名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


読書、映画、その他。


『異色作家短篇集リミックス』の電子版販売はじめました。+まぼろしの序文について



 ふたりはたがいに相手の忘れたところを補いながら、長々とこの思い出を語りあった。ようやく話し終えると、
「ぼくらにとって、あのころがいちばんよかった」フレデリックが言った。
「ああ、そうかもしれん。いちばんよかったな、あのころが」デローリエは言った。


  ――フローベール太田浩一・訳『感情教育光文社古典新訳文庫

YouTubeで10分ごとに挿入される広告みたいなものと思って諦めてくれ。

前回までのあらすじ

proxia.hateblo.jp
(同人誌の詳しい内容はこちら)

早川書房『異色作家短篇集』シリーズをネタ本に『異色作家短篇集リミックス』という文芸創作(+評論)同人誌を作った。
・なんか最初は身内の創作だけで細々やろうか……3円くらいで売るやつで……というノリだったものの、信頼できる同人たちの勇気とコネクションにより、矢部嵩先生(『〔少女庭国〕』*1、『魔女の子供はやってこない』)の掌編と表紙絵、岩城裕明先生(『牛家』、『呪いに首はありますか』)と伊吹亜門先生(本ミス大賞ノミネート! 『刀と傘 明治京洛推理帖』)のインタビューといった特別寄稿がなされ、オリジナルメンバーからも第九回創元SF新人賞大森望賞受賞者で第十回でも大絶賛一次選考通過中の織戸久貴氏による完全新作姉妹百合SF、殊能将之研究の泰斗・孔田多紀氏のリキの入った論考、さらには次世代のホープ・紙月真魚氏のパワフルな狂気に満ちた漫画短編レビューなどが集まり、思ったよりタイムリーで1000円で売れる級のものが出来てしまった。

呪いに首はありますか

呪いに首はありますか

刀と傘 (明治京洛推理帖) (ミステリ・フロンティア)

刀と傘 (明治京洛推理帖) (ミステリ・フロンティア)


・というわけで、1月の京都文フリで頒布したところ高評につき見事完売。*2
・本ブログを読んで会場へ足を運んでくださったかたもいたようで、ありがたいかぎりです。
・勢いで電子版も作ることになった。

今回のあらすじ

・電子版が出来たよ! 二ヶ月の限定販売だからお早めに!

strange-fictions.booth.pm

 あのムラシットさんも買って凄い勢いで読んどる(ハズ) 買ってへんのはおまえだけ。


おまけ


 デフレ世代なので単に告知するだけだとお得感なくてゴミだなー、とおもってたところに孔田多紀(id:kkkbest)さんからナイスパスがきました。
 
anatataki.hatenablog.com



nemanocさんによる「序文」も紙版のver.2から変わってver.3くらいの一番短いものになってます(一番長いver.1(4000字くらいある)もけっこう面白いと思うんですが公開されたりしないんでしょうか?どうでしょうか?って、ここで書いても意味ないか……)


 この「一番長いヴァージョン」は物語仕立てになっていたんですが、いくらなんでも序文にしては長すぎるのと、内輪ネタすぎるのと、『アラビアの夜の種族』あとがきネタはさすがに関係なさすぎるのと、三つの異なる「異色作家短篇集」が出てきて無駄にややこしいのと、序文時点で「キモっ!」と思わせるのはよくないのと、その他さまざまな理由によるのとで怪文書度数(K: Kaibunshority)が閾値を超えてしまったのでボツにし、紙版掲載の2000字?くらいのヴァージョン2に落ち着き、三ヶ月経ってこれもサムいな、と思ったので一行に切り詰めて現行のヴァージョン3(電子版)になったという経緯*3があります。要するに詩歌が俳句になっていく過程といっしょですね。小さい進化はデカイ進化の経過をなぞるってやつです。

というわけで、お蔵出し。


まぼろしの序文



 死ぬほど退屈なあなたに べそをかいていることはない! あなたは抜け出られます。これがその出口です!
 ――旧版『異色作家短篇集13 レベル3』の帯文より。


 あの興奮を忘れない。


 あなたもきっとおぼえているはずだ。


 わたしが旧版『異色作家短篇集リミックス』に初めて出会ったのは、大学に入りたてのころーー青雲の志を抱いて京都に住みはじめた時期だった。
 せっかく古都に来たのだからと毎日のように河原町三条の古書店森見登美彦円居挽の同人誌などを求め漁っていたわたしに、ある日、初老の店主がこう声をかけてきた。

