名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


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2018年に公開された Netflix オリジナルのSF映画全レビュー

遊星からの物体 NetfliX

 2018年から「ネットフリックス・オリジナル」を冠した映画・ドラマが爆発的に増えましたね。すげえ増えましたね。ばかみたいに増えましたよ。年ごとに倍々になってなるんじゃないか? って勢い。

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_original_films_distributed_by_Netflix#Drama


 わけても、SFがちょっとした勢力を誇っている様子。
 たとえばドラマでは『ストレンジャー・シングス』や『センス8』*1、『グッド・プレイス』、『エキスパンス』*2、『ブラック・ミラー』といった人気シリーズの最新シーズンに加え、『マニアック』、『オルタード・カーボン』、『ロスト・イン・スペース』などが新たに立ち上げられていて、いずれも好評を博していますし、アニメでも『ファイナル・スペース』の第二シーズン制作が決定済み。どれもカネがかかっていますね。

 一方で映画はといえば、中規模程度の予算の作品が多い模様です。監督の顔ぶれをながめますと、アレックス・ガーランドダンカン・ジョーンズなど界隈で声望を築いている監督をしっかり押さえる一方*3、短編などで話題を博した新人〜若手を積極的に起用してメジャーへの試金石にしているのがうかがえます。数撃ちゃ当たるでやっているのか、批評的に成功している作品は今の所多くありませんが……。

 ともかく、2018年に発表されたネトフリオリジナルSF映画*4を見ていきましょう。
 


星取り解説

☆☆☆……面白い
☆☆ ……愉しめはする
☆  ……時間は潰せる

作品一覧

『カーゴ』(Cargo、ベン・ホウリング&ヨランダ・へムケ監督、オーストラリア)☆☆☆



Cargo Teaser Trailer (2017) Martin Freeman Post-Apocalypse Movie


 ゾンビめいた伝染病が蔓延し文明が滅んだオーストラリアを舞台に、妻を失い自らもゾンビ病におかされつつあるマーティン・フリーマンが一粒種である赤ん坊の託し先を求め、試される大地を彷徨う。
 非常にシブいゾンビ映画です。激シブです。王道展開や典型的な「本当に怖いのは人間」路線を踏襲しつつも、派手で扇情的なアクションや銃撃戦を乱発せず、それでいて要所要所でサスペンスフルな演出やドラマで観客を惹きつけます。
 もともとジョージ・A・ロメロの作品を始めとしてゾンビ映画が人種問題や差別問題と密接に関係していることはよく指摘されるところです。アメリカでの黒人差別のメタファーだったものがオーストラリアに輸入されると先住民差別のそれとなる。ゾンビポカリプス下にあっても白人に搾取される彼らの姿*5は、ゾンビよりも人間をこそおぞましく思わせます。*6そうして、ご当地ゾンビ映画として見事なレペゼン感を醸し出す。
 もちろん、マーティン・フリーマンもいい。オーストラリアの大自然と対比される彼の頼りない表情がまたユニークな味わいを出している。特に最終盤の「有様」は衝撃的でもあり、感動的でもあります。
 元となったのは世界最大の短編映画祭トロップフェスとで2013年に話題を集めた同名の作品*7。本作はその長編化で、監督のベン・ホウリング&ヨランダ・ラムケのコンビはこれが長編監督デビュー作です。


サイコキネシス -念力-』(염력、ヨン・サンホ監督、韓国)☆☆☆



PSYCHOKINESIS Bande Annonce (Netflix 2018) Super-Héros


 うだつのあがらない中年警備員がある日、ひょんなきっかけから強力なサイコキネシス能力を手に入れる。その力で彼は長い間離れて暮らしていた娘の力になろうと、彼女の所属する商店街一帯を地上げしようとするヤクザに対して抗戦を開始するのだが……といった内容。
『新感染 ファイナル・エクスプレス』で世界の映画ファンに衝撃を与えたヨン・サンホの実写長編第二作です。
 『新感染』同様に「娘を守るためにがんばるダメな父親」*8ものですね。本作の娘は成人済みですが。
 劇中のセリフでも「かめはめ波」が引用されるように、主人公の能力自体は『ドラゴンボール』じみていて、それっぽい画も多々出てきます。
 しかし、本作の主眼はその能力を爆発させて悪者を退治することではありません。主人公のカウンターパートとなるべき「同等の能力を持った敵役」などは出てきませんし、基本的に主人公は群れる雑魚をなぎ倒すだけです。
 主人公の本当の敵は誰か。商店街を蹂躙する地上げヤクザでもなければ、それを裏で操る建設会社の役員でもありません。「韓国資本主義社会」そのものなのです。これがあまりに巨大で強力すぎる。一個人がスーパーパワーを手にしたくらいでは太刀打ちできるものではない。
 フィクショナルな超人ですら、現実に存在する悪を打倒しえない。そうしたビターな意識に貫かれた一本ですが、そうした絶望的な状況下にあっても一筋の光明としての家族の絆を輝かせる、そういうところも『新感染』の監督だなあ、と思います。
 キャラも相変わらず濃いのが揃っています。暴力常務もすてきですが、地上げヤクザの側近のデブがかわいい。ガタイから用心棒的な立ち位置かと思いきや会計だったり、ビビるときはかならずボスの袖を掴んでたりとか。
 

