名馬であれば馬のうち

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『ラビング 愛という名前のふたり』の感想

『ラビング 愛という名前のふたり』( Loving 、ジェフ・ニコルズ監督、2016年、米)



映画『ラビング 愛という名前のふたり』予告


光と影のヴァージニア

 個別の愛自体になんら「特別さ」などなく、愛は常に普遍的で、だから『ラビング』は二人の出会いや生立など語らない。いきなり、黒人女性ミルドレッド(ルース・ネッガ)が白人の恋人リチャード・ラビング(ジョエル・エドガートン)に対して「妊娠したの」と告げるところからはじまる。
 舞台は1950年代のヴァージニア。白人と黒人はそれぞれ違う場所で、交わることなく生活している。
 だが、そんなことは意に介さず、ふたりの幸せは柔らかい陽光にくるまれてトントン拍子に育っていく。
 妊娠から間もなくリチャードはミルドレッドを雑草が伸び放題になっている空き地へ連れていき、「ここに僕たちの家を建てよう。結婚してくれ」とプロポーズ。二人の和合を象徴するかのような黒と白のツートンカラーに塗り分けられたフォードの1957年式フェアライン・クラブ・ヴィクトリアを飛ばし、ワシントンDCの役所でつつましい結婚式を挙げる。
 そうして新居に婚姻証明書を掲げ、ラビング夫妻の蜜月生活がスタートする……はずだった。


 不幸は、深夜、新居のドアをぶちやぶって侵入してくる。
 何者かの通報により*1地元の保安官が現れ、「ヴァージニア州では異人種間結婚は法律違反だ! ワシントンでの結婚証明書? そんなものは無効だ!」とふたりを乱暴にしょっぴいていく。
 牢獄で不安な一夜を過ごしたのち、夫のリチャードだけが先に保釈される。彼に照りつける東部の太陽が眩しい。もはや太陽は彼らの味方ではない。もはや昼間に安息はない。それから二人は夜へと逃げ込むことが多くなる。


 さらなる勾留期間と保釈金を積み、ミルドレッドも牢屋から解放される。夫婦に言い渡された刑は執行猶予のついた一年の懲役、そして、二十五年の州外追放。
 ふたりはワシントンで暮らすミルドレッドの親戚を頼って、緑豊かな故郷を離れ、街で*2暮らすことになる。
 途中で出産のためにヴァージニアに舞い戻って再逮捕されるなどのアクシデントを経たものの、三人の子宝の恵まれて、夫婦はワシントンでの慎ましい平穏を手に入れる。彼らの生活空間には光が溢れ、もはや日陰の身ではない。ツートンカラーだったヴィクトリアも、黒人街での生活に馴染んだ一家に呼応してか、黒一色の車に換わった。
 ところが、ミルドレッドには何かがひっかかっていた。狭くて危険も多い黒人街は小さな子どもを育てるのに適していない。緑多く、温かい彼女の実家のある故郷ヴァージニアでのびのびと育って欲しい……。そんな思いが募っていたある日、彼女はテレビで公民権運動のニュースを観る。もはや理不尽な不平等に縛られる時代ではない――ニュースに刺激されて、彼女はロバート・ケネディ司法長官に自分たち夫婦の苦難について手紙を出す。これがきっかけで、ふたりは全米を揺るがす憲法裁判の当事者となっていく。



レンガを積んで家を建てる男

 劇中、何度も繰り返されるモチーフがある。
 工事現場で働くリチャードがモルタルを塗ってレンガを積み上げていくシーンだ。レンガを積み上げるのは東部の白人男性たる彼の生業であると同時に、「家庭を妻に任せて、外で仕事をする夫」の姿であり、家を自力で築き上げる理想的で男らしいアメリカの男性像でもある。
 積まれるレンガは、どんな場面でも常にせいぜい四五段積まれた程度の低い状態だ。それは不器用で口下手で堅実な彼のキャラクターをよく表している。
 聡い妻が家でテレビを観て時流を敏感に察知し、手紙を書き、テレビのインタビューに答える一方で、彼は朴訥にレンガを積みつづける。
 だが、外で「変化」に直接晒されるのは夫のほうだ。ヴァージニアへ出戻り、ふたりの「犯罪」の見直しを迫る裁判が始まると、仕事場に停めたリチャードの車からミルドレッドの写真に包まれたレンガが発見される。白人の同僚による、あきらかな脅迫だ。しかも、仕事場からの帰路で、不審な車からあとを尾けられたりもする。彼は妻にはそういうことを報告せず、夜、ライフルを握りしめてバルコニー立ち、周囲を警戒する。ふたりを引き裂く侵入者は、夜におとずれるものだから。
 ミルドレッドはミルドレッドで、自分や夫だけでなく子どもや全米の黒人たちの未来を背負っている自覚を持っているので、マスコミの取材に積極的に応えようとする。夫の方はその取材のせいで妻の身が危険にさらされていると知っているので、頭ごなしに止めようとする。妻は口下手な夫の不機嫌の理由がわからない。
 微妙にすれちがっていく二人の愛情が観客からすればはがゆくもあるが、それでもやはりまあ愛は愛なので、落ち着くとこへ落ち着くことだろう。


 彼の築き上げようとしている「家」とはなんなのか、という問いは*3ラストシーンであざやかに効いてくる。
 夫は妻のために、二重の意味で「家」を建てたのだ。



余談

 雑誌のカメラマン役のマイケル・シャノンが取材のために夫婦の家を訪れるシーンがあって、この人とジョエル・エドガートンが同じカットにおさまっているのを観ると、みょうな感動が湧きます。シャノンはジェフ・ニコルズ監督のお気に入りらしく前作『Mud』にも出演していましたね。
 日本では三月にソフトスルーされる同監督のSFジュブナイル『ミッドナイト・スペシャル』でもこのふたりが共演するらしい。楽しみです。

*1:劇中、「誰かがチクらなければバレなかったのに」という冷静に聞いてみれば割りとトンデモない発言が出てくる。当時のお隣さんからすれば目立つことこのうえないであろう異人種間夫婦が白昼堂々同居生活を送っていても、特に悪意をもった人物に密告されないかぎりは平穏にすむ可能性が高かった、ということだ。アメリカのド田舎の治安事情が垣間見える。

*2:街――おそらくはスラムで暮らしている黒人たちをミルドレッドが車のなかから初めて眺めるシーンで、汚らしい浮浪者たちがゴミを漁る野良犬のイメージと重ねられているのが興味深い。

*3:まあ最初から九割がたわかりきったものであるけれどそれでも

映画『ラ・ラ・ランド』の感想――夢を夢見て。

ラ・ラ・ランド』(La La Land, 2016年、米、ダミアン・チャゼル監督)


 引用が引用であることそれ自体に意味を持つような状況が成立するのは、どのような場合なんだろうか。それはおそらく、物語のあらゆる要素が「過去」で構成されている場合にちがいない。引用が主題ではなく、同種の要素の一部に埋もれていくような場合であるにちがいない。『ラ・ラ・ランド』とは、そういう映画だ。



「ラ・ラ・ランド」本予告



 失われていくものへの愛惜というのはどこにでもあるもので、『ラ・ラ・ランド』では、それがジャズ・映画館・ミュージカル・青春と多層的に塗り重ねられていく。
 オールドなフリースタイルジャズを志向するジャズピアニスト、セブ(ライアン・ゴズリング)には自分の好きなジャズを演奏して稼げる場所を持てずにいて、旧友であったキース(ジョン・レジェンド)に誘われてやっとジャズをできるようになるんだけれども、彼のバンドの曲は「一般受け」するようにアレンジされたものだった。


 不満顔のセブに、キースは言う。「おまえが古き良きジャズをやりたがってるのはわかるよ。でも、ジャズは現に死につつある。おまえらみたいなのが殺しつつあるんだ。おまえはジャズバーでピアノを弾いていたけど、客は老人ばかりだっただろ? 子どもや若者が聞かない文化は滅びる。おれたちの曲なら、子どもや若者が聴いてくれる」
 セブは何も言い返さない。黙って、彼のバンドに従ってツアーに参加する。
 適者生存が科学的に正しいとはかぎらない。でも、結果的に適応したものが残るのは確かで、変わらないものは滅んでいく。そういうものだ。
 ここで、セブが墨守しようとしているジャズは本当に「古き良きジャズ」なのか、「古き良きジャズ」などそもそも実在するのか、といった疑問が湧くかもしれない。が、措いておこう。ジャズの内部事情などジャズの人にしかわからない。映画は視覚と視野をフレーミングするメディアだ。その矩形の内部では「映画」以外のあらゆる文化・芸術・歴史が相対化され、陳腐化され、ステロタイプ化される。そして、発信力と訴求力ででっちあげた「真実」で他のメディアを圧倒的に凌駕しうる。



 監督のダミアン・チャゼルはそうした暴力性でもって、画面のそこかしこに失われていく文化を愛すべきものとして刻印している。ハリウッド・スタジオ、シネコン以前の映画館、オープンなアメ車、タップダンス、ファッション、古典映画(『理由なき犯行』)、フィルム、プラネタリウムイングリッド・バーグマン、そして、ひたむきに夢を追う青春時代と愛。
 ヒロインのミア(エマ・ストーン)は女優志望のカフェ店員だ。彼女も過去からやって来た。
「なぜ、女優をめざそうと思ったの?」とセブは訊く。
 ミアは「叔母も女優だったの」と言う。
「巡業劇団のね。私は通りの向こうに小さな図書館がある家で育った。ネヴァダのボウルダー・シティ――どの家もまったく同じ見た目をしていた。十歳のときには、もう何がなんでもこの街から出なきゃ、って思うようになってたわ。そんなある日、叔母が街にやってきたの。彼女は図書館から古典映画を借りてきて、私に見せてくれた。ふたりで一日中映画を観まくったの。『赤ちゃん教育』、『汚名』、『カサブランカ』……世界があんなにも広いんだって、初めて知った。」

 
 ミアとセブ、ふたりの夢は常に過去にある。
 本作の重要な引用元の一つである『雨に唄えば』がサイレント映画からトーキーへの、過去から未来への変化に夢を託したのとは対照的だ。
 現実世界では古きものに拘ったり憧れたりするのは失敗のもとだ。だから、ふたりとも壁にぶつかってしまう。女優として、ミュージシャンとして、行き詰まってしまう。夢を追えなくなってしまう。二人の残された選択肢は、夢見た理想をごまかして妥協するか、夢そのものをすっぱり諦めてしまうか、の地獄の二択だけ。どちらを選んでも、夢見た過去を諦めることになる。

 
 わかっている。
 過去に未来はない。
 過去にある夢とは懐かしむための夢想であって、新しい自分を切り開くタイプの夢とは別物だ。


 しかし、しかしだ。
 そもそも映像とは過去を現在に夢見るためのツールではなかったか。
 何かを撮影し、記録し、再現する。どれだけ技術が発展しても、その要諦は百五十年前から変わらない。劇映画は記録された過去を現在や未来として詐称するけれども、展開される光景は常に過去のいずれかの地点で撮られたものだ。
 さらに言うならば、何かを志向するという意志は過去に起こったものを摂取したから生じるのであって、本作に即して言うならミアは古い映画を見たから今の映画をやりたくなった、セブは古い音楽を聴いたから今の音楽をやりたくなった。
 使い古された後藤明生の名言を今更繰り返すのもちょっとした勇気を要するけれど、何故小説が書かれるのかといえば、作家が「小説を読んでしまったから」なのであって、それは小説、創作のみならずあらゆる営為に当てはまる。読んでしまったから。
 ダミアン・チャゼルも過去に書かれた夢を読んでしまった一人なのだろう。それも、過剰に読んでしまった人なんだろう。
 夜観る夢と物語は本人の想像、つまり自分の見たものの範疇でしか描かれえないという点で似ている。だから、チャゼルは「観たもの」を自分の夢に出しまくる。
 結果、『ラ・ラ・ランド』は不必要なまでに古典ミュージカル映画の引用に埋め尽くされることとなる。不必要なまでに、というか事実、ストーリーテリング的にまともに機能している引用は少ない。
 過去を再現するための夢めいた引用は、たいていの場合、悲惨な結果に終わる。
 夢の文脈は純度百パーセントで本人に依るもので、他人から聞かされる「おもしろかった夢の話」が常に退屈なのはそういう文脈を理解できないからだ。


