名馬であれば馬のうち

読書、映画、ゲーム、その他。


読書、映画、その他。


第二十八回東京文学フリマで買った本を読む+メモ

これまでのあらすじ

 世に「しるもしらぬも逢坂の関」という佳歌があって、逢坂とはつまり今の滋賀県大津あたりを指すのだけれど、これが天橋立や箱根すら越えて江戸の木戸となると知らないひとばかりです。

 五月五日、わたしは東京は神保町で京都大学ミステリ研究会の主催するトークショーに来ていました。

 開演前の短い時間、受付ロビーはなごやかに談笑を交わす人々で溢れています。わたしはひとりその輪からはずれ、身の置き所に迷っていました。

 もともと京大ミステリ研四十五周年の祝賀記念の一貫として開かれているだけあって、京大のひとが多い。それも四十五年ぶん、約二十世代です。瓜実顔の初々しい若者から二十歳の成人式からこの方ずっとミス研ヤクザで通してきたような怖そうなおじさんもいます。見知った顔もいないではありませんが、この圧倒的アウェイ感にあっては敵地の知己など敵にひとしい。こころを許してはなりません。関西の弱小大学ミス研勢は例外なく、「京大に復讐せよ」と教えられて育ちます[要出典]。「復讐」の動機が具体的になんなのかは示されずじまいで、おそらく妬み嫉み僻み羨みの言い換えとみんなうすうす気づいていましたが、それでも愛すべき先輩たちのいうことで、内心気持ちがわからないのでもないので、なるべく守ろうと意地をはります。惻隠の情という言葉を今日は学んで帰ってください。

 それでもトークショーが始まってしまえば、取り憑いていた怨霊のことなど忘れ、円居挽我孫子武丸日暮雅通、青崎有吾四先生の軽妙なミス研よもやま話をあまさず愉しむスウィートなわたしがいます。しかしあの三十分間、開場から開演までの三十分間にあっては不安しかともだちがいませんでした。

 京都に帰ったら『ヤオチノ乱』のレビューをブログに書いて、『アクタージュ』の二次創作について考えるんだ……と必死に自分へ言い聞かせ、受付ロビーのすみで震えながら、希死念慮をなんとかおし殺そうと悪戦苦闘しているとき、向こう側のすみで談笑している二人組の片方と目が会いました。彼は親しみ深げな笑みを浮かべると手をふりながら、こちらへ近づいてきます。


「千葉さんやないですか〜」

   
 Nくんです。京大ミステリ研出身者では数少ない友人のひとりです。わたしは先輩の教えや孤高の気概をたちまち放り出して、仔犬(ポメラニアンがいいな)のように彼に駆け寄りました。やっと手を差し伸べてくれる存在がいた。雲の上からカンダタに糸を垂らしてくれたおしゃかさまのような……と芥川を連想したのはその三日目に参加していたデイヴィッド・ピース講演会の影響だったでしょう。


 しかし、安心したのもつかのま、わたしは彼の風体に異なる感じをおぼえました。得も言われぬ禍々しさに戸惑いました。よくよく目を凝らすと、Nくんの着ているTシャツ……ピクトグラムめいた燃える本の下部に印字された「Fahrenheit 451」……。

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 そう、ブラッドベリ華氏451』のTシャツです。ハヤカワが売ってたやつです。
 神保町という本の聖地において開かれる本を愛する人々の集会で燃える本の描かれたシャツを着てくる、この勇気、この蛮勇。養豚場にトンカツの描かれたシャツを着てくるようなものです。

 
 この男……ここまでロックであったろうか……? 
 こんなシャツでいったい何を伝えたいのだろうか……?


