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「カートゥーン・アニメキャラの指はなぜ四本か」を取り巻く言説

 別にカートゥーンアニメブログでもないのに、カートゥーンネタが三つ続きますね。なんでかな。

ミッキーマウス・クラブの子どもたち

 昔から巷間でよく話題にのぼるものの結局なんだかわからない問題の一つに「なぜカートゥーンの指は四本なのか?」がありますね。
 人間にしろ、動物にしろ、ミッキーマウスにしろ、『シンプソンズ』にしろ、『グラビティ・フォールズ』にしろだいたい全部四本指。さすがに作画がリアルよりな『キング・オブ・ザ・ヒル』だと五本指ですが。
 最近の子供向けカートゥーンだと『ぼくはクラレンス』や『スティーブン・ユニバース』なんかで五本指が試みられてますが、まだまだ四本指優勢な状況です。

 では、なぜ、カートゥーン・アニメのキャラはみな四本なのか。

 この答えは簡単で、「ミッキーマウスがそうだったから」です。「蒸気船ウィリー」でデビューしたときから一貫してミッキーは四本指です。

 そうなると、次の疑問が派生します。
 なぜミッキーマウスは四本指で生まれてきたのか?

ソースは手塚治虫

 この疑問について、日本でよく聞くのは「昔の作画技術が未熟だったせいで五本指にデザインするとブレて六本指に見えることがあったから」という説。このセンテンスはだいたい尻尾に「と、手塚治虫がディズニー関係者から聞いた話として言っていた」と、ヒレがつきます。

 ミッキーマウスは指が4本なので、鉄腕アトムもミッキーと同じように指を4本にしました。その後、手塚治虫先生がミッキー関係者と会った時に、ミッキーの指が4本の理由を聞いたら以下のような回答が。

「5本の指を描いてアニメーションにすると、動いているときに6本に見えるからだ。」
 その後、アトムの指は5本になりました。


世にも奇妙な指6本物語



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アニメ初期のアトムも四本指だった。

 この話はインターネットでは人口に膾炙していて、知恵袋系ではもはや定説と化していますが、たいてい大元のソースが明示されていません。
 何かとデマの多いのがインターネットです。疑ってかかる必要があります。
 あろうことか上記を「手塚治虫ウォルト・ディズニーから直接聞いた」とまで断言している知恵袋回答者もいます。これはありえない。ウォルト・ディズニー手塚治虫が対面したのはたった一回だけ、1964年のニューヨーク世界博でのことで、このとき交わされた会話はせいぜい社交辞令程度でした。*1

 では、ディズニー関係者から聞いたというのもデマか、といえばどうやらこちらは本当のよう。

 みなさんみてもらうとわかるけど、ミッキーマウスドナルド・ダック、それから、ミニーとかいろいろ、ホーレスとか、いろんなディズニーのキャラクターってのは、人間以外みんな指が四本なんです。人間も四本だったんです。
 なぜ四本かっていうことは、ぼくが大人になって、アニメーション作り出してからはじめてわかったんだけど。ディズニースタジオに行って聞いてみたら、四本で描かないと、あれ、動いてるでしょう、アニメっていうのは、動いてるけど、スムースに動かない。ぎくしゃく動くってわけなんだけど、指が五本に見えるんだそうです。四本でちょうど五本に見えるんだって。
 それで、五本描きまして動かすと、六本に見えるときがあるそうです。アニメーションっていうのは、連続してる絵じゃなくて、一枚一枚描きますからこうぎくしゃく動くんだけど、残像現象で、前の指が残ってて、ちょっと動いた指がまた目に映って、というような形で、ずーっとつづけて映像を見ると、五本が六本に見える時があるんだ。それで四本描くと、動いてると、ちょうど五本に見えるってこと聞いたことがある。そういう意味で、「レオ」なんか、四本指なんです。


「わが人生・わがマンガ」(1988年、『手塚治虫 ぼくのマンガ道』新日本出版社



 この「ディズニー・スタジオに行った」のが具体的にいつだったのかは調査不足により特定できません。ウォルト死後の1979年にフロリダ旅行でディズニーランドへ寄ったときと思しいのですが、「スタジオ」のあるカリフォルニアは西海岸で、「ワールド」のフロリダは東海岸、正反対のロケーションです。日程的にやや無理があるし、ちょくちょくアメリカ旅行に出ていた手塚治虫のことですから、また別の機会があったのかもしれません。

 いずれにせよ、インターネットはデマばかりでないことが判明してよかったですね。インターネット最高! 頼りにしてます! 最高の友人です!

ウォルト本人は何と言ったか。

 とはいえ天下の手塚治虫の証言といえど又聞きであることには変わりない。ミッキーマウスを作ったウォルト・ディズニーやアブ・アイワークスは四本指について実際なんと言っていたのか。
 ここはインターネットをいくら掘っても出ない領域で、こういうところがインターネットマジで頼りになんねえなと思うのですが、先日、科学ノンフィクション作家サイモン・シンが『シンプソンズ』の数学ネタを解説した『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』をのんべんだらりと読んでいたら事故的に出遇ってしまいました。