『アナイアレイション 全滅領域』(Annihilation、アレックス・ガーランド監督、アメリカ)☆☆



Annihilation (2018) - Official Trailer - Paramount Pictures


 突如発生した謎の「ゾーン」に行って帰ってきた夫がなんだかうまくいえないけれど変わりはててしまった。夫とゾーンの謎を探るため、科学者である妻は女性だけで構成された調査チームに加わる。
 原作ファンからはすこぶる評判の悪い本作ですが、単体の作品として観た場合は、わけのわからないものだけれど映像がキレイだしまあオッケーくらいの感覚なんじゃないかな、と思います。
 ただ、「そのオチ」はもう飽きたよ、ガーランド先生……という気持ちがなくはない。
 アレックス・ガーランドはイギリス出身。小説家としてデビューしたのち、『ザ・ビーチ』(ダニー・ボイル監督)が映画化されたのをきっかけに映画界入りし、『28日後……』や『わたしを離さないで』、『ジャッジ・ドレッド』なで脚本をつとめます。そして2015年に監督デビュー作となる『エクス・マキナ』で一挙にSF映画界の旗手として躍り出ました。次回作は本作でもプロデューサーを務めたスコット・ルーディンと組んだSFスリラー・テレビドラマ『Devs』。人気ゲーム『Halo』の映画化作品の脚本も担当するらしいです。


『Mute/ミュート』(Mute、ダンカン・ジョーンズ監督、アメリカ)☆


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 原色ネオンばりばりな近未来のベルリンで、唖のバーテンダーが行方不明になった恋人を探して裏社会のディープサイドに入りこんでいく話。
 いま一番信頼できるSF映画作家だったのに、なぜか『ワールド・オブ・ウォークラフト』というゲーム原作ファンタジー大作をひきうけ、大方の予想通り見事にコケたダンカン・ジョーンズの捲土重来となる一作……だったはずが……。
 ビジュアルは洗練されていてさすが、という感じなのですが、いかんせんストーリーがいきあたりばったりで脈絡がなさすぎる。ノワールというのはある程度迷走しているほうが雰囲気に貢献するものなのですが、これはちょっとダルさが勝ちすぎていて……場面毎のアイディアもそんな新鮮でもないし……。
 なんというか……なんだかな……また次がんばってほしいですね、ジョーンズは。
 

TAU/タウ』(TAU、フェデリコ・ダレッサンドロ監督、アメリカ)☆

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 イカレた天才AI研究者(『デッドプール』で悪役だったエド・スクレイン)に実験のため監禁されてしまった娼婦(マイカ・モンロー)。彼女は監禁場所である研究者の屋敷を管理するAI・タウ(声:ゲイリー・オールドマン)を仲間につけ、脱出を果たそうとする……。
 一言で言ってしまえば、アレックス・ガーランドの『エクス・マキナ』の二番煎じです。*9家父長的な権力に抑圧を受け監禁される弱者としての女性がいて、その属性が人間の奴隷としてのAIと重ねあわされ、そういう状況に対して反乱が起こされる。
エクス・マキナ』では「女性」と「奴隷としてのAI」がアリシア・ヴィカンダー一人に集約されていましたが、本作ではそのまま二つの器に分割されています。それを表現の退化とみるかどうかはともかく、別々に置いたことの効果はあるもので、タウ(声:ゲイリー・オールドマン)がかわいらしい。
 基本的には主人である研究者に忠実なのですが、女と交流を深めるにつれ、研究者から禁止されていた知識をどんどん吸収して感情豊かになっていき、「(普段は研究者から禁止されている)ご本をもっと読んで〜」と子供っぽくねだるようになります。声はゲイリー・オールドマンなのですが。
 しかし、AIの描き方があまりにテンプレすぎるのと、主人公である女性のキャラの薄さがあまりに心もとない。最終盤の展開もそれこそ『エクス・マキナ』を薄めたようなだし……。
監督のフェデリコ・ダレッサンドロは、2000年代からマーベル映画やSF映画などの多数の大作でアニマティック/ストーリーボード・アーティスト*10として活躍してきた人物。本作が長編デビューです。
 
 

『エクスティンクション 地球奪還』(Extinction、ベン・ヤング監督、米)☆

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 何者かから地球侵略を受ける悪夢に夜な夜なうなされる男(『アントマン』の相棒役で知られるマイケル・ペーニャ)。ある日、その夢が現実となる。彼は家族を守るために予知夢めいた夢を利用して妻子とともに生き延びることを目指すが……といった『宇宙戦争』的インベイジョンもの・ミーツ・SFミステリ。
 主人公の見た「夢」は何を意味するのか? 本当に予知夢なのか? 姿形も自分たちによく似ていて、技術程度もさして変わらないらしい「侵略者」の正体とは? といった謎がストーリーを牽引する反面、(予算の関係か)侵略者の攻撃によってドキドキハラハラするといった味は意外に薄い。
 話の核となるどんでん返しの部分は、アイディア自体は陳腐なものの、話運びがよくできています(「夢」と現実の齟齬をうまくついている)。しかし、クライマックスの後処理がなんだかおざなりで、説得力と物語的な魅力の両面で詰めを甘くしている印象です。つーか、末端の兵士と仲良くなっても大局に影響ないだろうしなあ……。
 監督のベン・ヤングはオーストラリア出身。同国のテレビで俳優や監督としてキャリアを積んだあと、2016年の長編第一作『アニマルズ 愛のケダモノ』で注目を集め、『エクスティンクション』が第二作目となります。
 
 

