名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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新潮クレスト・ブックス全レビュー〈10〉:『西への出口』モーシン・ハミッド

モーシン・ハミッド『西への出口』、Exit West、藤井光・訳、英語



 私達はみな、時のなかを移住していく。
                (p.167)



西への出口 (新潮クレスト・ブックス)

西への出口 (新潮クレスト・ブックス)



 内戦下にある国のある街で、サイードとナディアは恋に落ちる。戦争に日常を蚕食されていくなか、ふたりは不思議な噂を耳にする。「扉」の噂だ。なんの変哲もない扉が、突然、遠くにある別の街へと繋がる扉へと変わるという。ふたりは戦火を逃れるために「扉」をくぐることを決意する。
 はたして「扉」は噂通り西へーーギリシャのミコノス島に繋がっていた。ふたりは難民として流れ着いた地で生き延びようとし、あたらしい「扉」をくぐるたびにさらに西へと移っていく。そして流亡の日々のなかで、ふたりの関係も更新されていく。
 世界は静的にはできていない。常に変貌していく。そうして、なにが変わっていくのか。自分とモノ、そして自分と他者との距離だ。
 サイードとナディアの風景をまず作り変えたのは、戦争だった。多くの戦争フィクションにおける市街戦の描写で明らかなように、戦時下における街は平和な時の街と違う表情を見せる。家族や生活を包む建物は、銃弾を避けるための防護壁となり、敵が潜んでいるかもしれない物陰となる。窓も外を眺めるための安全で透明な壁などではなくなり、「死が入ってくるとすればその可能性がもっとも高い境界」(p.59)へと変わる。
 そうしたリアリスティックな観察の延長線上で、モーシン・ハミッドは扉に魔法をかけた。
「扉」をくぐることは亡命越境のメタファー、というかその行為そのものとして描かれる。ファンタジーめいた「扉」の先には難民キャンプがあり、現地民による難民差別があり、テクノロジーによる監視があり、要するに現実がよこたわっている。
 単に戦争難民の流氓の物語として書くこともできたはずだった。かれらの艱難辛苦に寄り添ったドキュメンタリー的な書き方だって採れただろう。しかし、本書は意図的に抽象化を徹底した。本書に出てくる登場人物はナディアとサイード以外、名前を与えられていない。彼らの故郷である街も国もその名が示されない。
 モーシンはそうした寓話的な手法の意図を問われ、「読者自身の、あるいは読者に親しい人の住む街として想像してもらいたかった」*1と答えた。自らの住むパキスタンのラホールをモデルにしたが、そこが戦火に晒されると想像するのがつらかった、なぜならたぶん起こらないだろうが、全くありえないことではないから、とも。
 本書は特定の場所に生まれた特定の誰かの物語ではない。だからこそ、本書は名前をもったふたりの人間の恋愛という普遍的な切り口を通して語られるのだろう。
 劇中でもサイードはこんなセリフをナディアに言う。「空は同じで、時刻が違うだけだよ」。
 それは人間同士の関係を指しているのかもしれないし、悲劇の無場所性を指しているのかもしれない。わたしたちは結局みんな同じ場所にいて、ただ異なる時刻に生きているだけの存在なのかもしれない。
(1034文字)

2020年にアメリカで公開され(そうになって)る期待の新作映画リスト

公開日はアメリカ合わせ。調べ方が雑なので合ってないかもですが。

(参考サイト)
https://editorial.rottentomatoes.com/article/most-anticipated-movies-of-2020/
https://www.slashfilm.com/most-anticipated-movies-of-2020/
https://filmschoolrejects.com/anticipated-good-movies-2020/
https://www.vulture.com/2020/01/2020-movies-the-68-most-anticipated-films-this-year.html


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1月

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The Gentlemen(ガイ・リッチー監督)
『アラジン』ですっかりファミリー映画監督になったと思われていたガイ・リッチーが原点であるイギリスギャングものに回帰。主演はマシュー・マコノヒー。脇をチャーリー・ハナムヒュー・グラント、ジェレミー・ストロング、コリン・ファレルとそこそこ豪華な俳優陣が固める。

Gretel & Hansel (オズ・パーキンス監督)
童話の『ヘンゼルとグレーテル』をベースにしたホラー。予告を観るかぎりでは雰囲気がよく出来ていて期待を持てそう。ハリウッドでは定期的にヘンゼルとグレーテルものが出ますね。


2月

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ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY(キャシー・ヤン監督)

実はそこまで期待はしていないけれど、その年のスーパーヒーロー映画を占うビッグタイトルであることは間違いないでしょう。日本では3月公開。

The Lodge(セベリン・フィアラ&ベロニカ・フランツ監督)
『グッドナイト・マミー』で一躍オーストリアにこのコンビありと知らしめたフィアラ&フランツ*1の初英語フィルム。ライリー・キーオ演じる若い母親が養子の子ども二人と大雪でキャビンに閉じ込められ、いろいろとヤバげな現象に襲われる……的な話らしい。これも予告が雰囲気たっぷりでよく出来ている。でも『アナ雪2』っぽいポスターアートはどうかと思います。

