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『ジョン・ウィック:チャプター2』について:ギリシャ神話・背中・亡霊・犬

ジョン・ウィック:チャプター2』("John Wick: Chapter 2"、チャド・スタエルスキ監督)


『ジョン・ウィック:チャプター2』予告編 #John Wick: Chapter 2



(以下は『ジョン・ウィック2』を既に観た人向けの完全にネタバレなやつです。
 まだ観てない人は、7月21日現在そろそろマジで上映が終わりそうなので、
 映画館で今すぐ『ジョン・ウィック2』を観ましょう)



強いオルフェ

 監督のチャド・スタエルスキは大学生の時分、ギリシャ神話にハマっていたそうで、パンフレットでは前作『ジョン・ウィック』を「冥界を旅する」物語だと明言しています。*1
 妻を亡くした男が冥界をさまようギリシャ神話のエピソードといえば、オルフェウスです。冥界へと下ったオルフェウスは、幽世の王ハデスと交渉して亡き妻をいったんは取り戻します。しかし、そのときにハデスと交わした「冥界から地上へ戻るまでの途上で決して(後ろを歩く)妻の方をふりかえってはならない」という約束をやぶってしまったがために、契約は破棄され、二度と妻に会うことはかなわなくなりました。
 

 この「振り返ってしまう男である」、という点においてオルフェウスと〈ジョン・ウィック〉シリーズの主人公ジョン・ウィックキアヌ・リーヴス)は共通しています。*2特に今回取り扱う『ジョン・ウィック2』では「背後」にまつわるアクションがそのままストーリー・テリングの重要な一要素をなしているといってもいい。


 まずストーリーから見ていきましょう。
ジョン・ウィック2』の前半部はどういう話か。過去から逃げようとするジョンと、その後ろ髪をつかんでひきずり戻そうとする過去の話です。


過去と言う名の運命に捕まる(by クリント・イーストウッド

 本作の冒頭部は前作の直後からはじまります。前作で妻の遺した犬を殺し、大事な車を盗んだロシアン・マフィアどもを皆殺しにしたジョン・ウィックは、車を取り戻すためにぶちころしたロシアン・マフィアのドンの弟が率いる別のマフィア組織へカチコミをしかけます。
 そこでなんやかんやあって車を取り戻すわけですが、取り戻したといっても車体はボロボロ。犬と車(が象徴する亡き妻)*3のために始めた復讐戦だったのに、終わってみれば犬は入れ替わり、車は廃車同然です。
 いったん戦いはじめたら引き返せないし、いったん失ってしまったものは前とおなじ状態では戻ってこないのだ、つまり妻とともにあった平穏な日常は二度と帰ってこない。そんなことが実に即物的な形で観客に示されます。


 ジョンはうすうすその事実に気づいているはずですが、しかしあらがおうとする。日常に回帰しようとふるまう。ベッドに寝そべって、妻の写真*4を眺めながら犬と眠る。そんな平穏な日々が可能だと思いたがる。
 まず彼は、ジョン・レグイザモ演じる車の修理工を呼び、車の修理を依頼します。
 さらに前作で家の地下室に封印されていたのを掘り起こした武器やコンチネンタルのコインの類を再び埋め、入念にセメントで塞ぎます。地味ながらも暗殺者時代には絶対戻りたくない、というジョンの強い意志が伝わってくるシークエンスです。


 ところが、セメントを詰めおわって一息つくかつかないかというところでさっそく過去が追ってくる。チャイムがなります。玄関に行くと扉には男のシルエット。来客は昔の彼の雇い主、ダントニオ(リッカルド・スカマルチョ)でした。
 彼はジョン・ウィックが忘れたい「過去」そのものの具現です。引退する時に交わした血の誓約をもちだして、ジョンに仕事を強要しようとしてくる。ジョンは繰り返し拒絶します。そして言う。


