名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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第92回アカデミー賞全部門の受賞予想

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短編アニメーション部門ノミネート作「kitbull」より

 ハリウッドスターはみんなうそつきだ。
 ハリウッド映画はすべてたわごとだ。
 リアルなのはオスカーの予想だけ。
 ノミネーション発表から各組合賞の結果が出るまでの間の今この瞬間に行われる予想だけがバチバチの本物なんだよ。


   ーーボノ(U2*1

全部門予想

作品: 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』


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・安心と信頼のトロント映画祭勝者ジョジョ、視聴者のウケ狙いナンバーワンジョーカー 、格で勝負するならのワンハリとアイリッシュマン、品ならマリッジ、後出しじゃんけんで狙い通りGGをさらった1917、おっさんが好きそうなFvF、唯一社会的に訴求力がありそうな若草、とどの作品も「武器」を持っているが決定的なところでいまひとつ足りない。
・となると前哨戦での実績と社会現象化とのダブルパンチでパラサイトがノシてきそう……けれどネックはやはり外国語映画であること。
・ネトフリ二作もどちらかにプロモーションを集中させないとむずそう。
・ジョーカーはやっぱり映画としての評判がね……アメコミ映画だし。
・ワンハリは俳優ものだし、ノスタルジーだし、案外強いのでは。
・最初は1917と思ってたけど、ワンハリの気分になってきた。
・ワンハリです。監督賞レースでやや弱めなのが不安材料。

監督: ポン・ジュノ(『パラサイト』)

・フィリップス以外だったら誰に行ってもおかしくない。監督組合賞にもノミネートされていないのでまずフィリップスだけはない。
・もういいでしょ感が強いスコセッシだけれど、老人方から票が集まる可能性はある。でもさすがに『ディパーテッド』でさんざん「やっと取れてよかったね」やったしな……
タランティーノは個人的に全然アリな選択肢だと思うのだけれど、これまでの賞レース結果を見ると賭けの対象としてはスコセッシより弱い。混戦の年は作品賞と監督賞でバラける傾向もあるし。
・ポンジュノは批評家賞ばっかもらってるけど、アカデミー予想において批評家賞ほど信用ならないものはないしな……でも国籍を抜くと強いのは確か。
・メンデスは相対的に固め(全編ワンカットものはみんな好きだし)だと思うのだけれど、面白味がないんですよね。
・ノミネーション全体が too white であるという批判を浴びまくっているので、エクスキューズつけるならここというのもある。
・ほら、ちょっと前までメキシコの監督たちが続けて監督賞もらってたよね的な。そこでメッセージ出すんですよね、アカデミーは。
ポン・ジュノ、メンデス、タランティーノの順かな。

主演女優: レネー・ゼルヴィガー(『ジュディ』)

・前哨戦で食らいついていたルピタ・ニョンゴ(『アス』)が落ちたため、ゼルヴィガーかスカーレット・ヨハンソンの二択。
・近年の受賞者はほぼGG賞受賞者とかぶってるため、ドラマ部門でGGを獲ったゼルヴィガー優位と見た(ミュージカル・コメディ部門を受賞したオークワフィーナは既に落選)

主演男優: ホアキン・フェニックス(『ジョーカー』)

・事実上、ホアキンとカイロ・レンの一騎討ち。
・ここ十年はGG賞のドラマ部門の男優賞とオスカーの主演男優賞とで一致している。
・主演女優賞もだけど、どこまでネトフリが『マリッジ・ストーリー』を本気でプロモしてくれるのか、やや疑問。

助演男優: ブラッド・ピット(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)

・なんの面白味もない顔ぶれだけれど、ここは固いと思う。あとはブラピがどれだけ嫌われていないかの勝負。
・対抗はジョー・ペシ。その次がトム・ハンクス
助演女優賞よりはオッズが変動しやすいか。

助演女優: ローラ・ダーン(『マリッジ・ストーリー』)

