名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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『デッドプール』と人間の條件

Deadpool、ティム・ミラー監督、レット・リース&ポール・ワーニック脚本、2016


 君たちに問う!! 君たちは人間か!!


 『人造昆虫カブトボーグV×V』


あんまりまとまった感想がおもいつかないし、映画の『人間の條件』とは関係ない。



映画『デッドプール』予告編

感想その一:TJミラー最高説。

 TJミラーのクズっぷりとコロッサスのバカっぷりがすばらしい。みんなも『シリコンバレー』観ような。


感想その二:ヒーローにやりますか、人間やめますか。

 幻想は挫折をともなう。
 マーベル・シネマティック・ユニバースにおけるキャプテン・アメリカもアイアンマンも、アメリカン・ドリームを体現し、そしてことごとく打ち砕かれてきた。

 デッドプールはアメリカなどという大きな単位に幻想を抱かない。不幸な境遇から9.11後の戦場へと身を投じた彼は、最初からアメリカが何も施してくれず、「ヒーロー」という御仕着せの称号になど何の意味もないことを知っている。
 デッドプールになる前の「ウェイド・ウィルソン」としての彼は、やや粗暴で壊れた感性の持ち主であるものの、自分にできる範囲で弱きを助け強きを挫く、等身大のヒーローだった。
 そんなウィルソンは不死身の超人となりマスクをかぶりデッドプールへと変身することで逆にヒーローではなくなってしまう。笑いながら雑魚をいたぶり、冗談半分で拷問を加える。

 彼の目的は正義ではない。

 願いはただひとつ、元の顔に戻ること。仇役エイジャックスによる超人改造手術の影響でフリークスと化した顔面を元の美男子に整形し、愛する恋人のもとへ帰ること。つまりは、人間に戻りたい。裏をかえせば、今の自分を人間だとは看做してはいない。


 だから、自分の身体をモノとして扱う。
 鋼の肉体を持つ男コロッサス(彼の身体もやはりマテリアルだ)を殴りつけようとして腕が折れ、折れると知っても左腕で殴りつけて両腕を折り、さらにダメ押しとして右足で絶望的な蹴りをいれてやはり折れる。
 片手を手錠につながれてコロッサスに連行されそうになると、自由なほうの手でナイフを取り出して手錠につながれた手首を切りおとし、ゴミ収集のトラックへとダイブする。モノどころか、ゴミだ。
 雑魚との戦闘中も避けることはほとんど考えず、ケツに被弾するのは日常茶飯事。
 他人の身体に至っては、もはや数に過ぎない。何人殺したか。銃弾何発分か。*1

 ライバル・エイジャックスもなかなかひどい。彼もまた自分の身体を人間のものとして考えていない。不死身能力こそないものの、デッドプールと同じ手術を受けた影響で、異常な反射能力と引き換えにあらゆる感覚を失ってしまった。
 戦闘中、デッドプールの愛刀によって劇中、何度も串刺しの目に合うのだが、そのたびにおよそ常人ばなれした手段で危機を脱する。

まだ人間じゃない

 多くのヒーロー映画がそうであるように、エイジャックスもまたデッドプールと鏡写しの存在だ。
 ではデッドプールとエイジャックスを分かつ点はどこか。
 人間であろうとする意志だ。

 エイジャックスはデッドプールに何度も「俺の名を言ってみろ」と詰問する。エイジャックスの本名はフランシス・フリーマンという。超人化後に人間でなくなった自分に順応した彼は、人間時代の名を捨て去ってエイジャックスの名に誇りを持つようになる。
 ところがひょんなことからデッドプールに本名を知られ、以後彼だけからは「フランシス」呼ばわりされてしまう。それがエイジャックスには気に入らない。
 まるで高校デビューした男子が中学生のころのアダ名で呼ばれるとキレるみたいなノリだが、まあ心性としては変わらないと思う。
 人間を超えたはずの自分を人間として扱うなど、許せない。
 エイジャックスは、だから、「エイジャックス」としての自分をデッドプールに認めるように終始しつこく要求する。
 何が何でも人間に戻ろうとするデッドプールとは対照的なところだろう。逆にデッドプールはエイジャックスに対して「顔を戻せ」と何度も要求する。


 ところで人間になるとはどういうことだろう。現実にあっては議論がいろいろあるんだけれども、本作におけるそれは、「互いに直視しあうことのできる存在である」と定義される。
 人が怪物を見ることを嫌うのではない。怪物が人から見られることを嫌う。ゆえに、デッドプールは盲目のヤク中ババア、アルを同居人に選んだ。
 彼が仮面*2を外し、そして誰かから外してもらうという行為には、それだからこその意味がある。自分から外すだけでは不十分だ。
 そう、誰かが、やさしく、ジェントルにムいてあげないと……ん?

