名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


読書、映画、その他。


そんなところで何してるんだい、文学フリマ野郎?




 これからしばらく文学について何かと書かなければならない。その実物はともかく、文学という言葉は今日よく行き渡っているようで、文学と言えば相手は何か解った風な表情になる。これは外国では余りないことらしいから、そのことから直ぐに、日本人というものはとやりたくなる所であるが、考えて見ると、日本も戦前まではこんなことはなかった。その頃はむしろ、文学をやるなどと子供が言えば、親が泣いたり、怒ったりし始めるのが常識で、そういうひどいことにならなくても、そうどこへ行っても文学、文学ではなかったのに対して、文学の方はいいものが沢山あったという感じがする。


 ーー「文学の楽しみ」吉田健一



 そこは文学の自由市場だと謳われているが、実際には文学の奴隷市場だ。*1 書店とはまた異なる法や規範で律せられていて、きみはそこでも創造的に振る舞うことができない。でも、どういう場であれ、きみが自由で創造的だったことなど一度でもあっただろうか? 文学が文学だったことなど、あっただろうか?



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 11月24日、日曜日。

 きみはきみの可能性ではなく、きみの有限性を確認するためにそこへ出かける。

 東京駅からなら山手線で浜松町でモノレールに乗り換えて、流通センター駅まで21分。片道510円。*2 駅で降りれば、すぐに東京流通センターが見える。

 流通センター。なにが流通しているのだろう。幻想だ。

 売り手も書い手も、「小説」や「評論」になってくれているはずの不安で不穏な文字の集まりを紙に印刷して束にすれば、それが「本」になると信じている。その思い込みを売ったり買ったりしている。

 みんなわかっていると思うけれど、文学フリマに流通している貨幣は円ではない。そういう、共同幻想だ。祈りだ。だからこそ、人は読む。F I N A L F A N T A S Y。



 もし文学フリマに参加するのが初めてであれば、入り口付近では足元に気をつけてほしい。まあ、においで気づくとは思うけど、大量のゲロの海になっているだろうから。

 どこであれ、文フリ会場に選ばれた場所は臨時のサウスパークと化してしまう。文フリ参加者の七割が嘔吐を経験するという。理由はさまざまだ。視界に大勢の人が映るのがとにかく気持ちわるいという人、参加者の体臭(コミケとはまた違う類の悪臭)に耐えられない人、その行為が文学的であると思うから吐く人(バカか?)、会場内でひろった菓子パンをつまみぐいしてお腹をこわす人、思いがけずブースで他者とのコミュニケーションを強いられてストレスに晒される人、その他人同士の会話を見て実存的不安を催す人、他人のゲロを経口摂取して気持ち悪くなってる人、乗り物酔いしたイヌ、サム・”ポーター”・ブリッジス、他にもいろいろ。

 だから、来るならなるべく早い時間帯がオススメだ。開場直後の11時に着くにこしたことはないけれど、やんごとない身分であると察せられるきみの日曜はおそらく午後から始まるだろう。1時2時の到着でも問題はない。

 お昼アラウンドの時間帯に来れば、文フリ名物おいしいインドカレーライスが食べられる。このカレーライスと、会場入口でひとつの意志を持ちつつある大量のゲロはなんの関係もない。おいしく食べてほしい。



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ここのチェーンが毎回出前出店している。



 信じられるだろうか。文学フリマで売られる本は、基本的に売り手が自ら価格を設定している。

 たとえば、『あたらしいサハリンの静止点』と題されたこの本は「第十回創元SF短編賞日下三蔵賞、宮内悠介賞を受賞した二作を含む、最終候補作品三作+新作を掲載!」などと称して1冊1000円で売られるわけだが、つまり、これの売り手は自分たちの本に1000円の価値があるものとみなしていることになる。

 デフレが深刻化する現代日本で1000円といったらそうとうな大金だ。戦後の大阪の闇市では揚げパンが1個5円だったから、それが200個も買える計算になる。戦後の大阪にどれだけ腹をすかせた子どもたちがいたかを考えれば、1冊1000円で同人誌を売るなどという行為は想像力の欠如でしかない。

 そして、なお狂ったことに、この1冊1000円というのは文学フリマにおける中央値だ。千円札は文フリの公用語といってもいい。大抵の売り子は多言語に堪能だから、一万円札や五千円でも話くらい通じるかもしれないが、千円札を用意するにこしたことはない。だから、きみは大量の千円札を財布にしのばせて会場へ向かうことになる。

