名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


読書、映画、その他。


文学フリマで読んだ本。

 11月の東京文学フリマで買っ(てきてもらっ)た本を読み終わったので、感想など。評論系がほとんどです。


東京大学お茶の会『月猫通り 2158号(特集:ショートアニメ)』
 友人が寄稿していたので入手。
 気がついたらなんとなく増殖してたショートアニメの歴史と位置づけを問い直す意欲的な特集。こういう気がついたらあったものを真剣に論じようぜ的なフロンティア・スピリットは大事ですね。
 冒頭に掲げられたショートアニメ史の概説は驚きと発見の宝庫。日本初のテレビアニメは『鉄腕アトム』ではなくてあるショートアニメだったとか、昭和のショートアニメアニメは毎日放送されていてそのシステムが広告ビジネスの産物だったとか……。
 2010年代以降のショートアニメの潮流について語り合う座談会もなかなかになかなかで、大学サークル同人誌での座談会って大概しょっぱい印象に終わることが多いんですが、ショートアニメを170本だったっけ? つまり2010年代のショートアニメをほとんど観てる意味わかんないマンとかがメンツに混じってるので意味がわかんないくらい明晰にシーンを総括できてる。
 「『ヤマノススメ』が五分アニメらしさを求めているとしたら、いかに五分アニメの軛から逃れるかが『信長の忍び』」「時間の制約に愚直に対抗してきるのが『信長の忍び』で、流れに身を任せてるのが『ヤマノススメ』」は名言ですね。
 


東京大学ジャンプ研究会『少年ジャンプ評論集 少年ジャンプ vs 東大生!?』
 友人から面白いと紹介されたので。
 二十代の英文学院生たちが集結し、マンガ評論論集を作った。論じる対象は国民的マンガ雑誌週刊少年ジャンプ』。執筆者の世代を反映してか、扱う作品は『ヒカルの碁』、『HUNTERXHUNTER』、『るろうに剣心』、『ジョジョリオン』、『僕のヒーローアカデミア』、『鬼滅の刃』、『ワールドトリガー』と1990年代半ば〜現在の作品で揃えられている。
 自分は評論や批評に手続きの正当性や細部の正誤より物語的ロジックのエモさを求めてしまうところがあるんだけれど、その観点でいえばマンガ表現論的分析で解体される『ヒカルの碁』の技巧的なストーリーテリング、『HUNTERXHUNTER』のゴンが「ゴンさん」にならなければなかった理由のキャラ関係からの読み解き、少年マンガに憧れつつも作家性が情念を裏切ってしまう悲劇の漫画家和月伸宏、といったあたりに読み応えをおぼえた。
 特に和月伸宏はネタがネタだけにタイムリーで、事件と呼応しちゃってるとこも出てきてタチがわるい(初売は夏コミですが)。
 これも座談会が充実している。男子校ノリが若干キツいけれど。


立ち読み会(孔田多紀)『立ち読み会会報第一号 特集・殊能将之(一)』
 先輩(大きなゆるいつながりの)が書いたので。
 不世出の天才作家・殊能将之の初期三作『ハサミ男』、『美濃牛』、『黒い仏』を、主に殊能が遺した日記サイト(いわゆる memo)の記述から読み解いていく、っていう認識でいいんだと思う。つづめていえば、殊能将之をめっちゃ精読した本です。
 著者の孔田さんのブログから元になったテキストがいくつか読めます。

anatataki.hatenablog.com

 って要約しちゃうと、なんだ、よくあるファンジンのレビュー本か、と思われる向きもあるんでしょうけど、違うんですよ、あなたは間違っている。
 殊能将之がデビューしてから十八年、物故してから四年、もう四年か、とにかく四年が経つわけだけれど、それまでわたしたちは殊能という作家を語り得てこなかったわけです。
 そら、殊能が好きだという人はいっぱいいましたよ。でも、殊能将之とはどういう作家だったのか、どの類に属する妖怪なのか、誰も言語化できてなかった。
 生前の殊能がほとんど素性を明かさない覆面作家だったせいもあったでしょう、作品が何かのオマージュっぽいわりにはその元ネタがわかりにくすぎるせいもあったでしょう、ミステリのレーベルから出てる割にはジャンル横断的というかおそらくSFなんだろうだけどそれにしては出処が不明すぎるにおいを放っていたせいもあったでしょう、あらゆるひっかかりをすっとばして読んでも作品そのもののケレン味が強すぎたせいもあったでしょう。とにかく、生半な読者の行為を寄せつけない、ミステリアスな雰囲気がありました。
 だからわたしたちが殊能将之を語るときはどこか尊敬と恐れが入り混じった、ぼんやりした印象論におちいりがちでした。ためか、ファンの多さにもかかわらず、殊能将之とは1999年からずっーと顔貌のぼんやりした作家でした。

 そうした状況にもってきて、孔田さんは殊能に作家としての輪郭を与えんと挑戦した。
 殊能将之を語る言語を発明しようとした、と言っていいのかもしれない。
 想像するだに、まあ、大変な作業でしょうよ。
 普通は……いくら好きな作家でもやりたくはない。作品ごとにテキトーな感想を書きつらねた全レビューとかでお茶を濁したい。
 でも、孔田さんは逃げなかった。
 ひとつひとつを、実直に読んで、誠実に論じました。必要な文献をていねいにあたり、フィードバックして、複雑な殊能世界をときほぐしていきました。
 ただ読んで、ただ語る。その積み重ねがいかに難しいことか。