 あれ? 途中までいい話ダッタンダケドナー??



デッドプール/パニシャー・キルズ・マーベルユニバース (MARVEL)

デッドプール/パニシャー・キルズ・マーベルユニバース (MARVEL)

デッドプールパニッシャーさんがマーベルヒーローを殺しまくるだけの漫画です。

*1:皮肉なことにと、言うべきか。人間を人間として扱わない本作だからこそ、「顔を持った人間」が強調して現れる瞬間がある。本来顔を持たない雑魚敵がウェイド・ウィルソン時代の戦友だったと判明する瞬間がそれだ。他のマーベル映画ではなんの斟酌もなしにぶち殺されまくる雑魚にも子どもや妻が、家族がいるのだと描写される居心地の悪さが心地よい

*2:まあ観た人は意味がわかる

今週のトップ5:『ヘイル、シーザー!』、『マクベス』、『ドン・キホーテの消息』、『大転落』、『日曜はあこがれの国』、『ザ・カルテル』、『ナイト・スリーパーズ』、『殿、利息でござる』

思い出せるだけ。

コーエン兄弟ヘイル、シーザー!


映画『ヘイル、シーザー!』予告編

 シネアスト讃歌。
 ところでコーエン兄弟のコメディを下に見る人達の気持ちがよくわからなくて、だってフツーに面白くない?
 無駄に豪華でハイクオリティだけど、そのまま二時間観るのはキツイかもしれない劇中劇を矢継ぎ早に繰り出されるだけでも面白くない? ジョシュ・ブローリンが無駄に艱難辛苦に晒されまくって毎日懺悔室行くの面白くない? 編集のテンポがそこまでいいわけでもないけど、なんとなく見られちゃうのすごくない?
 ウィキペディアによるとジョシュ・ブローリンが役名と同じエディ・マニックススカーレット・ヨハンソンエスター・ウィリアムズチャニング・テイタムジーン・ケリー、アルデン・エーレンライクはカービイ・グラント、ジョージ・クルーニーロバート・テイラーティルダ・スウィントン姉妹はヘッダ・ホッパーとルエラ・パーソンズ、ヴェロニカ・オゾーリオはカルメンミランダにそれぞれ対応してるらしくて、でもそんなこと言われたってほとんど誰だかわかんないわけじゃないですか。僕らは宗教的リファレンスに乏しく、ユダヤ教となるとなおさらじゃないですか。それでもそこそこ愉しめるってすごくない?

 イヌはチャニング・テイタムの飼い犬として出てくる。彼は愛犬とあるものの二者択一を迫られる。もちろん、選ぶまでもない選択だ。

ジャスティン・カーゼル監督『マクベス


映画『マクベス』予告編

 ただでさえデカいエリザベス・デビッキが中世人としては異常な丈の巨人と化しているだけでも面白かったし、『コード・ネーム U.N.K.L.E』ですら見せなかった絶望絶叫の表情を見せてくれたのでお得感あった。
 まあしかし『マクベス』って基本的に映画より本のほうが面白いですよね。舞台は観たことない。まあ、同じ監督主演コンビの映画版『アサシン・クリード』の予行練習なのかな。
 とはいえ、魔女の解釈はファンタスティックで良かったと思います。抗えない運命としての属性が強調されてて、それに対するファスベンダーマクベスの吹っ切れも清々しかった。

樺山三英ドン・キホーテの消息』

ドン・キホーテの消息

ドン・キホーテの消息

現代に復活したドン・キホーテドン・キホーテに行く話。
アナクロニズムに寄せたギャグはわかりやすいようでいて読者に複雑なリテラシーが求められてけっこうムズいのだから、そこらへん殊能将之は偉大だったんだなあ、と今更のように惜しまれる。

シミルボン

 この宣伝コラム、最初はどこかの書評サイトが広告打ってあげてんのか、やさしゅうおすなあ、などと不況が叫ばれる出版業にあって一筋の光明と人情を見た気持ちになっていたけれど、どうやら読書メーターみたいな登録制SNSらしい。
 ふだんは普通に書評やってる模様。無料で。ロハで。