Downhill(ナット・ファクソン&ジム・ラッシュ監督)
『プールサイド・デイズ』のファクソン&ラッシュコンビの新作! 六年くらい音沙汰がなかったのでもう監督はやらないのだと思ってたのでびっくりです。ジム・ラッシュは俳優として超多忙*2でもあるし。
内容はというと、なんとリューベン・オストルンドの『フレンチアルプスで起きたこと』のリメイクで二度びっくり。主演の夫婦役をウィル・ファレル、ジュリア・ルイス=ドレイファスというアメリカを代表するコメディ役者が務めます。予告編観るかぎりでは結構原作に忠実っぽいですが、やはりアメリカ人がやるとアメリカのコメディっぽさが出ますね。

The Invisible Man (リー・ワネル監督)
『ソウ』以来の盟友であるジェイムズ・ワンに比べていまいちブレイクしきれなかった印象のリー・ワネルでしたが、ジェイソン・ブラムと組んだ前作『アップグレード』でSF映画監督として一挙に開花。その勢いを駆って再度ブラムをプロデューサーに迎え、『透明人間』のリメイクに挑みます。
ユニバーサルが鳴り物入りで立ち上げたものの、第一作の『ザ・マミー』の失敗で企画ごとコケた「モンスター・ユニバース」の残滓らしいですが、果たして。

3月

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First Cow(ケリー・ライヒャルト監督)
ケリー・ライヒャルトと原作脚本ジョナサン・レイモンドの四度目のタッグ。2019年のテルルード映画祭で上映され、すでに批評家から好感触を得ている。牛さんがかわいい感じになりそうですね。

Onward(ダン・スキャンロン監督)
ピクサーの新作。青いエルフやドワーフの出てくるアニメってだけでテンション下がるところある*3んですけど、まあピクサーなんだから観たらどうせそこそこいい感じになるんだろうな、という信頼があります。主演はトム・ホランドクリス・プラットのマーベルヒーローコンビ。

Saint Maud(ローズ・グラス監督)
去年のトロント映画祭で高い評価を得たホラー。米国配給をA24が務めており、内容もいかにもA24好みのスタイリッシュなアートホラー&ダークな宗教色。これが監督デビューのローズ・グラスですが、第二のアリ・アスターとなれるかどうか。

Spenser Confidential(ピーター・バーグ監督)
みんな大好きピーター・バーグ&マーク・ウォルバーグ(『ローン・レンジャー』などのコンビ)の最新作はなんと戦争ではなくハードボイルド私立探偵もの。しかもロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズ。正確にはパーカー本人ではなく後を継いだエイス・アトキンスによるスペンサーものの映画化ですが、いずれにせよお前らでほんとうに大丈夫なのか? なぜかポスト・マローンとかも出る。ネトフリ作品なので日本でもさして時差なく観られるはず。

The Way Back(ギャヴィン・オコナー監督)

みんな大好きギャヴィン・オコナーベン・アフレック(『コンサルタント』のコンビ)の最新作のネタはバスケットボール。アル中になって選手からコーチに転身を余儀なくされたベン・アフレックが中毒と戦う話。オコナー監督でスポーツものというと傑作『ウォリアー』が思い出されるだけに、期待大。

4月

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The Lovebirds(マイケル・ショウォルター監督)
『ビック・シック』で大成功を収めたショウォルターとクメイル・ナンジアニのコンビが再び。今度はミステリ仕立てのロマンティック・コメディらしいです。

Peter Rabbit 2: The Runaway(ウィル・グラック監督)
ベアトリス・ポッターが墓場から出てきてキレそうなイロモノコメディとして登場したわりに意外なクオリティの高さを見せた『ピーター・ラビット』の続編。俳優・声優陣はもちろん、監督のウィル・グラックも続投。

No Time To Die(キャリー・フクナガ監督)
タイトルに007ってつけないと007ってわかんねーでしょうが。ダニエル・クレイグボンドのラストアクト。そういえば、クレイグが引退したらベン・ウィショーもいなくなるんスよねえ。

Antlers(スコット・クーパー監督)
激シブ映画しか取らないウルトラ硬派なスコット・クーパーがホラーを!!???