 と、しばし三日会わざるうちにすくすく育つ、男子という名の青山の威容に刮目しおののいていたのですが、Nくんはかまわず話しかけてきます。

「明日、文フリいかはるんですよね?」

 そのことばにハッとします。ささやかに蒙が啓かれます。
 六日の東京文フリ。そして『華氏451』のシャツ。

 なるほど、これは彼なりのちょっとした考案だったのです。

 
 わたしは、行くよ、と答えました。
 彼は満足気にうなずくと、それ以上その話題に触れず、ただシャツを誇るように立っていました。わかりますよね? とでもいいたげに。

 
 ああ、わかったとも。
 燃やさねばだよね。


 かくして、わたしは五月六日の東京文フリで本を買いました。
 知るも知らぬも、本は本です。


文学フリマで買って読んだ本

 レビューというよりメモに近い。購入の参考にはならないでしょう。

『深界調査記録』もちくず倉庫

・いわゆるネットロアというか、ホラーな都市伝説の調査記録。調査といっても実際に噂の源泉になっている場所は訪れず、もっぱらネットや書籍の情報を追っていて、そのかぎりではよく調べてあるとおもう。
・実際に起こった事件が地元住民のあいだで長い間噂されていくうちにディテールがおぼろになっていき、ネットへ都市伝説として吐き出される過程が複数例示されていて興味深い。

『立ち読み会会報誌 第二号』立ち読み会

殊能将之の『ハサミ男』、『美濃牛』、『黒い仏』に付せられた「参考・引用文献」をひとつひとつ丹念にあたって文献ごとの引用箇所を正確に洗い出す労作。
・表紙がダントツに好き。元ネタは本を読めばわかります。
・単に点をいくつも打っていくのではなく、浮き出た点を線としてつないで殊能将之への深い理解につなげるあたり、孔田さんじゃないとできない知的な落ち穂拾いですね。
・娘が生まれるとわかった孔田さんがロスマクや結城昌治を読めなくなるくだりはアツい(アツい?)
・巻末の創作を読んで、『異色作家短篇集リミックス』で孔田さんがやりたかったことがなんとなくわかった気がした。気がしただけかも。

『Re-Clam vol.2』Re-Clam編集部

・論創海外ミステリ特集。
・論創編集部のひとたちにインタビューしてるんだけれど、やっぱりすごい人たちが集まってるんだなとおもう。
・森先生のはしゃぎっぷりもすごい
・付録? の短篇「不吉なラムパンチ」(クリスチアナ・ブランド)、短篇ながらのこの犯人像とサービス精神満載なややこしい構成はブランドにしかできないな、という感想。なにげに探偵のキャラと犯人のキャラが対になっているのもいい。そういえば、探偵小説研究会の『CRITICA』十三号(出たのは去年の夏だけれど)にも市川尚吾がブランド論を寄せていて、そこにまるごと割られていた『はなれわざ』のあらすじを読んで、あらためてややこしいプロット書くひとだな、とおもった

『ルヴェル新発見傑作集 「遺恨」』エニグマティカ叢書

モーリス・ルヴェル東京創元社から『夜鳥』という短篇集が出ていて、「フランスのポオ」と称されているらしいのは知っているけれど、読んだことはなかった。
・収録作はいずれも十ページ前後の短編で、語り口は古風であるものの、センテンスレベルでは平易なのでさらっと読める。主人公がある出来事をきっかけにエクストリームな状況に追い込まれ、悲劇的な決断を下す。そんな話が多い。あとほぼ人が死ぬ。
・お気に入りは、迫り来る火の手から家族を守るために老鐘楼番がある行動に出る「鐘楼番」と、亡き妻の遺した二児のどちらかが不義の子ではないかと疑う父の煩悶を描いた「どちらだ?」。
・「仮面」も買ったのでいずれ読もうかな。悲しい気分になりたいときに。