・やはりここも固い。GG獲っている人が強い。
・最大の対抗馬だったジェニファー・ロペスがまさかの候補落ちだったため、フローレンス・ピューがダーンのライバル筆頭に。人気投票となるとペーペーのピューは不利か。まだキャシー・ベイツのが勝てそう。

長編アニメ: 『トイ・ストーリー4』

・混戦。どの候補作も得票的にポジティブな要素よりネガティブな要素のほうが強い。
・GG取ったとはいえ、伝統的にストップモーションが弱いオスカーで『ミッシング・リンク』がどこまで行けるか。ライカにそろそろ取らせてあげたい気持ちはありそう。
・なんだかんだでトイストーリーは強いだろうと思ってたけど、ピクサーの割にここまで圧倒的という感はない。3で獲ったとはいえ、続編ものに厳しいオスカーの傾向も不安材料。
・ヒクドラも"格"かあ? という疑問が。三作連続ノミネートに有終の美を飾らせたいという業界の温情が働く見込みはないでもない。
・『クラウス』? なんかの冗談だろ?
・前哨戦だけ見ると『失くした体』も悪くないチョイスなのだが、オスカーは基本的に外国語アニメ、というか大作以外に良い顔しないしな……。
・というわけで、最後には知名度が勝つと見込んでトイ・ストーリー4。
・こんだけ盛り上がらないメンツに一作も割り込めなかった日本アニメ映画のロビイングの脆弱さは深刻。
新海誠がアカデミーでここまで弱いとは。嫌われているのか?

撮影賞: ロジャー・ディーキンス(『1917』)

・撮影監督協会賞までは予断をゆるさないが、現時点ではディーキンスでまず間違い無い。長回し=勝ち。
・ワンハリの撮影とかふつうに好きなんだけどな。

衣装デザイン:アリアンヌ・フィリップス(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)

・本来なら『ルディ・レイ・ムーア』が獲るべき部門だとおもうが……
・若草も強そうに見えるんだけど、組合賞にノミネートされているのがワンハリとジョジョだけというのが気になる。
ジョジョはスカジョのお召替え勝負、ワンハリは……でも印象に残るってブラピのすっぽんぽんなんだよね。

長編ドキュメンタリー: 『娘は戦場で生まれた』

・アポロ11候補落ちが意外だった。
・SXSWの娘戦、サンダンスの honeyland、トロントのthe cave 、ネトフリのアメファクと消えゆく民主主義、と各自相応の看板をひっさげてきていてアツい。
・シリアものが二本。
アメリカ人に直結する題材を扱ってるのは『アメリカン・ファクトリー』くらいか。大統領選を睨んでいるのも強み。
・シリアものの票がバラけるかな、と思ったけれど、やはり娘戦の前評判の高さには抗いがたい。

短編ドキュメンタリー:LEARNING TO SKATEBOARD IN A WARZONE (IF YOU'RE A GIRL)

・タイトルがいいなと思いました。

編集:マイケル・マクスカー&アンドリュー・バックランド(『フォード vs フェラーリ』)

・『アイリッシュマン』とせめぎ合っている。わかりやすく評価されそうなのは『アイリッシュマン』のほうな気もするけど。
・まともに勝負すれば『パラサイト』が勝つと思うんですが、ここはアメリカです。

外国語映画: 『パラサイト』

・むしろこれ以外に何があるってくらい固い。今年一番の鉄板部門。作品賞と同時ノミネートされて外国語映画賞逃した作品ってたぶんなかったとおもうし。
・Portrait of a Lady on Fire や pain and glory が候補落ちしたのはちょっと驚いた。ポーランド勢の強さがあらためて印象づけられた格好。

メイクアップ&ヘアスタイリング:ジェレミー・ウッドヘッド(『ジュディ』)

・誰から見てもすさまじい仕事か、さもなくば実在著名人の再現度によって評価されやすい傾向にある。
・ので、ジュディ・ガーランドのジュディか。

作曲: ヒドゥナ・グドゥナトッティル(『ジョーカー』)