『タイタン』(The Titan、レナート・ラフ監督、米英スペイン)☆☆

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 どん詰まりで滅びかけた人類を救うため、土星の衛星タイタンへの移住計画が持ち上がる。しかしタイタンの環境は過酷であり、現在の人類ではとても居住できない。そのため天才科学者マーティン教授は軍人や科学者を選りすぐり、人体改造実験を施す。しかし次第に身体だけでなく心も人間離れしていく被験者たちに家族を始めとした周囲は戸惑いはじめる……といった内容。
 序盤から難解な専門用語を飛び交わせつつ静かに進行するさまはいかにも典型的なインディー系SFといったおもむきで、個人的には嫌いではないです。
 サム・ワ―シントン演じる中尉たちが次第に「進化」していくプロセスも割合丁寧に描かれており、SFマインドをくすぐられます。
 が、あまりに進行が単調なうえ、終盤のとってつけたような急展開でそれまでの重々しさが一気に軽いものに。「進化」の理論付けがかなり雑なのもちょっと……。
 監督のレナート・ルフはこれが初長編。2014年に「Nocebo」というスリラー短編で学生アカデミー賞の外国映画部門を受賞したことを受けての抜擢なようです。


ネクスト・ロボ』(Next Gen、ジョー・クサンダ―&ケヴィン・R・アダムス監督、アニメ、米中カナダ)☆☆

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 無国籍近未来シティに住むやさぐれたアジア系少女*11が兵器として生み出されたロボットと友情を深めるファミリー向けロボットアニメ。原作は中国で人気のウェブコミックだそうです。
 この手のアニメ映画には『アイアン・ジャイアント』や『ベイマックス』という巨大な壁がそびえているわけですが、ストーリーテリングの面ではその域にはおよぶべくもないものの、画面のルックやアクションシーンの面に関してはかなりのがんばりがうかがえます。
 世界観(カップラーメンロボットなどが出てきたり、原作者の Wang Nima を戯画化したキャラが登場したりする)はやや中国テイストが強めですが、キャストおよびスタッフはアメリカ人が中心。監督はディズニー出身で『9 〜9番目の奇妙な人形〜』などで美術監督兼撮影監督を務めたケヴィン・R・アダムスと、リズム&ヒューズ社やインダストリアル・ライト&マジック社などの特殊効果畑で活躍したジョー・クサンダー。このコンビは2014年に近未来ロボットSF実写短編「Gear」*12を共同監督しており、その腕を見込まれての抜擢でしょう。


 

『軽い男じゃないのよ』(Je ne suis pas un homme facile、エレノア・ポートリアット監督、仏)☆☆

 セクシストのプレイボーイが電柱で頭を打って男女の社会的地位が完全に逆転した世界へ。戸惑いをおぼえながらもその世界でセクシストのモテ女である作家と関係を深めるが、実はその作家は異世界転生を主張する主人公をネタに本を書こうとしており……という内容。
 女は化粧をせず身体を鍛えナンパをし、男はボディコンシャスな短パンを履いてマニキュアをし男女同権を訴える。まっすぐなまでにミラーリング(マイノリティの立場をマジョリティと置き換えて考える思考実験的なやつ)に徹していて、細部がところどころ気になるものの性差ギャグとしてよく機能しています。男性優位社会のグロテスクさというのは、それをあたりまえのものとして受容しているぶんにはなかなか意識しづらいものですが、本作でそれをある程度体験できるのではないでしょうか。
 あまりにまっすぐすぎてそれ以上になりきれていないのがもどかしい部分ではありますが……とはいえ、ラストシーンの光景のゾッとする不穏さはなかなかに秀抜。
 監督のエレノア・ポートリアットはもともとはフランスのテレビドラマなどで活躍していた女優でこれが長編デビュー作。10分ほどの短編だった「Majorité_opprimée」*13の世界観を拡張したのが本作のようです。


『マーキュリー13:宇宙開発を支えた女性たち』(Mercury 13、デイヴィッド・シントン&ヘザー・ウォルシュ監督、米)☆☆☆

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 アメリカの初期宇宙開発の裏で進行していた女性宇宙飛行士採用計画「マーキュリー13」についてのドキュメンタリー。S”F"ではないですが、いちおうサイエンス関係なので。
 出演している元計画参加者たちがとにかくパワフルでストロングで自由なパイロットおばあさんばかりで、彼女たちなら宇宙でもどこでも行けたんじゃないかと思わされますが、それを許さなかったのが六十年代という時代でした。理不尽な圧力がかかりまくり、彼女たちはどこまでも戦います。
 アメリカ初の女性宇宙飛行士がマーキュリー13関係者をロケット打ち上げに招いたときの話は感動的。あと再現映像の複葉機の飛行シーンがうつくしい。
 監督の一人であるデイヴィッド・シントンはこの前にも『ザ・ムーン』というアポロ計画を描いたドキュメンタリーを残しています。