『whodunit best vol.5』京都大学推理小説研究会

・大学ミス研(ミステリ研ではない)に属していた身でいうのもなんですが、「犯人当て」は書くのも読むのもそんなに好きじゃありません。理由はそのときどきで変わりますけれど、主として「自分が勝てないゲームはダルい」というワガママな性分から発するものです。
わたしのいたミス研では二年か三年に一度くらいの頻度で、京大でもすなる犯人当てというやつをやるぞっ! という機運が昂まり誰かが犯人当てを書いていたのですが、思ったより盛り上がらないのでブームにもならず文化にも育たず、一回こっきりで消滅します。わたしも書きました。ゴミでした。
・にもかかわらず、このフーダニットベストは心に響いた。犯人当てはあいかわらずよくわかんない。犯人当てに付されている京大ミステリ研会員たちによる解説、作者の人物像、そしてミステリ研と犯人当ての歴史がアツいのです。特に研内における犯人当ての歴史を綴った「犯人当て史を振り返る二〇一四」(高村優子)は犯人当てという競技の発展を記録した競技史であるとともに、そこに確かに息づいていた若者たちの熱気を封じた青春の記憶でもある。こういうの好き。

『SFGeneration 2018 特集:ゲーム』SFG

・SFであれば、小説や映画はもちろんゲーム、現代アート、音楽、都市(川崎)、大学SF研までもいちいち採取してレビューをつけようとする、メガロマニアックといったら失礼だけど、そんな形容がぴったりな本気のSFジン。
・エディトリアルまわりがカッコいい。写真も。あそびページの vaporwave 感もすき。
・ゲームレビューでわりとマイナーめのやつも取り上げてくれてるのがうれしい。小説レビューでは絶版のやつもためらいなくラインナップしてて罪作りだな、っておもう。
クロスレビュー企画やる同人誌はいくらでもあるんだろうけど、ファミ通でイラスト描いてる本人(荒井清和)をひっぱってきたのは初めて見た。
ツイッターでSFファンダム?界隈に関するマニフェストっぽいことぶちあげててそれきっかけで、すげー、と注目しだしたのだけれど、界隈に疎いせいか団体としての出自がよくわかんない。疎くてもすごそうなものには寄っていってしまう。文フリのスペースでは若いお兄さんと白髪のおじさんが親子みたいにして座っていたけれど、けっこうレンジの広いサークルなんだろうか。謎はつきない。

『イゾラドとの遭遇 NHK特番「大アマゾン 最後のイゾラド 社の果て 未知の人々」と1975年に遭遇した記録』今関直人

・2016年に放送された、アマゾンの少数先住民についてのNHKドキュメンタリーを観た著者が、「そういえば、俺こいつらに四十年前に会ってたじゃねえか!」と思い至り、その時の手記というか日記を冊子にまとめた。そういうもの。
・日記は日記なので特にキャッチーな出来事など発生しないまま、獏や野鴨を狩りつつ川を遡っていく。
・アリクイは手ごわいらしい。
・あとなんか現地の小説家からもらった作品を翻訳したとかいう触れ込みの本も売っていて、そちらも買った。まだ読んでないけど聞き慣れない単語にあふれてて楽しげ。

ひとひら怪談』薄禍企画

・例のシリーズの新刊
・作者名確認しないで読みはじめて、いいなあ、と思った二編ともが藍内友紀の作だった。早川から単行本を出しているらしいので読んでみようかなとなりました。矢部先生はもはや前衛詩の領域だとおもう。
・「『キズが超小さいフック』で5kgまで耐えられる」ってなんだろう

『華文ミステリガイド特別編 華日大学ミス研競演』風狂奇談倶楽部

・最初のページめくったら並んで出てきた復旦大学推理小説研究会の人とワセミスの人のハーモニーがいかにも十年来のミス研同期って雰囲気で笑けた。ミス研の人間にはユニヴァーサルな規格が存在する。5日のトークショーもそうだった。知らないはずなのに、知っているようなひとばかり。
・華文(中国語圏)ミステリ特集。早稲田と復旦で犯人当て小説を交換してバトルするなどおもしろい企画をやっている。
・秋好亮平「華文イデオロギー小考」。ちょうど先日『ディオゲネス変奏曲』で読書会をやったときに中国・台湾・香港のミステリ事情を知りたくて調べて、んー、よくわかんないですね、って無様を晒したところだったので、もうちょっと早くこれが欲しかった。台湾中国におけるミステリ受容史の編纂が待たれる。