5月

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The Personal History of David Copperfield (アルマンド・ラヌッチ監督)
スターリンの葬送狂騒曲』や『VEEP』でコメディの名手として愛されるラヌッチの新作はチャールズ・ディケンズの映画化。笑えるヴァージョンになっているらしい。

Greyhound(アーロン・シュナイダー監督)
アカデミー実写短編賞を受賞したのち、2010年にデビュー長編 Get Low で高い評価を得たアーロン・シュナイダー監督久々の新作、といってもいずれも日本で未紹介なのでよくわからない人ではあります。しかし、トム・ハンクスが主演に配されていることからもポテンシャルは察せようというもの。内容はUボートに付け狙われる軍艦の航海を描く戦争もの。

The Woman in the Window (ジョー・ライト監督)
最近のジョー・ライト(『チャーチル』を含む)にはもはや希望を抱けなくなってしまったのですが、それでも観に行ってしまうんだろうな。原作は『裏窓』をリスペクトしたスリラーらしいです。日本公開に合わせてハヤカワあたりで訳されそう。→既に出てます。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上


Barbie(グレタ・ガーウィグ監督)
ガーウィグ監督、ノア・バームバック脚本という仲がよろしいことで大変結構ですねなコンビによるなぜこの企画なんだ映画。そう、バービー人形の映画化。プリマイズを聞くかぎり、相当ひねってはくるっぽいですが。
ただ、5月公開ということになっているのに作っている雰囲気が全然ない。

6月

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Soul(ピート・ドクター監督)
ピクサー新作その2。ピート・ドクターを信頼しないでどうしますか。
みてくれは『インサイド・ヘッド』×ジャズ版『リメンバー・ミー』といった印象。

7月

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Free Guy(ショーン・レヴィ監督)
ゲーム世界のNPCがある日自分がゲームのキャラクターだということに気づくコメディ。この手の話なら主演はもちろんライアン・レイノルズ。あまり期待できなさそうな予告編が気がかり。

TENET(クリストファー・ノーラン監督)
泣く子も黙るノーラン新作。今回は『インセプション』気味の路線っぽいし、好みかもしれない。

Jungle Cruise(ジャウム・コレット=セラ監督)
パイレーツ・オブ・カリビアン」や「カントリーベア」や「ホーンテッドマンション」といったディズニーランドの人気アトラクションをことごとく映画にしてきたディズニーがこれを映画化しないわけはないよね、ということでみんな大好き「ジャングル・クルーズ」。主演がドウェイン・ジョンソンなのはともかく、監督がなんとジャウム・コレット=セラ。出世といえるかどうかはわかりませんが、そこそこの規模のアクションスリラーばかり手掛けてきたハリウッド随一の職人が大作でどう仕立てるのか。

9月

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モンスターハンターポール・W・S・アンダーソン監督)
実はモンハンに触った経験がゼロなのですが、これは気になる。

The King’s Man(マシュー・ヴォーン監督)
すっかり地位を確立した人気英国スパイ・アクションの三作目にしてプリクエル。マシュー・ヴォーンの悪趣味はどこまで健在でしょうか。

Last Night in Soho(エドガー・ライト監督)
むしろエドガー・ライトの新作を観なくて何を観るというのでしょうか。ニコラス・ローグの『赤い影』とポランスキーの『反撥』にオマージュを捧げたホラー映画らしく、本気か? とおもいもしますが、主演にアニャ・テイラー=ジョイを据えたあたり、どうやら本気のようです。

The Trial of the Chicago 7(アーロン・ソーキン監督)
モリーズ・ゲーム』で脚本家としてだけではなく監督としての手腕も証明したアーロン・ソーキンの新作。1968年にベトナム戦争反対デモで逮捕された七人、通称「シカゴ・セブン」を描く実話劇。もともとは2007年にスピルバーグ監督で決まっていたのが俳優組合のストにより潰れた企画の十年後しの映画化。

10月

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Death on the Nile (ケネス・ブラナー監督)
オリエント急行殺人事件』のリメイクからの続き。今度は『ナイルに死す』(『ナイル殺人事件』)ですね。こちらも以前ギラーミン監督で映画化されていますが。

The Witches(ロバート・ゼメキス監督)
英国の大作家原作の映画化作品のリメイク、という点ではこちらも。もとはロアルド・ダール『魔女がいっぱい』を原作にニコラス・ローグが『ジム・ヘンソンのウィッチズ』として1990年に映画化しました。ゼメキスが結構長い間温めてた企画っぽい。

ゴジラVSコング(アダム・ヴィンガード監督)
本来ゴジラ映画にはそれほど思い入れはないんですが……監督がアダム・ヴィンガードなんですよ! 『ビューティフル・ダイ』の! 『サプライズ』の! 『ザ・ゲスト』の! 
『ブレア・ウィッチ』以降はメジャーに活躍の場を広げたものの、あんまり奮わない印象ですが(中規模ホラー作ってるのが一番向いてる気がする)、本作がヴィンガード一世一代の晴れ舞台であることはたしか。公開が半年以上延期されたり、脚本がテリー・ロッシオだったり、いろいろと不安要素はありますが、希望は持ちたい。

