名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


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新潮クレスト・ブックス全レビュー〈9〉:『トリック』エマヌエル・ベルクマン

エマヌエル・ベルクマン『トリック』、Der Trick、 浅井晶子・訳、ドイツ語



魔術っていうのは、素晴らしく美しい嘘なんだよ
  p.141


トリック (新潮クレスト・ブックス)

トリック (新潮クレスト・ブックス)


 ロサンゼルスに住むユダヤ人の少年マックスは両親の離婚危機に動揺していた。彼は父母を仲直りさせようと、父親の古いレコードに吹き込まれた魔術師「大ザバティーニ」の愛の魔法を頼る。が、レコードが壊れていて肝心な愛の魔法が聞き取れない。そこで彼は大ザバティーニ本人を探そうと決心する。
 一方、所変わって二十世紀初頭のプラハオーストリア=ハンガリー帝国に徴兵されたとあるラビが大戦から帰ってくると、妻から不意の妊娠を聞かされる。不貞を疑う夫に対し、「父親は神様」と強弁する妻。夫は”神の意志”を受け入れ、やがてモシェという男の子が生まれる……。
 生まれた国も時代も異なる二人の少年の運命が、数奇な変遷を経て交錯する、というお話。

 あらすじのとおり、本作は二つの筋が交互に語られていく。片方はロサンゼルスのマックス少年が「大ザバティーニ」を探すパート。もう片方はラビの息子であるモシェ少年が、二十世紀前半のヨーロッパをマジシャンとして生き抜くパート。
 当然、後者ではナチスドイツが大いにからんでくる。予言を得意とするペルシア人マジシャンに扮したモシェが、手八丁口八丁でオカルト好きのナチス高官たちの信頼を得ていくさまはちょっとした詐欺師ものの趣を呈している。
処女懐胎」という母親のウソから産まれたモシェは言ってみればウソのキリストだ。出自や名前を隠すのはマジシャンとしてのビジネスのためでもあるし、苛烈なユダヤ人迫害から逃れる手段でもある。しかし彼の仮面もナチスの暴力の前にやがて剥ぎ取られてしまう。丸裸でモシェは受難と相対させられる。その虚実の裂け目にこそ、奇跡の種が宿る。
 一方、ロサンゼルスのマックス少年は彼の民族の歴史的悲劇から遠く隔たった場所にいる。彼を襲っているのは政府による民族浄化ではなく、大好きな両親の仲違いだ。
 純粋なマックス少年は魔法を信じ、魔法に頼ろうとする。だが、彼の両親にとって夫婦間の愛情の喪失と離婚問題はどこまでも現実だ。そのギャップをどう埋めていくのか。寓話のようなモシェパートとは対照的に、マックス少年の奮闘は都会的なユーモアでもって描写されていく。
 正直な話、本作は小説的にはあまり上手くいっていないところが多い。
 交互に語られる二つのパートが直接的に交わるような場面はほとんどないし、二つの物語の結節点となる「奇跡」もあまり周到に準備されたものとはいえない。『トリック』という題名からクリストファー・プリーストばりの技巧的なストーリーテリングを期待する向きもあろうが、本作はむしろ素朴で素直なジュブナイルとして読まれるのが正解だろう。
 それもどちらかといえば、マックス少年ではなく、モシェ少年を救う話として。
 モシェ少年の半生は孤独に覆われている。だがそれは自ら望んだ孤独ではなく、政治と歴史によって強いられたものだ。暴力的に記憶やアイデンティティを引き千切られたユダヤ人が自分のつながりを回復するーーキュートな見た目でありながら、壮大な射程を見通した物語だ。
(1271文字)

2019年に5巻以内で完結した面白マンガ10選+α



 火は、地獄で生まれた言葉の最終目的地だった。
  ーー『日々の子どもたち』、エドゥアルド・ガレアーノ

proxia.hateblo.jp




 早期に終わる、あるいは打ち切られる連載マンガはつまらない。
 そのような呪わしい言説が、いまだネットでまかりとおっている状況に唖然とします。
 ママの愛情が十週目で打ち切られたせいでそういうトンチンカンなことを抜かすのでしょうか?
 一生こち亀ガラスの仮面だけを読んで生きるつもりなのでしょうか? それも人生といえば人生でしょう。