 だけど、チャゼルはこの夢のジレンマを強引に解決してしまった。
 自分の夢を、登場人物と観客それぞれの脳みそにむりやりぶち込んでしまったのだ。映画の暴力性を利用して、自分の夢で画面の内から観客席までを憧れで染め上げてしまった。
 それを私たちはラストの十分に観る。
 私たちはありえたかもしれない過去を、夢として観る。夢とわかって、観ます。このバランス。その夢が短いピアノ曲一曲のなかに凝縮されています。
 思います。あ、これって映画なんだ、と。これも映画なんだ、と。限定された時間に濃縮された夢を追体験し、共有すること、そういうのって、とっても映画なんじゃないか、って思うんです。だからこそ、美しいんです。画面で展開されている原色の『巴里のアメリカ人』もどき以上に、現に映っているライアン・ゴズリングエマ・ストーンのダンス以上に、綺麗なんです。
 それはどちらの夢でもあるから。
 夜見られる夢であると同時に、未来に浮かぶ夢でもあるから。

2016年に観た新作映画ベスト25とその他

ベストといいますか、この一年書いた感想のまとめといいますか。
今年は去年ほど映画を観ない気がします。

映画トップ10

1.『クリーピー 偽りの隣人』(黒沢清監督)

 ホラーやサスペンスに共通して重要な要素に「不吉さの予感」がある。人がただ歩いているシーン、談笑しているシーン、食事しているシーン、そういうなんの変哲もない日常が次の一瞬にはもう粉々に砕け散っているかもしれない、そういう破壊的な恐怖がホラーをホラーに、サスペンスをサスペンスにならしめている。人間の一挙手一投足あるいは感情ですらも、すべて暴力的な所作になりうる空間があるとすれば――あるのか? ある。『クリーピー』は、それを作り出した。

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2.『ズートピア』(バイロン・ハワード&リッチ・ムーア監督)

 仮想敵を立てるのは卑怯だと承知してはいるけれど、言わせてほしい、世間には『ズートピア』みたいなウェルメイドな作品を指して「完璧すぎてつまらない」という人がいる。いい子ちゃんすぎるというのだ。われわれは異常なものを観に映画館に来ているのであって、健常なものなんか映画館に溢れているじゃないかと。
 大きな間違いだ。「完璧すぎる」というのは、そもそもが異常な事態だ。人や物事には、ふつう、なにかしら欠落がある。去年の映画でいえば、『スティーヴ・ジョブス』(ダニー・ボイル監督)を観た人ならわかるかもしれない。完璧さを徹底して追求する人、追求できてしまう人は何かがおかしい。
 我々が『ズートピア』に惹かれてやまないのは、この映画が無限に汲み尽きない狂気の鉱脈だからだ。それはディズニーというブランドそのもののコンセプトでもある。完璧な狂気。

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3.『ハッピーアワー』(濱口竜介監督)

 五時間半ある。二度の休憩を挟んで、六時間。個人的には三時間以上の尺を持つ映画を映画と呼びたくはないのだけれど、まあ実際に映画として公開されている代物だし、映画的なモーメントに満ちているし、なによりものすごくものすごくものすごく面白いのだから、個人的な定義などいくらでも曲げてよくないか?
 なぜおもしろいのか。コミュニケーションとディスコミュニケーションをテーマにしたサスペンスだからだ。この組み合わせは、超々長尺の作品を撮るにあたっての最適解といえる。コミュニケーションが切れたり繋がったりするのは下世話な僕たちの本性を捉えるし、そこにハラハラドキドキのサスペンス性が加わればもう時間なんてものはなくなったに等しい。画面にかぶりついたまま光陰が矢のごとく過ぎていき、気がつけば陽はとうに暮れている。*1

4.『ドント・ブリーズ』(フェデ・アルバレス監督)

 とてもとてもとてもおもしろい、の一言に尽きる。

5.『バタード・バスタード・ベースボール』(ウェイ兄弟)

 Netflix 限定。
 カーク・ダグラスのお父さんがかつて所有していたマイナー野球チームの伝説を負ったドキュメンタリー。ベースボールがアメリカの神話であることがよくわかるし、そういう意味ではフィリップ・ロスの『素晴らしきアメリカ野球』やケン・カルファスの『喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ』、あるいは映画*2『フィールド・オブ・ドリームズ』にも比肩する。

 まあ詳しくは以下。

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 それにしても、このころはキチガイみたいな文章量書いてましたね。キチガイだったんでしょうか。

6.『人生はローリング・ストーン』(ジェームズ・ポンソルト監督)

 めんどくさいワナビとめんどくさい作家のロード・ムービー。
 インディーズの監督には人間のめんどくささを描く人も多いけれども、自分にはジェームズ・ポンソルトのそれがしっくりきます。

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7.『ファインディング・ドリー』(アンドリュー・スタントン監督)

 アイデンティティの喪失による孤独を描写した作品としてはあらゆるフィクションのなかでも最高峰。
 
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8.『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)

 人が人を殴る。とりあえず殴る。なにがなんでも殴る。そういうものが最高なのはしょうがないんです。映像は暴力を映すのに適したメディアなんですから。
 

9.『映画 聲の形』(山田尚子監督)

 山田尚子という闇を、人類が超克できる日は来るのだろうか。
 
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10.『ミストレス・アメリカ』(ノア・バームバック監督)

 なんだかよくわからないけどパワフルでクズな義姉(予定)についていって、それをネタに小説を書こうと目論むクズの話。去年は劇場公開された『ヤング・アダルト・ニューヨーク』もあったけど、バームバックの最高傑作はこっちだと思う。そうですね、アメリカの神話みたいな話ですよ。ゴッドではなく、ゴッデスの。
九月に観た新作映画短観 - 名馬であれば馬のうち

+10

11.『レヴェナント 蘇りし者』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)

 クマに襲われたディカプリオがだんだんクマになっていくところがよかった。

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12.『ザ・ギフト』(ジョエル・エドガートン監督)

 クズ野郎映画の傑作。「実際にいそう」なクリーピーさでは『クリーピー』に優るし、物語を悪用するのは物語によって復讐されるという説話の構造も巧い。

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13.『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(スティーヴン・フリアー監督)

 こういうダメ人間同士が支え合って世界を構築する話を観ると自動的に泣く。

14.『ハドソン川の奇跡』(クリント・イーストウッド監督)

 語り口のテクニカルさでは群を抜いている。法廷ドラマに「人間要素」を持ち込んで、しかもそれがロジカルに成功する点でも斬新。*3
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15.『ブルックリン』(ジョン・クローリー監督)

 ミア・ワシコウスカ映画を観るのは義務であるが、シアーシャ・ローナン映画を観るのは権利である、とルソーも言っている。*4
 一人暮らししてる人はだいたい感動するんじゃねえかなあ。あと、服飾が抜群にキュート。

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16.『淵に立つ』(深田晃司監督)

 クリーピーな隣人映画その三。道具立ては『聲の形』に近い。でも、冒頭のメトロノームに象徴されるように、テンポの映画ですね。一家四人の食卓で、浅野忠信の早メシ芸をフルレングスで見せるその心意気。

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17.『この世界の片隅に』(片渕須直監督)

 玉音放送を聞いた皆が「あー戦争終わった終わった」モードに入るなか、すずさんだけが「一億総玉砕するんじゃなかったのかよ! だったら、最後までやれよ! みんな死ぬまでやれよ!」とキレるシーン良かったですよね。こういうキレかた好きです。

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18.『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』(リチャード・リンクレイター監督)

 永遠ではない永遠を永遠にするために映画はあるのだ、と気づいた最初の人類なんじゃないかな? リンクレイター。

19.『スロウ・ウエスト』(ジョン・マクリーン監督)

 新人としては今年最大の収穫。ウェス・アンダーソンっぽく西部劇をやる、とそれだけ聞いたら Youtube でよくみかけるパロディ映画以上のクオリティにはならないな、と思うんだけど、ちゃんとどう語れば映画になるのかを監督が熟知しているのでおもしろい。
 ウェス・アンダーソンフォロワー映画といえば、昨年は『僕とアールと彼女のさよなら』がありましたね。こちらもなかなか観せてくれる。

20.『神聖なる一族 24人の娘』(アレクセイ・フェドルチェンコ監督)

 寒い土地で性にまつわる益体のない寓話を24篇垂れ流すだけで極上の時間を過ごせるという新発見。

+5

『DOPE ドープ!』
『さざなみ』
『ロブスター』
サウルの息子
『日本で一番悪い奴ら』

各部門賞

(自分の中で)ブレイクスルー俳優

ジェシー・プレモンス - 『ブラック・スキャンダル』、『ファーゴ』S2、『疑惑のチャンピオン』、『ブリッジ・オブ・スパイ』 
 ドーナル・グリーソン - 『エクスマキナ』、『ブルックリン』、『ソング・オブ・ザ・シー』、『ブラックミラー』S2、『レヴェナント』
 シャメイク・ムーア - 『DOPE』、『ゲット・ダウン』
 テッサ・トンプソン - 『ディアー・ホワイト・ピープル』、『ボージャック・ホースマン』
 ジェニファー・ジェイソン・リー - 『ヘイトフル・エイト』、『アニマリサ』
 ベン・キャロラン - 『シング・ストリート』
 トム・スウィート - 『シークレット・オブ・モンスター』

 あくまでの僕のなかでブレイクした俳優なので……『ナイト・オブ』観てりゃあリズ・アーメッド(『ローグワン』)も入ってたかも。ベン・ウィショー(『ロンドンスパイ』、『パディントン』、『ロブスター』、『白鯨との闘い』、『リリーのすべて』)も迷ったけど、やはり去年の『ホロウ・クラウン』S1だよな、ということで。

歌曲部門

☆シング・ストリート「Drive it like you stole it」(『シング・ストリート』)

Sing Street - Drive It Like You Stole It (Official Video)

 RADWIMPS 「前前前世」(『君の名は。』)
 クリストファー・ウォーケン「I wanna be like you」*5(『ジャングル・ブック』)
Sia「unforgettable」*6(『ファインディング・ドリー』)
 仁科カヅキ、大和アレクサンダー「EZ DO DANCE -K.O.P. REMIX-」*7(『劇場版 KING OF PRISM』)
 中田ヤスタカ「NANIMONO (Feat. 米津玄師)」(『何者』)
 コモン, ビラル & ロバート・グラスパー「Letter to the Free」(『13th ――合衆国憲法修正第十三条――』)
 リンジー・スターリング(ft. アンドリュー・マクマホン)「Something Wild」(『ピートと秘密の友だち』)
 コトリンゴ「たんぽぽ」(『この世界の片隅に』)
 

作曲部門

☆Disasterpeace 『イットフォローズ』
 小野川浩幸『淵に立つ』
 エイドリアン・ブリュー「ひなどりの冒険」
 ブルーノ・クーレイス&キーラ『ソング・オブ・ザ・シー』
 カーター・パーウェル『キャロル』
 牛尾憲輔『聲の形』
 坂本秀一『溺れるナイフ

