蹴りたくはない背中
真正面から抱き合う。なんと残酷な態勢なんだろうとおもいます。なぜなら、抱き合っている瞬間、ふたりの視線はすれ違わざるをえない。ハグは最高の愛情表現であると同時に、互いを最も遠くから見る(あるいは最も近いふたりが見えなくなる)行為なのです。
そういうエモいことばからはじめていきましょう。拾っていきましょう。
長いですが、特に総論的な結論とかはありません。ただ冗長なだけ。
今回、拾うのは主に「背中」です。あるいは背中を見る視線。そして、背後から追いかける動き。向き合う二者の手前側人物の肩ごしになめるショットは数えません。*1
みぞれは序盤からのぞみの背中を追うものとして描かれます。
冒頭、校門で先に待っていたはずのみぞれが、学校前の階段を登るときにはいつのまにか順番がいれかわって希美の後ろについています。
階段を登る途中*2でみぞれの視点へと切り替わり、希美の首筋を映します。ここで、だしぬけに希美がしゃがみこんで青い羽根を拾うわけですが、後にも示される「上から下への運動をする希美」がここに現れています。
ともあれ、希美が青い羽根を拾うシーンは大事です。
希美は手を上へ伸ばし、拾った羽根を空に透かして眺めやる。みぞれのカメラアイは希美の背中から青い羽根へと垂直にパンする。大空をバックに羽根がゆらめくさまは、「青空を映した湖のよう」というリズが青い鳥の青さを評したことば*3を想起させます。
ここでは、ちょっとしたミスリードがしかけられています。「青い羽根をもつ希美=青い鳥を空へと見送るみぞれ=リズ」の図式が、このシーンに込められているように見えるのです。
が、話はそう単純でもなくて、羽根を掲げている希美は実は「空の羽根を見上げる側の人間」ともいえます。*4
(作中作の)リズ鳥とのぞみぞの対応関係にかんしては諸説あります。物語的には、希美=リズ、みぞれ=青い鳥のシンプルな図式で通りそうなものです。たしかにある程度までは、そう解釈したほうが明瞭におもわれます。
たとえば希美は拾った青い羽根をすぐにみぞれへと渡す。*5これによりみぞれは「青」を手に入れるのですが、では希美はリズに対応する色の何を持っているというのか。腕時計です。劇中で幾度となくクローズアップされるピンク色の腕時計がリズのピンクのスカートに対応しています。*6*7
それに視線も基本的にみぞれがうつむきがちなのに対し、希美は見上げがち。そして、(後に説明しますが)「上から下へ」のカメラパンが希美に、「下から上へ」のカメラパンがみぞれに紐付けられていることを考えると、リズ=希美、青い鳥=みぞれでよさそうなものですが……。
では瞳の色は? 希美は青い瞳、みぞれはピンクの瞳を有しています。これにはまだリズ希美&鳥みぞれ説を押し通せるだけの余地はあって、たとえば瞳は他者を映す鏡のような器官ですと言い張ることができる。みぞれの瞳のピンク色は希美を反射した色であり、逆もまたしかりなのです、と。
それでも構図を拾い集めていくと、いちがいにリズ希美&鳥みぞれ説だけが正しいとも思えなくなってきます。主人公ふたりの主観的にはリズ=みぞれ、鳥=希美だったのが途中で反転する、というプロットなのでこんがらがるのもいたしかたないですが、順序の問題に帰するのも違う気がします。これは何も山尚という太陽を凝視しすぎて目が潰れたせいばかりでなくて、インタビューでもこういうことが言われていて、
希美とみぞれの関係は、映画ではある終わり方をしますが、ただその関係性がずっとそのままなわけじゃない。いろいろと逆転する部分もあるけれど、まだまだこれからどっちがどっちにもなりうる、とも思ったんです。同じ場所にいてどちらかが前に行くこともあるけど、それでも横並びに歩いていけるような関係に描こうと気をつけていました。
どっちがどっちにもなりうる。とりあえずは、この言葉を胸にとめて、あるいは忘れて、やっていきましょう。背中を見ていきましょう。
ゆでたまご先生、音楽室にあらわる。
校舎内でみぞれは希美の軌跡を徹底的になぞります。希美が下駄箱のかどに手をふれながら廊下に出たら、みぞれも下駄箱にツツと触れますし、希美が水飲み場で水を飲んだらみぞれも従います。みぞれが希美の背中を追う存在であることが徹底されます。