 厳然たる事実として、長く続いていようがいまいがおもしろいマンガはおもしろい。
 ことマンガに関しては天網は恢恢、疎にして漏らしまくるものなのです。

 というわけでまいりましょう。
「2019年、五巻以内で完結した面白マンガ十選+α」。 


選定にあたってのレギュレーション

・単巻、短篇集、上(中)下巻などは外す。


ベスト10選

1.魚豊『ひゃくえむ。』(全5巻、マガジンポケットコミックス)

ひゃくえむ。(1) (KCデラックス)

ひゃくえむ。(1) (KCデラックス)

  • 作者:魚豊
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア: コミック

「たいていの問題は100mだけ誰よりも早ければ全部解決する」。
 才能にまつわるフィクションはお好きですか? だったら、あなたもこの本と無縁じゃない。
 100走。よーいどんで100mの距離を疾走し、誰よりも走り抜ければ勝つ、原初的な競技。そのシンプルさゆえに力量と才能がどこまでも残酷に明瞭に示されてしまう。
 才能フィクションに頻出するテーマのひとつとして、「自分では絶対勝てない天才が現れたらどうすればいいのか?」というのがあります。勝つことだけがすべての世界で、勝てなくなってしまったらどうするのか。『ひゃくえむ。』は五巻に渡ってその葛藤に対してどこまでも真摯に、濃密に向き合います。
 作品の特徴としては、言葉が強いというのがあげられます。言葉が強い才能フィクションはいい才能フィクションです。『ブルーピリオド』が証明したように。
 
 

2.模造クリスタル『スペクトラルウィザード』(全2巻、イースト・プレス

スペクトラルウィザード

スペクトラルウィザード


 模造クリスタルをお読みでない? 傷ついたことがないのなら、それでいいのだけれど(by 円城塔)。
 魔術の奥義を究め、世界を滅ぼしかねない力すら有していた魔術師集団「魔術師ギルド」。かれらの存在を危険視した国際社会は魔術師討伐組織である「騎士団」を組織し、魔術師ギルドをテロ組織として壊滅させる。
 討伐後、ギルドに所属していた魔術師たちは散り散りとなり、そのひとりであるスペクトラルウィザードも一般世界の片隅で静かに暮らしていたが……というファンタジー
 前にも言いましたが、模造クリスタルの作品は世界からあぶれて疎外された人々の物語です。そういう意味ではポップな画風に反してガロとかアックスの系譜ともいえるかもしれせん。*1
 このあまりに救われない世界で、どうすれば生きることをゆるしてもらえるのか。インターネットが忘れてしまった誠実なペシミズムがここにだけ保存されています。
 ちなみに初出はほぼ同人誌。

3.泉仁優一『ヤオチノ乱』(全3巻、コミックDAYSコミックス)

ヤオチノ乱(1) (コミックDAYSコミックス)

ヤオチノ乱(1) (コミックDAYSコミックス)

 山田風太郎が死に、白土三平が死に、横山光輝が死に、NARUTOが終わった……*2
 日本から忍者は絶え、忍者マンガも絶滅してしまったのでしょうか?
 否である、と『ヤオチノ乱』は断言します。
 平成もおわかりかけた時期にファンタジー寄りではなく、リアリズム忍者活劇をやるというアナクロニズムを通り越した豪胆さ。そのクソ度胸を成り立たせるエスピオナージュ描写の繊細さ。なにより痺れるほどにハードボイルドな世界観。
 読み終わると誰もがこういいたくなるはずです。「日本にはまだ……忍者がいるのだ!」と。
 あとは以下の記事にて候。
 
proxia.hateblo.jp

4.TAGRO『別式』(全5巻、モーニングコミックス)

別式(1) (モーニングコミックス)

別式(1) (モーニングコミックス)


 そして時代劇マンガも死んではいなかった。
 江戸初期を舞台に女性剣客(別式女)たちの恋と友情と仇討と殺人を描く死ぬほどおもしろいちゃんばらマンガ。やや理屈っぽい剣戟や、ファンタジーとリアルが奇妙なバランスで混ざった世界観は同じ講談社系の『無限の住人』を想起したりもします。
 なにより、シスターフッドの崩壊を60年代松竹時代劇ばりの容赦なさで描いたところがフレッシュ。
 

5.原作・田中芳樹、作画・フクダイクミ『七都市物語』(全5巻、ヤングマガジンコミックス)