 こんだけのクオリティなんだから、SFマガジンは無理だとしても、HONZあたりがお金出してあげればいいのにと思う。

円居挽『日曜は憧れの国』

 円居挽最高傑作なのでないか、と言うとファンからは殴られるんだろうしまあ過言だよなとは思う。けれど、このくらいのリアリティレベルで日常の謎的なものを量産していただいたほうが肌に合う。
 思春期の少年少女(ほぼ少女しか出てこないけど)の過渡期的な機微や不安を描くにあたって、「あのころ」を今でもひきずりながらカメラをがっつり寄せてヴィヴィッドに泥臭く書くでもなく、かといって、大人になりきってしまった元子どもの視点に振りきるのでもなくて、その中間の、割り切れないあたりの塩梅こそが円居挽という作家の稟質ではないか、とたまに思うし、『日憧』は印象として「書けてしまった」感すら受けるけれども、だからこそのバランスなんだな。

ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル

 濃密なBLである。
 『犬の力』から『ザ・カルテル』上巻にかけてまでは存在していたエンタメ的に綺麗な構造やストーリーテリングを投げ捨ててまでああいうめちゃくちゃなものを書きたがるウィンズロウの問題意識は相当なもんだと思う。
 やる気が出れば単独で記事を立てたい。

ケリー・ライヒャルト監督『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』

 クソ田舎に住むジェシー・アイゼンバーグダコタ・ファニングピーター・サースガードの三人組がエコテロリスト気取りでダム爆破計画を立てるがちょっとした手違いから爆破がムダに。ダムだけに。あっはっは。

 パフォーマンス的にやったつもりのことでも行為に質量と慣性が伴う以上は当たれば人が壊れるわけで、そういう系の暴力を犯してしまった人に対して「想像力が足りないよね」と責めるのは簡単だけれど、実際には精神的に類似したことを日常的にみんなやってるよね。

イーヴリン・ウォー『大転落』

大転落 (岩波文庫)

大転落 (岩波文庫)

 イーヴリン・ウォーは、だいたいワクワクするような出だしに、ゆるゆるオフビートでたまにかったるくなる中盤、「あのキャラがなぜか再登場!」でなんとなく良さ気な感じで締められる終盤で構成されていることがわかりかけてきた。のはいいけど、よほどの古本か再読に手をださないかぎりはもう新しく読めるものが『ブライヅヘッドふたたび』しかなくなった。昔は『回想のブライヅヘッド』と違う本だと思ってたよね。どっちでもいいから kindle で売って欲しい。

甲鉄城のカバネリ』七話まで

 スチームパンク×江戸という理解しようと思えばわからないでもない食合せにゾンビと美樹本キャラをぶっかける、という挑戦的なシェフの気まぐれ。食べてみたら意外とイケる。

 そういえば『カバネリ』レベルに特殊な世界観設定のゾンビものってちょっと作例を思い出せなくて(伝統的なポストゾンビカリプト的状況が既にして特殊な世界だという意見はあるにしろ)、まあ、そもそもゾンビものって僕たち私たちの日常が崩壊するからホラー足りえるのであって、月面基地にジェイソンやフレディやゾンビが現れてもギャグとして笑えるだけでなんだかな、って気分になりますよね。
 そういう世界を全体の状況をよく把握できてない一個人のドキュメンタリックなカメラから映すからゾンビ特有のコクのある絶望が出るんだ、というロメロなメソッドにだいたいの作り手は乗っかっていて、『カバネリ』もその例に漏れない。(『World War Z』のマックス・ブルックスはそこで乗っからなかったからこそ新しかったのかもしれない。個人の一回的な体験としてではなく、ティップスや歴史に還元できるロングショットの物語として。)
 けれども、特殊な世界観設定だと個人レベルで何が起こってるかわからない以前にその世界がぜんたいなんなのかがよくわからない、という問題があって、ゾンビが襲ってくるシーンならばとりあえず目の前のゾンビ撃つのをキャラも視聴者も視覚的に楽しんでりゃいいわけだけど、物語には起伏というものが必要で、戦場を離れた日常シーンだとどうしても世界観やキャラ関係の説明をやんなきゃいけない。ここらへんが作ってる人ら的にはめんどうだし23分×12話? 13話? の尺にテンポを殺さず収まるかどうかムズいとこなんだろうけど、自分で選んだ道なのだから、信じてどうにか成しとげてほしい。ゾンビの可能性を切り拓いてほしい。

 イヌ: 雑種っぽいイヌが死ぬシーンがある。その遺骸を抱いて泣く飼い主の少女を見た半人半ゾンビ戦闘兵器少女がシンパシーの欠如ゆえに「死んでよかったね。長生きすると苦しむし」と悪気なく声かけちゃうんだけど、あとでそういうことを言うのよくないと気づいて謝罪する。どうでもいいけど、『進撃の巨人』みたいな要塞化されたゲーテッド・コミュニティに住んでる人たちなので、ペット用の動物は高級品扱いなんだろうな。