 見たことない枚数の千円札が財布にはさまっているのを見て、きみは金銭感覚および現実感覚は崩壊し、喉のおくから吐き気がこみあげてくるかもしれない。そんなときは入り口で吐けばいい。ただし、エチケット袋を忘れないことだ。床に吐くのは文学である人間以外にゆるされない決まりになっている。



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これはうちのイヌヌワン。



 そろそろ書くのにも飽きてきた。本来ならここらへんで「文学フリマの回り方」を紹介するはずだったが、どうでもいい、きみは好きに回るといい。文学だろうが評論だろうがエッセイだろうが、なんでも買うといい。



c.bunfree.net



 どうせすべての本を買うことなどできやしないのだ。きみがアラブの石油王だというなら話は別だが、きみがアラブの石油王であるならなんで文フリなんかにいるんだい? コミティアに行け。コミティアにはアラブ中から集まった石油王が一冊の同人誌を巡ってクリスティーズ顔負けの札束乱舞オークションを開催しているという噂だ。噂でしかないので事実かどうかはわからない。うそだったら、実に悪質だと思う。でもコミティアに石油王が集うのは、いかにもありえそうなことだ。

 文学フリマにいそうな王といえば、舞城王太郎くらいで、それだって昔の話だ(知らない人は「タンデムローターの方法論」でググろう)。*3

 文学フリマ設立当初の大塚英志の理念はとうに失われ、私たちはもはや文学に「生き残る意志」があるなどと微塵も考えておらず、始まって十数年を経た文学フリマの会場内ですら文学は秘儀としての仮面をかぶってとりすましたまま、文芸誌や書店とはまた違う類の「不良債権」を弁済するはめになっている。そんな文フリに誰がしたかというと、私たちなのだが、まあ人間が実地に集ってやる以上、しょうがない有様だと思います。

 問題は永遠に完済できない「不良債権」にどうつきあっていくかで、なんとなれば、24日の文フリのテーブルにならんでいるのはそれに対する各々なりの処方箋であると思ってもいい。そう考えるとなんとも偉大なものを売り買いしている気分じゃないか?

 あるいは何も思わないこともできる。

 問題など存在せず、文学だけが在り、東京流通センター内の約39万平方メートルだけがリアルで、そこから外はすべて悪い夢にすぎないと、そういう虚構を崇めてもいい。誰も責めはしない。

 きみの文学的良心と、ついに超知性を得て現生人類とあらゆる文学を滅ぼし新たなポストヒューマンーーゲロ・サピエンスーーを創造すべきと結論した巨大危険文学破壊モンスター(元・会場入口のゲロの集合体)以外は。
 


 助けてくれ。
 






〜保護者のみなさまへ〜

 私どものサークル第三象限はお子さまの文学的感性や情緒をうるわしく涵養することを目的に、日々良質の文学を生産しております。


c.bunfree.net


 各自の作中にはお子さまにはふさわしくない物語、表現などがしばし出てくることがありますが、作者たちの生まれた平成、そしてお子さまたちがこれから生きることになる令和という時代環境を鑑み、あえて発表当時の文章を残すことにしております。

 ご意見・苦情などがある場合は、文学フリマにご来場の際に、ク-16*4へお立ち寄りくだされば1部1000円『あたらしいサハリンの静止点』を提供いたします。内容の詳細は以下のリンクを参照。


note.mu


 表紙イラストはあの今井哲也先生(『アリスと蔵六』、『ハックス!』などの)。
 すごい。

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表紙。いい。


 取り置き依頼はわたしの twitter までお願いします (谷林さん織戸さんのほうでも可)(twitter アカウントをおもちでない方は monomanemano@gmail.com まで。件名「同人誌取り置き希望」で以下のフォーマットに沿ってお申し込みください。)。
 取り置きは「1. 当日会場にいらっしゃる方のみ受け付け可能」で、「2. 当日14時までに受け取りに来てください」(それより遅れる場合は事前に連絡をいただけると幸いです)。なお、勝手ながら「3. お一人さま二冊まで」とさせていただきます。あらかじめ、ご了承ください。取り置き受付締切は文フリ前日の23日(土)17時までです。とりあえず。
 申し込み用フォーマットもつけておきます。

(メールの場合のみ:件名「同人誌取り置き希望」)
 お名前:
 冊数 :