クマ映画オブザイヤー(Kumamiko d'Or)部門

☆『レヴェナント』
 『ジャングル・ブック
 『パディントン
 『ディズニーネイチャー/クマの親子の物語』
 『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』(DVD発売)

長編アニメーション部門

☆『ズートピア
2『聲の形』
3『この世界の片隅に
4『ファインディング・ドリー
5『劇場版 探偵オペラミルキィホームズ

アニメ映画ついてはだいたいこちらで書きました。
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あと『ひな鳥の冒険』を讃えるために短篇アニメ部門もやろうとしたけどノミネーションするほど数足らなかった。
ケヴィン・ダートのこれとかいいですよ。

Netflix でしか観られないでしょう部門

☆『バタード・バスタード・ベースボール』
2『タンジェリン』
3『最後の追跡』
 『13th ――憲法修正第十三条――』
 『サイレンス』
 『ディヴァイン』
 『ディアー・ホワイト・ピープル』
 『カンフー・パンダ3』
 『マイ・リトル・ポニー:エクエストリア・ガールズ - フレンドシップ・ゲーム』
 『粒子への熱い想い』

Netflix is 神。
『タンジェリン』はiPhoneで撮影した低予算映画。トランスジェンダーの売春婦が刑務所から出所してきて元カレを探す話。アツい友情話です。
『最後の追跡』は Netflix オリジナル映画で、アメリカでは各紙の年度ベストテンにランクインしてますよね。「奪ったものもまた奪われゆくのだ」という無常さが佳い。
『13th』は『グローリー(Selma)』の監督がとった黒人差別についてのドキュメンタリー。あらゆる意味で、観るべき映画です。『ディアー・ホワイト・ピープル』とセットでね。
 特に推したいのは『サイレンス』。スプラッタホラー版『聲の形』ですね。ぜんぜん違うぞ。監督のマイク・フラナガンは間違いなく今後のアメリカホラー界を代表する人物になる(というか、もうなっている)ので、『オキュラス』と伏せてよろしくお願いします。

ソフトスルー部門*8

☆『人生はローリング・ストーン』
2『ミストレス・アメリカ』
3『スロウ・ウエスト』
 『ワイルド・ギャンブル』
 『遥か群衆を離れて』
 『愛しのグランマ』
 『ミニー・ゲッツの秘密』
 『アノマリサ』
 『ナイト・ビフォア』
 『僕とアールと彼女のさよなら』

『ワイルド・ギャンブル』はクズ野郎俳優ベン・メンデルソーンのクズ野郎っぷり(ダメ人間方面)が遺憾なく発揮されたクズ野郎映画。お相手はデッドプールさんことライアン・レイノルズだから二度クズ美味しい。
『遥か群衆を離れて』はトマス・ヴィンターベア待望の新作。名作文学を映画化した恋愛文芸映画なんですが、ほとばしる変態性が止まらない。特に男がフェンシングの剣をヒロイン(キャリー・マリガン)に素振りするシーン。メタファーにしてもはしたなすぎです!『愛しのグランマ』、佳作とはこういう映画を指すのでしょう。

シアターライブ部門

☆『人と超人』
2『戦火の馬』
3『ロミオとジュリエット
 『ジ・エンターテイナー』
 『ハムレット
 『冬物語

映画館通いを怠けているとすぐに上映が終わるナショナル・シアター・ライヴ。今年はケネス・ブラナーがはじめたKBTLもはじまりましたね。
今年はなんといっても『人と超人』。不朽なるバーナード・ショーの人間観察に万歳。

このクズ野郎俳優がすごい!

ベン・メンデルソーン - 『ワイルド・ギャンブル』、『ローグ・ワン』、『スロウ・ウエスト』
 『ザ・ギフト』のあいつ(ネタバレにつき)
 マイケル・シャノン - 『ドリームホーム 99%を操る男たち』
 ベン・フォスター - 『疑惑のチャンピオン』
 ホアキン・フェニックス - 『教授のおかしな妄想殺人』
 アダム・ドライバー - 『ヤング・アダルト・ニューヨーク』
 アレクサンダー・スカルスガルド - 『ミニー・ゲッツの秘密』
 佐藤健 - 『何者』
 シャーリーズ・セロン - 『ダーク・プレイス』
 本木雅弘 - 『永い言い訳


 昨年に続き、ベン・メンデルソーンが連続受賞。『ワイルド・ギャンブル』の情けないギャンブル依存症の男と、『ローグ・ワン』の哀しい中間管理職役が光りました。

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 『ドリーム・ホーム』のマイケル・シャノンや『疑惑のチャンピオン』のベン・フォスターはクズはクズでもアメリカン・ドリームの狂気の化身って感じである種の崇高さがありました。その点でいえば、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』のカイロ・レンことアダム・ドライバーも現代のアメリカが生んだ新手のクズみたいな感じでしたけど、まだこっちは良心ない系のサブカルクズ野郎として卑俗な普遍性があったかな。
 ホアキンは、まあいつものウディ・アレン映画のクズ。六十や七十になってニーチェドストエフスキーをひきずっているのもどうなんだと思わないでもないですが、こういう芸風なのでしょうがない。
 『ミニー・ゲッツ』のアレクサンダー・スカルスガルドは付き合っているシングルマザーの娘(まだ中学生かそのくらい)と関係を持つという、まあこれだけでクズとわかるクズですが、グダグダと責任のがれをしたがる様もなかなかポイント高い。
 『何者』の佐藤健、この人のクズさはユニバーサルさではダントツなので、誰も逃れられないでしょう。反面、本木雅弘は元祖日本のめんどくさいクズ男子といった趣。
 『ダーク・プレイス』のセロンさんは原作よりクズさが薄まっていた気がしますが、やはり一家惨殺事件に同情したひとたちの寄せてくれた募金でニート暮らしをするインパクトは一級品。

クズ野郎映画アンサンブル賞トップ10

☆『日本で一番悪い奴ら』
 『アンフレンデッド』
 『ミストレス・アメリカ』
 『クリーピー 偽りの隣人』
 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』
 『ヤング・アダルト・ニューヨーク』
 『人生はローリング・ストーン』
 『人と超人』
 『淵に立つ』
 『何者』

 基本的にここに挙げた映画に出てくるキャラは漏れなくクズです。でもまあ一口にクズといっても色んなタイプがあって、『日悪』のクズたちは犯罪者だけど犯罪者である点さえなければ気のいいアンちゃんばかりなのでほのぼのします。犯罪者なんですけどね。
 『アンフレンデッド』の人らはホラー映画に出てくる典型的なクズティーンなんですけれど、そのクズっぷりの演出が半端じゃない。胸くそ悪いクズどもが無残な目にあってスカッとしたいアンチクズ野郎映画ファンにもオススメです。
 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』の人たちはクズっていうか、大学内では割りとエリートなんですけれど、まあ愛嬌のあるクズで、むしろバカと言ったほうがいいのかな。『日悪』と似ていないこともない。

姉映画賞

☆『ライト/オフ』(姉弟)
 『ブルックリン』(姉妹)
 『ミストレス・アメリカ』(義姉妹)
 『ブレア・ウィッチ』(姉弟)
 『ドント・ブリーズ』(姉妹)
 『この世界の片隅に』(姉妹・小姑)
 『スーサイド・スクワッド』(姉弟)

 姉映画はやはりホラー映画が強いわけですが、直球の姉弟愛を見せてくれた『ライト/オフ』に栄冠を。
ホラー姉映画といえば、姉はだいたい味方サイドに位置することが多いわけですけど、『ブレア・ウィッチ』は敵対サイド(厳密には違う気もするけど)に立っていて興味深い。
 『ドント・ブリーズ』のどこが姉映画だ、という意見は多いかもしれません。しかし、考えてみてください。物語後半で大金を手に入れた主人公(姉)が異常なまでに金に執着するあまり、脱出の選択を間違えてしまう。傍から見ると、単に金に汚い女の自業自得です。が、ここに姉映画という視座を導入することによってシーンの意味合いが変わる。そもそもなんで主人公に金が必要かというと、最悪な家庭環境から妹を救い出すためなわけです。つまり、彼女にとって老人の金とは妹の命や未来とイコールなのです。そういう目で観てみると、醜悪な狂態が崇高な愚行に見えてきませんか。見えませんか。ならいいです。
 『スーサイド・スクワッド』はラッキー姉映画(姉映画と期待してなかったのに姉映画だった姉映画のこと)でしたね。弟が倒されると一気にヘナヘナとしおらしくなる魔女姉さん、百点。

ドラマ

☆『シリコンバレー』シーズン1〜3
 『ファーゴ』シーズン2
 『ストレンジャー・シングス』シーズン1
 『ゲットダウン』シーズン1(半分)
 『ハウス・オブ・カード』シーズン4
 『Empire 成功の代償』シーズン2〜シーズン3途中
 『レディーダイナマイト』シーズン1
 『ロンドン・スパイ』
 『Veep』シーズン1
 『ホロウ・クラウン 嘆きの王冠』シーズン2

アニメ

☆『リック・アンド・モーティ』シーズン1〜2
 
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 『ボージャック・ホースマン』シーズン3
 『アドベンチャータイム』シーズン5
 『シンプソンズ』シーズン27
 『フリップフラッパーズ』第一期
 『ぼくらベアベアーズ』シーズン1
 『くまみこ』第一期
 『宇宙パトロールルル子』第一期
 『ユーリ!! ON ICE』第一期
 『FはFamilyのF』シーズン1

*1:ここでいうサスペンスとは、つまりウソや隠し事がバレるかバレないか、というハラハラドキドキのことだ。人は誰しも致命的な秘密を抱えながら、そしらぬ顔で他人と会話に興じている。致命的な秘密、といっても何も人を殺したとか実は狼男だとか、そんな大層なものでなくていい。
たとえば、さっき勢いでナンパした主婦と偶然飲み会で一緒になって、その場の流れで自分が相手の不倫で離婚する羽目になったバツイチだと告白する羽目になるだとか。夫である編集者との不貞が疑われている女性作家が、その妻の前で不倫と関係あるようなないような短篇を朗読するだとか。  観客は登場人物たちの抱えたささやかで致命的な秘密を神の視点から把握し、その秘密が露呈する一歩手前のハラハラを楽しむことができる。『ハッピーアワー』が卓抜しているのは、観客が知れるのはその秘密のガワの部分だけで、核心部のところは巧妙に隠されている点だ。
さっきのたとえでいえば、ナンパした主婦とバツイチの男は飲み会のあいだじゅうアイコンタクトっぽい視線を交わすが、そこのあたりの二人の本心はわからない。朗読劇にしても、本当にその編集と作家が一線を越えてしまっているのかについては、妻と観客には伏せられている。
各自の「行為」までは覗き見できても、「心」までは覗けない。この作劇のバランスが、テーマとも合致して、本作を豊穣な群像ドラマに仕立てている。

*2:原作は小説だけど

*3:たいていまあ挑発で相手の失言を誘って大勝利、みたいなガッカリ展開が多いじゃないですかそういうの

*4:言ってない

*5:元曲は1967年版から

*6:元曲はナット・キング・コール

*7:元はTM

*8:限定公開・特集上映含

2016年に見た新作長編アニメ映画ベスト24+α

シーズンですね。今年はやたらアニメ映画を観た気がしました。なんででしょうね。まあいいか。
ベスト24と言っても、今年観た新作アニメ映画が全部で24本というだけです。