・前哨戦の結果があまり当てにできないカテゴリだけれど、作詞家作曲家協会賞を獲ったこのヨハン・ヨハンソンの秘蔵っ子はイケるのではないか。
・というか、他が「おまえら何度も貰ったろ」すぎる。

歌曲: (i'm gonna) love me again(『ロケットマン』)

・アナ雪のキャッチーさよりは老人のノスタルジーが勝つかな、と思って。

美術: バーバラ・リン&ナンシー・ヘイ(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)

・前哨戦実績からいうと圧倒的にワンアポ。

短編アニメ: hair love

・「Dcera / The Daughter」(現状予告編のみ)はストップモーションなのに実写のようなアップの多用とスピード感のある演出がかなり異色。
・「Hair Love」(ソニー・ピクチャーズの公式で全編視聴可能)は黒人家庭のお父さんが娘のくせ毛をセットするために奮闘するお話。アートによりがちなカテゴリにあって、ストレートに感動的でわかりやすい。
・「Kitbull」(ピクサー公式から全編視聴可能)は、野良の仔猫が人間に飼われているピットブルと交流を温める、アニマル感動物語。hair love より普遍性のあるわかりやすさを持つ分、逆にドメスティックなオスカーでは不利か。3Dアニメの御本尊ピクサーで作られた2Dアニメという異色作。
・「Memorable」(予告編のみ)は紙粘土で刻まれた皺が印象的なアヌシーグランプリ作品。予告編の印象ではフランス人だな〜〜〜という感じ。
・「SISTER」(作者の公式から全編視聴可能)は、中国人の少年に妹ができる物語。中国語。フェルトが織りなすとぼけた表情とマジックリアリズムな表現が魅力。ただテーマ的にはよくあるのでそこまで強くないか。
ストップモーションが過半を占めているけれど、それぞれ選んでいる素材が異なるのがおもしろい。
・賞的には、アメリカ独特の題材を扱ってお話的にも感動的な Hair Love が強いのでは。なにせバスケ選手の詩のアニメ化が獲るような賞だし。
・個人的にはDceraが観たい。

短編実写:A Ssiter

・トレイラーをざっと見たかんじ、ワンシチュエーションものの A Sister がわかりやすいかな、と思った。
・Nefta Football Club, The Neigbor’s Window, Brotherhood の三作は公式でネットにアップされている。時間があったら観ます。

録音:マーク・テイラー&スチュワート・ウィルソン(『1917』)

・わからん。音楽ものと戦争ものが強い分野なので、1917有利か。あるいはオーガニックさでFFかな。宇宙ものとの相性も悪くない分野だし、アド・アストラに獲ってほしいけれど。

音響編集:オリヴァー・ターニー&レイチェル・テイト(『1917』)

・同上。録音よりはSF的な作品が若干評価されやすいので、スター・ウォーズもありかなと思う。
・録音と音響で合わせておけば、どっちかは当たるだろうという算段。

視覚効果: ロバート・レガトー他(『ライオンキング』)

インパクトという点ではエンドゲームやスターウォーズ凌いでたでしょう。

脚本: クエンティン・タランティーノ(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)

・ワンハリとマリッジとパラサイトで割れている模様。個人的にはせめてここくらいはマリッジに獲ってもらいたいけれど、レース的にはワンハリが頭ひとつ抜けてる。
・パラサイトはわかりやすく脚本家好きする映画でもあるので、ふつうにあり得るライン。作品賞よりは言語の壁は低いのでは。

脚色: スティーヴン・ジリアン(『アイリッシュマン』)

・ここも結構割れてる。
・「次は頑張ってください(私たちはちゃんと見てますよ)賞」的な脚本・脚色賞の性格にハマるのはグレタ・ガーヴィグなんだけど。ジェンダー公平の観点(オスカーにとっての言い訳)からしても。
・人情でいえば、ここでジョジョラビットにあげときたいという人も多そう。
アイリッシュマンはチョイスとしては面白みに欠けているけれど、たぶんこの中では一番技巧的なので、脚本家好きはするかな、といった点で推します。