 あと個人的に『Re-Clam』さん(ヌ-19)で、『Re-Clam 第3号』に「オススメのアントニイ・バークリー三冊」を寄せています。入門者向けの紹介ということなので、比較的エッセンシャルな三冊をセレクトしました。

deep-place.hatenablog.com

*1:フリーマケットの本来のつづりは flea market ですが

*2:紙のきっぷ購入時

*3:当時の会場に舞城王太郎がいたかどうかは知らない

*4:大人気サークル「ねじれ双角錘群」の裏です。→「 ねじれ双角錐群」でした、ごめんね。https://c.bunfree.net/c/tokyo27/2F/ア/16

2010年代のTVアニメ/海外アニメ/アニメ映画の年別ベスト

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背景

highlandさんが「テン年代のTVアニメベスト10」という企画? をやっていたので便乗していろいろ考えます。考えるうち、海外のやつも映画もやりたいなー分けたいなーとおもったので、全部やることにしました。
わたしはそんなにTVアニメを見る人ではありません。通しで視聴するのはピーク時でもせいぜい年に二桁をやっと超えるくらい。しかも最近は減少傾向にあります。そもそも2010年くらいまでは深夜アニメを見る文化を持っておらず、というか、だからこそ、まがりなりにもその上っ面に振れるようになってからの2010年代アニメ群に自分なりの愛着を抱くのでしょう。だからここにあるのは批評的な態度ではなく、個人的な思い入れです。ご了承ください。
海外アニメの視聴本数は輪をかけて少ないわけですが、人生に与えた影響では同等なので枠を分けました。
アニメ映画のほうは、全体の本数における視聴済みの割合ではTVアニメより多いハズ。
以下、海外アニメは製作国での発表年に準じます。
2019年のものはいずれも暫定。

TVアニメ

10 探偵オペラ ミルキィホームズ
11 ジュエルペット サンシャイン
12 人類は衰退しました
13 ゆゆ式
14 ガンダム Gのレコンギスタ
15 ユリ熊嵐
16 フリップフラッバーズ
17 少女終末旅行
18 宇宙よりも遠い場所
19 さらざんまい

こうして眺めてみると、スラップスティックというか、アホな話が好きなんだなあ、という感想です。

2010年は『四畳半神話大系』と『STAR DRIVER』という名作もあったわけですが、選ぶにあたっては迷いませんでした。『ミルキィホームズ』がなかったら、わたしはTVアニメを観ていなかったでしょうし、少なくともその時期に進んで探偵小説を読もうという気にならなかったでしょうし、なんとなればいまもこうして生きていなかったでしょう。ミルキィホームズはわたしに探偵とは何か、人生とは何かを教えてくれました。

2011年は一番難しい年ですよね。ここに選者ごとのアニメ観が出るといっても過言ではないと思います。なにせ、『魔法少女まどか☆マギカ』、『輪るピングドラム』、『放浪息子』、『TIGER & BUNNY』、『UN-GO』、『THE IDOLM@STER』、『FATE/ZERO』、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』等々が並び立つのです。素人目にみてもコレなのですから、深夜アニメファンならきっとさらに頭を悩ませることでしょう。で、そんな名作たちから己のたましいに最も正直なひとつを選ぶなると、『ジュエルペット サンシャイン』ということになります。なってしまうのですね。

ひるがえって、2012年は違う意味で選ぶのに困る。比較的観ていた時期に入るはずなのですが、思い入れのある作品がない。世間的には『ガルパン』とか『アイカツ!』とか『坂道のアポロン』とかなのでしょうが……。『人衰』を選んだのは原作を好きだったのが八割な気もしますが、アニメもよくできていたとおもいます。原作を損なわないアニメ化というのはそれだけで偉業なのです。あとOPとEDがすばらしくいい。オリジナルなら『AKB0048』でしょうか。わたしは人道主義者なのでアイドル文化というものがきらいなのですが、アニメになると人権侵害が免責されるのでオッケーということになる。アンチ回がすき。

2013年、あるいは『たまこマーケット』か『てーきゅう』か。実は『キルラキル』全話見通したことないんですよね。これまで五回くらい挑戦してるんですけど、だいたい三話くらいでなんか満足してそのままになってしまう。一話ごとのカロリーが高いせいかもしれません。目の食が細い。