ズートピア』と『聲の形』と『ファインディング・ドリー』は三回くらい観たと思います。あとは全部一回ずつでの印象です。
ではまいりましょう。

 長編のベストの前に短篇のベストの紹介を。

神『ひな鳥の冒険』(アラン・バリラーロ監督、ピクサー

 『ファインディング・ドリー』の併映短篇。シギのひな鳥が自力で餌を取れるようになるまでを描く。

 とにかく、神、としかいいようがない。浜辺の砂の一粒一粒、小鳥の眼に揺れる光のひとつひとつ、画面に映るすべてに奇跡が宿っている。あらゆる瞬間が現実以上に生きている。無機物から生命が発生したというのも、この短篇を観たなら信じられる。

ベスト5

☆『ズートピア』(リッチ・ムーア&バイロン・ハワード監督、ディズニー)

 擬人化された動物たちの街で発生した連続失踪事件を、理想主義的なウサギの警官が厭世的な詐欺師のキツネをバディに捜査するクライム・サスペンス。


 言いたいことはだいたいブログ記事のほうで言ったんで、いまさら特につけくわえることもありません。3DCG、アニメーション、ストーリーテリング、映画、おおよそ技術と名のつくものの粋であり、ディズニーアニメ史に残る傑作です。

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2『聲の形』(山田尚子監督、京都アニメーション

 元いじめっ子兼元いじめられっ子の高校生が、昔いじめていた聾の少女に再会してさあどうすんの、っていう青春ドラマ。大今良時の漫画原作。

 これもだいたい言いたいことはブログのほうで言ったような気がする(けど感想的な部分はあんま出してない気もする)。


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 なんだかんだで一番好きなのは、動作のディティールなのかもしれません。
 小学生時代の植野が遊具を伝わせる指。
 将也を追い出した結絃がパイプ椅子に腰掛けながらぼんやりと雑誌のページをいじる指。
 画面が豊かである事実そのものが、作品のテーマにかかわってきます。

3『この世界の片隅に』(片渕須直監督)

 戦時中に広島から呉に嫁いできた若い女性が、だんだんとどん詰まりになっていく日本をかろやかにでも必死に生き抜いていくさまを描く戦時下日常ドラマ。こうの史代の漫画原作。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

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 戦争の暴力、と聞くと、まあ『プライベート・ライアン』の冒頭みたいに弾丸がガンガンとんできて冗談みたいに兵士が死んでいく戦場を人は連想しがちなものですが、近代戦が総力戦である以上、後方にも暴力は波及してくるわけですよね。それも『アドルフに告ぐ』の峠草平みたいな、いかにも波乱万丈の人生を送っている人間でなくったって、さしあたって思想を表明せず日々洗濯して買い物して掃除して裁縫してメシ作って愛を営んでいる主婦だって、ちゃんと区別なく戦争から殺しにこられます。
 わかりやすいのは空襲ですよね。空が蹂躙される。焼夷弾が降ってくる。みんなの家が燃える。家が燃える、というのは映画では大変なことです。家族、ふるさと、アイデンティティの帰属先、それがいっぺんに失くなってしまうのですから。
 でも、空襲や爆弾ばかりが脅威であるとはかぎらない。怪我や病気、物資の不足、官憲による統制、出征した家族の戦死、それらは主人公のすずに襲い掛かってくる暴力ですが、彼女以外だって、たとえば娼館で働く女性は色街から一生出られない。昭和二十年ですよ。すげえ時代だな、と思います。
 現代と比べるとそりゃあすさまじいというか凄惨な状況なわけですけれど、それでも人間はそこそこに生きている。二重に、すげえ時代だな、と思います。話がちょっと変わりますけど、わたしはミステリ作家や文豪が戦時中につけてた日記やエッセイを読むのが好きで、といってもごくたまに読むくらいですけど、そんなたまの機会に毎回、みんなそこそこに生きていたことに驚かされます。みんな普通に泣いたり笑ったりくだんないことやってたり悪態をついたり怒ったり食べたり死んだりしていて、まあでもよくそういうことを戦争中にできるな、と思う。戦争中に小説とか読んでる場合じゃねえだろう。そう思うんだけど、でも読む人は空襲受けようがなんだろうが読む。どころか、戦地に行っても読んでる。なんか岡本かの子とかスタンダールとか読んでる。読んで、つまんねえよな、とか日記に書く。人が死んでるんですよ。人がわりとイレギュラーな形で死んでるのに、小説を読んでつまんないとか感じて書く。感じられて、書ける。生きてます。大変なことです。
 全然話ズレちゃいましたけど、だから、簡単に死ねる時代に生きてるってすごいんだなあ、という映画です。

4『ファインディング・ドリー』(アンドリュー・スタントン監督、ピクサー

 『ファインディング・ニモ』の続編。健忘症のナンヨウハギ、ドリーが両親の存在を思い出し、再会すべく旅に出る。

 基本的に世間に出しちゃいけないレベルでダメな人に対してやさしい映画に弱いんですけど、これもそういう類で、映画館で泣きました。今年の映画で、他に泣いたのは『マダム・フローレンス!』くらいですね。
 ドリーは『ファインディング・ニモ』のころから病的なまでに忘れっぽいキャラとして描かれてきました。その忘れっぽさはすさまじく、何かを話している最中に数秒前に話していたことを忘れて混乱してしまうほどです。まず、一人(魚だけど)でまともな社会生活を営める人(魚だけど)ではありません。


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 でも、そういうあなたでも、あなたとして、ちゃんと生きていいんだよ、と『ファインディング・ドリー』では言ってくれる。
 理想主義的だけど、絵空事ではないレベルでの地に足のついた(もちろん魚ですから抽象的な感じではるんですけど)処方を用意してくれていて、物語もそのために作りこまれている。『ズートピア』同様、『ドリー』がひとやまいくらの教条的な訓話に堕していないのは、テーマを伝えるために物語面で妥協をしていないからだと思う。ただ『ドリー』の場合は、ちょっとテーマにひっぱられすぎているのは否めないかなあ、とも。
 監督が大御所のスタントンだとピクサーご自慢のブレイン・トラストが十全に機能しないんですかね。

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5『劇場版 探偵オペラミルキィホームズ 〜逆襲のミルキィホームズ〜』(森脇真琴監督、J.C.STAFF

 TVアニメ『探偵オペラ・ミルキィホームズ』の劇場版。あらすじはよく憶えてないけど、またトイズがなくなって気がする。

 思えば、といって思いさえすればなんでも放言してかまわないのではないのだろうけれど、『探偵オペラミルキィホームズ』はシリーズを通じてずっっっっっっと、探偵小説における「探偵」の存在についてラジカルな問いを投げかけてきたアニメだった。問いとは、究極的に、「探偵とは『推理する能力』がなくても、なお探偵でいられるのか?」ということだ。
 この麻耶雄嵩ばりの探偵論物語に、劇場版では回答が出る。
 先んじて言ってしまえば、探偵とは、能力ではない。資格でもない。まして職業などでは絶対にない。
 態度なのだ。
 自分が探偵である、という心意気さえあれば、世界は自然にあなたを探偵にしてくれる。
 私がなにを言ってるのかわからない向きは、是非『劇場版 探偵オペラミルキィホームズ』をご覧になってほしい。それでもわからないなら、それでいい。ミルキイホームズが真犯人を指摘するときに頬を伝うであろうその涙が本物でさえあるのなら、他に何も要らない。*1
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以下それ以外。

基本的には楽しめた順で並べています。降るにつれて雑になっていくのはそのせいです。まあ、作品同士でそんなに差はないですが。観ればだいたい面白いです。

君の名は。』(新海誠監督、コミックス・ウェーブ・フィルム

 あらすじは全国民が知ってるだろうし省略します。

 ぼくの周囲ではロジックで物事を見る人が多いせいか評判悪かったんですが、まあでもエモいからいいじゃん、感情でつながってるからつながってるじゃん、RADWIMPSでアガるからいいじゃん、でいいじゃん、じゃないですか。
 ところで、
 なんでみんなRADWIMPSを憎むのでしょう?
 なんでみんな中高生のころにRADWIMPSを聴いていた記憶を嘘にしたがるのでしょう?
 変質したのは野田洋次郎ではなく、あなたなのでは?
 心が身体を追い越してきたのでは?
 銀河何個分かの果てに出逢えたその手を壊さずにどう握ったらいい?

 あと観たらみんな必ずゆきちゃん先生の話をしますね。ぼくは、ゆきちゃん先生の鬱はまだ治ってない派です。

『ソング・オブ・ザ・シー』(トム・ムーア監督、カートゥーンサルーン

 あざらしの妖精ケルピーのお母さんと人間のおとうさんとのあいだに生まれた兄妹の話。家族の話。

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (オリジナル・サウンドトラック)

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (オリジナル・サウンドトラック)

『ブレンダンとケルズの秘密』のトム・ムーアの映画を観ない、とは選択というよりむしろ敗北主義的な自殺に近くて、公開されたからには観に行かねばならないわけです。観るわけです。当然のごとくすばらしいわけです。
 『ケルズの書』のカリグラフィーを下敷きにした『ケルズの秘密』のスタイリッシュさはさすがにちょっと薄れていたものの、そのぶんアニメーションの快楽が前面に押し出されていた印象(魔女の頭が膨張するシーンとかちょっと宮﨑駿っぽかった)。
 でもまあ、なによりキャラクターのかわいさですよね。ヒロインのシアーシャは跳ねた前髪を直す仕草がいちいちかわいいし、主人公ベンの親友であるイヌ(オールド・イングリッシュ・シープドッグ)もでかくてかわいいし、アザラシたちも最高にキュート。人がアザラシに、アザラシが人にメタモルフォーゼする瞬間はたぶん手塚治虫に観せたら失禁しながら号泣してスケッチとるレベルですよ。
 お話も、きょうだい、父子、母子、祖母と孫、少年と犬といった複合的な家族の関係をあますところなく優しくたおやかに掬い取った物語で、ご家族誰もが愉しめること間違い無し。

KING OF PRISM by PrettyRhythm

 あらすじ:これがプリズムショーかあ〜〜〜〜〜〜。

 感想:これがプリズムショーかあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

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 話としては至極どうでもいい(どうでもよくないんだと主張する勢力も存在しますが、彼らを招き入れてはなりません。悪魔のささやきであり、聞いたが最期で死にます)んですが、映画館で得られる体験としては突出してユニークであり、圧倒的。自分がなにをされているのか、なにを見せられているのか、なにを感じさせられているのか理解できないまま、自失と涜神の六十分が過ぎていく。
 観終わった直後はこの看過しえない体験をノーマライズしようと、自分を説得にかかることでしょう。
 あれは話としてはなんてことないんだ。ああいう仕掛けのアニメはキンプリがはじめてなわけじゃない。ただ、みんなが狂っている狂っているといっているからそう思い込んでしまっただけ。
 やがて人はキャラや設定の話に逃げます。
 あのキャラは変だよね、設定どうなってるんだよ、あのシーンはおかしかったよね。バカだったよね、そうバカな映画だった。ははは。


 全部うそです。逃避です。


 現実を直視なさい。
 キンプリはアニメではない。
 キンプリは映画ではない。
 キンプリは聖書ではない。
 キンプリはあなたが精通したときに左手に握りしめていた安いエロ雑誌ではない。
 キンプリはワンショット六十分の映像ドラッグです。
 脳へダイレクトアタックする人造ウィルスです。それは伝染し、拡散され、やがて地上を覆い尽くします。逃げ場はありません。体験は有限ですが、滅びは永遠です。
 あとに残るのは、廃墟となった京都イオンシネマの七番スクリーンだけなのです。
 観るもののいなくなった大画面に、七夕の夜のプリズムショーが無限にリピートされます。
 一日二十四回、精確に繰り返されます。その光景は、二十四コマで二十四回繰り返される映画一秒あたりの死に一致します。「ということは、映画というメディアはキンプリを上映するために生まれたのか?」