 陸がめちゃくちゃズレて、宇宙に浮かんでいるすごい兵器のせいで飛行機が飛べなくなった世界で、顔と頭がすごくよく、性格が善良だったり狷介だったりする男たちたちが戦争するファンタジー戦記。
 とにかく一曲二癖ある男たちのカラミがいい。といってしまうと田中芳樹作品のテンプレ感想みたいですが、とにかく一曲二癖ある男たちのカラミがいいんですね。
 近年百花繚乱状態の田中芳樹作品のコミカライズとしては、フジリュー版『銀河英雄伝説』や荒川版『アルスラーン戦記』とならぶクオリティではないでしょうか。
 あまりにおもしろかったので原作も買って続きを読もうとしたら、漫画版と同じとこで終わってやんの。
 

6.百名哲『モキュメンタリーズ』(全2巻、ハルタコミックス)

モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX)

モキュメンタリーズ 1巻 (HARTA COMIX)

 作者の実体験をおりまぜつつ、ルポ漫画にような体裁でフィクションをやる、という企みらしい*3のですが、正直そこらへんが手法的に成功してるかは微妙なライン。しかし、エピソードごとの濃さで圧倒的に勝っています。
 マイナーなAV女優のビデオをネットオークションで買い占める人物の怪、アイドルのライブのために羽田から浜松までを徒歩で踏破しようと試みるオーストラリア人、バングラデシュでの「自分探し」……どれもフィクションとしてのウェルメイドさとドキュメンタリーとしての出来事のとんでもなさとのバランスが絶妙で、非常に楽しく読めます。

7.曽田正人『CHANGE! 和歌のお嬢様、ラップはじめました』(全5巻月刊少年マガジンコミックス)

(追記:すいません、よく考えたら全6巻でした。今更入れ替えも億劫なのでそのままにしておきます)

フリースタイルダンジョン』以降、マンガでもなんとかフリースタイルラップを紙上でうまくやれないものかという試行錯誤*4がなされ、その影でいくつもの実験作がつぶれていきました。そうした屍の山の上に完成したラップまんがの結晶が『CHANGE!』だったはずでしたが……。
 フリースタイルの「いがみ合っているようにみえて、実は水面下では場を盛り上げるためにすごいリスペクトしあっている」という空気を説明ゼリフではなく、ちゃんとバトルで書けているのはすごいしアツい。
 フリースタイルラップまんがでは歴代随一だとおもいます。

8.SAXYUN『超常探偵x』(全2巻、電撃コミックスNEXT)

超常探偵X 1 (電撃コミックスNEXT)

超常探偵X 1 (電撃コミックスNEXT)

 不条理探偵部活コメディ。2019年において最も真摯にミステリを考えていたまんがは『じけんじゃけん!』とコレなのではなかったでしょうか。はいドドン 事件ですよ 
 とにかくアイディアが豊富で、テンポとコマ割りが天才的。
 

9.高野雀『世界は寒い』(全2巻、FEEL COMICS swing)

世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing)

世界は寒い(1) (FEEL COMICS swing)

 拳銃を拾ってしまった女子高生たちの群像劇。せっかく拳銃拾ったんだから誰か殺そうぜっていう流れになり、それぞれに殺したい対象はいないかと考え出すんだけれど、恨みとか殺意とかってそんなに静的でもくっきりしたものでないよね、というところで錯綜していく。
 銃という単純明快な凶器の登場が逆に人間心理や関係の複雑さをあぶりだしていくプロセスがおもしろい。
 言語に対してセンシティブなまんがは良い漫画です。

10.山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』(全3巻、ハルタコミックス)

サーカスの娘 オルガ 1巻 (ハルタコミックス)

サーカスの娘 オルガ 1巻 (ハルタコミックス)

 サーカスのスター、オルガの恋と人生。
 記号化されたデザインでありつつも、ロシア革命前のロシアの風俗やサーカスまわりの描写がやたら丁寧。山本ルンルン入門に是非。

必読オーバーエイジ

売野機子ルポルタージュ』『ルポルタージュ -追悼記事-』(全6巻、バーズコミックス→モーニングコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

ルポルタージュ (1) (バーズコミックス)

・2030年代の日本で、恋愛をすっとばしてビジネスライクなパートナーとして結婚することを志向したコミューンで起きた大量殺戮テロ事件の犠牲者たちについて、ルポ記事を書くことになった記者コンビのお話。人間が描かれている。
 めっちゃおもしろいです。

コージィ城倉『チェイサー』(全6巻、ビッグコミックス

チェイサー(1) (ビッグコミックス)

チェイサー(1) (ビッグコミックス)