「俺はもう昔の俺じゃない。(I’m not that guy anymore.)」


 ダントニオは返します。


「おまえはいつだって変わらんさ、ジョン(You are always that guy, John.)」


 誓約とダントニオが存在するかぎり、ジョンはいつまでも that guy のままです。
 ジョンはダントニオの要求をはねつけきります。ダントニオはあきらめたのでしょうか? とんでもない。ダントニオはロケットランチャーでジョンの邸宅を木っ端微塵に破壊します。ジョンが大切にしていた妻との思い出の写真もごうごうとあがる火の手に包まれ灰となっていく
 ジョンの家はいわば、妻との思い出のよすがとなる最後の場所でした。ここを奪われてしまえば、もうジョンに戻る場所はなくなってしまいます。
 そしてジョンは暗殺者としての彼と繋がる場所ーーすなわちコンチネンタルへと帰還するのです。
 

 コンチネンタルのマネージャー、ウィンストン(イアン・マクシェーン)から誓約を守るよう諭されたジョンは、しぶしぶながらダントニオの依頼を引き受けます。
 このときウィンストンが説得に用いた「誓約の重要性」はダントニオのものとさしてかわりがありません。そもそもジョンだって裏社会の人間だったのですから誓約の重要さはよくわかっていたはずです。にもかかわらず、ダントニオには彼を説得できず、ウィンストンにはできた。
 それはウィンストンが特別な人物であるからです。終盤、彼がアカウント部にジョンの追放を依頼するときの番号がアンダーグラウンド(=冥界)における彼のポジションを示している、という指摘はなかなかに興味深いところです。彼がラストの公園のシーンで階段の下のスペースに立っているのも、つまりはそういう理由なのでしょう。

 ダントニオの依頼する仕事とは、目の上のたんこぶである姉をローマで葬る仕事です。彼は「ハイテーブル」と呼ばれる裏世界での最高意思決定機関?的なよくわからないがとにかくビッグな席を夢見ていましたが、父親が後継者として姉を指名したことにより、その席が姉に渡ってしまいました。そこで彼女を殺して「ハイテーブル」に成り上がろうと画策したわけです。
 この「ハイテーブル」が「12席」あるという設定は、おそらくギリシャ神話における「オリンポス十二神」を意識しているのでしょう。*5

 
 イタリア行きの直前、ジョンはホテルのコンシェルジュ(ランス・レディック)に犬を預けます。このコンシェルジュの名前はシャロン。 charon と綴ります。これもギリシャ神話由来の名前です。カローンは冥界の川、日本で言えば三途の河の渡し守で、銅貨を一枚受け取って死者を現世からあの世へと連れて行きます。この点は重要です。
 つまり、彼にコインを渡すという行為はオルフェウスたるジョンにとって「あの世」へ戻る行為なのです。

 しかしもちろんジョンは戻りたくて冥界に戻ってきたわけではない。彼は犬を預けたのち、その足でユダヤ人の貸金庫屋(質屋?)に託してあった箱からパスポートと拳銃とコインを請け出します。そこで慟哭するのです。結局戻ってしまった、と。
 ちなみにこの箱は二重底になっていて、しかけを外すと拳銃とコインが出てくる仕組みになっています。これが自宅での武器の隠し場所だった地下室のミニチュアであることは言うまでもありません。彼は常に忌むべき過去をを自らの手で掘りださなければならない。だから、苦痛を感じ苦悶をおぼえ、心がさけびだしもするんだ。
 