『RIKKA vol.1』RIKKA ZINE

英語圏のSF/ファンタジー雑誌に投稿している日本人作家、SFで修士号を取った台湾のSF翻訳家、英米SFを訳しまくっている中国の翻訳家、日本の小説事情にやたら詳しい韓国のSF作家兼翻訳家、日本に居ながらにして英語小出版社を立ち上げそこで作家・編集活動を行う元ホスト*1などのインタビュー集。要するに東西のおもしろSFにんげん大集合、
・オガワ・ユキミ先生のインタビューは文章から知り合いに多い系の人だとわかるので安心感がある。
・台湾の翻訳家インタビューでの「70年代80年代に台湾で育った男子はみんな『マジンガーZ』などの日本のSFアニメを観ていた」という発言で『ぼくは漫画大王』で見たやつだ! となった。台湾ミステリと台湾SFの根っこがおんなじところにあるのだとしたらちょっとおもしろい。SFはミステリに比べて市場がかなり狭いっぽいけど。
・当然かもしれないけど、アジア圏のSF翻訳家は兼業翻訳家が多いっぽい。いつのSF大会だったか、大森望か誰かが「僕たちがSF翻訳専業で食っていける最後の世代になるだろう」みたいなことを言って記憶があるけれど、専業翻訳家という存在自体が世界的にはイレギュラーなのかもしれないなとおもった。
・中国のSF雑誌名「不存在日報」ってめちゃくちゃかっこよくない?
・「板垣恵介刃牙シリーズは、もはや思弁小説である」
・韓国の異世界転生は「漢江に投身自殺しようとしたらポータルができて異世界に」
・そりゃベイリーが最近復刊してるとか聞かされたらビビるよね。

『雨は満ち月降り落つる夜』笹帽子

・いわゆる雨月物語SF合同。雨月物語を下敷きに各作家がSF短篇を書いておられる。各編のあらすじは下記。
www.sasaboushi.net
・古典の素養がないもので、雨月物語と聞くと高井忍、吉備津の釜と聞くと日影丈吉が思いうかぶのですが、そういう見当はずれな読者でも読めばちゃんと楽しめるようになっている。わりとスペキュレイティブなやつに寄ってる印象。もとが幽霊譚ばかりなので幽霊という存在をどうSF的に解釈するか、みたいなところで最近の個人的な興味ともかぶってて、まあそれはいいんです、楽しく読めればね。
・高度に発達した怨霊人工知能より怖いのはアップデートしないヒューマンのエラーだよね、とか、さまざまに姿態を変えてビームを放つウオとか、大師さまに感謝、とか、正太郎はやっぱりクズなのだな、とか、ソルジェニーツィンマッシュアップとかどうかしてるなー、とか、蛇女百合かとおもったら宇宙かー、とか、「貧福論」は資本主義の話といえば資本主義の話なのだけれどこうなってしまえばよくわかんないがいっそ愉快だな、とか細かい部分でのフィーリングッドは多いのだけれど、オチの景色が好きなのは「荒れ草の家」と「飛石」でしょうか。特に前者は健気でかわいい。
・あとで聞いたらすごい勢いで完売したそうで、友人に頼まれたものとはいえ、ひとりで二冊購入したのは不作法だったかな。まあいいです。わたしは知らない人のかなしむ顔より、知っている人のよろこぶ顔がみたい。郵送で届けたので顔は見れませんが。令和ですね。
・そしてここに本書のKindle版がある。アンリミテッドなら事実上ゼロ円で読み放題。文フリの本と秋の空は違うもの。すぐさま移り変わるものでなし、菊が鮮やかなのも今日だけでなし、読むという気持ちがあれば、秋開催の季節になったからといってなんだというのです、と円城塔ならおっしゃるのでしょうが、文フリの本など買っては積んでしまうのが人の性です。だとしたら、マウスの赴くままに買って、その場で読み尽くすのも乙なものですよ。