「あンた、ミス研の学生さん? やったら、よほどおもしろいもんあるで」

 店の奥に引っ込んでしばしのち、店主は一冊の薄い書物を持ち出してきた。本にはカバーもかかっておらず、装丁はみすぼらしい。どうみても商業出版された代物ではない。離れていても、饐えたような、ほこりっぽいようなにおいがツンと鼻をついた。

 同人誌ですか? と店主に尋ねると、彼はしたり顔でうなずき、わたしに本を手渡した。「お代は結構。サービスや」と言った。

 ボール紙の安っぽい黒地の表紙にはこう題されていた。『異色作家短篇集リミックス 第一巻』と。



 今となっては関西圏で知らぬものはいない同人誌シリーズであるけれど、一応説明しておこう。
 〈異色作家短篇集〉という叢書がある。もとは一九六〇年代に早川書房から出版された海外作家別短編集のシリーズで、二〇〇五年には新装版として再販された。
 江戸川乱歩の提唱したいわゆる「奇妙な味」との結びつきでよく語られるものの、乱歩の意識した英国新本格や変格の文脈よりはもうすこし広く「変な話」を募っている。

 その〈異色作家短篇集〉をオマージュした変な話の創作をやろう、ということで当時の関西の大学ミス研有志で集まったのが一九七八年の旧版『異色作家短篇集リミックス』……らしい。すくなくとも、巻頭言にはそうある。アジ文めいたその行間からは、関東圏の大学ミス研を中心に設立された全国区的ミステリー団体に対するリージョナルな対抗意識なども読み取れる。そうした地方特有の偏狭さもモチベーションの一つだったのだろう。

 それ以上の成立過程はつまびらかではない。どころか、信用の足らない部分も散見される。「編集長」を名乗る人物の巻頭言では、「同志社立命館など各大学の推理小説研究会の精鋭」が参加したというけれど、当時の立命館にミステリ研究会は存在しなかったし、同志社ミス研所属と称している執筆者の名前も当時の同大の機関紙では確認できない。


 また、巻末の参加者コメントを読むに、京都圏のさまざまなミステリファン(なかには高校生や社会人らしき人物もいる)も参加していたらしい。実態として、「各大学の推理小説研究会」の会員は全体の二割にも満たなかったのではないだろうか。おそらく、「大学ミス研」というカンバンによる権威を借りようとしたのか。当時、そこまで大学ミス研というものにそこまでのブランド力があったのかは疑わしいけれど、背景には先述した関東圏への対抗意識があったものと想像される。


 こんなふうにガワは怪しさ芬々たる旧版『異色作家短篇集リミックス』だったのだけれど、中身はべらぼうにおもしろかった。

 おもしろいものは他人に勧めるのがルールだ。さっそくミス研の友人に貸そうとすると、「もう持っている」と言う。

 聞いてみると先輩も同期もみな既に入手済みだった。いずれも古本屋めぐりの最中に手に入れたのだと言う。しかし時期や店舗、状況などはまちまちであり、たとえば件の友人は河原町OPAの安売りカゴに放り込まれていたものになんとなく興味を惹かれて手にとったらしい。一方である先輩は古本屋でたまたま会ったOP(オーバー・パーソンの略。終わったひとのこと)から「俺も昔OPの人からもらったんだけど処分に困って」と言われて譲り受けたと明かした。

 入手当初は同人誌の貧相な見た目のせいで、みな読む気力を起こせなかった。ネタ元である〈異色作家短篇集〉を未読だというのでためらっている人もいた。なので、その時点で旧版『異色作家短篇集リミックス』読み終わっていたのはわたし一人だった。もっともわたしも当時は〈異色作家短篇集〉を一冊も読んだことがなく、単に読書家としての躾がなっていなかったせいで元ネタを通過せずにオマージュ作品を読む蛮行を犯してしまっただけに過ぎない。

