円城塔のどこが好きかと言われると、「文体」とか「リズム」とか「変な予測変換にぶんぶん振り回される感じ」とかすごくふわふわでありがちなことしか言えない。
彼の文章になんらかの比喩や文学的本質、物理ネタを見出すのは、その手の人の仕事であって、いつもご苦労様です。
だから快楽的にしか読めない。快楽を生み出すポイントは、1)書き出しの切れ味、2)途中の乱痴気、3)締めの叙情みっつです。
中でも書き出しが良い。出会い頭にぐさり、とナイフをみぞおちにつきたてといて、こちらが戸惑っている間に続く段落でぐぐぐと刃を捻って致命傷に至らせます。最初の一二ページに撒かれるその魔力で、ついつい最後まで読んでしまいます。
というので、そこらへんの本棚から適当に抜き取って集めた書き出し集。めちゃくちゃカッコイイ、あるいはカワイイ。
全ての可能な文字列。全ての本はその中に含まれている。
叔父は文字だ。文字通り。
「これはペンです」
目覚めると、今日もわたしだ。
「良い夜を持っている」
後藤さん一般の性質について
もしもですね。
曲がり角からひょっこり未来の自分が出てきたら一体あなたはどうしますかと、会社の休憩時間に後藤さん一般と立ち話をしていたところ、向こう側で待ち構えているではないですか。見るからに後藤さん一般にしか見えないものが。ついでに自分にしか見えない人も。これはちょっとまずいのであり、いくらなんでも後藤さん一般といるときにそれはまずい。
「刺すね」
と言い切ってしまうのが後藤さん一般であって、これは後藤さん一般の性質というものなのでどうにもしようが無いのである。
「刺すんだ」
「刺さない?」
「刺すでしょう普通」
「後藤さんのこと」
〈怪奇の章〉
00: 銀河帝国は墓地の跡地に建てられている。
01: 銀河帝国の誇る人気メニューは揚げパンである。これを以て銀河帝国三年四組は銀河帝国一年二組を制圧した。
「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」
あなたたちはこれから帰還者と呼ばれることになります。
だからまず、おかえりなさい。よくぞお戻りになりました。この日をどんなに待ちわびたことでしょう。
あなたたちはこれから帰還者と呼ばれることになるわけですが、果たして生還者と呼ばれる資格をお持ちかどうか、一体誰にわかるというのでしょう。
「さかしま」
旅の間にしか読めない本があるとよい。
旅の間にも読める本ではつまらない。なにごとにも適した時と場所があるはずであり、どこでも通用するものなどは結局中途半端な紛い物であるにすぎない。
「道化師の蝶」
本がわたしを見つけ出し、そこにはこう書いてある。
わたしは彼の翻訳者であり、彼はわたしの翻訳者である。
「松ノ枝の記」
末高の裡には灰が降り、僕の部屋には雑多なものが堆積していく。六畳一間は雑多なものたちに埋められつつあり、捨てるということがないのだから当然そうなる。生ものは部屋に保存しない。菓子パンなどを買って帰っても、全てその日のうちに平らげ、飲料水を放置しない。ただそれだけのことを守るだけで、虫は湧かない。部屋がある程度新しく、二階や三階にあって風通しがよければそうなる。冷蔵庫などを持つと中身が大変なことになるに決まっているし、炊飯器というのはあれで大変に危険な文明の利器ときている。冷蔵庫は気温を低く保つのを身上としているのでそれほどの心配は要らないが、炊飯器などを放置しておいた日には、ひょっとしてある日造物主と指名されるおそれが生じる。念のため、炊飯器とは、自動的に米を炊いて徐々に腐らせていく器械の極東における呼び名である。三度三度米を食べ続ける民族がそうしたものを発明することに不思議はなく、ある程度以上腐敗の進んだ米を自動的に食べてしまう機能を付与しないところに奇妙さはある。
『烏有此譚』
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奇蹟からしか始められないものがあるならば、奇蹟でしか終われないものがあっても構わない。最初から始まりっぱなしなので誰にも止めることはできなくて、こうしてただ続いていく。続き方にも色々あって、続き方さえ続いていく。
「ガーンズバック」
立方体の一辺に腰掛けた少女が名乗る。
解説だ、当然のことながら。
「What is the Name of This Rose?」
その遺書には、はじまりがなく、終わりがない。