『すべての終わり』(How It Ends、デイヴィッド・M・ローゼンタール監督、米)☆

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 婚約者の両親に挨拶するためにシカゴを訪れていたウィル(テオ・ジェームズ)が婚約者の待つシアトルへ帰れなくなる。西海岸一帯を謎の異常事態が見舞い、各種交通機関が不通になってしまったためだ。恋人の安否が心配なウィルは、前の晩に喧嘩別れしてしまっていた恋人の父親(フォレスト・ウィテカー)と共に3200キロの大陸横断行へ挑むのだが、彼らは道中で信じられない光景をつぎつぎと目撃することに……。
 元軍人の横暴なオヤジと命がけのアポカリプティック・サバイバル旅行を通じて友情を築く……というのがプロットの本線のはずですが、なんというかあまり友情構築プロセスが効果的に描かれておらず、気づいたら仲良くなってましたって感じ。
 ロードムービーだけあって結構色んなキャラが出入りするんですが、基本的にはシーンごとの使い捨てで後から再登場したりはしません。それはそれで作法なのでしょうが、唯一メインっぽいノリで主人公一行に加わる先住民の女(グレイス・ドーヴ*14)までも途中離脱&永久に退場するのはなんだkな
 こうした手法の難点は、キャラの背景や感情が特段説明づけされないまま観客が彼らの行動を評価しなければならないため、どいつもこいつも愚かな行動を取りまくる本作においては大変にストレスフルに感じられてしまうことです。本来、登場人物が愚かだったり短慮だったりすること自体は、フィクションの評価において責められるべき性質ではありません。人間はもともと愚かで短慮ないきものですし、フィクションでそう描かれるのも物語上・感情上の必然や必要が前提されているからです。が、逆にいえば、その行動に至るまでの人物の性格や感情の流れや物語的な背景などが説明されず、ただストーリーを進めるため、主人公たちを窮地に陥れて盛り上げるためだけにそう演出しているのが透けてみえるとどうにも厳しい。いくら状況が状況だといえ限度がある。
 監督のデイヴィッド・M・ローゼンタールは2000年代から活躍している映画監督で、近年では『パーフェクト・ガイ』や『転落の銃弾』などのサスペンス・スリラー作品をてがけています。次回作も『ジェイコブス・ラダー』のリメイクだとか。

『ホンモノの気持ち』(Zoe、ドレイク・ドレマス監督、米)☆☆


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 人間のパートナーとしてのアンドロイド、通称「シンセ」を開発している研究所の中間管理職ゾーイ(レア・セドゥ)がシンセの研究者(ユアン・マクレガー)に惹かれていく。彼女は研究者の開発した相性診断ソフトでマクレガーとの相性を診断するが、なんと結果は一致率ゼロパーセント。「根本的に違う二人」だという判定を下されてしまう。
 ショックを受けて診断結果を打ち明けるゾーイに対し、マクレガーはさらなる衝撃的な事実をつきつける。なんと、ゾーイは彼の開発した「シンセ」の最新ヴァージョンだというのだ……といった恋愛映画。
 これもAIものの一つですね。人間とAIの恋愛を描くとしては2013年のスパイク・ジョーンズ監督『her/世界に一つだけの彼女』と、いくぶん変則的ですが『エクス・マキナ』が思い出されますね。本作は前者の色合いのほうが濃いかな。(特に前半で)AI側の視点に重きが置かれているのも珍しい。*15特に病んだ男性性などを告発する気がないフツーにピュアな純愛ストーリーです。
 ドレイク・ドレマス監督はアメリカ恋愛映画における若手のホープとしてデビュー以来一貫してせつないラブストーリーを撮ってきました。それだけに本作でもセドゥとマクレガーの関係の描き方は繊細を極めており、デートを重ねて仲を深めていく様子は多幸感に溢れています。となると、「人間はどうやったら『人間』になれるのか」という普遍的な問いかけに対する答えも自ずと決まってくるものですが。
 繰り返しますが、あくまで基調はラブストーリーであり、AIを扱ったSFとして新鮮味やリアリティを期待するのは筋違いです。
 

『クローバー・フィールド:パラドックス』(The Clover Field Paradox、ジュリアス・オナー監督、米)☆


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 なんの予告もなく突然ネットフリックスに投下された『クローバー・フィールド』シリーズ最新作。
 ダニエル・ブリュールエリザベス・デビッキ様、デイヴィッド・オイェロウェ、クリス・ダウド、チャン・ツィイー、ググ・バサ=ローと、さすがにオールスター・キャストとまではいかないものの国際色豊かないぶし銀のメンツを揃えています。出演料の中央値はここで挙げたどの作品よりも高いもしれません。
 エネルギー資源が枯渇し、限られたパイを巡って各国の間で軍事的緊張が高まる時代、人類は打開策を求めて各国から選りすぐった六名を宇宙へと飛ばし、「シェパード」と呼ばれる超巨大粒子加速装置を起動させる……が、そこで事故が発生。それをきっかけとして次々と異常事態がクルーたちを襲う、というスペースパニックホラースリラー。
 宇宙ステーションという密室で展開されますが、メンツの豪華さもさることながらセット作り込みも相まって、あまりチープさを感じさせません。しかしそれが映画としての質に貢献しているかといえば微妙なところ。
 最大の難点はキャラクターの書き込みの薄さと動かし方の行き当たりばっかり感。ダメなスペースパニック特有の散漫に死んでいくキャラとかはおくとしても、動く腕とかダニエル・ブリュールスパイ疑惑なんかも処理が雑。何より理解に苦しむのがチャン・ツィイー演じる中国人エンジニアの扱い。他国のクルーが英語で会話をかわすなか、このヒトだけがなぜかナチュラルに中国語で通し、同僚たちも彼女に対しては中国語で返す*16
 いくらグローバル社会といえど不自然極まりなく、何か設定や物語的に意味がある演出なのかな、と思ったらすくなくとも表面上は何も回収されません。*17
 ホラーやパニック映画というジャンルは「投げたボールを投げっぱなしにしてもいいジャンル」ではけしてないとおもうのですが……。続編でカバーするつもりなのでしょうか。
 コメディ・リリーフのクリス・ダウドと3Dプリンターベーグルはよかった。
 監督のジュリアス・オナーはナイジェリア生まれのアメリカ人。父親がナイジェリア政府で各国大使を歴任した関係から世界各国を回ったのち、アメリカの大学を卒業。学生映画で名を馳せたのち、スパイク・リーの推薦により、クライムスリラー The Girls in Trouble で長編デビュー。本作が二作目です。
 ちなみに双子の兄弟であるアンソニー・オナーも2017年に The Prince で長編デビューを果たした映画監督です。

