名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


読書、映画、その他。


この犬を撫でられるゲームオブジイヤーがすごい大賞アワード2020



 イヌを愛する者には誰でも大きな力を授けられるというのは本当だ。



           ――イロコイ族の言い伝え*1

 ンフ〜ン〜〜〜♪ メディックァ〜♪ ンフ〜(『ANUBIS: Zone of the Enders』のOPで流れる例の曲)*2


 ヴィデオゲームにおける傑作の条件とは……なにか?
 感動的なストーリー? 魅力的なキャラクター? 壮大な世界観? 深く没入させるナラティブ? ユニークで革新的なゲームメカニクス? 無限に遊べるリプレイ性? MODの受け入れによる自由な拡張可能性? metacritic の点数? 息を呑むようなリアリティ? 現実よりも美麗なグラフィック? 快楽? クリックにより、あるいは課金によって得られる絶大な快楽? 


 いいえ、これらはどれも私たちをゲームにのめりこませてくれはするものの、”傑作”を”傑作”にはしません。
 傑作ゲームに必要な美はただひとつ。


 犬を撫でられること。


 では、参りましょう。
 2020年の YCPTDGOTY("You Can Pet the Dog” Game of The Year=年間犬撫でゲーム大賞)のノミネート作の発表です。
 ちなみにこの場合の「犬」はネコや人食い大鷲などのあらゆる動物を含みます。なぜ含むかの理解については高度で複雑な専門知識を要するので、あなたがたは含むものとしてだけ了解してください。よろしいか?

Life is Strange 2(イヌ)

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まず2020年の上半期でイヌパクト*3を残したのが、今やADVの大メジャーブランドとして君臨する『Life is Strange 2』です。
ある不幸な出来事から生まれ育ったシアトルを離れ、警察に追われながらも父親の故郷であるメキシコを目指すことになった年若の兄弟。そのふたりに守護天使のようについてくるのが元捨て犬の忠犬マッシュルーム*4です。
つぎつぎと困難と悪意に見舞われ、精神をすり減らしていく兄弟やプレイヤーにとり、純真なマッシュルームは心のオアシスとなっていきます。
当該の犬撫でシーンは山奥の廃屋に住み着くくだりで、それまで撫でさせてくれなかったマッシュルームを撫でられる感動的な場面です。
ちなみに、このゲームのテーマのひとつに「イノセンスの喪失」がありまして……あとはわかりますね。多くは語るまい。
捨て犬(ストレイドッグ)に放浪する家なき子のイメージを重ねる、古典的ながらも確実にプレイヤーのハートを掴む犬ストーリーテリングですね。トクトク情報としては、ゲーム終盤でもう一箇所犬撫でできるポイントがあります。


Final Fantasy VII REMAKE(イヌ)

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バナナのナナキはバナナナキ。バナナのナナキはまたのナをナナキ。
たぶん、REMAKEオリジナルかな? 宝条の研究施設から解き放たれた謎の犬(いったいナナ何なんだ……?)が暴走してクラウド一行に襲いかかる!!!! とおもいきや、エアリスが「こわくない、こわくない」とナウシカ力、もとい古代種パワーを発揮してやんちゃドッグを鎮めます。
この際の完全に""""""""堕ちた"""""""ワンちゃんの表情は必見。是非ムーヴィーでご覧になってください。声がミュウツー市村正親)です。
Part 2 ではコスモキャニオンまで行くのかな? 今後の活躍にも期待したい。



ちなみにFF7Rではネコを撫でることも……?

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Ghost of Tsushima(キツネ)

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『ゴースト・オブ・ツシマ』では「稲荷の祠」という隠しプレイスにお参りするとイイコトがありまして、その祠に案内してくれるのがこのおキツネさま。もっとも、参拝によるゲーム上のメリットなど我々誇りある真の侍には微々たるもの。もっとも大事な誉とは、参拝ごとに案内してくれたキツネを撫でられるようになること、これに尽きもうす。
本作を制作したのは海外のディベロッパーですが、ゲイシャスキヤキニンジャな日本描写と一線を画した日本の文化や風物に対するリスペクトはただごとではありませんで、もちろん2000年の伝統を持つジャパニーズ・イヌナデ・カルチャーもきちっと抑えております。
稲荷のキツネは神の遣いなので、エキノコックスの心配もいりません。私たちのデジタルディスタンスはかぎりなくゼロに近い。キューンと鳴いてかわいいね。撫でたあとにどこぞへと立ち去るモーションも最高です。浜で死んだ誉もこれで全快でござる。ござる、って誰もいうてへん。おまえの仁とやらは誉ではなく、キツネをおいかけておるぞ。しょうがないよね、志村殿。


Hades(イヌ)

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犬撫で数千年の歴史といえばギリシャ神話も忘れてはいけません。
Hades では奈落の王子に身をやつし、地獄の定番犬*5ケロちゃんことケルベロスを撫でまくれます。good boy です。
Hades はいわゆるローグライトなアクションゲームで、死ぬごとに奈落の我が家にリスポンし、そのたびにケロちゃんが出迎えてくれます。いいこですね。このこに会えると思えば、死ぬのも辛くなくなる。『キングダム・ハーツ』も見習え。
デカい、赤い、頭が三つ、と三拍子揃った最強の撫でられ犬です。え? 違います。Helltaker ではありません。


天穂のサクナヒメ(イヌ・ネコ)

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ギリシャ神話? いやいや、神✕犬といえば2020年はやはり『天穂のサクナヒメ』でしょう!
犬撫で要素ブームはいいにしても、一方で「撫でれればいいんだろ?」と申し訳程度に犬撫で要素を付加した雑なゲームも多く生まれているのはかなしいことです。
そんな風潮のなかでガチで犬を愛し、犬撫でを作り込んだ犬撫でシミュレーターこそが『サクナヒメ』なのです。
このふわふわ感、モーションのバリエーション、犬の表情、だっこ……そして、我々犬撫でラーは日頃見落としがちですが、”犬を撫でる側”であるサクナのリアクションにもきちんと注意が払われており、犬撫でとは犬とヒト(サクナは神ですが)とのコミュニケーションである、という基本中の基本がクリアに示されていて、目から籾殻が溢れ出すおもいです。やはり神話に学ぶべきことは多い……。
ちなみに犬は増やすことができて、増えるとゲーム上でちょっとしたメリットが得られます。
いい犬撫でゲームの犬は撫でられて、作り込まれてはいるものの主張しすぎず、かつちょっとオトク……まさにトライフォースの栄養素を備えた堆肥のようなものです。あれ? トライフォース農法ってやっちゃダメなんだっけ?


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ザ・趣。


あと、サクナヒメではネコも抱っこできますが、私のセーブデータはそこにたどり着く前にぶっ壊れて消えました。


Evan's Remains(イヌ)

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ストーリードリヴンのアクションパズルゲーム。犬撫では申し訳程度ですが、この舌出したバカ犬ヅラが好(ハオ)い。


アンリアルライフ(イヌ)

『アンリアルライフ』では犬をなでることが……?