・コージィ版『ブラックジャック創作秘話』。手塚治虫をライバル視すると同時に影で憧れている同年代作家を主人公に、「神様」手塚治虫の業績を「人間」の視点から描く。コージィ先生なりの手塚論を織り交ぜつつ、当時の少年漫画の偽史が紡がれていくさまは非常にエキサイティング。
 めっちゃおもしろいです。

原作・岩明均、作画・室井大資『レイリ』(全6巻、少年チャンピオン・コミックス エクストラ)

 戦国時代末期、滅亡寸前の武田家嫡男の影武者として死にたがりの少女が取り立てられる。岩明均の歴史ものが面白くないわけがなく、それを室井大資の絵でやるものだからいつもと空気感と言うか迫力の質が違います。
 めっちゃおもしろいです。

終了? 継続?

石川香織『ロッキンユー!!!』(全4巻?、ジャンプコミックス

ロッキンユー!!! 3 (ジャンプコミックス)

ロッキンユー!!! 3 (ジャンプコミックス)

・高校生がロックバンドやるまんがで青春のエモ(エモはやらないが)がすごい。連載が終わった後に集英社から版権戻して自己出版に切り替える(現在 kindle で『ロッキンニュー!!!』として+4巻まで出ている)という形で継続中。バイタリティが佐藤亜紀並である。

佐藤将『本田鹿の子の本棚』(全4巻?、リイドカフェコミックス)

本田鹿の子の本棚 続刊未定篇 (リイドカフェコミックス)

本田鹿の子の本棚 続刊未定篇 (リイドカフェコミックス)

・娘の本棚にある小説(だいたいスラップスティックで変な話)を父親が盗み読んだのをマンガ上で再現するギャグまんが。第4巻はネットで話題になった『キン肉マン』オマージュ回「ゆで理論殺人事件」や激アツ耳なし芳一リベンジバトルアクション「続・耳なし芳一&続・平家物語」などが収録されていたのけれど、なぜか「続刊未定篇」と不吉なサブタイトルが。
 この単行本が売れないと五巻が出ませんよ、ということらしい。いきなり四巻から読んでもおもしろいというか、おそらくなんの支障もないので、みんな『続刊未定篇』から買いましょう。




他言及したいところ。

仲川麻子『飼育少女』(全3巻、モーニングコミックス)
・高校の生物部でヒドラやヒトデでイソギンチャクを飼育する生物生態解説系ギャグまんが。生物に人権がない。

まつだこうた『骸積みのボルテ』(全3巻、バーズコミックス)
・まつだこうた版『シュトヘル』。シュトヘル並に続いていればこの世界観を十全にあじわいつくせたのに……とおもうと惜しい。個人的には大好き。

五十嵐大介『ディザインズ』(全5巻、アフタヌーンコミックス)
・存外にバトル描写がうまい。

吉本浩二ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~ 』(全3巻、アクションコミックス)
・日本初の週刊青年漫画誌『漫画アクション』の誕生を名物編集者・清水文人を中心に描く。『ブラックジャック創作秘話』などのルポ漫画のスペシャリスト吉本浩二がてがけているので間違いない。『アクション』を創刊して軌道に乗せたあとはかなり早送りなのがもったいなかった。

原作・谷崎潤一郎、作・笹倉綾人、Mint『ホーキーベカコン』(全3巻、KADOKAWA
谷崎潤一郎の傑作『春琴抄』のコミカライズ。絵に力がある。終盤に若干オリジナルなツイストが入ります。

佐藤宏海『いそあそび』(全3巻、アフタヌーンコミックス)
・零落したお嬢様と磯に詳しい中学生男子が磯で自給自足を目指す。女の子が釣りしたり磯や潟でがんばるまんが増えましたよね。

宮下裕樹『決闘裁判』(全4巻、ヤングマガジンコミックス)
・17世紀の神聖ローマ帝国を舞台に実在した裁判システム「決闘裁判」を裁定する巡回裁判官と姉を殺された少年と獣人っぽいけど獣人じゃない男のロードストーリー。

うかんむり『羊飼いのケモノ事情』(全4巻、RYUCOMICS)
・よくお天道様の下で堂々と出せたなと奇跡を感じるケモノラブコメ

インカ帝国『ラッパーに噛まれたらラッパーになる漫画』(全3巻、LINEコミックス)
・ゾンビをラッパーに置き換えたゾンビもの。出落ちにならないだけの膂力は有していた。