 その問いかけに答える人間は、もう地上のどこにも存在しません。
 あとに残るのは、廃墟となった京都イオンシネマの七番スクリーンだけなのです。
 観るもののいなくなった大画面に、七夕の夜のプリズムショーが、一日に二十四回、一秒に二十四コマ……。



『アノマリサ』(チャーリー・カウフマン&デューク・ジョンソン監督)

 ビジネス書で一山当てた男が講演先のホテルで「運命の女」に出会う。他の人間たちが全員同じ顔見え、同じ声に聞こえていた男の眼には、その女性、リサだけは違う顔、違う声を持っているように見えた……。『脳内ニューヨーク』のチャーリー・カウフマン監督作。

 人形をコマ撮りする、いわゆるストップ・モーションと呼ばれる手法で作られた作品。『ウォレスとグルミット』とか『コララインとボタンの魔女』を想像していただけるとわかりやすいでしょうか。
 人形アニメ部分を担当したデューク・ジョンソンはデューク・ジョンソンで、アメリカTVコメディ界の仕掛け人ダン・ハーモンとの絡みでなかなか興味の尽きない人ではあるのですが、『アノマリサ』はやはりチャーリー・カウフマンの映画と言ったほうがいい。
 おもいだしてください。『マルコヴィッチの穴』のチャーリー・カウフマンです。『エターナル・サンシャイン』のチャーリー・カウフマンです。『存在の耐えられない軽さ』のフィリップ・カウフマンではありません。チャーリー・”『脳内ニューヨーク』”・カウフマンです。
 チャーリーは基本、実写の人ですので、ストップ・モーションという手法をただのんべんだらりと消費しません。人形を用いることで「世界が偽物に見える主人公の視点」に一定の没入感を与えます。
 どういうことかといえば、登場人物たちの頭に不自然な線が走ってるわけですよ。後頭部をぐるりとまわって両の目尻をつなぐように。最初観ているうちは、未熟な技術のせいでパーツとパーツの継ぎ目があらわになってしまっているんだな、と思いますが、あんな高度に繊細なアニメーションを達成できるスタッフが、こんな初歩的なポカをやらかすはずがない。もちろん、仕掛けが眠っているわけです。
 この不自然な継ぎ目以外にも『アノマリサ』はテクニカルな仕掛けに満ちています。
 主人公(デイヴィッド・シューリス)とヒロイン(ジェニファー・ジェイソン・リー)以外の人物の声は、すべてトム・ヌーナンが担当し、それらのキャラは男女の区別なく顔の造作もみんな同一です。
 他にも夢とも現実ともつかない幻想的なシーンに放り出される、世界や建物が変容する、(人形アニメなのに)人形がフィーチャーされる、やたらアダルトなシーンが出てくる……つきなみな言い方をすればカフカ的な現実に、チャーリー・カウフマンファン的にはいつものチャーリー・カウフマン的な現実に、観客は主人公を通してどんどん侵食されていきます。そういう現実崩壊感覚が、そもそもが不自然さだらけであるストップモーションの手触りによくマッチしている。

 最終的には、愛の話です。ハードでにがい、愛の話です。
 色んな意味で、大人向けのアニメですね。

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『ペット』(クリス・ルノー&ヤーロー・チーニー監督、イルミネーション・エンターテイメント)

 ジャック・ラッセル・テリアのマックス🐶は飼い主の女性がだーい好き❤。しかし、ある日、デュークという名のデカくてイヤミな雑種犬👿が現れ、幸せだった日常は思わぬ方向に転がり始める……。

 『怪盗グルー』フランチャイズの大成功により、売上的にはディズニー/ピクサーに互する有力スタジオに成り上がったイルミネーションですが、内容はといえばピクサーの模倣から逃れきれていませんでした。
 そんなイルミネーションに対する私の見る目が変わったのは、『ミニオンズ』からでしょうか。*2ピクサーお家芸である「深くてイイ話」を諦め、ほとんど露悪スレスレのスラップスティックギャグ路線へ舵を切ったのです。その結果『ミニオンズ』は映画史上でも稀に見るイギリス国辱映画として批評的に敗北しますが、ともかくこれ以降のイルミネーションが吹っ切れたことはたしかです。
 全然的はずれなことを言いますが、ピクサードラえもんだとすれば、イルミネーションはクレヨンしんちゃんでしょうか。

 で、『ペット』ね。『ペット』ですよ。かわいいよね。かわいい動物がいっぱい出てきてカーワイー*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩‧₊みたいな……すいません、ウソつきました。そんなにかわいくないです。ひょうたんみたいな顔の主人公、ブサイクの極みのような雑種、ほとんど円形のめつきわるいネコ、劇中で可愛いキャラとされているウサギでさえなんというか……何? ノリをまいてないおにぎりってなんて呼ぶんだっけ? おむすび?
 どいつもこいつも握りつぶしたくなるような憎ッたらしいツラしてんスよ。
 そいつらがマアひどい目にあったり、ひどい目にあわせたりする。そういうギャグがいちいち極まっている。もちろん擬人化されているんですが、そのへんの動物アニメよりも、ああ、こいつら畜生なんだなあ感が強い。
 ただギャグがちょっと面白いってだけなら『コウノトリ大作戦!』とそんなに変わらない好きさ(あれ? けっこう好きだぞ?)なんですが、この映画を一段上に押し上げたのはなんといってもポメラニアンを演じる沢城みゆき
 このポメラニアンがね、頭おかしいんですよ。主人公のこと大好きで大好きでしょうがない夢見る乙女です。が、テレビで毎日観ているテレノヴェラ(スパニッシュ系の昼メロ)に影響されて、愛する主人公が窮地に陥ったと知るや情熱的に物事を解決しにかかる。愛ゆえに強い。愛ゆえに最強。暴力で愛を通そうとすらします。
 挙動もいちいち完璧で、チョコマカ動いて躁気味に喋る。自分の内部の論理で納得して素早く行動する。そこへきてCV.沢城みゆきとくれば、全人類の普遍的な記憶として蘇るのが、『マイ・リトル・ポニー』の主人公トワイライト・スパークル。シーズン2の第3話『トワイライトがピンチ!(Lesson Zero)』ですよ。キチトワイですよ。切羽詰まって煮詰まった感のあるときの沢城みゆき演技を正味一時間くらいのあいだ堪能できる。それだけで『ペット』は吹き替えで観る価値がある。

 とまあさんざん他人に伝わらない形で褒めましたが、大筋のストーリーは『トイ・ストーリー』のパクリです。その点だけとれば劣化コピーといってもいいと思います。ですが、『白雪姫』以降のディズニー/ピクサー二重帝国のウェルメイドな「良きアニメ」的な作劇に対して、ワーナーアニメのルーニー・テューンズに代表される「わるいアニメ」の道統がイルミネーションにはたしかに受け継がれている。
 現在のアメリカアニメ映画界の最前線を張っている作品のひとつであることは間違いありません。イルミネーションの次の作品は『シング/SING』。見逃すなかれ。

『モンスター・ホテル2』(ゲンディ・タルタコフスキー監督、ソニー・ピクチャーズ)

 人間と結婚して一児のママとなったドラキュラ娘、メイヴィス。彼女はクレイジーなモンスターが集うモンスター・ホテルで子育てをつづけるべきか、夫の故郷である人間界で「まともな」子どもを育てるべきか悩み出す。

 前作のヒロイン、それもどう観たってティーンエイジャーみたいな見た目だったヒロイン(ドラキュラなんで数百才オーダーだけど)が開始一分で人妻となり、五分で妊娠し、十五分で五歳児の母親になる衝撃。こんな子供向けアニメ映画は初めてやで。
 そして、新ジャンル、腹ボテこうもり。

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 まあ内容は前作にひきつづきシングルファーザーである父と娘の和解といいますか。前作と違うのはお互い子を持つ親になったことですね。子持ちの親子同士の相克を描くアニメ映画はめずらしい。ソニーなりに苦心して独自の路線を見出そうとしているのがうかがえます。ギャグもストーリーもそこそこにバランスがよろしくて、なによりキャラデザがあいかわらずキュート。愛嬌だけでいったら今年トップクラスかもしれません。

 この作品の持つもう一つのアングルは、テレビアニメ界の逆襲、でしょうか。監督は、『デクスターズ・ラボ』や『サムライ・ジャック』といったカートゥーン・ネットワークで育った人間にとっては涙の出るほど懐かしいタイトルを生み出した英雄、ゲンディ・タルタコフスキー。第一作から継続しての起用です。大物とはいえ、テレビアニメとアニメ映画で(すくなくとも監督クラスの)人材の住み分けがハッキリしているアメリカアニメ界では、めずらしい抜擢でした。
 たとえそれがアダム・サンドラー映画であったとしても、タルタコフスキーが長編を撮る、というのは米国アニメ界における事件なわけで、とりあえず観る義務が生じます。*3
 現在でもアメリカTVアニメ界の主流は2D*4なわけですが、そういうところの第一線級を走り続けてきたひとが3Dを舞台にするとどういう風にアニメーションをアニメートしていくのか。そういう興味で観てるとやはり『ドリー』や『ペット』と何かひとつひとつの所作やショットが違う気がする。気がするだけかもしれないというか、むしろ作家性に還元されるべき差異なのかもしれませんが、なんだか新鮮に観える。
 とくにクライマックスのバトルシーン。テンポや構図が『パワーパフガールズ』っぽくて、眼福。

『同級生』(中村章子監督、A-1 Pictures

 男子高校生二人が恋愛関係になるんだけど、ふたりのあいだにエロカッコイイ教師がからんできてたいへ〜ん💦みたいな感じだった気がするけど、あってる?

 原作のストーリーほとんど忘れた状態で鑑賞して、今となっては映画のストーリーもほとんど忘れてしまっていますね。ちゃんと明日美子的な透明なエロスが再現されていて良かったなあ、という感触だけが残っています。
 これを書くために予告編を観ていてちょっと思い出しかけましたが、二人の距離感の表現がすばらしいですよね。間合いのとり方、肉体的な接触の詰め方、ショットの切り方、なんかね、いいなあと。

ガールズ&パンツァー劇場版』(2015)(水島努監督、アクタス

 学校のお取り潰しを回避すべく、高校生戦車乗りたちが大学生戦車乗りたちと戦う。

 今年になって観ました。バカスカ撃ち合う戦車を観てて、楽しくならないわけがない。たまらなく巨大な自走砲の砲身をリアルな存在として信じられたなら、それで十分なんじゃないでしょうか。
 関係ないですが、一週間くらい前にアンチョビは頭悪いから大学進学できなさそうでかわいそうだなあ、という話を他人にしたらその人から、まあ意外と勉強はできそうだし、第一戦車推薦があるだろうから進学するくらいは大丈夫だろう的なことで説得されました。よかったなあ、アンチョビ。

『アーロと少年』(ピーター・ソーン監督、ピクサー

 建築や耕作といった文明生活を営む恐竜たちの世界で、自分のミスで父を失った少年恐竜が、野蛮な「動物」である人間の子供と出会うロード・ムーヴィ。

 巷では「ついにピクサーが駄作を作った」と騒がれていたようですが、本当にこの作品を観て言っているようならその目ン玉の方がクソでできているのでしょう。たしかにピクサー作品としては、ストーリーの力強さに欠けるのは否めませんが、そのぶん表現にポイントを振っています。テクスチャのリアルさと官能は『ファインディング・ドリー』までを含めたピクサー史上最高クラスでしょう。
 古き良き西部劇へのリスペクトにあふれた雄大な自然美です。
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コウノトリ大作戦!』(ニコラス・ストーラー&ダグ・スウィートランド監督、ワーナー・ブロス・アニメーション)