雨は満ち月降り落つる夜 (雨月物語SF合同)

雨は満ち月降り落つる夜 (雨月物語SF合同)

  • 作者: 笹帽子,cydonianbanana,17+1,Y.田中崖,志菩龍彦,雨下雫,シモダハルナリ,鴻上怜,murashit
  • 出版社/メーカー: 笹出版
  • 発売日: 2019/05/08
  • メディア: Kindle
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次は

『ヤオチノ乱』について書きたいと願います。これは願いです。

*1:最初「英国人」と書いてましたが、勘違いでした。イタリア人とオーストラリア人とのあいだに米国で生まれたかたです

第十回創元SF短編賞の思い出。

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(撮影:織戸久貴)神戸の異人館(英国館)にて。








 あの小説のなかで集まろう


 ーースチャダラパー「ET UP AND DANCE」




 あれから、いろいろございまして。


www.tsogen.co.jp


 拙作「回転する動物の静止点」(千葉集名義)が宮内悠介賞をいただきました。
 選考委員の皆さまがた、東京創元社編集部の方々、友人各位に心より御礼申し上げます。
 正賞のトキオ・アマサワさん、優秀賞の斧田小夜さん、そして日下三蔵賞の谷林守さんの御三方にもお祝い申し上げます。


 宮内先生は(自分としては珍しく)デビュー短篇集『盤上の夜』から好きで追ってきた作家で、ある種のゲーム的勝負を扱った小説、それも架空の謎ゲーム小説*1を出そうと思ったのも、ゲスト審査員に先生のお名前があったのも少なからず影響しているようにおもいます。*2重ねて感謝を捧げます。


 みなさんも激おもしろアメリカマイノリティ×VRセラピー文学『カブールの園』を読もうな。姉文学の名作「半地下」も同時収録されている。ああいうふうに遠くへ行けたらなとおもうよね。明日には新作も出ますよ。*3


カブールの園

カブールの園

偶然の聖地

偶然の聖地




 ちなみに「回転する動物の静止点」(以下、「回転動物」)の内容ですが、ええっと、京都のとある小学校内で動物をコマのように回してガチらせるあそびが流行る話です。
 そうですね。ジーン・シェパードの「スカット・ファーカスと魔性のマライア」ですね。*4どうぶつ版ベイブレードですね。シカとかシロクマとかが回ります。書く前に織戸久貴先生*5にコンセプトだけ話したら「どうぶつタワーバトル?」と言われました。そういう理解でいいです。
 タイトルはハイスミス経由エリオット行です。エピグラフはパラニュークです。ドノソの『別荘』です。姉です。亡霊です。動物です。映画です。漫画です。聖書です。スポーツ史です。人間です。その他諸々のすてきなものぜんぶです。あとはそう、ダンス……すなわちダンス(®矢部嵩)。
 でも一番影響受けたのは法月綸太郎の『北米探偵小説論』(野崎六助)文庫解説かもしれない。あるいは『おかしなガムボール』。


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(撮影:織戸久貴) 同じく最終選考に残った織戸氏と選考委員会からの連絡の電話を待っていたときにふたりで観ていた『リズと青い鳥』の一場面。いま映画館でやってる『誓いのフィナーレ』のあとだと完全にホラーのシーンですね。

 

 で、「回転動物」を今後どこで読めるかというと。

 特別賞はスペシャルメンション的なアレなので商業での活字化はアレがナニらしく、いわゆる同人的なルートで出すことになろうかと思われます。最近流行りのディープパブリッシングアンダーグラウンドってやつですね。

 折良く昨年より織戸久貴氏と〈ストレンジ・フィクションズ〉なる文芸創作サークルを立ち上げておりまして、そちらのほうで織戸氏の百合スメルSF(らしい)「あたらしい海」と合わせて〈第十回創元SF短編賞最終候補ミニアンソロ(仮)〉的なものを編む方向で進んでいます。
 〈ストレンジ・フィクションズ〉本誌とは別の、文庫サイズの本になる予定です。なればいいなとおもっています。