天野シロ『アラサークエスト』(全3巻、ヤングキングコミックス)
・ウルトラひさびさの天野シロオリジナルまんが。ギャグのきれあじが往年の頃からいささかも減じていない。

河部真道『killer ape』(全5巻、モーニングコミックス)
・歴史上の有名な戦場を再現した仮想空間に飛ばされて一兵卒として戦うSF。『バンデット』といい、河部先生は良いものを書くのに……。


きりがないのでこのへんでやめときます。『乙女文藝ハッカソン』とか『マーダーボール』とか『メメシス』とか『ロマンスの騎士』とかももったいなかったなー、とおもいつつ。

*1:個人的には2000年代初頭のインターネットのメランコリックさなのだけれど、話すと長くなるので割愛。

*2:BORUTOは続いてますが

*3:モキュメンタリーを名乗ってはいるものの、作者あとがきでは「私小説的アプローチを試みており、世間的なモキュメンタリーとも違うテイスト」と説明されている

*4:たとえば、ラップ描写の表現技法。ラップ場面で韻を踏んでいる箇所を強調するためにある作品では傍点をふっていたのが、『CHANGE!』ではフォントとそのサイズで強調されるようになり、よりライブ感が増した。

2019年の新作映画ベスト25と、その他について

 でももう楽しめねえ
 音楽を聴かなくなった
 友だちと会わなくなった
 笑わなくなった
 わがままになった自分を
 責めても仕方ないから
 次の手で攻めるだけ
 俺は自殺しないんだ

  ーー「KURT」SALU

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2018年の新作映画ベスト30+α - 名馬であれば馬のうち
2017年の映画ベスト20選と+αと犬とドラマとアニメと - 名馬であれば馬のうち
2016年に観た新作映画ベスト25とその他 - 名馬であれば馬のうち
2015年に観た新作映画ベスト20とその他 - 名馬であれば馬のうち




ベスト10

1.『マリッジ・ストーリー』(ノア・バームバック、米)

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 今年はストーリーやコンセプトより佇まいを好きになる映画が多かった気がします。で、その佇まいという点において『マリッジ・ストーリー』は完璧だった。
 ノア・バームバック作品は特に『フランシス・ハ』以降は(『デ・パルマ』を含めて)なべて傑作なんですけど、個人的好きな理由は「ダメ人間の話だから」だったんですよね。
 なのでバームバックのダメ人間趣味の窮極として『ミストレス・アメリカ』が作家ベストに挙げられるべきだと考えていたんですけれど、『マリッジ・ストーリー』でそこがちょっと変わったように思われる。
 もちろん、世間的にバームバックが振れ幅の少ない作家としてみなされていることにあんまり反駁する気もなくて、『マリッジ・ストーリー』もデビュー以降のゆるやかでプログレッシブな変化の範疇内で語られることはたしかだし、演出面においても前作『マイヤーウィッツ家の人々〔改訂版〕』とモロに地続きではあります。
 技巧的といえば前から技巧的だったんだけれど、それしてもこっち方面でこんなに巧みだったかな、と思わされるところが本作には色々あって、たとえばカリフォルニアを訪れたアダム・ドライバースカーレット・ヨハンソンの、それ自体はほのぼとしてさえいる何気ない描写が、離婚調停の場面では相当な悪意のもと互いの人格を貶めるための材料として”解釈”されるという、悲劇的あると同時に相当にイカす業前を決めてきたりして、ただでさえ画面的に豊穣な映画がどんどん耕されていく。


 そして、アダム・ドライバー。バームバック作品出演四作目にしてついに主演をつとめたアダム・ドライバー
 2019年は改めてアダム・ドライバーはすごいな、と思い知らされた年でした。
 なにかアダム・ドライバーが映って何かしら苦悩しているだけでその映画が成立してしまうように見えてしまう。そういう領域にまで達してしまう俳優は少ないです。たいてい役者の魅力というのは演出でどうにかなってる場合が多いと思うのですけれど、『マリッジ・ストーリー』ような四方に隙きのない完璧な作品から『スカイウォーカーの夜明け』のようなとっちらかった作品、『ザ・レポート』のような毒にも薬にもならない社会派、サブに回った『ブラック・クランズマン』まで一様に成り立たせているのは俳優本人の力以外に説明がつかない。ヤバいな、と思い始めたのは『パターソン』くらいからですけど、2019年は特にすごかった。アダム・ドライバーはすごいんです。
『マリッジ・ストーリー』における佇まいを象徴する存在なんじゃないかな。