2014年はSFに良作がそろっていた印象ですけれど、まあ〜〜〜〜〜〜……Gレコか。ガンダムというかロボットアニメはそもそもあまり観ないのですが、なんかこれはスルッと入った。

2015年は『ユリ熊嵐』か『シンデレラガールズ』かということになる。『ユーフォニアム』でも良かったけれど、リアルタイムでは観ていなかった。『ユリ熊嵐』は幾原アニメのなかでもそんなに評価の高いほうではないと思うのですが、個人的には、演出がいちばんシュッとしてて好きなほうです。ピンドラより上にくるくらい。今でもたまに見返します。世評に反して、という点では翌年の『鉄血のオルフェンズ』も嫌いではない。

2016年は渋い作品が多いですね。『落語心中』が一番人気らしいですけれど、わたしは観てはいません。原作を読んでいる作品はその原作が格別に好きというケース以外、あんまり積極的に観ないんですよね。『だがしかし』とか『甘々と稲妻』とかもその枠。せっかくならオリジナルアニメを評価したいという気持ちもあります。となると『ルル子』か……『フリップフラッパーズ』。フリフラですね。百合に疎いわたしが綾奈ゆにこという狂気を知るきっかけになった作品です*1

2017年、オリジナルを評価したいなどと抜かした舌の根も乾かぬうちに原作つきの『少女終末旅行』を挙げたわけですが、いやだってこれはしょうがなくないですか。エンディングを原作者が描いてるアニメがどれだけあるっていうんです?

2018年、『プラネット・ウィズ』のことはうつくしい思い出として胸に留めましょう。たとえ『惑星のさみだれ』がアニメ化されることがなくなったとしても、わたしたちは水上先生から十分以上のプレゼントをもらったのです。『あそびあそばせ』、『ハクメイとミコチ』、『三ツ星カラーズ』、『ヒナまつり』、『ポプテピピック』と好きな漫画原作をちゃんとしたアニメにしてくれて嬉しかった記憶のある2018年ですけれど、なんといっても『宇宙よりも遠い場所』。ここ十年でもベストなストーリーだと思います。

2019年はあんまりアニメ観る気になりませんでした。こうやって人は朽ちていくのかもしれません。


海外

10 レギュラーSHOW
11 おかしなガムボール
12 グラビティ・フォールズ
13 リック・アンド・モーティ
14 ボージャック・ホースマン
15 ぼくらベアベアーズ
16 アニマルズ
17 ビッグ・マウス
18 サマー・キャンプ・アイランド
19 トゥカ&バーティ

どれもめむちゃくちゃおもしろいんですけれど、とりわけ10〜11年に個人的な傑作が集中しているんですよね。人生に影響を与えたアニメランキングではトップ10に入りそうな『マイ・リトル・ポニー〜トモダチは魔法〜』や『アドベンチャー・タイム』なんかも2010年ですし。『スティーブン・ユニバース』は2013年か。単によく観ていた時期がそこっていうこともあるんでしょうけれど。
アメリカの大人向けアニメは長寿プログラムが安定して抜群におもしろくてチャレンジングという美点があり、『シンプソンズ』とか『サウスパーク』とかそういう感じなんですけど、あんまり日本じゃ配信してくれない。『シンプソンズ』は一時期 Hulu でやってましたし、『サウスパーク』は今ネトフリで観られますけれど。
近年はネット配信のオリジナルにイイのが多いですね。『ヒルダ』(ネトフリ)とか『アンダン』{アマゾン)とか。
わたしが好きになる海外アニメの傾向はわりにはっきりしていて、ダメな人間(人間でない場合が多いですが)が主人公です。
『レギュラーSHOW』や『ぼくらベアベアーズ』を観ていると、ああ、人間ダメでも愉快に暮らせるもんなんだな、という心持ちになります。一方で『ボージャック・ホースマン』や『トゥカ&バーティ』を観ているとやっぱりダメじゃいけないんだな、ともおもいます。なったりおもったりしたところで今日明日の生き方に影響はでないわけですが、まあ作品として心には残りますね。愛という感情が。


映画

10 トイ・ストーリー
11 ランゴ
12 おおかみこどもの雨と雪
13 風立ちぬ
14 LEGOムービー
15 映画 ひつじのショーン 〜バック・トゥ・ザ・ホーム〜
16 ズートピア
17 夜は短し歩けよ乙女
18 リズと青い鳥
19 天気の子

