危機を迎えた男性が「野生=冒険心」を取り戻す話です。「みんなから尊敬されたかった」と漏らすミスターの言葉から察するに、男性的な名誉欲もつけくわえてもいいでしょう。作中でもオマージュが捧げられているディズニー映画『ロビンフッド*4、あるいはイギリス児童文学的な文脈で言えば『ピーターラビット』にも見られるように、盗賊生活は動物の「本性」である、という歴史的なイメージがあります。

 もっとも家庭を守りたい心と冒険を求めたい心のあいだで引き裂かれるアンビバレントさは、ロアルド・ダールの原作にはない要素です*5ウェス・アンダーソンのフィルモグラフィを見ればわかりますが、中年の危機的な部分は彼の作家的な資質に依るところが大きい。*6
 ともかくミスターの冒険への回帰が守るべき家族に災厄を招いてしまうわけですが、最終的には自身の野生と折り合うことで家庭と折り合います。農場主たちを撃退し、地中生活に戻ったミスター一家は結局泥棒で暮らしていくことになるものの、狩場は以前のようなハンティングの快楽に満ちた鶏農場ではなく、人工物であふれたスーパーマーケットです。冒険心の面はいくらか後退していても、より安全で安定した盗みにミスターもミセスも満足するのです。*7昔は危険な山に挑戦していた登山家が、結婚して子どもができるようになると家族で楽しめるレジャー登山に落ち着くようになる、といった感じでしょうか。配偶者からは「山なんか危険だからやめろ」と言われたけれど、妥協点としてそこに落ち着くみたいな。

 アニメーション研究家の土居伸彰は、同じくアニメーション研究家である細馬宏通との対談でウェス・アンダーソン作品における「野生」について、端的にこうまとめています。

土居:『Mr. FOX』や『犬ヶ島』を観ると、ウェス・アンダーソンにとっての「人間」がどういうものかというのが象徴的にわかってくる。『Mr. FOX』では、最終的に自分自身の野生を取り戻すことによってすべての危機を回避するという結末でしたが、ウェス・アンダーソンの映画には、その人その人にある種の「野生」「本性」みたいなものが眠っていて、それに基づいた「役割」のようなものを全うすることしかできないという人間観がある。
 (中略)その人の持っている性質、その人独自の役割――本能に従うことが、ウェス・アンダーソン作品においてはすごく重要なものとして考えられているような気がします。


「アニメーションという旅路の途中で」『ユリイカ 総特集=〈決定版〉ウェス・アンダーソンの世界」


 『Mr. FOX』や『犬ヶ島』における「野生」は、それこそ「本性」的にアンコトローラブルな衝動として描かれます。ミスターがスリルをやめられないのと同様、『犬ヶ島』のチーフは噛みつくことをやめられません。
 二〇一六年のディズニー映画『ズートピア』では、動物たちに課せられている「本能」が理性によって完璧に制御されうる幻想として描かれていました。また、「キツネはずる賢い」や「ウサギに警察の仕事は無理」といった世間によるべき論の先入観の押しつけを峻拒する作品でもありました。対照的に、『Mr. FOX』では「本能」や本来あるべき姿といったものが抗えない運命として描かれているのは興味深いところです。


 が、百パーセント野生に身を委ねてしまうのが幸福なのか、といえばウェス・アンダーソンはそうは描きません。
 ミスターは終盤に野生のオオカミと遭遇します。このオオカミは、私たちの世界で見かける四ツ足の獣であり、スーツを着込んで二足歩行するミスターたちは根本的に異なる存在です。本来的な意味での野生動物を体現した存在です。*8
 ミスターはオオカミとコミュニケーションをとるために、英語で「どこから来た? なにをしている?」と問いかけます。

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 オオカミから反応がないとみるや、ラテン語で自分の学名を名乗り、相手の学名も伝えます。「学名を呼ぶ」のはクリストファソン救出作戦時に「学名には動物本来の役割が宿っている」という思想のもと、仲間の動物たちの野生を呼び起こすために使われた手法ですが、このときのオオカミには通じません。
 ラテン語の学名=動物本来の役割=野生の公式はミスター独自の幻想であり、本物の野生動物とはもっと彼の想像とは違う生き物なのだということが示唆されます。
「どうやら英語もラテン語も通じないようだ」と悟ったミスターはフランス語にも挑戦しますが、やはり反応はありません。
 オオカミには、本物の野生には、言語は通じないのです。
 ミスターは崖の上に佇むオオカミの姿に涙します。そして、無言で左手を高く天につきあげます。すると、オオカミも左脚をビッと伸ばして応え、そのまま去っていきます。「なんて美しい生き物なんだろう」。ミスターはためいきをつきます。

 ここで本物の野生動物を知り、自らがどうあがいても文明以前には戻れない存在であると知ったからこそ、ミスターはラストシーンの演説にあるような、人工物に囲まれた世界での妥協した「野生」生活をよしとするのです。
 人間は完全な野生動物にはなれない、しかし、完全に文明にも染まれない。たとえその欲求が自己破壊につながるとしても、誰にも飼いならしえない何かが内に宿っている。そのことを象徴する生き物として、古来から文明と野蛮の境界線上の生き物とされたキツネが主人公として選ばれたのは、ある種必然だったのでしょう。
proxia.hateblo.jp


 そうして、私たちは内なる野生を抱えて生きていかねばいかない。なぜそれに抗えないのかはわからない。しかし、そういうものであるからしようがない。
 実のところ、『犬ヶ島』もまさに『Mr. FOX』とおなじような結論で終わります。
 主人公犬・チーフは大した理由もないのに人を噛んでしまう癖を持っています。そのことについて、ラストシーンでヒロイン犬・ナツメグと語り合います。



チーフ:友だちは俺を喧嘩好きだとおもっている。でも、ほんとうは違うんだ。ときどきカッとなって自分を見失ってしまうことはあるけれど、それを楽しんだことはない。俺は暴力的な犬じゃない。なぜ噛みついてしまうのかわからないんだ。


ナツメグ:飼いならされた動物は好きじゃないわ。


チーフ:ありがとう。


 決して飼いならしえない何かを持った男たちの物語――それはウェス・アンダーソン映画に共通する彼自身の「本能」でもあるのです。


 次は『犬ヶ島』に戻って「半孤児」の話をすると思います。余力があったら。


*1:ラスト・オブ・モヒカン』のオマージュか

*2:fall off the wagon 自らに課していた禁を破ってしまう、という意味。もとは「禁酒をやぶる」ことを指し、ビーンの農場からりんごサイダーを盗んだことにもかかっている。

*3:ミセス・フォックスの本名

*4:ロビンフッドの劇中歌「LOVE」がラジオから流れます

*5:ダールの原作では終始ミスター・フォックスは泥棒であり、妻子もそれを疑いなく受け入れています

*6:「中年の危機」まわりに着目してWAを論じる代表的な評論家は町山智浩でしょう。 https://www.youtube.com/watch?v=a7JwA5ZXg6w

*7:ラストで新しい家族としてリスタートをきる、という構図は冒頭のミセスの台詞「妊娠したの」が反復されることで明瞭となります

*8:ユリイカ』のウェス・アンダーソン特集号に寄せられた蓮實重彦のエッセイによると、フランスの『カイエ・デュ・シネマ』誌のインタビューで「『ファンタスティック Mr.Fox』での狐のパペットが被写体として最高だったのは、それが犬に似ていたからだと監督のウェス・アンダーソンは述べ、「最後には狼が姿を見せ、それがインスピレーションのみなもとだった」ともつけてい」たそうです