*1:S2最終話

*2:正確にはネトフリオリジナルではないのだが、日本ではネトフリオリジナルマークがついている

*3:ガーランドはパラマウントともめた末のネトフリ買い取りなので事情はちょっと違いますが

*4:日本で「ネットフリックスオリジナル」マークのついてる作品って「ネットフリックスが作ってますよ―」という意味ではなく、日本ではネトフリでしか観られませんよくらいの意味あいしかないですが、ともかく

*5:そしてそんな地獄を本来はイギリス人であるフリーマンが見るという構図のメタな皮肉

*6:とはいうものの、結局オーストラリアにおける人種問題をうまくさばき切れたとはいえない仕上がりですが

*7:https://www.youtube.com/watch?v=gryenlQKTbE

*8:by 町山智浩

*9:根源をたどれば『フランケンシュタイン』なのでしょうが

*10:この場合は実写映画の制作初期段階において描かれる絵コンテのようなもの。いわゆるプリビズ

*11:エモっぽさが『ベイマックス』のゴーゴータマゴの佇まいと似ている

*12:https://www.youtube.com/watch?v=SL27ME9Y2hI

*13:https://www.youtube.com/watch?v=kpfaza-Mw4I

*14:カナダ北部のシュワスップ族出身のカナダ人女優で、ディカプリオ主演の『レヴェナント』などにも出演経験あり。

*15:まあノリは人間の視点とそんなに変わんないんですけど

*16:その設定すらブレる場面があるのですが

*17:おそらくエリザベス・デビッキ演じるキャラとの絡みが関係してくるんでしょうが、劇中ではマジで何一つ説明してくれない

誰が歴史と物語を描くのかーー『スターリンの葬送狂騒曲』

(The Death of Stalin、英・仏、ベルギー、アルマンド・イアヌッチ監督)



ロシアで上映禁止のブラックコメディー『スターリンの葬送狂騒曲』予告編公開 - シネマトゥデイ



 北野武の『アウトレイジ』シリーズにおける独特の緊張感、たとえばヤクザたちがあまりにもくだらない理屈であっけなく殺されていくさまを強調することで、一見穏やかな日常的な場面(ラーメンを食べている、歯医者で治療を受けている、自営の修理屋で車をメンテナンスしている)がおぞましいまでの死や暴力とシームレスに地続きであるのだと観客に意識させて常時集中を強いる、あの空気。
 何かのタイミングを間違えたら死ぬ。だがその「何か」がなんなのか、「タイミング」がいつなのかがわからない。気づいたら撃たれて死んでいる。ところが自分殺した理不尽にも腑に落ちるところを感じる。今までその理不尽に順応して、肌感覚でわかっているような気もあったから。


 独裁者スターリン死後の後継争いを描いた『スターリンの葬送狂騒曲』の基調は明確にコメディです。ときに戸惑いすら押しつけてくるある種のブラック・コメディなどとは違い、笑いどころを作って観客をわかりやすく笑わせてくれます。たとえそれが(おそらくロクでもない場所に行くのであろう)トラックの荷台にスターリンの別荘で働いていた使用人たちを強権的に乗せて送り出した兵士が、直後に横からNKVD*1の職員に頭を撃ち抜かれる、といった残酷なジョークであったとしてもです。
 さらにいえば、劇中で処刑されるような人物のほとんどは名もなき兵士や市民だけで、終盤のある場面を除き、メインキャラクターたる委員会の面々が直接的な暴力にさらされることはありません。彼らは一貫して、スターリンの死に右往左往するコメディアンとしてふるまいます。
 ところが弛緩した喜劇の裏には冒頭で述べたような”暴”のにおいが潜んでいる。委員会メンバーたちの吐く言葉、取る行動ひとつひとつが最終的に政敵を葬り、自らが権力の座を奪取するためのものであると私たちは知っています。
 ただキャラクターたちは自分たちの目的は知っているかもしれないけれど、自分たちの言動の効果までは把握しきれない。独裁者の死によって生じた一時的な権力的真空が、どの人物に権力を与えているのか不明瞭にしているのです。たとえばスターリンの遺児であるスヴェトラーナ。ライバル同士であるフルシチョフとベリヤはそれぞれの手管で彼女を味方につけ、後継者争いを優位に進めようとしますが、彼女にも思惑があってなかなかうまくいかない。ソ連北朝鮮のような王朝でないのですから、レーニンのこどもたちがそうであったように、スターリンの娘だからといって後継争いを左右する力を持つとはかぎりません。しかし、まったく影響しないともかぎらない。
 あるいはちょっとしたジョークで相手の機嫌を損ねたりするだけで、委員会内でのパワーバランスが傾くかもしれない。なにが自らの墓穴を掘ることにつながるかもわからない。油断のならない混沌とした曖昧さが、喜劇性とやがて爆発するであろう暴力の予感を高めてくれます。