そして、校舎内の階段を希美が二段飛ばしであがっていき、踊り場からの折り返しの階段から下にいるみぞれを見降ろす。このとき、目が合う。この「上から下」を見降ろす希美と、「下から上」へと見上げるみぞれの図も、やはりリズ鳥の対応関係について観客を惑わすカットです。
希美が先に階段を上がりきり、まだ登っている途中のみぞれからは希美の足元、黒いソックスだけが覗きます。みぞれは階段を上がった先の廊下でもう一回、後ろからソックスを眺めやる。そこから昔の希美との登校風景を回想する。
うつむきがちなみぞれはまず黒いソックスで希美を認識します。
音楽室の前まで来たみぞれは鍵を差しこみ、一瞬、回すのをためらいます。なぜか。このとき、みぞれと希美は横並びになっているからです。その貴重さを彼女は知っている。ですが、解錠します。すると、そそくさと希美はポニーテールをゆらしながら教室へと入っていく。その背中の無情さ。*8
音楽室で「リズ鳥」の話になり、希美は原作を知らないみぞれのために図書室から借りた絵本版を譜面台に広げて、みぞれと肩を寄せ合って読もうとします。この本を広げようとするところで、正面を向いたふたりの顔のアップが一画面内におさまりますが、奥行きは微妙にズレていて、みぞれが奥、希美が手前になります。顔をあからめたみぞれの視界に入っているのは、おそらく希美の後頭部。この何気ない構図はラストカットで反復され、さらにもうワンアクションが加わることで劇的な効果を生みます。
そうして、「リズと青い鳥」の第三楽章を吹いてタイトルが出る。それぞれフルートとオーボエを鳴らすふたりの背中が、他に誰もいない音楽室の後方から捉えられます。
この場合の横並び、希美とふたりっきりでの練習風景はまあ、みぞれにとっては「うれしい」とつい漏れてしまうぐらいにはこれ以上望むべくもないものです。しかし同時にこの後の練習風景*9での、下級生に車座に囲まれて談笑する希美の姿をうらめしそうにみやるみぞれ、という図とセットでもあります。ふたりならいっしょにいられるが「その他大勢」がいると希美はそちらに取られてしまう。冒頭シーンでの最初のリズ鳥パートにおいて、リズと愉快な動物たちを遠巻きに眺める青い鳥の姿にも重なります。*10
とはいえ、リズ鳥パートと異なるのは弾かれたみぞれにも視線を送る存在がいることで、しかし、彼女の初登場は「後姿」で刻まれることになる。
剣崎梨々花。通称、ゆでたまご先生です。
ぼんやりと希美に視線を送るみぞれの横顔の向こうでパート仲間と向き合っているゆでたまご先生の後ろ姿をおぼえておいて損はありません。これもやはり、後にもう一度、プラスワンアクションつきで反復されるからです。プールの記念写真をみぞれに見せる直前に、ゆでたまご先生はオーボエをくわえる後ろ姿を見せてからカメラに向かって振り返るのです。話の流れからはほとんど独立したカットですが、みぞれとゆでたまご先生のコミュニケーションの深まりを示唆する重要なカットです。
背中を見られる側としてのみぞれ
希美以外との関係性において、みぞれは背中を見られることに鈍感です。ゆでたまご先生からのアフターの誘いを断ったあと、下校時の廊下でふたたびみぞれはゆでたまご先生かちあい、そっけなく去っていきます。その背中を見送るゆでたまご先生は「つれないです〜」としょんぼりするわけですが、そのせつなさをみぞれは感受しません。直前にみぞれが希美を誘おうとして、「パートの子たちとファミレス行くから」と断られたせいでそれどころではないのですね。希美とみぞれがパートの後輩たちと関係においても正反対の状況にあることが、シニカルなユーモアとしてもキャラクターの対比としても効いています。
さてもとりあえず、われらがゆでたまご先生はあきらめません。みぞれに去られた直後に後輩たちと楽しく下校中の希美を補足し、呼び止めます。みぞれが呼び止められない背中であるのに対し、希美のほうは呼ぶと止まってくれる。これもまた対比ですね。
この後のやりとりでゆでたまご先生はゆでたまごを希美に渡すのですが、本稿の主題とはあまり関係ないので深く立ち入りません。
みぞれの背中を見られることに対する鈍感さがもっとも色濃いのは、この後に来る「大好きゲーム目撃〜バスケ授業」のあたり。
いつものように階段から希美をフォローしていたみぞれ*11は、通りすがった教室で、友人同士抱き合いながら「○○ちゃんの△△なところが好き」と互いの長所を羅列するゲームに興じている後輩たちを目撃します。