 イタリアにて「恐るべき幽霊」を意味する「ブギーマン」へ回帰したジョンは、地下=冥界へと戻ります。その地下世界がカタコンベ(地下墓所)であるとはなんと念の入った演出でしょうか。「地下より地上へ現れるブギーマンとしてのジョン・ウィック」はイタリア編を含め、都合三度ほど劇中で反復されていきます。
 オルフェウスと同じく妻(とともにあった穏やかな日々)を取り戻すために彼は地下を旅し、任務を実行します。実行後にはターゲットの護衛であったカシアン(コモン)の反撃やダントニオの裏切りに遭いながらも、満身創痍でなんとかコンチネンタル・ホテルまで戻ります。
 そして部屋で携帯を取り出すと、画面が割れて使用不可能になっています。その携帯は、ただの携帯ではありません。妻との大切な思い出の映像が記録された代物です。*6
 ここでもまた徹底してジョンの美しい過去が奪われてしまうのか……などと感傷に浸る間もなく、ふたたび醜い過去からの呼び鈴が鳴ります。ホテルの黒電話のベルです。ダントニオからです。ほとんどジョークみたいな宣戦布告。
「もしもし、ジョン。きみが怒るのは理解できる。個人的にも同情する。しかし、実の姉を殺されたのに復讐もしないとなれば、私も男としてのメンツってもんがたたないわけだしさ」
 こうして彼は地獄めいた過去へと本格的にひきずりもどされるのです。


背中に向かって声、弾丸、車

 プロット的には「過去をふりはらおうとして逆に引きずり込まれる」が前半部で三度(最初のダントニオの訪問、コンチネンタルのマネージャーによる説得、イタリアでのダントニオからの電話)描かれているのがわかりました。
 
 では細部やアクション面ではどうでしょう。
 劇中、ジョン・ウィックは何かと後ろからモノを浴びせかけられます。
 浴びせかけられるモノは、友好的な人物であれば声であったり、敵対的な人物の場合は銃弾や車のボンネットであったりするわけですが、どちらにせよジョンを過去へと引っ張る忌まわしい力であることに変わりはありません。
 見ていきましょう。


呼び止められる男

 まずジョンが武器やパスポートを請けだすためにユダヤ人の貸金庫を訪れるシーン。武器を携えたジョンは店を出ようとしますが、その背中に店主が「良い狩りを、ジョン」とヘブライ語でなげかけます。ジョンは立ち止まり、しばしののち、店主の方を振り返ります。そして沈黙したまま頷き、去っていく。ジョンにとってはいかに好意的なものであれ、暗殺者としての過去からの声であることに変わりありません。


 次に背後からジョンを呼ぶ人物はコンチネンタル・ホテルのローマ支店のマネージャー、ジュリアス*7です。彼はコンチネンタル・ローマの受付に姿を表したジョンを呼び止め、久闊を叙しつつも、きゅうに英語からイタリア語に切り替えシリアスな面持ちでこう訊ねます。「教皇に会いにきたのか?(Are you here for the Pope.)」
 このセリフには色々な解釈が可能だと思いますが、個人的には、ジュリアスは本気で言葉通りの意味で訊ねたのだとおもいます。ジョン・ウィックならばどんな殺しでもやってのける。たとえ、標的が大統領であろうと教皇であろうと彼はためらわない。そう信じるからこそ彼は至極真面目に敬愛する教皇の身を案じたのです(おそらく彼自身敬虔なカトリックなのでしょう)。それは同時にジュリアスがジョンを深く観察し、力量を知悉してきたことの証左です。彼もまた暗殺者としてのジョン・ウィックの証言者なのです。
 

 そして、イタリアのコンチネンタルでみんな大好き銃ソムリエに銃器をみつくろってもらうシーン。


 ここでも立ち去り際、ジョンが背中を向けるとソムリエが「ミスター・ウィック?」と呼び止めます。ジョンが振り向くと「パーティを楽しんできてください」と言う。ずらりとライトアップされてならんだ銃器に囲まれたソムリエがこのセリフをいうところは、ちょっと異世界感があるといいますか、彼もまた奈落の住人なのでしょう。ジョンはまた無言で頷いてソムリエの武器庫を去ります。*8