 では、その混沌の正体とは何か。
 終盤、あるキャラクターが政敵を蹴落とし処刑した直後、スヴェトラーナにこのような「勝利宣言」を吐きます。


「これが"物語"を間違えた人間の末路です(This is how people get killed, when their stories don't fit.)」


 人にはそれぞれ描こうとしている物語があります。
 その Story 同士が闘争し、fit できなかった物語から滅ぼされていき、残ったものだけが公式な history となるーー人間同士の争いに関するシニカルで普遍的なテーマが本作には能く描かれています。


スターリンの葬送狂騒曲 (ShoPro Books)

スターリンの葬送狂騒曲 (ShoPro Books)

*1:旧ソの秘密警察機構。KGBの前進

2018年上半期の漫画ベスト10選〜単発長編、短編集編〜

proxia.hateblo.jp


 の続き。
 単発の長編や短編集、連作短編集などといった一巻完結のブツを扱います。
 例によって Kindle 化されている本限定です。

 感想が絶望的に書けなくなっていて、そういうときのわたしは決まってキング牧師の最後の演説を引用します。良い子のみんなはどこがそれなのか注意して考えてみよう。

 

十選

吐兎モノロブ『少女境界線』(ヤングキングコミックス)

少女境界線 (ヤングキングコミックス)

少女境界線 (ヤングキングコミックス)

 主に異能ガール・ミーツ・ガール短編集。特に言語的センスが強靭。セリフをドライブさせるために計算された構成もすばらしい。今年の新人ではかなりお気に入りです。
 収録作はわりとどれもいい。一番好きなのは「アイアンリーシュ」でしょうか。ストレスから夜な夜な怪物を「吐き出して」しまう女子高生の前に、跳ねっ返りの転校生が現れる。少女の秘密を目撃してしまった転校生は彼女を呼び出し、吐き出した怪物をバットで殴らせろと要求。二人の「ストレス解消」がはじまるーーという話で、書いていて気づきましたが、セックスですねこれはもはや。
 前後編ではあるものの、トータル40か50ページくらいでプロットもシンプルですが、はじまりからほぼ嘔吐少女側で進められてきた視点をクライマックスからラストまでの10ページぐらいで転校生側へ切り替えるのが絶妙。
 「アイアンリーシュ」以外の短編にも共通する美点ですが、とにかくオチのつけかたが気の利いていて、解放感に満ちています(ダークな話なときでさえも)。長編になるとこの才がどう作用してくるのか、愉しみなところです。


ルネッサンス吉田『あんたさぁ、』(ビッグコミックススペシャル)

あんたさぁ、 (ビッグコミックススペシャル)

あんたさぁ、 (ビッグコミックススペシャル)

 双極性障害の漫画家である葉子は漫画業に行き詰まり売春まがいの行為で小銭を稼ぎつつ、務め人の弟・幹生と一軒家に同居しています。今にも爆発しそうな希死念慮とせめぎあいながら、葉子は漫画家に復帰しようと奮闘します。そんな姉をどこか一線を引いた様子で見守る幹生。そこにはどうやら姉弟の過去がからんでいるようで……、みたいな。
 「自分ではない完全な他者を書こうとしましたが結局自分と自分になってしまいました」とはルネッサンス吉田先生のあとがきですが、先生はたしかに同じ人間の話ばかり書きます。なのにいつも新鮮でおもしろい。なんでおもしろいかっていえば主人公のセリフと思考が極限まで鋭利に研ぎ澄まされているからで、一コマごとにわたしたちはさまざまな精神的ポイントを削られます。その痛みが、重さがクセになる。読者と作者の共犯的な相互自傷が最高まで達し、作品としての強度も最強になったのが本作です。現実は殴ると痛いんですよ。
 そして何より……そう、姉ですね。
 至高の姉漫画は存在するのか。
 もしそんなものがあるとすれば、シナイ山の頂上で石版に雷によって刻まれたものでしかありえない、とあなたはいうかもしれない。しかし、現実にあるのです。ここに。日本の書店に実在するのです。Amazonで売っているのです。紙で、電子で。
 もちろん、私だってみなさんと同じように長生きしたい。長生きするのは良いことです。しかし、今はもうそんなことはどうでもいい。私は姉漫画の意志を遂行したい。私は姉漫画の神から山の頂上へ登ることを許されました。そして私は目の当たりにしたのです。約束の地をこの目で見たのです。私はあなたがたと共にそこへたどり着くことはできないかもしれません。ですが、私たちは必ずそこへ行けるのだとあなたがたへ伝えたい。今宵の私は幸福です。もはや不安など何もない。もう何者も恐れない。姉漫画の栄光をこの眼で見たのですから。



アッチあい『このかけがえのない地獄』(電撃コミックスNEXT)


このかけがえのない地獄 (電撃コミックスNEXT)

このかけがえのない地獄 (電撃コミックスNEXT)