特にいうことはありません。ただ、新海誠映画が自分のなにかしらのベストリストに入ることになるとは去年まで予想もしていなかった。『スパイダーバース』が2019年だったなら(アメリカでは2018年公開)もうちょっと悩んだかと思いますが。リズ鳥となら迷わない。
この前観てすげーよかった『ロング・ウェイ・ノース』も2015年なんですよね。罪作りなことです。公開されないよりはいいか。

*1:きんモザ』もよく考えたら狂ってたな、と思い返したりもした

クリシェじゃないのよ。ーートレイ・エドワード・シュルツ監督『クリシャ』について

(Krisha, トレイ・エドワード・シュルツ監督、2015年、米)


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『クリシャ』について


Krisha (2015) Official Trailer


 最近の、あるいはむかしからそうだったのかもしれないけれど、アメリカのインディー映画は一幕目で出した銃を三幕目で撃つより、銃がなぜそこにあるのかを映画全体のストーリーテリングによって観客に想像させるほうが好みらしい。
『クリシャ』における撃たれない銃は欠けたひとさし指だ。

 物語冒頭、主人公クリシャは六十代の老体には重そうなトランクをひきながら妹の家を訪ねる。
 その扉の前でさりげなく包帯のまかれた右手のひとさし指が示されて、観客はオッ何かあるなと身構えるわけですが、期待に反してその傷の由来が説明されることはついにない。欠落や違和感を即座に伏線として認識するような、鍛えぬかれた現代の物語鑑賞者たちは肩透かしを食らうだろう。
 けれど作品の文脈的に、監督の「語らない」という選択は正しい。『クリシャ』は、監督であるトレイ・エドワード・シュルツが自分の親類を題材にし*1、自分(自身を含めた)の親類を役者として起用した、極めて私小説的な映画だからだ*2。いや、私小説というよりはホームムービーに近いのかもしれない。伏線とその回収は、物語世界を作り物として見せてしまう副作用があるけれど、『クリシャ』は自然主義的な撮りっぱなしの作法とはまた異なるところであえて放置しているようにおもう。
 あえてあえての説明のなさ。人工的に造られた自然な不自然さ。埋まらない欠落。そこに案外2010年代後半からのアートハウス系現代アメリカインディーホラーの潮流の鍵が眠っているのかも。

 観客は主人公クリシャを寄り添うように追うカメラに導かれ、クリシャ一族の感謝祭パーティへ放り込まれる。合わせて十数名ほどの親戚縁者のうち、クリシャとの関係が明示されるのはほんの数名だ。しかも明かされるにしても、ほとんどの場合、物語が始まってからけっこう経った時点なので、とにかく序盤は話が掴みづらい。
 映画なのだから我慢して観つづければ映画的に決定的な瞬間がいつかは訪れるだろう。そんな経験則にたのんで、観客はなんだかよくわからない不安定なクリシャにつきあっていく羽目になる。
 映画の編集も精神的な疾患を抱えているっぽい*3クリシャの認知に沿ったつくりとなっていて、時系列が微妙に前後していたり、本筋と関係ない映像や音声があったりとみょうにノイズが多い。挙句の果てには不協和音めいたBGMがクリシャの不安と連動するかのようにえんえん鳴り響く。
 登場人物たちを把握しきれないはがゆさとノンリニアな語り口のままならさは、本来あまり共感的なキャラといいがたいクリシャの感情を観客へとリンクさせるだろう。

 すなわち、疎外感。

 最もプリミティブなはずの「家族」という名の輪にひとりだけ外される。戻りたいのに戻れない。自分はそこに属しているべきなのに、属せない。
 その悲しさを私たちは親密に共有しつつ、一方でおもう。でも、しょうがないんじゃないんじゃないか。よく知らないけれど、あなたの現状を見るかぎりでは。
 クリシャは泣きわめく。「私だって頑張ってきたのよ!」
 観客は彼女の「努力」を知らない。クリシャの家族も彼女の「努力」を知らない。見えるのは結果だけだ。今この瞬間のぶざまさだけだ。