 かつて世界中に赤ちゃんを配達していたコウノトリたち。現在では赤ちゃんの配送をやめ、普通の宅配会社として営業している。しかしある男の子のねがいによって産まれてしまった赤ちゃんが、大騒動をひきおこす。

 配給会社としてはともかく、制作会社としては『レゴ・ムービー』によって一躍アメリカ・アニメ映画戦国時代に版図を築き上げたWAGですが、この『コウノトリ大作戦!』で『レゴ』の成功がフロックでなかったことを見事証明しました。
 この作品も『ペット』的なスラップスティックギャグ寄りのカラーなわけですが、やはり「第二のピクサー」への野心が捨てきれないのか、とってつけたような人情ドラマも展開されます。とってつけたような、といってもそこは2016年のとってつけですから、そこそこバランスがとれていて、物語的にも強度がある。だからフツーに観られるし、フツーに感動できる。
 ですが、この作品はなんといってもギャグでしょう。オオカミたちの集団メタモルフォーゼ芸や、ペンギンたちとのサイレント格闘シーンは出色の切れ味で、瞬間最大風速的には本年度最高のギャグアニメ映画といってもよいかもしれません。

 WAGはこの調子でどんどんオリジナル企画を出していけばいいと思います。が、次の四年で制作予定だという『レゴ・ムービー』の続編を含めた五本、どれもレゴだったりスクゥードゥービーだったりと既存のIPの使い回しになるっぽい。五本のうち唯一オリジナル企画はイエティを題材にした『smallfoot』のみ。
 ヴァラエティ誌の報道を読むと、原案は『怪盗グルーの月泥棒』でストーリーを担当したセルジオ・パブロス、脚本は『フィリップ、君を愛している!』や『フォーカス』といった実写方面で活躍するジョン・レクーアとグレン・フィカーラのコンビ、監督はディズニー出身で『クルードさんちのはじめての冒険』(ドリームワークス)で作監を務めたライアン・オルリン。ずいぶん寄せ集め感の強い面子ですが、むしろ新進の気概をこそ買うべきでしょうか。

『レッド・タートル ある島の物語』(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督、プリマ・リネア・プロダクションズ)

 無人島に一人取り残された男が、たまたま見かけた赤い亀をひっくりかえして殺したら、なんか美人の嫁ができてかわいい子供にも恵まれました、というお話。ほんとうにそういう話。

 今年のアカデミー賞長編アニメーション部門ノミネート最有力作品です。全編がサイレント。アート映画ですね。抜けるような南洋の空と清澄な海、たおやかな木々、そして亀たちといった自然の空気感がスクリーンを通して強烈ににおってくる。そうした自然は美麗であると同時に脅威でもあって、ある瞬間に猛然と襲い掛かってきたり、かとおもえば気まぐれに恵みを与えてくれたりもします。一種のサバイバル物語といえばそうなんですが、多数の漂流もの映画とおなじく、人生が濃密に凝縮された寓話でもあります。
 他のサバイバルものと一線を画しているのは、後半からの展開でしょう。孤独に生きのびるだけだと思われていた主人公に、たまさかのプレゼントが贈られます。そこからは、もう、本当に人生ですね。
 鈴木敏夫がプロデューサーとして、高畑勲がアーティスティック・プロデューサーとして関わっている、といえば(それが日本向けプロモーションの一環とはいえ)ある程度の傾向は事前に予想できるのではないでしょうか。

カンフー・パンダ3』(ジェニファー・ユウ監督、ドリームワークス)

 ウーグウェイ導師のライバルであったカイが「魂の国」(死後の世界的な場所)から蘇った。力を渇望する彼は中国全土のマスターたちの能力を奪い、ウーグウェイに対する復讐のためにポーたちを襲う。一方、ポーのもとに自分の父親を名乗るパンダが現れて……。

 『2』で主人公ポーのアイデンティティ問題を解決したのでもうそういうのはやんないのかなー、と思ってたけど、よく考えたら過去の問題が全部明らかになっていたわけではありませんでしたね。
 今回は親子テーマ。どっちかというと親寄りの描写が多いですね。ポーの前に実の父親が現れるんですが、育ての親であるラーメン屋の鳥がポーを取られるんじゃないかとやきもきしたり、逆に生みの親のほうが距離のとり方に失敗したり。子どもであるポー自身については板挟み的な状況にあまり思い悩んだりはしません。
 生みの父親と育ての親が直接対話するシーンは白眉ですね。
 親も一個の人間だから間違ったりもするんだよ、と濱口竜介の『ハッピーアワー』と似たようなセリフも出てきますが、『ハッピーアワー』が人間を突き放すためのセリフであったのに対して、『3』はむしろ親である人々に対するいたわりというか、おもいやりから出ています。
 ここまで親向けに振って大丈夫かな、と心配してしまうほどのバランス。

 子どもたちにはおなじみカンフー描写でサービスします。
 今回はスケールといいカメラワークといい、ちょっとドラゴンボールっぽくすらありますね。これはこれでいい。

『マイ・リトル・ポニー:エクエストリア・ガールズ - フレンドシップ・ゲーム』(アイシ・ルーデル監督、DHX&ハズブロ

 人気テレビシリーズ映画版第三弾。今度は運動会でフレンドシップ・イズ・マジック。

 おまえらには一生わからないだろうし、こっちもわかってもらおうとは思わない。
 あと Netflix は神。

『父を探して』(アレ・アブレウ監督)

 昨年度のアカデミー賞ノミネート作品。ブラジルの作品ですね。抽象的でカラフルなタッチのアートアニメ。

父を探して

父を探して

 きちんと観ればとてもすばらしい作品だと思います。きちんと観られれば。
 不幸なことに、私は上映時間の半分くらい寝てしまっていたので。

『預言者』(ロジャー・アレーズ監督、ヴェンタナローザ他)

 レバノン人作家ジブランの大ベストセラーのアニメ映画化。父親を失って唖になってしまった少女、アルミトラと政治犯として軟禁状態にある詩人ムスタファとの交流、そしてムスタファの含蓄ある幻想詩世界を描く。

預言者 [DVD]

預言者 [DVD]

 いちおう長編アニメではあるのですが、詩人ムスタファが折々で詩を紡ぐと、アラーズとは別の監督によるファンタジックなシークエンスがはじまり、美しい言葉に乗せて蠱惑的な映像詩が展開されます。
 どのパートもすばらしいのですが、やはりベストは『ソング・オブ・ザ・シー』のトム・ムーア担当パート。愛についての詩に沿って、グラフィカルに完成された短篇が流れます。
 監督のロジャー・アレーズは、90年代にディズニー第二次黄金期を支えたレジェンド。『ライオンキング』を共同監督したロブ・ミンコフも最近ドリームワークスで『天才ピーボ博士』という良質の作品を残しましたね。

きんいろモザイク Pretty Days!』(天衝監督、Studio五組

 あらすじ:綾ちゃんがしのに愛されようとがんばる!

きんいろモザイク (1) (まんがタイムKRコミックス)

きんいろモザイク (1) (まんがタイムKRコミックス)

 宗教映画の傑作。
 なぜ俺は神から愛されないのかと悩むカルト宗教の信者の寓話。さも悩みを解消するために端緒になりそうな感じで思い出される過去のエピソードが、結局悩みの原因が発生するより前の出来事なため、思い出したところで何も慰めにもならないという脚本上の欠陥を抱えるものの、物語的にも観客的にも問題とされないためオッケーみたいな。
 神の愛は一方的で気まぐれだが、信者は気持ちの持ちようでポジティブに生きられる。そういうお話。まあ現代のヨブ記みたいなもんです。ヨブは途中でキレるけど。
 今年はこれと『フリップフラッパーズ』で鬼才、綾奈ゆにこ先生を知りました。いまさらでしょうが。

名探偵コナン 純黒の悪夢』(静野孔文監督、TMS)

 もちろんコナンが事件を解決しようとがんばる。

 人間記憶装置に対するなんだその雑な条件付けは、だとか、いくらなんでも黒の組織潜入に捜査官いすぎだろ、ほとんど潜入捜査官じゃん、だとか、ウォッカとジンがドイツで黒の組織に潜入したスパイを処理したあと「日本に飛ぶぞ」と言うシーンで、こいつら、この服装のまま飛行機乗るんだろうなあ、と想像したりだとか。
 あと、そうですね潜入捜査官の一人がカナダのタワーで観光ガイドみたいなことやってたんだけど、黒の組織にしろカナダの諜報機関にしろ、そんなところで仕事させて何を期待していたのか……。あと裏切り者とはいえガイドツアーの真っ最中に殺すなんてめんどくさいことしなくても……。
 だとか。
 随所にしこまれたおかしみを味わうだけで時間があっという間にすぎていく、優良なコメディであります。

 次作は『福家警部補』シリーズの大倉崇裕先生が脚本を担当されるそうで、まじめに期待してます。

『アングリーバード』(クリス・ケイティス&ファーガル・レイリー監督、ロヴィオ・アニメーション&ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス

 怒りっぽい鳥が島を侵略してきたブタどもに対して怒りを爆発させる。

 移民問題の露骨な寓話(原作であるスマホゲームからまんま持ってきた)なのはともかくとして、全体的にダルい。とはいえ、クライマックスであるアングリーバーズ発射シーンは『この世界の片隅に』ほどではないにしろ破壊のスペクタクルに満ちていた。

バットマンキリング・ジョーク

 名作アメコミの映画化。あいかわらずひどいことをするジョーカーを、バットマンがしばこうとがんばる。

 原作の性差別的な部分を糊塗しようとして前より性差別的になってしまう悲劇。そこをのぞけば、そこそこ原作に忠実な映画化。

番外編:実写+アニメ系映画

パディントン』(ポール・キング監督):クマがいいですね。
ジャングル・ブック』(ジョン・ファヴロー監督):クマがいいですね。
『ピートと秘密の友達』(デイヴィッド・ロウリー監督):クマもいいけど、ワンコみたいなドラゴンもね。

*1:私は泣きませんでしたが

*2:その前の『怪盗グルーのミニオン危機一髪』から好きといえば好きだったのですが

*3:前作に参加していたレベッカ・シュガー(『スティーヴン・ユニヴァース』)は残念ながら今回未参加

*4:もちろん作業はほとんどこんぴーたーでやってるわけですが

11月に観た新作映画

👍『疾風ロンド』(吉田照幸監督)
👍『エブリバディ・ウォンツ・サム!』(リチャード・リンクレイター監督)
👍『シークレット・オブ・モンスター』(ブラディ・コーベット監督)
👍『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(デビッド・イエーツ監督)
👍『この世界の片隅に』(片渕須直監督)
👎『きんいろモザイク Pretty Days』(天衛監督)
👎『ガール・オン・ザ・トレイン』(テイト・テイラー監督)
👍『溺れるナイフ』(山戸結希監督)
👍『ダゲレオタイプの女』(黒沢清監督)
👎『ぼくのおじさん』(山下敦弘監督)
👍『コウノトリ大作戦!』(ニコラス・ストーラー監督)
👍『手紙は憶えている』(アトム・エゴヤン監督)