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できない……?

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やっぱりできました〜〜〜!!!!!!ハイ、勝ち〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!


いったん拒んでおいてやっぱり撫でさせてくれる、というプロセスは最近の犬撫でゲームのトレンドなのでしょうか。
ところで『アンリアルライフ』で注目すべきは、犬が喋るところ。
喋る犬を撫でられるゲームは希少です。喋る犬は一般にプライドが高い傾向にあり、気軽に撫でられは……おい! ナナキ! その女誰よ!? デレデレするんじゃない!!!!!!!

ちなみに本作は犬をなでるだけではなくて、犬笛で犬を画面の端から端まで走り回せてハンドラー気分を味わうこともできます。私の良心は「犬は謎解きの道具じゃない!」と叫びますが、まあ冒険が挑戦を連れてくることもあるでしょう。

Headliner: novinews(イヌ)

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そもさん――ディストピアといえば? 
そう、犬ですね。(rf. 『リベリオン』)
新聞社の編集長としての採用記事の判断が一国の運命を左右する『ヘッドライナー:ノヴィ・ニュース』にも、もちろん犬は出てきます。
スポンサーや新聞社上層部からの圧力と、現場の記者からの突き上げとのあいだで板挟みになり、病んでいく主人公を唯一温かく出迎えてくれる存在がこの犬(ビーグルかな?)です。無駄だとわかりながらも仕事の悩みを犬に吐き出すのが妙なリアリティがあってイヤですね。
ちなみに飛行ドローンも飼えますが、こちらは撫でられません。


Cyberpunk 2077(ネコ)

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サイバーパンク2077』をプレイした犬撫でラーたちは悲嘆に暮れました。
バグが多かったせいではありません。
ナイト・シティには犬や猫が存在しなかったからです!

いちおう、街中に生物がいないのは設定らしい設定がなされていて、だからこそたまに現れる鳥がエモーショナルなアクセントを効かせているわけですが、撫でられる犬や猫がいないのでは2077年はまるでソウルレスで生きている実感が得られない時代なんだな。
しかし信じるものは救われる。犬撫での神は我々を見捨てませんでした。
プレイ時間が数十時間を超えようかというころ、そう、現れたのです! 猫が!
この猫はとあるメインミッションの最中に登場するのですが*6、この時点では遠くにあり撫でられません。
が、最終盤になると……?
割と後半の方に出てくるくせにゲーム中では結構イメージ的に重要なところをかっさらっていくのが心憎い。さすが猫。
ちなみに私はこの猫はゲーム中で死亡する*7あるキャラの生まれ変わりという説をとっています。

Yes, Your Grace(ネコ)

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中世ファンタジー風王国経営ADV。城壁のところに猫が鎮座しており、撫でられます。

Ikenfell(ネコ)

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犬(猫)撫でゲームの永遠の課題。それは、「撫でる行為に必然性をどうもたせるか?」ということ。
撫でたくて撫でる純粋さにこそ聖性が宿るのだ、そこに疑問をいだいてはならない、と主張する原理主義者もいるものの、やはりヴィデオゲームとは行為の経済を考える科学です。犬撫でがあれば嬉しいし、そこに必然があればなお嬉しい。
Ikenfell はそうした”犬撫でゲームのジレンマ”を解決した、犬撫でゲーム界のグレゴリー・ペレルマンです。
Ikenfell ではRPGと不可分なあるシステムを猫撫でに組み込みました。
それは”セーブ”。
そう、本作では猫を撫でてセーブを行うのです!
しかも、HPの全回復までやってくれる!
Ikenfell の革新は単に猫撫でに合理性を与えたのみに留まりません。
考えてみてください。
私たちが現実で猫を撫でているとき、どのような効果が生じていると思いますか?
なんとなく、体と心が回復しているような気になっていませんか?
なんとなく、雲の上に自分のたましいが保存されているような気分になっていませんか?
なんとなれば、私たちは猫を撫でるといつもセーブと回復を行っていたのです。
Ikenfell は現実をゲームに転写したにすぎない。

如何様、Ikenfell はゲーム内で猫撫で行為の効用を定義することで、現実における猫撫でをも遡及的に定義したのです。ゲームが私たちの肌感覚をやっと言語化し、認知させてくれたのです。オキシトシンってこのことだったんですね。
なんとなにもかもがしっくりくるのでしょう。
これこそ、革新です。

proxia.hateblo.jp

if found.....(イヌ)

 
Ikenfell はジェンダーマイノリティの要素を取り入れつつもそれを社会問題とは接続しないファンタジーでありましたが、if found... はパブリッシャーをアンナプルナがつとめているだけあって、逆にモロに社会や世間とがっぷりよっつでぶつかるファンタジーADVです。
世界に受け入れてもらえない孤独のたましいを救うのは、やはり、犬。

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Anodyne 2(イヌ)

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犬……犬カナー、コレ?
犬だと思います。犬でしょう。
こういうゲームです。PS1時代を彷彿とさせるわがままさを発揮していて、おもしろいですよ。

Spelunky 2(イヌ)

 ブルドッグを撫でられます。画像及び映像はありません。*8
 クソむずい。なんだよ、死にゲーなのにローグライトって。死に憶えられないじゃないの。

大賞作品発表

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プレゼンターを務める昨年度受賞者、イヌヌワンさん

以上のノミニーから2020年度のYCPTDGOTYに選ばれたのは…………………


"IKENFELL"!


おめでとうございます。
犬撫でではなく猫撫でというハンデを負いながらも*9、Pet the Dog 要素の哲学に切り込んだ新規性が評価されました。

同時に、国産犬撫でゲームを顕彰する「クール・ドッグ・ジャパンで賞」は『天穂のサクナヒメ』に与えられます。こちらもおめでとうございます。



もちろん、今回ご紹介できた犬撫でゲームはほんのひとにぎりです。有名所では Last of us Part II なんかも犬を撫でられたらしいですが、わたしはやってないのでカバーできておりません。TIMELIE とか Spiritfarer とかもまだ数十分しかできてないし。
犬撫でゲームの最新情報を知りたい向きは、"Can You Pet the Dog?"をフォローするといいんじゃないでしょうか。洪水のように犬撫でゲーム情報が流れてきます。今回触れたゲームも触れてないゲームもすべてここにあります。あら、この記事の存在意義が一瞬で消えましたね。たようなら、たようなら。永遠に無のバイトだけをネットに吐き出していたいな。
twitter.com


では、また来年。来年? たぶん、やらない。




僕のワンダフル・ライフ (字幕版)

僕のワンダフル・ライフ (字幕版)

  • 発売日: 2018/02/21
  • メディア: Prime Video
ゲーム的リアリズムを取り入れた犬死にループ映画。

*1:『犬が私たちをパートナーに選んだわけ』

*2:「Beyond the Bounds」という

*3:イヌ・インパクトのこと

*4:スパニエル系

*5:定番と番犬をかけた高度なギャグ

*6:シャムかな?アビシニアン?