 その知的怠慢が、布教のうえでは有利に働いた。

「元ネタ知らなくてもそんなにおもしろいんなら読んでみるか」と友人や先輩は言ってくれた。他人が勧めた本は読む。説得されたら読む。その善き不文律が生きていた最後の時代をわたしたちはいまだに懐かしむ。

 その次の例会は読書会だったはずだ。でも課題本のことはまったく覚えていない。旧版『異色作家短篇集リミックス』の話一色だった。あの短篇がいい、この短篇がいい、いや収録作まるごといい。全部いいのはいいけど好みや差異もあるだろう。そうだな、ランキングを作ろう。ここは教室なので黒板がある。まずタイトルを書き出そう。それから投票で序列をつけるのだ。なんでもかんでもランキングにするのは悪い文化だね、宝島社に毒されてちゃって。そうだな、みんな宝島社が悪い。それはそれとしてランキングを作るのはたのしい。たのしいね。いいから好きなやつのタイトルを挙げて。

 みなのフェイバリットを挙げていくと当然のように食い違った。どころか、互いに「そんなタイトルの短篇はない」と非難しあった。そんなやりとりが新しいタイトルを挙げるたびに湧く。会員たちはめんどくさがりなので相手の本を検めるようなことはしなかったが。

 それでも三回目の異議でさすがに異常さを悟り、それぞれ所持している旧版『異色作家短篇集リミックス』を引き比べてみた。


 どれ一冊として収録作がかぶっていなかった。


 巻数違いとも考えられたが、ナンバリングはどれも「第一巻」だったし、表紙や巻頭言、発行日にも相違は見当たらなかった。同じ本なのだ。「おもしろい」という感想も一致している。ただ、収められている物語が異なる。

 その場では「ずいぶん凝った趣向の同人誌を作ったものだね」という結論に落ち着いた。同じ装丁であつらえて、中身だけを一冊一冊入れ替える。金と手間はかかるものの、仕掛けとしては単純だ。一冊につき各十三篇で編まれているから、あの場にあっただけでも百篇以上の物語が存在していたことになる。そのどれもがおもしろかったのだから、ちょっとした奇跡だ。


 それから数週のあいだはお互いの旧版『異色作家短篇集リミックス』を交換して読みふけった。あんなにも立てつづけに同人小説を読んだ経験はあとにも先にもあれだけだっただろう。気位の高い会員たちには「同人は商業に劣る」という固定観念があった。その風潮を一発で払拭したのだ。
もちろんほぼ全員が元祖〈異色作家短篇集〉を遡って読破しもした。

 そのうち他大のミス研にも旧版『異色作家短篇集リミックス』が流通していることがわかり、ふだんの交流など絶無だったにもかかわらず、他大の例会へおしかけ本を交換しあった。余談になるが、今回のメンツもそのときの交換会を通じて知り合ったひとびとだったりする。

 新たな所有者が判明するにつれ、短篇の数も飛躍的に増えていった。最初は百ちょっとだと思われていたのが、五百を越え、千を越えた。全レビューを行うべきだという声も一部(あくまでほんの一部)であがったが、刷られた正確な冊数も不明だったし、なによりみな億劫がった。量の問題もあるが、簡明なあらすじにまとめるにはあまりに筆力を要求される作品ばかりだったし、その評なり感想なりを書くとなるとなおさらむずかしかった。そこのあたりは元ネタとなった叢書に似ている。


 ミス研員というのは概して小説の感想を精緻に言語化する訓練を積んでいる生きものだ。

 けれども、旧版『異色作家短篇集リミックス』に関しては単純に「おもしろい」としか表現できない人間が多かった。わたしもそのひとりだった。感想の不可能性は敗北の苦さではなく、むしろ特別な秘密の甘美さをまとっていた。読者が偉大な作品に出会ったときに抱きがちな「自分だけに向けられた何か」の感覚は、大量生産大量消費の原則からいってほぼ錯覚であるけれど、旧版『異色作家短篇集リミックス』にかぎっては、現実に、まぎれもなく「自分だけの一冊」だったのだ。