Raya and the Last Dragon(ポール・ブリッグス&ディーン・ウェリンズ監督)
ディズニー最新作。ディズニー初の東南アジア舞台。孤独な戦士の少女ラヤが最後の水竜(人間に変身できる)シスーと出会うファンタジー。シスー役に起用されたのはすっかりアジア系女優ナンバーワンの地位を確立したオークワフィナ。彼女が演じるということは結構コメディちっくな掛け合いが中心になるのでは。
監督はジョン・ラセター体制以降のディズニーにおいて数々の作品でストーリーボードのヘッド・アーティストを務めてきたポール・ブリッグス。ちょうど『ヒックとドラゴン』が完結したタイミングでの新しいドラゴンものは吉と出るか凶と出るか。

Respect(リーゼル・トミー監督)
アレサ・フランクリンの伝記映画。鉄板な題材だけに、きちんとアクセントつけないと埋もれてしまう危険もありますが……。主演はジェニファー・ハドソン。監督はトニー賞ノミネート経験もある舞台監督ですが、映画はこれがデビュー作。

12月

Dune(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)
あの『デューン』を、あのドゥニ・ヴィルヌーヴが監督する。相変わらずヴィルヌーヴさんギャンブル性高い企画をチョイスするなあといった印象ですが、はてさて。公開されるまでホドロフスキーには生きていてもらいたいもんです。

Uncharted (トラヴィス・ナイト監督)
あの大人気アクションゲームシリーズを『クボと二つの弦』や『バンブルビー』のトラヴィス・ナイトが映画化。なんで??
主演はトム・ホランド。新世代のインディー・ジョーンズ映画のポジションを担えるか。

West Side Storyスティーブン・スピルバーグ監督)
あの映画化も大成功した大人気ブロードウェイ・ミュージカルをスピルバーグ監督が再度映画化。だからなんで???


Coming 2 America(クレイグ・ブリュワー監督)
ネトフリの『ルディ・レイ・ムーア』で大成功を収めたブリュワー&エディー・マーフィーのコンビがふたたび。それで何を作るかというとなんと1988年の『星の王子 ニューヨークに行く』の続編。
王位を次ぐために故国に戻ったアキーム王子でしたが、彼も知らない息子の存在が発覚。迎えに行くためにアメリカへと再び飛びます。

News of the World(ポール・グリーングラス監督)
トム・ハンクス主演その二。南北戦争直後のアメリカで、トム・ハンクス演じる記者が孤児の少女を彼女の親戚のもとへ届けるために旅するロードムービーらしい。

未定

The French Dispatch (ウェス・アンダーソン監督)
ウェス・アンダーソン監督最新作。観る理由としてはそれだけで十分です。公開予定は未定ですが、どうせ映画祭合わせで作ってるんだろうなあ。フランスの架空の街を舞台に、「ジャーナリストたちへのラブレター」的な作品になるとのこと。ジャック・タチみたいな感じになるのかな? 主演は俺たちのティモシー・シャラメ

I’m Thinking of Ending Things(チャーリー・カウフマン監督)
チャーリー・カウフマン監督最新作。観る理由としてはそれだけで十分です。
前作の『アノマリサ』はストップモーションアニメでしたが、今度は実写っぽい。主演は俺達のジェシー・プレモンス。


Mank(デイヴィッド・フィンチャー監督)
デイヴィッド・フィンチャー監督。観る理由としては以下略
『マインド・ハンター』続編無期限制作延期という悲しいニュースが飛び込んできたばかりですが、新作映画が観られるなら文句ないです。もっとも、フィンチャーの「予定」ほど頼りにならないものはないですが。
内容は『市民ケーン』における脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツと監督オーソン・ウェルズの相克を描いたハリウッド内幕ものだとか。
しかし何より注目は脚本担当の名前。2003年に亡くなったフィンチャーの父親、ジャック・フィンチャーが脚本家としてクレジットされてるんですね。もともとジャックはジャーナリスト兼脚本家みたいな人だったらしいんですが、果たしてどういう作品になるのやら。

C'mon C’monマイク・ミルズ監督)
マイク・ミルズ監督、ホアキン・フェニックス主演。
もう一度言います。マイク・ミルズ監督、ホアキン・フェニックス主演。
以上。2020年内に公開決まるか若干厳しいかな。


Rebeccaベン・ウィートリー監督)
かつてヒッチコックが映画化したデュ・モーリアのゴシック・マスターピースレベッカ』をリメイクするのはイギリスの狂児ベン・ウィートリー。どう考えてもまともなゴシック・ホラーになりそうにないのですが、それは不安ではなく期待です。


Ammonite(フランシス・リー監督)
名作恋愛劇『ゴッズ・オウン・カントリー』のフランシス・リーの最新作は、主演ケイト・ウィンスレットシアーシャ・ローナンレズビアン伝記もの。
日本では去る事情*4から知名度を爆上げした19世紀の女性化石発掘者メアリー・アニング(ウィンスレット)と貴婦人であるシャーロット・マーチソン(ローナン)の階級に隔てられた切なくもロマンティックな関係を描くのだとかなんとか。*5