*7:聞いた話では生存ルートもあるらしい

*8:ググれば出てくる。

*9:表向きはどの動物を扱っていても平等に選考されるが、やはり犬が強い傾向があるのでは?という疑惑がある

本物のサイバーパンク体験はPS4の壊れたナイトシティにしか存在しない――『サイバーパンク2077』



 過去を忘れることはできず、現在を思い出すことはできない。――マーク・フィッシャー



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 PC、PS5、Xbox series X。
 完成された棺桶(コフィン)で『サイバーパンク2077』を遊んでいる人間は不幸だ。
 なぜならきらびやかな高解像(ハイ・レズ)だとしてもそれは紛い物の夢に過ぎない。本物の端末機(ピーエスフォー)で〝夜の街(ナイト・シティ)〟に没入(ジャックイン)する400万人、そう、我々こそ、真のネットランナーであり、サイバーパンクだ。


 十二月。三度目か四度目の発売延期を経て、汎病禍(パンデミック)にあえぐ我々に福音が届く。『サイバーパンク2077』。ビタミンDの足りない憂鬱な我々にとって最高の妙薬だった。
 キャラメイク、チュートリアル、そして最初のクエストを手際よく終え、高鳴る鼓動をなだめつつ本編に突入する。グッドモーニング、ナイト・シティ。
 塒にしている高層環境建築(アーコロジー)から出る(暴走(クラッシュ)せず無事に出られたとして)と、屋台の立ち並ぶ広場がある。そこは行き交う人々で混雑しているはずだが、我々の眼には(ゼン)寺のように静謐で閑散とした空間のように映る。
 まずそこで不安に襲われる。
 悪徳都市(バビロン)に見合うだけの人間を計算できていない。
 だが、それは致命傷ではない。そうだろう、ブロダー? 人口密度の低い街、結構ではないか。他人にぶつかったりひっかかったりしていらだつこともないし、車を走らせているときに事故にあう危険も少なくなる。
 クエストをこなしに指定された目的地へと向かう。建物のドアの前にキャンディ菓子の包装めいた何かが立っている。”何”だ?


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 なめらかに切削されていく女の身体を眺めながら、我々はニューロマンサー(マントラ)の一節を暗誦する。



顔が絶え間ないレーザ光に洗われて、眼鼻立ちが記号にまで還元されていた。魔術師の城が炎上すれば頬骨は深紅に輝き、ミュンヘンが戦車戦に陥落するとき、額は紺碧に濡れ、滑るように動く指標点が摩天楼の谷の壁面から火花を散らすと、唇が熱い金色に染まった。


  
夜の街(ナイト・シティ)〟ではアセットにおけるグラフィック表示遅延を通し、ゲームの歴史を追体験できる。たとえば、ここにあるドアはPS1からPS2PS3、そしてPS4と段階的にグラフィックを発展させていくことで、PS5クラスの微細処置装置(マイクロ・プロセッサ)は一朝一夕には手に入らないのであり、我々がPS5に乗換(フリップ)することもまた今日明日ではありえないと教えてくれる。


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 良質な印度華麗(ガンジャ)には常に教えが含まれる。ジョン・レノンも知っている真理だ。


 だが、不具合はこれだけではない。
 2020年12月の〝夜の街(ナイト・シティ)〟は社会ダーウィン説の狂った実験に似ている。退屈しきった研究者が計画し、片手の親指で早送りボタンを押しっぱなしにしているようなものだ。ジャッキーが死にかければ、拳銃(オートマティック)は彼の頭に沈むし、ミッションの最中にちょっと早く動きすぎれば、逆さになったデラマンの危ういアクロバットに潰されてしまう。記憶(バンク)PS2メモリーカード並にしかもたず、それ以上(オーヴァドース)すると破裂(ハイ)になって記録喪失(ブラックアウト)。アイテムが無際限に増える。規制のおかげで性器(PKのD)が勝手にまろびでることはないが、コーヒーのカップが浮く、車が浮く、人が浮く、当然ジャッキーも浮く。HUD上のアイテム表示(リードアウト)や照準が勝手に出現しては画面上に居残り続ける。最終クエストを目前にしてVがどんな装備をつけても素っ裸になり、しょうがないからそれでラスボスに突っ込む。会話の途中で突然黙り込む人々。鳴り止まないホロ電話。致命的な進行不能バグ。致命的な進行不能バグ。致命的な進行不能バグ!!!!!!!! どう転んでもバグるしかない。パッチといっても、せいぜいネズミの一生のようなプレイ時間に、ぼんやりした延長が課されるだけだろう。*1
 叶和圓(イエへユアン)を吸う暇もない。

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これはゲームとはまったく関係ないアライグマ


 そして、システム暴走(クラッシュ)
 寿司(スシ)屋台で焼鳥(ヤキトリ)をつまもうとした瞬間、アフターライフに入ろうとした瞬間、ちょっと人の多いところに出ようとした瞬間、クエストとクエストのはざまの瞬間、特になんでもないような瞬間、壁伝いに進め。彎曲したコンクリートだ。両手は控制器(コンジーチー)に。歩きつづけろ。何も眼にはいらない顔、顔。どの眼もどこでもない一点を仰ぎ見ている。*2ラグ、停止した静寂、暴走(クラッシュ)の匂い。
 眼前の夢が燃え盲い、落ちる。
 無。
 水色の虚空。
 グラフィックなし、感覚幻想なし。電脳空間(ナイト・シティ)なし。*3
 その沈黙は何度も延期を重ねて冬にやってきた。だから我々はシステム暴走(クラッシュ)寂しさ(ミュート)冬寂(ウィンターミュート)と呼ぶ。
 暴走(クラッシュ)ログは何処へとも報告される。エラー識別子(コード)〈CE-34878-0〉。ありがたくも財閥(ソニー)サマから対処法を提案される。

 曰く、操作卓(コンソール)を再起動しろ。
 ――何度もやった。

 曰く、PS4のシステムソフト及びゲームを最新バージョンにアップデートしろ。
 ――とっくに最新だ。

 返金を行いたい方は個別にメールでご連絡ください。一秒でもプレイしていたら返金は受け付けません。返金申込みの締切は明後日までです。


 企業体に支配されたゲームのなかのディストピアから離脱(ジャックアウト)したと思ったら別の企業ディストピアに絡め取られている。三時間ごとに中断される夢。これがサイバーパンクでなくて、なんだろう?
 幸いというべきか、逐次的(シークエンシャル)実時間記録(オートセーブ)によって我々の記憶(バンク)はかろうじて保たれる。
 あとはお定まり──再起動(リスタート)呼出(ロード)、そして没入(ジャックイン)*4