 彼を背後から呼び止める四人目の人物は、敵です。イタリアにおけるジョンのターゲットの護衛をつとめる男、カシアン。


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 ターゲットを仕留めて現場から脱しようとするジョンはすれちがいざまにカシアンの姿を認め、一瞬表情をこわばらせたのち、通り過ぎようとしますが、カシアンが数歩進んだところでジョンの背後から「ジョンか?」と呼び止められます。ジョンを諦めたように、あるいは意を決して振り向き「カシアンか」と応じます。あくまで表面上は旧知の人間と再会したときの会話です。しかし、カシアンの表情からはジョンがたったいま行ったことを見抜いたような、冷たい緊張感がみなぎっています。「仕事中か?」「ああ。おまえもか?」「そうだな」「楽しんでるか?(Good night?)」「おまえには悪いが、そうだな(Afraid so.)」「そうか、残念だな」
 二人を銃を抜き、真正面から撃ち合います。本格的な銃撃戦がはじまる*9象徴的な場面です。


 以後、全アサシン界が敵にまわり、彼を呼び止めるものはいなくなります。

 
 しかし、ダントニオに復讐を果たし、残骸となった家に犬とともに戻り、灰のなかから妻のネックレス(妻にまつわるものは一つ残らず失われていたとおもったのに)を発掘し、平和へのかすかな希望が芽生えかけたところで、もう一度だけ背後から名前を呼ばれます。
 声の主はコンチネンタルのコンシェルジュ、彼はジョンをウィンストンのもとへ送ります。そこでジョンは終わりなき地獄を宣告されるのです。コンチネンタルのルールを破った彼にもう平穏は訪れず、妻はもどらない。それはハデスとの約束を守れなかったオルフェウスが課せられた苦しみとおなじ罰です。


背中を撃たれる男の美学

 ジョンはよく後ろから撃たれる男でもあります。横から轢かれる男でもあります。


 冒頭のロシアン・マフィアとのカーチェイスシーンでは愛車の側面に敵の車をぶつけられること二度、ついに運転席から放り出され、素手による近接戦闘を強いられます。そして三度目の衝突としておそいかかる車を回避して難局を切り抜けます。

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 カタコンベを抜けたあとのカシアンとの戦闘でも横から車で轢かれていましたね。敵にとっては呼び止めるより、撃ったり轢いたりするほうが礼儀作法にかなった挨拶なのです。
 その証拠に、ニューヨークでの暗殺者勢のひとり、路上ヴァイオリニストの女は最初の弾丸をジョンの背中に見舞います。それより前だとカタコンベの戦闘の後半部でも雑魚に後ろから撃たれて当たっていましたね。*10無敵の防弾スーツを着用しているジョンだからこそ可能なコミュニケーションです。*11
 

 そうした暴力に対して、やはり彼は「振り向」かざるをえません。背後から発される暴力は彼を常に暴力そのものへと引き戻します。


亡霊ふたり

 常に背中を見せる男だからこそ、ジョンが最初から正面切って視線を交わす人物は貴重です(コンチネンタルのウィンストンでさえ、本作ではじめてジョンと会うシーンでは視線がすれちがっていたことを思い出しましょう)。そうした人物というと、コンチネンタル関連の人々(特にコンシェルジュシャロン)、ローレンス・フィッシュバーン演じるホームレスの「キング」といった面々が挙がりますが、しかしなにより本作でジョンとの視線のやりとりが印象的なキャラといえば、カシアンでしょう。
 最初こそすれちがいかけた二人ですが。互いに敵と認めあってからは編集的にもカシアンの視線が強調されます。
 特にNYでの駅前の噴水をはさんで互いに長い間見つめ合うシーンは舞台を含めてほとんどメロドラマ的なエモーションすら感じます。そして、駅構内のひそやかな撃ち合い、プラットフォームを挟んでの凝視合戦、からの電車内での格闘……これらのシークエンスのあいだ、二人が互いに視線を外す瞬間はほとんどありません。カシアンは視界からジョンが消えたら群衆をかきわけてジョンを探し、ジョンは自分を探すカシアンを見出します。なんというロマンス。なんというリレーションシップ。