Ironbark(ドミニク・クック監督)
そのシアーシャ・ローナンが主演を務めた2018年の『追想』で監督デビューを飾ったドミニク・クック。最新作はベネディクト・カンバーバッチ主演の実録スパイもの。ソ連の核開発計画を入手するためにCIAを助けた英国人ビジネスマンの活躍を描きます。1月のサンダンスでプレミアらしいので、そこで買い手が決まるか。

Tesla(マイケル・アルメレイダ監督)
イーサン・ホークが長年の盟友アルメレイダ監督と組んで、ニコラ・テスラを演じる、というだけでなかなかおもしろそう。こちらもサンダンスでプレミア。

Kajillionaire(ミランダ・ジュライ監督)
海外文学大好きっ子たちのアイドル、ミランダ・ジュライ九年ぶりの長編映画。制作はブラピのPlan Bと天下のアンナプルナという盤石の布陣。これもプレミアがサンダンスですが、そこでの盛り上がり次第ではマイク・ミルズの新作(間に合えば)と揃ってアカデミー賞で夫婦ノミネート……なんていう夢も膨らみます。

Cut Throat City(RZA監督)
アイアン・フィスト』以来となるRZA監督作品。ケイパーものっぽいんだけど詳細は不明。テレンス・ハワードウェズリー・スナイプスが出るよ。3月のSXSWで初プレミア。

Bernstein (ブラッドリー・クーパー監督)
アメリカの偉大な音楽家レナード・バーンスタインの伝記映画。『アリー スター誕生』で作家としての実力も証明したブラッドリー・クーパーが、監督・脚本・主演の三役をつとめます。

Blonde(アンドリュー・ドミニク監督)
き、きさまはアンドリュー・ドミニク! まさか生きていたとは……。そして彼が(年内公開なら)八年ぶりの監督作に選んだのは、文豪ジョイス・キャロル・オーツの『ブロンド マリリン・モンローの生涯』。『ジャッキー・コーガン』のときといい、またイキったチョイスを……。いずれにせよ、楽しみな組み合わせ。

Hillbilly Elegy(ロン・ハワード監督)
日本でもちょっと話題になったノンフィクション『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』の映画化。読んだ記憶があるけど、基本的に「貧乏白人の生活はクソ。でも俺(著者)はがんばったから偉い」みたいな部分くらいしか覚えてません。
著者ではなく、著者の母親を主人公に据えるつもりらしく、エイミー・アダムスが主演としてクレジットされてます。
去年の6月に撮影スタートして、ディストリビューションがネトフリなこともありますし、まあ今年中には公開されるでしょう。日本ではどうかな。

Make Up(クレア・オークリー監督)
自分の恋人が浮気していることを疑う少女がどんどんその想念を膨らませていく話。低予算ながら、すでに批評家からは上々の評価を得ている。

Prisoners of the Ghostland(園子温監督)
例の園子温アメリカでニコラス・ケイジと組んだやつ。案外日本人でやるよりもうまくいきそうな気がする。

After Yang(コゴナーダ監督)
A24案件のSF。監督はクライテリオンのネット動画チャンネルで映画分析エッセイ動画をえんえん作っていたひとで、おそらく相当のシネフィル。小津安二郎の大ファンでもあり、奇妙なペンネームは小津作品で脚本を多く担当した野田高梧から取っているとか。ヤバい人では。


Army of the Dead(ザック・スナイダー監督)
いろいろと辛いことがあったスナイダー監督ですが、自由にのびのびとやってほしいと切に願います。ゾンビものに回帰するらしい。ディストリビューションはネトフリ。

Macbeth(ジョエル・コーエン監督)
コーエン兄弟監督作」ではなく、「ジョエル・コーエン監督作」。もちろん、シェイクスピアの映画化。脚本のクレジットを観る限り、ジョエル自身の手も入るようだけれど、どうなることやら。デンゼル・ワシントンとかブレンダン・グリーソンとか出るらしい。想像できない。

Next Goal Wins(タイカ・ワイティティ監督)
ジョジョ・ラビット』でオスカーノミネート監督にのしあがったタイカ・ワイティティのスポーツコメディ。FIFAランキング万年最下位のサモア代表にオランダ人監督がやってきて、勝利を目指してワールドカップ予選に挑んだ実話の映画化。主演のオランダ人監督役はマイケル・ファスベンダー。もとになったドキュメンタリー『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』は日本でも観られます。

Benedetta(ポール・ヴァーホーヴェン監督)
はい、ヴァーホーヴェンの新作。17世紀のイタリアに実在したレズビアンの尼僧の愛の物語。もともとは2019年のカンヌでお目見え予定でしたが、ヴァーホーヴェンが手術を受けたこともあってポスプロが遅れて結局2020年公開に。

False Positive(ジョン・リー監督)
ホラー映画であることと監督名(テレビコメディで活躍した人で、これが劇場映画監督デビュー作)と出演陣(イラナ・グレイザー、ジャスティン・セロー、ジョシュ・ハミルトン、ピアース・ブロスナン)とA24製作であること以外ほぼなにもわからない。けれどA24のホラーというだけでチェックリストに入れてしまう。

Mob Girl(パオロ・ソレンティーノ監督)
巨匠ソレンティーノの最新作。FBIの情報提供者になったNYマフィアのお母さんの実話を映画化。主演はジェニファー・ローレンス。ソレンティーノ監督作品で女性主人公は初めてなのだとか。Imdbではまだプリプロ段階ということになってるけれど、公開は2020年セッティング。間に合うのかな?