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 二十世紀(ヴァンチエーム・シエクル)の日本人が知りえた以上のトレイラー詐欺を、ポーランド人はとっくに過去のものにしている。*5
 WIRED は、 CD PROJEKT RED が約束を破ったと糾弾した。
 違う。
 約束を守らなかったのは我々の方だ。1980年代の延長線上にあったはずの未来を裏切ったのは我々だ。アメリカ合衆国の破滅や核爆発、インプラントや企業国家という素敵な新世界ではなく、「いまどうしてる?」という一方的な問いかけに対し、考えていないことややっていないことを140文字以内で答える二十一世紀にしたのは我々だ。*6今まさにサイバーパンクであることによって、我々はかつて夢見られていたサイバーパンクを破産に追いやった。CDPRは不実な我々の代わりに約束(ビズ)を果たしたに過ぎない。そうだろ、ブロダー?*7

 まあ、しょうがないのかもしれない。

 我々の世代(ジェネレーション)は黒い雨の降りしきる路地裏で鬼滅のブレードランナーが怪しい合成ナンチャラのうどんをすするような未来を振り返って、特に羨ましいとも思わなかった。古びた希望は90年代の世紀末のハッピーな憂鬱に呑まれ、2000年代のユーフォリックな頽廃に溶かされた。再演されるものの多くがそうであるように、何度も蘇生(リヴァイバル)されるうちに形骸化し、摩滅し、疲労していった。
 すり減ったレコードのように、ヴィデオテープのように、なんとか今再生しようとしてもそれらはもう不吉な音飛びとグリッチにまみれている。 二十一世紀のテレビの空きチャンネルはもう砂嵐を映さない。(ウェブ)はもつれ、電脳空間(サイバースペース)は長らく過密状態にある。
 PS4版だけが正解なのだ。『サイバーパンク2077』とは、失われたもうひとつの未来および現在を語る試みだった。
 バグのない〝夜の街(ナイト・シティ)〟など〝夜の街(ナイト・シティ)〟ではない。150分以上継続する夢など夢ではない。空はいつでも最高密度の(エラー)色だ。そういう超現実的暴力(ラクティカル・ジョーク)。PS5以降の空は別の銀色だ。


 我々は CD PROJEKT RED のマーケ部に感謝しよう。
 事前の宣伝においてここまでコンソール版の完成度を隠し通してくれたことに。
 情報伝達(ゴートゥトラベル)の不足による未知の体験で、我々の驚愕を引き出してくれたことに。
 壊れた未来を現前させてくれたことに。

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夢の跡地

*1: No.132、以下特に注記のないかぎり番号は kindle 版『ニューロマンサー』(ハヤカワSF文庫)における位置ナンバー

*2:No.855

*3:No.4852

*4:No.1381

*5:位置No.56

*6:サイバーパンク2077世界のインターネットに対する態度はその点正しかった――彼らは一度インターネットを滅ぼし、パンチカードの時代まで逆戻りさせてからやりなおしたのだ。

*7:ネタバレゆえ詳細は省くが、最終的にジャッキーはバイクになるので実質ウテナといえる。

器械『秋田モルグ・クロニクル』全レビュー



 少女の顔に少女以外の何かがくっついている。
 初めてそれを見た時、私がどう思ったのか、もう覚えていない。

  
    ――『Hollow Museum』   



以下は『秋田モルグ・クロニクル』収録作の全レビューである。

akitamorgue.booth.pm

『秋田モルグ・クロニクル』とはなにか。

『アキタランド・ゴシック』、『仮免サンタのサンディさん』、『スクール・アーキテクト』で知られる萌え四コマ界のケリー・リンク*1こと器械先生*2によって制作されたオリジナルまんが同人誌(05年〜15年にかけてのもの)をまとめた総集編。カトリックでは聖書の正典にも数えられる[要出典]が、プロテスタントの宗派ではこれを認めない。収録作の大半で、四肢の欠損した半人半人外(機械半分、蟲半分、義肢など)の少女が描かれる。*3

収録作紹介

FLEX』(2005年11月)

 フレックスと呼ばれる有機肢体(ざっくりいえば、アンドロイド的な半有機半機械知性体)が存在する世界。フレックスはもともと臓器のドナー用途にとある小国で開発されたもので、機械化を経て利便性の高い労働力として広範に使役されるようになった。しかし、やがてフレックスの蜜月は終焉を迎える。
 次世代フレックスの開発失敗によりフレックスたちは暴走、人類を襲いはじめ、小国を滅亡へおいやる。行き場も飼い主も失ったフレックスたちは野に放たれ、野生化する。
 フレックスの開発に従事していた研究者の娘、”お嬢様”はフレックス禍で半身不随になりながらも、理性を保ったフレックスである従者アスベスタ(ほぼ人型だが両腕が欠損していて、代わりに腰から機械のアームが生えている)の手助けによって国を脱出。父の研究成果に決着をつけるべく*4、アスベスタと足軽っぽい軽装に身を包んだ”ガイド”と共に旅に出る。
 ポストアポカリプス*5主従百合である。内容としては長編シリーズの第一話目、といった感じ。アスベスタたちの旅の日常がゆるいタッチで語られていく。ゆるい、とはいっても、アスベスタが自分の脚から削いだ肉を(もちろんよかれとおもって)”お嬢様”の食べるスープに混ぜるギャグが入るなど、どこかネジがぶっとんでいる。コミティアらしいといえばコミティアらしい。
 メイン三人のうち名前が与えられているのがフレックスのアスベスタのみで、他のふたりは”お嬢様”や”ガイド”としか呼ばれないのが印象的。名付けを避けがちというのは秋田モルグ同人誌における特徴のひとつ。

『NATIONAL MORGEAPHIC』(2006年2月)

 コピ本イラスト集。バリエーション豊かな”異形機械”少女が描かれている。あとがきによると、肋骨から上の上半身の改造が”性癖”だった作者があえて下半身中心の改造に挑戦してみた、というコンセプトらしい。この説明からもわかるとおり、一巻目ではあまり主張されていなかった「”性癖(性嗜好)”としての異形/切断/改造少女」を前面に打ち出している。といっても、一般的な意味での直接的なエロはないのでせいぜいR-15相当か。お子様でも安心してご覧いただけます。
 カニかザリガニっぽく機械化された少女(作者曰く「虫っぽくしてみました」)の説明文では「触覚のマイクはもちろん性感帯です。」と述べられていて、器械先生のツボを知るうえでヒントなる情報が散見される。
 変わったところでは「ぞんびあくま」の項では機械化のかわりに部分的に骨だけになった少女が取り上げられていて、作者の興味が機械化だけでないことがうかがえる。
 下半身を改造した場合の脚部がほぼ逆関節パーツになっているのはハオいですね。

FLEX 2』(2006年8月)

