名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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ヤングアダルト小説家に転向したアメフト選手と『Ballers/ボウラーズ』の話。

『Ballers』

 現在 Hulu で絶賛配信中のドウェイン・ジョンソン主演『Ballers/ボウラーズ』がおもしろい。
 アメリカン・フットボールの元スター選手が引退後に投資会社の下っ端営業(現役フットボーラー狙い)に身をやつして四苦八苦する30分コメディです。アメフトとか全然知らないんですけどね。

海外ドラマ『Ballers/ボウラーズ』予告編

 NFLといえば、世界のアスリートの年収ランキング上位百人において四大スポーツ(野球、バスケ、アメフト、アイスホッケー)のうち最多である三十人を輩出する花形競技*1であり、平均年俸二百万ドル*2、トッププレイヤーともなれば年千万〜五千万ドルはざらに稼ぐ世界です。

 『Ballers』に出てくる選手たちの生活もめちゃめちゃリッチ。プールやホームシアター付きの豪邸に住み、高級車を駆り、意味もなく象を買ったり、サメを買うための巨大水槽を設置したり、セクシーな美女たちをはべらせてパーティ三昧したりと毎日がお祭り騒ぎです。
 そこへきて、彼らに群がるいわゆる「取り巻き」連中に毎日おこづかいをばらまくようだと、いくら収入があっても足りません。現役時代に五千万ドル稼いだプレーヤーでも、引退するときにはスッカラカンなんてことも珍しくない。


 『Ballers』ではそんなNFLプレーヤーたちの光と影が描かれます。
 主人公のドウェイン・ジョンソンからして、現役時代にそういう無茶な生活をしていたのか、預金口座には2000ドルも残っていないという有様。しかも「ラインバッカーの50%がかかる」*3と言われる脳震盪の後遺症にも悩まされています。*4

 彼の元同僚は金にこそ困っている様子はないものの、車の販売員という退屈な日常に耐え切れません。むなしさから、ついつい行きずりの女との不倫に走ってしまいます。

プロスポーツ選手の第二の人生

 スポーツ選手のセカンドキャリアはたびたび日本でも話題にのぼりますね。
 日本代表歴のある元サッカー選手がメロンパンの移動販売をはじめたりとか、巨人軍の中継ぎエースだった選手が修行してさぬきうどん店を開いたりだとか、200勝を達成したメジャーリーグの大投手がゲーム会社を立ち上げてあっというまに倒産したりだとか、高卒新人のシーズンホームラン記録を樹立したバッターが覚せい剤で捕まったりだとかシャブで捕まったりだとか白い粉で捕まったりだとか。
 ある程度活躍したプレーヤーであれば、コーチやスポーツニュースの解説者を目指すのが日米問わず、どんなスポーツでもポピュラーなようです。


 日本のプロスポーツだと一番高給取りのプロ野球選手でも引退後の生活は安泰とはいかないの現状みたいです。が、アメリカの四大スポーツのレギュラーなら『Ballers』みたいに無駄づかいさえしなければ(一部の選手は蕩尽してさえ)、その後一生働かずとも食うに困りません。

 しかし、問題は金ばかりじゃない。一日一日が火花を散らす刺激的な勝負の連続であった日常から解放されて、ふとオフが日常になってみれば、何をやってみたらいいのかわからない。
 テレビをつければ、つい数カ月前まで自分がプレイしていたはずのフィールドで、顔なじみの友人たちがいきいきと激闘を繰り広げている。なぜ自分は今そこにいないのか。いるべきなのに。いられたはずなのに。それまで属していた社会やシステムから切り離されたときに、ふとおぼえる孤絶感。


 NFLの元選手トレヴァー・プライスは『ニューヨーク・タイムズ』紙に、そうした引退後の生活についての髀肉の嘆めいたエッセイを寄せました。

 愛する現役生活から私は退いた。行きつけレストランの指定席みたいに心地よいスタジアムからも退いた。なにより、NFLの同志愛から引退した。さよならだ。いまや、よそものの気分だ。


 Log In - The New York Times

カエルの冒険ファンタジー小説を書くアメフト選手

 で、そのトレヴァー・プライスの話です。
 身長198センチ、体重130キロの堂々たる体躯の現在四十一歳。

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 若い頃から将来を嘱望され、クレムゾン大とミシガン大を経て1997年にNFLドラフト一位*5デンヴァーブロンコスに入団。そこでディフェンシブ・エンドとして二年目からレギュラーを勝ち取ると、守備の要として1999年と翌2000年のスーパーボウル(要するにアメフトの全米チャンピオンシップ)二連覇に貢献します。その後、移籍先のボルティモア・レイヴンズでもリーグナンバーワンの守備陣を築き上げ、2010年のオフシーズンに引退。
 オールスター・ゲームに相当するプロボウル*6にもキャリアを通じて四度選出されました。立派なスタープレイヤーといっていいでしょう。デンヴァーボルティモアの英雄として、スポーツニュースの解説役に収まる資格は十分あったはずです。