11月は『この世界の片隅に』、『エブリバディ・ウォンツ・サム!』、『ダゲレオタイプの女』でスリートップ
次点が『溺れるナイフ』と『手紙は憶えている』ですかね。
『このせか』は人間が物理的にも精神的にも押しつぶされていくのがいいです。
『エブリバディ〜』は人間が物理的にも精神的にもハッピーなのがいいです。
『ダゲレオタイプの女』は人間が階段から落ちる映画です。人間をブツとして、被写物として固定したがるオブセッションは映画監督としての自己批評そのものなのかもしれない。『溺れるナイフ』の緩急というにはあまりにてらいすぎているカット割りの変調が嫌いじゃないし、音楽の使い方にいたっては大好きです。『手紙は憶えている』はもっていき方ですね。オチは予告編見ればまず予想ついて、本篇半分くらいみればほぼ確定するんですが。
『シークレット〜』は期待はずれだと聞かされ観に行くと予想よりも悪くない。トム・スウィートは見目麗しさだけじゃなくて何かたたずまいで持っていきますね。『疾風ロンド』は聞かなくても期待〇で、実際瑕疵も多い(とくに「温度が十度以上になると生物兵器の入ったビンが割れる」という設定はほとんど無視。あと演出の全部)んですが、人情群像劇とコメディとサスペンスをうまい按配でからませる脚本の手筋はインテリジェント。ギャグをそのまま伏線として使える次元までくれば『21ジャンプストリート』の背中が見えるかもしれない。
コウノトリ』ね。全体的にどうとかではないんですが、細かいギャグが好きですね。狼の群体とペンギンとの静かなる決闘

11月はシアターライブ系が好調でしたね。ケネス・ブラナー・シアターライブの『ロミオとジュリエット』もNTLの『戦火の馬』も。

第八十九回(2016年度)アカデミー賞長編アニメーション賞候補のショートリスト

 が、11日に発表になりました。

www.oscars.org

『アングリーバード The Angry Birds Movie』
『April and the Extraordinary World』
Bilal
ファインディング・ドリー Finding Dory』
『Ice Age: Collision Course』
『Kingsglaive Final Fantasy XV
『Kubo and the Two Strings』
『カンフーパンダ3 Kung Fu Panda 3』
『リトル・プリンス 星の王子さま The Little Prince』
『Long Way North』
百日紅 Miss Hokusai』
『モアナと伝説の海 Moana』
西遊記 ヒーロー・イズ・バック Monkey King: Hero Is Back』
『Mune』
『Mustafa & the Magician』
『My Life as a Zucchini』
『Phantom Boy』
『レッド・タートル The Red Turtle』
『ソーセージ・パーティ Sausage Party』
『ペット The Secret Life of Pets』
『シング/SING Sing』
『Snowtime!』
コウノトリ大作戦! Storks』
『Trolls』
『25 April』
君の名は。Your Name.』
ズートピア Zootopia』


 だいたい前の記事で言及していた面子が順当に残った印象。
proxia.hateblo.jp

 日本勢からは『百日紅』と『君の名は。』のほかに『Kingsglaive Final Fantasy XV』が入っていますが、これは圧倒的に評判悪いし、知名度的にも劣るのでまあ賑やかしでしょう。


 ショートリストのなかで初めてみる顔なのは『25 April』、『Mustafa & The Magician』、『Bilal』と『Snowtime!』。

 なかでもBilalは異色。製作国はUAEで、ドバイにスタジオを構える Barajoun Entertainment が放つアニメ映画の第一作です。
 内容はイスラム教の聖人であるビラール・ビン=ラバーフの伝記映画。
 1000年ほど前のアラブのとある国を舞台に、田舎から攫われて街で奴隷として育った黒人少年がムスリムに改宗して己の運命を知るアドベンチャー大作、らしい。
 注目すべきはその本気度。予算3000万ドルで、アラブの話なのに劇中で話されるのは全編英語。その映像クオリティも米国の大手スタジオと比べてもあまり遜色ありません。
 キャラデザのルックも新鮮ですね。デフォルメされたキャラクターが世界的に主流な時代にあって、『Bilal』はかなりリアル寄り。しかし技術力の高さと隠し味のようにほんのりと施されたデフォルメのおかげで、観客にもかなり受け入れやすいビジュアルになっています。おそるべし、石油マネー。

www.youtube.com


 『Snowtime!』はカナダの子供向けアニメ。いちおう原題こそ英語ですが、カナダといってもフランス語圏のケベックのアニメなので、『La guerre des tuques』というタイトルもつけられています。
 内容は子どもたちが集まってキャッキャウフフと雪合戦するだけのお話っぽいです。
 まあこれも本選には絡まないかな。

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 あとヒロインがかわいい。

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 『25 April』ニュージーランド製で、ショートリストに挙がったなかでは唯一のアニメ・ドキュメンタリー作品。第一次世界大戦ニュージーランドが初めて海外に遠征した(そして大敗した)「ガリポリの戦い」に参加した若者たちの群像劇です。
 ガリポリの戦いでは2800人のニュージーランドの若者が失われたそうで、100年経った今でも国家的なトラウマだそうですが、その悲劇性がアメリカ人にどの程度伝わるかは疑問です。
 とはいえ、戦争ドキュメンタリーアニメといえはアリ・フォルマンの『戦場でワルツを』の輝かしい前例があるだけに、仕上がりによってはあるいは……。

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 『Mustafa & The Magician』についてはまったくといっていいほど情報がありません。
 ググるといちおうそれっぽい公式サイトがヒットするのですが……。

Mustafa & The Magician

 予告のビジュアルから公式サイトからとにかく何もかもショボい。
 イラクを舞台にした話であるようなので、製作もイラクなのかな?

『君の名は。』はアカデミー賞を穫れるか? :今年の有力海外アニメ映画の状況

 結論からいうと、たぶん無理。


『君の名は。』オスカー候補に名乗り!第89回アカデミー賞長編アニメ部門の審査対象作品に - シネマトゥデイ


 この一報を目にしたとき、「正気か?」と関係者の判断を疑った。
「『君の名は。』がオスカー穫れる実力なんてあるわけないじゃん」と言いたいわけではない。
 個人の感想はあるだろうれど、『君の名は。』が今年の日本アニメ界を代表する作品であることは間違いないし、数少ない海外批評家レビューや一般観客の評価でも大絶賛されている。
 世界のミヤザキの後継者筆頭として、例年ならば、受賞は時期尚早にしてもノミネートくらいされていたかもしれない。例年ならば。たとえば、『ベイマックス』が受賞したような年であれば。

 今年は、ヤバい。
 面子がすごい。

 去年が神心会空手の全国大会だとすれば、今年は最大トーナメントに最強死刑囚編と大擂台賽編をあわせたくらいヤバい。


 そういうわけで今年の海外アニメ全選手入場ッ!

アメリカ国内スタジオ組

 もともと激戦は予想されていた。

 なにせアナ雪(2013年度受賞)と『ベイマックス』(2014年度受賞)で二年連続のオスカー獲得を果たし、完全復活を遂げたディズニーが満を持してズートピア(Zootopia)』『モアナと伝説の海(Moana)』という二大大作をぶちこんでくるスケジュール。

『ズートピア』予告編

『モアナと伝説の海』予告編


 絶対王者ピクサーも負けじとオスカー受賞作*1ファインディング・ニモ』の続編、ファインディング・ドリー(Finding Dory)』へ二度の受賞経験*2を持つベテラン、アンドリュー・スタントン監督を投入。

「ファインディング・ドリー MovieNEX」予告編


 この二大スタジオだけでノミネーション枠五枠のうち三枠は埋まるだろう。
 年度開始時点ではそう予想されていた。そして、実際に『ズートピア』と『ドリー』は記録的なメガヒットを飛ばし、両作とも全世界興収で十億ドルを突破した。十億ドルである。円ではない。ドルで、十億。米国内だけの興収を観ても、現時点で『ドリー』が約四億八千五百万ドルで堂々の第一位。『ズートピア』も『バットマン vs スーパーマン』を上回って約三億四千百万ドルで第六位にランクインしている。
 当然ながら、両者ともに批評家の評価も高い。特に『ズートピア』は全米の映画批評家の実に九十八%が支持*3しており、公開当初は「今年はこれで決まり!」の声も高かった。
 『モアナ』はまだ日米ともに未公開であるが、スタッフからキャストまで『ズートピア』以上の豪華メンツを集め、前評判は相当に高い。今年の上半期に公開したために印象の薄れてしまいがちな『ズートピア』の先行をひっくりかえして、一気に受賞本命となる可能性も大いにありうる。


 ところが、ディズニー/ピクサーのライヴァルたちも今年はなぜか気合が入りまくっている。

 米国内のスタジオとしてはディズニーに肩をならべるノミネート常連であるドリームワークス。
 ドリワはディズニーのハワイアンミュージカル『モアナ』に対抗すべく、歌手のジャスティン・ティンバーレイクアナ・ケンドリックといったミュージカル映画で既に確固たる評判を確立した鉄板俳優を主演声優に据え、名曲カバーとオリジナル楽曲の二正面ミュージカル『Trolls』を制作。
 アメリカではつい先週公開され、マーベルの話題作『ドクター・ストレンジ』に続き二位にランクインした。批評家の反応も上々だ。特にサントラは高評価を受けている。主題歌はアカデミー歌曲賞へのノミネートが有力視されている模様。

TROLLS | Official Trailer #1


 また、ドリワは一月に『カンフーパンダ』シリーズの最新作『カンフーパンダ3(Kung Fu Panda 3)』を公開し、世界興収五億ドル(国内一・四億)を達成。広範に支持を獲得しており、「シリーズ最高傑作」の呼び声も高い。今となってはすっかりかすんでしまった感があるけれどもまあがんばれ。

映画「カンフー・パンダ3」予告1


 米国内スタジオでは過去作すべてでノミネーションを経験しているストップモーションアニメ界の雄、ライカ(『コラライン』や『パラノーマン』など)を忘れてはいけない。
 悲願の初オスカーを狙うライカはジャポネスク趣味に振った渾身の大作『Kubo and Two Strings』を発表。これが元々評価の高かったライカでもずばぬけた会心作として批評家筋で絶賛を受け、オスカー戦線の大本命に躍り出た。ジャポネスクがオスカー戦線で強いのは『千と千尋の神隠し』と『ベイマックス』で証明済み。

KUBO AND THE TWO STRINGS - Official Trailer [HD] - In Theaters August 2016


 新作をリリースするごとに総スカンを食らってきたガッカリの殿堂ソニーも今年は何かが違う。
 そう、現在日本でも公開中の『ソーセージ・パーティ(Sausage Party)』があるからだ。
 アメリカコメディ界で猛威を奮うセス・ローゲン&アキヴァ・ゴールズマンのコンビ(『ディス・イズ・ジ・エンド』等)が初のアニメに挑戦した本作は、そのお下劣ネタの嵐で下ネタ大好きなアメリカ人から賞賛を浴びまくった。

映画 『ソーセージ・パーティー』 予告

 これも日本で現在公開中だが、コウノトリ大作戦!(Storks)』も忘れちゃいけない。
 ピクサーお家芸である疑似家族・子育て系ロードムービーにしょーもないスラップスティックギャグをまぶした正統派家族向けアニメである。こちらもセス・ローゲンらと同じ「アメリカ・コメディ界のゴッドファーザー」(by 長谷川町蔵ジャド・アパトー一派出身のニコラス・ストーラー監督。

映画『コウノトリ大作戦!』本予告【HD】2016年11月3日公開

 ちなみに同じトリネタだと『アングリーバード(Angry Birds)』もあったけど……まあこれは無理か。


 『怪盗グルー』のフランチャンズでヒットメーカーとしてのしあがり、次世代のピクサーの呼び声も高いユニバーサル傘下イルミネーション・スタジオからはキュートな二作品がエントリー。
 このうちペットたちの知らざる日常と冒険を追った『ペット(The Secret Life of Pets)』は国内三・六億ドル(世界八・七億ドル)を稼ぎ、国内興収ランキングでは目下のところ『ジャングル・ブック』を二百万ドルの僅差で抑えて年間三位にランクイン。ディズニー勢の一位二位三位独占を阻んでいる。
 米国屈指のドル箱スタジオであるにもかかわらず、賞レースではあまり恵まれてこなかったイルミネーションだが、『ペット』は作品としての評価も高いだけに期待が持てる。

映画『ペット』吹替版予告編

 しかし、イルミネーションの本命はなんといってもミュージカル映画『SING/シング(SING)』だろう。『銀河ヒッチハイクガイド』や『リトル・ランボーズ』といった実写映画でカルト的人気を博すガース・ジェニングスを監督・脚本に迎え、主演にマシュー・マコノヒー、助演にリース・ウィザースプーンセス・マクファーレンスカーレット・ヨハンソンジョン・C・ライリー、タロン・エジャートン、レスリー・ジョーンズといった超豪華声優陣で同じく有力ミュージカルである『モアナ』や『Trolls』を迎え撃つ。一説には、エドガー・ライトウェス・アンダーソンカメオ出演するとか。本気だ。
 先行レビューでの評判も上々だが、一方でトロント国際映画祭ではあまりウケがよくなかったなどの不安材料もある。

映画『SING/シング』日本語吹替え版 特報


 昨年、『I LOVE スヌーピー(Peanuts the movie)』でゴールデングローブ賞ノミネートを果たした21世紀フォックス傘下ブルー・スカイ・スタジオだが、アメリカの主要スタジオでは唯一元気がない。『アイス・エイジ』シリーズ五作目となる『Ice Age: Collision Course』は批評的にも興行的にも大失敗してしまった。これでシリーズは打ち止めか?