 ちなみに織戸氏とは別に、今回の最終候補組からもう一方加わる予定です。つまり、(たぶん)三人分の最終候補作が読める。お得ですね。年内には出せるといいよね。

追記: というわけで第三の男は日下三蔵賞の谷林守さんです。
https://twitter.com/notfromsakhalin/status/1144565391915569153?s=21

 なにかしらで固まったら、またご報告します。

 報告する用の twitter アカウントも作りました。

twitter.com


 既存のやつとダブルで持つ意味が今んとこ「スクリーンネームを変えたくない」以外にないので近い内に消えるかもしれない。
 


 アッ、あとBOOTHで〈ストレンジ・フィクションズ〉から出した『異色作家短篇集リミックス』の電子版を引きつづき販売しております。5月の21日前後までの期間限定販売です。

https://strange-fictions.booth.pm/items/1284575strange-fictions.booth.pm


 わたしが寄せた「象が地下鉄東西線に体当たり」は、「回転動物」と同じ本(若島正篇『異色作家短編集18 狼の一族 アンソロジーアメリカ篇』)をネタ元にしていて、こう例えておけば言葉づらの通りがいいので例えておきますが、双子のような存在です。あわせて読んでおくといいことがあるかもしれません。同人誌製作費の赤字分が減るとかね。
 もちろん、他にも織戸氏の作品や豪華ゲスト陣の寄稿もあって読み応え抜群じゃよ。詳しい内容は以下。


proxia.hateblo.jp


 今回は以上です。おつかれさまでした。今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いします。


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(撮影:織戸久貴) 電話がかかってきたときに画面に映っていた画。
*6

*1:今どうしても思い浮かべてしまうのは「トランジスタ技術の圧縮」

*2:というか「回転動物」読み返すと影響しか受けてない気がする。

*3:さっき kindle 見たらもう配信されてた

*4:残念ながら話はぜんぜん違う

*5:第九回創元SF短編賞大森望賞受賞者で、第十回とわたしと同じく最終候補に残った

*6:結局どちらも特別賞ということで鎧塚みぞれにはなれず、黄前久美子と久石奏になった

幻の漫画家 panpanya 先生は実在したッ!! 衝撃と慟哭の緊急サイン会レポ!

panpanya という漫画家は実在しない」
 と、母から教えられたのは小学校に入るか入らないか、とにかくそんな時分でした。


 そりゃあショックでしたよ。これまで信じてきた世界を突然崩されたのです。納得できるものではありません。
 当然、わたしは「じゃあこのマンガは誰が描いたの?」と『足摺り水族館』を指差して母を問い質しました。
 すると母は微笑んで(そう、大人が世間知らずの子どもを見下すときに浮かべるあの笑みです)、
「『楽園』のマンガはみんな位置原先生が描いてるのよ」
 と言います。


「えっ、じゃあ。イコルスンも?」
「そうよ」
黒咲練導も? kashmir も? シギサヤも?」
「全員そう」
鶴田謙二もなんだ……」
「エレキテ島が出ないのはそのせいね。忙しいから」
「そうか……すごいな……位置原先生は……」
 そう、位置原先生はすごい。位置原先生の新刊をみんな読もう。


先輩の顔も三度まで

先輩の顔も三度まで



 それから十年。

 京都で都のとろめきを惑わす不逞浪士たちを拷問にかける仕事に就いていたわたしは、 その業務中に思いがけず panpanya 先生が京都でサイン会を開くという情報を手に入れました。
 実在しないはずの panpanya 先生が……?
 矢も盾もたまらず罪人から無理やりサイン会の予約券をもぎ取り、乾きパサつく肌をひきずり、四月二十一日先勝、三条のアニメイトへ馳せ参じます。
 サイン会のうわさを聞きつけたのか、通りは世界各国から集結したサブカルおたく(見た目でわかる)たちで溢れていました。意気軒昂な彼ら彼女らは宮崎駿のアニメのように無数の個というよりはなめらかに統一・組織された群的な生命体となってメイトの階段へとなだれ込んでいき、それをメイトの店員たちが「もうだめだ」「ここで俺たちは死ぬんだ」「援軍はどうなっている」などと泣きわめきながらマスケット銃をやぶれかぶれに撃ちまくって押し返そうとしていました。
 わたしも用意したサイン用の本(『蟹に誘われて』)を弾避けにしながら血路を開き、なんとかメイトの出入り口へとたどり着きます。panpanya 先生にはちょっとした防弾効果もあるのです。