2.『スパイダーマン:スパイダーバース』(ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン監督、米)

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 これもわかりやすく佇まいの映画ですよね。スパイダーグウェンが飛び回るところだけでじんときます。
 注ぎ込まれたリソースがほんとうにやばくて、各バースのスパイダーマンごとでフレーム数が違う、とか、バカなんじゃないんでしょうか。よく製作費が9000万ドルぽっちで済んだな。
 ストーリー的にもよくできていて(フィル・ロードが関わっているので当たり前なんですが)、ちゃんと「スパイダーマン」に求められる物語様式に向き合いつつも、新鮮な作劇に仕上がっている。クモに噛まれてベンおじさんが死んで大いなる力には大いなる責任が展開のオリジンにはもう観客飽き飽きだよってことで今やってるトム・ホランド版ではその手間をすっとばす大正解の判断をしたわけですが、やはりスパイダーマンをやる以上、最終的には「おじさん」的な存在とその喪失の重力に引き寄せられてしまう。そこのあたりスパイダーバースはベンおじさんオリジンと「代わりのおじさん喪失」話を何重にも誠実かつおもしろくこなしたわけで、その点だけとってもなかなか常人にはできないことです。
 あとマーベルのクレジット後演出はあんまり好きじゃない(本編が終わったらさっさと席を立ちたい派)んですが、本作のはすごくよかった。

3.『僕たちのラストステージ』(ジョン・S・ベアード、英米カナダ)

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 すれ違いと同期の映画やホモソーシャルの亀裂と惜別の映画が好みで、本作にはこの二つがたっぷり含まれていました。
 どっからどう見てもイギリスのインディペンデント映画だなというルックで、だからこそサイレント時代のハリウッドと斜陽の人気コンビによく合うのかもしれない。
 

4.『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(レミ・シャイエ、仏デンマーク

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 三年くらい前に東京の日本橋のTOHOでやっていたアニメアワードフェスティバルのコンペ作品として劇場にかかっていたんだけど、そのときは満員で入れませんでした。で、三年後の2019年になって出町座の小さなスクリーンで観て、ああ、あのときは銃乱射してでも観るべきだったんだな、と後悔したものです。
 丸っこいキャラデザから『ケルツの秘密』や『ソング・オブ・ザ・シー』のスタジオサルーン作品みたいなかわいらしい感じなのかな、とおもってたらまあぜんぜんハードなんですね。そして、「かわいらしい」というより「うつくしい」という印象が強く残ります。
 そのビューティフルっぷりはキャラの動かし方でもあるし、シンプルなストーリーを指してもいるし、背景美術の話でもあるし、静謐さに満ちた演出の話でもある。
 スパイダーバースは本来調和のとれない要素をむりやり調和させたという点で見事だったのですが、本作はむしろ調和のためにすべてを捧げたような逸品であり、私たちはただその世界に身を委ねるだけで心地よくなれるのです。

5.『サスペリア』(ルカ・グァダニーノ、米イタリア)

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 オチそれでいいの? とか、ティルダ・スウィントンを三役に分けた意図はわかったけど、だから何? とか、そもそも原作ほぼ意味ないじゃん、とかまあ言いたいことはいろいろありますが、佇まいに振っている、という意味ではこれほど傑出している作品は2019年でも屈指だったと思います。
 手足のながい人たちが一心不乱に踊っている*1、魔女たちがなにやらあやしげな談合を催している、壁を光が泳いでいる、人がスローモーションで破裂している、よくわからない高速カットバック、そういう積み重ねられていく不穏さが自分のなかで最高さの結晶として形づくられていきます。

6.『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ、米)

 オチの部分にかんしてはおっさんの駄々っ子ですね、でおしまい*2なんですが、とにかくディカプリオとブラピがいい。
 特にディカプリオ。
 冷静に考えれば、あの一場面の演技を立派にやりとおしたところで、ただでさえ地位の低い当時のドラマのワンエピソードのワンシーンでしかないわけだし、落ち目の俳優人生がどうこうなるわけでもないんですが、だからこそ、それさえこなせないほどどん底にもがいていたディカプリオが感極まるというのがよくわかってしまう。
 ブラピもブラピも出ている場面はぜんぶ良くて、なんならただハリウッドの街を車で流しているだけでも感動的なまでに美しい。

7.『隣の影』(ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン、アイスランドデンマークポーランド・ドイツ)