カシアンという名前はカシアス(カッシウス)というラテン語名に由来し、その原義は「虚ろ(empty, hollow)」です。彼が亡霊であるジョンを直視できるのも、彼もまた「亡霊」であるからかもしれません。
同じ亡霊であるからこそ、直視も可能であり、ジョン・ウィックのライバルたりえるのです。
 ジョン・ウィックを殺せる角度は〇度のみ、真正面から対峙したときのみ、互角の戦いが可能となります。
 それをできるのは『ジョン・ウィック2』ではカシアンと、現代美術館の鏡の間で扉をあけて登場したさいの西宮硝子(ルビー・ローズ)*12だけですね。カシアンも硝子も最終決戦にナイフで挑み、ふたりとも同じような部位をさされて敗北しました。刺したあとの扱いの差に、ジョンの愛情格差が垣間見えます。

亡霊は常に階下から

 さきほど、ジョンのことを「亡霊」と呼びました。なぜ彼は亡霊なのでしょう。それは設定やセリフによってではなく(まあシャロンにコインを渡す行為は設定のうちですが)、行動と演出によって定義されます。

 劇中で「暗殺」を行うとき、彼は地下を経由します。イタリアではカタコンベを通過し、ターゲットであるダントニオの姉に近づきました。
 ニューヨークではやはり地下から美術館へと現れてダントニオに接近しました。
 もうひとつ、「下から上がってくる」画があって、それはラストのウィンストンとの最後の話し合いが終わってからNYの街へ出る時のシーンです。それまでは地下鉄やカタコンベのように地下こそが地獄であったのに、コンチネンタルを追放されてからは地上も地獄に変わってしまう。いっそう彼の依るべなさが際立ちます。

 ジョンが亡霊であることを示す演出はもうひとつあります。鏡です。
 前項でジョンに向けられる視線の話をしましたが、ジョンに殺される人物ーーダントニオとダントニオの姉ーーはどちらも鏡を介してジョンの姿を視認します。直視ではありません。心霊写真等が示すように、幽霊や怪異とは古今東西、人間の眼よりは鏡やレンズといって無機質な物質にこそ投影されるものだという信仰があります。*13ジョン・ウィックが直視できない存在だとしたら、それを視るためには鏡を利用するしかない。クライマックスでの美術館鏡屋敷迷路*14での戦闘は非常に多義的な意味を持つとおもいますが、一面ではそこが唯一亡霊を捉え、殺せる場であるからかもしれません。*15


 一方でジョンはNY篇から徹底して「一方的に視られる」側の存在にもなります。しかし見えるからといって殺そうとしても殺せない。逆に殺されてしまう。彼自身視られることをあまり気にしてるふうではありません。

 しかしラストシーンでウィンストンと別れて公園の階段をあがると、彼はものすごく他人からの視線に怯えるようになっている。
 それまでのジョン・ウィックには、なにもかも失ったように見えて、なんだかんだでコンチネンタルというラストリゾートが存在しました。彼はそこのVIPであり、庇護される貴種だったのです。カシアンとジョンとローマでの戦いに描写されているように、コンチネンタルとはある種の秩序でした。
 しかし、掟をやぶった彼にはもう家どころか羽根をやすめる休息所すらない。秩序なき世界で、四六時中ぶっつづけで戦いつづけなければいけないのです。
 彼は、だからこそ、犬を連れて行く。


亡霊と犬

 〈ジョン・ウィック〉シリーズにおける犬とは何を意味するのでしょう。
 第一作では間違いなく亡き妻との思い出の象徴でした。しかしその犬はむざんにも殺されてしまいます。第一作のラストで手に入れた新しい犬は、亡き妻とは縁もゆかりもない犬です。


 ではなんなのか。


 いわせてもらえるならば、第二作目の犬はジョンの帰るべき場所ではないのでしょうか。


 ジョンはイタリア行きを決断する前に、コンチネンタルのコンシェルジュに犬を預けます。彼の考えうるなかで最も安全なところに愛犬を置いたわけです。それは金庫屋に預けた武器類とは違い、また引き取りに戻るための保護でした。この時点で、彼の旅は、犬のもとから離れまた犬のもとへ戻る、という道程がひかれたのでした。
 大冒険へ出た主人を待つ犬、という構図は、ギリシャ神話に照らすならば、オデュッセウスを二十年のあいだ待ちつづけた忠犬アルゴスを彷彿とさせますね。