複数部門受賞作品予想まとめ

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(作品賞、助演男優賞、衣装デザイン賞、美術賞脚本賞):5部門
『1917』(撮影賞、録音賞、音響編集賞):3部門
『パラサイト』(監督賞、外国語映画賞):2部門
『ジュディ』(主演女優賞、メイク&ヘア):2部門
『ジョーカー』(主演男優賞、作曲賞):2部門

・やはり俳優賞がバラけてしまうと、なにか一つの作品がスウィープする事態は起こりにくい。
・主演賞でフロントランナー張っている『ジュディ』も『ジョーカー』も作品の評価自体はそこまで高くない。去年の『ボヘミアン・ラプソディ』同様、混戦を引き起こす原因。
・『ジョジョ・ラビット』や『若草物語』の暴れ具合次第では完全に予想が崩壊してしまう。美術や編集部門での『パラサイト』もどう動くか予想がつかない。

*1:ボノはそんなこと言ってません

新潮クレスト・ブックス全レビュー〈9〉:『トリック』エマヌエル・ベルクマン

エマヌエル・ベルクマン『トリック』、Der Trick、 浅井晶子・訳、ドイツ語



魔術っていうのは、素晴らしく美しい嘘なんだよ
  p.141


トリック (新潮クレスト・ブックス)

トリック (新潮クレスト・ブックス)


 ロサンゼルスに住むユダヤ人の少年マックスは両親の離婚危機に動揺していた。彼は父母を仲直りさせようと、父親の古いレコードに吹き込まれた魔術師「大ザバティーニ」の愛の魔法を頼る。が、レコードが壊れていて肝心な愛の魔法が聞き取れない。そこで彼は大ザバティーニ本人を探そうと決心する。
 一方、所変わって二十世紀初頭のプラハオーストリア=ハンガリー帝国に徴兵されたとあるラビが大戦から帰ってくると、妻から不意の妊娠を聞かされる。不貞を疑う夫に対し、「父親は神様」と強弁する妻。夫は”神の意志”を受け入れ、やがてモシェという男の子が生まれる……。
 生まれた国も時代も異なる二人の少年の運命が、数奇な変遷を経て交錯する、というお話。

 あらすじのとおり、本作は二つの筋が交互に語られていく。片方はロサンゼルスのマックス少年が「大ザバティーニ」を探すパート。もう片方はラビの息子であるモシェ少年が、二十世紀前半のヨーロッパをマジシャンとして生き抜くパート。
 当然、後者ではナチスドイツが大いにからんでくる。予言を得意とするペルシア人マジシャンに扮したモシェが、手八丁口八丁でオカルト好きのナチス高官たちの信頼を得ていくさまはちょっとした詐欺師ものの趣を呈している。
処女懐胎」という母親のウソから産まれたモシェは言ってみればウソのキリストだ。出自や名前を隠すのはマジシャンとしてのビジネスのためでもあるし、苛烈なユダヤ人迫害から逃れる手段でもある。しかし彼の仮面もナチスの暴力の前にやがて剥ぎ取られてしまう。丸裸でモシェは受難と相対させられる。その虚実の裂け目にこそ、奇跡の種が宿る。
 一方、ロサンゼルスのマックス少年は彼の民族の歴史的悲劇から遠く隔たった場所にいる。彼を襲っているのは政府による民族浄化ではなく、大好きな両親の仲違いだ。
 純粋なマックス少年は魔法を信じ、魔法に頼ろうとする。だが、彼の両親にとって夫婦間の愛情の喪失と離婚問題はどこまでも現実だ。そのギャップをどう埋めていくのか。寓話のようなモシェパートとは対照的に、マックス少年の奮闘は都会的なユーモアでもって描写されていく。
 正直な話、本作は小説的にはあまり上手くいっていないところが多い。
 交互に語られる二つのパートが直接的に交わるような場面はほとんどないし、二つの物語の結節点となる「奇跡」もあまり周到に準備されたものとはいえない。『トリック』という題名からクリストファー・プリーストばりの技巧的なストーリーテリングを期待する向きもあろうが、本作はむしろ素朴で素直なジュブナイルとして読まれるのが正解だろう。
 それもどちらかといえば、マックス少年ではなく、モシェ少年を救う話として。
 モシェ少年の半生は孤独に覆われている。だがそれは自ら望んだ孤独ではなく、政治と歴史によって強いられたものだ。暴力的に記憶やアイデンティティを引き千切られたユダヤ人が自分のつながりを回復するーーキュートな見た目でありながら、壮大な射程を見通した物語だ。
(1271文字)