 山積された死屍を踏み越えつつ、サイン会担当と思しき店員に今すぐ panpanya 先生に会わせろと要求します。
 すると、店員はセルロイドめいたにこやかな顔で一枚の紙片を差し出し、「整理券です」という。
 聞けば、「整理券」とやらに記載されている時刻にまたメイトに戻ってこいというのです。予約券とはなんだったのか。
 いくら不条理でもルールはルールです。
 一時間後、わたしはふたたび屍山血河を乗り越え、メイト前に立ちます。
 そうして店員に「整理券」を渡すと、今度は別の紙片をよこして「整理券2です」とぬかす。
 言われるがままに「整理券2」に書かれた集合時刻に三度戻ってくると「整理券3」を渡される。
 さすがに何かがおかしい、と勘づいたわたしは、


 コラッ!!!!


 と店員を一喝しました。
 あんまりお客をバカにするんじゃないよ!
 
 すると店員は悪びれてるようなそうでないようなノリでぺろっと舌を出し、
「たはー、あいすいません。これもうちのもてなしというやつで」
 と言い訳しました。

 
 なるほど、京都名物のいけずと言われればもてなしのうちかもしれないな、とひとり合点しているあいだに店員に促され、会場内に入ります。
 予想はある程度していましたが、人がいっぱいです。いっぱいすぎます。
 なんというか、人を人として認識できないレベルでいっぱいです。なんというか形から人だと察しはつくのですが、それがふだんおもっているような人権を有した存在としての人と視るのがむつかしい。おぞましい別の何かに見える。時代が時代なら独裁者が生まれ、虐殺が起こり、統計学が完成していたことでしょう。

「ଇฌㄜဪ༄༮㐋ฌ先生サイン会の待機列はこちらです〜」
 
 会場内に店員の呼びかけが響きます。
 なに? なに先生だって?

「ଇฌㄜဪ༄༮㐋ฌ先生サイン会の待機列はこちらです〜」

 外に掲げてある看板を見るかぎり、本日ここでサイン会を催すのは panpanya 先生のみ。
 ということは、「ଇฌㄜဪ༄༮㐋ฌ先生」とは panpanya 先生を指しているのでしょうか。文脈的にそれしか考えられません。
 わたしは今まで panpanya 先生のことを「ぱんぱんや」あるいは「ぱんぱにゃ」と読んできましたが、どうやら間違っていたようです。
 先生にお会いする前に気づけてよかった……
 
 
 待機列に並ぶと地獄の獄卒のような店員たちが「オラッ 本を用意しろッ」と客たちをしばきあげながら、ひとりひとりにペンを渡します。
 どうやら整理券(3)の裏にサイン本に付す為書き用の名前を書け、と言いたいらしい。
 わたしにペンを突き出してきた鬼はこう言いました。
「書いていただく姓か名か、どちらか一方を選べ! フルネームはNGだ!」
 なるほど、時短というやつですね。 
「ちなみに漢字かひらがなか、どっちかに限る。カタカナはダメだ!」
 ……??? 先生はカタカナアレルギーなのでしょうか?
 書き終わってペンを返却し、鬼は待機列の後ろに人にまたペンを渡して、同じような注意をがなりたてます。
「ちなみにカタカナか漢字か、どっちかに限る。ひらがなはダメだ!」
 ……??? さっきと言ってることが違う?
「ちなみにカタカナかひらがなか、どっちかに限る。漢字はダメだ!」
「ちなみにアルファベットか漢字か、どっちかに限る。ローマ字はダメだ!」
「ちなみにイヌかネコか、どっちかに限る。オオサンショウウオはダメだ!」