The White Tiger(ラミン・バーラニ監督)
2008年にブッカー賞を受賞し『グローバリズム出づる処の殺人者より』というどうなんだなタイトルで邦訳されたアラヴィンド・アディガの小説を実力の割にいまいち報われている感のないラミン・バーラニ監督が映画化。一方的とはいえ書簡体形式の原作をどう料理するのか、楽しみ。


映画秘宝 2020年 03 月号 [雑誌]

映画秘宝 2020年 03 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: 雑誌

*1:ベロニカ・フランツの夫はなんとウルリッヒザイドル

*2:ドラマ版の『ハーレイ・クイン』ではリドラー役を務める予定だとか

*3:主にパラマウントのせい

*4:まんがでわかるFGO

*5:ちなみに去年この企画が発表されたときに、アニングの縁戚から「アニングが同性愛者かどうかわかんないんだから勝手なもん作るな」と批判を受けて、それに監督がツイッターで応答したりして、ちょっとした論争が起こっていたらしい。https://www.indiewire.com/2019/03/kate-winslet-saoirse-ronan-lesbian-ammonite-fictional-gay-relationship-1202051788/

まるで天使のようなサム・ロックウェルーー『リチャード・ジュエル』について。

(本記事は『リチャード・ジュエル』の重大なネタバレを含みます)

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ーーイーストウッドさん、最近のあなたは実際にあったヒーロー的な出来事に惹かれているようですね。なぜこうした物語があなたに芸術的なインスピレーションを与えるのでしょうか?

イーストウッド:ある人の人生がどのようにぶち壊されたのか。そういうことは実際に沢山起こっていますが、どれもとても奇妙です。ある日、世界の頂点に立ったと思ったら、次の日にはどん底に突き落とされている。本作はその格好の例ですね。
https://torontosun.com/entertainment/movies/clint-eastwood-on-richard-jewell-hes-a-real-life-hero-who-got-completely-screwed-over

 英雄になれ、とアメリカは言う。
 その「英雄」とはもちろんジョセフ・キャンベル的な意味での英雄を指してはいない。他者に優越すること、ずば抜けた勝者であることの言い換えだ。
 要は、存在するに値する人間であることを証明しろ、と言っている。取るに足らない人間はアメリカ人ではない。


 いつ映画館に来てもヒーロー映画ばかりだ。
 クリント・イーストウッドも最近はヒーロー映画ばかり撮っている。ただし、彼のヒーロー映画には空跳ぶ鎧を着た大富豪もいなければ、神のような超能力を持つ超人も出てこない。
 運命的なその瞬間に、英雄的な行動を取り、英雄として讃えらることになった、市井の英雄たち、それがイーストウッド映画に出てくるヒーローだ。
 しかも愛すべきピーター・バーグ作品に出てくるような、なんのひっかかりもなしに素直に感動を与えてくれるようなヒーローたちではない。
 何かが狂っている。『アメリカン・スナイパー』のクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)ははっきりとPTSDを患っていたし、『ハドソン川の奇跡』のサリー機長(トム・ハンクス)は完璧なはずだった自らの判断を疑い自家中毒に陥っていく。*1


『リチャード・ジュエル』のリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)も何かがおかしい。
 彼は一見鈍臭そうではあるが、実はよく気がつく備品補充係の青年としてスクリーンに現れる。ジュエルは上司であるワトソン(サム・ロックウェル)と交流を深めるうち、「将来は法執行機関に務めたい」と漏らす。「人々を守りたいんです」と。
 やがてジュエルは省庁の備品補充係を辞め、大学で警備員の仕事に就く。そこで職務熱心のあまり、大学の敷地外でも学生に対して秩序と規律を強く要求しすぎ、問題を避けたい大学から解雇されてしまう。そのときに学長に対してジュエルは「『ミッキーマウス映画みたいな騒ぎ(mickey-mousing)はごめん』だっておっしゃってたじゃないですか」と詰め寄る。「重要だと思ったこと」をびっしり書き留めたメモ帳を開き、何度も学長の「ミッキーマウス」発言を繰り返す。
 大学をクビになったあと、ジュエルは友人と射撃場でライフルを撃ちながら「昇進の知らせかと思ったら解雇の知らせだった」とぼやく。
 ズレている。観客はジュエルの異様さを嗅ぎ取りだす。その言動、振る舞い、特に法秩序をやたら重視する傾向から、単なるボンクラっぽい哀れな青年、という以上のなにか強迫観念を抱えていることを察しだす。