2019年に5巻以内で完結した面白マンガ10選+α



 火は、地獄で生まれた言葉の最終目的地だった。
  ーー『日々の子どもたち』、エドゥアルド・ガレアーノ

proxia.hateblo.jp




 早期に終わる、あるいは打ち切られる連載マンガはつまらない。
 そのような呪わしい言説が、いまだネットでまかりとおっている状況に唖然とします。
 ママの愛情が十週目で打ち切られたせいでそういうトンチンカンなことを抜かすのでしょうか?
 一生こち亀ガラスの仮面だけを読んで生きるつもりなのでしょうか? それも人生といえば人生でしょう。

 厳然たる事実として、長く続いていようがいまいがおもしろいマンガはおもしろい。
 ことマンガに関しては天網は恢恢、疎にして漏らしまくるものなのです。

 というわけでまいりましょう。
「2019年、五巻以内で完結した面白マンガ十選+α」。 


選定にあたってのレギュレーション

・単巻、短篇集、上(中)下巻などは外す。


ベスト10選

1.魚豊『ひゃくえむ。』(全5巻、マガジンポケットコミックス)

ひゃくえむ。(1) (KCデラックス)

ひゃくえむ。(1) (KCデラックス)

  • 作者:魚豊
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア: コミック

「たいていの問題は100mだけ誰よりも早ければ全部解決する」。
 才能にまつわるフィクションはお好きですか? だったら、あなたもこの本と無縁じゃない。
 100走。よーいどんで100mの距離を疾走し、誰よりも走り抜ければ勝つ、原初的な競技。そのシンプルさゆえに力量と才能がどこまでも残酷に明瞭に示されてしまう。
 才能フィクションに頻出するテーマのひとつとして、「自分では絶対勝てない天才が現れたらどうすればいいのか?」というのがあります。勝つことだけがすべての世界で、勝てなくなってしまったらどうするのか。『ひゃくえむ。』は五巻に渡ってその葛藤に対してどこまでも真摯に、濃密に向き合います。
 作品の特徴としては、言葉が強いというのがあげられます。言葉が強い才能フィクションはいい才能フィクションです。『ブルーピリオド』が証明したように。
 
 

2.模造クリスタル『スペクトラルウィザード』(全2巻、イースト・プレス

スペクトラルウィザード

スペクトラルウィザード


 模造クリスタルをお読みでない? 傷ついたことがないのなら、それでいいのだけれど(by 円城塔)。
 魔術の奥義を究め、世界を滅ぼしかねない力すら有していた魔術師集団「魔術師ギルド」。かれらの存在を危険視した国際社会は魔術師討伐組織である「騎士団」を組織し、魔術師ギルドをテロ組織として壊滅させる。
 討伐後、ギルドに所属していた魔術師たちは散り散りとなり、そのひとりであるスペクトラルウィザードも一般世界の片隅で静かに暮らしていたが……というファンタジー
 前にも言いましたが、模造クリスタルの作品は世界からあぶれて疎外された人々の物語です。そういう意味ではポップな画風に反してガロとかアックスの系譜ともいえるかもしれせん。*1
 このあまりに救われない世界で、どうすれば生きることをゆるしてもらえるのか。インターネットが忘れてしまった誠実なペシミズムがここにだけ保存されています。
 ちなみに初出はほぼ同人誌。

