名馬であれば馬のうち

読書、映画、その他。


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予告された転落するサッカーチームの記録ーー『サンダーランドこそ我が人生』

ネットフリックス・オリジナルのドキュメンタリーシリーズの話。



 彼はサンダーランドを出たがっている。沈みかけた船だからな。


 ーー『くたばれ! ユナイテッド サッカー万歳』




Sunderland 'Til I Die Official Trailer A Netflix Original Documentary

大転落

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 サンダーランドAFCは2019年で創設140周年を迎えるイングランドのプロサッカーチームだ。戦前にトップカテゴリで六度のリーグ制覇を成し遂げた名門として知られ、最近でも入れ替わりの激しいイングランドにあって、2007年から10年にわたってプレミアリーグのカテゴリを保ち続けていた。
 長きに渡って不景気にあえぐ港街サンダーランドにとっては数少ない地元の誇りであり、切り離しがたい生活の一部だ。ファン層は文字通り老若男女取り揃えていて、「60、70年前からチームの浮沈を見てきた」なんていう人たちはごろごろいる。教会ではチームの勝利のために祈りが捧げられ、葬式のときにはユニフォームを着た遺体が赤と白の縦縞のチームカラーに彩られた棺に入れられる。
 4万8000人収容のホームスタジアム「スタジアム・オブ・ライト」は街の聖地だ。スタジアムやチームのスタッフとして働く地元民も多い。ファンの人々が好んで口にする「サンダーランドこそ我が人生(Sunderland Till I die)」はけして言葉遊びやスローガンではなく、まぎれもなく彼らにとっての現実といえる。
 だからこそ、10年ぶりの二部リーグ*1降格はファンに衝撃を与えた。その前の数年間も降格圏内ギリギリで戦ってきていたため、予感はあっただろうが、実際に降格するのとしないのとでは、やはり違う。
 とはいえ、一度「落ちた」場所から再生する、という物語もあるだろう。再建のために新監督や新戦力を迎え、チームとファンが一眼となって一年での再昇格を目指す……そんなドキュメンタリーをサンダーランドの経営陣は当初もくろんでいたらしい。*2
 しかし、実際できあがったドキュメンタリーは「再生」の物語などではなかった。
 カメラが映したのはむしろズルズルと沼の底に引きずり込まれてさらなる深みへと「転落」していくチームの姿だった。

いかにして組織は崩壊していくのか

サンダーランドこそ我が人生』は壮絶な苦難と敗北の記録だ。チームが障害を乗り越えて立ち上がろうとするたびに絶え間なく不運が襲いかかるさまは、ほとんどブラックコメディのようで、あるいはある種のヤクザ映画のようで、終盤に至ってはほとんど超越的な存在の力を信じかけてしまうほどだ。
 長年プレミアリーグの中位から下位をうろうろしていたとはいえ、サンダーランドイングランド全体で見ればビッグクラブに属する。ふつうなら昇格争いで苦しみこそはすれ、降格争いをするような格ではない。
 新任監督もチームスタッフもそう考え、昇格に向けて意気込みを見せていた。
 どんな破局にも前兆はある。サンダーランドにおける黙示録の喇叭手となったのはギブソンという選手だ。彼は降格後の移籍に失敗して、不満を溜め込んでいた。その不満をチームメイトへの悪口という形でSNS上で広めてしまったのだ。
 当然チームはギブソンを注意し、ギブソンもチームメイトに謝罪を行うのだが、このような本来ならスポーツ記事の隅っこのようで読み流されるような些細ないざこざが、チームの結末を知っている視聴者からすれば「伏線」に見えてしまう。
 事前に悲劇と知りながら悲劇を観るとき、わたしたちは破滅へつながるヒントについて敏感になる。
 たとえば、よくスタッフから漏れる「オーナーが投資を渋って金がない」というぼやき。彼らは「金がない」からユース上がりの若手を育てて売却しようとリーグ戦でのスタメンを若い選手で占めようとする。「金がない」から怪我や移籍で抜けた選手の穴をなかなか埋めることができない。でも「金がない」から新しい選手がオファーに応じてくれない……。そして「金がない」ことは最終話である一つの帰結を迎える。
 
 そして結末を知っているからこそ沈んだチームを浮き上がらそうな希望の芽が出ても、それが新たな絶望の予告にしかとれない。チームが降格圏内に沈んだリーグ戦中盤、サンダーランドは監督を解任してウェールズ代表監督して目覚ましい実績を挙げたクリス・コールマンを招聘する。前任とは違い、ビジョンを持ちファン受けもよいコールマンのもと、チームは再編されて調子は上向きとなり、新人からもデビュー戦でゴールを上げるスター候補が出現する。
 だが、直後にチームの得点王だったストライカーが起用法に不満を抱いて別のチームに移籍してしまう。彼の後釜さがしに苦慮しているあいだに他の主力選手もつぎつぎと故障しまくって戦線を離脱。コールマンは新戦力を獲得しようと奔走するが、やはり前任監督とおなじように資金難に直面し、おもうように補強がうまくいかない。チームはまたもズルズルと負け、晴れかけていたファンの表情もふたたび翳っていく。
 このように、何か希望の光が指すたびにサンダーランドファンが喜ぶ→希望をへし折られて嘆く、のパターンが一年間全八話を通じてえんえんと繰り返される。まるで賽の河原の石積みだ。画面に映されるサンダーランドファンはいかにも人の良さそうなおじさんおばさんばかりで、それゆえに敗北を重ねても健気にスタジアムへ通い続ける姿に胸をしめつけられる。サッカーの神がいるとすれば、そいつは間違いなくサディストなのだろう。
 極めつけはもうひとつも負けられなくなったリーグ戦最終盤で前述の問題児ギブソンが起こす、ある「事件」だ。
 ここまでくると、なぜサッカーをやっているだけで、あるいはサッカーチームを応援しているだけであそこまで徹底的にどん底へと叩き落とされなければならないのか、という気もしてくる。