 他人の人生や家庭の一場面をアイスクリームのスクープですくうようにえぐりとって覗き、判断する。映画はそうした傲慢さを前提とする*4物語装置で、トレイ・エドワード・シュルツはそのいやらしさを自覚的に使い潰す。
 なにがいちばんずるいって、クリシャの執着する息子役を監督自身が演じているところだ。役名まで「トレイ」。*5映画監督志望だったけれど大学では経営学の道を選んだという背景まで反映されている。*6
 観客の眼に否応なくメタ視点のレンズを取り付けて、ご近所さんのゴシップ的な窃視欲をひきずりだす(それこそシチメンチョウの内臓を取り出すような手際で)監督のいじわるさは第二作となる『イット・カムズ・アット・ナイト』でもいかんなく発揮されている。
 

It Comes At Night | Trailer #2 | A24


2015〜16年にかけて当時無名だった若手監督によるものとして特に話題になったホラー作品が三本あって、ひとつはデイヴィッド・ロバート・ミッチェルの『イット・フォローズ』、ひとつはロバート・エガース『ウィッチ(The VVitch)』、そしてもうひとつがこの『クリシャ』だった。
 三作とも今ふりかえれば、さまざまな点においてアリ・アスターの『へレディタリー』を準備していたといえなくもない時代性をまとっていた。唯一『クリシャ』だけが日本公開されずにおわるのは悔やまれるところだったけれど、この2015年における「欠けたひとさし指」を上映にまでもっていったグッチーズ・フリースクールさんは、ほんとうにいい仕事をしたとおもいます。


Waves』について


WAVES | Official Trailer HD | A24


 そして気になるシュルツ監督第三作にして最新作の『Waves』。すでにアメリカではテルライド映画祭にてプレミア上映され、批評家筋からも高い評価*7を集めている。10日にはアカデミー賞前哨戦トロント国際映画祭でお披露目される予定だ。
 主演は『イット・カムズ・アット・ナイト』にもメインで出演したケルヴィン・ハリソン・ジュニア、共演にはエミー賞常連で『ブラックパンサー』や『ザ・プレデター』でも存在感を発揮したスターリング・K・ブラウン、ドラマ『ロスト・イン・スペース』で注目をあびたタイラー・ラッセル、そして『マンチェスター・バイ・ザ・シー』以来活躍の著しいルーカス・ヘッジスなど。
 内容は父子の関係に焦点を当てたいつものシュルツの家庭不和ホラーかとおもいきや、後半からおもいがけなく「感動作」になってくるそうで、シュルツとしては新境地っぽい。英国ガーディアン紙は「今年最も視覚的に驚嘆した映画」として五ツ星を与えている。
 インディーの余韻を残しつつもジャンル映画を脱してステップアップした一作であろうと予想され、トロント国際映画祭の評判次第ではアカデミー作品賞の候補にもあがってくるはずだ。
 トレイ・エドワード・シュルツはまだ三十歳。アリ・アスター、ロバート・エガース、サフディ兄弟、ボー・バーナム、グレタ・ガーウィグといった80年代生まれ*8の”A24ギャング”でも、A24究極の秘蔵っ子としていよいよ飛躍していくだろう。


*1:物語の核となるクリシャの設定はシュルツの父親といとこに依ったらしい。(https://www.npr.org/2016/03/16/470668069/we-couldnt-save-them-lessons-from-a-film-about-family-and-addiction)クリシャを演じるクリシャ・フェアチャイルドはシュルツの叔母にあたり、クリシャの姉役がシュルツの実母。祖母はそのまま祖母役で出演。ややこしい。

*2:シュルツ監督は精神科医を本業とする実母に出演を頼むにあたり、ジョン・カサヴェテスを引き合いに出したらしい。返ってきた反応は「だれ、それ?」https://nofilmschool.com/2016/03/trey-edward-shults-breakout-film-krisha-was-shot-9-days

*3:原因が何であるかは終盤になって明かされる

*4:二時間の映画で語られうる物語は小説に換算すると短編一本分、というのはよく言われる話だ

*5:ちなみにクリシャも本名は「クリシャ」。出演陣のほとんどは実名=役名に設定されている

*6:監督も両親に映画の道をいったん反対されたという過去があったようだ。「私の両親はビジネススクールを出て学位を取得し、いい仕事を得ることを私に望んでいました。」結果的に、彼は大学を中退してテレンス・マリックの現場に参加しながら映画を独学する道を選ぶ。https://nofilmschool.com/2016/03/trey-edward-shults-breakout-film-krisha-was-shot-9-days

*7:rotten tomatoes で9月8日現在、12個のレビューで支持率100%。スコアは8.8

*8:バーナムだけは90年生まれだが