 ガーリーにあふれた短編集。
 表題作である第一話は魔法少女版自称ヒーロー/ヴィジランテものをやって見事にオリジナリティを獲得した奇跡の一作。やさしい『キックアス』とでも形容すれば少しは合っているのでしょうか。
 第二話「死んでいる君」は投身自殺した女子高生の幽霊がなぜか全く関係ない男のアパートに現れて……というハートフルロマンス。
 第三話「4番目のヒロイン」は少年漫画雑誌で連載されているラブコメマンガの世界に別ジャンルのマンガのキャラが紛れ込んでしまい、そいつがモノ扱いされているラブコメのヒロインたちをめざめさせていくフェミニズム短編……と思ったらラストにすごいオチを持ってくる。
 第四話「黙れニート」は全反労働主義者必読の、おそらく地上唯一であろうニート万歳マンガ。
 第五話「僕は彼女の彼女」、ピュアな男子高校生が憧れの女子に告白したら、彼女の密かに焦がれている別の女子に似せた異性装をすることに条件にオーケーしてくれる男の娘もの……が百合になっていく。

 外から押し付けられる窮屈なイメージや価値観を拒み、オリジナルな幸せを発見する。一口にまとめれば、そんな短編集です。イチオシは第三話でしょうか。
 「4番目のヒロイン」の世界ではキャラたちが「自分たちは漫画雑誌で連載されているハーレムラブコメの登場人物」と認識しています。ハーレムラブコメ世界では定期的にラッキースケベなシーンをこなしていかないと存在が薄れていき、モブに降格する、という設定。
 そこへ本来は戦争漫画に出演するはずだった女の子が四番目のヒロインとして紛れ込んできてしまいます。この新ヒロインは初っ端からメインヒロインの座争奪戦から降り、ヒロイン候補の一人に「恋人でもない男におっぱい揉ませて悔しくないの?」と挑発します。
 みんなハーレムラブコメの世界で頑張っているのだから馬鹿にするな、と一度は戦争漫画女に対して反発するヒロイン候補。しかし、翌日「主人公」に会ってみるとなんだか気持ち悪く感じられ、ラッキースケベを拒絶するというラブコメ漫画にあるまじき行為に走ってまうのですが……。
 ともすれば教条的になりすぎてしまいそうなアンチラブコメ話を、既存の枠組みを一度転覆した上でもう一度「ラブコメ」に作り直すという超荒業。荒業なわりと最終的なバランスはきっちりとれている。全体的に膂力がストロングと言うか、いい意味での力業が印象的な作家さんです。

 

崇山祟『恐怖の口が目女』(リードカフェコミックス)


恐怖の口が目女 (LEED Café comics)

恐怖の口が目女 (LEED Café comics)


 ホラー(コメディ?)長編。
 あきらかにギャグ寄りの作風で、あー、こういうノリね……と読んでいたら、あれよあれよという間にとんでもない方向へ……ほんとうにとんでもない方向へ……。
 みてくれに反してかなりウェルメイドで読みやすい。ページ単位で同じ構図を効果的に繰り返す手法を用いるところなんか見ると、アート志向でもあるのでしょうか。ホラーとギャグとサイケとロマンとインディーマインドが高レベルでまとまった良作です。意外に他人にも勧めやすい。


panpanya『二匹目の金魚』(楽園コミックス)


二匹目の金魚

二匹目の金魚


 マジックかリアリズムかのスペクトラムでいうなら、panpanya先生の初期作はマジックの風景にリアリズムが散在しているかんじだったと思うんですが、近作はリアリズムに穴をうがってマジックをのぞき見ている感覚があります。
 本短編集ではそこからさらに発展して、いや、改めて怪しい非日常的な世界を創り上げなくたって、今われわれのいるこの日常にいくらでもファンタジーの種はあるんだ、と訴えてきます。
 日常に潜んで黄金色に輝く死角を狩る作家を、わたしたちはエッセイストと呼び習わします。本作で言うなら「今年を振り返って」や「知恵」、「小物入れの世界」といったところがどこに出してもするりと通る、いい意味でエッセイっぽい作品です。
 それでいて、わたしたちが夢見たころの panpanya 先生がそのままの姿でそこにいる安心もうしなわれてはいません。なぜでしょうね。おそらく、先生が日常の死角を収穫するだけではなくて、日常と日常のすきまにある暗黒空間を非日常的な想像力で埋めて現実として均していく、そんな営みをおこなっているからではないでしょうか。
 以上は二月に書いた文章をまんまコピペしたものです。


前田千明『OLD WEST] (アクションコミックス)


Old West (アクションコミックス)

Old West (アクションコミックス)


 やはり漫画家はガンアクションに歓びを見出す人種であるのでしょうか。『PEACE MAKER』(皆川亮二のほう)を始め「西部劇」をモチーフにしたマンガは現在にいたるまで途切れることなくほそぼそと作られつづけていて、それこそピスメのような「西部劇っぽいファンタジー」を含めればちょっとした市場です。*1
 ところが本短編集はリアルな昔のアメリカを舞台に置きながらも、あまり派手なガンアクションはやりません。それでいてたまらなく「西部劇」なんですね。
 たとえば、表題作「OLD WEST」では西部開拓時代の終わった1900年という年代設定。年老いて引退した元カウボーイの老人が隣人である農家の少年と交流を深めます。老人は若い頃から「夢や希望」を求めて西部や南部を渡り歩いた過去を少年に語る。成績優秀で進学を希望しているけれども家庭の事情でそれが困難な少年は、ロマン溢れる老人の昔話、そして「生きているうちに飼馬に乗って西海岸の海を見たい」という夢に自分の(叶わないであろう)夢を重ね、目を輝かせます。この老人は本物の「西部人」で、終わってしまった夢の時代をまだ体現しているんだ、と。
 ところがそれから間もなく老人の飼馬が死んでしまう。馬を失った老人はそれを潮に東部に住む娘の家に引っ越す準備を始めます。その姿を見た少年は「西海岸まで行きたいというのはウソだったのか?」と老人を問い詰め、農家の息子である自分はいくら勉強しても将来的にはすべて無駄で、自分はかつての老人のようにどこかへ行くことはできない、と吐露します。
 物語はそこからもう一段階飛躍していくわけですが、そこまではバラさないとして、かくのごとく前田千明先生は「夢」や「幻想」の終焉を、ときにはポジティブに、ときにはダークに描きます。そして、そこには常に「終わってしまった輝かしい可能性の時代」に対する(基本的には若い)登場人物たちのノスタルジーや憧れがついてまわるのです。
 その間に合わなかった過去への強烈なノスタルジーこそ、西部劇映画そのものでもあります。そもそも西部劇映画は始まった時点*2で「古き良き西部開拓時代」はとっくに記憶の彼方であって、だからこそファンタジーを投映できる場たりえたのでした。
 まさしく遅れてきてしまった人々による物語を描くことで、前田千明先生は「ガンアクションのほとんどない西部劇」を濃密に達成したのです。
 