「中学のころよくやったよね」と懐かしそうに言う希美に、みぞれは「私は見てただけだから……」と浮かない顔。すると希美は振り返って「ないの? じゃあ」と手を広げます。
みぞれが抱きつきかけた瞬間に希美は外してジョークにしてしまい、優子といっしょに去っていきます。やはり、ここでもみぞれは希美の後ろ姿を見送るしかない。*12
ここで、みぞれを背後から呼ぶ声がします。夏紀です。夏紀と優子とみぞれと希美は中学からの同級生なわけですが、まあ、にもかかわらず、夏紀の存在にみぞれは気づかない。右腕をむりやりもちあげて伸ばす、なんていう結構な接触までしないと気づかない。ちなみにこの姿勢は冒頭の「青い羽を掲げて空に透かす希美」の図と重なるように見えますが、うがちすぎでしょうか。一見、希美が飛びだっていく鳥のようだけれど、しかしそれを見送るみぞれの手には羽根は握られていない……。
それはさておき、夏紀は二期の優子同様、みぞれにとって相対的にわりとどうでもいいポジションにいる人物ですが、『リズと青い鳥』的には結構な重要人物です。
なぜなら彼女はみぞれに新しい運動を教える。横移動です。本作は人物を正面から捉えた図からその人物を横へ移動させる、なんていうのはあんまりない。*13みぞれが夏紀の呼びかけにやっと気づいたあと、夏紀は彼女を横、すなわち教室へと引き込もうとします。そこで一瞬、教室の引き戸の溝が映されるのも注目すべきポイントです。
このカットでは、あきらかに「境界」が意識されている。ラストで希美とみぞれが学校の外へ出る際に似たような構図で校門の境目のカットが挿入されることを踏まえれば、夏紀にもみぞれを新たな方向へ導く可能性があった、というふうにも読めます。
しかし実際にはそうはなりませんでした。みぞれが教室に足を踏み入れかけた瞬間、先生に呼びとめられ、白紙で出した進路票の件で叱られます。今度は希望欄を埋めて出すように、と。結局、みぞれはこの後のバスケの時間も夏紀と同じコートに入ってプレイすることはありません。コートに復帰する夏紀の背中を見送るだけです。
夏紀が発見した横移動ですが、実はもう一人横移動を駆使する人物がいます。そう、ゆでたまご先生です。ゆでたまご先生が教室から聞こえる吹奏楽部員たちのプール行きについての話し声を盗み聞きするところですね。
希美がとにかくまっすぐに前へ歩くキャラであるのに対して、みぞれをとりまく別の人間たちは多彩な軌道を見せているのです。
ひとりぼっちの後ろ姿。
みぞれが背後に対して敏感になることもあって、それはもちろん希美が彼女の背後を通過するときです。希美は劇中でつごう二度ほどみぞれを置いてパートの後輩たちと合流するシーンがありますが、どちらにおいても希美はみぞれの背後を撫でて巻くようにして過ぎていきます。
このとき何が生じるか。ひとりぼっちで取り残されたみぞれの(引き気味のショットで映された)後ろ姿です。
一度目の時は例のタイトルの直後だけに、タイトルのときと似たような画面でたった一人だけ残されているみぞれの孤独が際立ちます。
その直後、みぞれは希美から借りた「リズと青い鳥」の絵本を抱えて教室でひとり窓の外をねめながら「本番なんて一生来なくていい」とうらめしくつぶやきます。ここでも、暗い教室に立つみぞれの後ろ姿が強調されます。この孤独な後ろ姿は、間もなく展開されるリズ鳥パートでの「パン屋で幸せそうな家族連れを見つめるリズの後ろ姿」と呼応しますね。
みぞれが暗い一室で一人背中を見せるシーンはもうひとつあります。生物室のシーン。フグをながめているうちにうたたねしてしまい、飛び跳ねるように駆ける希美の後ろ姿を夢うつつに見たあと、向かい側の音楽室にいる希美に気づいて交信します。フルートに反射する光を利用した無言のコミュニケーションにしばし至福をあじわうみぞれ。が、ちょっと目をはなしたすきに希美は音楽室から消えてしまいます*14。そのとき、みぞれの後ろ姿が強調されます。
こうして拾っていくとみぞれの一人後ろ姿は「青い鳥を失ったリズ」を連想する光景ばかり目立ちます。*15が、次に出てくる「暗がりでの孤独な後ろ姿」は誰のものか。
希美です。
「リズと青い鳥」の真の物語読解に至ったのち、リズの「神様、どうしてわたしに籠の開け方を教えたのですか」という声にオーバーラップして、丘の上のベンチ*16から夕暮れの街を見降ろす希美の後ろ姿が映ります。*17