 『FELX』の続編。アスベスタ一行は資源調達のために入った廃ビルで飛行タイプの野良フレックスに襲われる。全体の半分ほどを戦闘シーンが占めるアツい構成。一方、物語面では「人類に搾取/奉仕するために生まれたフレックスの存在意義」や百合などのテーマが強調されて、作品のエモ面に奥行きを与えている。
 劇中、「他のフレックスから脊髄を奪って電力源にしている」といったセリフがあり、フレックスの具体的な設定が垣間見える。

『DAMAGING STORIES』(2007年2月)

 短いストーリーまんがが二篇収められている。タイトルはスピルバーグ制作のスーパーナチュラル・ドラマ『『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(The Amaging Stories)が由来だろうか。センチメンタルでウィアードな雰囲気がそれっぽい。

「コーマ=コーマの密かな楽しみ」
 背中から羽根のようなもの、後頭部から角のようなものが生えたコーマ=コーマには密かな楽しみがあった。即席揚げ麺をお湯で戻さずに爪で一本ずつほぐしていくことだ。しかし、ある日、揚げ麺が改良され、へこみによってより圧縮されて爪でほぐしづらくなってしまった。
 欲求不満に陥ったコーマは心のへこみを埋めるため、メール=メールという四肢が機械でできた少女を捕らえ、大きなペンチでその関節部(ジョイント式になっている)をしめあげる。しかし、メール=メールの顔は苦痛にゆがむばかりでコーマのへこみは全然満たされず……というやたら陰鬱なあらすじだが、最終的にはハッピーな百合になるのでご安心ください。
 おとぎ話っぽい世界観で、コーマの造作は比較的人間に近いのだが、前述の通りなんか生えてたり、手が明らかに異形っぽかったりでやはり人外のようだ。孤独の解消法がわからずに、揚げ麺や野良人外? を虐待することで気を晴らそうと考えるあたりがガチでそれっぽい。
 イメージ的にはコーマ=コーマは悪魔、メール=メールは天使を模しているのではないかと推測される。

「マイ・フェイバリット・デス」
 顔の面半分だけ少女であとは全機械の死者解体器。解体器は運ばれてきた死者を解体する自動解体中心(中心はセンターと読むのだろうか)で働くうち、死者に憧れるようになり、「死」っぽいもの(タバコとか)を腹に溜め込んでいた。そんな感じ。
 秋田”モルグ”だけあってモルグ話の面目躍如。お面のような顔だけが人間っぽい、というのが不気味だが、話から察するに、これも死者からいただいたものだろうか*6
 死に取り囲まれた、死だけしかない場所なのに、機械であるがゆえに自分だけが死を知らない。人間の側から表層だけ眺めれば陰惨でビザールな短篇だが、少し視点をずらせば閉鎖的な矛盾から解放されるラストに美を見出すはずだ。

『NATIONAL MORGRAPHIC EXTRA ISSUE SPRING』(2007年5月5日)

 お菓子の〈コアラのマーチ〉にプリントされているコアラたちを下敷きに、主に両足の欠損した(ときに両手も)少女”コアラ姉さん”をバリエーション豊かに描くイラスト集。別に夢を題材にした二ページのまんがも掲載されている。
 コアラ姉さんのイラストにはそれぞれ「コアラ姉さんは○○する。」から始まるフレーヴァーテキストが付されており、その淡々とした叙述がかわいらしいコアラ姉さんとあいまって独特の感触を生んでいる。

『鋼鉄のなはと!』(2007年8月)

 少子化が深刻化した近未来――生徒不足にあえぐ学校機関では国からの給付金の少ないパイを争い、児童に対する強引な勧誘や他校への妨害工作が日常化していた。そんな中、フェニックス中学では他校の改造学生に対抗すべく、「鋼鉄の在校生」部隊を創設。
 母校と学区を守るべく多脚改造手術を受けた少女は7810型、すなわち「なはと」と呼称された。
 もともとは他の同人誌に寄せた作品に出した多脚少女を器械先生が気に入ってできた本。「なはと」の最大の特徴は四脚に変形すること(ふだんは普通の中学生の姿)。あとがきによると、これも先生の性癖らしい。終末っぽいガレキガレキした日本でメカメカしい学生が肉弾戦を繰り広げるイメージは山口貴由の『覚悟のススメ』を想起させる。
 

『Rest in Peace』(2008年2月)

 死にゆく人々を傍らで見送る「死の妖精」という妖精のイラスト+フレーヴァーテキスト。死の妖精には二種類いて、黒いタイプは号泣して死者を悼む。白いタイプは不謹慎なまでに陽気に死者を送る。バンシーのようなものだろうか。
 設定こそ人外であるものの、外見的には妖精たちは五体満足な少年少女の姿で描かれている。メカ要素や身体改造要素もなく*7、それまでの器械同人誌作品とは一線を画している。
 あとがきによれば、器械先生がモリをメメントした結果生まれたらしい。
 表紙でオマージュされているのは、アメリカの現代アーティスト、エドワード・キーンホルツ(Edward Kienholz)の The State Hospital。

『STUMBLE!』(2008年5月)

 DamasingStories Issue 2 の副題がつけられている。短篇が三つ収められている。どれも高度な趣味性を保ちつつも完成されており、ひとつの話としてまとまりがよい。ストーリーテラー器械先生の才能が花開いた一冊といえる。

「Heart Shaped Box」
 RPGダンジョンもの。そのダンジョンで死んだものはダンジョンの一部となる。そんな法則によって宝箱に閉じ込められた元冒険者の少女(みぞおちから下がごっそり欠落していて、代わりに鈎のような脚? と骨盤的ななにかにやわらかい筒状のサムシングがぶらさがっている。腕も機械っぽくて、刃物が仕込まれている)は、トラップとして宝箱をあけた冒険者たちにおそいかかるルーチンをこなしていた。
 ある日、見知った顔の男がトラップにかかる。少女が冒険者になる以前に通っていた訓練学校の同級生だった。彼女はボロボロになった同級生を介抱しながら、ふたりで昔話に花を咲かせる。
 表紙含めてわずか十ページだが、切なくも非常によくまとまっている好篇。
 意外にも(?)器械同人誌初の濡れ場がある。やはり直接的には描かれないが。
 
「ウォーレンじぃの小便話」
 ある老人が回想録を執筆しようとしていた。しかし、何を書けばいいのかわからない。そこで彼は自分の小便について詳細に振り返ろうと考えた。もっとも爺の小便事情など誰にも興味を持ってもらえないだろう。彼はさらに考えた。ならば、自分の姿をしなびら老人ではなく可愛らしい少女の姿で描写したらどうだろう……。
 二ページで語られるしょうもない馬鹿話。
 なのだが、「かわいい少女を使ってかけば、皆に読んでもらえる」という老人の発想は、もしかすると器械先生なりの物語論なのかもしれない。