3.泉仁優一『ヤオチノ乱』(全3巻、コミックDAYSコミックス)

ヤオチノ乱(1) (コミックDAYSコミックス)

ヤオチノ乱(1) (コミックDAYSコミックス)

 山田風太郎が死に、白土三平が死に、横山光輝が死に、NARUTOが終わった……*2
 日本から忍者は絶え、忍者マンガも絶滅してしまったのでしょうか?
 否である、と『ヤオチノ乱』は断言します。
 平成もおわかりかけた時期にファンタジー寄りではなく、リアリズム忍者活劇をやるというアナクロニズムを通り越した豪胆さ。そのクソ度胸を成り立たせるエスピオナージュ描写の繊細さ。なにより痺れるほどにハードボイルドな世界観。
 読み終わると誰もがこういいたくなるはずです。「日本にはまだ……忍者がいるのだ!」と。
 あとは以下の記事にて候。
 
proxia.hateblo.jp

4.TAGRO『別式』(全5巻、モーニングコミックス)

別式(1) (モーニングコミックス)

別式(1) (モーニングコミックス)


 そして時代劇マンガも死んではいなかった。
 江戸初期を舞台に女性剣客(別式女)たちの恋と友情と仇討と殺人を描く死ぬほどおもしろいちゃんばらマンガ。やや理屈っぽい剣戟や、ファンタジーとリアルが奇妙なバランスで混ざった世界観は同じ講談社系の『無限の住人』を想起したりもします。
 なにより、シスターフッドの崩壊を60年代松竹時代劇ばりの容赦なさで描いたところがフレッシュ。
 

5.原作・田中芳樹、作画・フクダイクミ『七都市物語』(全5巻、ヤングマガジンコミックス)

 陸がめちゃくちゃズレて、宇宙に浮かんでいるすごい兵器のせいで飛行機が飛べなくなった世界で、顔と頭がすごくよく、性格が善良だったり狷介だったりする男たちたちが戦争するファンタジー戦記。
 とにかく一曲二癖ある男たちのカラミがいい。といってしまうと田中芳樹作品のテンプレ感想みたいですが、とにかく一曲二癖ある男たちのカラミがいいんですね。
 近年百花繚乱状態の田中芳樹作品のコミカライズとしては、フジリュー版『銀河英雄伝説』や荒川版『アルスラーン戦記』とならぶクオリティではないでしょうか。
 あまりにおもしろかったので原作も買って続きを読もうとしたら、漫画版と同じとこで終わってやんの。
 

6.百名哲『モキュメンタリーズ』(全2巻、ハルタコミックス)

モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX)

モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX)

 作者の実体験をおりまぜつつ、ルポ漫画にような体裁でフィクションをやる、という企みらしい*3のですが、正直そこらへんが手法的に成功してるかは微妙なライン。しかし、エピソードごとの濃さで圧倒的に勝っています。
 マイナーなAV女優のビデオをネットオークションで買い占める人物の怪、アイドルのライブのために羽田から浜松までを徒歩で踏破しようと試みるオーストラリア人、バングラデシュでの「自分探し」……どれもフィクションとしてのウェルメイドさとドキュメンタリーとしての出来事のとんでもなさとのバランスが絶妙で、非常に楽しく読めます。

7.曽田正人『CHANGE! 和歌のお嬢様、ラップはじめました』(全5巻月刊少年マガジンコミックス)

(追記:すいません、よく考えたら全6巻でした。今更入れ替えも億劫なのでそのままにしておきます)

フリースタイルダンジョン』以降、マンガでもなんとかフリースタイルラップを紙上でうまくやれないものかという試行錯誤*4がなされ、その影でいくつもの実験作がつぶれていきました。そうした屍の山の上に完成したラップまんがの結晶が『CHANGE!』だったはずでしたが……。
 フリースタイルの「いがみ合っているようにみえて、実は水面下では場を盛り上げるためにすごいリスペクトしあっている」という空気を説明ゼリフではなく、ちゃんとバトルで書けているのはすごいしアツい。
 フリースタイルラップまんがでは歴代随一だとおもいます。