いまや、みぞれの焦燥は希美のものへと転化してしまっている。みぞれのリズ鳥読解によれば、青い鳥を空に還すか否かはリズマタ―であり、青い鳥は彼女の決定を汲むしかありません。鳥は勝手に飛びだつのではなく、リズが飛び出たせるのであって、それは選択ではなくてほとんど運命に近い。この運命に希美は愕然とします。
この後に、もう一度だけ孤独な後ろ姿が映ります。希美への告白のあと、ひとり生物室に残されたみぞれの姿です。互いに互いを手放した寂寥が彼女を包みます。
鳥の背中は誰の背中か
一回目の生物室に戻りましょう。生物室から出てきたみぞれは音楽室から出てきた希美と、橋のように校舎間をつなぐ渡り廊下*18で再会します。
例のようにみぞれは黒いソックスから希美を視認し、このとき両者は真正面で向き合っています。が、右手のみぞれの方角へともに移動することになり、希美がみぞれの背後につく形になります。
そして、校舎の廊下に入るとほとんど横並びになりかけますが、ここで希美がみぞれの抱えている音大のパンフレットに気づきます。パンフを奪い取った希美はみぞれに背を向けて先行する形となり、いつのまにかいつものポジションに回帰してしまいます。
パンフを見ながら、この音大、わたしも受けようかな、などと希美はつぶやきます。すると、みぞれも目をかがやかせ身を乗り出し、「私も」と言い出す。そのセリフに反応して希美が振り返ります。「のぞみが受けるなら私も」
生物室&音楽室間での光によるコミュニケーションで生まれかけた関係性が、パンフひとつで崩壊し、どころか、別方向に新しい関係性――みぞれを見つめる希美の視線を生んでしまいます。
それまで希美視点のカメラもないわけではありませんでしたが、音楽室で希美、みぞれ、優子、夏紀の四人が集まった場面において希美がみぞれに一方的に投げかける視線はあきらかにこれまでのトーンからすると異質さを帯びています。ある引き気味のカットで他の三人の顔は見えているのに、希美だけは背中しか映っていない、という図が出てくるのも不穏さをあおります。
表面上の態度や歩くときの位置関係こそ変わらないものの、あきらかに何かが変化がしている。そうにおわせるのが、みぞれが図書室に「リズと青い鳥」の児童文学版を返却しにいった帰りの廊下のシーン。
そもそも図書返却時に、みぞれの背中に触れてすらこなかった希美が背後からずいっと現れるのも異常でしたが、廊下での会話も一見なごやかに見えながらもなかなかどうしてキテいます。
まず会話の噛み合わなさ。本を又貸しするのしないの流れで、みぞれは珍しくユーモアを発揮して先ほど見た陰険な図書委員のモノマネをやりだします。希美もいちおう愛想よく笑いますが、どうもネタそのものは理解していないよう。
互いに意味のやりとりが十全に機能していなくても外見上はなんとなくコミュニケーションが成立してしまっている、という状況はラストの「ハッピーアイスクリーム」にもつながる話で、それをホラーと捉えるか、幸福と捉えるかは見る側の心情によります。*19
奇妙に思ってしまえば、歩くときに希美が妙にみぞれのほうも振り返るのもなんだか奇妙で、そういえば歩きながら会話することってこれまでなかったなあ、とおもいます。
その変化がいいのか悪いのかは、ともかくとして。
音楽室に特訓用の毛布を敷くシーン。床にかかんで毛布をしきつめるみぞれの背後から椅子をもった希美が話しかけるという、これまでのふたりの上下の位置関係を保ちつつも、「みぞれの背後から希美が」という図書室での場面同様にこれまでなかったアクション。
ですが、ここで見る後ろ姿は、窓を開けたときの希美の後ろ姿。吹いてくる風に髪や衣服がそよぐ姿は、リズ鳥パートで洗濯物を抱きしめながら風を感じる青い鳥の姿と重なりますが、決定的に異なる部分がある。
カメラワークです。青い鳥のときは風に舞う白いハンカチを追うように下から上へと(ティルトか「し」の字か忘れましたが)カメラが走る。かたや窓を開けた希美を映すカメラは上から下へと叩き落されるようにパンされます。
青い羽を拾ったとき、そして「本気の音」の演奏で青い鳥のイメージが飛びたつシーンのカメラワークによる上昇イメージに、希美のそれは明確に反してします。つまり、希美が青い鳥ではないことが決定的になってしまう。