 『ザ・シンプソンズ』の世界で指が八本になったのは、アニメ映画の草分けの頃に起こった突然変異のせいである一九一九年にデビューした『フィリックス・ザ・キャット』では、片手に四本ずつしか指がなかったし、一九二八年に登場したミッキーマウスもそうだった。この擬人化された齧歯類の指が一本足りない理由を尋ねられて、ウォルト・ディズニーはこう答えた。
「デザインとして見たとき、ネズミに指が五本というのは少し多すぎる。バナナの房のように見えてしまうからね」
 ディズニーはそれに付け加えて、手を簡略化することにより、アニメーターの負担を減らそうとしたとも述べた。
「金銭的なことを言えば、六分半の短いアニメを構成する四万五千枚の作画について、すべて手から指を一本減らせば、スタジオとして数百万ドルの削減になる」
 こういう理由により、アニメのキャラクターは、動物であれ人間であれ、八本指が標準になったのである。


 p.268-269, サイモン・シン青木薫・訳『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』新潮社



 この「バナナの房」発言はアメリカのネットでは古くから流通していたらしく、ソースはどこだと思ったら、おそるべきことに『数学者たちの楽園』はこのあたりの参考文献を示していない。
 引用されているウォルト・ディズニーの発言は、 ほぼ wikipedia に掲載された文章と一致しますから、シンはおそらくこれを読んで書いたのかな?
 しかし、 wikipedia でもそもそもの発言ソースがあげられていません。
 まあ、権威あるサイエンス・ライターの書いてることですし、「ミッキーマウスの指が四本になった理由」についてはこのあたりで妥協しましょう。

四本指キャラの始原

 もちろん、サイモン・シンはアニメ専門のライターでなく、『数学者たちの楽園』はアメリカ・アニメ史の本ではないため、アニメーション黎明期の解説についておろそかになるのもしかたない。
 そもそもオットー・メスマーの筆によるフィリックス・ザ・キャットも最初から四本指だったのか、といえば、なかなか一筋縄ではいきません
 フィリックスのデビュー作「Feline Follies」(1919)*2では人間は五本指*3。それまでのアニメーションでも人間=五本指が通例でした。いっぽうネコたるフィリックスはというと、箆みたいな腕でそもそも指が見当たりません。


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Feline Follies」より。人間は五本指。



 「Felix in Hollywood」(1923)になると箆から一歩進化して、親指が生えます。ところがその後数年は、新聞を読んでる指の数が左右で異なったり、思いっきり五本生えてたり、判然としない時代が続きます。


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左から「Felix in fairy land」(1923)、「Romeo」(1927)、「Felix the Cat in Sure-Locked Homes」(1927)

 フィリックスの指がはっきり四本と定まるのは、原作のプロデューサーであるパット・サリヴァンの手を離れてヴァン・ビューレン・スタジオで1936年にカラー化されたときです。

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Felix the Cat: The Goose That Laid the Golden Egg」(1936)

 

 一方のディズニーも最初から四本指主義を戴いてはおりませんでした。ミッキーマウスの前身として知られる「しあわせうさぎのオズワルド(Oswald the lucky rabbit)」は実質上のデビュー作「trolley troubles」(1927)の時点では五本指。四本指に変わったのは後のことです。


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「trolley troubles」のオズワルドさん


 そうして、1928年、ミッキーマウスが「蒸気船ウィリー」でお披露目されます。このときのミッキーはコマによって四本指になったり五本指になったり忙しいのですが、基調は四本指です。
 なぜミッキーマウスがことさら四本指を強調されるようになったかといえば、それは彼の服飾センスのせいでしょう。すなわち、手袋です。
 ミッキーはオズワルドやフィリックスのような黒いボディの持ち主です。が、ふたりと違って真っ白い手袋をはめています。*4当時の画面は白黒で背景のほとんどは灰がかった白で占められていました。こうした白い世界に白い手袋を持ち込むと、背景に溶けてしまうおそれがある。そのため、キャラと世界との境界を描くという意味で、指の数をはっきり示しておく必要があったのでないでしょうか。*5

 以上を踏まえると、だいたいトーキー元年の1927年を境にディズニーが覇権を握るにつれ、徐々に「カートゥーン・アニメキャラ=四本指」の図式が確立されていったものと推測されます。

現代アニメーションにおける指の数の活用

 現代のアメリカ・カートゥーン・アニメの作家たちは無批判に百年来の伝統に従っているわけではありません。
 『シンプソンズ』にも自分たちの指の数をネタにしたギャグがやまほど出てきますし、『アドベンチャー・タイム』に至っては指の数を、謎めいた世界観を読み解く上でのキーとして使用してします。
 その一方で、冒頭で言及したように、あえて五本指を当然のものとして描く作品も目立ってきています。
 そう簡単にカートゥーンの指は増えないでしょう。しかし、こうした多様化が何をもたらすのか、どうアニメ界の勢力図を変動させていくのか、今後も頭の片隅において見ていきたいですね。


数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

*1:文藝春秋』1967年5月号「ニューヨークのディズニー」

*2:wikipedia での邦題は『フィリックスの初恋』。大塚英志の『ミッキーの書式』では「仔猫のフォリーズ」だとかそんなタイトルが与えられていた気がする。

*3:メスマーのデビュー作「How a Mosquito Operates」(1913)ではちゃんと五本指の人間(指のシワがちゃんと描きこまれていてリアルっぽい)が出てきます。彼に影響を与えた『リトル・ニモ』のウィンザー・マッケイからして五本指派です。

*4:むろん初期は手袋をしていないことも多かった。しかし、手袋自体は「ウィリー」のタイトルカードの時点から出てきています。

*5:このあたりアニメーション黎明期の特徴であったメタモルフォーゼの多用がすたれていったのと関係があるのではないかとも思う