8.SAXYUN『超常探偵x』(全2巻、電撃コミックスNEXT)

超常探偵X 1 (電撃コミックスNEXT)

超常探偵X 1 (電撃コミックスNEXT)

 不条理探偵部活コメディ。2019年において最も真摯にミステリを考えていたまんがは『じけんじゃけん!』とコレなのではなかったでしょうか。はいドドン 事件ですよ 
 とにかくアイディアが豊富で、テンポとコマ割りが天才的。
 

9.高野雀『世界は寒い』(全2巻、FEEL COMICS swing)

世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing)

世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing)

 拳銃を拾ってしまった女子高生たちの群像劇。せっかく拳銃拾ったんだから誰か殺そうぜっていう流れになり、それぞれに殺したい対象はいないかと考え出すんだけれど、恨みとか殺意とかってそんなに静的でもくっきりしたものでないよね、というところで錯綜していく。
 銃という単純明快な凶器の登場が逆に人間心理や関係の複雑さをあぶりだしていくプロセスがおもしろい。
 言語に対してセンシティブなまんがは良い漫画です。

10.山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』(全3巻、ハルタコミックス)

サーカスの娘 オルガ 1巻 (ハルタコミックス)

サーカスの娘 オルガ 1巻 (ハルタコミックス)

 サーカスのスター、オルガの恋と人生。
 記号化されたデザインでありつつも、ロシア革命前のロシアの風俗やサーカスまわりの描写がやたら丁寧。山本ルンルン入門に是非。

必読オーバーエイジ

売野機子ルポルタージュ』『ルポルタージュ -追悼記事-』(全6巻、バーズコミックス→モーニングコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

・2030年代の日本で、恋愛をすっとばしてビジネスライクなパートナーとして結婚することを志向したコミューンで起きた大量殺戮テロ事件の犠牲者たちについて、ルポ記事を書くことになった記者コンビのお話。人間が描かれている。
 めっちゃおもしろいです。

コージィ城倉『チェイサー』(全6巻、ビッグコミックス

チェイサー(1) (ビッグコミックス)

チェイサー(1) (ビッグコミックス)

・コージィ版『ブラックジャック創作秘話』。手塚治虫をライバル視すると同時に影で憧れている同年代作家を主人公に、「神様」手塚治虫の業績を「人間」の視点から描く。コージィ先生なりの手塚論を織り交ぜつつ、当時の少年漫画の偽史が紡がれていくさまは非常にエキサイティング。
 めっちゃおもしろいです。

原作・岩明均、作画・室井大資『レイリ』(全6巻、少年チャンピオン・コミックス エクストラ)

 戦国時代末期、滅亡寸前の武田家嫡男の影武者として死にたがりの少女が取り立てられる。岩明均の歴史ものが面白くないわけがなく、それを室井大資の絵でやるものだからいつもと空気感と言うか迫力の質が違います。
 めっちゃおもしろいです。

終了? 継続?

石川香織『ロッキンユー!!!』(全4巻?、ジャンプコミックス

ロッキンユー!!! 3 (ジャンプコミックス)

ロッキンユー!!! 3 (ジャンプコミックス)

・高校生がロックバンドやるまんがで青春のエモ(エモはやらないが)がすごい。連載が終わった後に集英社から版権戻して自己出版に切り替える(現在 kindle で『ロッキンニュー!!!』として+4巻まで出ている)という形で継続中。バイタリティが佐藤亜紀並である。

佐藤将『本田鹿の子の本棚』(全4巻?、リイドカフェコミックス)

本田鹿の子の本棚 続刊未定篇 (リイドカフェコミックス)

本田鹿の子の本棚 続刊未定篇 (リイドカフェコミックス)

