名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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J・P・マンシェット、岡村孝一・訳『地下組織ナーダ』ハヤカワ・ポケット・ミステリ

「希望なんて持ってられやしねえ。そんな奴らのために俺は飲むんだよ。政治的に正しいとか下らねえとか、そんなことはかまっちゃいられねえ。ともかくな、歴史ってやつが俺たちみてえな人間をこさえたんだ。てえことは文明なんてもなあ、いずれにしろ滅びつつあるってわけだ。となりゃ、お前、クソにまみれるよりゃ血をひっかぶってくたばったほうがなんぼかましだぜ」
p118

・駐仏アメリカ大使が誘拐された。犯人は犯行声明で「地下組織ナーダ(無)」を名乗る謎のグループ。実態は半分アナキスト、半分ゴロツキの寄り合い所帯だ。
 事件の波紋が国内外で急速に広がるなか、メンツのかかった内務省の官房長は優秀な警官であるゴエモン警部を使嗾し解決を試みる。
 ゴエモン警部は事件以前に犯人グループから脱落した高校の哲学教師トルフェに目をつける。
 あとパチンコを撃たれてバイク警官が死ぬ。


・クライマックスは農家の小屋に篭もっての大銃撃戦。『明日に向かって撃て!』とイーストウッドの『ガントレット』を足したみたい。銃弾の飛び交う混沌のさなかにアクションがとめどなく生起しては、人がやたらに死んでいきます。
・そこに変なくだりがあります。銃撃戦でナーダの一人メイエールがやられるシーン。


 誰かが階段を降りて来ようとする。
「降りて来るな!」
 ブエナベントゥーラが叫んだ。だがメイエールはその声を聞かなかった。家の正面に伏せた一隊はまだしきりに射ってきていたのだ。それで、ブエナベントゥーラが叫んだ。だがメイエールは走って降りようとした。六段だけ降りて、心臓をやられた。たった一発。メイエールはどんと腰を落とし、そのままずり落ちてブエナベントゥーラの頭の上に倒れかかった。
「やられたのか? おい、メイエール。やられたのか?」
 ブエナベントゥーラが叫んだが、メイエールはすでに息が絶えていた。

p148

 ここまではいい。問題は直後で、


 カッシュは空になった弾倉を引き抜こうとしていたのだった。どうしたわけか弾倉は動いてくれない。その時、メイエールが大使を閉じ込めた部屋から丸くなって飛び出して来たのだった。
「もうたくさんだ! やられたんだ。一人だっていい。俺は手を挙げる。やめだ。俺にゃ女房がいるんだ!」
 そしてメイエールは階段を下に消えたのだった。
 カッシュとしては大使の部屋を見張らなければならなくなった。メイエールは頭にきて飛び出して行った。それはいいとして、オートマチックはどうしたろうか?

p148

 と、いきなり時間軸が回想によって逆戻されて、また何事もなかったかのように元の時間軸に追いついて進む。
 まあ普通の小説だったらなんでもないように見えるけれど、各キャラクターの一挙手一投足がリアルタイムに緊張感をもって映像的に叙述されていくシークエンスにあっては失調というか乱調というか、読書のリズムを狂わされてしまう。でもそれが「っぽい」。狙って挿入したんだとしたら大したもんだ。



・なんか最終的には犯人グループのリーダー・ブエナベントゥーラと脱落者トルフェとゴエモン警部の三角関係BLみたいな展開になる。



・冒頭はクライマックスの銃撃戦に参加した一警官が、母親にあてて事件を回想する手紙で始まる。この時点で事件が犯人グループの敗北に終わることはまるわかりなわけで、「『ナーダ』はその種の闘いが必ずや失敗に終わることを語るために書いた」*1吹いていたのもあながち照れ隠しでもなかったんですね。



地下組織ナーダ (Hayakawa pocket mystery books)

地下組織ナーダ (Hayakawa pocket mystery books)


クロード・シャブロル版『ナーダ』の冒頭。日本ではソフト化してないっぽい。
最近だと『48時間』のピエール・モレルがショーン・ペンハビエル・バルデムを使って『眠りなき狙撃者』を映画化、もといアラン・ドロンの『最後の標的』をリメイクしたらしいですね。興行も批評も惨敗だったらしいですが。
だいぶ忘れてるし、もっかい読もうかな。

*1:『殺戮の天使』訳者あとがき