 それでもサンダーランドのファンは応援をやめない。むしろ幸せそうだ。サッカーの神からさんざんな仕打ちを受けようが、オーナーに見捨てられようが、シーズンパスの更新期間になればいそいそとパスの更新にやってくる。「前に三部まで落ちたとき(1987年)も応援しつづけたんだから、今回も応援するよ」「いくら負けてもサンダーランドのファンは死ぬまでやめないよ」などという。
 彼らの情熱はほとんど宗教的熱情にひとしい(実際に教会で祈りを捧げていもするのだし)。地元チームであるから一生愛しつづけなければいけないのだという信仰はサッカーのサポーター文化、ホームタウン文化に馴染みのない外部からするとわかりにくい。イングランド人のサッカー狂いっぷりを描いた映画としては『ぼくのプレミアライフ』を含めていくつかもあるけれど、『サンダーランドこそ我が人生』ではより土着性を見てとれて興味深い。たしかにサッカーが人生になる場所はあるのだ。


勝利を決定するもの

 一方でマネーゲーム化する現代サッカーの呪われた側面もするどく剔抉している。サンダーランドにかかった呪いの大元はケチなオーナーに起因する財政難であり、それが年に二度訪れる移籍期間の場面ではっきりと出る。
 ここで思い通りの選手がとれていればサンダーランドももう少しどうにかなっていたかもしれない。しかし、降格したことで移籍の資金が絞られるし選手としては下位のチームへなんて行きたくないしで、選手が獲得できず、さらに下位に沈むという負のスパイラルにはまりこんでしまう。
 そこにはサッカーの勝者を勝者たらしめるのは愛でも信仰でも戦術でも努力でもなく、金なのだという残酷な現実が横たわっている。イングランドは世界のなかでも最も大金が動くリーグでもあって、プレミアリーグのチームは一人の選手に平気で2000万ポンドや3000万ポンドの移籍金を費やし、時にはその額が7000万や8000万にも膨れ上がる。ドキュメンタリーの舞台となった17/18年シーズン冬のマーケットではプレミアリーグ20チーム合わせて総額で約4億3000万ポンドの移籍金*3がやりとりされたという。*4単純に平均しても一チームあたり約2150万ポンドの計算だ。
 対して同じ時期に二部リーグに所属していたサンダーランドが費やした移籍金は新戦力10名に対し総額150万ポンド。格差はプレミア-二部間だけではなく、二部リーグ所属チーム同士にもあって、たとえば同時期の移籍マーケットでたった一人の選手に対し150万ポンド以上を支払ったチームは五チームあった。*5そしてそのうち二チーム(ウルブスとカーディフ)がプレミアへ昇格していった。
 この事実が示すことは明快だ。マネーゲームに乗れないチームは勝てない。そして勝てないチームはどんどん窮乏していく。*6
 実際、三部転落と同時にチームスタッフにはリストラの波が押し寄せる。先細っていくサンダーランドというクラブの姿は、グローバライゼーションに飲み込まれて寂れていく造船の街サンダーランドそのものとも重なる。
サンダーランドこそ我が人生』は意欲ある新オーナーに買収され、再生を予感させる光明が差すところで終わる。


 この記事を書いている時点では、三部リーグにおけるサンダーランドは全試合の約3/4を消化したところでプレーオフ圏内の4位だ。
 はたして今度は「一年で復帰」で叶うのだろうか? そしてプレミアリーグへ昇格しサンダーランド住民たちを沸かせる日が来るのだろうか? 



ぼくのプレミア・ライフ (新潮文庫)

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*1:チャンピオンシップと呼ばれるがここで「二部リーグ」で統一。ちなみに『サンダーランドこそ我が人生』の日本語字幕では一部相当のプレミアリーグと三部相当のリーグ・ワンがどちらも「リーグ1」と表記されている箇所があって、混乱する

*2:サンダーランドがドキュメンタリーの取材を受け入れたのに広報的な目的があるのは当然だが、さらなる裏もあって、チーム経営に嫌気がさしていたアメリカ人オーナーのショート・エリスが新しい投資家を募るための宣伝の一環としてドキュメンタリーを利用しようとも考えていたらしい。https://www.sunderlandecho.com/sport/football/sunderland-afc/sunderland-s-netflix-documentary-will-give-different-view-to-man-city-s-pep-talks-1-9334011

*3:開幕直前となる夏のマーケットでは取引がより活発となり、たとえば2016年夏のマーケットでは11億6500万ポンドが動いた

*4:https://number.bunshun.jp/articles/-/829833?page=2

*5:https://www.transfermarkt.co.uk/championship/transferrekorde/wettbewerb/GB2/plus//galerie/0?saison_id=2017&land_id=alle&ausrichtung=&spielerposition_id=alle&altersklasse=&leihe=&w_s=w&zuab=0

*6:たとえばプレミアリーグに在籍しているだけで放映権料によって最低でも6000万ポンドの収入が保証がされるが、これが二部になると四分の一以下に下がる。https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=2996