・娘の本棚にある小説(だいたいスラップスティックで変な話)を父親が盗み読んだのをマンガ上で再現するギャグまんが。第4巻はネットで話題になった『キン肉マン』オマージュ回「ゆで理論殺人事件」や激アツ耳なし芳一リベンジバトルアクション「続・耳なし芳一&続・平家物語」などが収録されていたのけれど、なぜか「続刊未定篇」と不吉なサブタイトルが。
 この単行本が売れないと五巻が出ませんよ、ということらしい。いきなり四巻から読んでもおもしろいというか、おそらくなんの支障もないので、みんな『続刊未定篇』から買いましょう。




他言及したいところ。

仲川麻子『飼育少女』(全3巻、モーニングコミックス)
・高校の生物部でヒドラやヒトデでイソギンチャクを飼育する生物生態解説系ギャグまんが。生物に人権がない。

まつだこうた『骸積みのボルテ』(全3巻、バーズコミックス)
・まつだこうた版『シュトヘル』。シュトヘル並に続いていればこの世界観を十全にあじわいつくせたのに……とおもうと惜しい。個人的には大好き。

五十嵐大介『ディザインズ』(全5巻、アフタヌーンコミックス)
・存外にバトル描写がうまい。

吉本浩二ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~ 』(全3巻、アクションコミックス)
・日本初の週刊青年漫画誌『漫画アクション』の誕生を名物編集者・清水文人を中心に描く。『ブラックジャック創作秘話』などのルポ漫画のスペシャリスト吉本浩二がてがけているので間違いない。『アクション』を創刊して軌道に乗せたあとはかなり早送りなのがもったいなかった。

原作・谷崎潤一郎、作・笹倉綾人、Mint『ホーキーベカコン』(全3巻、KADOKAWA
谷崎潤一郎の傑作『春琴抄』のコミカライズ。絵に力がある。終盤に若干オリジナルなツイストが入ります。

佐藤宏海『いそあそび』(全3巻、アフタヌーンコミックス)
・零落したお嬢様と磯に詳しい中学生男子が磯で自給自足を目指す。女の子が釣りしたり磯や潟でがんばるまんが増えましたよね。

宮下裕樹『決闘裁判』(全4巻、ヤングマガジンコミックス)
・17世紀の神聖ローマ帝国を舞台に実在した裁判システム「決闘裁判」を裁定する巡回裁判官と姉を殺された少年と獣人っぽいけど獣人じゃない男のロードストーリー。

うかんむり『羊飼いのケモノ事情』(全4巻、RYUCOMICS)
・よくお天道様の下で堂々と出せたなと奇跡を感じるケモノラブコメ

インカ帝国『ラッパーに噛まれたらラッパーになる漫画』(全3巻、LINEコミックス)
・ゾンビをラッパーに置き換えたゾンビもの。出落ちにならないだけの膂力は有していた。

天野シロ『アラサークエスト』(全3巻、ヤングキングコミックス)
・ウルトラひさびさの天野シロオリジナルまんが。ギャグのきれあじが往年の頃からいささかも減じていない。

河部真道『killer ape』(全5巻、モーニングコミックス)
・歴史上の有名な戦場を再現した仮想空間に飛ばされて一兵卒として戦うSF。『バンデット』といい、河部先生は良いものを書くのに……。


きりがないのでこのへんでやめときます。『乙女文藝ハッカソン』とか『マーダーボール』とか『メメシス』とか『ロマンスの騎士』とかももったいなかったなー、とおもいつつ。

*1:個人的には2000年代初頭のインターネットのメランコリックさなのだけれど、話すと長くなるので割愛。

*2:BORUTOは続いてますが

*3:モキュメンタリーを名乗ってはいるものの、作者あとがきでは「私小説的アプローチを試みており、世間的なモキュメンタリーとも違うテイスト」と説明されている

*4:たとえば、ラップ描写の表現技法。ラップ場面で韻を踏んでいる箇所を強調するためにある作品では傍点をふっていたのが、『CHANGE!』ではフォントとそのサイズで強調されるようになり、よりライブ感が増した。