 ご近所戦争もの。こういう細か〜〜〜い人間のイヤさを描く話は好きですね。特に主人公がおかした”罪”のイヤさ加減が絶妙です。
 ネタバレになるので詳しくは言えませんが、最初の段階では「まあそれはアウトでしょ」とおもっていたのが、あとで事情を聞くと第三者的には「ん〜〜〜ま〜〜〜〜気色悪いことは悪いけど、ギリギリかな〜〜〜〜」くらいになるのがまたいい。
 対照的に飼い猫のネコの「復習」に走るおばあちゃんのエクストリームさにはただただ呆然とするしかない。あれはビビるでしょう。
 

8.『天気の子』(新海誠、日本)

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 わたしは2000年代にまつわるものすべて、ゼロ年代といった呼称を含むすべてを焼却することに人生を捧げており、近々その功により教皇聖下から叙勲される気配すらある身なので、本来ならゼロ年代の亡霊たちのフラグシップのような新海誠をその年のベストに入れるような愚は犯さないはずでした。
 だが、『天気の子』はそんなわたしさえもゼロ年代の亡霊にすぎなかったのだと証明してしまった……。その敗北の記録として、ここにあげておきます。
 あと東京が滅ぶとすなおに気持ちいい。

9.『ちいさな独裁者』(ロベルト・シュヴェンケ、ドイツ)

 ナチスコメディに外れなしということで『ジョジョ・ラビット』には今から大いに期待しているわけですが、一方で『ちいさな独裁者』はほぼノーマークでした。だって『ダイバージェント』の監督ですよ? シュヴェンケ監督分は未見ですけれども、だってあなた、『ダイバージェント』の監督っていったらニール・バーガーと同格ってことですよ? いや、『幻影師アイゼンハイム』はいうほど嫌いではありませんが……。
 しかし観てみたらやはりいいわけですね。戦争もののコメディというのは本来悲劇的なものとして描かれる戦争や死を笑いの対象としてのアングルから撮るわけで、ある種の思い切りのよさが必要とされるわけですが、『ちいさな独裁者』はそのあたりにためらいがない。まったくない。特に収容所のシークエンスのクライマックスの強引で唐突なあっけなさを観たときはこれこれこういうのだよ、とうれしくなりました。
 収容所から後はやや蛇足感が残りますが、それでも今年随一のコメディであることは間違いがない。
 

10.『宮本から君へ』(真利子哲也、日本)

 やはり暴力……暴力はすべてを解決する……。
 2019年の映画において90年代の新井英樹のマンガを原作に立てるにあたってはさまざまな障害を抱えるわけですが、『宮本から君へ』はそこのあたりをうまくいなしつつ、真利子哲也の暴力性と新井英樹の熱量のいいとこどりをしたアホみたいな快作にしあがりました。

11〜25

11.『ゴッズ・オウン・カントリー』(フランシス・リー、英)

 105分間ずっとケンカックスしてる。扉づかいがいい映画は名作の法則。

12.『愛がなんだ』(今泉力哉、日本)

 視線と”空気”と居心地の映画で、それだけともいえるけれども、逆に映画にそれ以外何があるっていうんです?

13.『よこがお』(深田晃司、日仏)

 時系列のいじり方がとにかく技巧的。このわざとらしいくらいの人工性が深田晃司の妙味だと思います。

14.『海獣の子ども』(渡辺歩、日本)

 五十嵐大介に対する解釈が完全に一致してしまった。

15.『ジョン・ウィック:パラベラム』(チャド・スタエルスキ、米)

 ジョン・ウィックさんモテモテ映画。
 みなさんはニュヨークの路上できゃりーぱみゅぱみゅ流しながらスシを握っているハゲの凄腕暗殺者は好きですか? わたしは大好きです。
 あとついに人間がイヌを殺す映画じゃなくて、イヌが人間に殺す映画になった。

16.『君と、波に乗れたら』(湯浅政明、日本)

 あらすじはいかにもプログラムピクチャー的なのに、「好きにやった」と言っていた『ルーのうた』よりよほど好きにやっているように見える。ディティールがやはりいいんですよね。

17.『ボーダー 二つの世界』(アリ・アッバシ、スウェーデン

 二つの世界にアイデンティティを引き裂かれそうになる主人公に現実世界のさまざまなイシューが表象されつつも、やはりダークなファンタジーとして一級というバランス。
 原作になったヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの短篇集もハヤカワから出ているのでオススメ。おばあちゃん版『ファイトクラブ』みたいな話もあるよ。