ここからプロットは「リズと青い鳥」の物語解釈の解決編となだれこみます。
鳥を見送る涙目の
廊下。希美はみぞれに音大のパンフを渡した新山を背後から呼びとめます。繰り返しますが、希美は背中を見る側ではなく見せる側だったはずです。それが、新山に対しては背後に回り、あまつさえ「音大志望を伝えても芳しい反応を得られない」という敗北を味わったままその背中を見送ることになります。
さらにその次の練習シーンでは、希美の眼を通したカメラが、横並びで仲睦まじそうに(見える)みぞれと新山を捉えます。優子や夏紀と四人で音楽室に集ったシーンと同じく、一方的にみぞれへ視線を注ぐ希美のカットです。ただその圧力は前回よりも強い。
希美の視線を感知したみぞれは、手をふります。が、希美はぶっきらぼうに眼をそらします。
帰りの廊下でみぞれは希美を背後から呼びとめます。みぞれが希美を背後から呼びとめる。その事態の重大さにきづいてほしい。はりつめた緊張が最高潮に達します。
みぞれは以前未遂に終わった「大好きゲーム」を要求します。しかし希美は「今度ね」と拒み、去っていきます。立ち尽くすみぞれの背中が画面の手前に、歩み去る希美の背中が同一線上の画面の奥に来る構図。反復の二回目。三度目は成就するものですが。
そうして黄前と高坂の「リズ鳥」練習が終わり、みぞれは新山の前で、希美は夏紀と優子の前で自分たちの関係の真実を解き明かします。
このとき、青い鳥を送り出そうとするリズのシーンも挿入され、青い鳥を送り出そうとするリズの背中、リズの家から去る青い鳥の背中と展開されていき、青い鳥の背中が飛び立った瞬間、見上げるような顔の希美のアップを正面から捉えたカットが来ます。鳥を見送る動作がその顔に滲みます。
ここにおいてリズ鳥とのぞみぞの対応関係は、すくなくともプロット上においては、確定し、「本気の音」のシークエンスにつながるのです。
「本気の音」の場面は、カメラがときどき滲むことからもわかるように、三人称視点に希美の視点が混ざったように回っていきます。はばたく鳥の後ろ姿を見送る場面です。希美視点であるのは当然でしょう。
去る背中
音楽室から消えた希美を追って、みぞれは生物室にたどり着きます。呆けたように虚空をみあげる希美の表情が印象的です。
なんやかんやで互いに感情を吐き出したあと、みぞれは希美に抱きつきます。これまでかわされてきた「大好きゲーム」三度目の正直です。
背伸びしてハグするみぞれの背中は、生物室にひとりぼっちで佇んでいた彼女自身のそれ(音楽室の希美と交信するくだり)と呼応します。
ですが、思いを吐き出すみぞれと希美の視線は、抱き合っているがゆえに交わらない。みぞれの思いの大きさに希美自身という存在はつりあわない。すくなくとも、希美自身はそう思っている。
希美はようやく「みぞれのオーボエが好き」というTV版二期でも吐いたセリフをつぶやいて、ハグをほどき、笑いだし、みぞれの眼を直視します。背中を見せるのでもなく、振り返るのでもなく、しっかりと真正面から見据えて。言うのです。「ありがとう」
みぞれを生物室に残して、廊下を歩く希美は直前に「おぼえてない」と主張していた「中学のころにみぞれを吹奏楽部に誘ったときの会話」を思い出します。*20この会話のディティールが前半でみぞれが思い出している内容と微妙に異なるのがほんとうによいのですが、それはともかく、希美は何かがふっきれたような清々しい後ろ姿を観客に残し、去っていきます。
直視する関係
あとは語るべきこともさしてないでしょう。
図書館でみぞれの背後から登場する希美、という反復が行われたのち、それぞれの分かたれた進路を見据えて別々の場所で受験準備を行うふたりの姿がモンタージュで繰り広げられます。モンタージュ中でふたりの肢、頭、全身が背後から捉えられますが、ピックアップすべきは頭、というより髪の毛でしょう。廊下を足早に歩くみぞれの後頭部でゆれる長髪は、冒頭部で揺れていた希美のポニーテールのゆれとにほぼ対応しています。アクションを等質にすることで、異なる道を選んだふたりが同等に尊いことが示されます。
みぞれが校門を出ると希美が最初から正面を向いて手をふってくれている。ふたりは背後から追ったり追われたりするのではなく、対等に向き合える存在になったのです。