 わたしが大学を去るころには、旧版『異色作家短篇集リミックス』のヴァージョン違いは二百近くにのぼっていた。そのころには京都圏だけでなく関西圏全域、大学ミス研員やそのOBだけなく市井の一部蒐集家などにも所有の環が広まっていることがわかっていた。たしか会の内部でヴァージョンごとの所有者と収録作を書き記したリストがあったはずだけれど、いまごろどれくらい膨れあがっているか、想像するだにわくわくする。『二巻』や『三巻』はついぞ見つからなかったようだけれど。


 あのすばらしい思い出を復興しよう。わたしがそう思い至ったのは、この夏の高知への旅行がきっかけだ。

 同地に暮らしている後輩に会って酒を飲み交わしていたら、ふと旧版『異色作家短篇集リミックス』の話になった。

 それまでに繰り返し何度も語らった話題であったけれど、このとき後輩はふいに奇妙なことを言った。

「もしかしたら、どの本も内容は一緒だったのかもしれませんね。読むぼくたちが違っていただけだったのかも」

 どういう意味だろう? わたしは発言の真意を問いたかったが、酒で思考と発声がのろくなっていたために、彼に先んじられた。

「ああいう話が書きたいんですよ。僕は。あれと同じ同人誌っていうか……本自体の趣向じゃなくて……うまくいえないんですけど……ああいう感じの短篇、ぼくの読んだ短篇のような短篇を書きたいんです」

 わたしは彼の旧版『異色作家短篇集リミックス』を読んだことがない。その後輩は他の誰にも自分の本を見せなかった。だが、それを読んだ彼が作品に対してどういう気持を抱いていたかならわかる。そこは全員に共有されている。

 わたしは言った。今、ミス研OBたちとあたらしく創作文芸サークルを作る話が持ち上がっている。サークルの名は〈ストレンジ・フィクションズ〉。河出書房新社の不滅の叢書にリスペクトを捧げた名前だ。ついては、きみも参加しないか。

 彼は赤ら顔を眠たそうにもたげながら、夢のように訊ねた。

「テーマは……決まってるんですか」

 高知に来るまでは決まっていなかったが、今決まったよ。『異色作家短篇集リミックス』だ。早川の〈異色作家短篇集〉は出て四十年後に新版が出た。あの『異色作家短篇集リミックス』が出て、今年で四十年だ。ちょうどいい符合だろう?

「いいですね」と彼は笑い、空いたグラスにビールを注いだ。


 そうした驚くべき小さな奇跡の積み重ねのうえに、今ここにこの本がある。


 謎の円盤が浮かぶ街でおかしくなっていく妹を案じる姉の話。
 浜辺で起こった足跡のない殺人事件の話。
 伯父の遺した奇妙なSF小説を読み解こうとする少女の話。 
 警官の前で繰り返しの姉の話をする妹の話。
 地下鉄に体当たりをする象の話。
 小説が忘れ去られてしまった未来で図書委員に任命された少年の話……。


 ここに収められた短篇はどれも異なる色を持つ、わたしたちだけの秘密の部屋であり、あなただけの秘密の部屋でもある。ここ以外の、どこにも属さない。


 かつての〈異色作家短篇集〉のように。


 かつての『異色作家短篇集リミックス』のように。


 奇妙(ストレンジ)であることとは特別(イスペシャル)であることの謂である。


 あなたもきっと忘れられなくなるはずだ。


〈おしまい〉*4


レベル3 (異色作家短篇集)

レベル3 (異色作家短篇集)


くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

*1:文庫化おめでとうございます

*2:時間内ギリギリで売り切れる量だけしか刷らなかった編集長の眼力が優れていたともいう。なお、印刷ギリギリになって参加者たちから「さすがに部数少なすぎるでしょ。もうちょっと増やしたほうがいい」と説得されてようやく腰を上げた模様。

*3:ver2まではいちおう『異色作家短篇集』という叢書についてのざっくりとした説明みたいなものがついてましたけれど、電子版で買う人は文フリの客層と違ってそもそも異色作家短篇集が何であるかを知ってるひとが大半であろう、ということで大幅カットしたみたいなとこもあります。

*4:なお、文中に出てくる”旧版『異色作家短篇集リミックス』”についての問い合わせに関しましては一切お答えできません