 
 列が進みます。進行方向の終端には灰色のカーテンに仕切られたスペースが設置してあり、その向こうに先生がいらっしゃることが見て取られました。
 本当にいるのかな、とこの期に及んで疑念を棄てきれません。
 ときどき、メイトの本棚のあいだから巨大な蛇がぬっと飛び出してきて、待機列のファンをぱくりとひとのみして去っていきます。
 サインももらえないうちに蛇に食べられるのはいやだなあ、とおもいましたが、この日は幸い食べられずにすみました。実はちょっとヤバい場面もあったのです。蛇がちろりと舌を出し、味見のつもりなのかわたしの頬を舐めてきて、「ぬめっててまずっ!」とそっぽを向いて退散したのです。あぶなかった。

 
 列はさらに進みます。
 ようやく先生とのご対面です。
 店員が上げてくれたカーテンをくぐり、秘密のヴェールの深奥へと至ります。
 そこにいた panpanya 先生は……

 まさしく作品に「わたし」として出てくるキャラそのものの、ショートカットのかわいらしい少女でした。
 先生のとなりにはイヌのレオナルドまでいます。
「ほんとうにまんがの通りだ……」
 おもわず感嘆すると、先生は照れ気味に「よくいわれます」と頭をかきました。


 感無量の心地で本を差し出し、サインをいただきます。
 わたしは基本サイン会の場では喋らないひとですし、先生もサインに添えるイラストをお描きになるので忙しく、特に会話もなく進行していたのですが、シャイなわたしを慮ってくれたのかレオナルドがいろいろなことばをかけてくれました。

「どのあたりから先生の本を読みはじめられたんですか」
「『足摺り水族館』のころからですね」
「ほう、どこでお知りに?」
「先輩が『すごい漫画がある』とガケ書房に連れてってくれて……」


足摺り水族館

足摺り水族館

 
 話すと思い出がよみがえり、知らず目尻に涙が溜まってきます。
 そのあいだにも先生は魔術師のような手際で美麗な線を描き出していきます。

 レオナルドは質問をつづけます。

「今日はどちらからいらしたんですか?」

 無口な客に対するサイン会での常套質問です。

「川から来ました」

「へえ、川。ここまでは大変じゃありませんでしたか。オオサンショウウオなのに」

 オオサンショウウオのわたしは、ベタつく頬をぺしぺし叩きながら嘘をつきました。

「そんなでも」

 そこで先生から「はい、できましたよ。どうぞ」とサイン本を渡されました。

 描いてくださったのは、川のほとりで踊り狂うオオサンショウウオの絵でした。


 わたしは久正人先生サイン会以来の満足をおぼえつつ、同じくサイン会に参加していた後輩のウーパールーパーと合流し、三条の人気ジェラートハウス「SUGITORA」に入りました。味はまあ普通なのですが、虎をフィーチャーしたマスコットが可愛い名店です。

www.sugitora.com

 
 わたしたちはジェラートをつつきながら、サイン会について語らいました。
 よかった。
 ほんとうによかった。
 信じていてほんとうによかった……と。
 信じれば漫画家はかならず具現化するのだ……。


「よかった」を唱えつづけて三十回を超えたころ、わたしの電話が鳴り出します。
 とってみると、母からでした。
 わたしは誇らしい気持ちで、母に panpanya 先生の実在を報告しました。
 母は大して興味なさそうに「そう、よかったね」と返し、「ところで」と話題を変えます。
 
「ゴールデン・ウィークは何をするつもり?」

 深甚な問いかけです。わたしはしばし考え、「年を取ろうかとおもっています」と告げました。
 しばらくは川に戻りたくない気分でした。
 しばらくのあいだは……。

蟹に誘われて

蟹に誘われて