「キメラアセンブル
 研究者の男(なんの研究者かは不明)が助手の少女ふたりに二股をかけていたことがバレてしまった。悋気の強い少女たちの恋の鞘当てはたちまち刃がむき出しの殺し合いに発展。みかねた研究者は「男として責任を取る」と言って、二人を縦に半分ずつし、その半分同士を縫い合わせて合体させるという強行(というか狂行)手段に出る。
 注がれる愛を一人分の身体でわかちあえるようになってハッピーエンド……かとおもいきや?
 これまたウィットの効いたコメディ短篇。ラストのツイストがガッチリはまっている。プロットだけなら道満晴明っぽい。斯界でも評価が高いらしくコミティア三十周年記念本『コミティア 30th クロニクル』にも採録されている。

『器行類』(2008年8月)

 ある地域が謎の機械生物によって制圧され、そこの住民たちは頭部以外の身体を機械化され思考も奪われ〈器行類〉と呼ばれる兵器に仕立てられてしまう。主人公の少女も改造被害に遭ったものの(みぞおちから下と腕部の肘から先が骨だけになったような姿。手には振り子ギロチンめいた形状の刃物が仕込まれている)、かろうじて理性は保っていた。
 〈器行類〉鎮圧にやってきた人間側の軍隊に保護された彼女は、とある自分の特性に気づき、〈器行類〉と戦うことに。
 ミリタリテイストがやや強く、人間兵器として悲壮な決意を背負った主人公は『最終兵器彼女』を彷彿とさせる。作中では「人間でなくなった自分、兵器になってしまった自分」について少女が今後揺れ動いていくことが示唆されており、そういう点でもセカイ系っぽい。自分の意志ではなく兵器として改造されてしまう悲劇という面からいえば、「Heart Shaped Box」からモチーフを受け継いでいるともいえる。
 アクションも以前より格段に洗練されている。アフタヌーンぽくなった。対峙する相手となるメガネ少女ロボ? のゴツい造形もいい。
 タイトルはハラルト・シュテュンプケ鼻行類』のもじりだろうか。

『FRACTURE!』(2009年2月)

 Damasing Stories Issue 3 。三篇が収められた短編集。

「オーダーメード」
 金持ちのお坊ちゃんが自らの屋敷をメイドロボ理想郷にするという野望を果たすために、四体のメイドロボをゲットした。それぞれに、ロボ的無感情、ツンデレ、どじっこ、ヤンデレ妹というコンセプチュアルな性格が設定されたメイドロボたちだったが、ご主人さまの寵愛を争ううちにどんどん歯止めが効かなくなり……というドタバタコメディ。
 メイドロボの性格付けはそのまま器械先生の好みなのだろうか。それはともかく、四人で殴り合ううちどんどんガワが剥げていって機械としての中身があらわになっていくプロセスが丁寧に描かれている。

「無題」(?)
 アパートで一人暮らししているロボットフェチの男が念願のロボット(人型ではあるものの人間としてのガワが一切ない、マジで完全にロボ)を手に入れ、ものすごい勢いでテンションが上がっていくだけの話。この造形に興奮をおぼえるかどうかがひとつロボ人外好きに試金石というか、分水嶺だとおもう。なんの? 人としての。

「Meat Market」
 あらゆる肉が揃うミート・マーケットにおつかいにきた少女。ひょんなことから裏路地に足を踏み入れてしまい、迷子になってしまう。そこにある男が来て、彼女に声をかけるが……というウィアード・ストーリー。
 アイデアはシンプルだが、屠殺される豚、各種肉屋の看板(トンカツ屋に豚の絵が描いてある系のアレ)、ラストのツイストといった要素やモチーフが巧みに織り込まれていて、読み応えがある。サイレントのように始まる序盤もおつかいにきた少女の不安とリンクしていて見事。収録作中の白眉。

『The Night At The Morgue』(2009年5月)

 ロボ&欠損少女イラスト集。短篇まんがも収録されている。
「今回は、そろそろか、そろそろかと自分でも思っていたのでメカっこや欠損を強めに出した本を打ち出す決定をしました。」今までの本はメカっこや欠損が弱かったのだろうか? それはともかくイントロ*8では、ドイツの産業用ロボットメーカーKUKA*9に影響を受けたと表明されている。
 いつになくコメンタリーで器械先生が饒舌に語っていて、器械先生の嗜好やデザイン思想などを汲み取れる。多脚はDOOMだっただね、とか。文中には「正面から見てベルト状になっているのが秋田県政的に理想のローレグ」「県民行事とさせて頂きたい」「秋田県政的にはそのように推奨いたします!」といったユニークな語彙が散見され、器械先生が秋田県と自分を同一視していることもわかる。
 まんが作品「夜は夜に」を挟んで後半部からは「Limbさんはボタンをかけれないので、ブラウスもシャツみたいに着るんですね。」と題されたテーマイラストが展開される。Limb(四肢)と名づけられたダルマ*10少女との日常を切り取っていく(ダルマだけに)。大部分を占めるのは、Limbさんに床ずれ防止用のクリームを塗っていくプロセス。ソフトエロ。

「夜は夜に」
 家庭教師(?)のT先生は授業終わりに毎回生徒の少女Nに睡眠薬入りのお茶を飲ませ、意識を奪ったのち、裸に剥いてその身体に臓物をぶちまけて写真を撮影していた。しかし、Nはそのことに勘づいており(そりゃそうだろう)、T先生の奇行の奥底にある更に後ろ暗い欲望も見抜いていた……。
 乱歩っぽい雰囲気すら漂う、アンニュイなエログロ短篇。表現とはある種の逃避の一種であることを思わずにはいられない。
 ちなみにこの短編を本書では「まんがポエム」と紹介している。この「まんがポエム」という表現は器械先生が自分の同人誌の短篇まんが作品を指してよく使うワードで、先生にとってまんがとは詩であるのだろうと察される。

 総じて器械先生のヤバ……個性がもっともよく溢れており、器械先生研究において最重要の文献の一つであることは間違いない。

『DAMAGING STORIES 4: 晩秋』(2009年11月?)

 短編集。三篇ともコメディ色とエロが強め。

「Limbs on Spheres
 青年サカキに恋する少女がサカキのためにお弁当を作って届ける。しかし、サカキは飼っているロボットのマールにベタベタで……というラブコメ
 マールの造形は『FRACTURE!』の「無題」のようにのっぺらぼうの顔で、身体部分は、劇中でハンス・ベルメールが引用されているように、球体関節人形が意識されている。ちなみに変形すると人型から四足歩行になり、頭部だった部分が股間に、股関部分だったところが頭部になる。食事もできる。

Light My Fire
 クラブで働く*11アンティークライトを擬人化したような少女(上半身はほぼ普通の人間と変わりなく、スカートがライトの傘の役目を果たしていて、そこから光が漏れている。脚部も装飾的。)が”電球”の交換を同僚の青年に頼む。一発ネタのエロコメディ。
 器物であるライトをそのまま人間的なシルエットに馴染ませた造形はすばらしいの一言。また器物の役割を人間に負わせる趣向はパオロ・バチガルピの「フルーテッド・ガールズ」を想起させる。数ページのコメディで使い果たすのがもったいない魅力的な世界観。