 ところがトレヴァー・プライスは第二の人生に作家の道を選びました。ただの作家ではありません。彼は少年少女向けの、いわゆるヤングアダルト小説を書き始めたのです。
 
 それが先日 Netflix で配信が開始されたアニメ『クリパリ:カエルの戦士』の原作、『Kulipari: Army of Frogs』です。

Kulipari: An Army of Frogs, a Netflix Original Series trailer

 オーストラリア大陸を舞台にアボリジニ文化を反映した、ちょっと個性的なこのファンタジー冒険物語は、2013年に出版されるや話題を呼び、現在までに十万部を売り上げるベストセラーに。すでにモバイルアプリやおもちゃも売れまくっていて、なぜかアンダーアーマーで公式Tシャツまで販売されています。
 アニメのファースト・シーズン十三話放映後には、続編となるコミックが出版される予定だとか。もはや立派なフランチャイズですね。

NFLのスターが小説家になるまで

 私は Netflix で『クリパリ』を知り、後からその原作者であるプライスの存在に行き当たりました。
 彼の経歴を知るにつけ、素朴な疑問が頭をもたげます。

 なぜ、NFLの選手がヤングアダルト作家になったのか。
 もちろん、セカンドキャリアとしてメロンパン屋になろうがメロンパンナちゃんになろうがそれは個人の自由で、ましてやプライスは『Ballers』のドウェイン・ジョンソンと違って現役時代の莫大な年俸の資産運用に成功しているようですから、選ぶだけならなんだって選べたはずです。
 にしてもなぜカエルの話なのか。アメフトから一番遠いところにありそうな、子ども向けファンタジー小説なのか。


 もののインタビューによれば、現役時代の元同僚たちからはこの転身を意外には思われなかったそうです。元来クリエイティブな面があって、プライスもそれを隠さなかったらしい。
 ホントかよ、とまゆにつばのひとつもつけたくなりますが、根拠がなかったわけではありません。
 もともとプライスは現役時代から自前のレコード会社を立ち上げており(現在では手放している模様)、エンタメ産業への志向を示していたのです。
 古巣デンヴァーブロンコスからボルティモアへ移籍した06年ごろから、彼はハリウッドに映画の企画を持ちこみはじめます。ソニー・・ピクチャーズに提案したという「ふしぎな光を浴びた男が、歩く百科事典と化す話」をはじめとした複数の企画をプレゼンしたものの、ハリウッドの知的エリートたちの反応はひややかでした。「脳みその足りないジョックス風情が何をしにきたんだ」とばかりに門前払いを食らわせられます。
 そんな連戦連敗の果てに、唯一生き残った有望そうな企画が『クリパリ』だったのです。フロリダですごした少年時代、姿なきカエルたちの絶え間ない鳴き声に恐怖をおぼえたプライスの体験にインスパイアされたカエルの物語でした。


 当初、プライスは『クリパリ』を映画化するつもりだったそうです。
 が、ハリウッドではどうやら勝ち目がなさそうだ、と悟ったエージェントが小説として出版社に売り込んだことから運命の出目が変わります。
 すぐにテレビアニメ化も決まり、当初の目論見からは外れたもののプライスは「映画にはならんかもしれないが、本とアニメにはなる。すごいじゃないか!」と喜び、執筆にいそしみます。

スーパーボウルを連覇したときを回想して)「あのときのブロンコスには僕以外のクォーターバックもいたし、攻撃陣も活躍した。でも、『クリパリ』は僕だけだ。僕が物語におけるあらゆる決定を下さなきゃいけない。だから、『クリパリ』こそ僕の人生で最高の達成だと言えるわけだ」

Former Raven Trevor Pryce to debut kids series 'Kulipari' on Netflix - Baltimore Sun

 かくして、元アメフト選手によるヤングアダルト・カエル格闘ファンタジー『クリパリ』は世に出たのです。


 元プロスポーツ選手で小説家に転身した成功例となると、まずまっさきに浮かぶのは障害競馬のリーディング・ジョッキーからエドガー賞ミステリ作家へと華麗な変貌を遂げた故ディック・フランシスでしょう。プロスポーツからエンタメ産業へ、というもっと大きな枠で捉えると、俳優として成功した面々が挙げられますが、そういえば、ドウェイン・ジョンソンも元はWWEの名物プロレスラーでしたね。

 プライスがD・フランシスやロック様なみの成功をおさめるかどうかはまだわかりませんが、『クリパリ』の成功を受けてどんどんテレビやコミックの企画が舞い込んでいるようで、夢だったエンタメ産業でのセカンドキャリアを順調に築きつつあるようです。よかったですね。



*1:https://ja.wikipedia.org/wiki/NFL#.E7.B5.8C.E5.96.B6

*2:参考までに日本のプロ野球の平均年俸は約3700万円。http://jpbpa.net/news/?id=1398668941-847877

*3:劇中でジョンソンの妻がいうセリフですが、ギャグではなく、割りとリアルな数字なようです。http://www.afpbb.com/articles/-/3083666

*4:このへんは昨今のNFLで大問題として騒がれているようで、『コンカッション』というウィル・スミス主演の映画にもなりました。原作のノンフィクションはハヤカワ文庫NFから出ています。

*5:全体二十八位

*6:NFLの一チームあたりのシーズン保有登録選手数は53人で、チーム数は32。そのうちプロボウルに選出されるのは88名なので、全体の約0.05%の選手しか出場できないことになる。