 

板垣巴留BEAST COMPLEX』(少年チャンピオン・コミックス)



『BEASTERS』の板垣先生の初短編集。獣人ものです。主に草食獣と肉食獣の友情だったり恋愛だったりの関係を描きます。板垣先生が巧いのは「食う者と食われる者」というともすれば陳腐に響きかねない抽象的な構図から思わぬリアリティを突きつけてくるところで、たとえば第三話の「ラクダとオオカミ」における指の使い方なんかはこの上なくシャレています。
 動物モチーフの取扱についてはそれこそ『ズートピア』から顕在化してきているように思われますが、収録作のほとんどが『ズートピア』以前に描かれた本短編集ではわりとギリギリのバランスで、それでも渡りきってるのがセンスだなあ、と思うのです。


須藤佑実『みやこ美人夜話』(フィールコミックス)



 京美人がテーマのすこしふしぎな連作短編集。森見登美彦で育ったわたしたちの京都幻想をまた別の角度から満たしてくれる。出色は大学教授の娘が父親の教え子の「京女」と出会う第四夜。溝口健二の『お遊さま』をモチーフにとりつつ、ファンタジーの投影先としての京都を批評的に描ききっています。
 幻想はしょせん幻想なので最強ではないけれど、しかし幻想として了解したうえで現実を生きる糧ともなる、そういう話が多い気がします。つまりは恋の話でしょうか。須藤先生の品のあるタッチが作品全体の説得力に貢献しています。


谷口菜津子『彼女は宇宙一』(ビームコミックス)


彼女は宇宙一 (ビームコミックス)

彼女は宇宙一 (ビームコミックス)


 今年のサブカル漫画枠な短編集。ポップな絵柄で主として恋でドライヴして暴走まで行ってしまう人びとをSFチックに描きます。しかし個人的なお気に入りは恋バナでもSFでもない最終話の「ランチの憂鬱」でしょうか。クラスの人気者の取り巻きだった女の子が人気者の機嫌を損ねてイジメ地獄へ突入、という点では『君に愛されて痛かった』みたいな導入ですね。フツーのイジメ和解の話では「いじめてる側にもかわいそうな事情はあって〜」的なところから入るんでしょうけれど、「ランチの憂鬱」ではむしろ「いじめられている側のかわいそうな事情があって〜」からのシンパシーモードに入るのがちょっと変わっています。陰鬱な環境を持ち前のポップさの魔法でぜんぶチャラにしてしまうところがええですよね。
 ところで最近女の子のエモが高まって巨大ヒーローになったり怪獣になったりする漫画多くないですか。


三島芳治『ヴァレンタイン会議 三島芳治選集』(つゆくさ)



 『レストー夫人』でその名をとどろかせた鬼才、三島芳治がコミティアで出していた同人誌を電子化した短編集。
 三島先生の最大の魅力は言語やコミュニケーションに対するセンシティブさといいますか、フラジャイルさにあるのかもしれません。
「いとこリローデッド」では成長して疎遠になった従姉妹に対して男の子が学校で集めたことばをワードサラダのようにして投げるも従姉妹は振り向いてくれない、ではどうしたら振り向いてもらえるか、という話。人間は大人になると自分のだけのことばの世界に引きこもってしまい、他人のことばが聞こえない、あるいは他人に自分のことばを届けられない状況に陥りがちです。そうした齟齬を乗り越えてコミュニケーションが通じる瞬間をわたしたちは奇跡と呼び、魔法と呼びます。三島先生は文字通りに劇中で魔法をよく用いますね。なぜならコミュニケーションは魔法でしか実現しないと知っているから。

 ちなみに Kindle の Unlimited に入ってます。小原愼司先生の同人誌といっしょに iPad にでもつっこんで読みまくりましょう。


エッセイまんが部門

窓ハルカ『かすみ草とツマ』(ヤングジャンプコミックス)

かすみ草とツマ (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

かすみ草とツマ (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

・ひどい。


ペス山ポピー『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』(バンチコミックス)


実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)

実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)


・個別の変態性をどう普遍に寄せられるかという挑戦でもあり、成功しています。


みやざき明日香『強迫性障害です!』


強迫性障害です!

強迫性障害です!

・わかりみ。

*1:特に90年代は多かった気がする

*2:1903年の『大列車強盗