「SCULPTER」
 生命力を有した土を魔力で捏ねることで新たな生命を創造する”スカルプター”の少女。助手の青年トラヴィスは彼女の命令で新作の材料を調達しにでかけるが、モンスターに襲われ左足を奪われる。負い目を感じた少女は自らの再生技術を用い、彼の足を修復しようと試みる。
 微エロあり。男が欠損するのは器械先生作品としては珍しい。
 話としては「普通の枠からはみ出した才能の持ち主が”普通”にも役立てるように技術を修正(矯正)していく」というもので、ここだけ取り出すと『アナと雪の女王』である。
 異形が普通の人間の世界に組み入れられるという点では雰囲気こそかなり異なるものの『器行類』にもテーマ的に近い。
 

『秋田詩片』(2010年2月)

 タイトルのついてない短篇が二篇おさめられている。引き続き、コメディ色が強い。

「無題(丸ノコ少女とハサミ少年)」
両手が電動ノコギリ(丸ノコ)になっている少女と、手がハサミになっている少年のガール・ミーツ・ボーイ。伸びっぱなしの髪が作業中に電動ノコギリにひっかかるせいで常に痛い+見た目もボサボサな少女だったが、その様子を見かねたハサミ少年が髪を切って整えてやる。電ノコ少女は代わりに伸びている少年のうしろ髪を切ってあげようとするが……といったお話。
 男女が互いの足りない部分を補おうとすることで家族が生まれる、イザナギイザナミの国生み神話のような大枠を少しだけ外していて、ウィットが効いている。

「無題(ミステリーサークル)」
 ジョーンジーとローティーというふたりの女性が営む農場にミステリーサークルが発生。ふたりは下半身が円盤型で浮遊している女を捕らえ、容疑者としてしばきあげようとするのだが……といった短篇。
 しかけがあるお話なのであまり内容には触れられない。ちなみにローティーは上半身は人間で下半身がヘリというデザイン。先生曰く「ヘリ娘好き」。

『Under Within』(2010年8月)

 R-15表記。伝奇バトルもの。
 少女が校門前で男たちに突如拉致され、胸に謎の魔法陣のような紋章を刻まれたのちにまた校門前に解放される。すると、その胸の陣から異形の怪物が出現し、少女を襲い出す。そこに筋骨隆々の青年が駆けつけ、やはり胸の紋章から”エイリ”という全身紋章だらけの少女を召喚。”エイリ”は紋章からさまざまな武器を呼び出して異形たちに対抗する……。
 召喚のギミックこそはいかにも器械先生だが、大筋は青年マンガ誌に載ってそうな正統派伝奇バトル。商業デビューを控えた器械先生の”巧さ”で観せてくれる。

『秋又秋』(2010年11月)

 冒頭の1ページマンガ*12以外はイラスト集。
前半は(ゲームの)ハードモード×触手というコンセプトで、さまざまな触手が陳列される。植物成分も強め。
 後半では器械先生が Steam で積んでいるゲームを題材にしたイラストが展開される。モデルにしたゲーム名は「都市で幼女といちゃつくゲーム」*13「ロシアの地下道を行ったり来たりする内容のFPS*14などとなぜかぼかされている。
 2010年時点でゲームを積むほど買っていた*15器械先生は相当なゲーマーであることが伺える。

 本同人誌ではモデルチェンジが意識されていたらしく、文字は全編フォントではなく手書きに徹していて、全体のスタイルも「『絶対少女』*16から強く影響を受けました」とあとがきで掲げられており、献辞も「絶対少女」に捧げられている。*17得意のメカ娘も終盤で一ページちょろっと出るだけ。コメントも「思い出したようにメカっ子……。もっと描いた方が皆幸せになれるかな?」と弱気。
 秋田モルグの思春期ともいえる一冊。以降、商業デビュー*18に伴い秋田モルグの刊行ペースは開いていき、冊子からエッセイめいたコメンタリーやあとがきが後退していく。

『またあした』(2011年2月)

 多脚女子と二本足男子との甘酸っぱい会話劇コメディ。
 少年が自分の足につまづいて怪我をした少女のお見舞いにやってくる。怪我自体は大したことなかったのだが、病院の検査で少女の足が生物的には手だったことが判明し……という内容。
 足ごとに違う靴下を履かせたり、足を手と握らせてみたりと器械先生らしい多脚に対するフェティシズムがいかんなく注ぎ込まれた作品。
 これまでに比べて画のタッチがやわらかく、ほのぼのとした印象を与えている。
 タイトルは漢字になおすと「股・脚・多」。うまい。

 “old school swim wear arranging magazine”というサブタイトルが語る通り、スクール水着にインスパイアされた世界観で展開される設定資料集的イラスト集。
「すべてのスクール水着が幸せに暮らせる事が約束された地」、ウォーターフロント。多数派である「旧スクール水着」派の支配のもとでそれなりの秩序を保っていた国民たちだったが、「水着を自由に」のスローガンのもと水着デザインの改革を訴える水輝代表に率いられた革新派の登場により、守旧派と改革派のあいだで激しい闘争が勃発することとなる。
 お題目通り、スクール水着に対する細やかなフェティシズムに費やされている。映画の『ウォーターワールド』(海版マッド・マックス)みたいな話だろうか。

『ELF』(2013年5月)

 2年ぶり(コミティア換算では7回ぶり)の新作。
 甲殻類めいた異形の多脚を持つ怪物(腰から上は人型。腕は鋭い鉤状になっている)を狩る兄妹のお話。少年のモノローグとともカットインされる「ありえたかもしれない幸福な世界」*19のイメージが物悲しさを誘う。生まれついてしまった者同士の悲劇とでもいおうか。
 内省的でペシミスティックかつ詩的ありながらも短篇としての強度や風格もしっかりふせもつ。
 ときおりエフェクトや演出が平野耕太っぽくなる。

『Z-BOOK』(2014年11月)

 器械先生がコミティアで購入した縦長サイズのメモ帳に書き溜めたらくがきを収録した本。これまでのようにテーマが設定されてないので雑多な感じ。
 意外にも欠損やロボ娘は描かれておらず、普通の少女の絵や版権キャラが多い。特に『NEW GAME!』の涼風青葉がお気に入りで、二回もぞいぞい言わせている。もっとも器械先生は知人の描いている絵をみて好きになったそうで、「元ネタがあると知ったのは、このメモ帳が埋まる頃でした」。*20
 最後にはファンサービスの一環か、『アキタランド・ゴシック』のキャラが描かれている。

『モルブック』(2015年11月)

 『スクール・アーキテクト』終了直後くらいのタイミングで出された自称「らくがき本」。
 スク水ロボ娘、異形娘、兵器娘、欠損、多脚、と器械先生の興味がまんべんなく配置されている。『FLEX』のアスベスタもひさしぶりに再登場。魚の骨と甲殻類を合体させたような異形娘が特に印象的。

『あとがき』

 『クロニクル』のあとがきと共にペーパーやサークルカットを再録したもの。次回作の構想がちょろっと書かれている(商業で通るのか?)