 折しも1996年。ジョージア州ではアトランタ・オリンピックが催されていた。彼はオリンピック会場の警備員の職にありつく。オリンピック会場、といっても、コンサートの会場だが。とにかく人は集まる。テロのターゲットにされる可能性はあるだろう。
 けれど、実際に不審者や不審物に気を配ろうとするのはジュエルだけだ。
 同僚の警備員や警察官たちはジュースを飲みながら、益体のない雑談に興じている。ジュエルも自分もセキュリティの一員であると誇示するかのように会話の輪に加わる。ひとりが地元交通局の手際の悪さをあざける。あくまでの内輪の会話の、その場限りのジョークとして。だが、ジュエルは交通局を擁護する。目の前の同僚より、秩序を保つために動いてる交通局の側に立つ。
 彼は空気が読めない。
 だからこそ、弛緩したコンサート会場の雰囲気に流されず、爆弾を見つけだす。
 
 
 大量殺戮を防いだジュエルは一夜にして英雄になる。
「私はヒーローではありませんよ。本当の英雄は、あの場にいて避難誘導に尽力した警察官や警備員です」と一応はテレビのインタビューに答える。だが、内心では英雄扱いにまんざらでもない。
 出版社からは自伝の出版まで打診される。
 出版契約について右も左も分からないジュエルは、唯一知る法律の専門家を頼る。電話を受けたワトソンは以前の省庁を辞め、独立して不動産関係の弁護士事務所を開いていた。彼はジュエルに助言する。以前、同じ職場だったときと同じように、頼れる先輩として、兄貴分としてジュエルに接する。「どんな契約書であれ、俺が読むまで絶対にサインはするな」

 
 FBIがジュエルを捜査対象としていることがマスコミ*2に漏れ、彼はやはり一夜にして英雄の座から疑惑の人へと転落する。
 FBIやテレビは犯人像をプロファイリングする。英雄になりたがる孤独な人間。類型。イメージ。そうした型がジュエルに容疑者の烙印を押す。

 
 FBIの捜査官たちは彼を支局の一室に閉じ込める。講習用ビデオの撮影だ、と言葉巧みに騙して、調書にサインさせようとする。あくまでレプリカにサインするだけだと嘘をついて。
「俺が読むまで絶対にサインはするな」
 ジュエルは頑なに拒む。ワトソンに電話する。
 ワトソンがジュエルの担当弁護士になる。
 

 奇妙なことにジュエルは容疑者として報道されるようになってからも、オリンピック警備員用のシャツを着て生活する。
 背中には大きく Security の文字。保護するもの。その使命を果たしたからこそ、彼はいったんは英雄になれた。英雄とは、人々を守る存在だから。
 だが、劇中で最もか弱く、不安定(insecure)な人間は誰か。ジュエル自身だ。一度持ち上げられた自尊心を粉々に破壊され、英雄としての自分を傷つけられ、四六時中泣いてばかりの母親よりも不安に陥っている。
 そのジュエルを守る存在は誰か。
 ワトソンはジュエルに何度も言い含める。「俺以外の誰とも喋るな。FBIの人間とは絶対会話するな」
 ジュエルはしかし、「僕にだって言いたいことはある」。
「でも喋るな」
 FBIが家宅捜索にやってくる。
 ジュエルはワトソンのいいつけに何度もそむき、自分は捜査に協力的だとFBIに対してアピールする。そして、あまつさえ重要な録音まで捜査官に渡してしまう。
 ワトソンは怒る。なぜ権威を相手にするとそんなに従順になるんだ。ドアマットみたいに踏みつけにされてるんだぞ。怒りはないのか。俺の弁護が必要ないのか? だったらなんでそもそも俺に助けを求めた?
 それまであまり激情を見せることのなかったジュエルは顔を赤らめ叫ぶ。「怒ってるさ。怒ってるとも。あいつらにバカにされてることもほんとはわかっている。あんたに弁護を依頼したのは、僕の人生で唯一『デブ』とか『のろま』とかでコケにせず、人間扱いしてくれた人だからだ」


 ジュエルは死ぬほど法執行機関に入りたがっていた。副保安官の地位をクビになったり、警官を偽って逮捕された前歴すらあった。なぜそこまでこだわるのか。
 「人々を守る」ためなどではない。他人を守ることで、法の一部となることで、社会の成員として認められたかった。
 劇中でジュエルが直接面と向かってバカにされる場面はせいぜい、コンサート会場で若者グループを注意したときくらいだろう。だが、彼が暗に軽んじられていることは全編通じて伝わってくる。
 昼休みに一人でゲームセンターでシューティングゲームに興じていること、大学警備員時代に学生から「本当の警官でもないくせに」と言われたこと、コンサート会場での警官たちや警備員仲間たちのなんとなしのよそよそしさ、母親以外に出てくる親しい人間がやせこけた青年一人だけであること、古い知人がFBIから頼まれた盗聴器をつけて探りを入れてきたこと、FBIの強引な手口、ジュエルの顔にはりついた自信のない硬い表情*3……。
 彼はテロ事件で英雄になることでようやく人間になれた。まともに扱われるようになった。
 けれど、彼生来のイメージは人間としての彼を認めなかった。*4 