世界の果てから手紙が届く

陽気なお葬式 (新潮クレスト・ブックス)

陽気なお葬式 (新潮クレスト・ブックス)

 twitter でいつものようにホンワカパッパしていると世界の果てから「おまえは最近翻訳小説をなまけている」という旨のDMが送られてきた。
 何を言ってるんだお前は、世界の果てがtwitterをやっていて、あまつさえお前と相互フォロー関係をむすぶわけないじゃないか、と思われる医師のかたがたも多いかもしれないが、ちょっとまってほしい。
 twitter をやっているなら、誰にでもその人にとっての世界の果てを持っているのだ。TLをのぞけば行動をときに縛り、ときに指向させ、ときに露骨に誘導する有形無形の神々が見えるはずだ。
 
 かくして一晩解釈に悩みぬいた結果、自分の罪悪を真摯に受け止め、書店で本年度分で未読のクレスト・ブックス新刊をすべて購入し、文字通り罪を贖った。
 そのせい、というわけでもないが、翌日に金難に見舞われるはめにおちいったのだけれども。
 
 

中村義洋監督『殿、利息でござる』


映画『殿、利息でござる!』予告編

 これまでのあらすじ:『ヘイル、シーザー!』と『マクベス』と『マイ・フェア・レディ』を観に行くつもりが映画館の前で財布を忘れたことに気づいたので急遽後輩へSOSコールを発信し、五千円の援助を獲得、マーシャル・プランなみにメルシーな政策を英断した彼をこのまま手ぶらで帰すのも道義的にナンだということで当初の予定を変更し、彼が唯一興味を示した『殿、利息でござる!』を観に行く方向で妥結した。

 最初の一時間が退屈かつ説明的かつ平坦でたまらないものの、後半一時間になると加速度的に盛り上がっていき、ついには緻密で華麗な構図の反転まで見せてくれてフツーに感動するので、映画とは最後までわからないもんですね。
 根底に流れる思想としては「いいことは黙ってやれ。死んでも黙ってろ。自慢するな」というもので、それだけでも寄付文化のやる気を削ぐしどうなんかなあ、と思っているところに「黙ってやれないやつが出てきたので、決まり事を作って縛ろうと思います!!」と言い出すやつが現れて見事なまでにラ・ジャッポーネ村社会。本当にそこらへんは至極クソだと思うんですが、それでも技巧で感動まで持っていかれるし、映画とは本当に最後までわからないもんですね。兵器だよね。そりゃ洗脳されるよ。リーフェンシュタール観て「すげー」と思うようなもん。
 っていうか、思いっきり映画化してるんで黙ってるも何もないんですけどねその時点で。

レントゲン

 キニャールの『さまよえる影』的な体験ができるはずだったが、フランス人でも詩人でもないので検査のあいだずっと子どもの頃に読んだ大塚製薬文庫のヴィルヘルム・レントゲン博士の伝記を思い出しながら技師の人に身体をうどん粉みたく伸ばされたり丸められたりしていた。

静野孔文『名探偵コナン 純黒の悪夢

 トロントCNタワーのてっぺんで観光客の案内してたおっさんって、組織や政府にとってどんな有用性があったの?

2016年5月の新刊チェックリスト

しばらくは縮小運営していく感じ


藤原編集室より)

L・P・デイヴィス 『虚構の男』国書刊行会
『江戸の科学 大図鑑』河出書房新社
スーザン・ソンタグイン・アメリカ河出書房新社
エドゥアルド・ハルフォン 『ポーランドのボクサー』白水エクス・リブリス
由良君美風狂 虎の巻』青土社
サミュエル・ベケット 『事の次第』白水社
フィリップ・K・ディック 『死の迷路』ハヤカワ文庫SF
スティーヴン・ミルハウザー 『魔法の夜』白水
ハル・クレメント 『20億の針 新訳版』創元SF文庫
牧眞司 『JUST IN SF』本の雑誌社
ミラン・クンデラ 『小説の技法』岩波文庫
吉野孝雄 『外骨戦中日記』河出書房新社
山田風太郎 『わが推理小説零年』ちくま文庫
バルタサール・グラシアン 『人生の旅人たち エル・クリティコン』白水
パトリシア・ハイスミス 『贋作』河出文庫(復刊
アンドレアス・セシェ 『囀る魚』西村書店
関川夏央 『人間晩年図巻 1990-94年』岩波書店
ジェイムズ・エルロイ背信の都 上・下』文藝春秋
カミ 『ルーフォック・オルメスの冒険』創元推理文庫
ウラジーミル・ナボコフ 『見てごらん道化師を!』作品