おまけその1。『Hollow Museum』(2018年11月)

booth.pm

『クロニクル』には収録されなかった最近の作。
 ある女が晩秋になると、回想するように同じ夢を視る。子どものころのおぼろげな記憶。幼い彼女がふと立ち寄った美術館では頭部だけ少女で身体が昆虫や甲殻類や機械や骨格につながった人形が展示されていた。彼女は吸いこまれるように一際巨大な作品に魅入られる。そして――。
 という感じの幻想譚。主人公がそのまま器械先生に対応しているかは不明だが、私小説的な色合いがかなり濃いように思われる。劇中には『器行類』の文字や、ハンス・ベルメールめいた人形もあって、展示自体が「秋田モルグ」のイラスト集と映し鏡のようだ。
「向こう側」と「こちら側」があり、自分は本当は「向こう側」にいるべき人間ではないかと違和感を抱えながら、諦めたように「こちら側」で生きている。知らないままでいられたら幸せかもしれないが、見て、傷を負ってしまったら、それが「わるい」ものだとしても、もう知らなかったころには戻れない。異形への憧れが極めて鋭利に表現として昇華された一作。器械先生なりの異形論・芸術論でもあるのかもしれない。

総評というか所感

・神話の身体感覚は正しい。わたしたちは常にどこかが過剰であり、どこかが欠落している。器械作品のストーリーテリングに表れやすいのは後者だ。あらかじめ欠けてしまっているものを埋めようとする話。その欠落は欠損した肉体とそれを補完する機械という形で出たりもする。だが、身体の機能的過剰さが欠けた心を埋めることはない。
・『クロニクル』中の短篇ベスト3は「Meat Market」「Heart Shaped Box」「コーマ=コーマの密かな楽しみ」あたりでしょうか。ギャグものもきらいではないですが、つい切ないほうに惹かれてしまう。
・イラスト集では『NATIONAL MORGRAPHIC EXTRA ISSUE SPRING』のコアラ姉さん。


おまけその2。器械先生商業作品全(簡易)紹介

『アキタランド・ゴシック』(全二巻、『まんがタイムきららMAX』』連載、2011年〜2013年)

・角の生えた少女アキタ、アサヒ、コマチ、そしてアキタの姉の仲良し四人が不思議の県アキタランドで織りなす奇想日常コメディ。
・同人誌に比べてもちろん器械先生のあくの強さがマイルドにチューンナップされてはいるものの、唐突に身体がロボットっぽくなったり、(きぐるみとはいえ)アキタが身体が異形っぽくなったりとところどころで趣味性が発揮されている。
・趣味といえばゲームや映画の話が多い。
・同人誌とのからみでいえば「Meat Market」の「肉屋の看板に使われる動物」ネタがリサイクルされている。もちろん、人肉はありませんが。
・一話ワンシチュエーションの奇想がセッティングされ、アイデアがかなり濃い。
・なぜ二巻で終わったのかは永遠の謎とされている。未だに熱狂的なファン多数。

『スクール・アーキテクト』(全二巻、『まんがタイムきららMAX』連載、2013年〜16年*21

・地下が謎空間につながっている学校で、ちょっと個性的な仲間たちが織りなす学園群像四コマ。一巻と二巻でそれぞれ異なるメインストーリーめいた大枠があり、最初は日常系のように始まってだんだん大きな流れへとシフトしていく構成。
・一巻では姉妹の、二巻も姉弟の”願い”の物語が大きなウェイトを占める。
・一巻では特に百合の成分が濃い。
・基本的にはご家庭でも安心して読めるが、まれに半分強化外骨格めいた竹馬を校内で乗りまわす大道芸部女子や骨(骨格)にすさまじい執念を示す女子などが出てくる。
・特に竹馬女の話は器械思想のエッセンスが凝縮されている。必読。

『仮免サンタのサンディさん』(全二巻、『まんがライフオリジナル』連載、2017年〜2020年)

・ノリのかるいサンタ見習いのサンディさんが経験を積むためにしのぶという女の家に押しかけるドタバタコメディ。仮免サンタとなるサンディだが実は……というツイストも。
・前作に比べても割合カラッとした作品に仕上がっている。
・商業では初めての非四コマ。
・やっぱり角は生やす。
・あちらがわ(異界)とこちらがわの混ざり合う生活は商業三作では一貫したモチーフな気がする。

仮免サンタのサンディさん 1 (バンブー・コミックス)

仮免サンタのサンディさん 1 (バンブー・コミックス)

  • 作者:器械
  • 発売日: 2019/08/27
  • メディア: コミック

*1:『稀刊 奇想マガジン』準備号(鴨川書房)より

*2:こういうところでは敬称をつけない主義なのだが、あまりに普通名詞すぎるので便宜上器械先生と呼ぶ。

*3:初期は「異形機械化」「女子改造」などと器械先生は呼んでいた。

*4:研究成果に決着をつける、とは本編の解説の表現ママなのだが、具体的にどういう行為を指すのかよくわからない

*5:滅んだのは一国だけっぽいが

*6:人間の作業員が解体器を見て人間と勘違いするシーンが出てくる。つまり、解体器は”人間”っぽくないのが普通であるということ。

*7:かろうじてそれらしいと言えるのは黒い妖精たちが死体を弄んで損壊してしまうところくらいだおるか

*8:ダ・ヴィンチの人体スケッチのような絵が付されている

*9:現在は中国の美的集団の子会社

*10:四肢が欠損している状態を指す。Limbさんの場合は両腕が肘より少し下から、両足は股あたりからなくなっている。

*11:コンパニオンのような存在だろうか

*12:異世界に通じる本のいくつかのうちハードモードの書を選んでしまいひどい目に合う少女の話

*13:Bioshock

*14:Metro 2033

*15:当時 steam でダウンロードできるタイトルは1000ほどしかなかったはず

*16:FGOなどで有名なイラストレータRAITAの同人サークル

*17:『クロニクル』のあとがきでもSPECIAL THANKS がRAITAの名前がある。よほど思い入れが強いのだろう。会ったことはないとか。

*18:2011年1月発売の『まんがタイムきららMAX』3月号に『アキタランド・ゴシック』のパイロット版が掲載され、後に正式連載化されデビュー

*19:想像のなかで怪物は、ケンタウロスめいた下半身とヒツジっぽい渦巻状の角の生えた穏やかそうな生物として登場する。

*20:NEW GAME!』は『アキタランド・ゴシック』と同じくきらら系列ではあるのだが、前者は『まんがタイムきららキャラット』、後者は『まんがタイムきららMAX』。雑誌が違えば存在も知らないということは普通にあるだろう

*21:雑誌掲載から最終巻描き下ろしまでをカウントした場合