 かくしてサントニオをぶち殺し、血みどろの戦いが終結した同時にコンチネンタルからの追放が確定的になり、コンシェルジュから犬を引き取ります。そこからはずっと犬と一緒です。


 コンチネンタルを失ったジョンにとって、犬を置ける場所はもはや自分の身の回りしかない。『少年と犬』以来、男の子の旅の道連れは犬であると相場は決まっています。いってみよう、ぼくらといま、アドベンチャーの国へヘイ! ( ߀ ඨՕ) 人|(ㆆ_ㆆ) |


 いまや一介の野良犬となったジョン・ウィック


 さよう、〈ジョン・ウィック〉とはキアヌ・リーヴスが犬になる物語なのです。*16
 次は神犬ライラプスとなって、痛み分けに終わったカシアン=テウメーッソスの狐を追いかけるのでしょうか。いや、その場合は狐と犬が逆か。

 だいたいそんなところです。


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*1:ジョン・ウィック2』パンフレット

*2:ちなみに本作と神話との関係を考察した記事は英語圏にいくつかあってこちらなども面白い  →The Hellish Mythology of John Wick | Endless Realms  以下当記事もこの記事に多くを負います。ここでは扱いませんでしたがローレンス・フィッシュバーン演じるバウリー・キング=聖杯伝説の漁夫王(フィッシャー・キング)説も面白い

*3:ジョンにとって車は宝物です。1で妻がジョンに犬をプレゼントするとき「わたしがいなくなっても、あなたには愛する対象が必要よ。この子を愛して。車じゃダメ(the car doesn't count)」と言っています。このセリフを裏を返せば、ジョンにとっては車は愛着の対象であるわけです。1の序盤では犬の描写と愛車の描写が半々であることにも留意しましょう。

*4:取り返した車のなかにあったものです。わざわざ車を奪還しにいった理由の一つ

*5:rf. http://www.tribality.com/2017/02/22/john-wick-and-mythology/

*6:1の冒頭で印象的に提示され、その後も何度となく再生されてきた重要な動画です

*7:これもまた神話由来のネーミング。原義はユピテルギリシャ神話の最高神ゼウスのローマ神話ヴァージョンの名前です。コンチネンタル・ローマの支配人にふさわしい名前といえます。ちなみにユピテルはドラマの『アメリカン・ゴッズ』にも重要な役回りで出てきますね。

*8:余談ですが、この武器調達シーンの一幕である仕立て屋のところで「ボタンはいくつ?」「ふたつ」「ズボンは?」「細身のものを」「裏地はどうします?」「実戦用のを」というやりとりがありますが、原文では「How many buttons?」「Two.」「Trousers?」「Tapered.」「How about the lining?」「Tactical.」と、ジョンの受け答えがすべてTで頭韻を踏んでいます。だから何だと言われたらそれまでですが

*9:冒頭のロシアン・マフィア戦のメインはカーチェイスと体術でそた

*10:正面からラリアットかましてきた山本山はえらい

*11:背後から追われるのでいえば、NYの駅構内でアジア系の暗殺者二名によってはさみうちされるシーンも含まれるかも

*12:役名はアレス。ギリシャ神話の戦神です。

*13:どこかの本でそう言ってた気がするが、ソースは忘れた

*14:ギリシャ神話の文脈でこれを「ミノタウロスの迷宮」と結びつける人もいますが、さすがにちょっと弱いかな。http://www.tribality.com/2017/02/22/john-wick-and-mythology/

*15:そうした観点でいくと、鏡屋敷で雑魚が鏡に移ったジョンの姿を誤射してしまうところは意味深ですね

*16:『レヴェナント』のときに使った論法の使い回し