名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


読書、映画、その他。


小島アジコ、麻草郁『アリス イン デッドリースクール』

・俺たちは人間性を証明するために新刊チェック以外の活動をしなければならない。




四コマ漫画が苦手だ、とする必要もない告白をすると「またきららdisか……」みたいな受けとられ方をして甚だ不本意なんでありますれけど、どこの会社が、とか、だれの作品が、とかそういうんじゃなくて四コマなる媒体そのものの緩慢さが自分にとってニアリー致命的なわけです。あの等規格のコマを等間隔に四つならべた光景になにかしら想像的ディストピアを肌で感じるのかもしれず、あるいは単に作者の方で時間を統御してくれないダルさに耐えきれないのかもしれず。
・まあしかし私かてそこは型の国のジャパニーズなわけですから、歌舞伎や浄瑠璃よりはよほど触れる機会の多い伝統芸能であることは間違いない。
・型といえば「学園ゾンビもの」漫画ってえのはこれもひとつの型ですよねもう。『ハイスクール・オブ・ザ・デッド』は言うまでもなく、『がっこうぐらし』とか……あとなんかまあ色々だ。ごめん、ゾンビ漫画そんなよく知らない。
・まあ考えてみればゾンビに学校が合わないはずがない。刹那的な楽しさと将来に対する漠然とした不安、人によっては不満を抱えたモラトリアム空間に、突如して世界を終わらす暴力が殴りこんでなにもかもめちゃくちゃにしてくれるお話ですよ。これがチェチェン人テロリストだったら学校を占拠したところで「でも最終的にはプーチンがどうにかしてくれるんだろ……」みたいな冷ややかさを帯びるけれど、ゾンビだったら死人がうごめくカット一発で「もうダメだ。終わった」って気分になる。重要なのは手遅れだけど過去完了形にはなっていないところで、「終わりつつある」斜陽感が閉じていく青春の終焉の場としての高校とよく似合うのかもしれない。*1とすれば本作でメインの舞台として屋上を選んだのも、よほどの深謀遠慮だったんですね。
 でまあ、そういうところにエクストリームな圧力をかけることで各高校生が抱えた様々な思い(ぼっちだとか見通しのくらい人生だとか悔やむべき過去だとか)が噴出して、不幸マニアの読者が幸せな気分に浸る。そういう漫画も型といえばひとつ型なんですけれども、本作の場合はその過程は品よく丁寧に品出し見せていくのでゆるやかに心地よい。
・この心地よさを演出するのに一役買っているのがまさに四コマ漫画形式なんです。そうなんです、
 ともかく、本作は見てくれに反して結構エッジーな構成になっていて、ほのぼのゆるギャグが繰り広げられた同じベージに怖い怖い終末ホラーが同居しているんです。*2各話タイトルをつけない方式なのでそと見にはひとつの長編がプログレッシブにつながっているようでもあるんだけれど、脳に巣食った漫画カルチャーがきっちり「四コマ」で話のスケールを区切ってくれる。だから、「みんな死んだ……」とどんよりな雰囲気ななってるところに「じゃあお葬式しないとね!」と空気読まないギャグ挟んでもスマートに映る。
 そんなビートの刻み方が作中におけるキャラたちの切迫していつつも、どこか間抜けた終末に、マッチしてるんだとおもいます。ジャジーに。
・あとラストが劇場版ウテナ


*1:道満晴明が同人誌のゾンビ特集号に寄せていた短編がこの雰囲気をよく醸していた

*2:同一ページではなかったかな?