18『ルディ・レイ・ムーア』(クレイグ・ブリュワー、米)

 ひさしぶりのクレイグ・ブリュワーエディ・マーフィ主演? とふしぎがりつつも見たら、ハッピーな『エド・ウッド』であり『ディザスター・アーティスト』で、『エド・ウッド』の系譜としての『ディザスター・アーティスト』に失望していた自分的にはドンピシャでした。

19.『シシリアン・ゴースト・ストーリー』(ファビオ・グラッサドニア&アントニオ・ピアッツァ、イタリア)

 エモ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い。

20.『エイス・グレード』(ボー・バーナム、米)

 「なんとなくその場にはいはするけれど、グループの輪のギリギリ境界線に立っているぐらいのきまずさ」をすくいきった稀有な青春映画。

21.『劇場版バーニング』(イ・チャンドン、韓)

 イ・チャンドンの映画はいい。今回もいい具合の不穏さ。

22.『ドント・ウォーリー』(ガス・ヴァン・サント、米)

 『ジョーカー』や『ゴールデンリバー』もけして悪い映画ではないというかむしろ好きなのですが、今年のホアキン・フェニックスではこっちかな。[ こういうゆるやかなウィズネスによわい。

23.『アイリッシュマン』(マーティン・スコセッシ、米)

 長いけど、やっぱりいいよ。長いんだけどね。”ワンス・アポン・ア・タイム・イン〜”感は『〜イン・ハリウッド』よりもあった。『〜イン・アメリカ』のほうに近いという意味で、ですが。

24.『ドクター・スリープ』(マイク・フラナガン、米)

 キングもキューブリックもリスペクトしてますけど、でも結局撮るのは”俺”ですよ? とでもいわんばかりの不敵さを見せるマイク・フラナガン。これこそおれたちのマイク・フラナガン
 

25.『ひとよ』(白石和彌、日)

 人間という名のブラックボックス&おまえひとりで納得されてもな〜〜〜〜系映画。


犬映画オブジイヤー

*本年度の犬映画オブジイヤーは、わたしが『ドッグマン』を見逃すという前代未聞の不祥事を起こしたため、中止とさせていただきます。

 

ドキュメンタリー映画10選

『ビハインド・ザ・カーブ:地球平面説』
アメリカン・ファクトリー』
『FYRE:夢に終わった最高のパーティ』
『コカインを探せ!』
『マックイーン:モードの反逆児』
『本当の僕を教えて』
『《外套》をつくる』
『あるスパイの転落死』
『グレートハック SNS史上最大のスキャンダル』
『メディアが沈黙する日』

proxia.hateblo.jp

観たアニメ映画全ランク

1.『スパイダーマン:スパイダーバース』
2.『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』
3.『天気の子』
4.『海獣の子供
5.『きみと、波にのれたら』
6.『トイ・ストーリー4』(ジョシュ・クーリー監督)
7.『空の青さを知る人よ』(長井龍雪監督)
8.『プロメア』(今石洋之監督)
9.『失くした身体』(ジェレミー・クラバン監督)
10.『ひつじのショーン UFOフィーバー!』(リチャード・フェラン&ウィル・ベッカー監督)
11.『羅小黒戦記』(MTJJ監督)
12.『レゴ(R)ムービー2』(マイク・ミッチェル監督)
13.『アヴリルの奇妙な世界』(クリスチャン・デスマール&フランク・エキンジ監督)
14.『劇場版ガンダム Gのレコンギスタ I 行け!コア・ファイター』(富野由悠季監督)
15.『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(ディーン・デュボア監督)
16.『アナと雪の女王2』(クリス・バックジェニファー・リー監督)
17.『名探偵コナン 紺青の拳』(永岡智佳監督)
18.『ディリリとパリの時間旅行』(ミッシェル・オスロ監督)
19.『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』(まんきゅう監督)
20. 『ライオンキング』(ジョン・ファヴロー監督)
21.『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(山崎貴&八木竜一&花房真監督)
22.『ロイヤルコーギー レックスの大冒険』(ヴィンセント・ケステルート&ベン・スタッセン監督)
23.『HELLO WORLD』(伊藤智彦監督)

*1:これ系ではギャスパー・ノエの『クライマックス』もよかった

*2:タランティーノの個人的な駄々っ子に他人が文化論的観点から付き合う必要はまったくないと思う