 あと独立プロダクション系は情報少ないのでよくわからないんですが、1966年に起きたテキサスタワー銃乱射事件を描いたアニメドキュメンタリー『Tower』が今年公開された映画全体の中でもトップクラスの評価を受けてます。

www.youtube.com

 ただ、これはアニメ枠じゃなくて長編ドキュメンタリー部門行くかなあ。


ヨーロッパからの刺客

 長編アニメーション賞では「ヨーロッパ枠」とでも呼ぶべきか、毎年必ずヨーロッパ系アニメが毎年一作はノミネートされる。暗黙の了解みたいなものだけれど、大変に意義のある文化的なコンセンサスでまことにけっこうだと存じますが、こういう福祉のせいで『レゴ・ムービー』みたいな作品がノミネートを逃すこともあると思うと結構複雑。
 逆にゴールデングローブ賞みたいにアメリカ作品オンリーイベントみたいな顔ぶれになられてもそれはそれでアレなんですが。


 ヨーロッパの雄フランス勢は2010年代に入ってから『イリュージョニスト(L'Illusionniste)』(2010年)、『パリ猫ディノの夜(Une vie de chat)』(2011年)、『アーネストとセレスティーヌ(Ernest et Célestine)』(2013年)とノミネート作を三作品輩出している。
 あにはからんや、今年はそのフランス勢が史上稀に見る大豊年だ。

 まず有力視されているのが世界最大規模を誇る国際アニメーション映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭で2015年に最高賞に輝いた『April and the Extraordinary World(Avril et le Monde Truqué)』だ。スチームパンクな世界観の十九世紀パリを舞台に想像力豊かかつエレガントに描き出した活劇は、すでにアメリカでも多数の評論家から最高級の支持を獲得している。

April and the Extraordinary World Trailer 1 (2016) - Animated Movie HD


 その『April』を2016年のセザール賞(フランスのアカデミー賞に相当)の長編アニメーション賞で破ったのが日本でも昨年公開された『リトル・プリンス 星の王子さまLe Petit Prince)』だ。サン=テグジュペリの名作寓話を原作にした『カンフー・パンダ』のマーク・オズボーン畢生のプロジェクト。製作国こそフランスだが、俳優は英語圏の有名俳優がずらりとならんでおり、当然劇中で話される言語も英語。
 その評価の高さにもかかわらず、アメリカでは配給元が見つからなかったせいで公開が遅れてしまい、一時はお蔵入りさえ危ぶまれたが、我らが NETFLIX が男気を見せて配給を買って出た。
 そういう経緯もあってか、日本でもNETFLIXで観られるようになっている。

映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』日本語吹替版予告編【HD】2015年11月21日公開


 この二作に負けず劣らずの評判なのが2016年のアヌシーで最高賞をかっさらった人形アニメ『My Life as a Zucchini(Ma vie de courgette)』。すでに鑑賞した数少ない批評家のあいだでは『君の名は。』に劣らぬ大絶賛を浴びている。アヌシーの異なる年の覇者が同年度内にぶつかりあう椿事もまた二〇一六年度の魔性ゆえか。

My Life as a Courgette / Ma vie de Courgette (2016) - Trailer (English Subs)


 だが、フランス勢の真打ちはなんといっても日本でも(おもにスタジオ・ジブリ製作と圧倒的な不入りで)話題になった『レッド・タートル』だろう。厳密にはフランスと日本の共同制作だが、監督はフランス人。先のカンヌ国際映画祭ではある視点部門*4で特別賞を獲得。前評判の高さは折り紙付きだ。その息を呑む映像美と映画的表現でどれだけの観客を魅了できるか。

『レッドタートル ある島の物語』予告


 ヨーロッパ勢のダークホースともいえるのは、フランス・デンマーク共同制作の『Long Way North(Tout En Haut Du Monde)』。北極点を目指す途上で行方不明になった祖父を探すため、勇敢な孫娘が旅に出る本作は、東京アニメアワードフェスティバル2016のコンペ部門でグランプリを獲得した。
 アメリカでは九月にひっそりと限定公開され、その独特のタッチと魅力的なアニメーションで高評価を獲得。賞レースの有力なコンテンダーのひとつにかぞえられる次第となった。

Long Way North Official Trailer 1 (2016) - Rémi Chayé Movie


 上記フランス五人衆からすれば格はやや落ちるものの、2015年の東京アニメアワードフェスティバルでコンペ部門優秀賞*5を獲った『Mune: Guardian of the Moon(Mune, le gardien de la lune)』もあなどりがたい。

Mune: The Guardian of the Moon Trailer (2015) HD


 2011年のアカデミー賞ノミネート作『パリ猫ディノの夜』の監督コンビ、ジャン=ルー・フェリシオリとアラン・ガニョルが放つスーパーナチュラル冒険物語『Phantom Boy』もアメリカですでに公開されて高い支持を得た。*6

Phantom Boy (2015) - Trailer English


 以上、このなかから最低一作は最終ノミネーション入りするものとおもわれる。が、別のヨーロッパ作品(イギリスあたり)や去年みたく南米からという手もあるので油断はできない。最近は中国アニメ(『Monkey Magic』あたり?)もがんばってることだし。乱入者は地下バトルにつきものである。
 カナダでもエル・ファニングデイン・デハーン主演バレリーナ映画『Ballerina』や、ジェイムズ・マーズデン主演のオリジナルスーパーヒーロー映画『Henchmen』の公開が控えていて、いまのところ評判は一切聞こえてこないもののおもしろそう。

 そういえば、今年は『ウォレスとグルミット』のアードマンスタジオはなにも出さないのかね。

日本代表たち。

 去年まで三年連続で最終ノミネーション入りを果たしていたジブリは死んだ。

 では日本の映画アニメーションもまた死んだのか?

 そうではない。そう謳うのは『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国』の巨匠・原恵一だ。彼は敬愛する杉浦日向子の原作漫画をもとに大江戸ロマネスク百日紅(Miss Hokusai)』を送り出し、海外のアニメファンたちを江戸の虜にした。現状、日本勢で最終ノミネーション入りが最有力視されているのは本作である。

Miss Hokusai Official US Release Trailer (2016) - Animated Movie


 この予想に待ったをかけたのが我らが『君の名は。(Your Name.)』である。

君の名は。』は最最最終候補五作に残ることができるか?

 冒頭のリンク記事にもあるように、アカデミー賞の対象になるためには期間内、具体的にいえば今年の一月始から十二月末までのあいだにロサンゼルスの劇場で一定期間興行しなければならない。上に挙げた作品、特にヨーロッパ系だとその条件を満たせないものも出てくるかもしれない。

 で、その条件を満たした作品のなかからまず十数作がショートリストとしてしぼられる。去年は十一月の今の時期あたりにショートリストが出ていたような気もするけれど、今年はまだ見ない。

 そして、最終的にその十数作のショートリストから更に五作品を絞込み、二月の本番を迎えるわけだ。

 わたしたちの最大の興味はこの最終五作品にどれが残るか、だ。
 はじめに「『君の名は。』は無理目かも」といったけれど、絶望的に芽がないわけでもない。
 アメリカで受ける日本映画はオリエンタルな要素が強い。長編アニメーション賞の日本勢唯一の受賞作が『千と千尋の神隠し』であることを思い出していただきたい。
 そこへもってきて、『君の名は。』はど田舎の学園風景、TOKYOのゴミゴミとした雑踏、なんだかファンタスティックな神話要素などといったものがとにかく美しく描かれている。僕はアメリカ人じゃないのでアメリカ人の好みをよく知りませんが、なんかアメリカのお菓子とか見てると毒々しいまでにキラキラしてるし、きっとキラキラしたアニメも好きなんじゃないかな。

 このキラキラオリエンタル推しがハマれば、カブトムシの鎧武者とかが出てくる『Kubo and Two Strings』などはいくらアートワークが上等だろうと所詮エセ日本。モノホンのクールジャパンの敵ではないはず。たぶん。
 しかし、モノホンのクールジャパンといえばミス・ホクサイこと『百日紅』も控えているわけで、こちらはチョンマゲ、サムライの時代を扱っているだけあってよりオリエンタル感では強い。ゲエ―ッ、なんということだ、敵は身内にいたのか。

 もっともアートとエンタメがぶつかれば、エンタメが勝つのが長編アニメーション賞の風土だ。見た目にもわかりやすい『君の名は。』は『百日紅』より支持を得やすいことは明らかである。おや、意外と芽があるかんじになってきたぞ。
 こんな感じのノリで、三年連続ノミネートされてきたジブリ枠の浮いたところへ日本代表として滑りこめば意外とノミネートまではいけるかもしれない。
 いやいける。
 きっといけるぞ!
 うおーっ。

わたしの最終ノミネーション予想。

 そういうわけで以下が僕の最終候補五作品の予想です。


 『Kubo and Two Strings』
 『ズートピア
 『ファインディング・ドリー
 『レッド・タートル』
 『APRIL AND THE EXTRAORDINARY WORLD』

    • 次点---

『モアナ』
百日紅
『ペット』
『リトル・プリンス』
『Longways north』
君の名は。
『My Life as a Zucchini』


 受賞をあらそうならエンタメが勝つのが長編アニメーション賞だけど、日本勢に求められているのはアートなのよね……まあでもあっちの人からすれば『君の名は。』は全然アートかもしれない。
 それはともかく、『ドリー』は入るか微妙なんですよね。続編だし。アメリカアニメーション史上最高の興収をあげたからには入れないわけにはいかないと思いますが……。


 受賞は『Kubo』になったらいいなと思います。
 いいかげんライカアニメの日本でのほっとかれ具合がやばいので、受賞でもしてくれないと日本で公開してくれないのでは? という思いがあります。

追記

 ショートリスト27作品が発表されました。本選5本がこのうちから選ばれます。
proxia.hateblo.jp



The Art of Kubo and the Two Strings (The Art of...)

The Art of Kubo and the Two Strings (The Art of...)

*1:2003年度

*2:『ニモ』と『WALL-E』

*3:RottenTomatoes.com調べ

*4:コンペ部門の二部みたいなもん

*5:最優秀賞は『ソング・オブ・シー』

*6:日本でも広島国際アニメーションフェスティバルで上映されたそう。観たかったなあ。