そうして、なんなく「カゴの中」(by 山尚)から校門というの名の「境界」を飛び越えて、外の世界で横並びに歩き出します。このときのふたりの後ろ姿は冒頭でタイトルが出たときの演奏するふたりの後ろ姿にもオーバーラップします。楽器や吹奏楽部というツールがなくとも、学校の内部でなくとも、ちゃんと共に歩くことができる。そういう関係になったわけです。おそらくは。
横並びの歩行はやがてくずれ、いつもどおり希美が先行する形になるのですが、今度は階段を登るのではなく降る。振り返って、みぞれを見上げて、「ちゃんとみぞれのこと支えるから」と決意表明をする。構図的には冒頭の階段でみぞれを見降ろすシーンと逆転しています。
みぞれも「オーボエを続ける」と返す。鳥が性分として飛ぶことを宿命づけられているように、みぞれも宿命としてオーボエをふきつづけるしかない。希美とのささやかな別離がその運命を強化している。悲壮ですが、本人は悲劇とは受け取っていないでしょう。
階段を降りきって、ふたりは路上を画面右から左へと移動します。「ハッピーアイスクリーム」のあと、カメラは切り替わってふたりを正面から映すショットになります。先述したように、左の希美が手前に、右のみぞれが若干奥に来るのは冒頭の音楽室での場面と同じです。
しかし、ここにワンアクションが加わります。先行した希美が勢い良く、振り返るのです。
背中を克服した映画が背中で終わる。それもまたそれ。
次は何を拾おうか。
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*1:この構図はこの構図で集めてショット分析に回すとおもしろいと思いますが
*2:カメラは二人と向き合った位置から撮っている
*3:映画における最初のシークエンス
*4:さらに終盤から逆算的に導くならば、「青い鳥(=みぞれ)を見上げる希美を見上げるみぞれ」というループ的な構図ができあがるわけで、まあそこまで行くと大した意味があるようにもおもわれないので、考えすぎでしょう。
*5:劇中でルビンの壺のように希美とみぞれが一画面内で横対横で向き合っているカットがない、と言うひとがいますが、このとき完全にそういう構図になっています。身長差があるために若干目線がずれているようにも見えますが、それも「どういたしまして?」で希美がかがむときに解消されます
*6:ユーフォニアム二期でも希美はピンクの腕時計をしていますね。キャラデザの変更に伴って若干モデルチェンジして、よりゴツく目立つようになっています。
*7:ちなみに『響け!ユーフォニアム』本編と映画で対応している箇所は色々あって、まあたぶんディープなオタクブログとかが拾うでしょうのでうちではやりませんが、たとえば、一期で高坂と黄前がのぞみぞと同じように黒白ソックスで対比されていたり……二期の序盤はもろに映画本編に直結する部分が多くて、「音楽が大好きなんだ」とか「みぞれのオーボエが好き」とか檻を象徴する鉄格子だとか生物室だとか渡り廊下だとか
*8:というか、冒頭の登校シーンにおける希美ウキウキ具合と感情のなさ加減はサイコパスっぽくていいですね
*9:正確には二番目のリズ鳥パートを挟んでの
*10:さらにいえば、「本気の音」を出したときに後輩たちに囲まれるみぞれの後ろ姿が映るわけですが
*11:登校時の下駄箱の時点では一人だったので、いつのまにか希美を発見して自動で追尾していたことになります
*12:このくだりでかなり複雑というか不可解な運動が行われていたとaruinue氏は主張していましたが、正直よく覚えてない
*13:間違っていたらすまない
*14:「忽然と姿を消すのぞみ」はクライマックスの「本気の音」演奏シーンでも再演されます
*15:ちなみに単に一人の後ろ姿というだけなら、高坂と黄前が「リズと青い鳥」を吹く場面で廊下を歩くみぞれのカットもありますね。
*16:太陽公園?
*17:このシーンは劇中でほぼ唯一、「籠の外に出る前に」学校の外へ出ているところです。もっとも、カゴの中の鳥であるみぞれは出ていないので、そこのあたりでたいした意味があるようには思えませんが
*18:テレビアニメ本編でもたびたび出ていた舞台装置ですね
*19:山尚はおそらく後者で、こういうのをもって「歯車の一瞬の噛合」と呼ぶのでしょう
*20:これもTV版でちょみっと出てきていましたね