 本書は形式的には作品についての本かもしれませんが、実質的には作家についての本です*1。覆面のまま失せた殊能将之という人間を、血肉を伴った作家として蘇らせるためのラブレターめいた魔術書であるのです。


  
アントニイ・バークリー書評集製作委員会『アントニイ・バークリー書評集 第七号』
 バークリーファンなのでずっと購読しつづけてきました。

 アントニイ・バークリーの書評集は、読んでも基本的にあんまりおもしろいもんでもない
 たまに鋭い評言が出たり、興味をそそられる紹介もあったりするけれど、だいたいがtwitterの文章に毛が生えたような短評だ。
 ディスりの文彩は異常に豊かだけど、巧すぎてなんだか騙されているような気持ちになる。
 こういう文章の集積から何がしか優位なサムシングを読み取ろうとすると、藤原義也とか森秀俊とか真田啓介とか法月綸太郎とかの翻訳ミステリ仙人クラスの域でも到達しなければならない。大半の人は悟りを得る前に入寂してしまう分野だ。
 なので、おもしろくはない。おもしろくはないが、愉快ではある。
 このクラスの個性になると立ってある方向を指差すだけでも文脈が生まれ、印象を派生し、気分を愉快にしてくれるものですよ。
 たとえば、バークリーはアンドリュウ・ガーヴをやたら褒める。紹介するたびにどんどん持ち上げていき、ついには「ガーヴは常に新しいことをやるものだ」というラテン語のことわざを捏造する。作家を褒めるためだけに、ラテン語のことわざを捏造する作家を、わたしは他に知らない。
 そう、現役作家時代はトラブルメーカーで知られたへんくつインテリ野郎バークリーさんも、老境に至っては古き佳きオックスフォード流のウィットを飛ばすおもしろミステリ爺さんだったんです。
 それを確認するだけでも、いいじゃないか。たのしいじゃないか。

 最終巻の本書は、ガーディアン紙によるバークリーの訃報記事で締められる。ある種の惜別だとか、そんな大層なものではないかもしれないけれど、わたしたちはこれを読んでようやく初めてバークリーにお別れを言える気がした。いや、これからも読むけれど。
 

稲村文吾・編『陳浩基の本』
 『13・67』が面白かったので買いました。
 『13・67』(文藝春秋)で今年のミステリ界の話題をかっさらった、今一番熱い海外ミステリ作家、陳浩基。その人のインタビューと、中国語圏系作家たちによる『13・67』レビュー、ならびに編者・稲村文吾氏による陳作品全レビューが読める。
 薄いコピー本だがこもった熱量はすごい。
 インタビューで陳が高らかに清涼院流水ファン宣言を行ったかと思えば、レビューでは馴れ合いや提灯記事などという語彙を知らないかのような(まあ中国語作家だし)ガチンコ評論・読解が並ぶ。
 収録短編ごとに連想される香港映画を記してレビューを始める李柏青のオタクっぷりもなかなかだけれど、陳嘉振も日本人にはわかりにくい中国語のニュアンスの問題を指摘し「単なる難癖ではなく、ミステリだとそういうミスも読者の推理の材料になってしまうから」と述べるめんどくさい本格マニアっぷりを見せつける。
 あんまり中国語圏のミステリは読んだことはないけれど、こういう人材が作家として揃っているなら、未来はあかるい。


薄荷企画『ゆびさき怪談(赤)』
 矢部嵩が書いてるから買った。
 201X年、空前の矢部嵩飢饉にあえぐ人類の前に一人の石油王が登場し、広漠たる文フリ砂漠に矢部嵩オアシスを建てた。御大尽の名は岩代裕明、オアシスの名は『ゆびさき怪談』という。
 掌編、あるいは超短編は、現存する文芸の形式においてもおそらく最難の部類に属する。特にホラーでは。
 ホラーの超短編には罠がある。ホラーはイメージの文学だ。なので、超短編でホラーを書こうとした場合、たいていの作者は最小の分量で最大限のイメージを喚起することばかりに神経を注いでしまう。そうした制作現場では、文章のリズムは注意の外へ追いやられる。ほんとうはリズムこそイメージと分かちがたく結びついている要素であるのに。
 そこにきて矢部嵩は強い。ワンセンテンスで読者にリズム感覚を乗っ取り、イメージの支配権を強奪してしまう。矢部嵩の暴力の本質が、『ゆびさき怪談』のシリーズには如実に顕われている。
 

風狂奇談倶楽部『風狂通信 VOL.4.5 『相棒』シーズン16開幕記念特別号 勝手に!ガイドブック』
 なんとなくネットで目についたので。

 人気刑事ドラマ『相棒』の特集号。『相棒』対談や、ノベライズ本全レビューなどが載ってある。
 ワセダミステリクラブから発展したサークルだけあって、ミステリの目利きはそれなりに信頼できる。たぶん。
 風狂の出す本はどれも座談会(的な企画)がおもしろい。理性のタガがちょうどいい具合に、ときには完全にアウトな具合で外れているので、発言の一切に責任を取らなくていい立場の読者からすればまあ愉快である。コンプライアンスを度外視してるかといえば、伏せ字などを多用するなど崖っぷちでブレーキを踏むだけの狡いバランス感覚はあったりもするので御父兄も安心してお子さんに読ませられる。
 

*1:即ち作家論、ということでもない気がする