 ワトソンはジムニークリケットだ。ジュエルの言動を逐一指導して彼を守ろうとするけれども、「人間になりたい」ピノキオであるジュエルはつい言葉に頼ってしまう。伸びた鼻先を掴まれてしまう。まだおまえは人間ではない、と。

 ワトソンはジュエルを守るために尽力する。他人を守ることが英雄の条件であるならば、ワトソンこそが英雄だ。弱きものを見守る番人として、そのひとを守ることのできる唯一の存在として際立つ。*5

 
 最終盤。
 ジュエルはFBIの取調室で捜査官たちに対して啖呵を切る。
「次に爆弾を見つけた警備員はどうすると思う? きっと黙って逃げ出すよ。どうせ通報しても犯人扱いされる。ジュエルの二の舞はごめんだってね」
 知ってか知らずか、このときジュエルは自分がヒーローでないことを認めている。自分と同じ能力を持つ、自分と同じような人間を想定し、そういう人が自分と同じような行動を取れるようにと訴えている。自分が「特別」でないほうがいいのだと。
 同時に、法執行という権威への憧れも捨てている。彼はFBIのオフィスで働く備品補充係の姿を見て、自分を英雄にしたのは射撃の腕などではなく、備品補充係としての注意力だったのだと思い出す。
 自分が交換可能な存在だと認め、手に入らないものを不必要だったと知る。
 ジュエルは与えられかけた虚像を手放すことで、ようやく「人間」としての自分を獲得する。*6
 そうして、ジュエルはアメリカの神話から解放される。*7
 そのかたわらに、彼の弁護士が守護天使のようによりそう。
 彼は孤独ではない。


ハドソン川の奇跡(字幕版)

ハドソン川の奇跡(字幕版)

  • 発売日: 2016/12/22
  • メディア: Prime Video

*1:個人的にここ四、五年のイーストウッド作品は大して好きでもないが、嫌いでもない、くらいの感触です。『ハドソン川の奇跡』が一番楽しめたかな。かなり変な映画を撮る人であることは疑いがない

*2:オリヴィア・ワイルド演じるこの女性記者の描写がアメリカ本国で問題になっている。彼女はFBIから容疑者の情報を手に入れるため、FBIの捜査官を性的に誘惑し、情報をリークさせるという手段を取る……と劇中では描写されています。しかし、実際にその記者がそうした行動に走ったという証拠はどこにもありません。イーストウッドは「彼女のことを調べると、そういうことをするキャラクターだったように思われた。だから、そういうシーンをいれてもおかしくないと考えた」というようなことを各所のインタビューで語っています。しかし、これは映画全体からするとちょっと変ですね。本作はもととなった新聞記事に描かれた出来事をかなり忠実に、伝記映画としても高いレベルの精度でなぞっています。それなのになぜネタ取りの場面だけ「想像」に任せたのでしょう? もうひとつ奇妙なのは、枕で落ちるFBIの捜査官(ジョン・ハムが演じている)が偽名ないし架空の人物に設定されているのに対して、女性記者は完全に実名なことです。2001年に亡くなった彼女を大した証拠もなしにネガティブに描くことはFBI捜査官の失態を想像で描くのと同等にリスキーなはずですが、イーストウッドと脚本担当のビリー・レイはあえて両者ともに偽名にしなかった。実在の女性記者を、正面から「股ぐらでネタを取る最低なトップ屋」として書くことをあえて選んだのです。そう、意識的にそうなるようにした。これはもはやチェック漏れやリスク管理のミスなどではなく、イーストウッドからの明確な意思表示として受け取るのが適当であるように思われます。言葉の上では「作品に政治的メッセージはこめない」と繰り返しているけれど、彼個人の信条や時々の思いを込めない、とは言っていないのだし。

*3:アメリカン・スナイパー』も『ハドソン川の奇跡』も主人公の表情は硬かった。

*4:日本の一部で既に本作が「キモくて金のないおっさん」エンパワメント作品として、すなわち『ジョーカー』と同じような文脈で享受だしているのは憂慮すべき事態ではないでしょうか。個人がそういう喜びかたするならともかく、作品の地位や価値が争われる戦場が「そこ」に固定されてしまうのは損失だと思います

*5:rf. 映画版『インヒアレント・ヴァイス

*6:取調室におけるポール・ウォルター・ハウザーの演技がなによりの証明となるでしょう。

*7:エピローグで警官になった彼にはかつてのような独特の緊張がない